カテゴリー「お出かけ」の194件の記事

2019年5月27日 (月)

博多の帰りに乗った電車で耳にした、編集者と作家の会話

あら、図書館の返却日が迫ってきたこのときに、ココログのメンテ。

前回のメンテナンス後の騒動を思うと、無事に済んでほしいと願わずにいられません。

メアリー・ポピンズの記事を早く書いてしまわないと……そう何度もポピンズの本ばかり何冊も借りるのは気が引けます。数冊ずつ置かれているので、子供が借りる邪魔はしていないと思いますけれど。

神智学の影響の感じられる文章を拾うだけのつもりが、当時の政治、芸術、神秘思想が渾然一体となったような社会風潮に圧倒され、一人を調べていると芋蔓式にいろんな人が出てきて、きりがありません。

どこか分断されたような、各人が専門家面して各領域で小さく活動しているような――移動手段の発達で、一見世界はグローバル化されているけれど――現代とはあまりにも雰囲気が違います。

話は変わりますが、土曜日、娘と博多に遊びに出かけました。

帰りの電車で、作家と編集者が近くに座っていました。年輩の編集者の声がまるで話の内容を一般公開しているかのように大きかったので(とても真面目な様子でした)、2人の話が嫌でも耳に入ってきたのです。

編集者の顔は見えませんでした。わたしの真後ろに座っていたのです。作家は通路を挟んで座っていたので、ちょっと斜め後ろを見ると、顔が見えました。中年男性で、推理小説なんかによさそうなマスクでした。いや、時代小説のほうがいいかもしれません。

取材とインタビューが予定にあるようでした。2人ともこちらの人ではない様子で、編集者が奇妙なことをいっていました。

お猿さんのいる高崎山のてっぺんにあるホテルの露天風呂に入るだとか、「この街にはね*****という有名な店があってね」といっていましたが、そのレストランはどこにでもある――といっては語弊がありますが、編集者はそのチープな値段を売りにしているファミレスのことをまるで高級レストランであるかのように話していたので、わたしはびっくりしました。

それに、高崎山のてっぺんにホテルはなかったと思います。お猿さんの入る露天風呂があるかどうかは知りませんが。

「君は成功した部類の人間だから、今後もしっかりやるように」というようなことを編集者はいい、作家は神妙な面持ちで頷いていました。編集者はそのあと、作家の名を4人出してあれこれ論評(?)していました。そのうちの一人だけを編集者は「**先生」と呼んでいました。

おそらくその先生は大御所なのでしょうが、作家がどんなジャンルの物書きなのか、肝心のところがわかりませんでした。

そのうち、編集者は聞き捨てならないことを、これも大声でいい放ちました。

彼は最近、某氏の作品を校正してやっているそうです。その人は職業作家ではないようで、これまでに自費出版社から3冊の本を出したそうですが、そのために退職金を総額で1,000万円もつぎ込んだのだそうです。

出版社は悪質なとこらしくて、半分の金額で本が出せるのに倍出させ、「あいつらはそのぶん、丸儲けよ」と編集者はいいました。おまけに出版部数に関してサバを読んでいるというのです。詐欺ですよね、これって。

しかも、校正といっても誤字脱字を直すだけなので、まるで文章になっていないそうです。編集者は3回手を入れたといっていました。「謝礼は貰ったけれどね」と、短い会話の間に編集者は2回繰り返しました。会話全体は、だいたい3回繰り返されました。

「君は成功した部類の……」の箇所に来ると、回が更新されるというわけです。そのたびに、作家は初めて聞く教訓であるかのように、神妙に頷くのでした。

そういえば、従妹の息子が悪質な出版社から絵本を出すというので、慌てて止めたのですが、わたしがいっても説得力がありませんでした。

編集者がいう悪質な出版社というのは、従妹の息子が出した出版社ではなく、人口に膾炙した出版社です。でも、悪質な出版社で調べると、従妹がいっていた出版社の次の次くらいに名が出てきて、わたしはそのとき初めて、その出版社が自費出版も手掛けているのだと知りました。

3回会話が繰り返され、急に編集者は黙り込みました。すっかり疲れたのでしょうね。作家も静かでした。

わたしも何だかくたびれて、目を閉じました。わたしは、天神で購入した、お買い得だった夏用のベレー帽をかぶっていました。夫には、室内着を購入しました。娘はコレクションしているアナスイのペンダントを。

そうした品々のことや、帰宅後に残っている家事のこととかを半分眠りながら考え、夢現にトラヴァースが恋したジョージ・ラッセルのことを考えました。彼女が出会ったとき、ラッセルは既婚者でした。親子くらい年齢が離れていました。

それでも、恋したわけですね。ウィキペディアなどで見ると、ラッセルは若い作家にはとても優しかったようですが、彼らを歓待しただけでなく、世に出られるよう力を尽くした人でもあったようです。もしかしたら、少し女たらしだったのかもしれませんが。

森恵子氏がお書きになったトラヴァースの評伝を読むと、ラッセルが素敵な人であったことがわかります。トラヴァースの気持ちを想像しながら、うとうとしました。

ふいに、衝撃を受けました。何と、トイレに立った編集者がよろけて、わたしのベレー帽に当たったのでした。

謝りもせずに編集者は座席に戻って(わたしにぶつかったことなど、気づかなかったのかもしれません)、また大声で何か作家にいいました。

終点に着いたら、ちゃんと見ていない編集者の顔を見てやろうと思いながら、わたしは疲れを覚えてまた目を閉じました。終点に着いたとき、すぐに立ち上がって後ろを見ました。座席は空でした。

お猿さんのいる山のてっぺんにあるというホテルに行くために、一つ前の駅で降りたのでしょう。

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2018年8月12日 (日)

