カテゴリー「夢」の62件の記事

2019年8月 7日 (水)

あいちトリエンナーレ「表現の不自由展」中止のその後 その5。津田氏のゲンロン仲間、東浩紀氏は「文學界」(文藝春秋)新人賞の選考委員。

カテゴリー「あいちトリエンナーレ」

これはツイッターにも書いたことですが、「あいちトリエンナーレ」津田大介氏(芸術監督)のゲンロン仲間である東浩紀氏は、何と「文學界新人賞」(文藝春秋)の選考委員です。ずっと購読していなかったので、これまで気づきませんでした。

言論をゲンロンとカタカナ書きにしたのは、揶揄しているわけではありません。

ウィキペディア「ゲンロン」によると、2010年東浩紀氏は、インテリアデザイナーで建築家の浅子佳英、空間デザイナーの李明喜らと共に東京都新宿区四谷に合同会社コンテクチュアズ(Contectures, LLC.)として設立しており、2011年に代表に就任、2012年に株式会社ゲンロンに社名変更、社外取締役として津田大介・福嶋麻衣子を迎えています。

「文學界新人賞」を受賞した作品の多くが芥川賞候補になります。文藝春秋社内の日本文学振興会によって選考が行われるからです。

一昔前、「文學界」には、およそ文学的でない左翼知識人である柄谷行人の論文がよく載っていて辟易させられました。東浩紀氏はその柄谷氏の出来の悪い弟子らしいですね。その頃「文學界」では、すさんだ作風の在日文学も大流行りで、これにも辟易させられ、わたしは定期購読をやめました。

細井秀雄氏が編集長だったころは、文芸評論家であり保守論客であった江藤淳氏の作品がよく掲載されていました。江藤淳『占領軍の検閲と戦後日本 閉された言語空間』(文春文庫 - 文藝春秋、1994)は日本人必読の書です。

その細井氏から、「九州芸術祭文学賞」で地区優秀作をとったわたしの作品について、懇親会の席でですが、「ああいったことは書かんがいい」と忠告されました。大したことは書いていなかったんですけれどね。その後、「織田作之助賞」で最終候補になったときの懇親会だったか、その席で「今後は児童文学作品を書こうと思っています」というと、心底ホッとした表情をなさいました。

そのころは、文學界の舞台裏をろくに知りませんでした。文学仲間を通して情報を集めた今では、下手に賞なんかとらなくてよかったと思っています。尤も、才能に乏しいので、その心配はいらなかったのでしょうが。

現在、純文学界に在日外国人でも帰化人でもない日本人作家は何割くらいいるのでしょうか、疑問です。

最近では特に、日本文化を貶めているとしか思えない、文学作品の体すら成していない作品が芥川賞をとる傾向にあります。日本人であろうと、外国人であろうと、日本文化を愛する人間にはとても作りえないようなストーリー、無神経な表現が頻出しています。

前出の細井氏は現在、平山周吉という筆名で、作家活動をなさっているようです。アマゾンに読んでみたいと思う作品がありました。幸い図書館にあるようなので、借りて読んでみたいと思います、購入するには、専業主婦のわたしには高価ですから。3,996円。

江藤淳は甦える
平山 周吉 (著)
出版社: 新潮社 (2019/4/25)
ISBN-10: 4103524715
ISBN-13: 978-4103524717

今思えば、江藤淳氏が生きていらしたころは、文学界、日本の言論空間は、まだしもまともでした。

次のツイートで紹介されている動画内容は結構怖い、その次のツイートで出ている情報にはなるほどねと思わせられます。

こうした人々に好き放題されたら、日本は本当に日本ではなくなってしまいます。

芸術家でない大したキャリアもない津田氏がなぜ、こんな大役を任せられたのでしょうか? 反日ネットワークの存在を考えれば、別に不思議ではない気もしますが、武田邦彦氏の語る動画が出てきました。

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2019年5月 3日 (金)

安倍総理、達筆ですね! 数ヶ月前に見た夢。

安倍総理、達筆ですね!  

