カテゴリー「神秘主義」の316件の記事

2021年2月23日 (火)

21日、誕生日でした。落ち着きのある美しい花束と神秘的なバースデーカード。

この街では珍しい時折の吹雪のような天候の日があったと思うと、一転して21日は5月のような陽気でした。

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娘の贈ってくれた花束です。落ち着きのある美しい花束です。

紅薔薇、ピンクの赤い実はヒペリカム、薄いオレンジがかったピンクの花はストックではないかと思います。

花瓶の水にハイター数滴、栄養に砂糖を少量入れると、花が長持ちしますね。花を見ていると、浄化されるような気持ちになります。

浄化といえば、これは神秘主義的な話題になりますが、誕生日の朝、顔を洗ったあとで化粧水をつけようとして、左手を器の形にしたとき、その掌に落ちてくるかのように、サファイアの星のような光が煌めきました。

お亡くなりになった神智学の先生からの光のバースデーカードだと直感しました。先生は会員たちとの文通がお好きでしたが、今もお続けになっているとわたしは感じています。会員たちの何人が光のメッセージを受け止めることができているかは知りませんが。

以下の過去記事にもう少し詳しく書いていますので、引用しておきます。

2011年7月16日 (土)
午前中いっぱい、書き殴り。病人にとっての節電のメリット・デメリット。久しぶりの神秘的な便り。
https://elder.tea-nifty.com/blog/2011/07/post-f065.html

そういえば、水曜日、久しぶりにお亡くなりになった神智学を教えていただいた先生から、便りがありました。生きていらしたときは葉書や便箋に書かれ、お亡くなりになって数年はテレパシーといってよい直截的な言葉で、そのあとからは空間に星のように煌めく金色や青色や紫色の光で。

紫色の光でした。ある絶望感から先生に「わたしのことなんか、お忘れなのでしょう?」と心の中で呼びかけたところ数時間して、さりげなく紫色の星のような煌めきが空間に(テーブルの高さくらいのところに)見えました。雄弁でありながら慎ましやかな、美麗な光でした。

死んで7日内の彼の世に行く前、わが家を訪ねた人は神智学を教えてくださった先生を含めて今のところ4人ですが(幽霊が見えたわけではなく、2人はオーラがはっきりと見え、残る2人は感覚的に察知できました。そのうちの男性の訪問者が今回取り組んでいる小説に出てくる人物のモデル)、このような文通(?)が互いの生死とは無関係に可能なのは16年前にお亡くなりになった神智学の先生とだけです。

エレナ・レーリッヒが「紫、青、銀色、そして金色の点は、いつもよい死者たちであり、あるいは師匠のご放射が近いことを示すものであると書いていますが、この解説もわたしには実感としてわかります。

先生の命日は平成7年(1995)4月11日ですから、お亡くなりになってから今年の4月11日で26年です。先生、今後も、竜王会と神智学協会ニッポン・ロッジをお見守りください。

当記事はあくまで個人的な考えから執筆したものであることをお断りしておきます。

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2021年2月13日 (土)

著名なヨガ行者パラマンサ・ヨガナンダと前世療法における「前世の記憶」の様態の決定的違い

2020米大統領選に関連して起きたトランプ氏の弾劾裁判のことが気になって仕方がない。一私人に戻った人を弾劾するという前代未聞の怖ろしい――魔女裁判さながらの――裁判が何と現代アメリカで起きたからだ。それについて書きたいこともあるのだが、裁判の結果が出てから採り上げることにしよう。

拙エッセー「前世療法は、ブラヴァツキー夫人が危険性を警告した降霊術にすぎない」の加筆がまだ終わらない。

前掲エッセーを執筆した時点では未読だった前世療法の代表的な提唱者ブライアン・L・ワイスの著作を読み、わたしなりの考察も済ませた。それを前掲記事に挿入すればいいはずだったが、まだ何か足りないものがある、このままではこのエッセーを脱稿したことにはならないという思いが強まっていた。

それが何だったかが、ふとパラマンサ・ヨガナンダ『ヨガ行者の一生』(関書院新社、初版1960、1979改訂第12版)に書かれている前世に関する記述を思い出したことから、はっきりした。

わたしは前世療法を否定していながら、自分にはほのかな前世の記憶があると臆面もなく書いてきた。こうした記憶はわたしにとっては微塵も不自然なところがないばかりか、ほのかでありながらも確固としたものだからだ。「マダムNの神秘主義的エッセー」より引用する。

0「当ブログについて」
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2015/08/24/112735

わたしの一番古い記憶はこの世に降りてくる前のあの世での光の記憶です。

それは、えもいわれぬ柔らかな精妙な光でした。
幼いころ、この世の太陽の光のきめがあまりに粗くて皮膚に痛く、暗いこの世の光に気持ちまで暗くなって、絶望的な子供時代でした。誰に教わるでもなく、瞑想をする習慣もありました。前世は修行僧で老人になってから死んだ、という漠然とした記憶もありました。
子供のころの空想と思うには、57歳まで生きてきたわたしの人生は神秘主義的にすぎますし、自分を霊媒と考えるには主体的、自覚的にすぎます。脳は生まれ変わるたびに新しくなるので、霊的な記憶だろうと推測するしかありません。
一方では、塀とか木の上のような高いところの好きな普通の子供でもありました。そうした完全な二重生活をまわりの人達も皆送っていると中学生になるころまで、思い込んでいました。

前世の記憶を基礎として今世での新たな人生が展開している――との自覚が子供のころから、もうすぐ63歳になろうとしている今日に至るまで、通奏低音のように自分の中に存在しているから、書かずにはいられなかったことだといえる。

こうした記憶は少なくとも、他人に施された前世療法によって抽出ないしは付与されたものではない。前世の淡い記憶の中で、わたしの幼年時代は始まったのである。

それは、思い出す必要があったから思い出したまでのことだとわたしは考えており、思い出す必要もないのに、治療と銘打って催眠という手段を用いてまで前世に関わろうとする必要があるのか、甚だ疑問である。

ワイス博士の著作を読む限りでは、前世療法を用いなければならないだけの説得力に乏しいように思う。

わたしは『ヨガ行者の一生』を読んだ若かった頃に、ヨガナンダが前世について述べるくだりを何の違和感もなく読んだばかりか、その文章はわたしの前世の記憶に対する信頼感を高めてくれる気がした。ヨガナンダは述べている。

 私のごく幼い頃の思い出は自分の前世のさまざまな場面を網羅していた。ヨガの行者として、ヒマラヤの雪の中にいた遠い昔のことを、わたしは子供心にはっきり想い出すことが出来た。かかる過去への瞥見は、ある超次元的連鎖によって未来に対する予見をも私にあたえてくれた。(ヨガナンダ,1979,p.1)

ヨガナンダは過去の記憶――前世の記憶――について、次のような見解を述べる。

 私の遠い過去の記憶は、別に独特なものではない。多くのヨガ行者たちは、生から死へ、また死から生への劇的変化によって、途切れることのない自己意識を保持しているといわれている。もし人間が、単に肉体だけの存在であるとするならば、その消滅は自己意識に終止符を打つわけであろう。だが、数千年来の予言者たちの言葉が真実であるとするならば、人間は本質的には霊的性格のものである。その人間個性の永続的核心が、此の世における暫くの期間、感覚的知覚と結びついたにすぎないのである。幼児の記憶をはっきり持っているということは、あながち稀なことではない。多くの国々を旅する間、私は幾多の誠実な男女の口から語られる幼い頃の思い出に、しばしば耳を傾けたものである(ヨガナンダ,1979,pp.1-2)

しかし、ヨガナンダの前世の記憶は、前世療法を受けた人々に多く共通するところの、事細かに一部始終が明かされるといった冗長な、物語のような記憶とは異なる。ヨガナンダの前世の記憶は断片的な、前後のつながりを欠いて表れる閃きのようなものが主たるもので、恩師スリ・ユクテスワァに出逢ったときの前世の記憶の蘇りもそうであった。

 道のはずれに黄褐色の僧衣をまとった、キリストのような一人の男がジッと立っている。その顔は昔から見慣れた顔のようでもあり、みた途端に親しさを覚えさせるような顔でもあった。私は一瞬、穴のあくほど彼を見つめた。すると、或る疑いが胸に沸いてきた。
「お前は此の托鉢僧を誰かと間違えているな。さあ、白昼夢なんか見ていないで、さっさと歩くんだ」私はこう考えた。(ヨガナンダ,1979,p.77)

この後、ヨガナンダに貴い師の記憶が蘇った瞬間のことは、次のように感動的に描かれている。

沈黙の聖歌が雄弁に師の心から弟子の心に流れた。私は鋭い洞察力を以て、この聖者こそ神を知る人であり、私を神に導いてくれる永遠の師であることを直観した。この夢のような現実は、私の前世の記憶と渾然一体となっていた。何たる劇的な瞬間! 過去、現在、未来が一点にめぐり合った瞬間! 太陽がこの聖者の足許にひざまずく私を見たのは、これが始めてであったろうか。(ヨガナンダ,1979,pp.78)

自律精神がヨガナンダを特徴づけている。霊媒とは無縁の品格がその著作から伝わってくる。神秘主義で催眠術は黒魔術に属する。危険な催眠術を施されて霊媒性質を強められ、前世療法という科学的名目を掲げた降霊術の霊媒になってしまったら、元も子もない。

何も急いで前世を思い出す必要はない。必要なときにその記憶は自ずから蘇るはずである。

 

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2021年1月25日 (月)

(26日にオーラに関する追記)「前世療法は、ブラヴァツキー夫人が危険性を警告した降霊術にすぎない」を動画化するに当たって、ワイス博士の著作を読書中②

米大統領選のことで頭がいっぱいで、宿題を放置したままだった。旧年中に済ませるはずの宿題が何一つできていない。予定通りであれば、今頃は、萬子媛をシテのモデルとした新作能に取り組んでいたはずだった。

2020年11月29日 (日)
YouTubeで公開中の動画「魔女裁判の抑止力となった……」に日本語字幕を付けました。今後の動画作成予定。
https://elder.tea-nifty.com/.preview/entry/0fedaf086b81b45450c92466fd59cbdd

とりあえずは、12月22日付けで下書きのままだった「ワイス博士の著作を読書中②」をアップしておきたい。再度ざっと読み直して再考し、まとめ、それをもとに「前世療法は、ブラヴァツキー夫人が危険性を警告した降霊術にすぎない」を改稿した上で、動画作成に入ろうと思う。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+

拙エッセー「前世療法は、ブラヴァツキー夫人が危険性を警告した降霊術にすぎない」に加筆するために、ブライアン・L・ワイス(山川紘矢・亜希子訳)『前世療法――米国精神科医が体験した輪廻転生の神秘』(PHP研究所、1991)を図書館から借りて読んでいた。

ところがこの本が汚されていて、勇気を出しても開くことができない。仕方なく、文庫版を購入。ブライアン・L・ワイス(山川紘矢・亜希子訳)『前世療法――米国精神科医が体験した輪廻転生の神秘』(PHP文庫 - PHP研究所、1996)。文庫版を読了した感想は、以下の過去記事で書いたことと変わらない。

2020年11月19日 (木)
「前世療法は、ブラヴァツキー夫人が危険性を警告した降霊術にすぎない」を動画化するに当たって、ワイス博士の著作を読書中
https://elder.tea-nifty.com/blog/2020/11/post-955041.html

被験者キャサリンは検査技師。彼女の父親は船乗りで家を留守にしがちであり、長年アルコール中毒患者だった。母親は鬱状態になり、精神科医にかかったりしたが、大事に至らずに済んだ。

父親のアルコールの消費量が増えるにしたがって、母親とのいさかいが激しくなり、母親は次第に暗く、黙りがちになった。しかし、キャサリンは、これも一つの家庭のあり方だとして、受け入れていた。
 家の外では、ずっとうまくいっていた。高校に入学すると、彼女はデイトをし、友達にも溶け込み、ほとんどの友達とはその後もずっとつき合っていた。しかし、彼女はなかなか人を信頼できない自分に気かついた。特に自分の友達の小さなグループ以外の人は、どうも苦手だった。(ワイス、山川紘矢・亜希子訳、1996,P.13)

こうしたことを、キャサリンはワイス博士のカウンセリングによって、自力で思い出している。

高校卒業後、2年間専門学校に通い、検査技師の職を得て自活するようになると、「自分の家のごたごたから逃げ出せたのがうれしかった」(ワイス、山川紘矢・亜希子訳、1996,P.14)

ところが彼女が病院で働いていたときに知り合った小児科医スチュアートと知り合ってから、恐怖症や不安の発作が頻繁に起こるようになる。

その原因を探るために、ワイス博士はキャサリンに前世療法を行うに至る。前世療法を行わなければならないような事例だろうかと素人のわたしは疑問に思う。

なぜなら、キャサリンの精神的な異変はスチュアートとの出会いのときからで、彼女はそのスチュアートとは不倫関係に陥っていたからである。彼女の混乱の原因がこのこと以外にあるだろうか。

相思相愛で、家族にも友人達にも社会的にも祝福された、美しくあるべきはずの恋愛が不倫であったため、彼女には良心の呵責に耐えられないとか自己嫌悪といった精神的葛藤が起きただろうし、スチュアートに対する不信感も当然起きただろう。

ただ、彼女には父親から幼児期に性的悪戯を受けたトラウマがあった。

キャサリンの神経症の原因として考えられるのは、一にキャサリンが自ら惹き起こした不倫、二に父親という他者から惹き起こされた性的トラウマなのだが、ワイス博士の考えは、この二つの区別を慎重につけることをしないまま、表面上現れた障害をとにかく除去できればいいというものに思える。

そもそも父親からの性的悪戯という忌まわしい出来事は、「癒える」性質のものなのだろうか。これは彼女個人の問題というより、人類の問題、社会の問題ともいえるものだ。

しかし、この問題は表面上は癒えていた。それが問題化したのは、やはり、スチュアートとの不倫が始まってからのことだった。

それで病気になったのであれば、不倫は病気か? 

