カテゴリー「歴史」の368件の記事

2020年8月28日 (金)

大田俊寛『オウム真理教の精神史』から抜け落ちている日本人の宗教観(この記事は書きかけです)

このところ記事にしてきた大田俊寛氏には『現代オカルトの根源――霊性進化論』(筑摩書房、2013)の他に、その2年前に上梓された『オウム真理教の精神史 ――ロマン主義・全体主義・原理主義』(春秋社、2011)という著作がある。

『現代オカルトの根源――霊性進化論』の感想の続きと一緒にこの著作の感想を別記事にするつもりだが、大田氏はどう読んでも唯物論者で、日本人には思えない。

なぜなら、『オウム真理教の精神史 ロマン主義・全体主義・原理主義』で、まる一章使って――といっても25頁から48頁までのたったの23頁――「近代における『宗教』の位置」という章題で「宗教とは何か」を考察しているのだが、オウム真理教を近代の宗教の一つと位置づけ、考察はキリスト教を中心としたものとなっているからで、日本、中国、インドといったアジアの宗教の考察がすっぽり抜けているのだ。

所有の形態として「祖先崇拝」が手短に考察されてはいるが、ご先祖様に対する気持ちを「崇拝」といわれてしまうと、わたしなどは違和感がある。

次の章はなぜかロマン主義の考察で、ブラヴァツキー夫人はそこで登場する。ウィリアム・ジェイムなども出てくる。

日本人の宗教観に関する考察が全くない不自然さ。理屈以前に、お正月には初詣に行き、お盆には故人を迎え、お彼岸にはお墓参りをするという日本人らしい宗教的背景が――核家族化で薄れつつあるとはいえ――大田氏には存在したことがないかのようである。

麻原氏も、そうした日本人らしい背景が感じられない不自然さ、人工臭があった。

麻原氏は日本国家を転覆し、自らが「日本の王」となるつもりだったという。初代主権者は、「神聖法皇」と称する麻原尊師、天皇は廃位され、葛城等の氏を与えて民籍につかせるはずだった。

ヨガかと思えば、「オウム真理教」というのは仏教系で行くための「オウム神仙の会」からの改称だというし、お次は「王」だったり「法皇」だったりと、さっぱり訳がわからない。天皇に葛城等の氏? 日本人にこういう発想ができるだろうか、とわたしは思ってしまうのだ。

折しも、過去記事で採り上げたように、文部科学省の教科書調査官として歴史教科書の検定に関与していた北朝鮮のスパイXがオウム事件にも関与し、日本転覆を図ったことがあると発覚した。

舞台に登場するのは全部あちらの人達ではないかと疑ってしまう。

大田氏は『オウム真理教の精神史 ――ロマン主義・全体主義・原理主義』で、次のように書いている。

宗教とは何か、という問いに改めて回答しておくと、私はそれを「虚構の人格」を中心として社会を組織すること、そしてそれによって生死を超えた人間同士の「つながり」を確保することである、と考える。(大田,2013,p.32)

『十字架の聖ヨハネ研究』という優れた研究書を著された鶴岡賀雄氏の弟子とも思えない、一面的捉えかただ。

ここ数日、ブログの更新も忘れて、『十字架の聖ヨハネ研究』に読み耽っていた。十字架の聖ヨハネがどのような生涯を送ったのか、知りたいと思いながらずっとわからなかった。それがわかった。十字架の聖ヨハネという16世紀スペインのキリスト教世界を代表する神秘家であり詩人であった人物の内面が綿密に掘り下げられている。

オウム真理教がなぜ宗教団体と見なされたのか、不思議である。前掲の大田氏のような宗教の定義からすれば、宗教団体ということになるのかもしれないが、わたしには単なる宗教的コスプレ、宗教ごっこにしか見えない。麻原氏のそうした見かけと日本を転覆したいという思いが、ある勢力からとことん利用されたということだろう。

宗教といいながら、物事の始めから麻原氏は徹頭徹尾、物質主義者である。真の神秘主義が中心に存在しない組織は、なんちゃって宗教組織、偽装宗教組織にすぎない。麻原氏の正体がわかっていたからこそ、その勢力は利用したのである。純粋な宗教団体であれば、手つかずだっただろう。

麻原彰晃氏の処女作『超能力「秘密の開発法」―すべてが思いのままになる!』(大和出版 、1986)が上梓された年、ヨガ道場「オウムの会」は宗教団体「オウム神仙の会」と改称された。

1986年(昭和61年)4月、税制上の優遇に目をつけて、ヨガ道場「オウムの会」を宗教団体「オウム神仙の会」と改称[67]。同年7月、ヒマラヤで最終解脱と称す[68]。すでに「武力と超能力を使って国家を転覆することも計画している。その時は、フリーメイソンと戦うことになるだろう」などと語っていたという[69]。

「麻原彰晃」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2020年8月22日 14:16 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org

オウム真理教になる前から、物欲がぷんぷん臭う。彼にとって宗教的修行は超能力や悟りを得るためのツールにすぎなかったようだ。神聖なものへの憧れなど微塵も感じられない。唯物主義者が神秘主義に近づくと痛い目を見るという好例である。

『十字架の聖ヨハネ研究』の続きを読みたいので、ここで中断。この記事は書きかけです。

以下は、十字架のヨハネの有名な神秘詩の一節。この詩がどのような状況で書かれたのかが鶴岡氏の著作を読んでわかった。

この幸いな夜に
誰にも見られず 何も見ないで
ひそかに(私は出て行った)
心に燃え立つ それの他に
光も導きもなしに。
(西宮カルメル会修道院訳注『十字架の聖ヨハネ詩集』ドン・ボスコ社、1982、p.29)

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2020年8月20日 (木)

大田俊寛氏はオウム真理教の御用作家なのか?(8月21日に加筆あり、赤字)

※当記事は個人的な考えから執筆した記事であることをお断りしておきます。

+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

大田俊寛『現代オカルトの根源――霊性進化論』(筑摩書房、2013)は、13日の記事に書いたように、タイトルからしてわたしには意味不明である。霊性進化論なんて、意味がわからない。霊性が進化する?

大田氏は言葉の定義もせずに、話を進めていく。ブラヴァツキー夫人の細心の注意が払われた膨大な数の言葉の定義を見よ。これができて初めて、あれほどの引用、照らし合わせができるのだ。でなければ、ブラヴァツキー夫人の代表作『The Secret Doctrine: The Synthesis of Science, Religion and Philosophy』は単なる断片集になってしまったことだろう。

ブラヴァツキー夫人について書かれた章の内容の貧弱さからすれば、おそらく大田氏の頭の中には曖昧模糊とした霊肉二元論が存在しているだけである。極めて短絡的な思考回路が、大田氏は麻原氏と似ているように思える。

その短絡的な思考回路から出てきた大田氏的「霊」「霊性」という単語であり、「霊性進化論」という造語であるのだが、彼はそこから勝手に妄想を膨らませて、ブラヴァツキー夫人が「進化論と心霊主義の構想を巧みに融合させた」などと、嘘八百書いている。

そもそもブラヴァツキー夫人が「霊」をどのような意味で使ったのか、大田氏は全くわかっていない。

『現代オカルトの根源――霊性進化論』の主要参考資料一覧に挙げられているブラヴァツキー夫人の著作は、H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1989)と、『シークレット・ドクトリン』原書の第2巻 Anthropogenesis(人類発生論) の2冊だけである。

わたしが持っているジルコフ編『シークレット・ドクトリン 第 1 巻』本文の最初に「霊」という言葉が出てくる文章を探してみた。

Spirit is the first differentiation from THAT,the causeless cause of both Spirit and Matter.

Helena Petrovna Blavatsky. The Secret Doctrine: Collected Writings 1888 : Cosmogenesis. Boris De Zirkoff , ed. Quest Books, 1993, p.35

この文章を含む、壮麗な本文最初の段落を、田中恵美子氏、ジェフ・クラーク氏の名訳で紹介したい。それで、興味が湧いたかたはブラヴァツキー夫人と大田氏の著作を読み比べていただきたい。そうすれば、ブラヴァツキー夫人の著作が別格であることがわかるだろう。

    スタンザ 1

      宇 宙 の 夜

1. 永遠の親(空間)は常に目に見えぬ彼女の衣に包まれ、七つの永遠の間、再び深い眠りにおちていた。

“親空間”は永遠で常に存在し、あらゆるものの原因である。つまり、理解できない神性であり、その“目に見えない衣”はあらゆる物質の根であり宇宙の神秘的な根でもある。空間とは私達には最も容易に想像できる永遠なものであって、それは抽象的なものとして不動であり、客観的宇宙が空間の中にあってもなくても、左右されることのないものである。空間はあらゆる意味で次元がなく、自存するものである。霊は、霊と物質両方の原因なき原因であるそれから最初に分化したものである。秘教問答に教えられているように、空間とは無限の空虚でもないし、条件づきの充満でもなく、その両方である。空間は存在して来たし、これからもいつもあるであろう。

H・P・ブラヴァツキー. シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上). 田中恵美子, ジェフ・クラーク訳. 神智学協会ニッポン・ロッジ, 1989, p.239.

第3巻 Index で、英語で「霊」に当たる Spirit を見ると、様々な使いかたがされているようでありながら厳然とした意味があるようで、神智学のイロハもわかっていなかったころのわたしは Soul との区別もつかず、混乱した。

しかし、ありがたいことに、神智学の入門書といってよいH・P・ブラヴァツキー(田中恵美子訳)『神智学の鍵』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1995)の用語解説に日本ロッジの挿入文があり、ブラヴァツキーの著作では Spirit がどのような意味で使われるかの解説がある。異なる六つの意味が挙げられていて、各々わかりやすい解説が施されている。

東大の博士課程を終了して埼玉大学非常勤講師を勤める人物のものとは思えない雑な内容の大田氏の著作は、インビュー記事も同じことなので、彼の短絡思考がわかりやすいインタビュー記事を引用する。

ブラヴァツキーは、人類の中には「神人」に進化しうる種子が含まれている一方、霊性の次元から目を背けて「動物化」する人間もいる、という二元論を立てたのですね。私はこうした考え方を「霊性進化論」と呼んでいます。

本多カツヒロ(フリーライター). “なぜ人間はオカルトにハマってしまうのか?: 『現代オカルトの根源』の著者、大田俊寛氏に聞く”. 東洋経済オンライン. 2013-08-23. https://toyokeizai.net/articles/-/18156, (参照 2020-08-19).

大田氏自身が「私はこうした考え方を『霊性進化論』と呼んでいます」と述べていることからもわかるが、前述したように「霊性進化論」というのは大田氏の造語である。この進化街道を驀進する霊性の「霊」とは、どのような意味の「霊」なのか。その「霊」の性質ばかりがひたすら進化するということなのか?