「試着室」(金平糖企画新作公演、作・演出 時枝霙)を観劇して

インターネットでの拡散はOKのようなので、下手なレビューを書きます。ネタバレありなので、これから観劇なさるかたはご注意ください。

金平糖企画主宰、時枝霙さんを採り上げた記事がネット検索で出てきたので、リンクしておきます。

クローズアップ 2018  輝きの女たち
いつも行く美容院や飲食店を舞台に公演
演劇、朗読、写真、文章など多彩に表現
時枝 霙さん
金平糖企画主宰

http://www.josei-oita.jp/2018_7h.html

「医師と表現者の二足のわらじ。演劇、朗読、文章、写真など活動は多彩」と前掲記事にあり、驚かされます。

以下は、「金平糖企画」のツイッターです。

金平糖企画 @confettiplannin
舞台作品をつくったり、ライブをします。9/23.24熊本DENGEKI参戦。諫早独楽劇場シアターバー10月。

https://twitter.com/confettiplannin

8月8日、「試着室」(金平糖企画新作公演、作・演出 時枝霙)を観に行きました。

貸店舗での舞台と客席の境界を設けない上演で、全体に実験的要素が感じられる劇でした。

舞台はアパレルショップ。舞台装置は極めてシンプルで、境目のない舞台からドアに向かう空間が舞台の延長として活用され、能楽でいう橋掛りの役目を持っていました。

音響はレトロ調、近距離からの照明は迫力がありました。

店主役によって吊り下げられていくハンガーには折鶴がぶら下がり、床には折り紙が巻き散らされます。それらは服に見立てられているようでした。

登場人物は、アパレルショップの店主、アルバイトの女子学生(長身のスリムな男性が演じていました)、女性客、沈黙したまま片隅に蹲っている首にギブスをつけた怪我人。

台詞はしばしば詩のようで、客と店主が会話を交わすとき、客が失恋を独白するときなどに、学生がバックミュージックのように髪、爪、血液などの人体に関する自然科学的な台詞を詩の朗読のようにいう場面があり、不思議な雰囲気を創り出していました。

客が学生と一緒に駆け回りながら、床にまき散らされた折り紙を掴んではまき散らす場面は圧巻で、絶望感に囚われた女性に合う服はどうしても見つかりません。

ストーリーらしいストーリー、結末らしい結末はなく、別の客がアパレルショップへやってきて(片隅に蹲っていた怪我人との二役。演じていたのは時枝さん)、店主と新しい客が、前の客と全く同じ会話を交わすところで、存在しない幕が下りました。

アパレルショップは、エンドレスに循環する宇宙的な営みをシンボライズしているようでもありました。

娘の友人の演技には磨きがかかっていました。アパレルショップへの訪問者(客)を過去のトラウマから自分探しの旅(?)へと誘う店主の役を、品よくこなしていました。

この品のよさこそが、劇中で日常と非日常を違和感なく一体化させていた重要な要素に思えました。

「試着室」からはよい意味でのアマチュアリズムというべきか、ひじょうにナイーヴな芸術性というべきか、純粋志向が感じられ、いささか古い用語を用いるならば、「不条理」なテーマへの純粋すぎるくらいのアプローチが印象的でした。

不条理という言葉は、今の若い人々には馴染みのない言葉かもしれませんが、アルベール・カミュ(Albert Camus,1913 - 1960)の哲学的エッセー「シーシュポスの神話」で有名になった実存主義の用語で、人間存在の根源的曖昧さ、無意味さ、非論理性に由来する絶望的状況を意味する言葉です。

ここからは蛇足になりますが、わたしの大学のころ――40年ほども昔の話になります――には、第二次大戦後にフランスからサルトルなどによって広まった実存主義はまだ流行っていました。否今でも哲学的主流はこのあたりに停滞していて、現代哲学は唯物論に依拠して局部的、細部的分析に終始しているように思えます。

ちなみに、カミュは自分では実存主義者ではないとしていますが、その思想傾向からすれば、実存主義者に分類されていいと思われます。

カミュに発見された女性哲学者シモーヌ・ヴェイユは晩年、キリスト教的神秘主義思想を独自に深めていきますが、しばしば実存主義哲学者に分類されます。

実存主義はマルクス主義の影響を受けた思想で、唯物論的であり、マルクス主義の流行とも相俟って一世を風靡したのでした。

しかし、一端、唯物論的袋小路へ入り込んでしまうと、自家中毒を起こし、下手をすれば阿片中毒者のような廃人になってしまう危険性さえあります。村上春樹のムーディ、曖昧模糊とした小説はこうした不条理哲学の子供、ただしカミュの作品が持つ聡明さ、誠実さを欠いた子供といえます。

戦後、日本人はGHQによる洗脳工作(WGIP)や公職追放(注)などもあって、唯物主義、物質主義が優勢となりました。こうしたことに起因する現代日本の問題点が演劇という形式で真摯に表現されているという点で――それが意図されたわけではなかったのかもしれませんが――、「試着室」は興味深い作品でした。

(注)
わが国では、第二次大戦後のGHQの占領政策によってマルクス主義の影響力が高まりました。20万人以上もの公職追放によって空きのできた教育、研究、行政機関などのポストにフランクフルト学派の流れを汲むラディカルなマルキストたちが大勢ついたといわれます。

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2016年6月17日 (金)

祐徳稲荷神社に参拝し、祐徳博物館を見学しました(17日に加筆あり)。由布岳。乙女チックリヴリー。

2016/06/16 07:54公開、2016/06/17 18:33再公開

昨日(15日)、祐徳稲荷神社に参拝し、祐徳博物館を見学しました。

2年ぶりに萬子媛に接して幸福な余韻に浸っているところで(祐徳稲荷神社に出かけるときは、深窓の麗人を訪問するような気持になります)、まだ長い記事を書く気分になれないので、ちょっとだけ。

地上と本殿をつなぐエレベーターができていて、驚きました。階段での移動が大変な人や移動するエレベーターの中から景色を眺めたい人にはいいでしょうね。

乗ってみたかったのですが、何しろ家から神社までは距離があり、往復に時間がかかるので、時間的余裕がありませんでした。

萬子媛(祐徳院様)はあの世の方ですから、お元気でないことはないと思いますが、それでもお変わりなくボランティアを続けていらっしゃることを確認することは嬉しいことですし、高級霊としての品格を本当にさりげなく伝えていただき、出かけるたびに萬子媛が好きになります。

参拝者を母親のように見守り、太陽の光のようなオーラで抱擁してくださる萬子媛のような方を長い時間をかけて日本人自身が育んできたことを思えば、祐徳稲荷神社のような文化財は本当に日本の宝物だと思います。