安倍総理がハイタッチしてくださったときの手の感触を思い出しました。

2016年6月14日(火)
街頭演説会で目撃した安倍首相、ハイタッチしたときの手の感触
https://elder.tea-nifty.com/blog/2016/06/post-39fb.html

そういえば、安倍総理の夢を時々見るのですが、数ヶ月前に見た夢は、街路に両手をつき、躓いた格好だった安倍総理が明るいお顔を上げて、すくっとお立ちになった夢でした。

何を意味しているかは不明です。表層のわたしの意識では、安倍政権の現方針には不安と不満でいっぱいなのですから。新自由主義を推し進めて日本人がよき日本人でいられるような暮らしを破壊し、就職氷河期世代を見捨てるつもりだとしか思えない現方針。ここを救済しない限り、よい日本にはなりえませんよ。

ただ、2005年の郵政総選挙(第44回総選挙)の頃に見た夢と、まさに選挙の日にわたしの神秘主義的視力が空間に見た革命を暗示する赤い点(赤い光)のことを思えば、たかが夢といえど、あまり馬鹿にはできない印象です。

あの2005年の夢は、国民の財産であった郵貯マネーが国際銀行家に流れることを暗示した夢だったと思っています。空間に見えた不吉な赤い点は、それまでの安定的な日本人の暮らしとアイデンティティが壊される夢であったと解釈しています。

今回見た数ヶ月前の夢が、わたしのような庶民も安心して暮らせるような政治が行われる、よい兆しであればいいなと思います。幸い、奇怪な平成のホロスコープ及びサビアンシンボルにくらべると、令和のそれは(まだ調べている途中ですが)安倍総理の文字のように美しさのあるもののようです。

以下は、前述した郵政総選挙のころに見た夢と、総選挙当日に見た赤い点に関する過去記事です。

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2012年11月30日(金)
最近の夢から
https://elder.tea-nifty.com/blog/2012/11/post-7851.html
夢日記はそれ専用のブログに書くことにしているので(尤も、重要な暗示を感じさせる夢や公開したくない夢はブログなどではなく、完全にプライベートな自分の日記にだけ書いている)、あまりここに書いたりはしないが、選挙が近いせいか、政局を暗示しているのだろうか、と想像したくなる夢を見る。

小泉氏の郵政選挙の頃の夢は今でもはっきりと覚えている。小泉首相は立派なホテルに滞在していて、外国の要人らしき複数の人物と名画を分け合おうとしていた。そのあとで、若い人々とどこかへ出て行った。若い人々というのは小泉チルドレンだろうか。

2008年5月17日(土)
第44回総選挙のときに見た不吉な兆し
https://elder.tea-nifty.com/blog/2008/05/12200510_ed30.html
自称神秘主義者のわたしは、この総選挙のとき、空間に赤く不吉に輝く星のような赤い光を見ました。英語で書かれたブラヴァツキーの『シークレット・ドクトリン』をロシア語に訳したエレナ・レーリヒは、わたしもしばしば見る空間に見える光についていろいろと解説していますが、アグニヨガ協会訳で、ここにその断片をご紹介します。

大抵黒い点は暗黒、又は混沌的なエネルギーの接近を意味する。その場合、万事に注意したほうが良い。だから私は小さな黒い点を見ると、それらが度々、困難の来ることを示したり、又は健康について警告していることを知るのである。点が大きければ大きい程、多ければ多い程、もっと注意を払うべきである。時々、空間の中を泳いでいる大きなビロードのような黒い点を見ることができる。紫、青、銀色、そして金色の点は、いつもよい使者たちであり、あるいは師匠のご放射が近いことを示すものである。黄色の点は、危険の警告である。赤い点は、大気の中の大変な緊張を示し、その時、地震や嵐や革命さえも予期できる。

わたしは自身の体験から、レーリヒの解釈に共鳴せざるをえませんが、ただ、赤い点だけは、そのときまで一度も見たことがありませんでした。自然災害の徴だろうか、と思いましたが、自然災害に関連して赤い点を見たことはなく、自然災害を予知したこともありませんでした。

そんなわたしにとっては否定しようもないありありとした見えかたで赤い点を見たということは、よほどの大惨事につながる自然災害が襲いかかってくるのではないかと怯えました。