「霊」の定義すらせずに、漠然とした意味の「霊」を、単純な唯物論者ダーウィンの進化論にくっつけている。「こうした考え方」もブラヴァツキー夫人のものではなく、大田氏の自説であるにすぎない。

ブラヴァツキー夫人は、『神智学の鍵』(田中恵美子訳、神智学協会ニッポン・ロッジ、1995)で次のように述べている。

神智学の教えは霊と物質の同一性を主張し、霊は潜在的な物質であり、物質は結晶した霊にすぎないと言います。例えば、氷は固体化した水蒸気であるようにです。しかし、万物の大本で永遠の状態は霊ではなく、いわば超霊(目に見える形体のある物質はその周期的な現れにしかすぎない)なので、私達は霊という言葉は「まことの個性」に適用することができるだけだと主張します。(ブラヴァツキー,田中訳,1995,p.42)

ブラヴァツキー夫人のこの説は一元論だろうか、二元論だろうか。論点によって、それは変わってくる。一元論か二元論かといった、哲学におけるこのような解釈手段自体がもはや古いといえる。

前掲引用に出てくる神智学用語としての「個性(Individuality)」の意味を知るには、まず「人間を含めて宇宙のあらゆる生命、また宇宙そのものも『七本質』という七つの要素からなっている」(H・P・ブラヴァツキー. 実践的オカルティズム. 田中恵美子, ジェフ・クラーク訳. 神智学協会ニッポン・ロッジ , 1995, 用語解説「本質(Principle)」p.23.)ことを理解しなければならない。

ブラヴァツキー夫人の説が如何に複雑であるかは、引用した文章からも、その一端が窺えよう。しかしながら、哲学はこのように複雑であるのが普通だから、大田氏が披露する二元論は幼稚すぎて衝撃的であった。

神獣二元論ともいうべき珍説と共に考え出され、名付けられた「霊性進化論」は、大田氏によって考え出された――おそらく、麻原氏の思想に合わせて考え出されたのだろうが――説であることを押さえておきたい。

大田氏へのインタビュー記事から引用を続ける。

麻原の世界観では、人類全体が2つの種類に大別されていました。ひとつは、自らの霊性のレベルを高め、超人類や神仙民族と呼ばれる存在に進化する「神的人間」であり、もうひとつが、物質的欲望におぼれ動物化していく「動物的人間」です。麻原の見解によれば、現在の世界は「動物的人間」がマジョリティを占めており、他方、「神的人間」はマイノリティとして虐げられている。この構図を転覆しようというのが、「種の入れ替え」という言葉が意味していたものです。

オウムは、数々の修行やイニシエーションによって、「神的人間」を創出・育成しようとした。その一方で、人類の霊性進化の妨げとなる「動物的人間」を粛清しようと、70トンという膨大な量のサリン生産計画に着手したわけです。現在の日本をサリンで壊滅させた後、「シャンバラ」や「真理国」と呼ばれるユートピア国家を樹立しようというのが、オウムの最終目的でした。このように、オウムの世界観においても、「神への進化」と「動物への退化」という霊性進化論的な二元論が、極めて根幹的な役割を果たしていたのです。

本多カツヒロ(フリーライター). “なぜ人間はオカルトにハマってしまうのか?: 『現代オカルトの根源』の著者、大田俊寛氏に聞く”. 東洋経済オンライン. 2013-08-23. https://toyokeizai.net/articles/-/18156, (参照2020-08-19).

『現代オカルトの根源――霊性進化論』で、ブラヴァツキー夫人の著作内容の複雑で重厚な内容を、似ても似つかない間違いだらけの短い要約で済ませてしまって平気な大田氏とは、一体何者なのか?

大田氏の国語力に問題があることは間違いないが、果たしてそれだけの問題なのか?

前にも同じことを書いたような気がして探すと、果たして、そのとき、わたしは大田氏の著作はあまり読んでいなかったはずだが、「オウム真理教事件の犯人は『思想』だった」という記事を、ウィキペディア記述のソースを探して読んだらしい。
※この記事は正しくは、「オウム真理教事件の真の犯人は『思想』だった」というタイトルのエッセー。
 大田俊寛. “オウム真理教事件の真の犯人は「思想」だった”. シノドス. 2014-05-15. http://synodos.jp/society/8575, (参照 2020-08-20).

わたしははてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」の中のエッセー 26「ブラヴァツキー夫人の神智学を誹謗中傷する人々 ①ブラヴァツキー夫人とオウムをくっつける人」で次のように書いている。

孫引きで構成されたいい加減な記事しか書けない癖に、なぜかある程度の知名度があって、自身の主張を広く世間に発信する力を持っている――このような人物こそが思想的な混乱を招く大きな一因となっているとわたしは思うのだが、そんなことは夢にも思わないのだろうか。
わたしは、オウム真理教事件の真の犯人は「国語力の不足」だったと考えている。だから、閲覧者が少ないにも拘わらず、拙ブログ『マダムNの覚書』で文学について、読書について書いてきた。(略)
オウム真理教が反日テロ組織であったことは明白で、中共のような思想弾圧している一党独裁国家ではない、憲法第20条で信教の自由を規定した日本国において彼らは反日テロを起こすという重大な思想的問題を孕んでいたわけだが、そのことを問題視しないのはどういうわけだろうか。

大田氏がわたしの目にオウム真理教(及びその分派団体)の御用作家と映るのは、彼が麻原氏の思想を自説で補填しているからである。

その補填のための自説を以ても庇いきれない異常性が麻原氏の思想には存在するためか、ブラヴァツキー夫人の名を借りて神智学に麻原氏の一切の罪を負わせようとした。何て卑劣な行為であることか。

わたしは過去記事で、文部科学省の教科書調査官として歴史教科書の検定に関与していた北朝鮮のスパイXがオウム事件にも関与し、日本転覆を図ったことがあるというニュース記事を紹介した。

2020年7月30日 (木)
オウム真理教事件にも絡んでいた北朝鮮のスパイ
https://elder.tea-nifty.com/blog/2020/07/post-58a264.html

このようなニュース記事を読むと、大田俊寛氏が純粋に学者としてオウム真理教に関する研究を行ってきたのか、疑わしくなってくる。

大田氏は吉永進一氏同様、オウム真理教の反日性には目もくれず、ブラヴァツキー夫人を煙幕のように悪用して「霊性進化論」という自説に拘泥し、オウム真理教に寄り添う。

北朝鮮のスパイがオウム事件に関与し、国家転覆を図ったことがあるというのであれば、オウム真理教には強い反日性があり、それこそがオウム真理教に内在する第一義的な「思想」であったはずである。つまりオウム真理教事件の真の犯人は反日思想だったということである。

オウム真理教の継続団体「ひかりの輪」ホームページ、広報部のお知らせに「宗教学者2名(鎌田東二氏・大田俊寛氏)の方がひかりの輪の健全性を認める報告:長年の広範な調査研究の結果(2018年04月18日)」という記事がある。

両氏の略歴と論文が紹介されている記事で、大田氏については次のように紹介されている。

新進気鋭の宗教学者であり、近年出色のオウム真理教研究とされる「オウム真理教の精神史」の著者。ひかりの輪に関しても、その教材・資料のほとんどを精査するなど、その広範な調査・研究は他の追随を許さない。東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻宗教学宗教史学専門分野博士課程を修了。グノーシス主義の研究でも著名。

大田博士は、2014年、ひかりの輪の外部監査委員会(当時の委員長は河野義行氏・元長野公安委員・松本サリン事件被害者遺族)の要請を受けて、それまでの深く広範な調査・研究に基づいて、団体の思想・活動に観察処分に値するような危険性があるか否かに関して、意見を同委員会に提出されました。(略)

結論として、ひかりの輪は、オウム真理教の教義・活動の中で事件の原因となった危険な要素に対して十分な対処しており、その意味で危険な団体ではないとして、公安調査庁の見解を否定しました。また、2017年にも再び、同じ趣旨の意見を発表されています。

広報部のお知らせ. “宗教学者2名(鎌田東二氏・大田俊寛氏)の方がひかりの輪の健全性を認める報告:長年の広範な調査研究の結果”. ひかりの輪. 2018-04-18. http://www.joyu.jp/hikarinowa/news/00news/1348_1.html, (参照 2020-08-19).

続いて、ひかりの輪に関する意見書(2014年11月)、ひかりの輪に関する意見書追加版(2017年11月)、雑誌「宗教問題」の座談会(2017年10月)での発言メモ(2018年3月20日発表)へのリンクがある。

雑誌「宗教問題」の座談会(2017年10月)での発言メモには、前掲インタビュー記事「なぜ人間はオカルトにハマってしまうのか?」へのリンクもある。

大田氏は次の記述からもわかるように、彼自身はおそらくマルクス的唯物論者で、神秘主義に対しては上から目線である。

私自身は、「ひかりの輪」が主張するように、すべての人間のなかに「神聖な意識」が存在するとは思わないし(少なくとも私のなかには、そのような意識は存在しない)、また、現実においても理念においても、「万人・万物が繋がって一体である」とも考えない。

大田俊寛. “「ひかりの輪」の宗教的活動に関する私見”. ひかりの輪. 2014-11-17. https://goo.gl/yyhFU2, (参照 2020-08-21).

それでいながら、オウム真理教とその後継団体に大田氏は寄り添う。ブラヴァツキー夫人の思想を麻原氏の思想に合わせて捏造するほどの献身ぶりなのである。

マルクス的唯物論者がなぜグノーシス主義を研究しようと思ったのか、わたしには不可解である。マルクス的唯物論者には最も縁遠い研究分野といってよいからだ(マルクス的唯物論者のこの手の論文は読めたものではない)。オウム真理教研究者としての箔を付けるためだとしか思えない。

大田氏は同文書において、次のようなことも記述している。

日本社会では現在、オウム真理教は実は、ロシアや北朝鮮の傀儡として作られた教団であり、地下鉄サリン事件は、これらの国家が目論んだ「間接的侵略」であった、とする陰謀論がまことしやかに流布されている。しかしながら、オウム真理教の思想や世界観を鑑みれば、同教団がロシアや北朝鮮の傀儡として行動するということはまったく考えられず、また、こうした憶測の裏づけとなる証拠は何一つ存在していない。

大田俊寛. “「ひかりの輪」の宗教的活動に関する私見”. ひかりの輪. 2014-11-17. https://goo.gl/yyhFU2, (参照 2020-08-21).