今回、萬子媛の御遺物が収められた祐徳博物館に長居しました。メモをとるためにあまりに長い時間いたので、夫と娘はソファで寝てしまっていました。

博物館を出るときに長居の失礼をお詫びするつもりでしたが、男女の関係者のお二人が事務所の中から優しい快い表情を浮かべてこちらを見てくださったので、感謝のお辞儀をして出ました。

前回訪問したのがいつだったかは調べてみなくては思い出せませんが、記憶に残っていたのは、扇面和歌、大和物語を写したもの、御掻巻といった僅かな品でした。今回はじっくり見ることができたので、小説に手を加える際の参考になります。

遺愛の名琴と説明のある楽器を見、感激しました。小説を書いているときに、気品の高い女性が筝を弾いている姿が目に浮かび、その場面を取り入れたのですが、萬子媛は本当に箏を弾かれていたようです。

琴と普段呼ばれている楽器は音楽専門サイトによると筝であるようですが(琴には柱がありません)、小説にはどちらの表現を使うかで迷います。

これまでの訪問時には気づかなかった僧侶姿の萬子媛の肖像画も、じっくり見ることができました。郷土史家からいただいた資料の中にこの萬子媛の肖像画の写真のコピーがあり、嬉しくてよく眺めていました。

現物はずっと大きく、色合いもこまやかなため、わたしの中で萬子媛の容貌が修正されました。

とても厳めしい印象だったのですが、もっと軽やかな、優しい、明るい表情に見えます。

霊的に感じる萬子媛のお姿が見えるわけではありませんが、深窓の麗人という印象なので、わたしが思い描くイメージにぴったりです。貼りついたように肖像画の前を動くことができませんでした。

やはり、若いころは相当な美人だったのではないでしょうか。老境に入ってさえ、色白で卵形のお顔に鼻筋が通り、如何にも聡明そうな目は高齢のせいで形がはっきりしませんが、奥二重か二重でしょう。ほどよく小さめの口、薄めの唇、凜とした口元。

家内安全の御祈願をお願しました。たっぷり30分、神楽殿で御祈願していただきました。巫女さんの御神楽もありました。

寒いくらいにクーラーが利いていたのですが、背中がずっと温かく、萬子媛から発散されるオーラの温もりだと感じました。太陽さながらの萬子媛です。神秘主義的な現象だったためか、今回も夫はずっと寒かったといいました。娘も温かいとは思わなかったようです。わたしは汗が出るくらいでした。

暑い日でしたから、もしクーラーが効いていなかったら、こんな確認もできなかったことでしょう。

こういう場所での30分という時間は半端ではなく、萬子媛の臨在を感じていながらふと緊張感の途切れる瞬間が何度もあり、あれこれ雑念が浮かんだりもしました。

あまりに色々なことを心の中でつぶやいていたので、微笑まれる気配や微かに戦慄される気配が伝わってきた瞬間がありました。

「日本は今、危険な状況にあると思います。どうか日本をお守りください」とつぶやいたとき、萬子媛が微かに戦慄なさるのが伝わってきましたが、萬子媛の最も近くに控えていた方が頷かれたような気配もほのかに伝わってきました。

萬子媛がボランティア集団を組織なさっているとわたしが想像するのは、萬子媛を囲むように一緒にいるあの世の方々を感じることがあるからです。萬子媛が禅院を主宰なさっていたときにそこに所属していた僧侶たちなのかどうかはわかりません。

わたしの願い事に萬子媛がなぜ微かに戦慄なさったのかはわかりませんでした。日本が本当に危ないからなのか、萬子媛の守備範囲を超えた願事をしたからなのか、あるいは真剣に受けとめられた武者震いのようなものなのか……

もう一度、微かな戦慄が伝わってきたのは、「萬子媛の小説を書きました。手直しが必要だと思っていますが、もしこの小説に価値がないのであれば、決して世に出ることがありませんように。でも、価値があるのでしたら、世に出ることができますように。わたしは萬子媛のような方の存在を日本ばかりか世界にも知らしめたい……」とつぶやいたときでした。

短い、出来のよくないところのある作品ですが、わたしは価値があると思っています。電子書籍にはしますが、できたら小冊子くらいにはしたいと考えています。微かに伝わってきた戦慄以外には、萬子媛がどうお思いになったのかは全くわかりません。

実はご報告までと思い、プリントアウトした小説を持参し、御祈願の間ずっと背後にいらっしゃる萬子媛の方に向けて膝に置いていました。

微笑まれたのは、「祐徳稲荷神社に少しは寄付できるくらいのお金があったらな……」と、これは本当に雑念でしたが、思わずつぶやいてしまったときでした。

相手が生きてる人であろうとあの世の方であろうと、神秘主義者にとっては同じように「思いは生きている」ので、相手の反応が伝わってくることがあります。

神秘主義で高級霊といわれるような方々は、人間であったときの豊かな情緒、優れた知性をベースに、あの世から人類のためにボランティアをしている方々に特有の完璧といってよい自己管理能力を感じさせます。

萬子媛の気配を感じるのはわたしの感受性が優れているためであって(?)、萬子媛に隙があるわけではありません。

その全てのほのかな気配が何ともいえない優美さ、快い率直さで、300年前に地上に生きていらしたときの個性を感じさせます。お亡くなりになったときは高齢でしたが、わたしに伝わってくる感じでは妙齢のご婦人を連想させられる若々しい印象です。

300年前の女性を取材できるなんて、神秘主義者の特権ですね。萬子媛が神様と呼ばれるにふさわしい高級霊だと確信できなければ、この世で働いているあの世の存在を観察しようなんて思わなかったでしょう。

これまでの経験から推測するに、萬子媛のご公務は御祈願の窓口が開いている間だと思われます。それ以外の時間はあの世にいらっしゃるのでしょう。

御祈願が終わるころ、側に控えていた方に促されるようにして去っていかれた気配を感じました。

前回参拝したときもそうでしたが、童謡「夕焼け小焼け」が流れたあとに萬子媛が祀られた石壁社にお参りしても、何も感じられなかったのです。哀しいくらいに空っぽに感じられました。