不倫問題は、妻子の視点では、キャサリンはスチュアートと同罪の加害者である。

前世に遡って、それがカルマの結果であることがわかったというのなら、別の展開が期待できる気がするが、このキャサリンのケースを見る限りでは、現世で彼女に被害をもたらした相手は前世でもそのような人物なのである。

同じ事の繰り返しで、カルマは何の働きもしていないかのようだ。

堂々巡りのような前世から現世の出来事がわかったからといって、なぜ、神経症が癒えたのか、わたしにはわからない。わたしであれば、カルマは何の働きもしてくれないことがわかり、むしろ絶望感が深まるだろう。

そもそも、催眠下での彼女の語りが、本当に前世の体験談なのかどうかは不明のままである。

キャサリンが前世の体験らしきものを語り、やがてマスターらしき人物が現れると、彼女の口を通して教訓を垂れ、それをワイス博士が謹聴するその光景は、日本では馴染み深いイタコさんと依頼者そのものだ。

そして、神智学的観点から読めば、どう読んでもキャサリンは前世療法という催眠療法を受けて霊媒になってしまっている。

複数現れるマスター達は、カーマ・ローカ(ハデス、アメンティ、黄泉などと呼ばれる、主観的な半物質的世界)の幽霊だろう。

救いは、彼女自身が、マスターなどの媒体となることを嫌がって受診を終わりにしたがり、ワイス博士が――残念に思いながらも――それに同意したことである。彼女自身の健全な警戒心が働いたことで、完全に霊媒になってしまうことから免れられたのかもしれない。

前世ごっこ――霊媒ごっこ――をするより、もっと安全な、一般的な工夫で、彼女程度の症状であれば、緩和されたのではないかという気がしてしまう。

前世療法、そして巷で占いとして行われているオーラ診断といったものは、眠れる予言者といわれたエドガー・ケーシーを参考にしているように思われる。

わたしはケーシーについて、かなり疑問に思っている。ケーシーのリーディングは格調高く聴こえるが、所詮は霊媒の戯言ではなかったか。

それというのも、オーラがケーシーのリーディングでいわれるようなものにすぎないとはわたしにはとても思えないからである(拙はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」における以下の2本の記事を参照されたい)。

29 わたしが観察したオーラと想念形体、そしてプライバシーに関わると考える他人のオーラ
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2015/09/29/200625

65 神智学に満ちているアントニオ・タブッキの世界 ①「ベアト・アンジェリコの翼あるもの」
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2016/10/26/075003

26日にオーラに関する追記:

関連記事として挙げた「65 神智学に満ちているアントニオ・タブッキの世界 ①『ベアト・アンジェリコの翼あるもの』」中、オーラの考察としてまとまった部分があるので、以下に引用しておく。

オーラが見え始めたのは、大学時代だった。

わたしがいうオーラとは、H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子訳)『神智学の鍵』(神智学ニッポン・ロッジ、竜王文庫、1995・改版)の「用語解説」にある、「人間、動物、その他の体から発散される精妙で目に見えないエッセンスまたは流体」(*1 ブラヴァツキー,田中訳,1995,用語解説「オーラ(Aura,希/羅)」p.22)を意味する。

人間が不死の部分と死すべき部分からできているということを知らなければ、オーラが何であるのかを理解することはできない。このことの詳細――人間が七つの構成要素からなるということを、わたしはH・P・ブラヴァツキーの神智学の論文を通して教わった。

すなわち、人間が不死の三つ組みと死すべき四つ組からなることを。七つの構成要素のそれぞれについて学ぶことはわたしには歓びだったが、一般の方々はどうであろうか。

わたしにとって、オーラの美しさに匹敵するものはこの世になく、オーラの美しさをいくらかでも連想させるものといえばオーロラくらいなので、ときどきしかオーラが見えないのはつまらないことに思っていた。

最近までずっとそう思っていたので、神智学徒だった高齢の女性のオーラがありありと見えた 20 年も前のことを毎日のように回想し、あのように美しい光にいつも浴していられればどんなに幸福なことだろうと思っていた。

しかし最近になって、オーラはたまに見えるくらいが丁度よいと思えるようになった。

尤も、強く意識し目を懲らせば、オーラというものは低い層のものなら容易く見ることができる。

物体の輪郭――例えば開いた手の輪郭に目を懲らしていると、指の輪郭を強調する、ぼんやりとした弱い光が、次いで夕日の残照のように射して見える色彩やきらめきなどが見えてくる。さらに目を懲らしていると、光はいよいよ豊富に見え出す。

だが、そんな風に意図的にオーラを見ようとする試みは疲労を誘うし、その水準のオーラを見ても、つまらないのである。自然に任せているのに、オーラが断片的に見えることはちょくちょくあるが、そのオーラがありありと見えることはわたしの場合はまれなのだ。

ありありと見えるオーラーーオーリックエッグと呼ばれるオーラの卵そのものは、観察される人の高級我が自ら開示してくれる場合にのみ、その許された範囲内において、観察可能なのではないかとわたしは考えている。

創作中は自身のハートから放射される白い光に自ら心地よく浴していることが普通の状態で、創作が生き甲斐となっているのもそれが理由なのかもしれない。

生者のオーラに関していえば、それが見えるとき、肉体から放射される光のように見えていて、肉体はその光が作り出す影のように見える。観察する側の感受性が高まれば高まるほど、その影は意識されなくなっていき、遂には光だけが意識されるようになる。

死者についていえば、死者を生きていたときのような肉体としての姿で見たことはまだない。死者が訪れ、近くに死者がいたときに、輪郭をなぞる点描のようなものとして見えたことがあった以外は、ほとんど何も見えなかった。いわゆる幽霊が見えたことは一度もないのだ。

それなのに、存在は感じられた。そして、たまたま死者の訪問時に死者のオーラが見えたこともあったが、そのとき、おそらくわたしは生者のオーラを見るときと同じように死者のオーラを見ていたのだと思われ、死者の肉体が存在しないせいか、光だけが見えたのであった。

たぶん、わたしの感受性がこの方向へ日常的に高まれば、物体は圧倒的な光の中に縮んだ、おぼろな影のようにしか見えなくなるだろう。オーラは人間にも動物にも植物にも物にすらあるので、留まっている光や行き交っている光のみ意識するようになるに違いない。世界は光の遊技場のように映ずるだろう。

そのとき、わたしはこの世にいながら、もうあの世の視点でしかこの世を見ることができなくなっているわけで、それは地上的には盲目に等しく、この世で生きて行くには不便極まりないに違いない。

以下の断章は、神智学徒だった高齢の女性のオーラを描写したものだ。

……(引用ここから)……頭を、いくらか暗い趣のあるブルーが円形に包み込んでいた。その色合いはわたしには意外で、先生の苦悩ないしは欠点を連想させた。全身から、美麗な白色の光が力強く楕円形に放射されていて、その白い楕円の周りをなぞるように、金色のリボンが、まるで舞踏のステップを踏むように軽やかにとり巻いていた。金色の優美さ、シックさ、朗らかさ。あのような美しい白色も、生き生きとした金色も、肉眼で見える世界には決してない。……(引用ここまで)……

そのときわたしはあの世の視点で他者のオーラを見ていたわけで、そのときのオーラは物質よりも遙かに存在感が勝っており、こういういい方は奇妙だが、光の方が物質よりも物質的に思えるほど重厚感があった。反面、女性の肉体は存在感のない影だった。

圧倒的な白色を、まるで保護するように取り巻いていた金色のリボンは何かの役割を帯びた組織なのだろうが、その組織の性質が作り出す形状は装飾的といってもよいぐらいだった。

……(後略)……

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2020年11月24日 (火)

YouTubeに動画「魔女裁判の抑止力となった暗黒時代の神秘主義者たち」をアップしました。

はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」で公開中のエッセー 39「ヨハン・ヴァイアー、魔女裁判の抑止力となった暗黒時代の神秘主義者たち」を機械朗読で動画にしました。

これまで同様、今回も操作が簡単な、Windows10 の標準アプリ「フォト」に統合されている動画編集機能 ビデオエディターで作成。

アップするたびに動画の作り方をもう少し勉強しないとまずいと思うのですが、その余裕がないのはいつものこと。

米国の大統領選が気になり、萬子媛をモデルとした新作能の執筆に身が入りません。←人のせいにするのはやめましょう(^_^;)

前記事に書いたように、「前世療法は、ブラヴァツキー夫人が危険性を警告した降霊術にすぎない」を先に動画にするはずでしたが、まだワイス博士の著作が完読できていません。

大衆向きに書かれた(?)著作なので、すぐに読めるはずですが、図書館から借りた本がとても汚されていて………頑張って半分くらいは読んだものの、一度閉じると、再度、触る勇気が出ません。本を鼻紙と思っているとしか……自分のものではない公共の本を、何で私物化する? 

いつも借りている本はほとんど借りられた形跡のないものが多いので、たまに一般人に受けているらしい本を借りると、扱いのひどさに驚かされます。

今年中には動画にしたいと思っているので(予告すると、わたしの場合、実現できなかったりします)、お待ちください。

今回アップした動画は、神秘主義に関心のない方にもとっつきやすい仕上がりになっているかと思います。

魔女裁判が吹き荒れたヨーロッパの暗黒時代に、理性を保って生き、人々を処刑から救おうと奔走した神秘主義者たちがいたことを知ってほしいのです。アグリッパの弟子ヨハン・ヴァイアー(Johann Weyer,1515 - 1588)は近代精神医学の先駆者と評価されているそうですよ。

当ブログにも動画をアップしておきますね。

魔女裁判の抑止力となった暗黒時代の神秘主義者たち
https://youtu.be/VjjoMF4YeTY

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2020年11月19日 (木)

「前世療法は、ブラヴァツキー夫人が危険性を警告した降霊術にすぎない」を動画化するに当たって、ワイス博士の著作を読書中

米大統領選や料理の記事も書きたいのだが、ちょっとメモしておきたいことが出てきた。

拙はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」における「注目記事」のランキング上位によくエッセー 77「前世療法は、ブラヴァツキー夫人が危険性を警告した降霊術にすぎない」が来るので、いずれ動画化したいと思っていた。 

そのエッセーに、米国の精神科医ブライアン・L・ワイスが前世療法の提唱者と書き、ウィキペディアを始めとするネットで情報蒐集したことからこの療法の危険性をほぼ確信していたのだが、肝心のワイス博士の著作を読んでいなかったので、代表的著作を数冊読んでエッセーを改稿してからでないと……と思い、とりあえず図書館検索だけしておくつもりで、検索した。

残念ながらワイス博士の著作は、ブライアン・L・ワイス(山川紘矢・亜希子訳)『前世療法――米国精神科医が体験した輪廻転生の神秘』(PHP研究所、1991)一冊しかヒットしなかった。幸いなことに、1988年にサイモン・アンド・シャスター社から上梓されたこの著作は全米的なベストセラーとなったもので、代表的著作といってよい作品のようだ。

Amazonの商品説明から引用させていただく。

商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)

「私は18歳です…長いドレスを着ています…時代は紀元前1863年です…」催眠治療中の女性患者が、前世の記憶を鮮やかに語りはじめた。彼女を通して伝えられた精霊達のメッセージによって、精神科医は現代科学では説明できない輪廻転生の世界を徐々に理解していく。―神秘的とも言える治癒の記録を綴ったこの手記は、人間観・人生観の革命であり、生きる真の意味を教えてくれる。

当記事を書いている現時点で、135個の評価、星5つ中の4.4である。レビューした人々の中には同業者もおられるようだ。神秘主義=心霊主義と捉えている人が多い。著作の内容からすると、ワイス博士もどうやらそうだ。

『前世療法――米国精神科医が体験した輪廻転生の神秘』の「著者について」(p.266)には、ワイス博士の略歴が紹介されている。

 1966年コロンビア大学を優等で卒業後、1970年エール大学医学部で医学博士号をとる。……(略)……現在、フロリダ州のマイアミビーチにあるシナイ山医療センターの精神科部長兼マイアミ大学医学部精神科の教授をつとめている。
 ワイス教授の専門分野は、うつ病と不安症、不眠症、薬物濫用による精神障害、アルツハイマー症、脳化学等の研究及び治療である。

まだ半分読んだところなので、全部読めば違った感想になるかもしれない。が、おそらく自身の結論が覆ることはないだろう。わたしがタイトルに書いたことは正しかったと現時点では確信している。

ワイス博士の著作を信奉して治療するピプノセラピストとその療法を受ける患者がどれくらいの数に上るのだろうと思い、すっかり怖くなってしまった。

ワイス博士の略歴を見ると、優秀な頭脳の持ち主であるようだ。しかしながら、神秘主義に関しては素人であり、主に心霊主義の著作を参考にしながら、時々神秘主義の著作のあちこちから恣意的に拾ってきて前世療法の理論構築に使っている。つまり、神秘主義的観点から見れば、子供の火遊びに等しいことをワイス博士は行っている。

そもそも、学者なのに、なぜワイス博士は、引用したり参考にしたりした箇所の情報をきちんと報告しないのだろう? 大衆向きに執筆したからだろうか? それならば、学者としての自身の身分を公言する必要もなかったのではないか。

わたしが読んで戦慄した箇所は、前世療法の被験者キャサリンのゆっくりとしたささやくような声が、突然、大きなしゃがれた確信に満ちた声になった箇所である(p.48)。

ワイス博士は、キャサリンがその声の持ち主を「マスター達、すなわち、現在は肉体に宿っていない非常に進化した精霊達」(p.同上)であると突きとめたと記す。

その少し前に起きた出来事として、キャサリンは全レース当たり馬券を買った(儲けのために賭け事をしたのではなく、父親に自分に起こっていることは本当だと証明するためだった)。

いずれにしても、ワイス博士は前世療法を施すことで、キャサリンを絵に描いたような霊媒にしてしまった。そのような霊媒に「マスター達」が出現するはずもない。出現したのは、マスターを騙るカーマ・ローカの幽霊に違いない。

キャサリンの悩みは消えたのかもしれない。しかし、その悩みと一緒に彼女の繊細な感受性や明晰な知性もどの程度かは失われたのではないだろうか。いや、霊媒性質を強められたことで、いずれ深刻な事態が彼女を襲わないとは限らない。

環境や人間関係に不協和音を生じたために神経症や強迫観念が起きたと思われるキャサリンは、前世療法を受けたために、小難逃れて大難に陥ったと思えてならない。

次の箇所を読んで驚いた。わたしが自然に行うようになり、また三浦関造先生の著作で確認したヨガの技法に似たことが書かれていたからだ(「マダムNの神秘主義的エッセー」所収、エッセー95「H・P・ブラヴァツキーの病気と貧乏、また瞑想についての貴重な警告」)。これは、誰の何という著作を参考にしたものなのだろうか?