オウム真理教事件がロシアや北朝鮮の傀儡とは無関係だと強弁する姿勢は、およそ客観的とはいえない。彼の専門外の事柄だからである。そして、北朝鮮のスパイがオウム真理教事件に関わっていたことが発覚した今、この強弁には疑わしさが漂う。

2020年3月12日付「日本経済新聞」電子版のニュース記事は、観察処分の取り消しを求めた「ひかりの輪」の敗訴が最高裁で確定したと報じている。

オウム真理教の後継団体「アレフ」から分派した「ひかりの輪」が、団体規制法に基づく観察処分の取り消しを求めた訴訟で、最高裁第3小法廷(林景一裁判長)は12日までに、ひかりの輪の上告を退ける決定をした。10日付。観察処分を取り消した一審判決を取り消し、請求を棄却した二審・東京高裁判決が確定した。(略)二審判決は「ひかりの輪はオウム真理教の修行体系の最も基礎的、本質的な部分を継承している」などと指摘。15年の処分更新の時点でも、松本智津夫元死刑囚(麻原彰晃、執行時63)がひかりの輪の活動に影響力を有していたとし、更新は適法だったと結論づけた。

“観察処分巡り「ひかりの輪」の敗訴確定 最高裁”. 「日本経済新聞」電子版. 2020-03-12. https://www.nikkei.com/article/DGXMZO56694320S0A310C2CE0000/, (参照 2020-08-19).

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2020年8月17日 (月)

コットンの花とマーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ』

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盆過ぎとは思えない暑さですね。洗濯物がまるでトーストしたみたいに、パリッと乾くのは気持ちがいいですけれど……。

写真は、夫が大事に育てているコットンの花です。以前にもコットンの花の記事を書いた気がして探すと、ありました。2006年の記事です。

2006年8月18日 (金)
昨日の夕飯はカフェで&コットンと『風と共に去りぬ』
https://elder.tea-nifty.com/blog/2006/08/post_5.html

コットンといえば、映画『風と共に去りぬ』の中で、南北戦争後の荒廃したタラの大地を耕して作った綿花畑の中で、きつい監督者のまなざしをしたスカーレットが妹たちを叱咤しながら、手籠に綿を次々に摘み取っていく場面が思い出されます。

今年もコットンの花を見ながら、わたしは同じ場面を思い出しました。前掲記事のコットンの花の写真は小さすぎて、よく見えないのが残念です。記事には『風と共に去りぬ』について他にも色々と書いていますが、このところずっと、当ブログ内での人気記事ランキング 1 位に輝いているのは、『風と共に去りぬ』に関する別の記事です。

2017年9月 2日 (土)
『風と共に去りぬ』のアメリカにおける上映禁止について
https://elder.tea-nifty.com/blog/2017/09/post-f24f.html

以下のニュース記事は、今年の6月11日配信です。このニュースとの関連で、拙前掲記事を閲覧なさるかたがいらっしゃるということでしょうね。

事後法(遡及法)というものがあります。事件時は違法ではなかった行為を、後から違法として処罰することを定める法令をいいます。わが国は憲法でこの事後法を禁止しています。

事後法の禁止は近代刑法の原則とされているので、東京裁判は事後法で裁いた罪刑法定主義に反する野蛮な行為だった、戦勝国による敗戦国へのリンチだった――という意見はここから出てくるわけです。

韓国は平気で事後法を施行してくる、関わってはいけない危ない国です。

左翼なども平気で、事後法的に自分達の気に入らないことを裁きたがりますね。『風と共に去りぬ』の上演禁止は、わたしにはその一例に映ります。

当記事より先に、大田俊寛『現代オカルトの根源――霊性進化論』(筑摩書房、2013)の感想をアップするはずでしたが、もう少し時間がかかります。

能によく引用されている『和漢朗詠集』が角川から文庫で出ていたので、買いました。

和漢朗詠集 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)
三木 雅博 (翻訳)
出版社: 角川学芸出版 (2013/9/25)

この本は、裏表紙にある説明によると、「平安時代中期の才人、藤原公任によって編纂された漢詩句と和歌を融合させたユニークな詞華集」だそうです。

平安貴族の必読書であったばかりか、江戸時代の幕末に至るまで広く愛され続けた本だとか。この本については記事を改めて書くことになると思います。

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2020年8月 5日 (水)

古語辞典と現古辞典を購入。大田俊寛『『現代オカルトの根源』、レイチェル・ストーム『 ニューエイジの歴史と現在 』を読書中。

新作能にチャレンジしていながら、わたしは古語辞典も持っていなかった。娘が高校時代に使っていたベネッセ版のも見当たらない。

15年前に当地へ――夫の転勤に伴い――移転してきたが、そのとき既に古語辞典はなかったのだろう。その数ヶ月前に台風被害でだめになった書籍も多かったから、その中に含まれていたのかもしれない。

俳句に凝っていたのは移転以前のことだった。そのころは古典にも凝っていたので、源氏物語を原文で読んだりもしていた。

移転後も、たまに作句することがあった。それには、俳句歳時記の他に、旺文社の国語事典に付録として載っている「国文法要覧」で文法関係はまかなえたし、その後、購入した学研の『俳句古語辞典』があったので、不足を感じなかったのだ。

しかし、さすがに、俳句関係の書籍だけでは、新作能の文章は書けない。

古語辞典と、現代語から古語を引く現古辞典があれば……と思ったが、購入が延び延びになってしまった。それというのも、辞典が相当高くなっていると思い込んでいたのだった。

2020年7月26日 (日)
作品1「祐徳院」らくがきメモ 2(7月29日に訂正あり)
https://elder.tea-nifty.com/blog/2020/07/post-a9da22.html

この記事で、古語辞典も現古辞典もなしに、ワキが自分のことを紹介する文章を書いてみた。29日に訂正したが、このままでいいとは思っていない。このときに限界を感じて、辞典を購入するか、新作能にチャレンジするなどという大それた望みを棄てるかのどちらかだと思った。

調べてみると、むしろ昔より安くなっているような気さえした……値上がりしていないということだろうが。ありがたいことである。もっと早く買えばよかった。

わたしが購入したのは、以下の2冊。

旺文社全訳古語辞典 第五版 小型版
宮腰賢 (著, 編集), 石井正己 (著, 編集), 小田勝 (著, 編集)
収録語数: 約22,500語
1,440ページ+口絵32ページ
出版社: 旺文社; 第五版小型版 (2018/11/14)

現代語から古語を引く辞典
芹生 公男 (編集), 金田一 春彦
出版社: 三省堂 (2007/4/1)

古語辞典を小型版にしたのは、小型版でないと何度も何度も引くのが億劫になるからだ。そのぶん字が小さくなるので、老眼にはきついかもしれないとの懸念もあった。杞憂だったようで、見えづらいということもなく、実に使いやすい。

収録語数の多い『旺文社古語辞典 第10版』と迷った。用途から考えて、辞書の中の例文全てに現代語訳が施してある全訳のほうを選んだ(実際に使った感想としては、もう少し収録語数が多ければという欲求は当然ながら出てくるが、どちらか1冊となれば、やはり今のわたしには全訳が必要)。

現代文を古文に直す作業は大変だと感じている。古語にはない現代語がとても多い。では全て古語にしてしまえばいいかというと、現代語をむしろ残しておくほうがいいと思える場合もあって、その判断が難しい。

『現代語から古語を引く辞典』に収録されていないと、それをストレートに古語には翻訳できないという場合が多く、現代語そのままの形を残すか、別の表現にするかといった選択を迫られる。

話が遡るが、アマゾンで辞書を注文したとき、届くのに5日くらいはかかるだろうから、サボれる。と、わたしはほくそ笑んだ。

すると、何と、翌日の昼間、2冊共届いたのだ。アマゾンに注文して翌日に届いたのは初めてだった。異例の速度で辞典がわたしの元へやってきた。天上でわたしの文章をご覧になった萬子媛が呆れて、「さっさと辞書を使って、いくらかでも見られる形に直しなさい」とおっしゃったような気がした。

萬子媛は教養豊かな才女だった。きっと教育ママだったに違いない。

続きも、試行錯誤しながら、勉強しながら書いていくしかない。

休まず、そうするはずだったのだが、以下の記事関連のことを調べているうちに、こちらを先にまとめざるをえなくなった。

2020年7月30日 (木)
オウム真理教事件にも絡んでいた北朝鮮のスパイ
https://elder.tea-nifty.com/blog/2020/07/post-58a264.html

ブラヴァツキー夫人がまるでオウム真理教事件に責任があるかのごとく、因縁を付けてくる学者には、吉永進一氏、杉本良男氏の他にも数人いるが、その中の一人に大田俊寛という人物がいる。

大田 俊寛(おおた としひろ、1974年 - )は、日本の宗教学者。現在は埼玉大学非常勤講師。専門は宗教学。博士(文学)。

略歴
一橋大学社会学部を卒業後、東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻宗教学宗教史学専門分野博士課程を修了。鶴岡賀雄に師事。 宗教分野の中でも、グノーシス主義やオウム真理教を主な批判対象としており、2007年に論文「グノーシス模倣の神話学」により、東京大学博士(文学)の学位を取得。

著書
『グノーシス主義の思想 : 〈父〉というフィクション』(春秋社、2009年)
『オウム真理教の精神史 : ロマン主義・全体主義・原理主義』(春秋社、2011年)
『現代オカルトの根源 : 霊性進化論の光と闇』(筑摩書房(ちくま新書))、2013年)
『宗教学 : ブックガイドシリーズ 基本の30冊』(人文書院、2015年)

「大田俊寛」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2020年8月3日 01:44 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org

大田氏が師事した鶴岡賀雄氏は、ウィキペディア「鶴岡賀雄」によると、キリスト教神秘主義研究者で、十字架の聖ヨハネの研究、神秘主義概念史研究の第一人者であるという。

鶴岡 賀雄(つるおか よしお、1952年8月23日 - )は、日本の宗教学者、キリスト教神秘主義研究者。東京大学名誉教授。

西欧近代(特にスペインとフランス)の神秘思想、神秘主義概念の形成と展開、現代宗教思想など幅広い研究領域を持つ。とりわけ十字架のヨハネの研究、神秘主義概念史研究については、日本における第一人者とされる。教え子に佐々木中、大田俊寛らがいる。

「鶴岡賀雄」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2018年12月2日 12:50 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org

十字架の聖ヨハネといえば、わたしは『十字架の聖ヨハネ詩集』『カルメル山登攀』を愛読していた。詩集のほうは今も時々手にする。

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キリスト教神秘主義の専門家の弟子が大田氏というのはどういうことだろう、と思ってしまう。

ウィキペディアによると、大田氏はグノーシス主義やオウム真理教を批判対象としているそうである。

グノーシスには、わたしは興味津々である。中には好きになれない内容のグノーシス文書もあるが、心を打たれるものが沢山あるのだ。

ハンナ・ヨナス(秋山さと子&入江良平 訳)『グノーシスの宗教』(人文書院、1986)で採り上げられた新約外典『使徒トマスの行伝』の中の「真珠の歌」は、一読すれば、忘れられないほどの美しさだ。まさに真珠のような作品である。

マグダラのマリアについて調べ始めてからは、ますますグノーシス文書が身近なものとなった。

そのような興味も手伝って、それで学位を取得したという「グノーシス模倣の神話学」を読んだ。とわたしは思ったのだが、オンライン論文ではタイトルが「グノーシス模倣の神話論理」となっている。短いオンライン上のこれは、論文の一部分なのかもしれない。