でも、あれは今思えば、革命を予知したものだったのです。あの郵政解散以後、わが国に起こったことはまさに革命に匹敵します。何か冗談のように進行した出来事だっただけに、その自覚ができにくかったというだけの話です。 

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2019年4月11日 (木)

歯医者さんは、いくつになっても怖い。事前に見た歯医者さんの夢。

歯茎から出血するのは嫌ですよね。わたしは虫歯より嫌です。

歯を磨くと、時々どこからともなく出血するようになり、口の中を自分で調べてもその箇所がわかりませんでした。

虫歯のような痛みはないので、歯槽膿漏(現在では歯周病、または歯周疾患と呼ぶそうですね)に違いなく、歯医者さんに行くのをサボっていたせいで、歯槽膿漏が進んだのだと思いました。そう思えば、ますます行くのが怖くなり、あれこれ用事や出費が重なったこともあって(それを口実に)行くのが遅れました。

ようやく今日歯医者さんに診ていただいて、真相(?)がわかりました。歯槽膿漏は歯槽膿漏でしたが、全体としては大したことはないそうで(虫歯はなし)、ただ、ある個所だけはよくないとのこと。

そして、その原因を作っているのが横向きに生えた親知らずとのことでした。渡していただいた手鏡で見ると、右奥歯の先に、親知らずが確かに四角く白く見えます(あまりに奥すぎて、自分では見つけられませんでした)。

これが横に伸びようとして、奥歯を押し、歯並びにまで影響を与え、この部分の歯磨きを困難にして、その奥歯の箇所が歯槽膿漏状態となったらしいのです。

親知らずを抜かなければ、それが邪魔になって奥歯の歯磨きは無理で、この部分の歯槽膿漏が進み、大事な奥歯に影響するのだとか。来週の前半に親知らずを抜いていただくことにしました。切開して抜くのだそうです。

歯科衛生士さんから、歯磨きが下手だと叱られました。磨き残しがあるそうです。前に行った別の歯医者さんで、歯磨きが上手だと褒められたため、慢心していたのかもしれません。自分ではしっかり磨いているつもりでしたが……。

食事、おやつなど、何か食べるごとに磨かなければならないそうです。「エナメル質がどうのとかいいますが……」とお尋ねすると、すぐに磨かない弊害のほうがそれに勝るのだとか。抜歯の前に、磨きかたたを教わることになりました。

今日は、歯と歯茎の状態を調べていただき、その後、歯のクリーニング(これ痛い)。親知らずの状態を調べるためのレントゲンを4枚。

歯医者さんがおっしゃるには、年とるごとに歯は全体として前に押し出されていくそうです。そのとき、歯茎が丈夫かどうかで違ってくるのだとか。

喘息があるので(服用している心臓の薬の副作用だろうと、以前かかっていた呼吸器クリニックでも循環器クリニックでもいわれています。それでも、その薬に代わる副作用のない薬は見つけられず、服用するメリットのほうがわたしの場合は大きいようです)、薬がどうのと受付でいわれましたが、頭がぼーとして覚えていません。抜歯の前日から飲むようにと処方された薬をきちんと飲めば、間違いないでしょう。抜歯後は安静にして、翌日、消毒で受診。抜糸はもっと後。

そういえば、数日前に歯医者さんで治療を受けている夢を見ました。夢で見た先生のお顔は実物そっくりでしたが、ホームページで見ていたからでしょうね。ただ、夢を見たときは謎と思われた光景がありました。

夢の中で、わたしは窓際の診察台に座っています。窓がまるで掛け軸代わりのように、そこに三行くらいに渡って流麗に書かれた筆文字が見え、それが三つの窓に書かれていました。

実際には、今日、歯医者さんでわたしが座ったのは壁際の診察台でした。窓際にも診察台があり、そこで抜歯が行われていたために、わたしは怖いもの見たさの気分で、全身を耳にしていました。

そして、わたしの座っていた壁際に、色紙が三枚立てかけてあって、筆文字でそれぞれ、何か書かれていたのでした。二枚は古典的な文章で、もう一枚は相田みつをの詩でした。

夢って面白いですね。

ところで、これは神秘主義的話題になりますが、わたしは歯も、例のわが胸の奥から迸る光で治せないか頑張ってみましたが、歯は無理でした。岩をオーラの光で動かすようなものでしょうからね。降参して、おとなしく歯医者さんに歯と歯茎を委ねたというわけです。