続いて、頭のてっぺんに、白くてまばゆい光をイメージするようにと指示した。それから、私がその光をゆっくりと体全体に拡げさせてゆくと、彼女の体全体、すべての筋肉、すべての神経、すべての器官が完全にリラックスし、彼女はますます深い安らぎと平和へと導かれていった。(ワイス,山川紘矢・亜希子訳,1991,p.22)

これは自分でできるはずなので、こうした技法を教えるにとどめ、子供の頃の父親によるセクハラと現在の恋愛問題がキャサリンを窮地に陥れていることを考えれば、改善できる余地は前世療法以外にありそうな気がする。

何より、ワイス博士には指南役にはふさわしくないところがある。催眠術自体が神秘主義では黒魔術であることに加え、ワイス博士は自分の好奇心を優先させて、施術を進めるときがあるからだ。

先週のセッションの興奮が続いていて、私は彼女をまた、中間生へ行かせたくてたまらなかった。すでに、彼女が召使いだった過去生のことに、九十分も費やしていた。私はヘッドカバーのかけ方、バターの作り方、樽のいぶし方などを微に入り細に入り聞かされていた。私はもっと霊的な話を聞きたかった。待ち切れなくて、私は、彼女を死の場面まで進ませた。(ワイス,山川紘矢・亜希子訳,1991,p.53)

これが子供同士の火遊びでなくて、何だろう?

わたしは、エッセー77「前世療法は、ブラヴァツキー夫人が危険性を警告した降霊術にすぎない」で次のように書いた。

ある一連の動画では、はじめはごく普通に見えた女性がセラピストの退行催眠によって次第に異常体質を強めていき(霊性を弱められ)、霊媒になっていく過程をつぶさに確認できた。
退行催眠中に「あの世にいるマスター」が側に出現するようになり、彼女を通じて前世の細かな様子を語り、忠告などを行う。

この動画で視聴した日本での前世療法は書籍化もされているようで、それも借りた。それにしても、前世療法の現場で決まって(?)出現する「マスター」と呼ばれる存在が気持ち悪すぎる。

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2020年10月31日 (土)

作品1「祐徳院」らくがきメモ 4

作品1「祐徳院」らくがきメモ 1  2  3  4

Noteカテゴリー「Notes:萬子ひめ」の151件の記事

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「江戸の女性が芝居見物で楽しんだ幻の重箱弁当が200年ぶりに復活!?(……)」という番組予告に心惹かれて録画しておいたNHKの選・スペシャル - 美の壺「日本のお弁当」。

夫から頼まれた『カサブランカ』を忘れないうちにダビングしておこうと思い、視聴を中断したので、まだ最初のほうしか観ていないのだが、歌舞伎の幕間に食べるから「幕の内」弁当と名付けられた弁当に施された華やかさの演出、一口で食べられる工夫……といったエピソードに早くも魅了された。

江戸時代、紅葉狩りのときに持って行った弁当箱が紹介され、その中に黒漆金蒔絵で水面に落ちる紅葉が描かれているものがあった。その風雅な美しさといったら、溜息が出るほどだ。

文化の担い手であった公家にとって、四季の行楽は大切な行事の一つで、それは遊びであり、また仕事でもあった。萬子媛も嫁入り前は四季の行楽を楽しみ、愛でられていたに違いない。京都でのそうした日々をいくらかでも再現したいという思いがおありになったのだろう。田中保善『鹿島市史真実の記録』(1990)に次のような記述がある。

花頂山の下に水を湛えた大きな水梨堤があるが、これを京都の暮しを思い出すために直朝公にせがんで萬子姫が、近江の国琵琶湖畔に見立てて近江八景の雛形を作って楽しんでいたという事である。(田中,1990,p.145)

直朝公は萬子媛を娶ってから文化的に感化され京風が好きになられたらしいが、大名は、陣法など学ぶ以外に、色々と身につける必要があったらしく、大変だ。『肥前鹿島円福山普明禅寺誌』(編集:井上敏幸・伊香賀隆・高橋研一、佐賀大学地域学歴史文化研究センター、2016)所収、普明寺蔵『鹿島家正系譜』収載「直朝公」より引用する。

候、陣法(陣立の仕方)を堀江甚三郎重治に問い、神道を惣社宮内昌賢より伝え、禅は桂老和尚に参じ、書を光源院に学ぶ。又た飛鳥井雅章郷を師として、和歌道・臨池法(書道)・蹴鞠を受く。戯(戯曲)は、観世七大夫を師として曲舞(足利時代の舞曲)に巧みなり。在府(江戸滞在中)の時、即ち、光茂公と往々(しばしば)歌会あり。(p.59)

この「直朝公」には七十歳の誕生日に「申楽(能楽)を花頂山に奏す」(p.58)と書かれている。このときの能楽の舞台では、直朝公自ら能を舞われたのだろうか。

能楽は美の世界だと思う。悲惨な、あるいは荒涼、索漠とした場面に、美的幻影が紗のように重なる世界である。その美的幻影の多くがシテの在りし日の思い出を宿している。

戦場となった海原に、萬媛である後ジテ[のちじて]がツレである尼僧達(後ツレとして見れば天人達)を伴い、大海原に降り立つ……と設定している場面では、当然ながら、天華が海面に散り敷くことになるから、わたしは水面に散る紅葉を描いた弁当箱を観ながら、その場面のことを考えていた。

田中保善『泣き虫軍医物語』(毎日新聞社、1980)によると、田中軍医の乗る貨物船が戦地に向かう途中の海域で、戦車を積んだ船倉に魚雷が命中した。炎が弾薬をいっぱい積んだところに燃え移ったら一巻の終わりだから、思い切って海に飛び込み、船尾の渦に巻き込まれる難も逃れたものの、救命胴衣の浮力は頼りなく、溺れ死にそうであった。

藁にもすがりたいときに、郷里(鹿島市の隣の吉田村)の名入りの醤油樽が流れてきたという出来事は、作り話ではなく、現実だったのだから、本当に神秘的だ。貨物船だったのだから醤油樽があったとしても不思議ではないといえないこともないが、やはり不思議だ。

何しろ、貨物船がリエンガン湾のサンフェルナンド港を出港して、比島(フィリピン諸島)西岸を海外沿いに南下していたところだったのである。岸まで1キロくらいだった。

そんな海で、偶然も偶然、積まれていた郷里の名入りの醤油樽が敵の攻撃でバラバラにもならず、沈みもせず、また、よそへ流れて行ったりもせず、まるで飼い犬のように溺れそうな田中軍医のところに流れてきたのだが、その醤油樽はあたかも名札を自慢する小学生のように郷里の名を見せて流れ着いたのだ。田中保善『泣き虫軍医物語』(毎日新聞社、1980)より引用する。

 海岸までは一キロくらいである。海岸へ上陸しようと泳いでみたが、引き潮で海水は沖へ向かって流れていて、思うように進めない。そのうち爆発で海中に散らばったいろいろな物がわたしの周りに流れてきた。なかでも私がびっくりしたのは「佐賀県藤津郡吉田村」と墨で書かれた空の醤油樽であった。はるか故郷をはなれた南海で、しかも海に投げ出されて藁をも掴む気持ちでいる時に、故郷鹿島市の隣の吉田村と書かれた醤油樽が流れてきたのである。急に故郷に残してきた母や妻を思い出し、なんとかして助からねばと思い、その醤油樽を拾って麻縄で腰にくくり付けた。浮揚力は救命胴衣よりもずっと強い。それで、気をよくしていると、運のよい時は重なるもので、今度は大きな厚い板が流れてきた。(田中,1980,p.41)

この場面をどう描こう?

此方へ流れ来たるは、国方(くにがた=郷里)の名のある醤油樽ではござらぬか。

それとも……。

それがしへ流れ来ぬるは、国(くに=郷里)の名を記せし醤油樽にて御座候。

あるいは……。

あれに見ゆるは樽なり。(悲惨な場面だけに、逆に滑稽味を持たせて)いざいざ、此方来[こ]。やや、これは如何な事。国の名の記されし醤油樽かな。

醤油樽に意志があるのでなければ、醤油樽を操る存在がいたとしか思えないではないか。田中軍医は『泣き虫軍医物語』を上梓した10年後に著した『鹿島市史真実の記録』で、次のようにお書きになっている。

 第二次世界大戦では日本軍の敗色歴然たる時、国民兵の私にも召集令状が来た。昭和十九年七月十五日軍医として入営である。その出発前に、地元の若殿分区全員が祐徳稲荷神社に参詣して、私の武運長久の祈願祭を開いてくれた。
 私は以前より祐徳稲荷神社を研究していたので、私は私なりに神通力のある荼枳尼天の倉稲魂大神に御願いすると同時に、荼枳尼天と同等に神通力を有しておられる萬子姫の霊たる祐徳院殿瑞顔大師に御助け下さいと御願いした。母親に甘えるだだっ子のように罪深き卑怯者の私をどうか御助け下さい。私には母も妻も子供もおります。今度の戦争は敗戦で戦死するのが当り前ですが、何卒御助け下さいと御願いした。(田中,1990,p.157)

あの世の涼しき観点から眺めれば、この世の出来事は、一幕の芝居のように映るのではないだろうか。

そして、遠い異国で前世のわたしは前世の萬子媛と接点があり(共にモリヤ大師の大勢の弟子達の中にいた)、何の用事でか、まるで田中軍医の許へ流れ着いた郷里の名入りの醤油樽のように、江戸中期に死去したはずの萬子媛が、今なお神霊(高級霊)としてボランティアのために毎日清浄なあの世と不浄なこの世を往来していられる鹿島市へ流れ着いた(生まれた)のではないだろうか? いや、勿論、これはワタクシ的空想のお遊びにすぎない。萬子媛とは何らかの縁があるような感じを抱いているのは事実であるが。

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2020年10月17日 (土)

(再掲)テロ組織の原理原則となったイルミナティ思想が行き着く精神世界

105 トルストイ『戦争と平和』…⑥テロ組織の原理原則となったイルミナティ思想が行き着く精神世界
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2020/10/11/220929

「マダムNの神秘主義的エッセー」の「105」は当ブログの過去記事に加筆訂正したものです。加筆訂正が大きいので、全文以下に紹介しておきます。

エッセー  トルストイ『戦争と平和』に描かれた、フリーメーソンがイルミナティに侵食される過程

大目次 

① 映画にはない、主人公ピエールがフリーメーソンになる場面(80
② ロシア・フリーメーソンを描いたトルストイ(81
③ 18世紀のロシア思想界を魅了したバラ十字思想(82
④ フリーメーソンとなったピエールがイルミナティに染まる過程(83
⑤ イルミナティ創立者ヴァイスハウプトのこけおどしの哲学講義(104
テロ組織の原理原則となったイルミナティ思想が行き着く精神世界105

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小目次

  1. なぜイルミナティズムとマルクシズムは酷似しているのか?
  2. 唯物史観は日本には当てはまらない
  3. 『共産党宣言』に出てくる「新エルサレム」は理想郷の喩えなのか?
  4. マルクスはサタニスト(悪魔崇拝者)だったのだろうか?
  5. 転向したイルミナティの元メンバーの告発動画
  6. シオン長老の議定書と新約聖書に出てくるパリサイ派
  7. 中国共産党に改竄された教科書のヨハネ福音書

1. なぜイルミナティズムとマルクシズムは酷似しているのか?