というのも、まだこれからこの論文は展開するはずだと思えるからである。

以下のリンク先から論文ファイルを開くことができる。

グノーシス主義と模倣の神話論理(大田俊寛)
http://doi.org/10.15083/00030573

古代エジプト・ギリシアの思想が東方の思想と混じり合う中で形成されていったグノーシス主義。

キリスト教グノーシス派もいただろうから、キリスト教神秘主義の研究を専門とする教授の下でグノーシスを研究してもおかしい話ではないが、短いオンライン上の大田氏の論文(の一部)を読んでも、キリスト教神秘主義を専門とする教授の下で学んだ痕跡などは何も感じられない(これについては後日、鶴岡賀雄氏の著作を読んで確認したい)。

「『トマスによる福音書』についての覚書」もオンラインで読める。
http://gnosticthinking.nobody.jp/thomas.pdf

大田氏にとって問題なのは、『トマスによる福音書』を荒井氏が「グノーシス主義であるということを、やや一義的に決めつけすぎているという点」らしい。わたしにはトマス福音書がグノーシス文書以外にはとても思えなかったので、大田氏のような問題点は考えつきもしなかった。

私にはトマ福のなかには、疑う余地なくグノーシス主義的であると断言できるような語録は一つも収められていないと思われる。トマ福に収録された断片的で謎めいた言葉の数々から、著者の思想や世界観の全体像を想定するのは、実はきわめて困難なのである」と大田氏は主張する。

まさにその「断片的で謎めいた言葉の数々」が存在するからこそ、わたしはトマス福音書がグノーシス文書であることを疑わなかったのだが……。何よりも訴えかけてくるのは、グノーシス文書特有の雰囲気である。

覚書の後半では、佐藤研『禅キリスト教の誕生』に批判の矛先が向けられている。ここで、大田氏は、トマス福音書の語録 77 の内容が「ヨハネ福音書の観念に依拠したものであり、キリスト教正統派の見解と取っても、あるいはロゴス=キリスト論を積極的に取り込んだグノーシス主義の見解と取っても、それほど理解することが難しくない」と書いている。

トマ福のなかには、疑う余地なくグノーシス主義的であると断言できるような語録は一つも収められていない」のではなかったのか?

グノーシス主義の見解と取ることもできるというのは、そう取らないこともできるということだから、グノーシス文書とは認めがたいということなのだろうか。そして、ヨハネ福音書がグノーシス的といわれていることにも反対の立場なのだろうか。

グノーシス主義の特徴は、反宇宙的二元論だけではない。語録 108 で語られているような思想は極めてグノーシス主義的であるはずである。語録 108 について、エレーヌ・ペイゲルスが(荒井献&湯本和子訳)『ナグ・ハマディ写本――初期キリスト教の正統と異端』(白水社、1996)で、グノーシスならではの特徴を感動的な表現で指摘している。

このような教え――神性と人間の同一性、迷妄と覚醒に対する関心、主としてではなく霊的導師としての創立者――には、西洋的というよりも、むしろ東洋的な響きがあるのではないだろうか。若干の学者たちが示唆しているように、名前を代えたならば、『トマス福音書』で生けるイエスに帰されている言葉は、「生ける仏陀」の言葉にふさわしいと言い得よう。ヒンズー教あるいは仏教の伝承が、グノーシス主義に影響を与え得たのであろうか。(ペイゲルス,1996,p.18)

同様のイエスの教えの仏教的色彩は、マリア福音書でより顕著である。このような点こそ、日本の学者に追究して貰いたいものだ。大田氏にそれを求めるのは無理のようだが。

以下の過去記事には、ブラヴァツキー夫人の著作からのグノーシスに関する引用があるので、当記事を改稿するときにまとめて紹介したい。

2016年2月10日 (水)
Notes:不思議な接着剤#90 キリスト教成立以前に東西に広く拡散していた仏教 
https://elder.tea-nifty.com/blog/2016/02/post-3f56.html

2016年2月28日 (日)
Notes:不思議な接着剤#91 釈迦牟尼仏の哲学を説いたイエス
https://elder.tea-nifty.com/blog/2016/02/t-1a90.html

2016年4月 6日 (水)
Notes:不思議な接着剤#93 カタリ派が『ヨハネ福音書』を偏愛した理由
https://elder.tea-nifty.com/blog/2016/04/notes92-4114.html

図書館から借りた大田氏の著作『現代オカルトの根源――霊性進化論の光と闇』(筑摩書房、2013)が出たとき、以下の 2 冊は出ていた。グノーシス主義の研究をしていながら、これらのブラヴァツキー夫人の著作に散りばめられたグノーシス主義に関する記述に一顧も与えないのは、どういうわけだろう。

H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1989)

H・P・ブラヴァツキー(ボリス・デ・ジルコフ編、老松克博訳)『ベールをとったイシス 第1巻 科学 上』(竜王文庫、2010)

なるほど、前掲書に参考資料として『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』は一応挙げられている。しかし、大田氏はろくに読んでいないはずだ。その前に挙げられたヘレナ・P・ブラヴァツキー(東條真人訳)『シークレット・ドクトリンを読む』(出帆新社、2001)をあんちょこにしたと思われる。そう邪推せずにいられないひどさだからだ。

第一、ブラヴァツキー夫人をオウム真理教事件の戦犯であるかの如く大きく扱っていながら、また、わが国の最高学府である東大で学びながら、ブラヴァツキー著作集全巻(http://www.blavatskyarchives.com/collectedwritings.htm )読むくらいのことができないのか?

読めないなら、なぜ、ブラヴァツキー夫人をネタに、飯の種に、するのか? ブラヴァツキー夫人の、翻訳家の、苦労がどれほどのものか、想像したことはないのか? ブラヴァツキー夫人の著作を必要としている人々がいるかもしれないとは、思ったことすらないのか?

オウム真理教に関しては、大田氏が寄り添っているように感じられるのとは、あまりに対照的である。オウム真理教とその後継組織の御用作家のようにさえ感じさせられる。

何にせよ、まともにブラヴァツキー夫人の著作を読んだとも理解できたとも思えないが、拙動画「ブラヴァツキー夫人がニューエイジの祖というのは本当だろうか?」で挙げた以下の本は、結構熱心に読んだのではないだろうか。似た文章があるから。しかし、『現代オカルトの根源――霊性進化論の光と闇』では、主要参考資料一覧には見当たらない。

ニューエイジの歴史と現在―地上の楽園を求めて (角川選書)
レイチェル ストーム (著), Rachel Storm (原著), 高橋 巌 (翻訳), 小杉 英了 (翻訳)
出版社: 角川書店 (1993/11)

著者はフットワークが軽いようだが、落ちついて本を読むのは苦手のようだ。ブラヴァツキー夫人をニューエイジの母と大大的にプロパガンダしているわりには、大田氏同様、ブラヴァツキー夫人の著作をろくに読んでいない。そのことは内容からも参考文献からもわかる。

研究者としては三流としかいえない姿勢であるが、小林英了氏の訳者あとがきには共感した箇所があった(この部分だけ名著に思える)。長くなるが、引用しておく。

……実際、ニューエイジャーたちの世界は密林である。そこには毒を含んだ造花があり、底無し沼があり、吸血鬼がおり、ミイラになってしまったミイラとりの墓標が乱立している。しかし、無数のこけ脅しや見かけ倒しの中にあって、時代の困難な課題を誠実に担い、無理解と裏切りに満身創痍となりながらも、新しい時代を求めて闘った個性はいたのである。ブラヴァツキーは詐欺師扱いされながらもイギリスの植民地支配下にあったインドの精神文化復興のために尽くし、グルジェフは物質主義に押しつぶされていく西方の精神文化を無意識的な思考習慣から解き放とうとし、クリシュナムルティはカリスマ的神格に祭り上げられる瞬間に個的な求道の道に一人降り立ち、シュタイナーはナチズムからテロの標的にされつつも戦争を回避する自由な意志の力を訴え続けた。こうした人々は、悟りすましたコスモポリタンという抽象的な人間に成り下がることなく、内面に据えた闇を時代が与えた試練と受けとめ、この地上の現実世界と徹底的に格闘したのであった。
「自由と民主主義」陣営が地球規模の覇権を手にした八〇年代、人々の幸福に対する欲望はニューエイジにも浸入した。自由経済の原理と市民的権利意識が、悟りや目覚めといった精神領域にまで浸透したのだ。……(略)……人々の内面の空虚な闇でうごめいていたニューエイジは、ポスト・モダンという名の薄ら明かりの下に照らされ、近代的合理主義や物質主義を超えるものとしてもてはやされてはいるが、その内実は、神秘や不思議が無批判的かつ興味本位に崇められ、先住民族の文化までもがエコロジー・グッズとして商品化されているのである。私たちは、先達が血のにじむような思いで現実と格闘しながら形成した思想の成果を単に一つの情報として消費し、書棚の飾りにしたり、パソコンの画面に呼び出せる時代に生きている。……

 この本は1993年に出版された。訳者あとがきは、27 年も前に鳴らされた警鐘である。

ちなみに、鶴岡氏に師事した大田氏。他に佐々木中氏がいる。ググってみると、小説家デビューしているらしい。東浩紀氏と一緒に名前が出てくる。両者は対立しているようでもあるが、興味がないので、どうだっていい。東浩紀氏というと、あいちトリエンナーレ「表現の不自由展」を思い出す。

2019年8月 7日 (水)
あいちトリエンナーレ「表現の不自由展」中止のその後 その5。津田氏のゲンロン仲間、東浩紀氏は「文學界」(文藝春秋)新人賞の選考委員。
https://elder.tea-nifty.com/blog/2019/08/post-7a913c.html

当記事は書きかけです。まとまりない下書きですが、アップしておきます。あとで、二つの話題は別記事にします。

グノーシスに関する著作も数冊借りた。

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2020年7月28日 (火)

作品1「祐徳院」らくがきメモ 3

能の演目には、歌がよく引用される。万葉集。山家集。古今和歌集、千載和歌集、新古今和歌集、玉葉和歌集……等の勅撰和歌集。和漢朗詠集(漢詩・漢文・和歌を集めた、朗詠のための詩文集)。今昔物語、伊勢物語、大和物語、源氏物語、平家物語もよく引用され、また、経典からも当然のように引用される。

わたしは、神秘主義エッセーブログのエッセー 78 「祐徳稲荷神社参詣記 (5)扇面和歌から明らかになる宗教観」で、次のように書いた。

神社外苑にある祐徳博物館には、萬子媛遺愛の品々を展示したコーナーがある。初めてそこを訪れたとき、わたしにとって最も印象深かったものは、萬子媛の遺墨、扇面和歌だった。

金箔を張った扇面の馥郁と紅梅が描かれた扇面に、新古今和歌集からとった皇太后宮大夫俊成女(藤原俊成女)の歌が揮毫されている。
萬子媛は花山院家の出で、花山院家の家業は四箇の大事(節会・官奏・叙位・除目)・笙・筆道だから、萬子媛が達筆なのも当然といえば当然というべきか。
元禄9年(1696)――出家後の71歳のころ――に揮毫されたものだ。揮毫されたのは、藤原俊成女の次の歌である。