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2017年7月12日 (水)

薔薇色の上着を着て、夢に現われたプードル。旧友に関する勘違い。

わたしの夢に、時々プードルが現れます。これまでのワタクシ的夢の解釈からすると、プードルは創作意欲、作品傾向を表現しているようです。

プードルが現れた夢を全て記録しているわけではないので、はっきりしませんが、これまでに5回は出てきました。

作品そのものは赤ん坊として出てくることが多いです。

賞応募に熱くなっていたころ、よく夢に赤ん坊が出てきました。電子書籍そのものは馬となって出てきます。不思議ですね。

今書きたいと思っているのは一編の評論、一編の童話、そして萬子媛をモデルとした小説の第二稿です。

アルコール中毒気味ではないかと疑っていた旧友がそうでないとわかり(さすがはナースだけあって、健康管理はしっかりできているようです)、嬉しくなって創作意欲が高まっているということはあります。

なぜそう思い込んだかというと、彼女のメールの文面がわかりづらく、勘違いしてしまったからでした。

わたしの萬子媛をモデルとした小説は難解かもしれませんが、筋の通らない書き方ではないはずです。でも、友人達のメールの文面ときたら、主語が抜けていたりして、「いつ・どこで・誰が・どうした」のかがさっぱり掴めないこともよくあります。

電話で話せば疑問の解消することが多いです。書くとなると、自分がわかっていることを相手もわかっているように錯覚して省略してしまうのですね。

萬子媛をモデルとした小説の第一稿が難しく感じられるのは、文章の長さに対して情報量が多すぎるからだと思います。

また、あの難解さはあえて史料を生かすために、そのレベルになるだけ釣り合うように頑張ろうと思った結果でもあって、試行錯誤しながらとりあえずまとめたのが第一稿でした。

あれを読破した上に、面白いといってくれた人が半分もいたことにはむしろ驚きました。

ナースの彼女も萬子媛をモデルとした小説を読んでくれましたが、さっと読むつもりが難しくて、読み進めるのと放置を何回か繰り返し、時間ができた最近になって読破してくれたとか。わからない箇所はネットで調べたりもしたそうです。

何だか宿題を課したみたいで、いやー、申し訳ない。何にしても、第二稿はもう少しわかりやすく書こうと思っています。

萬子媛に関することでわからなかったことが、祐徳稲荷神社に出かけるたびに一つ、また一つと明らかになってきたのが不思議です。

これも、郷土史家の迎昭典氏から貴重な資料のコピーを沢山提供していただかなければ、新しいことが出てきたとしても、大事な事柄とは気づかずにわたしの中を通り抜けてしまったことでしょう。

夢に出てきたプードルが萬子媛をモデルとした小説への意欲と作品傾向を表わしているのかどうかはわかりません。薔薇色の上着は何でしょう?

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2017年3月25日 (土)

国会を空転させた民進党の大スキャンダル

「国家公安委員長や旧民主党副代表などを務めた岡崎トミ子氏が3月19日、仙台市内の病院で肝機能障害のため亡くなった。73歳だった」

ここまでは現実の話で、ここからは夢の話。小型プロペラ機の運転席に岡崎トミ子氏が座り、操縦している。後ろの座席には民進党の議員たちが座っている。小型プロペラ機は激しく揺れながら危なげに低空飛行している。

一昨日見た夢だったのだが、印象的だったので、つい書いてしまった。

ところで、安倍昭恵夫人と籠池夫人のメールの遣り取りの全文が公開され、大騒ぎになっている。

わたしは昨日の国会中継(参議院予算委員会)における西田昌司議員の質疑の中で、断片的にそのメールの内容を知り、次いで、省略があちこちにあるメールをネットニュースで閲覧した。