『秘密結社イルミナティ入会講座<初級篇>』を読む限りでは、イルミナティの本質は無神論で、この初級編はテロの指南書というだけの存在である。

こうした要素だけで、イルミナティが現代に至るまで国際社会に隠れた影響を及ぼし続けることなどありえるだろうか?

ヴァイスハウプトの著作は25冊あるのだが、邦訳版は1冊しか出ていない。他にどのようなことが書かれているのか? それを大まかにでも知るために、イルミナティという組織についてもよくまとめられた前掲書、植田樹『ロシアを動かした秘密結社――フリーメーソンと革命家の系譜』(彩流社、2014)から引用しておきたい。

この組織は「私有財産や既成の国家と宗教の廃絶、世界統一政府、(原初の)黄金時代の復活を説いた。専制政治を廃絶し、「理性に支配される独裁的な共和政治」をめざす社会改革を唱えた。
 組織は軍隊組織のような下位の会員の上位者への絶対服従、部外者への秘密保持、会話や通信における会員同士での偽名と暗号などを義務づけ、偏狭な民族主義や愛国心を否定する国際主義を唱えていた。また「目的達成のためならあらゆる手段が正当化される」と説いていた。*1

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彼らの規律は20世紀の様々なテロの秘密結社の内部規律に取り込まれ、革命運動の組織に多大の影響を及ぼすことになる。カール・マルクスはこれを「共産主義思想を実現するための最初の革命的組織」と評した。*2

イルミナティズムとマルクシズムがそっくりであることに驚かされる。それは、カール・マルクス(Karl Marx, 1818 - 1883)の言葉からイルミナティズムの影響が窺えることからも不思議ではないのだが、なぜヴァイスハウプトとマルクスはこのような思想を抱くに至ったのだろう?

そういえば、フランクフルトの銀行家マイアー・アムシェル・ロスチャイルド(1744 - 1812)は、ヴァイスハウプトに資金を提供したといわれる。

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マイアー・アムシェル・ロスチャイルド(Mayer Amschel Rothschild,1744 - 1812)
出典:ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

マイアーはロスチャイルド家の基礎を築いた人物。ヴァイスハウプトは1748年の生まれで、死去したのは1830年であるから、同時代人である。

また、ロスチャイルド家はカール・マルクスにも資金提供したといわれるが、実はロスチャイルド家とマルクス家は姻戚関係にあった(マイアー・アムシェル・ロスチャイルドの三男でロンドン・ロスチャイルド家の祖ネイサン・メイアー・ロスチャイルドの妻の伯父ザロモン・ダヴィド・ベアレント・コーエンは、カール・マルクスの母方の曾祖父にあたる。*3

イルミナティズムとマルクシズムがそっくりなのは、ロスチャイルド家が資金を提供したにとどまらず、作品を依頼したからではないだろうか。

フランソワーズ・ジルー(幸田礼雅訳)『イェニー・マルクス ――「悪魔」を愛した女――』(新評論、1995)で、マルクスの妻イェニーが、マルクスの『資本論』執筆について、「あの不吉な本は、私たちの肩に悪夢のようにのしかかっています」*4と書いている。

『資本論』は大部な著作であり、イェニーは原稿の清書を手伝ったりもしていたから、このような文章となったのかもしれない。しかし、それだけで、不吉とか悪夢といった表現になるだろうか。

また、マルクスは株に手を染めていた。フランシス・ウィーン(田口俊樹訳)『カール・マルクスの生涯』(朝日新聞社、2002)によると、1864年の夏、リオン・フィリプスに書いている。

少なからず驚かれるでしょうが、アメリカの公債を買い、今は特に今年のマッシュルームのように勢いのいいイギリスの株に手を出しています(想像しうる、あるいは想像できないような、あらゆる共同資本の企業助成のために)。…(略)…時間がかかるのは事業のタイプ選びですが、敵から金を盗む危険というのは冒す値打ちのあるものです。*5

その2年前、イギリス労働者代表団とフランス労働者代表団による初めての労働者国際集会が開催されている。フリーメーソン会館で!

1862年8月5日にはロンドンのフリーメーソン会館(英語版)でイギリス労働者代表団とフランス労働者代表団による初めての労働者国際集会が開催された。*6

マルクスがイギリスの株に興じた年の秋――1864年9月28日に――、「ロンドンのセント・マーチン会館でイギリス、フランス、ドイツ、イタリア、スイス、ポーランドの労働者代表が出席する集会が開催され、ロンドン労働評議会(英語版)のジョージ・オッジャー(英語版)を議長とする第一インターナショナル(国際労働者協会)の発足が決議されるに至った」*7。

そして、ロンドンにあるマルクス家で舞踏会が開かれたのも同年、10月12日。前掲書『カール・マルクスの生涯』によると、楽団も雇われ、従僕たちが飲み物のサービスを行った。

ちなみに、『イェニー・マルクス ――「悪魔」を愛した女――』によると、フリードリヒ・エンゲルス(Friedrich Engels,1820 - 1895)はプロイセン生まれの金髪の美男子で、裕福な資産家だった。
マルクス主義者は、こうした諸々の事柄を変に思わないのだろうか? 

2. 唯物史観は日本には当てはまらない

『共産党宣言』を再読して、内容の短絡的、一面的な見方や、唐突な定義づけに改めて驚かされた。

わたしは図書館から借りた光文社版で再読したが、青空文庫*8で読める。短く、高校生にも読める文章なので、マルクス主義者に騙されないためにも、一度くらいは読んでおいたほうがよい。

図書カード:No.47057 共産党宣言
https://www.aozora.gr.jp/cards/001138/card47057.html
www.aozora.gr.jp

唯物史観は、日本にはおよそ当てはまらない理屈である。

一国でもこの理屈に当てはまらない国があるとすれば、この理屈は吹き飛ぶ。なぜなら、著者達はこの偏頗な理屈が全世界的に通用するものだとの前提で『共産党宣言』を著し、これを「万国のプロレタリア、団結せよ!」という雄叫びで終えているからである。

日本には、彼らが勝手に確信する「これまでのあらゆる社会の歴史は階級闘争の歴史であった」というような性格の階級差はなかった。

それは、聖徳太子が制定した十七条憲法の第一条に出てくる言葉「和を以て貴しとなす」を見ればわかるし、いにしえからの数々の文芸作品を見ても、江戸期の識字率の高さを見ても、わかることである。

大岡敏昭『武士の絵日記 幕末の暮らしと住まいの風景』(角川文庫 - 角川書店、2015再販)の「あとがき」に、「武士も町人も寺の和尚たちも、その身分の垣根を越えて日常的に交流していた」と書かれている。

下級武士たちの生活は貧しく窮していた。だからといって心貧しいわけではない。…(略)…困っている人がいれば手を差しのべ、皆で支え合い、残り少ない有り金を叩[はた]いてその窮乏を助けたりする。また友人たちの家を訪ねるときは、ささやかな酒か肴を持参し、突然に訪問されても有り合わせの食事で歓待する。そしてまた書物に投ずるお金は惜しまず、常に幅広く文芸を究め、己の教養を高めようとする。このように貧しく窮してはいても、武士として人間としての生きる気品と誇りを失わなかったのである。…(略)…そこには利他と情の心がある。この絵日記に登場する人びとの暮らしが、毎日おおらかに生き、豊かにさえ感じるのは、そのような人への思いやりと心の豊かさがあり、人と人との和の絆があったからであろうと思う。*9

むしろ、現代日本にグローバリズムが輸入されたことによって、あちら風の冷たい格差社会が発生してきたように思われる。

3. 『共産党宣言』に出てくる「新エルサレム」は理想郷の喩えなのか?

暴力革命が起きた国々の労働者にとっても、国民の民族性、文化の中心に息づいている宗教、そして、家族こそは財産のない者にとってのかけがえのない宝(それはマルクスにとってすら、そうであった)、最後の砦ともいうべき大切なものであったのではないだろうか。

「共産主義の原理」には、ひどい誤魔化しがある。著者達は労働者にとって大切なこうしたものを消滅させるといいながら、この暴力沙汰を、それがまるで自然に、必然的に発生するものであるかのように「歴史的発展段階」と宣う。

『共産党宣言』に出てくる「新エルサレム」という言葉を理想郷(光文社版では[調和のとれた理想社会]とある)の喩えと解釈してしまうから、著者達の目眩ましに遭うのだ。

ブルジョア社会主義はこうした心地のよい観念を一個の体系ないし半体系へとまとめ上げる。彼らはプロレタリアートに対してこの体系を実現して新エルサレム[調和のとれた理想社会]へと入るよう求めるが、実際に望んでいるのはただ、プロレタリアートが現在の社会の中にとどまり続けつつ、それでいてこの社会に関する不愉快な考えは捨て去ることなのである。*10

ここでは、「新エルサレム」という言葉がプルードン批判として出てくるのだが、この言葉がプルードンとの共通認識として出てくることに注目したい。

彼らには、理想郷ないしは理想社会を新エルサレムといい換えても、何ら違和感がないのである。

これを字義通りに捉えるべきだ。その上で、「労働者」、「プロレタリアート」といったマルクス用語を「ユダヤ人」に置き換えれば、これが実にしっくり来るのである。

『共産党宣言』は、物欲が全てであるようなユダヤ人の視点から書かれた著作なのである。唯物史観は、その偏向を誤魔化すための方便として考え出されたものにすぎない。

勿論、彼らが全てのユダヤ人を代表しているはずがない。それは、日本には当てはまらない「階級闘争」を万国に当てはまると決めつけているのと同じである。


4. マルクスはサタニスト(悪魔崇拝者)だったのだろうか?

ところで、これは由々しき問題なのだが、マルクスはサタニストだったのだろうか? 

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1875年のマルクスの写真
出典:ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

リチャード・ワーンブランド(Richard Wurmbrand)に『マルクスとサタン(Marx & Satan)』(Crossways Books, 1986)という著作があるからである。マルクスが悪魔主義者であったという状況証拠をまとめた内容だという。まだ邦訳版は出版されていないようだが、『マルクスとサタン』を邦訳、紹介しているサイトや動画が複数ある。そのうちの一つ。

“マルクスとサタン”. ミレニアム. http://millnm.holy.jp/cgi-bin/page.cgi?url=../qanda/marxandsatan.htm, (参照 2020-10-09).

マルクスが無神論者、唯物主義者を隠れ蓑にしたサタニストだったとしたら、大変なことである。

英語版ウィキペディア*11によると、『マルクスとサタン』の著者ワームブランドは、ルーマニアの福音派キリスト教ユダヤ人の牧師。1909年に生まれ、2001年に91歳で死去した。クリスチャンになった1948年、共産主義とキリスト教は両立しないと公に述べたために、当時のルーマニアの共産主義政権による投獄と拷問を経験した。2006年、マリ・ロマーニの世論調査で、彼は最も偉大なルーマニア人の中で5番目に選ばれた。

前掲書『イェニー・マルクス ――「悪魔」を愛した女――』の原題のサブ・タイトルは「悪魔と結婚した女」だそうだ。訳者はこのタイトルを「ジルー独特のユーモアと見るべきであろう」と解釈している。

確かに、期待したような、マルクスのサタニスト的側面を暴露した内容ではなかった。それにも拘わらず、マルクスの凄まじい道楽ぶりと落ち着きのなさが全編に渡っていて、目眩がするほどだ。

ワグナーはマルクスについて、次のようにいった。

彼奴[あいつ]は美しいもの、素敵なものを愛した。美しい土地を愛し、うまい葡萄酒、上等の葉巻きを愛するのだ。どんなに金を持っても浪費してしまう。彼の行動を考えるとき、常に計算に入れなければならない係数がこれだ。*12

プロイセンのトリーアにあるカジノ・ゲゼルシャフトは、「町のあらゆる名士、官僚、富裕なブルジョアが集まるクラブとなっていた」*13。カール・マルクスの父はこのカジノのメンバーだった。

ウィキペディア「カール・マルクス」には次のような記述がある。

マルクス家は代々ユダヤ教のラビであり、1723年以降にはトリーアのラビ職を世襲していた。マルクスの祖父マイヤー・ハレヴィ・マルクスや伯父ザムエル・マルクス(ドイツ語版)もその地位にあった。父ハインリヒも元はユダヤ教徒でユダヤ名をヒルシェルといったが、彼はヴォルテールやディドロの影響を受けた自由主義者であり、1812年からはフリーメイソンの会員にもなっている。*14

『イェニー・マルクス ――「悪魔」を愛した女――』によると、ユダヤ人の出身のハインリヒは実利目的からプロテスタントに改宗したことで、弁護士や判事、弁護士会長になれたのだという。
カールは16歳で堅信の礼を受けている。

母ヘンリエッテは、オランダ出身のユダヤ教徒である。

母方のプレスボルク家は数世紀前に中欧からオランダへ移民したユダヤ人家系であり、やはり代々ラビを務めていた。…(略)…叔父は欧州最大の電機メーカーであるフィリップスの創業者の祖父リオン・フィリップス(オランダ語版)でマルクスの財政援助者でもあった。*15

マルクス夫人となったイェニーは、フォン・ヴェストファーレン男爵家の令嬢だった。*16

マルクスとは幼馴染みである。イェニーの異母兄、つまりカール・マルクスの義兄は1847年ごろのドイツの大変動期に内務大臣を務めている。

1835年、凡庸な成績で高等学校を修了した17歳のカールは、父の命令でボンに送られ、シュトッケンシュトラッセ市で一番高い部屋を借りた。ボンでは「ありとあらゆる馬鹿をやった」*17

マルクスは生涯、このような生活態度を改めることはなかった。本物の搾取も真の貧乏も知らず、浪費と乱痴気騒ぎのうちに暮らした、このような人物が著した経済理論とは何だろう?