  梅の花あかぬ色香も昔にて同じ形見の春の夜の月

藤原俊成女は鎌倉時代前期の歌人で、皇太后宮太夫俊成女、俊成卿女の名で歌壇で活躍した。藤原俊成女は藤原定家の姪だった。

萬子媛の扇面和歌が出家後に揮毫されたものであることから考えると、僧侶としての生活の一端も見えてくる気がする。修行生活は、芸術(文芸)などを通して培われる類の情緒的豊かさを犠牲にする性質のものではなかったということだ。

一方では、『祐徳開山瑞顔大師行業記』の中の記述からすると、萬子媛の修行には男性を凌駕するほどの厳しい一面があったと考えられる。

その二つがどのように共存していたのだろうか。いえることは、だからこそ、わたしの神秘主義的感性が捉える萬子媛は今なお魅力的なかただということである。

萬子媛遺愛の品々の中には、二十一代巻頭和歌の色紙もあった。萬子媛が愛読愛蔵されたものだと解説されていた。

二十一代集(勅撰和歌集)とは、平安時代に勅撰和歌集として最初に編纂された古今和歌集(905)から室町時代に編纂された新続古今和歌集(1439)までの534年間に編纂された21の勅撰和歌集のことで、合わせて23万44首といわれる。

二十一代集は、平安時代から室町時代までの文化史が歌という形式で表現されたものということもできる。そこからは日本人の精神構造が読みとれるばすで、宗教観の変遷などもわかるはずである。

二十一代集の巻頭和歌を愛読された萬子媛は、和歌そのものを愛されたといってよいのではないかと思う。

昔の日本人の宗教観は凛としている。洗練された美しさがあり、知的である。

平安時代末期に後白河法皇によって編まれた歌謡集『梁塵秘抄』を読んだときに思ったことだが、森羅万象に宿る神性、神仏一如、輪廻観、一切皆成仏といった宗教観が貴族から庶民層にまで浸透しているかのようだ(エッセー 74 を参照されたい)。

こうした宗教観は鎌倉時代初期の勅撰和歌集『新古今和歌集』にも通底しており、森羅万象に宿る神性、神仏一如、輪廻観、一切皆成仏といった宗教観が読みとれる。

萬子媛をシテのモデルとした今回の作品では、新古今和歌集から多く引用したい。黄檗宗の僧侶として入定されたので、経典からの引用も当然ながら……

萬子媛が愛された前掲歌「梅の花あかぬ色香も昔にて同じ形見の春の夜の月」を後ジテの過去を物語るものとして、引用したい。

らくがきメモ1に次のように書いた。

○○軍医(ワキ)は、戦場ボルネオへ向かう貨物船の通路で、尼僧達(前ジテとツレ)に出合う。出合うはずのない人々であった。尼僧達は求法のために船に乗ったという。

軍医の疑問に対して、前ジテは「法(のり)の舟さしてゆく身ぞもろもろの神も仏もわれをみそなへ」(新古今和歌集 巻第二十 釈教歌 1921)、「しるべある時にだにゆけ極楽の道にまどへる世の中の人」(新古今和歌集 巻第二十 釈教歌 1922)という歌を答えの代わりとして、尼僧一行は何処にか姿を消す。

尼僧から死を覚悟せよと諭された――と解釈するワキの心境を物語るものとしては、この歌がいい。「極楽へまだわが心ゆきつかず羊の歩みしばしとどまれ」(新古今和歌集 巻第二十 釈教歌 1933)

※わたしは新古今和歌集を、訳者代表 窪田空穂『日本古典文庫12 古今和歌集・新古今和歌集』(河出書房新社、1988)と久保田淳 訳注『新古今和歌集 上下』(角川文庫、2007)で読んでいるが、歌は後者から引用している。両者で歌の番号の異なる場合がある。

この歌の意味を、訳者代表 窪田空穂『日本古典文庫12 古今和歌集・新古今和歌集』(河出書房新社、1988)から引用する。

極楽へは、わが心の修行は、まだ行き着いていない。死すべき者は、屠所の羊であるが、その歩みの命数は、修行の間のしばらくは留まっていてくれ。(窪田,1988,p.449)

そして、大海原で船が爆発して海に投げ出された兵隊達が波間に浮き沈みする戦火の光景を天空からご覧になる、生死を超越した神的な観点からは――想像するのも畏れ多いことではあるが――おそらく、この歌がふさわしい。「春秋に限らぬ花におく露はおくれ先立つ恨みやはある」(新古今和歌集 巻第二十 釈教歌 1939)

この歌の意味を久保田淳 訳注『新古今和歌集 下』(角川文庫、2007)から引用する。

春や秋に限ることなく絶えず咲いている極楽の蓮花に置く露は、そのあるものが遅れて落ち、あるものが先だって落ちるという恨みはありはしない。(久保田,2007,p.393)

また、江戸時代からこの世の人間達のために働いていらっしゃる萬子媛のような方々の御心を畏れ多くも憶測すれば、この歌が目に留まる。「立ちかへり苦しき海におく綱も深き江にこそ心引くらめ」(新古今和歌集 巻第二十 釈教歌 1940)この歌の意味を久保田淳 訳注『新古今和歌集 下』(角川文庫、2007)から引用する。

漁師は立ち戻って海にしかけておいた綱を深い入り江で引くのであろう。聖衆は煩悩に苦しむ人間の世界に立ち帰って、深い因縁があって人々を極楽へと引き取ろうと努めるのであろう。(久保田,2007,p.395)

聖衆、という表現は、あの方々にぴったりだと思う!

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ポンペオ米国務長官の演説と日本の選択

米中関係が緊迫しています。日本は選択を迫られています。

ポンペオ国務長官の演説は中共の正体をよく捉えた、優れた演説だと思いました。日本はアメリカについていかなくては、明日がありません。

しかし、アメリカは以前ほど強大ではありません。櫻井よしこさんがおっしゃっているように、自由を奉じる国々が一緒になって、こちらが世界の基軸となるように頑張らなくては、ああ、明日が来なくなる……

アメリカと一緒になって頑張らなくては、ポンペオ国務長官がおっしゃったことが実現してしまいます。「自由世界が共産主義の中国を変えなければ、中国が我々を変えるだろう」

自民党議員にも多い媚中派、経団連がもうすっかり足枷です。

ところで、ツイッターで、日本兵が冷酷無比であったかのように描いた映画に関する動画が流れてきました。終戦直後の朝鮮や日本で、またベトナムで、これほど冷酷無比であったのが誰だったのか、お天道様はしっかり見ておられたことでしょう。わたしのツイートに共感してくださる方々があって、救われました。

以下の小坪議員のツイートの内容は、日本人であれば、先人が残してくれた教訓として知っておくべきでしょう。

次のニュースには、さすがに驚かされます。ここまで好き放題にやられているとはね。最近の歴史の教科書、ひどいらしいですね。こんなのがいればそうなりますよ。

こんなニュースばかり視聴していると、老眼が進むので、動物の動画を見ます。なぜか必死になって水を止めようとしている、賢そうなカワウソの動画を紹介させていただきます。

 

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2020年7月19日 (日)

神秘主義エッセーブログ「69」を更新しました

拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」で公開中のエッセー「69」を更新しました。2017年の古い記事ですが、加筆がありますので、当ブログにもアップしておきます。

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69 革命結社の雛形となったイルミナティの思想と掟、イルミナティ用語としての「市民」
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2017/06/19/183509


やっと、「テロ等準備罪」が成立した。2017年6月15日配信の産経ニュースより、引用する。

共謀罪の構成要件を厳格化した「テロ等準備罪」を新設する改正組織犯罪処罰法は15日午前の参院本会議で、与党などの賛成多数で可決、成立した。
テロ等準備罪の対象犯罪は277で、適用対象をテロ組織や暴力団、詐欺グループなどの組織的犯罪集団に限定した。構成員が2人以上で犯罪を計画し、少なくとも1人が準備行為をすれば、計画に合意した構成員が処罰される。
政府は過去3度、「共謀罪」の法案を提出したが、「話し合っただけで処罰される」などの批判を浴び廃案となっていた。[略]改正組織犯罪処罰法の成立で、187カ国・地域が締結している国際組織犯罪防止条約(TOC条約)の批准手続きが進む見通しだ。条約では締結に際し、各国にテロ等準備罪などの「合意罪」や「参加罪」を求めている。安倍晋三首相は「条約は、わが国がテロを含む組織犯罪の抜け穴となることを防ぐために極めて重要だ」と訴えていた。*1

外務省ホームページにある「国際組織犯罪に対する国際社会と日本の取組」を閲覧すると、日本が国際社会の一員としての役割を果たすためには、この法案の成立が如何に重要だったかがわかる。これで、ようやく187カ国・地域が締結している国際組織犯罪防止条約(TOC条約)の批准手続きが進むことになるだろう。

先進7か国(G7)の中で締結していないのは、日本だけなのだ。187もの国・地域が締結しているのに、その中に加われず、法の抜け穴となっていた日本。結構、情けない立場にあったといえる。

前掲「国際組織犯罪に対する国際社会と日本の取組」に「国際組織犯罪は,社会の繁栄と安寧の基盤である市民社会の安全,法の支配,市場経済を破壊するものであり,国際社会が一致して対処すべき問題です」とある。

ここで使われている市民社会の市民とは当然、イルミナティ教団の創設者アダム・ヴァイスハウプトが特殊な意味合いを持たせた「市民」とは異なる普通の意味での市民だろう。

1776年に、今のドイツでアダム・ヴァイスハウプト(1748 - 1830)によって創立されたイルミナティ教団は、その危険性が警戒されて1784年に壊滅させられているが、そのときには既にフリーメーソン結社を侵食しており、イルミナティ教団の原理原則はマルクス主義やテロ組織に取り入れられたといわれている。

イルミナティ教団がどんな結社で、どんな風に革命思想に影響を及ぼしたか、植田樹『ロシアを動かした秘密結社――フリーメーソンと革命家の系譜』(彩流社、2014)「3 騎士団起源説の結社」〈イルミナティ(光明、啓明派)〉(35-37-37頁)にわかりやすくまとめられている。一部、引用する。

秘密結社「イルミナティ教団(Iluminati)」が1776年、バウァリア(現・ドイツ)で大学教授アダム・ヴァイスハウプトによって組織された。(略)この組織は「私有財産や既成の国家と宗教の廃絶、世界統一政府、(原初の)黄金時代の復活」を説いた。専制政治を廃絶し「理性に支配される独裁的な共和政治」をめざす社会変革を唱えた。
組織は革命組織のような下位の会員の上位者への絶対服従、部外者への秘密保持、会話や通信における会員同士の間での偽名と暗号の使用などを義務づけ、偏狭な民族主義や愛国心を否定する国際主義を唱えていた。また、「目的達成のためならあらゆる手段が正当化される」と説いていた。