今日になって全文を閲覧し、驚いた。辻元議員の名が出てきたことにまず驚いたのだが、その行動が凄い。

「民進」「共産」「社民」「自由」の野党4党は、安倍首相と稲田防衛大臣をターゲットにして森友学園問題と日報問題(南スーダンの国連平和維持活動――PKO――に派遣されている陸上自衛隊の日報問題)を作り上げ、同じような質疑を繰り返して国会を空転させてきた。

国会中継を視聴していれば、安倍首相、稲田防衛大臣の答弁には不自然なところがないにも拘わらず、野党4党は断片的な文章や場面を強調して印象操作しながら、局所的な質疑を高飛車に、執拗に行う。

マスコミがそれを大袈裟に採り上げて、あたかも安倍首相と稲田防衛大臣に非があるかのような偏向報道を行ってきたのだ。

それまでの野党4党の動向から、彼らの目的が共謀罪(テロ等準備罪)の成立を阻止することにあったことは明らかだったので、わたしは一国民、一視聴者として我慢の限界に達していた。

そうしたところへ、この大スキャンダルである。

非があった場合、まさか与党ばかりが責任を問われて野党は何のお咎めもなし、というわけにはいくまい。

民進党は、蓮防代表の二重国籍疑惑も払拭していない。

中国、北朝鮮の脅威、そして韓国の混乱が伝えられる中、昨日の国会で国防問題を採り上げていたのは――わたしが視聴できた時間では――日本維新の会の儀間光男議員くらいだった。

儀間議員「わが国の安全保障の環境がひじょうに厳しくなってます。日本海や東シナ海、まさに天気晴朗なれども波高しでありまして、今や、この両海域は大変な緊迫状態にあるわけであります。まず、中国の動向を見ていると、尖閣諸島の実行支配へいよいよ布石を着々と打っているように見えてならないんです。現在の尖閣諸島警備に不安を、地域住民として覚えるわけであります。(……)

中国の公船の数なんか見ておりますと、2012年には1千トンクラスの艦船が約40隻だったんですね。それが現在は120隻といわれているんですが、2019年までには135隻建造すると、そして就航させるという情報があるんです。

一方、わが国は全管区で120隻はあるんですが、総排出量が桁違いに違うんです。遥かに向こうが大きいということですので、対応能力が全然違うんです。従って、もし仮に中国が尖閣を実効支配、つまり上陸したとなるとですね、これはもう戦争しか奪還にはないんですから、こういうことに至らないように、外交努力を相当にしないとですね、ここはひじょうに危険地域である。(……)

言って聞くような国じゃないんですよね。尺度が違いまして。だから、相当の並み大抵の努力をしないというと、実効支配してから聞く耳を持つというような、南沙島辺りで見れば、そういうような状況ですから、それは生易しいものじゃないですよ、相当日米同盟を強化してやっていく必要がわたしはあるであろうと思えてなりません。(……)」


以下は森友学園関連の記事へのリンクである。

日刊スポーツ2017年3月24日22時4分
安倍昭恵首相夫人と籠池氏妻のメール全文/一覧
http://www.nikkansports.com/general/news/1797239.html

小坪しんや
【拡散】辻元清美のスパイ工作が、籠池夫人のメール内容で暴露か?【許せないと思ったらシェア】
https://samurai20.jp/2017/03/decision-2/

平成29年3月24日の参議院 予算委員会で、自民党の西田議員が安倍夫人の潔白を証明したときの動画がYouTubeにアップされていたので、以下に貼りつけておく。このような証明がなされたにも拘らず、野党議員はそれがなかったかのような質疑を続けた。

共謀罪を知るには、以下の本がおすすめ。

余命三年時事日記―共謀罪と日韓断交
余命プロジェクトチーム (著)
出版社: 青林堂 (2017/3/15)

当ブログにおける関連記事:

2017年3月21日 (火)
ようやく「テロ等準備罪」が閣議決定
https://elder.tea-nifty.com/blog/2017/03/post-6c98.html

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2016年3月 2日 (水)

2012年2月に亡くなった「詩人」と呼んだ女友達の夢

2012年2月1日の夜に就寝した「詩人」の起床が翌朝の2日、いつになく遅いので、ご家族が呼びに行かれると、亡くなっていたそうです。死因はお尋ねしませんでしたが、そのころの彼女の健康状態から脳梗塞ではなかったかとわたしは憶測しています。