前掲書『カール・マルクスの生涯』(朝日新聞社、2002)には次のような記述がある。

マルクスが「悪魔との約束も果たせず、肉屋のつけも払えず、意に反していつもおもちゃを悪魔に売らなければならなくなる」貧乏な手品師ハンス・レックレの話をエレナに語って聞かせはじめたのも、ちょうどこの頃だ。*18

エレナ(Jenny Julia Eleanor Marx , 1855 - 1898)は、二男四女に恵まれたマルクス夫妻の末娘。マルクスの子煩悩ぶりと最悪の情操教育の同居が印象的なエピソードである。

エレナは政治活動家となり、英国の著名なマルクス主義者エドワード・エイヴリングとの恋愛の縺れから青酸カリで服毒自殺した。前述したリチャード・ワーンブランドは『マルクスとサタン』で、この話の続きを報告している。

マルクスの伝記作家ロバート・ペインがエレナーから聞いた話によると、ロックルは、最後までいくつかのおもちゃを手元に持っていたが、悪魔と契約を結んでからは、そのすべてを手放さざるを得なくなったという。
そして、彼は次のように言う。

これらの終わりのない物語がマルクスの自伝であることに疑念の余地はない。彼は、悪魔の視点から世界を見ており、悪魔の悪意を心に抱いていた。時折、彼が悪魔の業を行っていることを自覚していたのではないか、と思えることがある。
(Payne, Robert, Marx (New York: Simon & Schuster, 1968), p. 317; cited in ibid., p. 24.)

マルクスの「ありとあらゆる馬鹿をやった」中には、キリスト教信仰から悪魔信仰への鞍替えが含まれていたのかもしれない。『マルクスとサタン』「マルクシズムの起源 4」には次のようなことが書かれている。

マルクスは、ある時、サタンに憑依され、クリスチャンであることを捨てた。
マルクスが19歳の時、父親との間に交わされた手紙の中で次のように語っている。

垂れ幕が落ち、私の至聖所はめちゃめちゃに破壊されました。私は、そこに新しい神々を据えねばなりませんでした。
(Karl Marx, letter of November 10, 1837 to his father, MEW, XXX, p. 218. cited in ibid., p.20.)

それに対して、父親は、次のように答えた。

そのとても神秘的な体験について詳しく説明しろとは言わない。私には疑わしいことだが。
(Ibid., Heinrich Marx, letter of February 10, 1838 to Karl Marx, p. 229 cited in ibid., p. 21.)

この神秘的な体験とは一体何だろう。マルクスの伝記作家はこのことについて何も語っていない。
1837年3月2日にマルクスの父親は手紙の中で息子に次のように書いた。

私の願いは、おまえが成長し、いつの日にか名声を博し、この世で豊かに暮らせるようになることである。しかし、それがすべてではない。たしかにそれは、私が長い間夢見ていたことだ。しかし、たとえおまえがこれらすべてを獲得したとしても、おまえの心が純粋さや人間らしさを失うならば、そして、悪魔がおまえの心を健全な感情から引き離すならば、私はけっして幸せを感じることはないだろう。
(Ibid., Heinrich Marx, letter of March 2, 1837 to Karl Marx, p. 203 cited in ibid., p. 21.)

『イェニー・マルクス ――「悪魔」を愛した女――』は次のように終わっている。

マルクスの真の子孫は、もちろん別のところにいる。天上から地上に降りた予言者を崇める何百万、何千万の人々、彼を単なる哲学者ではなく、この世の貧困と苦しみを根絶するべき法則を与えた科学の体現者として信仰する無数の人々こそが彼の子孫である。
 中国ではまだ、人々はマルクスのポスターを売っている。だが、幻想は死に、神話は解体した。科学的社会主義は、今世紀の最も悲劇的な欺瞞として残るであう。
 イェニー・フォン・ヴェストファーレンという愛と信念の女性は、この欺瞞の自発的なる犠牲者であった。*19

著者フランソワーズ・ジルーがマルクスに悪魔を見ていたことは疑えない。サブ・タイトルはユーモアからの命名ではない。ただ、幻想はまだ死んではいないし、神話も生き延びている。マルクスを信仰できない日本人の多くが、今まさにそれに対峙している。

神智学的観点から見れば、アルコールを含む「遊び」の依存症だったと思われるマルクスは霊媒体質だった――霊媒体質を自らつくった――可能性が高い。


5. 転向したイルミナティの元メンバーの告発動画

動乱を利用して国々の通貨発行権を制してゆき、地球規模で金融を操ることによって、New World Order(新世界秩序)を目論むユダヤ国際金融資本の問題が、かつて都市伝説とされたような陰謀論としてではなく、現実問題として語られるようになって久しい。

世界の金融を支配する構造が出来上がっているそうだ。頂点に位置するのは、ロスチャイルド家を中心とする国際金融連合である。その下に「中央銀行の中央銀行」たる国際決済銀行BIS、その下にようやく欧州中央銀行ECB、連邦準備制度理事会及び連邦準備銀行FRB、スイス銀行、また日銀など各国の中央銀行がくるという構造である。

折しも、転向したイルミナティの元メンバーの告発動画を6本視聴した。オランダのメディア「De Vrije Media」制作のインタビュー番組である。

ロナルドはオランダの起業家で、金融会社「de blije b」の創設者である。イルミナティの元メンバーと前述したが、それは日本の複数の紹介やロナルドが暗殺されたという海外の記事にもそのように紹介されているからである。

ロナルドの暗殺については、死亡したのは別人ともいわれており、真偽のほどはわからない。無事でいてほしいと願う。

次のサイトで、前述した動画(邦訳付)を視聴できる。*20

命をかけた男の言葉――
● ロナルド・バーナード氏証言映像
● シオン長老の議定書 全文
nyu-sukakusan.jimdofree.com

①元ユダヤ銀行家ロナルドバーナード氏 陰謀論は事実だった!衝撃の証言 〔日本語字幕〕
2020/03/22
保守系YouTubeニュース番組 -NEWS-
https://youtu.be/EQU2ux0kjnY

ロナルドによると、世界の金融を支配する構造――マネタリーシステム――はやはり作られており、それは完全なピラミッド構造だという。トップに属して世界全体を動かしている人々は8000~8500人。その下の階層組織BISは1930年に作られた。

ロナルドはトップに属する人々と話すところまで行き、仕事柄100パーセント内部情報に精通していた。彼はサイコパスになるためのトレーニングを受けたが、良心が戻ってきたために、そうならなかった。

Part.1、4で印象的だった箇所を引用する。

こういった人々の多くは主流派の宗教ではないんです。
カトリックやプロテスタントや、そういった宗教がありますね。
こういった人々の多くは、Luciferian(悪魔教徒)なんです。
そしてこう言うんです、
「宗教などおとぎ話だ」「神など存在しない、そんなものは現実ではない」と。
彼らにとっては、それが真実で現実なんです。
そして彼らは非物質的なものに従事するんです、彼らが呼ぶところのLucifer(悪魔)です。
私はそういったサークルにもつながりを持ちました。
私は笑うしかありませんでした。彼らはクライアントですからね。
そして、私は悪魔教会と呼ばれるところに行ったんです。

今お話しされているのはSatanisum(悪魔崇拝)ですね?

そうです、私はそういった教会に行きました、ビジターとしてね。
彼らは、裸の女と酒とそういったもので、ミサをやっていました。
驚きましたね。
こういったものは一切信じていませんでした。
こんなものが現実だとは思ってもよらなかったんです。

あなたにとっては見世物ですよね。

そうです、私の意見としては、邪悪というのは人々の内にあるものですから。
つながりがわからなかったんです。
ともあれ、私はそのサークルにゲストで入り、
裸の女やら何かを見るのは、面白い見世物でした。

楽しい人生ですね。

しかし、ある時点になると、呼ばれました。
これが今ここでお話しすることですが、
参加したんです。。。
生贄が。。。
外国でのことです。
それが限界でした。
子供です。 (Part.1より)

ロナルドは壊れ、機能停止し、ICUに収容され、自分自身を見下ろし、自分が身体の中にいないことを見た。彼らが自分のケアをしているところを見た。私立病院を転々とし、回復に一年以上かかった。

時々私は、この地球上で何がなされるべきなのか本当にわからなくなります、人々を行動に移させるには。未だに椅子に座り続けていますから。
何らかの種類の暴力的な反乱を示唆はしません。そうではなく、私はつながりを作ることをお話ししてます。団結です。
我々が本当は何者であるかを見るんです。
それこそが、本当に重要な点なんですよ。
多様性におけるワンネス(全体性、単一性)です。
これを以前にお話したか定かでないのですが、しかし、その背後にあるメタファーとしては、身体をみてください。
これ前に言いましたか?身体の小さな細胞について。
我々の身体はたくさんの細胞からなり、もちろん、深い層もあるんですが、しかし、細胞が重要なんです。
それぞれの細胞はユニークです。それぞれの機能と役割があるんですね。そして、それは他の小さな細胞と一緒に働くんです。
そして、この全体の乗り物をつくってるんです。身体全体です。
そして、我々は、この地球上にいて、人類ですね。すべての人間はユニークな細胞なんです。
そして、それが身体として機能するならば、より大きな身体として現れるんです。
なぜなら、誰もがそのユニークな能力を持つからです、その人のユニークな特性です。
それがあなたを幸せにするんですよ、たいていの場合。
しかし、こう言うかもしれません。「でも、私がこれをやったら、もう給料がもらえないわ」などと。そうですね。でも、待ってください。
我々は全体なんです。これはユートピアではないんです。「我々で」全体なんです。
しかし、我々は幻想のみを信じてるんですよ。つまり、我々は全体ではないという。なぜなら、二元論プログラムにひっかかっているからです。
しかし、勇気を得られるならば…例えば、私はいつも小さなスケールで示すのですが、1000人がいるとしますね、家をつくるのに。
すると、既にその身体が起こっているわけです。我々すべてが同じ志を、同じゴールを持ち、皆がそれぞれの能力を活かすんです。それが一つの身体として現れ、お互い完全性を満たすんです。
そして共に不可能なことを成し遂げるんです。少なくとも、それぞれは不可能と思っていたことを。(Part.4より)

Part.4で述べられている内容は、神智学と同じものだ。イルミナティに侵食されたフリーメーソン結社が本来伝えてきたのは、こうした思想ではないだろうか。

6. シオン長老の議定書と新約聖書に出てくるパリサイ派

動画の中で、ロナルドが「シオン長老の議定書」を読むようにいっている。書籍も出ているが、次のサイトで読むことができる。

シオン長老の議定書
http://www7.plala.or.jp/nsjap/zion/index.html?

著者は判明していないようだが、わたしは即座にアダム・ヴァイスハウプトの文章を連想した。

特に、フリーメーソン結社がピラミッド構造である弱点をとことん利用して情報集積、情報拡散、目眩ましの道具とする手口を赤裸々に記した「第15議定書」を読むと、ヴァイスハウプトが作成し、それが更新されているのではないかと疑いたくなる。

「序」に、新約聖書に出てくる「パリサイ派」が出てくる。

幾星霜を重ねて、パリサイ派の影響力は広がり続けたが、秘密の破壊的な集団が浸透し社会を破滅へと陥れて行く恐しい行状が気付かれたことはなかった。
 指導部としてブナイブリス最高会議を頭にいただき、すべての政府に蝟集するパリサイ派は、あらゆる国の政府を支配し、政治、経済、宗教、教育を牛耳る専政勢力となった。

この議定書はユダヤ指導者の計画の最新版に過ぎないという。1884年に政治情報を収集する任務を帯びていたロシアの一将軍の娘、ジュスティーヌ・グリンカ嬢が入手した。

ロシア警察が入手した1897年のバーゼル会議の議事録が、この議定書の内容と酷似していることが判明したらしい。

ロシア政府は、1893~4年にユダヤ人の互助組織「ブナイ・ブリス」がニューヨークで開いた会議で、ヤコブ・シフがロシア革命運動委員会代表に選ばれたことを知った。

ヤコブ・シフといえば、日露戦争のときに日本を支援したユダヤ人ではなかったか? 果たして、そうだった。

ジェイコブ・ヘンリー・シフ(英語:Jacob Henry Schiff, 1847年1月10日 - 1920年9月25日)は、ドイツ生まれのアメリカの銀行家、慈善家。…(略)…高橋是清の求めに応じて日露戦争の際には日本の戦時国債を購入した。…(略)…フランクフルトの古いユダヤ教徒の家庭に生まれる。代々ラビの家系で、父は銀行員だった。1370年からフランクフルトのゲットーで、初代マイアー・アムシェル・ロスチャイルド時代に「グリューネシルト(緑の盾)」(Haus zum Grünen Schild)と呼ばれる建物にロスチャイルド家とともに住んでいた。…(略)…シフは2億ドルの融資を通じて日本を強力に資金援助したことで、日本勝利と帝政ロシア崩壊のきっかけを作った。*21

「第2議定書」には次のような印象的な文章がある。

われわれが仕掛けたダーウィン主義、マルクス主義、ニーチエ主義が、いかに功を奏してるかに注目していただきたい。

「第7議定書」では日本に言及がある。彼らの計画にしっかり組み込まれてきたということだろうか。

新約聖書の中で、律法学者・パリサイ派とイエスは鋭く対立している。イエスは「あなたたちは悪魔である父から出た者」といっている。イエスの神と彼らの神は異なるとまでいっているのだ。イエスの言葉からすると、彼らの崇める神は、神ではなく悪魔と読める。

異邦人であるわたしにはこの言葉を比喩的にしか捉えられなかったが、あるいはイエスは、そこまでいいたくなる彼らの忌まわしい行状を知っていたのかもしれない。

ロスチャイルド家は、パリサイ派ユダヤ人の血を引いていることを誇りにしているとか。もしそうであるなら、イエスを死に追いやった人々の子孫ということになる。ユダを操ったのは、祭司長やバリサイ派の人々だからだ。

改訂1994年、中央出版社発行のフランシスコ会聖書研究所訳『新約聖書』の「ルカによる福音書」を見ると、「金を愛するファリサイ派*22の人々」の章がある。ロスチャイルド家はイエスの時代のご先祖様の頃から既に、お金が大好きだったようである。

同じくルカの「ファリサイ派の人々と律法学者を責める」の章では、イエスは彼らに対して、強欲と悪意とに満ちている、あなたがたは不幸だ、あなたがたの先祖が預言者たちを殺した、といっている。

ヴァイスハウプトもユダヤ人だったのではないだろうか。マルクスはユダヤ人だった。

7. 中国共産党に改竄された教科書のヨハネ福音書

こんなことを考えているときに、とんでもないニュースに出くわした。

“中国の教科書が聖書を書き換え 結末を「キリストが石で女性を殺した」に”. 大紀元 エポックタイムズ. 2020-09-28. https://www.epochtimes.jp/p/2020/09/62747.html, (参照 2020-10-09).