この秘密結社の思想や掟は組織の解散後も各国の革命結社の規範の雛形として取り入れられていく。フランス革命の思想の一つにもなった。(略)イルミナティの思想はイタリア統一運動にも取り込まれた。(略)イルミナティの信奉者はその後、パリで急進的な政治傾向の「親友同盟」の主導権を握った。そこからイルミナティ派の「社会主義サークル」が派生する。

彼らの規律は20世紀の様々なテロの秘密結社の内部規律に取り込まれ、革命運動の組織に多大の影響を及ぼすことになる。カール・マルクスはこれを「共産主義思想を実現するための最初の革命組織」と評した。*2

フリーメーソンについて、またロシアのバラ十字系フリーメーソン結社がイルミナティに侵食される過程を克明に描いたレフ・トルストイ*3『戦争と平和』についての考察は、既に拙基幹ブログ「マダムNの覚書」で行っているので、公開が前後することになるが、それは別のエッセーにまとめて当ブログで公開の予定である。

左派が好んで使う市民という用語も、イルミナティ用語と考えられる。尤も、知らずに使っている人のほうが多いかもしれない。

アダム・ヴァイスハウプトは『秘密結社イルミナティ入会〈初級編〉』(芳賀和敏訳、KKベストセラーズ、2013)の第2章「なぜ秘密結社が必要なのか」〈悪と戦う市民政府は可能か〉で次のように書いている。

ただ、市民による政府だけが、しかしながら最善の意思をもって全力を挙げれば、古来変わらぬ悪の根源を解決するだけの力をもっている。*4

この引用を見るだけでも、一般的には国家、社会、地域社会を構成する構成員という意味で使われる市民という用語がここでは突出した使われかたであるばかりか、国家から遊離しているかのような市民政府などという造語まで使われていて、イルミナティでは「市民」という用語が如何に特殊な意味合いを持っているかがわかるだろう。

ジョン・ロック*5(1632 - 1704)に「統治二論(市民政府論)」という著作がある。市民政府というのはその影響を受けた用語だと思えるが、ヴァイスハウプトが『秘密結社イルミナティ入会〈初級編〉』の「第2章 なぜ秘密結社が必要なのか」〈読書について〉で、ジョン・ロックを推薦図書に挙げていないのはなぜだろう。

ヴァイスハウプトによると、既存の市民による政府において、「人々は自分のことだけを考え、法はただ弱者をいじめているだけで、上位の者に対しては必要な圧力をかけることもできない。そこでは教育がないがしろにされ、身分や名前による差別のない無期限の解放が布告される。真理は貶められ、とっくに滅び去ってしまっている。そして阿諛追従する者によってのみ信じられている。市民社会での国家の関心は、ひとえに危急を要する外国からの安全保証に基づいている」*6のだという。

国家の関心が「危急を要する外国からの安全保証」にしかないほどの外国の侵略にさらされれば、人が自分のことだけを考え、弱者いじめの法しかない、教育も受けられないような環境となることもあるだろう。

ヴァイスハウプトの場合は、人が自分のことだけを考え、弱者いじめの法しかない、教育も受けられないような環境をつくった国家では、真理が追究されることもなく、当然ながら弱体化して防衛に専念するしかない、といっているようでもある。

しかし、このような国家としての体を成していないような「おらが村」を一般論に持っていっているおかしさがある。国家とはおしなべてこのようなものだと思っていたようだ、ヴァイスハウプトという人は。

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Adam Weishaupt
出典:Wikimedia Commons

では、ヴァイスハウプトという人は、そんなおらが村で悲惨な生涯を送ったのだろうか。

否。

ヴァイスハウプトはインゴルシュタット(現・ドイツ、バイエルン州インゴルシュタット市)に生まれ、25歳で法学部の教会法正教授となった相当なエリートだそうだ。

イルミナティ教団が禁止されたことによってヴァイスハウプトはバイエルンから逃れなければならなくなったそうだが、公爵エルンスト2世に庇護され、後にザクセン・ゴートの宮中顧問官に任ぜられて、生涯年金を得、恵まれた生涯を終えたという。

恵まれ、甘やかされて育った頭でっかちのお坊ちゃんが28歳で創立した――趣味に走った――会がイルミナティであったと考えれば、『秘密結社イルミナティ入会〈初級編〉』はなるほどと思わせられる内容である。

過去の哲学という哲学、宗教という宗教を嘲笑うヴァイスハウプトの真理、善悪、倫理、理性、幸福といった観念に関する考察は貧弱というより、考察自体がろくになく、一見効果的に挟まれるこれらの言葉の正体は曖昧模糊としたもので、恣意的に用いられているにすぎない。

ヴァイスハウプトは、市民による政府よりも優れているのは秘密結社だとみなし、人間は自然状態から市民社会を経て秘密結社へと至るように、秘密に盟約結合しようという衝動を神自らによって植えつけられているのだという。

しかしながら、イルミナティという思想の正体は第3章「初級者を受け入れる秘密結社の覚悟と使命」〈新規入会者への秘密結社側からの要求事項〉の次の文章に端的に表れている。

服従なくしていかなる社会(結社)の秩序も成り立たない。我々が、服従を要求するのは、あらゆるシステム、教団、体制は、それが厳しい秩序をもっていればいるほど、最大の効果が発揮されるからである。そして、いずれ君もまた命令する側の立場に立つようになるからである。*7

彼はこうもいっている。

我々が要求するのは、あらゆる昇進を決めるのは我々であるということ、誰がどういう人間だから、その者をどう使うか、を知っているのは我々だけだということ。(略)遅々として進まない昇進に愚痴をこぼす者は誰であろうと、不純な意図をもっている。*8

下位の者たちにとっては締めつけられるばかりの体制下で、全ては上位者の匙加減ひとつで決めるべきだといっている。つまり、恐怖政治が幸福への道だとヴァイスハウプトは説いているわけだ。

なるほど、イルミナティの影響を受けたマルクス主義の下に赤色革命を起こした国々が往々にしてそうなったことは歴史が証明している。

皮肉にも、前掲のヴァイスハウプトがいうような「人々は自分のことだけを考え、法はただ弱者をいじめているだけで、上位の者に対しては必要な圧力をかけることもできない。そこでは教育がないがしろにされ、身分や名前による差別のない無期限の解放が布告される。真理は貶められ、とっくに滅び去ってしまっている。そして阿諛追従する者によってのみ信じられている。市民社会での国家の関心は、ひとえに危急を要する外国からの安全保証に基づいている」*9ような国も赤色革命を起こした国々の中には、現にある。

テロ等準備罪が成立するまで、左派が執拗に妨害し続けたことを考えると、イルミナティ思想の創始者アダム・ヴァイスハウプトの全著作は、今こそ大学などできちんと研究されるべきだとわたしは思う。

 

*1:産経ニュース(2017年06月15日 07時47分)「参院本会議で与党など賛成多数で成立 18日までの会期は延長しない方針」< https://www.sankei.com/politics/news/170615/plt1706150018-n1.html >(2017年6月15日アクセス)

*2:植田,2014,pp.35-37

*3:レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ(Lev Nikolayevich Tolstoy, 1828年9月9日〔ユリウス暦8月28日〕 - 1910年11月20日〔ユリウス暦11月7日〕)
「レフ・トルストイ」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2017年6月19日 (月) 01:43 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org(2017年6月19日アクセス)

*4:ヴァイスハウプト,芳賀訳,2013,第2章「なせ秘密結社が必要なのか」〈悪と戦う市民政府は可能か〉p.80

*5:ジョン・ロック(John Locke、1632年8月29日 - 1704年10月28日)は、イギリスの哲学者。哲学者としては、イギリス経験論の父と呼ばれ、主著『人間悟性論』(『人間知性論』)において経験論的認識論を体系化した。また、政治哲学者としての側面も非常に有名である。『統治二論』などにおける彼の自由主義的な政治思想は名誉革命を理論的に正当化するものとなり、その中で示された社会契約や抵抗権についての考えはアメリカ独立宣言、フランス人権宣言に大きな影響を与えた。
「ジョン・ロック」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2017年2月18日 (土) 07:00 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org(2017年6月19日アクセス)

*6:ヴァイスハウプト,芳賀訳,2013,p.80

*7:ヴァイスハウプト,芳賀訳,2013,第3章「初級者を受け入れる秘密結社の覚悟と使命」〈新規入会者への秘密結社側からの要求事項〉p.122

*8:ヴァイスハウプト,芳賀訳,2013,p.124

*9:ヴァイスハウプト,芳賀訳,2013,p.80

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2020年7月15日 (水)

創作予定の変更。田中保善氏の愛読書。パンみたいな?

このタイトルで書き出したところ、ちょっと動画の宣伝をしておこうと思い、そうしたら、話が逸れて、すっかり神秘主義的話題になってしまったので、それは別記事にします。

萬子媛をモデルに三つの作品――童話、新作能、小評伝――を執筆する予定で、最初に童話を書くつもりでしたが、考えが変わり、新作能から入ることにしました。

お試しに短い歴史小説にしてみたときもそうでしたが、なぜか全く書けず、説明の羅列のような作品になってしまったのです。こんな失敗は初めてでした。童話も、異様にハードルが高い。説明の羅列のような童話になりそう。

言い訳になりますが、わたしの作品って、別にそんな風ではないのです。一応まともな小説、童話を書いてきたはずでした。

なぜ調子が出ないのか、書けなくなってしまうのか。その理由にようやく思い至りました。それは、モデルが神様だからだと思うのですね。

神様にふさわしい形式があるとすれば、それは能以外にないのではないでしょうか。能であれば、わたしの想像の中に前ジテ、後ジテの姿で萬子媛が御姿を現してくださるのです。

前ジテは尼僧でしょうね。そして後ジテは神々しい神様そのものの御姿。

で、舞台を設定しようとして、やはり田中保善氏の御著書『泣き虫軍医物語』(毎日新聞社、1980)の中のいくつかの場面をモチーフにさせていただきたいと思い、再読して、この本の感想を書いている人はいないだろうかとググってみたところ、何と、この本のあちこちが「日本軍慰安所マップ」というサイトのマップ作成の資料とされていたのを発見したというわけでした。

それで、前記事を先に書いたのでした。

これほど豊かな内容の戦争体験記を読みながら、あんなことに利用することしか考えない人がいるのですね。

そして、今度は、僧侶が書いた戦争体験記がないかググってみたくなりました。複数出てきましたが、内容紹介文を読む限りでは、一般人のものと大差ないと感じさせられる、興味の湧かない著書ばかりでした。

田中氏の読書遍歴は興味深く、一冊一円の円本全集で、日本文学全集、世界文学全集、哲学概論、カントの純粋理性批判、実践理性批判、ヘーゲルの観念論的弁証法など読み散らし、マルクスなんかも勉強したそうですが、弁証法に唯物論を結びつけた唯物弁証法にはどうしても納得できず、どうしてもマルクス主義を全面的に肯定するまではいかなかったそうです。

カウツキーのマルクス資本論解説を翻訳した白柳舟湖氏が『民族日本歴史』を出版し、田中氏は舟湖史学に魅せられたとか。

日本民族が封建時代から資本主義社会に移行して、資源と販路を大陸と大陸住民に求めて進出するのが、歴史的必然とする舟湖史学にすっかり共鳴してしまった。白人に侵略され、搾取されているアジアの諸民族の現状を座視できず、白人に代わって新興の日本民族がアジアを指導し、大東亜共栄圏を建設するのも当然であると考えるようになっていた。
 かくて日本民族の資本主義発展のために、国民は犠牲になって生命をなげうって奉仕せねばならぬのも必然であり、つまり我々国民は日本民族発展のために生命を捧げねばならない。死の覚悟を必要とする。それで私は死を恐れないようになるために宗教に走った。親鸞の『歎異抄』、『碧巌録』、『無門関講和』、道元の『正法眼蔵』等が愛読書となり、通俗仏教も多数あさり、なんとかして死の悟りを開きたいと模索し、仏教的な悟りについて知識は一応得られた。だが実際に戦場では夢中で衝動的な行為を繰り返していたが、部隊長の話相手になる時は、その知識が役に立ち、立派な言葉が出てきて部隊長に気に入られ、精神的な面では双方意見が一致する点が多かった。(田中,1980,p.95)

日本人の大陸進出にマルクス主義の影響が皆無とはいえないようですね。この点を左派はご存じ?