マダムNの神秘主義的エッセー
45 祐徳稲荷神社参詣記
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2016/02/10/210502

神秘主義者の戯言です。

ちょっとメモしておくだけのつもりが長々と書いてしまいました。改めて記事にします。

そういえば、行きに、由布岳と表示のあったあたりの山――おそらくそれが由布岳と思われます――に上から下まで落石の跡が傷のように残っているのを見ました。別府から湯布院にかけて、高速道路のあちこちで工事が行われていました。地震の爪痕を感じさせました。

話題が変わって、リヴリーの話題。

現在まいにちお世話ボーナス限定バージョン期間中で、「ニューミューのぬいぐるみ・カエル」を貰いました。

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最初は喜んでいたうちのリヴリーですが、傘を占領されっぱなしなので拗ねてしまいました。

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そのうち諦め、傘の後ろで場所で眠り、夢を見ています。

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うちのリヴリーは男の子かと思っていましたが、女の子かもしれないと思い始めました。要するに、色合いで印象が変わるのです。「作りかけのクローバーの冠」を交換チケットでゲットしてやったら、まさに乙女?

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雨を降らせて、「マジックシード・カエルA」という種を育てています。「冠がぬれちゃう!」と、うちのリヴリーが心配そうです。本も濡れちゃいますね。

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時間が経って行ってみると、うちの子はぬいぐるみの女の子と仲よく相合傘していました。うーん、うちの子は男の子、女の子、どっち?

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2016年2月26日 (金)

キンドルストアで短編児童小説『花の女王』を販売中です

キンドルストアで短編児童小説『花の女王』を販売中です。99円の短編児童小説シリーズに新しい本が加わりました。

花の女王 (児童書) [Kindle版] 
直塚万季 (著)
Kindle 価格:  ¥ 99 
ASIN: B01C7QWFHU
出版社: ノワ出版; 1版 (2016/2/24)

以下の内容紹介はAmazonから。

商品の説明

内容紹介

お稽古ごとというものは、子どもも親も頭を悩ます問題です。
この問題には、第一に経済的な問題があり、素質の問題があり、お稽古ごとに通う先の問題に地域の問題や親と子どもの社交性の問題が絡んできたりもして、そうした全てを含んだ環境を司るかに見えるある種の運命的な問題が潜んでいるようでもあります。

バレリーナを夢見ている姉の花音(かのん)とサッカーチームに入りたい弟の陽斗(はると)ですが、きょうだいは健康のためにスイミングスクールに通っています。
ある朝、陽斗は庭の石畳に落ちているミツバチを見つけました。
かれは、新米のだんご職人が花粉だんごを大きく作りすぎて体のバランスをうしない、ツツジの花から落ちたのだ――と推理します……

ファンタスティックなスパイスをふりかけた短編児童小説です。
小学三年以上で習う漢字にルビをふっています。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

■ 以下は、他の99円の短編児童小説です。サンプルをダウンロードできます。

子どもも大人も楽しめる、99円の短編児童小説シリーズ!

卵の正体

ぼくが病院で見た夢

ぬけ出した木馬

マドレーヌとわたし

マドレーヌとわたし(漢字使用)

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■ 以下は中編児童小説です。サンプルをダウンロードできます。

田中さんちにやってきたペガサス

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■ 以下は日記体児童小説です。サンプルをダウンロードできます。

すみれ色の帽子

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■ 以下はシリーズ物の第1巻です。冒険前夜の物語です。サンプルをダウンロードできます。

不思議な接着剤1: 冒険前夜

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2015年6月20日 (土)

神戸旅行2015 ⑤飛行機からの景色。恥ずかしながら、空港で撮った写真をプロフィール用に。

行きは通路側に座り、帰りもわたしの席は通路側でしたが、娘が席を換わってくれたので、飛行機からの景色をデジカメで撮ることができました。

離着陸時の電子機器使用条件について、まとめられた記事を見つけたので、リンクしておきます。

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上空には何層かの雲の層が見え、雪原のように見えるものもありました。でも、厚い雲の層の上には、いつも太陽が輝いているのですね。

普段はそのことを忘れてしまっているので、たまに飛行機に乗って、そのことを思い出すのもいいものだな、と思いました。

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○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

以前は旅行すると、帰宅後2日くらい寝込み、1週間くらいしないと体調が戻りませんでした。

でも、今回は17~18日に不整脈と目眩が出たくらいで、発作止めに使用するミオコールスプレーもサンリズムも使わずに安静にしていたら、だいたい治りました。5日経つ今も、まだ用心はしていますが。

ところで、行きに大阪の伊丹空港で、娘と並んで写真を撮って貰ったので、それを切り取ってアマゾンの著者ページと当ブログのプロフィールページにアップしました。

わたしは小柄なので、173㎝の夫が普通にカメラを構えると、少し見上げる感じになります。顎を引いた写真でないと、訪問してくださったあなた様に失礼かと思いましたが、どうかお許しください。

前にアマゾの著者ページにアップしていた写真は、姪の結婚披露宴のときに従姉と並んで撮って貰った写真を切り取ったもので、このときわたしはお酒に酔っていたのです。

それで、別の写真に変更したいとずっと思っていたのですね。自分では写真をよく撮りますが、撮って貰うことはめったになく、写真を変更したいと思っても、なかなかその機会がありません。

酔っ払っていた写真を削除し、伊丹空港で撮って貰った写真をアップしました。これまでにアップした2枚より、健康的な感じに撮れていると思います。

管理人として、最新のわたしがあなた様にご挨拶申し上げます。
ご訪問ありがとうございます。今後共、わたしのサイト、電子書籍をよろしくお願い致します。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

キヌアとココナッツオイルを食生活に採り入れてから、体調がよくなった気がします。57歳という年齢から来る老化は避けられず、病気もありますが、肌のくすみが軽くなりました、いや、ホント。