「ヨハネによる福音書」の中の有名な「姦通の女」の場面を、中国共産党が改竄したというのだ。大紀元の報道によると、中国の倫理の教科書が新約聖書の一節を改竄した。中国共産党による思想弾圧・統制の一環だという。

ヴァイスハウプトにも、マルクスにも資金援助をしたといわれるロスチャイルド。彼らに生み出された中国共産党は、とうとうイエスを人殺しにしてしまった!

フランシスコ会聖書研究所訳『新約聖書』では、律法学者とファリサイ派の人々が女を連れて来たとある。イエスを試みて訴え出る口実を得るために連れて来たのだった。

本来は、イエスの機転の利いた反応が印象的な場面なのだ。

姦通した女を律法では石打ちの刑に処するようにとモーセは律法の中でわたしたちに命じていますが、あなたはどう考えますか、と彼らはイエスに問いかける。イエスは何も答えずに、身をかがめて地面に指で何かを書き始めた。この場面を描いた、ニコラス・レーリヒの絵を思い出す。

しかし、なおもしつこく彼らが問い続けるので、イエスは身を起こしていう。あなたがたのうち罪を犯したことのない人がまずこの女に石を投げなさいと。そして、イエスは再び身をかがめ、地面に何か書いていた。

人々は年長者から一人、また一人と去っていった。そしてイエス一人と、女だけが残される。

イエスは身を起こして「婦人よ、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを処罰すべきとみなさなかったのか」と尋ねる。彼女は「主よ、だれも」と答え、イエスは仰せになる。「わたしもあなたを処罰すべきとはみなさない。行きなさい。そして、これからは、もう罪を犯してはいけない」

イエスの説く教えの奥深さが伝わってくる素晴らしい場面であるのに、中国の教科書ではここを真逆に改竄し、イエスはモーセの律法を遵守したことになっていて、自ら彼女を石で打ち殺したことになっているという。中共はイエスをファリサイ派の人にしてしまったのだ。

フランシスコ教皇が中共と司教任命の暫定合意をしてから、カトリックはどうなるのだろう、地下教会の信徒の運命は……と気にかかっていた。とうとう中共がこんなことまでやり出すとは……。

ロナルド・バーナードの言葉を参考にすると、国際金融資本家たちのサークルでは子供を生贄とする悪魔崇拝が行われている。

彼らはこういったことを数千年のあいだやってきたんです、世界中で。
私はかつて神学を勉強しました。
聖書にも書いてあります、こういったことがイスラエルで行われていたことが。
最初の10支族がバビロニアに連れ去られた理由というのは、
子供を使ったこういう儀式にあるんです。
子供を生贄にすることを含めてね、これが関連しているんです。 (Part.1より)

子供の虐殺、世界中で行われている闇臓器売買(「臓器を取り出される時には、その子供はまだ生きているんです」)、大規模な若い女性のレイプが行われていることをバーナードは告発している。

インタビューでのロナルドの会話には、イルミナティという呼称は出てこない。しかし、イルミナティ抜きで、この結社の誕生後に展開し始めた様々なテロ活動を考えることはできない。

ヴァイスハウプトは教会法と実践哲学の教授*23でありながら、哲学に極めて貧弱な理解力しか持っていなかった。ヴァイスハウプトのいう「〈原初の〉黄金時代」は、言葉だけのまやかしのものだとしか思えない。

前掲書『ロシアを動かした秘密結社――フリーメーソンと革命家の系譜』の中の次のような文章が印象的である。

 1930年代後半に吹き荒れたスターリンの政治粛正の嵐によって、アナーキストの神殿騎士団も様々なオカルト集団もソビエト社会から根こそぎ抹殺された。
 そしてロシアの大地に地下の秘密組織も反抗する者も存在しない全体主義の政治体制と平等主義の社会――均質で眠るように穏やかで静寂な精神世界が確立された。*24

それはまるで墓地のような精神世界であるが、要するにそれがアダム・ヴァイスハウプトのいう「〈原初の〉黄金時代」なのである。

イルミナティが神秘主義の中でも神智学を最も敵対視したということは、神智学がサタニズムとは対照的な、光明をもたらす思想ということではないだろうか。

ブラヴァツキー夫人の縁続きで、彼女の諸著作の深い研究家でもあったボリス・ド・ジルコフは「『シークレット・ドクトリン』の沿革」の中で、神智学協会について次のように述べている。

 過去に、あるいは新たに出版された著作から、又同様のことはHPBによる他の著作に関しても言えることであるが、『シークレット・ドクトリン』の主要な源泉は、集合的にはその伝達者がHPB自身であったアデプト同胞団であり、個人的にはこの同胞団に属する複数のイニシエート達であったことは明白である。そして、その方々は、伝統的に秘密とされていた知識の一部を今、我々のこの時代に明かす道を選ばれたのである。
 乗り物、あるいは器、人間が作り、故に不完全な器ではあるが、この様な真実を広く浸み渡らせるための機関が、アデプト集団の直接指導のもとに1875年創立された神智学協会である。多くの失敗や欠点をものともせず、無知や混乱に満ちたこの世界において、時代を超えるグプタ・ヴィディヤーの教えの最も優れた唱道者として、神智学運動は今もなお存続している。*25

アデプトとは「イニシエーションの段階に達し、秘教哲学という科学に精通された方を指す」*26。グプタ・ヴィディヤーとは、霊的で神聖な知識をいう。

ブラヴァツキー夫人と神智学協会は様々な誹謗中傷を受けてきたが、彼女の論文を正面切って論破した学術的な論文にわたしはまだ出合ったことがなく、そのような論文が存在するという情報に接したこともない。

 

*1:植田,2014,pp.35-36)

*2:植田,2014,p.37

*3:ウィキペディアの執筆者. “ネイサン・メイアー・ロスチャイルド”. ウィキペディア日本語版. 2020-09-24. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%8D%E3%82%A4%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%83%81%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%89&oldid=79671805, (参照 2020-10-10).

*4:ジルー,幸田訳,1995,p.159

*5:ウィーン,田口訳,2002,p.323

*6:ウィキペディアの執筆者. “カール・マルクス”. ウィキペディア日本語版. 2020-07-12. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%82%B9&oldid=78429235, (参照 2020-10-11).

*7:ウィキペディアの執筆者. “カール・マルクス”. ウィキペディア日本語版. 2020-07-12. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%82%B9&oldid=78429235, (参照 2020-10-11).

*8:マルクス カール・ハインリッヒ , エンゲルス フリードリッヒ. “共産党宣言: 図書カード:No.47057”. 青空文庫. 2015-09-29. https://www.aozora.gr.jp/cards/001138/card47057.html, (参照 2020-10-12).

*9:大岡,2015,「あとがき」p.312

*10:マルクス、エンゲルス(森田成也)『共産党宣言』(光文社、2020、pp.103-104)

*11:Wikipedia contributors. "Richard Wurmbrand." Wikipedia, The Free Encyclopedia. Wikipedia, The Free Encyclopedia, 25 Sep. 2020. Web. 9 Oct. 2020.

*12:ジルー,幸田訳,1995,p.10

*13:ジルー,幸田訳,1995,p.15

*14:ウィキペディアの執筆者. “カール・マルクス”. ウィキペディア日本語版. 2020-07-12. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%82%B9&oldid=78429235, (参照 2020-10-11).

*15:ウィキペディアの執筆者. “カール・マルクス”. ウィキペディア日本語版. 2020-07-12. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%82%B9&oldid=78429235, (参照 2020-10-11).

*16:ヨハンナ・ベルタ・ユリー・イェニー・フォン・ヴェストファーレン(Johanna Bertha Julie Jenny von Westphalen,1814 - 1881)

*17:ジルー,幸田訳,1995,p.10

*18:ウィーン,田口訳,2002,p.269

*19:ジルー,幸田訳,1995,p.228

*20:“命をかけた男の言葉 : ● ロナルド・バーナード氏証言映像 ● シオン長老の議定書 全文”. 保守系YouTubeニュース番組.https://nyu-sukakusan.jimdofree.com/%E2%91%A2%E7%95%AA%E5%A4%96%E7%B7%A8/%E3%83%A6%E3%83%80%E3%83%A4%E8%B3%87%E6%96%99/%E3%83%AD%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%89%E6%B0%8F%E3%81%AE%E8%A8%BC%E8%A8%80-%E3%82%B7%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%81%AE%E8%AD%B0%E5%AE%9A%E6%9B%B8-%E7%89%B9%E8%A8%AD%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%88/, (参照 2020-10-07).

*21:ウィキペディアの執筆者. “ジェイコブ・シフ”. ウィキペディア日本語版. 2020-05-29. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%82%B3%E3%83%96%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%95&oldid=77772028, (参照 2020-10-09).

*22:パリサイ派のこと

*23:アダム・ヴァイスハウプト(芳賀和敏訳)『秘密結社イルミナティ入会講座<初級篇>』(KKベストセラーズ、2013、「はじめに」p.32)

*24:植田,2014,p.284

*25:ブラヴァツキー,田中 & クラーク訳,1989,『シークレット・ドクトリン』の沿革p.131

*26:H・P・ブラヴァツキー著、田中恵美子訳『神智学の鍵』神智学協会ニッポン・ロッジ、1995改版、用語解説p.14

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2020年8月28日 (金)

大田俊寛『オウム真理教の精神史』から抜け落ちている日本人の宗教観(この記事は書きかけです)

このところ記事にしてきた大田俊寛氏には『現代オカルトの根源――霊性進化論』(筑摩書房、2013)の他に、その2年前に上梓された『オウム真理教の精神史 ――ロマン主義・全体主義・原理主義』(春秋社、2011)という著作がある。

『現代オカルトの根源――霊性進化論』の感想の続きと一緒にこの著作の感想を別記事にするつもりだが、大田氏はどう読んでも唯物論者で、日本人には思えない。

なぜなら、『オウム真理教の精神史 ロマン主義・全体主義・原理主義』で、まる一章使って――といっても25頁から48頁までのたったの23頁――「近代における『宗教』の位置」という章題で「宗教とは何か」を考察しているのだが、オウム真理教を近代の宗教の一つと位置づけ、考察はキリスト教を中心としたものとなっているからで、日本、中国、インドといったアジアの宗教の考察がすっぽり抜けているのだ。

所有の形態として「祖先崇拝」が手短に考察されてはいるが、ご先祖様に対する気持ちを「崇拝」といわれてしまうと、わたしなどは違和感がある。

次の章はなぜかロマン主義の考察で、ブラヴァツキー夫人はそこで登場する。ウィリアム・ジェイムなども出てくる。

日本人の宗教観に関する考察が全くない不自然さ。理屈以前に、お正月には初詣に行き、お盆には故人を迎え、お彼岸にはお墓参りをするという日本人らしい宗教的背景が――核家族化で薄れつつあるとはいえ――大田氏には存在したことがないかのようである。

麻原氏も、そうした日本人らしい背景が感じられない不自然さ、人工臭があった。

麻原氏は日本国家を転覆し、自らが「日本の王」となるつもりだったという。初代主権者は、「神聖法皇」と称する麻原尊師、天皇は廃位され、葛城等の氏を与えて民籍につかせるはずだった。

ヨガかと思えば、「オウム真理教」というのは仏教系で行くための「オウム神仙の会」からの改称だというし、お次は「王」だったり「法皇」だったりと、さっぱり訳がわからない。天皇に葛城等の氏? 日本人にこういう発想ができるだろうか、とわたしは思ってしまうのだ。

折しも、過去記事で採り上げたように、文部科学省の教科書調査官として歴史教科書の検定に関与していた北朝鮮のスパイXがオウム事件にも関与し、日本転覆を図ったことがあると発覚した。