話が合った部隊長とは、日本史の話から戦国武将の話、長篠の戦、田楽狭間の戦の正確な戦史、孫氏の兵法、クラウゼウィッツの戦争論や万葉集の防人の歌等、話題に事欠かなかったようです。

日本兵が強姦と殺害にしか興味がなかったかのように捏造した連中を、わたしは決して許さない。その連中がそうだから、他人もそうだと思うのでしょうよ。

最後に、パンみたいなものを流れてきたツイートからご紹介。

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2020年7月14日 (火)

驚き桃の木山椒の木の慰安婦問題(14日朝に加筆、赤字)

感銘を受けた戦争体験記から、「日本軍慰安所マップ」というサイトにおけるマップ作成の資料として何箇所も引用されていて、驚いた。

日本には当時、公娼制度があった。民間業者により報酬が支払われていた。

日本軍の慰安所に入れられた女性も強かんされた女性も、性暴力被害という意味では同じ」という定義は、公娼制度自体を戦後フェミニズム史観で断罪しているようにも思える恣意的定義である。

いずれにしても、「慰安所に入れられた」という強制性を明確に打ち出したこの定義に、商売色濃厚な引用箇所が当てはまるとは思えない。

小説、映画、オペラから娼婦を排除すれば、これらの分野自体が成り立たなくなるといってよいくらい、娼婦は芸術作品によく登場する。アレクサンドル・デュマ・フィス『椿姫』、永井荷風『墨東綺談』……村上春樹の小説なども、わたしは娼婦文学の一種と考えている。

以下の論考は、娼婦問題の複雑さを的確に捉えていると思うので、引用する。

セクシャルハラスメントは、権力関係をたてに他者の身体を不法に搾取する行為であり、その権力関係によって相手の自由意思を封じ込めてしまう暴力性を孕んでいる。セクシャルハラスメントが問題視されるようになったのは、ごく近年のことであるが、他者の身体を搾取するという行為そのものは、はるかに古い歴史を持つ。なかでもアメリカで文字どおり身体が搾取され、二十世紀初頭に「白い奴隷」と呼ばれたのが娼婦である。北アメリカ大陸における娼婦の歴史は、植民地の誕生とともに始まるが、その存在が人々の注目を浴びるのは、人口が都市に集中化する十九世紀後半のことである。娼婦を男性の性的欲望の対象となる抑圧された性奴隷とみるか、あるいは一個の独立した職業人とみなすかは意見の別れるところであろう。(p.2)

娼婦の歴史は長い。娼婦は単に売春を行う者というだけでなく、「神殿の娼婦」「色恋の女神」「漂白の聖者」など国により文化によって異なる多彩な役割をになってきた。(p.14)

辻本庸子. アメリカ文学における女性像 : 二つの娼婦物語. 神戸市外国語大学外国学研究. 2004-03-31, 59, p.157-415. http://id.nii.ac.jp/1085/00000676/, (参照 2020-07-13).

芸術作品に娼婦がある輝きを帯びて登場することがあるのは、引用にあるように、娼婦が「国により文化によって多彩な役割をになってきた」ことと関係が深い。

例えば、田中保善『泣き虫軍医物語』(毎日新聞社、1980)から引用された箇所の一つ、以下の文章などは慰安婦虐待の絶好の資料として歓迎されたのではないだろうか。

分院では私が赴任する以前は、クダットの慰安婦の検梅に軍医がいないので、衛生下士官が実施していたが、私が赴任してからも私が多忙なため、従来通り衛生下士官に任せることにした。しかし、クダット飛行場からレイテの戦場に飛行機が出撃する時は、健康な慰安婦が不足すると、病気がある者も黙認して航空兵の接待をさせたと聞いた。(田中,1980,p.99)

「接待をさせた」と書かれているが、文脈を辿れば、強制性を伴っているようには読めない。検梅とは、梅毒に感染しているか否かを検査することであるから、ここでの病気の正体は明らかであろう。そして、接待とは、客をもてなすことである。本来であれば、梅毒に罹患した慰安婦に対して商売禁止にするところを、あえて許可したのである。

なぜ許可したかといえば、おそらく慰安婦が出撃前の航空兵の聖なる慰め手であることを期待されたからではないだろうか。

まず生還を期せない決死の航空戦隊が発進する時は、肌身につける襦袢、袴下は新品を着せて恩賜の煙草を与え、恩賜の酒を飲ませて皆が見送った。(田中,1980,p.99)

このような状況を前にして、残忍な強姦を許すための黙認であったとは思えないのである。それに、日本兵は日本人の慰安婦を好んだようで、朝鮮人の慰安婦(売春婦)が特に多かったようには思えない。台湾、ジャワ島からも来ていたとある。

田中軍医は、千代龍という源氏名のアピナンバーワン芸妓に惚れてしまう(アピは地名)。彼女は真奈木参謀長のお気に入りだった。田中軍医は参謀長の嫉妬を買い、ボルネオ北端のクダット防衛に回された節があった。

戦争末期の戦地ボルネオ体験記というと、悲惨な場面の連続かと思いきや、場所により、状況により、危険度は様々で、日本軍が可能な限り規律正しい、文化的な生活を心がけていた様子が窺える。

前年の10月に連合軍がレイテ島に上陸、比島(フィリピン)が占領されるという戦局の悪化する中で迎えた昭和 20 年元旦、流行性肝炎にかかって寝込んでいた田中軍医の病気は軽快した。当番兵達がヤシやバナナの葉等で宿舎の前に門松を立てて常夏の正月を祝う場面は、印象的である。

慰安婦問題の問題点は、論文からの引用にあるように、「娼婦を男性の性的欲望の対象となる抑圧された性奴隷とみるか、あるいは一個の独立した職業人とみなすかは意見の別れるところ」なのだが、前掲サイトは当然のように前者の側に立ち、どのような権限でか、日本軍をひたすら断罪する。

パンパンといわれた在日米軍将兵を相手にした街娼(私娼)が、米軍に損害賠償の請求をしたという話は聞かない。断罪するのであれば、明らかな性犯罪者を戦勝国、敗戦国の区別なく、断罪すべきだろう。韓国のライダイハン問題は解決済みなのだろうか。

第一、慰安婦の定義がどうであれ、日韓基本条約の締結で、全て解決済みであるはずのことなのだ。

最終的に両国は、協定の題名を「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」とした。この協定において日本は韓国に対し、朝鮮に投資した資本及び日本人の個別財産の全てを放棄するとともに、約11億ドルの無償資金と借款を援助すること、韓国は対日請求権を放棄することに合意した。

「日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2020年7月10日 22:46 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org

そもそも、慰安婦問題が発生したのは、1983 年に吉田清治氏の証言を朝日新聞が採り上げてからで、その朝日新聞は 2014 年 8 月 5 日に吉田証言を虚偽と認定して記事を撤回したはずである。

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2020年6月26日 (金)

坂口安吾ノート ① GHQ 御用作家だったのか? 対照的に、胸を打つ田中保善『泣き虫軍医物語』の記述。(27日朝に加筆)

萬子媛をモデルとした童話の執筆に入ろうか、というときに、坂口安吾全集を丹念に読み、小論を書くだけの時間がわたしにはない。

それで、いつものように、時間ができたときにノートだけでもとっていこうと思う。トラヴァースも放置状態。

『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 Kindle版
出版社: 坂口安吾全集・出版委員会; 1版 (2015/3/6)
ASIN: B00UDH9QY6

このKindle書籍を読んで、坂口安吾について見直しを迫られたことについては、前記事に次のように書いた。

先月、坂口安吾のエッセーをパソコン向けのKindleアプリ(Amazonのサイトから無料で入手できます)で読んでいたところ、大変ショッキングな文章に出くわしました。坂口安吾について再考を迫られる出来事でした。この男、こんなに頭が軽かったのかと失望しました。続いて織田作之助のエッセーを読み、これにも失望(この人、エッセーは書かない方がいい)。

太宰にはとっくに失望していましたが、安吾と織田作には一目置いていたのに。思想家であり作家であり、といった連中ではなかった、器用な小説家にすぎなかったと心底失望しました。勿論、彼らの小説に対する評価まで下がったわけではありません。ただ、この三羽ガラスの頭の中の頼りなさを考えるとき、日本文学が下り坂になったのも当然だったように思えました。

わたしにとって、ショッキングな文章は「もう軍備はいらない」に存在した。

 自分が国防のない国へ攻めこんだあげくに負けて無腰にされながら、今や国防と軍隊の必要を説き、どこかに攻めこんでくる兇悪犯人が居るような云い方はヨタモンのチンピラどもの言いぐさに似てるな。ブタ箱から出てきた足でさッそくドスをのむ 奴の云いぐさだ。
 冷い戦争という地球をおおう妖雲をとりのぞけば、軍備を背負った日本の姿は殺人強盗的であろう。

坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.97732-97736). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.

 高い工業技術とか優秀な製品というものは、その技能を身につけた人間を盗まぬ限りは盗むわけにはゆかない。そしてそれが特定の少数の人に属するものではなく国民 全部に行きたわっている場合には盗みようがない。
 美しい芸術を創ったり、うまい 食べ物を造ったり、便利な生活を考案したりして、またそれを味うことが行きわたっ ているような生活自体を誰も盗むことができないだろう。すくなくとも、その国が 自ら戦争さえしなければ、それがこわされる筈はあるまい。

坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.97761-97765). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.