肌がくすんでいると、不健康に見えますよね。

ごはんはキヌアと麦を混ぜて炊くことが多いのですが、たまに白米だけにすると、それだけで、体重がいくらか増える気がします。

ココナッツオイルは、ブランドによって合う合わないに個人差があるようです。

娘が最初に買ってきたものを肌に塗ったら、わたしは痒くなりましたが、娘は何ともありませんでした。

神戸旅行のために娘が携帯用に購入した、スティックタイプのココナッツオイルも、使用感はさらっとしてよかったのですが、わたしは鼻腔の右側から外側にかけて腫れました。パンに塗って食べたためにそうなったのか、肌に塗ったためにそうなったのかはわかりません。

チョコレートを食べたときに、時々そうなります。少し腫れるだけですが、3日くらいは軽い痛みがあります。どのチョコレートでも腫れるわけではありません。

実際に使ってみなければ、合うかどうかはわからないと思うので、肌に使う場合は手の甲などで試してみたほうがいいかもしれませんね。こうしたことを考えると、敏感な方は、初回は少ない容量のものを購入したほうがむしろ経済的かも。

わたしにはとても合う、Dr.ブロナーのココナッツオイル。

キヌアと麦入りの白米を炊いたのが、わが家の定番ごはんになりました。

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2015年6月19日 (金)

神戸旅行2015 ④ゴンチャロフの直営店「ガルニエ」。朝食ビュッフェのキヌアサラダとエッグベネディクト。

14日から15日にかけて、1泊2日の神戸旅行でした。

14日、ホテルのフロントで息子と落ち合い、荷物を預けて、どこかでお昼ごはんを食べようという話になりました。

ホテルに来る途中、ゴンチャロフがプロデュースする喫茶&レストラン「ガルニエ」があったので、そこでランチすることにしました。

このランチがしっかりした分量で、とても美味しかったのですが、全員夕飯が入らなくなってしまいました。気づいたときはホテルのレストランも、外の大方のレストランも終わっている時間帯になってしまい、何とか見つけたレストランへ。

ところが、そこは店じまいしかけており、それにも拘わらず、「30分くらいで済ませて貰わなくてはなりませんが、一品料理ならOKですよ」と、好意的なことをいっていただけました。そして、家族はそこで済ませる気になっていたのに、わたしがだだをこねてしまった……

そこでさっと済ませて、ホテルのバーに行けばよかったとあとで思いましたが、そのときはせっかくの4人揃った夕飯を慌ただしく済ませたくないという主婦のこだわりに固執してしまいました。

近くに、長居できるダイニングバーがあったので、そこでお酒と食事をとりました(わたしはアルコールにすっかり弱くなったので、ジュース)。

で、話を前に戻して、ゴンチャロフの直営店「ガルニエ」でのランチがどんなだったか、写真で紹介しますね。ホームページに行くほうが早いでしょうが……

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チョコレートやケーキが並んでいるショーケース。チョコレートの老舗ゴンチャロフというイメージが強かったので、ケーキは眺めるだけでも新鮮でした。ケーキまでは入らず、残念でしたが……

この奥がイタリア料理や喫茶を楽しめる空間になっています。黒と白を基調とした、素敵な空間でした。

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前菜。

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サラダ。スライスした蕪が美しく飾りつけられています。メインにピザを選んだ息子は、ここがスープでした。

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パン。液体はオリーブオイルです。パンが、ランチにはたっぷりすぎて……

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わたしが選んだパスタ。わたしにはちょうどよい塩加減でした。パスタの硬さもグー。このパスタは見様見真似で作ってみたいと思いました。

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コーヒーも美味しかったです。

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プラスしてつけた、ティラミスの手作りジェラート。

近くに住んでいたら、お気に入りのカフェになったでしょうね。

翌朝、朝食は神戸オリエンタルホテルで、ビュッフェ。ビュッフェにしては高級感のある料理が並んでいました。わたしは帰宅後の体重管理を思い、嬉しい悲鳴。

あれこれお皿にとってはいただきましたが、キヌアサラダがあったので、これは写真に撮っておかねばと思いました。向かって右端がキヌアサラダです。左端は蒸し鶏とスモークサーモン。

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キヌアサラダはさっぱりした味わいでした。そのときは材料をメモする必要を覚えなかったのですが、もう忘れてしまっています。

写真からすると、キュウリ(ピーマンにも見えます)、トマト(ドライトマト? いや赤ピーマンかも)、ハム、コーンが入っていたのかな。これも見様見真似で作ってみたいと思います。キヌアサラダのドレッシングは、フレンチドレッシングか何かのあっさりとした感じでした。

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オーダーメニューがあり、娘はエッグベネディクトをオーダーしました。

最近流行っているんですってね、エッグベネディクト。生憎、オバサンは初耳でした。毎日パソコンに貼りつき、グルメやクッキングのサイトもよく見るのに、この疎さ加減。嫌になります。

エッグベネディクトとはなんぞや。ウィキペディアを見ましょう。

エッグベネディクト:Wikipedia

エッグベネディクト(英語: Eggs Benedict)は、イングリッシュ・マフィンの半分に、ハム、ベーコンまたはサーモン等や、ポーチドエッグ、オランデーズソースを乗せて作る料理である。

以下、詳しく解説されています。ググると、レシピも沢山出てきます。わたしはろくにメニューを見ずに目玉焼きをオーダーしちゃいました。

この記事を書きながらホテルのホームページを見ると、目玉焼きはどうもオーダーメニューにはないようです。オーダーメニューにあったのは、オムレツ、エッグベネディクト、パンケーキでした。

でも、何もいわれず、ちゃんと目玉焼きが出てきました。すみませんでした。

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2015年6月18日 (木)

神戸旅行2015 ③カピバラの続き。モフモフのアルパカ。

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カピバラの世界……

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眠そうなカピバラ。穏やかなカピバラ。カピバラの足には、水かきがありますよ。

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ウサギが沢山いて、ずいぶん遊びました。

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オニオオハシを見たとき、「あっ、キョロちゃん!」と思ってしまいました。チョコボール食べたくなりました。

鋭いクチバシがわたしは怖かったのですが、フルーツの入ったカップを持って腕を伸ばすと、とまりに来るそうですよ……

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こうして写真で見ると、穏やかそうに見える白鳥ですが、結構気性が荒いと何かで読みました。白鳥も黒鳥もいましたが、激しく羽ばたいたり、しきりに首をよじったりしていました。