舞台に登場するのは全部あちらの人達ではないかと疑ってしまう。

大田氏は『オウム真理教の精神史 ――ロマン主義・全体主義・原理主義』で、次のように書いている。

宗教とは何か、という問いに改めて回答しておくと、私はそれを「虚構の人格」を中心として社会を組織すること、そしてそれによって生死を超えた人間同士の「つながり」を確保することである、と考える。(大田,2013,p.32)

『十字架の聖ヨハネ研究』という優れた研究書を著された鶴岡賀雄氏の弟子とも思えない、一面的捉えかただ。

ここ数日、ブログの更新も忘れて、『十字架の聖ヨハネ研究』に読み耽っていた。十字架の聖ヨハネがどのような生涯を送ったのか、知りたいと思いながらずっとわからなかった。それがわかった。十字架の聖ヨハネという16世紀スペインのキリスト教世界を代表する神秘家であり詩人であった人物の内面が綿密に掘り下げられている。

オウム真理教がなぜ宗教団体と見なされたのか、不思議である。前掲の大田氏のような宗教の定義からすれば、宗教団体ということになるのかもしれないが、わたしには単なる宗教的コスプレ、宗教ごっこにしか見えない。麻原氏のそうした見かけと日本を転覆したいという思いが、ある勢力からとことん利用されたということだろう。

宗教といいながら、物事の始めから麻原氏は徹頭徹尾、物質主義者である。真の神秘主義が中心に存在しない組織は、なんちゃって宗教組織、偽装宗教組織にすぎない。麻原氏の正体がわかっていたからこそ、その勢力は利用したのである。純粋な宗教団体であれば、手つかずだっただろう。

麻原彰晃氏の処女作『超能力「秘密の開発法」―すべてが思いのままになる!』(大和出版 、1986)が上梓された年、ヨガ道場「オウムの会」は宗教団体「オウム神仙の会」と改称された。

1986年(昭和61年)4月、税制上の優遇に目をつけて、ヨガ道場「オウムの会」を宗教団体「オウム神仙の会」と改称[67]。同年7月、ヒマラヤで最終解脱と称す[68]。すでに「武力と超能力を使って国家を転覆することも計画している。その時は、フリーメイソンと戦うことになるだろう」などと語っていたという[69]。

「麻原彰晃」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2020年8月22日 14:16 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org

オウム真理教になる前から、物欲がぷんぷん臭う。彼にとって宗教的修行は超能力や悟りを得るためのツールにすぎなかったようだ。神聖なものへの憧れなど微塵も感じられない。唯物主義者が神秘主義に近づくと痛い目を見るという好例である。

『十字架の聖ヨハネ研究』の続きを読みたいので、ここで中断。この記事は書きかけです。

以下は、十字架のヨハネの有名な神秘詩の一節。この詩がどのような状況で書かれたのかが鶴岡氏の著作を読んでわかった。

この幸いな夜に
誰にも見られず 何も見ないで
ひそかに(私は出て行った)
心に燃え立つ それの他に
光も導きもなしに。
(西宮カルメル会修道院訳注『十字架の聖ヨハネ詩集』ドン・ボスコ社、1982、p.29)

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2020年8月 5日 (水)

古語辞典と現古辞典を購入。大田俊寛『『現代オカルトの根源』、レイチェル・ストーム『 ニューエイジの歴史と現在 』を読書中。

新作能にチャレンジしていながら、わたしは古語辞典も持っていなかった。娘が高校時代に使っていたベネッセ版のも見当たらない。

15年前に当地へ――夫の転勤に伴い――移転してきたが、そのとき既に古語辞典はなかったのだろう。その数ヶ月前に台風被害でだめになった書籍も多かったから、その中に含まれていたのかもしれない。

俳句に凝っていたのは移転以前のことだった。そのころは古典にも凝っていたので、源氏物語を原文で読んだりもしていた。

移転後も、たまに作句することがあった。それには、俳句歳時記の他に、旺文社の国語事典に付録として載っている「国文法要覧」で文法関係はまかなえたし、その後、購入した学研の『俳句古語辞典』があったので、不足を感じなかったのだ。

しかし、さすがに、俳句関係の書籍だけでは、新作能の文章は書けない。

古語辞典と、現代語から古語を引く現古辞典があれば……と思ったが、購入が延び延びになってしまった。それというのも、辞典が相当高くなっていると思い込んでいたのだった。

2020年7月26日 (日)
作品1「祐徳院」らくがきメモ 2(7月29日に訂正あり)
https://elder.tea-nifty.com/blog/2020/07/post-a9da22.html

この記事で、古語辞典も現古辞典もなしに、ワキが自分のことを紹介する文章を書いてみた。29日に訂正したが、このままでいいとは思っていない。このときに限界を感じて、辞典を購入するか、新作能にチャレンジするなどという大それた望みを棄てるかのどちらかだと思った。

調べてみると、むしろ昔より安くなっているような気さえした……値上がりしていないということだろうが。ありがたいことである。もっと早く買えばよかった。

わたしが購入したのは、以下の2冊。

旺文社全訳古語辞典 第五版 小型版
宮腰賢 (著, 編集), 石井正己 (著, 編集), 小田勝 (著, 編集)
収録語数: 約22,500語
1,440ページ+口絵32ページ
出版社: 旺文社; 第五版小型版 (2018/11/14)

現代語から古語を引く辞典
芹生 公男 (編集), 金田一 春彦
出版社: 三省堂 (2007/4/1)

古語辞典を小型版にしたのは、小型版でないと何度も何度も引くのが億劫になるからだ。そのぶん字が小さくなるので、老眼にはきついかもしれないとの懸念もあった。杞憂だったようで、見えづらいということもなく、実に使いやすい。

収録語数の多い『旺文社古語辞典 第10版』と迷った。用途から考えて、辞書の中の例文全てに現代語訳が施してある全訳のほうを選んだ(実際に使った感想としては、もう少し収録語数が多ければという欲求は当然ながら出てくるが、どちらか1冊となれば、やはり今のわたしには全訳が必要)。

現代文を古文に直す作業は大変だと感じている。古語にはない現代語がとても多い。では全て古語にしてしまえばいいかというと、現代語をむしろ残しておくほうがいいと思える場合もあって、その判断が難しい。

『現代語から古語を引く辞典』に収録されていないと、それをストレートに古語には翻訳できないという場合が多く、現代語そのままの形を残すか、別の表現にするかといった選択を迫られる。

話が遡るが、アマゾンで辞書を注文したとき、届くのに5日くらいはかかるだろうから、サボれる。と、わたしはほくそ笑んだ。

すると、何と、翌日の昼間、2冊共届いたのだ。アマゾンに注文して翌日に届いたのは初めてだった。異例の速度で辞典がわたしの元へやってきた。天上でわたしの文章をご覧になった萬子媛が呆れて、「さっさと辞書を使って、いくらかでも見られる形に直しなさい」とおっしゃったような気がした。

萬子媛は教養豊かな才女だった。きっと教育ママだったに違いない。

続きも、試行錯誤しながら、勉強しながら書いていくしかない。

休まず、そうするはずだったのだが、以下の記事関連のことを調べているうちに、こちらを先にまとめざるをえなくなった。

2020年7月30日 (木)
オウム真理教事件にも絡んでいた北朝鮮のスパイ
https://elder.tea-nifty.com/blog/2020/07/post-58a264.html

ブラヴァツキー夫人がまるでオウム真理教事件に責任があるかのごとく、因縁を付けてくる学者には、吉永進一氏、杉本良男氏の他にも数人いるが、その中の一人に大田俊寛という人物がいる。

大田 俊寛(おおた としひろ、1974年 - )は、日本の宗教学者。現在は埼玉大学非常勤講師。専門は宗教学。博士(文学)。

略歴
一橋大学社会学部を卒業後、東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻宗教学宗教史学専門分野博士課程を修了。鶴岡賀雄に師事。 宗教分野の中でも、グノーシス主義やオウム真理教を主な批判対象としており、2007年に論文「グノーシス模倣の神話学」により、東京大学博士(文学)の学位を取得。

著書
『グノーシス主義の思想 : 〈父〉というフィクション』(春秋社、2009年)
『オウム真理教の精神史 : ロマン主義・全体主義・原理主義』(春秋社、2011年)
『現代オカルトの根源 : 霊性進化論の光と闇』(筑摩書房(ちくま新書))、2013年)
『宗教学 : ブックガイドシリーズ 基本の30冊』(人文書院、2015年)

「大田俊寛」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2020年8月3日 01:44 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org

大田氏が師事した鶴岡賀雄氏は、ウィキペディア「鶴岡賀雄」によると、キリスト教神秘主義研究者で、十字架の聖ヨハネの研究、神秘主義概念史研究の第一人者であるという。

鶴岡 賀雄(つるおか よしお、1952年8月23日 - )は、日本の宗教学者、キリスト教神秘主義研究者。東京大学名誉教授。

西欧近代(特にスペインとフランス)の神秘思想、神秘主義概念の形成と展開、現代宗教思想など幅広い研究領域を持つ。とりわけ十字架のヨハネの研究、神秘主義概念史研究については、日本における第一人者とされる。教え子に佐々木中、大田俊寛らがいる。

「鶴岡賀雄」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2018年12月2日 12:50 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org

十字架の聖ヨハネといえば、わたしは『十字架の聖ヨハネ詩集』『カルメル山登攀』を愛読していた。詩集のほうは今も時々手にする。

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キリスト教神秘主義の専門家の弟子が大田氏というのはどういうことだろう、と思ってしまう。

ウィキペディアによると、大田氏はグノーシス主義やオウム真理教を批判対象としているそうである。

グノーシスには、わたしは興味津々である。中には好きになれない内容のグノーシス文書もあるが、心を打たれるものが沢山あるのだ。

ハンナ・ヨナス(秋山さと子&入江良平 訳)『グノーシスの宗教』(人文書院、1986)で採り上げられた新約外典『使徒トマスの行伝』の中の「真珠の歌」は、一読すれば、忘れられないほどの美しさだ。まさに真珠のような作品である。

マグダラのマリアについて調べ始めてからは、ますますグノーシス文書が身近なものとなった。

そのような興味も手伝って、それで学位を取得したという「グノーシス模倣の神話学」を読んだ。とわたしは思ったのだが、オンライン論文ではタイトルが「グノーシス模倣の神話論理」となっている。短いオンライン上のこれは、論文の一部分なのかもしれない。

というのも、まだこれからこの論文は展開するはずだと思えるからである。

以下のリンク先から論文ファイルを開くことができる。

グノーシス主義と模倣の神話論理(大田俊寛)
http://doi.org/10.15083/00030573

古代エジプト・ギリシアの思想が東方の思想と混じり合う中で形成されていったグノーシス主義。

キリスト教グノーシス派もいただろうから、キリスト教神秘主義の研究を専門とする教授の下でグノーシスを研究してもおかしい話ではないが、短いオンライン上の大田氏の論文(の一部)を読んでも、キリスト教神秘主義を専門とする教授の下で学んだ痕跡などは何も感じられない(これについては後日、鶴岡賀雄氏の著作を読んで確認したい)。

「『トマスによる福音書』についての覚書」もオンラインで読める。
http://gnosticthinking.nobody.jp/thomas.pdf

大田氏にとって問題なのは、『トマスによる福音書』を荒井氏が「グノーシス主義であるということを、やや一義的に決めつけすぎているという点」らしい。わたしにはトマス福音書がグノーシス文書以外にはとても思えなかったので、大田氏のような問題点は考えつきもしなかった。

私にはトマ福のなかには、疑う余地なくグノーシス主義的であると断言できるような語録は一つも収められていないと思われる。トマ福に収録された断片的で謎めいた言葉の数々から、著者の思想や世界観の全体像を想定するのは、実はきわめて困難なのである」と大田氏は主張する。

まさにその「断片的で謎めいた言葉の数々」が存在するからこそ、わたしはトマス福音書がグノーシス文書であることを疑わなかったのだが……。何よりも訴えかけてくるのは、グノーシス文書特有の雰囲気である。

覚書の後半では、佐藤研『禅キリスト教の誕生』に批判の矛先が向けられている。ここで、大田氏は、トマス福音書の語録 77 の内容が「ヨハネ福音書の観念に依拠したものであり、キリスト教正統派の見解と取っても、あるいはロゴス=キリスト論を積極的に取り込んだグノーシス主義の見解と取っても、それほど理解することが難しくない」と書いている。

トマ福のなかには、疑う余地なくグノーシス主義的であると断言できるような語録は一つも収められていない」のではなかったのか?