人に無理強いされた憲法だと云うが、拙者は戦争はいたしません、というのはこの 一条に限って全く世界一の憲法さ。戦争はキ印かバカがするものにきまっているのだ。
坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.97806-97808). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.

坂口安吾の文庫本を大学時代に買い漁った記憶があるが、このエッセーは初めて読んだ。

連合国軍最高司令官総司令部 GHQ の民政局は、占領政策の中心的役割を果たした。ここは左翼の巣窟だったといわれる。

WGIP(戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画)が占領政策の一環として行われたそうだから、戦後生まれの人間がこのようなことを書くのであれば、不思議ではない。

しかし、安吾は明治39年(1906)に生まれ、昭和30年(1955)に死去した、明治生まれの人間である。明治期から日本を見てきた作家でありながら、ここまでバランスを欠いた見方をする人間というのは、珍しい気がする。

そう思うのは、わたしに比較対象ができたからで、その対象とは過去記事でいくらか内容を紹介した田中保善『泣き虫軍医物語』(毎日新聞社、1980)である。

田中保善『泣き虫軍医物語』に見る第二次大戦の諸相 ①映画「タイタニック」ばりの脱出劇と醤油樽
https://elder.tea-nifty.com/blog/2019/11/post-b53bf2.html

田中保善氏も明治生まれの人間で、明治42年(1909)のお生まれなのだ。安吾と 3 歳しか違わない。両者の戦争観のこの違いは何だろう? まるで、別の戦争であったかのようだ。

尤も、安吾は出征していない。エッセー「魔の退屈」には徴用令・出頭命令体験について、次のように述べられている。

戦争中、私ぐらゐだらしのない男はめつたになかつたと思ふ。今度はくるか、今度は、 と赤い紙キレを覚悟してゐたが、たうとうそれも来ず、徴用令も出頭命令といふのはきたけれども、二三たづねられただけで、外の人達に比べると驚くほどあつさりと、おまけに「 どうも 御苦労様でした」と馬鹿丁寧に送りだされて終りであつ た。私は戦争中は天命にまかせて何でも勝手にしろ、俺は知らんといふ主義であつたから、徴用出頭命令といふ時も勝手にするがいゝや何でも先様の仰有る通りに、といふアッサリし た考へで、身体の悪い者はこつちへと言はれた時に丈夫さうな奴までが半分ぐらゐそつちへ行つたが、私はさういふジタバタはしなかつ た。
坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.84219-84226). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.

ウィキペディア「坂口安吾」には「1944年(昭和19年)- 38歳。(略)徴兵逃れの目的で日本映画社の嘱託社員になる。」(「坂口安吾」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2020年6月23日 06:39 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org)とあるが、この文章のソースがわからないので、確認できていない。

ウィキのこの記述が本当だとすれば、安吾は嘘つきである。一方、田中氏は何のけれん味もなく、赤紙(召集令状)、身体検査について記述している。

緒戦華々しかった太平洋戦争もこの年になると、太平洋の島々は次々と連合軍に占領されて戦局は重大化し、開業医も次から次と召集されていった。丙種合格の国民兵の医者は、招集されたら衛生兵にされるが、軍医予備員を志願して教育を受けておけば、招集時には軍医として入隊できるというので、私をはじめ国民兵の医者は揃って軍医予備員を志願した。(田中,1980,p.8)

田中氏は身体検査での不合格を願っていた。それで事前に仕入れた情報に従って受け答えをするが、それが裏目に出て合格してしまう。

というのも、田中氏には18歳のときに罹患した多発性神経炎の後遺症があり、手足に振顫があった。検査のとき、両手を揃えて前に伸ばしたら、振顫が止まらなかった。試験管に「静脈注射ができますか」と訊かれ、そのときに「できます」と答えなければ、不合格になっていた可能性が高かった。

田中氏が、心の奥では不合格を希望しながら口では注射でも何でもできますと言ったのは、試験管の心証をよくして不合格になる作戦をとったからなのだ。後で、田中氏は医者と医者との間柄で不要な粉飾や虚勢を行ったことを反省している。

出征に当たり、地元の地区一同約 70 戸総出で武運長久の祈願祭を祐徳稲荷神社でいとなんでくれ、帰りには地区有志による送別会が開かれた。

田中氏の妻は接待に忙しく、目が離れた隙に、4 歳になる長女が勝手にご馳走を食べて疫痢になり、生死不明の重態に陥ってしまう。自分で治療してやる時間のない田中氏は長女をすぐに入院させ、後ろ髪を引かれる思いで、町主催の壮行会に出席した。その下りは次のように描かれている。

 駅には既に沢山の見送りの人達が集まっていた。親類、先輩、後輩、友人、医師会、町の有志の方々、私が校医をしていた能古見村国民学校児童 3 年生以上と能古見村青年学校生徒並びに先生方全員、鹿島駅内外にあふれんばかりである。その日はひじょうに暑かったが、国民学校の児童は皆素足であった。大地は土埃が立ち、焼ける程暑く、児童達は両足を揃えて立っておられずに、交互に足踏みをしていた。(略)
 〽我が大君に召されたる
   生命はえある朝ぼらけ……
 児童達が日の丸を振り振り無心に歌う。一般の見送りの人も同調して合唱は波のごとく広がり、駅の内外を包んだ。姉のテイ子の目に涙があふれ出した。私の家族の目にも涙が光っている。瀕死の愛児を残して心は後に引かれながら不平も言えず、“大君に召されていく” 私の気持ちを察して、私を可哀想と思って涙が出てきたのであろう。私も感極まって涙があふれてきた。出征兵士が出発にあたり泣き出すような女々しいことは男の恥である。泣くまいと思っても涙は止まらず、私は直立不動の姿勢で流れる涙をふきもせず、列車のデッキに立っていた。(田中,1980,pp.9-10)

前途多難な出征が予想される記述である(幸い長女は助かる)。そして、見送る側からも、見送られる側からも、温かく繊細な情感が伝わってくるではないか。

実際に、戦地での――否、戦地に向かう途中から既に――田中氏は一難去ってまた一難の連続であり、生還は奇跡的であった。そのような中にあっても、田中氏の率直で素直な感情の発露や細かな観察眼は衰えない。戦地での連合軍との戦いの合間にあったのは、とにかく「生活」であり、その生活スタイルが大きく崩れていなかったことに驚かされる。

不足する食糧や物品の調達にも、現地の人に対しては軍票での支払いや物々交換が貫かれていた。兵隊たちに餓死者も出ているような状況であるのに、である。日本が負けたことで、軍票はただの紙切れになってしまうが、無価値になった軍票でバナナを買ってくれと追いかけてきた現地人がいた。

この現地人たちはケニンゴウで山崎知事の下で働き、人間的に平等に待遇され、感激して、敗戦後もその恩を忘れず、なんとかして日本人に恩返しをしようと思っているのであった。(田中,1980,p.197)

また、意外だったのは、戦争末期の過酷な戦地ボルネオにあっても、危険地帯と安全地帯が存在したということである。安全地帯は、連合軍の侵攻によって、反日ゲリラの夜襲、また気象などによって、変化する。

餓死の多くは単独で訪れたのではなく、マラリアが先にやってきている。それがどのような訪れかたであったか、典型例と思われるものを引用する。

移動を開始した各部隊は、スコールのため出現した地図にない沼を腰まで没して渡ったり、密林中道なき所をさまよい、マラリアに冒され、発熱し衰弱して歩けなくなり、落伍して食糧がなくなり餓死する兵隊も続出した。(田中,1980,p.165)

そして、戦地での敗戦後の困難。敗戦ゆえの困難は大きかった。敵に降伏に行く惨めな行軍にも物資は必要であるのに、けわしい山道で頼りになる水牛は連合軍の告知により、使用できなくなった。

俘虜後の収容所での飢餓感から、交換物資もなくなった日本兵による食糧品の窃盗事件が頻発するようになる。監視の豪州兵に発見されると、体刑として石切り場のメンパクトに送られた。そこでの重労働のため、メンパクトは死を意味した。何とか別の刑をと嘆願し、道端に土下座して通行人に一日中頭を下げることを実行することで刑の執行を免除して貰う。

灼熱の太陽に照らされながら、缶詰を盗んだ兵隊は「私は盗みをしました。今後絶対にしませんからお許しください」と謝罪の叩頭を続けた。

戦争映画などではよく、日本人を馬鹿にするかのように、昭和天皇による玉音放送にあった一節「耐へ難きを耐へ、忍び難きを忍び」が流される。しかし、重要な玉音放送全文が紹介されることはない。

玉音放送には、「先にアメリカ・イギリスの2国に宣戦したのも、まさに日本の自立と東アジア諸国の安定とを心から願ってのことであり、他国の主権を排除して領土を侵すようなことは、もとより私の本意ではない」(「玉音放送」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2020年6月25日 13:07 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org))という宣戦の動機について語られた箇所があり、その内容を日本人に知られたくない人々が日本に存在し続けているからだろう。

「耐へ難きを耐へ、忍び難きを忍び」の一節が、叩頭を続ける兵隊への励ましの言葉として出てくる。

津山兵長は監視兵の眼を盗んで土下座した兵に近づき、「頑張れ、頑張れ、我々は生き抜いて日本へ帰るんだ。ここで挫けては駄目だ。作業終了時刻まで頑張るんだ。耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、我々は共に生きて祖国日本へ帰るんだ」と熱心に激励し続けていた。(田中,1980,pp.212-213)

戦争物はあまりにも一面的な描かれかたをしているように思う。それを後押ししたのは、残念ながら坂口安吾のような作家たちであったのではないだろうか。

エッセー「特攻隊に告ぐ」の次のような箇所など読んで、そのように思わずにはいられない。

私はだいたい、戦法としても特攻隊というものが好きであった。人は特攻隊を残酷だ というが、残酷なのは戦争自体で、戦争となった以上はあらゆる智能方策を傾けて戦う以外に仕方がない。特攻隊よりも遥にみじめに、あの平野、あの海辺、あのジャングル に、まるで泥人形のようにバタバタ死んだ何百万の兵隊があるのだ。戦争は呪うべし、 憎むべし。再び犯すべからず。その戦争の中で、然し、特攻隊はともかく可憐な花であったと私は思う。
坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.57663-57670). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.

私は文学者であり、生れついての懐疑家であり、人間を人性を死に至るまで疑いつづける者であるが、然し、特攻隊員の心情だけは疑らぬ方がいいと思っている。なぜなら、 疑ったところで、 タカが知れており、分りきっているからだ。要するに、死にたくない本能との格闘、それだけのことだ。疑るな。そッとしておけ。そして、卑怯だの女々しいだの、又はあべこべに人間的であったなどと言うなかれ。
坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.57678-57683). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.

ここまで特攻隊を馬鹿にした文章を、安吾が書いていたとは知らなかった。田中氏の戦地――ジャングル――体験記録を読む限り、安吾が書くような「泥人形」のように死んでいった人間など、1 人もいない。何て失礼極まる、無責任な書きかたであることか!

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