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マガモはすぐ近くにいて、通路を歩いたりもしていました。とても人なつこい、友好的(?)な感じでした。

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乗れそうなくらい大きなリクガメ。ペットショップでまだ小さいリクガメを見て、飼いたいと思ったことがありましたっけ。

飼っていたら、大変なところでした。尤も、このリクガメはゾウガメと呼ばれる大型のリクガメです。リクガメを見ていると、厭きません。見かけは岩みたいですが、豊かな感情の持ち主であることが感じられます。

娘はカメがどうしても好きになれないとか。リクガメを飼わなかったのも、娘が嫌ったのが主な理由でした。爬虫類は全部受けつけないそうで、決して触りませんでした。

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様々な色の熱帯性のスイレンを観賞できました。大きくなれば人を乗せることもできる、オオオニバスもありました。

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アルパカの毛はフカフカです。

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当世風にいえば、もう本当にモフモフ。毛の中に手を入れると、沈んでいく感じ。ここへ来たときは日射しが強かったので、アルパカは暑いだろうなあと思いました。

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毛を刈って貰ったばかりのアルパカもいました。涼しそうですが、アルパカに見えないなあ。アルパカは結構大きいのですが、雰囲気も毛のようにフワッとした感じで、威圧感は全くありません。

ただよく動くので、写真を撮るのがむずかしいです。

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お乳を飲んでいます。お乳を飲むくらいだから、まだ赤ちゃんなんでしょうが、母アルパカとあまり変わらないくらいに大きく見えました。

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行き倒れたみたいに寝ているカンガルー。この子は、手枕で寝ていたのですが、見ているうちに起きてしまい、再度コトンと寝たときは手枕なし。

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カンガルーが木の下に集まっていたので、触ってみました。毛は硬いです。カピバラの毛ほど硬くはありませんが、想像以上に硬い毛でした。

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カンガルーは静かな動物ですね。(※ググってみたら、カンガルーは夜行性で、昼間は眠いために、おとなしく見えるのだとか。)

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ポニーが2頭いました。小柄のポニーと大柄のポニー。写真のポニーは大柄のほうで、大人が乗ることもできるとか。

乗りたくてたまらなかったのですが、ワンピースだったので、さすがにオバサンがワンピース姿でポニーに跨がったら見苦しいだろうと思い(あまり人がいなかったので、迷いましたが)、諦めました。

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ラクダは脚が速いので、写真がうまく撮れませんでした。小さく見えるかもしれませんが、馬より大きく、馬に似たところもありますが、たまたまなのか、せわしない、迫力のある印象。背中の二つのこぶは萎んで見えました。

ヒツジは常に群れで過ごし、チームワークを発揮する頭のよい動物だそうです。ヒツジにも触りましたよ。まさに毛糸の原料で、柔らかくも、しっかりした手触り。

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このヒツジたちとヤギ2匹が同じ囲いの中にいました。

ヤギは姉妹だそうですが、いつも単独行動をとり、決して一緒にいることはないとか。

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写真のヤギは、このコーナーのボスで、名はキルト。

女性スタッフが、キルトの短く切った角を握り、ヒツジの1頭から引き離そうと奮闘なさっていました。2匹のヤギはヒツジにつきまとって、嫌がらせをするそうです。

わたしが子供のころ、田舎ではヤギがよく飼われていましたので、ヤギの気性の荒さは知っています。「近寄ると、蹴られるよ」と子供同士で注意し合っていました。

でも、ヤギのお乳って、人間の母乳に一番近いんですってね。

当時、遊びに行く従姉についていったときに、ヤギのお乳を飲ませて貰ったことがありました。牛乳に比べると、青っぽいような白さで、青臭いような感じがありました。薄くてさらっとした、懐かしい味がしました。

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上の写真は、キルトから逃げ、塊になってキルトのほうをみているヒツジたち。警戒しながらも、ヒツジたちは温和な表情です。

高い場所に丸太が置かれていました。ヤギのためのレクレーションの道具だとか。ヤギは丸太を上手に渡るのだそうです。

3匹のヤギが橋を渡る挿絵が印象的な、マーシャ・ブラウンの『三びきのやぎのがらがらどん』(せた ていじ訳、 福音館書店、1957年)を連想しました。

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2015年6月15日 (月)

神戸旅行2015 ②カピバラの毛は、箒並みの硬さでした

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「神戸どうぶつ王国」へ行きました。ふれあい動物園で、沢山の動物が放し飼いされていたり、柵の外から触ったりすることができました。

わたしはウサギ、カピバラ、陸ガメ、アルパカ、カンガルー、ラクダ、ポニー、ヒツジ、ヤギに――そっと――触りました。

オオハシ、アヒル、ミミズク、フクロウ、シカ(小島から浅い池を渡って、通路に上がる寸前の近さにいました)などにも、触ろうと思えば、触れたのですが、勇気がありませんでした。間近で見るシカは、優しい顔をしていましたけれど。

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カピバラとアルパカを見るのが何年も前からの夢でした。

それが、観るだけでなく、触れたのです!

何頭いたでしょうか、カピバラたちはそこいらを歩き回って餌の笹を貰ったり、円形の囲いの中で眠ったりしていました。

カピバラの毛は硬く、箒みたい。

息子が高校生のころ、テレビで一緒にカピバラを見ました。

カピバラは片手(片方の前脚というべきでしょうか)を浸して温泉の湯加減を確かめると、仔カピバラたちを温泉に浸からせました。

まるで慈母みたいな優しい表情と人間みたいな仕草に驚き、そのときから、カピバラを見たいという思いは息子との共通した夢だったのですね。

娘と夫は、息子とわたしほど動物好きではないけれど、感心していました。

息子とわたしは、もうそれは……

呑気そうなカピバラさんでした。

アルパカも気に入りました。もうフワフワの手触り。

陸ガメの甲羅はすべすべした石みたいで、脚はタイヤみたいな手触り。爪にも触りました。触っても、陸ガメは意に介しませんでした。

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バスに酔ってきました。もうすぐ家に着きます。

追記:

植物園と一体化しているような、ふれあいの場はすばらしく、近くのスーパーコンピュータ施設に年に数回行くという息子は「また来よう」といいました。

よく管理されているという印象でした(お猿さんたちが放し飼いされている高崎山を連想しました)。あちこちに、観光客から完全に守られた動物たちの休憩所があります。

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神戸旅行2015 ①久しぶりの家族旅行

家族旅行中

東京方面から合流した息子、娘とわたしたち夫婦での家族旅行は本当に久しぶりです。

夫と息子、長年のこだわりがまるでなかったかのように、ずっと話しています。

よくあんなに話すことがあるわね、と娘と呆れるほどです。

嬉しいのは勿論ですが、男心って、わかりません。

2つの部屋の間にはドアがあり、行き来できます。

二人は時々来てなにか話して、また二人になり、話しています。

写真は、昨日の夕方、神戸オリエンタルホテルの最上階にあるフロントで撮りました。

神戸港が見えます。

大阪の伊丹空港からリムジンバスに乗って、神戸三宮で降りました。

伊丹空港でリムジンバスの乗車券を自販機で買ったとき、自販機が「発見しました!」といったので、「えっ? なにを発見したの?」と思いましたが、「発券しました!」の聞き間違いでしょうか。

ホテルは旧居留地にあり、三宮、元町を散策するのに便利です。

神戸へ来るのは4度目ですが、いつも大阪のついでに寄るという感じで、前回は慌ただしく異人館めぐりをしました。

昨日は、神戸市立博物館に行き、プラハ国立美術工芸博物館所蔵「輝きの静と動ボヘミアン・グラス」を観ました。

中世に製造されたビーカーに描かれた絵は、タロットカードの絵を連想させました。

水晶のようにきらめくボヘミアン・グラス。水晶で製造されたものも展示されていました。

乳白色を帯びたものは陶磁器と間違いそうでしたが、柔らかな、透明感のある感じが陶磁器とは違っていました。

ウランを加えて製造されたものは、黄色い輝きを放っていました。

ウランといっても、人体に影響しない使われかたなんでしょうね。

伊万里焼の地図皿も観ました。天保期に製造された地図皿には、小人国、女護国という不思議な国が書かれていました。

そのような国があると、信じられていたのでしょうか。ファンタジーなんでしょうか。

沖縄が四国より大きく描かれ、北海道には松前しかないように描かれたりしています。

博物館を出たあと、UCCコーヒー博物館に行く予定でしたが、間に合いませんでした。

ゴンチャロフがプロデュースするカフェ「ガルニエ」でランチしました。

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2014年4月10日 (木)

初の歴史小説 (26)参詣記

 カテゴリー「初の歴史小説」を非公開にしていましたが、自分自身が使いにくいので、公開設定にしました。このカテゴリーに入れた記事は、フィクションを書くために素人が気ままに書き留めたメモすぎないので、参考にはなさらないでください。前もってお断りすることなく、急に非公開にすることもあるかと思います。ご了承くださいませ。

 祐徳稲荷神社は遠いので、時間がかかることはわかっているのだが、午後2時くらいまでに着けるように行ければ、娘の厄祓いをお願いし、祐徳院様(萬子媛)のお社の前で初の歴史小説を書くご報告をし、祐徳博物館をゆっくり見るくらいの時間はとれると思った。

 それで、早朝、もう少し家族を寝かせておきたいと思い、わたしはKindle本に新しい洋服(表紙)を作ってやっていた。しばらく熱中してふと顔を挙げると、目の前の空間に金色の短冊状のものが棚引くのが見えた。

 これは肉眼には見えないもので、神智学がいう透視力が目覚めてきてからこうした類のものが次第に見えるようになった。いつからその透視力が目覚めてきたかというと、大学時代から『枕許からのレポート』を書いた頃にかけてだったように思う。

 文通をしてくださった神智学の先生――先生は多くの人々と文通をなさっていた――がお亡くなりにあと、先生はあの世に行かれる前に透明になったお体で挨拶に来てくださったのだが、その後しばらくしてから空間に星のようにきらめく色つきの光の点を見るようになった。

 空間はわたしには見えない世界からのメッセージボードのようなもので、それまでにもいろいろと見えることはあったが、ある種の規則性を持ったものが見えるようになったのはそれ以降だった。

 それが何なのかはわからないが、先生からの、あるいは見えない世界からの助言ではないかと想像している。

 金色の短冊はそれとは異なった。それを目にすると同時に「急いで」と優しくいわれたような気がした。祐徳院様のお使いかな、と思った。

 それでもまだ時間はあると思い、Kindle本の洋服に熱中していたところ、どうしても済ませておきたい急用ができたため、出るのが大幅に遅れてしまった。

 午後1時になろうとしていた。おまけに雨が降り出していた。お祓いの受付は4時だから、休憩時間を入れると間に合わないかもしれないよ、と夫はいう。別の日に変更する、どうする?と、家族と話して決行することにした。

 運転してくれる夫には連休をとって貰っていた。次に行くとなると、今度はいつとれるかわからない。間に合わなかったら、また来なくてはならないが、祐徳院様に初の歴史小説を書き始めることをご報告するくらいのことはできるだろう。

 お使いをよこしてくださるくらいだもの、祐徳院様はわたしの執筆によい反応を示してくださるに違いないと楽観した。その反応とは、前回の寒いときに感じられた暑い感じや春風の贈り物のようなものだろうと想像した。

 一般参拝者の諸祈願は御神楽殿で行われる。祐徳院様をお祀りしてある石壁神社(せきへきじんじゃ)はもっと上の別の場所にあった。

 わたしはお祓いを祐徳院様のお社でしていただければどんなにいいだろう、と空想したりしていた。ご祭神である倉稲魂大神(ウガノミタマノオオカミ)、大宮売大神(オオミヤノメノオオカミ)、猿田彦大神(サルタヒコノオオカミ)といった神様方はわたしには抽象すぎて、ぴんと来ない。