グノーシス主義の見解と取ることもできるというのは、そう取らないこともできるということだから、グノーシス文書とは認めがたいということなのだろうか。そして、ヨハネ福音書がグノーシス的といわれていることにも反対の立場なのだろうか。

グノーシス主義の特徴は、反宇宙的二元論だけではない。語録 108 で語られているような思想は極めてグノーシス主義的であるはずである。語録 108 について、エレーヌ・ペイゲルスが(荒井献&湯本和子訳)『ナグ・ハマディ写本――初期キリスト教の正統と異端』(白水社、1996)で、グノーシスならではの特徴を感動的な表現で指摘している。

このような教え――神性と人間の同一性、迷妄と覚醒に対する関心、主としてではなく霊的導師としての創立者――には、西洋的というよりも、むしろ東洋的な響きがあるのではないだろうか。若干の学者たちが示唆しているように、名前を代えたならば、『トマス福音書』で生けるイエスに帰されている言葉は、「生ける仏陀」の言葉にふさわしいと言い得よう。ヒンズー教あるいは仏教の伝承が、グノーシス主義に影響を与え得たのであろうか。(ペイゲルス,1996,p.18)

同様のイエスの教えの仏教的色彩は、マリア福音書でより顕著である。このような点こそ、日本の学者に追究して貰いたいものだ。大田氏にそれを求めるのは無理のようだが。

以下の過去記事には、ブラヴァツキー夫人の著作からのグノーシスに関する引用があるので、当記事を改稿するときにまとめて紹介したい。

2016年2月10日 (水)
Notes:不思議な接着剤#90 キリスト教成立以前に東西に広く拡散していた仏教 
https://elder.tea-nifty.com/blog/2016/02/post-3f56.html

2016年2月28日 (日)
Notes:不思議な接着剤#91 釈迦牟尼仏の哲学を説いたイエス
https://elder.tea-nifty.com/blog/2016/02/t-1a90.html

2016年4月 6日 (水)
Notes:不思議な接着剤#93 カタリ派が『ヨハネ福音書』を偏愛した理由
https://elder.tea-nifty.com/blog/2016/04/notes92-4114.html

図書館から借りた大田氏の著作『現代オカルトの根源――霊性進化論の光と闇』(筑摩書房、2013)が出たとき、以下の 2 冊は出ていた。グノーシス主義の研究をしていながら、これらのブラヴァツキー夫人の著作に散りばめられたグノーシス主義に関する記述に一顧も与えないのは、どういうわけだろう。

H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1989)

H・P・ブラヴァツキー(ボリス・デ・ジルコフ編、老松克博訳)『ベールをとったイシス 第1巻 科学 上』(竜王文庫、2010)

なるほど、前掲書に参考資料として『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』は一応挙げられている。しかし、大田氏はろくに読んでいないはずだ。その前に挙げられたヘレナ・P・ブラヴァツキー(東條真人訳)『シークレット・ドクトリンを読む』(出帆新社、2001)をあんちょこにしたと思われる。そう邪推せずにいられないひどさだからだ。

第一、ブラヴァツキー夫人をオウム真理教事件の戦犯であるかの如く大きく扱っていながら、また、わが国の最高学府である東大で学びながら、ブラヴァツキー著作集全巻(http://www.blavatskyarchives.com/collectedwritings.htm )読むくらいのことができないのか?

読めないなら、なぜ、ブラヴァツキー夫人をネタに、飯の種に、するのか? ブラヴァツキー夫人の、翻訳家の、苦労がどれほどのものか、想像したことはないのか? ブラヴァツキー夫人の著作を必要としている人々がいるかもしれないとは、思ったことすらないのか?

オウム真理教に関しては、大田氏が寄り添っているように感じられるのとは、あまりに対照的である。オウム真理教とその後継組織の御用作家のようにさえ感じさせられる。

何にせよ、まともにブラヴァツキー夫人の著作を読んだとも理解できたとも思えないが、拙動画「ブラヴァツキー夫人がニューエイジの祖というのは本当だろうか?」で挙げた以下の本は、結構熱心に読んだのではないだろうか。似た文章があるから。しかし、『現代オカルトの根源――霊性進化論の光と闇』では、主要参考資料一覧には見当たらない。

ニューエイジの歴史と現在―地上の楽園を求めて (角川選書)
レイチェル ストーム (著), Rachel Storm (原著), 高橋 巌 (翻訳), 小杉 英了 (翻訳)
出版社: 角川書店 (1993/11)

著者はフットワークが軽いようだが、落ちついて本を読むのは苦手のようだ。ブラヴァツキー夫人をニューエイジの母と大大的にプロパガンダしているわりには、大田氏同様、ブラヴァツキー夫人の著作をろくに読んでいない。そのことは内容からも参考文献からもわかる。

研究者としては三流としかいえない姿勢であるが、小林英了氏の訳者あとがきには共感した箇所があった(この部分だけ名著に思える)。長くなるが、引用しておく。

……実際、ニューエイジャーたちの世界は密林である。そこには毒を含んだ造花があり、底無し沼があり、吸血鬼がおり、ミイラになってしまったミイラとりの墓標が乱立している。しかし、無数のこけ脅しや見かけ倒しの中にあって、時代の困難な課題を誠実に担い、無理解と裏切りに満身創痍となりながらも、新しい時代を求めて闘った個性はいたのである。ブラヴァツキーは詐欺師扱いされながらもイギリスの植民地支配下にあったインドの精神文化復興のために尽くし、グルジェフは物質主義に押しつぶされていく西方の精神文化を無意識的な思考習慣から解き放とうとし、クリシュナムルティはカリスマ的神格に祭り上げられる瞬間に個的な求道の道に一人降り立ち、シュタイナーはナチズムからテロの標的にされつつも戦争を回避する自由な意志の力を訴え続けた。こうした人々は、悟りすましたコスモポリタンという抽象的な人間に成り下がることなく、内面に据えた闇を時代が与えた試練と受けとめ、この地上の現実世界と徹底的に格闘したのであった。
「自由と民主主義」陣営が地球規模の覇権を手にした八〇年代、人々の幸福に対する欲望はニューエイジにも浸入した。自由経済の原理と市民的権利意識が、悟りや目覚めといった精神領域にまで浸透したのだ。……(略)……人々の内面の空虚な闇でうごめいていたニューエイジは、ポスト・モダンという名の薄ら明かりの下に照らされ、近代的合理主義や物質主義を超えるものとしてもてはやされてはいるが、その内実は、神秘や不思議が無批判的かつ興味本位に崇められ、先住民族の文化までもがエコロジー・グッズとして商品化されているのである。私たちは、先達が血のにじむような思いで現実と格闘しながら形成した思想の成果を単に一つの情報として消費し、書棚の飾りにしたり、パソコンの画面に呼び出せる時代に生きている。……

 この本は1993年に出版された。訳者あとがきは、27 年も前に鳴らされた警鐘である。

ちなみに、鶴岡氏に師事した大田氏。他に佐々木中氏がいる。ググってみると、小説家デビューしているらしい。東浩紀氏と一緒に名前が出てくる。両者は対立しているようでもあるが、興味がないので、どうだっていい。東浩紀氏というと、あいちトリエンナーレ「表現の不自由展」を思い出す。

2019年8月 7日 (水)
あいちトリエンナーレ「表現の不自由展」中止のその後 その5。津田氏のゲンロン仲間、東浩紀氏は「文學界」(文藝春秋)新人賞の選考委員。
https://elder.tea-nifty.com/blog/2019/08/post-7a913c.html

当記事は書きかけです。まとまりない下書きですが、アップしておきます。あとで、二つの話題は別記事にします。

グノーシスに関する著作も数冊借りた。

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2020年7月28日 (火)

作品1「祐徳院」らくがきメモ 3

能の演目には、歌がよく引用される。万葉集。山家集。古今和歌集、千載和歌集、新古今和歌集、玉葉和歌集……等の勅撰和歌集。和漢朗詠集(漢詩・漢文・和歌を集めた、朗詠のための詩文集)。今昔物語、伊勢物語、大和物語、源氏物語、平家物語もよく引用され、また、経典からも当然のように引用される。

わたしは、神秘主義エッセーブログのエッセー 78 「祐徳稲荷神社参詣記 (5)扇面和歌から明らかになる宗教観」で、次のように書いた。

神社外苑にある祐徳博物館には、萬子媛遺愛の品々を展示したコーナーがある。初めてそこを訪れたとき、わたしにとって最も印象深かったものは、萬子媛の遺墨、扇面和歌だった。

金箔を張った扇面の馥郁と紅梅が描かれた扇面に、新古今和歌集からとった皇太后宮大夫俊成女(藤原俊成女)の歌が揮毫されている。
萬子媛は花山院家の出で、花山院家の家業は四箇の大事(節会・官奏・叙位・除目)・笙・筆道だから、萬子媛が達筆なのも当然といえば当然というべきか。
元禄9年(1696)――出家後の71歳のころ――に揮毫されたものだ。揮毫されたのは、藤原俊成女の次の歌である。

  梅の花あかぬ色香も昔にて同じ形見の春の夜の月

藤原俊成女は鎌倉時代前期の歌人で、皇太后宮太夫俊成女、俊成卿女の名で歌壇で活躍した。藤原俊成女は藤原定家の姪だった。

萬子媛の扇面和歌が出家後に揮毫されたものであることから考えると、僧侶としての生活の一端も見えてくる気がする。修行生活は、芸術(文芸)などを通して培われる類の情緒的豊かさを犠牲にする性質のものではなかったということだ。

一方では、『祐徳開山瑞顔大師行業記』の中の記述からすると、萬子媛の修行には男性を凌駕するほどの厳しい一面があったと考えられる。

その二つがどのように共存していたのだろうか。いえることは、だからこそ、わたしの神秘主義的感性が捉える萬子媛は今なお魅力的なかただということである。

萬子媛遺愛の品々の中には、二十一代巻頭和歌の色紙もあった。萬子媛が愛読愛蔵されたものだと解説されていた。

二十一代集(勅撰和歌集)とは、平安時代に勅撰和歌集として最初に編纂された古今和歌集(905)から室町時代に編纂された新続古今和歌集(1439)までの534年間に編纂された21の勅撰和歌集のことで、合わせて23万44首といわれる。

二十一代集は、平安時代から室町時代までの文化史が歌という形式で表現されたものということもできる。そこからは日本人の精神構造が読みとれるばすで、宗教観の変遷などもわかるはずである。

二十一代集の巻頭和歌を愛読された萬子媛は、和歌そのものを愛されたといってよいのではないかと思う。

昔の日本人の宗教観は凛としている。洗練された美しさがあり、知的である。

平安時代末期に後白河法皇によって編まれた歌謡集『梁塵秘抄』を読んだときに思ったことだが、森羅万象に宿る神性、神仏一如、輪廻観、一切皆成仏といった宗教観が貴族から庶民層にまで浸透しているかのようだ(エッセー 74 を参照されたい)。

こうした宗教観は鎌倉時代初期の勅撰和歌集『新古今和歌集』にも通底しており、森羅万象に宿る神性、神仏一如、輪廻観、一切皆成仏といった宗教観が読みとれる。

萬子媛をシテのモデルとした今回の作品では、新古今和歌集から多く引用したい。黄檗宗の僧侶として入定されたので、経典からの引用も当然ながら……

萬子媛が愛された前掲歌「梅の花あかぬ色香も昔にて同じ形見の春の夜の月」を後ジテの過去を物語るものとして、引用したい。

らくがきメモ1に次のように書いた。

○○軍医(ワキ)は、戦場ボルネオへ向かう貨物船の通路で、尼僧達(前ジテとツレ)に出合う。出合うはずのない人々であった。尼僧達は求法のために船に乗ったという。

軍医の疑問に対して、前ジテは「法(のり)の舟さしてゆく身ぞもろもろの神も仏もわれをみそなへ」(新古今和歌集 巻第二十 釈教歌 1921)、「しるべある時にだにゆけ極楽の道にまどへる世の中の人」(新古今和歌集 巻第二十 釈教歌 1922)という歌を答えの代わりとして、尼僧一行は何処にか姿を消す。

尼僧から死を覚悟せよと諭された――と解釈するワキの心境を物語るものとしては、この歌がいい。「極楽へまだわが心ゆきつかず羊の歩みしばしとどまれ」(新古今和歌集 巻第二十 釈教歌 1933)

※わたしは新古今和歌集を、訳者代表 窪田空穂『日本古典文庫12 古今和歌集・新古今和歌集』(河出書房新社、1988)と久保田淳 訳注『新古今和歌集 上下』(角川文庫、2007)で読んでいるが、歌は後者から引用している。両者で歌の番号の異なる場合がある。

この歌の意味を、訳者代表 窪田空穂『日本古典文庫12 古今和歌集・新古今和歌集』(河出書房新社、1988)から引用する。

極楽へは、わが心の修行は、まだ行き着いていない。死すべき者は、屠所の羊であるが、その歩みの命数は、修行の間のしばらくは留まっていてくれ。(窪田,1988,p.449)

そして、大海原で船が爆発して海に投げ出された兵隊達が波間に浮き沈みする戦火の光景を天空からご覧になる、生死を超越した神的な観点からは――想像するのも畏れ多いことではあるが――おそらく、この歌がふさわしい。「春秋に限らぬ花におく露はおくれ先立つ恨みやはある」(新古今和歌集 巻第二十 釈教歌 1939)

この歌の意味を久保田淳 訳注『新古今和歌集 下』(角川文庫、2007)から引用する。

春や秋に限ることなく絶えず咲いている極楽の蓮花に置く露は、そのあるものが遅れて落ち、あるものが先だって落ちるという恨みはありはしない。(久保田,2007,p.393)

また、江戸時代からこの世の人間達のために働いていらっしゃる萬子媛のような方々の御心を畏れ多くも憶測すれば、この歌が目に留まる。「立ちかへり苦しき海におく綱も深き江にこそ心引くらめ」(新古今和歌集 巻第二十 釈教歌 1940)この歌の意味を久保田淳 訳注『新古今和歌集 下』(角川文庫、2007)から引用する。

漁師は立ち戻って海にしかけておいた綱を深い入り江で引くのであろう。聖衆は煩悩に苦しむ人間の世界に立ち帰って、深い因縁があって人々を極楽へと引き取ろうと努めるのであろう。(久保田,2007,p.395)

聖衆、という表現は、あの方々にぴったりだと思う!

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