 前回のお祓いのときは大勢だったので、そのせいもあったのか、祝詞も太鼓の音も何となく聴こえて来た感じだった。

 到着したときは時間を過ぎていたと思う。受付の窓に男性の顔が見えたので、「まだよろしいでしょうか?」とお尋ねすると、大丈夫ですよ、とおっしゃった。

 お祓いしていただくのはわたしたちだけだった。雨が降っていたので、温かい最近にしては寒かった。

 お祓いが始まると、すばらしい祝詞の声、それに名演奏といいたくなる太鼓の音に魅了され、自分が音楽会の会場にいるのか神社にいるのかわからなくなるほどだった。神主さんは何人かいらっしゃるのだろう。前のときの人とは違っていた。

 そして、その祝詞の最中、前に祐徳院様のお社の前で感じたような、まるで南国にでもいるような快い暑さを覚えた。同時に、微笑に包まれているような感じを受けた。

 実はその直前に寒さからか喘息の発作が出かかっていたのだが、引っ込んだ。祐徳院様が臨在なさっているのだ、とわたしは思った。

 太鼓の音が止み、お祓いが終わったとき、思わず拍手しそうになった。外へ出ながら、娘が「上手だったねえー、神主さんって太鼓もできなきゃならないんだから大変だよね」といった。本当にすばらしかった。

 石壁神社に行こうとしたとき、中村雨紅の作詞で知られる「夕焼小焼」の曲が流れた。

夕焼け 小焼けで 日が暮れて
山のお寺の 鐘がなる
おててつないで みなかえろう
からすと いっしょに かえりましょ

「からすといっしょにかえりましょうって、そんな」とわたしは慌てた。神社に営業時間があるのは当然だが、もしかしたら見えない世界にまでそれがあるのでは――と思ってしまったのだ。

 そのせいだと思いたいが、祐徳院様のお社の前で初の歴史小説のことをご報告しても、何の反応も感じられなかった。雨が降っていて、夕方だし、寒かった。前のときのエアコンを効かせたお部屋に招かれたような現象は起きなかった。

 御神楽殿では確かに祐徳院様の臨在が感じられたのに、小説に反対ということなのだろうか、とわたしは動揺した。

 動揺したまま、次に何をしたらいいのかわからなくなっていると、先のほうに歩いていったらしい娘が、「水鏡があるよ」とわたしを呼んだ。

 今、神社のホームページを見て思ったが、あのとき雨が降っていたことはよかった。ホームページの写真を見ると、水が写っていないために、水鏡ということがよくわからないのだ。

 わたしは反応がなかったことを気にしていて、写真なんか撮ったら罰が当たりそうな気がしていた。しかし、断食入定なさった寿蔵と水鏡はぜひ撮りたかった。わたしはカメラの腕がよくない上に、未だに扱い慣れない携帯で撮ると、よくぼける。

 この雨で夕方だから、絶対にそうだろうと予想した。万一ちゃんと写っていたら、それは撮影に許可をいただいたことだと思うことにしようと考えた。

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 この御本殿の上のほうに石壁神社がある。

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 神社の傍らに位置している。圧縮以外には修正を加えていないのだが、晴れた昼間に撮ったみたいに写っている。

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 石碑。

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 実際に見ると、岩の窪みは鏡の形に円形で、そこに水が溜まっていると、これこそ水鏡という印象を受ける。写真ではあまりわからないが、澄んだ水がきよらかに溜まっていた。

 以下は神社のホームページからの引用。

水鏡(みずかがみ)

祐徳院様(花山院萬子媛)は古田村(現在の鹿島市古枝)に庵を結び、以後十九年神仏に仕えお暮らしになりました。村人からは大変敬慕されていました。

ある日、一人の村人が畑で獲れた野菜を祐徳院様へ届けた時でした。
「○○さん。実は私は今日あなたがここへ来ることを朝から知っていました。」
村人は驚いて尋ねました。
「なぜそんなことが分かられたのですか。」
祐徳院様はやさしく答えられました。
「私は毎朝あの水鏡を見ています。今朝水鏡の中に野菜を持ってここに来るあなたの姿が見えました。だから分かったのです。」
こうして村人たちは祐徳院様の優れた徳を知り、益々お慕いするようになったとの事です。【地元古老による昔話】

祐徳院様が吉凶を占っておられたとされる水鏡は現在も石壁神社横にあります。

 前に来たときは水鏡がここにあるということに気づかず(石壁神社横にあると書かれているのに)、祐徳院様が修行なさった庵はどこだろうと思っていた。

 が、水鏡を毎朝見ていらしたというのだから、庵が遠く離れたところにあったはずはなく、石壁神社の側にある小さな建物がそれを想像させる。いや、神社があるその場所こそ、そうではないだろうか?

 秋ぐらいに取材に出かけて確かめられたらと思うが、夏には姪の結婚式があり、嬉しいが、お金が飛ぶので、行けるかどうかわからない。

 下りたとき、娘が「御神籤を引こうよ」と誘った。わたしは「嫌よ」といった。前に来たときも引かなかった。父と夫が引いて凶が出たことがあり、引きたくなかった。

 それでも、娘が珍しいことにしつこく引こうと誘う。

 仕方なく、引いてみることにした。もし凶が出れば、それは歴史小説を書くなということだ。筋金入りの仏教徒だった祐徳院様も水鏡で占いをなさったのだから、未熟なわたしが占いをしても悪いはずがないと思った。

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 娘もわたしも大吉だった。大吉ばかり出るようにシステムが変わったのか(?)と思ってしまったが、近くにいた3人組のおばさんたちが引いて、口々に何と出たかいい合っていたのが聴こえ、その中に大吉はなかった。

 わたしが受けとったメッセージはこうである。小説に関することは世俗の出来事、あるいはミューズ――和風にいうと、弁財天か? インドではサラスヴァティー――の領域であり、祐徳院様はタッチなさらないのだ――と。

 高級霊はこのようであることをわたしは神智学を通して学んだはずなのに、砂糖菓子のように甘ったるい庇護を求めていたのかもしれない。それは間違っていた。わたしが自分で考え、自分でミューズの霊感を受け、自分でその仕事を果たしてこそ意味があるのだ。

 でなければ、それは芸術ではなく、お筆先になってしまうだろう。さすがは祐徳院様、と思った。

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 門前商店街のお店に、なつかしいお菓子「すずめの玉子」があった。

 清々しい参詣だった。

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