透明感のある優れた詩を書いた彼女は修道女を育成する学校で思想的な限界と内的な崩壊を味わい、その反動からだったのか、本性的なものだったのかはわかりませんが、案外唯物主義的なタイプで、そのためわたしが彼女に神秘主義的な話をしたことはほとんどありませんでした。

これまで、死後に別れの挨拶に見えた方が4人ありましたが、お1人を除けばいずれも神智学、キリスト教、仏教と思想形態は違っても、何らかの宗教哲学に造詣が深い方々ばかりでした。

亡くなった彼女の訪問があったようには感じられませんでした。

高校時代から亡くなるまで統合失調症に苦しんだ彼女は亡くなった後は正気に戻り、健康を回復して(と亡くなった人のことをいうのは変ですが)、あの世の暮らしを楽しんでいるのではないかと想像しています。

彼女が亡くなってから一度も彼女の夢らしい夢を見ませんでしたけれど、昨夜、初めて見ました。神秘主義的な夢ではない、普通の感じの夢でした。

綺麗な空気が印象的な、丘陵地帯に造られた町の一角で、「お元気になられた**さんと、詩を作る散策に行きたいと思っていたんです」とわたしはいいます。彼女はそれに対して、遠慮がちでちょっと恥ずかしそうな微笑を浮かべました。

以下は、彼女をモデルに、最晩年の日々に光を当てた日記体小説です。

詩人の死

以下は彼女の詩を収録したカテゴリー。その4編の中から「あこがれ」を再掲しておきます。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

   あこがれ

あこがれの
はるか下界に
吹きあれていた
見えざる者の身ぶりは
いつもの
思わせぶりの突風か
出発の
支度づかれのあと
ホームの伝言板に置かれてあった
あこがれよ

雪解け水に映る
夕陽とわたしのすき間にも
おまえがひそんだものだ
身をかがめ覗きこんだ時の
おまえのまばゆさは
化粧する少年の
うすい唇に塗られた夕陽のかたちだった
すこやかにくれてゆく落日を背に
飴色の鞄をたずさえた わたしと夕陽のあいだを
遠く隔てた白い道 あこがれ

かれをかたどって
半透明の柱を建てたものよ
丘の上を焔白くするまで
幾柱も
幾柱も
だが
巷のさざめきにうたれたままでいた
あこがれを
握りしめた群れの手垢は
柱に怒りの深みを流し込むだろう   

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2016年1月31日 (日)

ブラヴァツキー夫人が出てきた最近の単なる夢三つ

ブラヴァツキー夫人が出てくる夢を三日連続して見た。神秘主義的な雰囲気の夢ではなく、ありふれた粗雑な素材でできた夢で、記録しておかなければ、あっという間に忘れてしまいそうな夢にすぎない。

それでも、ちょっと面白いと思ったので、記録しておきたいと思う。

小説を書いている関係もあって、萬子媛の夢を見られたらいいなと思いながら眠りに就く日もあるのだが、萬子媛が出てくる夢を一度も見たことがない。

小説を書く以前に、神社にいる駒馬の一頭がベランダに迎えに来た夢を見たことがあるだけだ。

ブラヴァツキー夫人の夢を見たいと思って眠りに就いたことはなぜか一度もないが、ごくたまにブラヴァツキー夫人が出てくる夢を見る。

断片的で、覚えていないことが多い。三日連続とは新記録である。たぶん、ブラヴァツキー夫人に対する誹謗中傷にペンで応戦――しているつもり?――の記事を書いたりしているせいだろう。

日付は記録した日。

2016年1月29日
ブラヴァツキー夫人の運転する車の助手席に乗り、車は駐車場を出ようとしている。ブラヴァツキーは大きな目が印象的なよく知られている写真の年齢。

2016年1月30日
ある部屋の中。ホテルの一室に見える。わたしはテレビを視聴するように傍観している。

比較的若く見える長い黒髪のほっそりした日本人女性がオレンジや柿など、新鮮な果物を沢山詰めた袋をブラヴァツキー夫人から贈られる。

贈られた女性が長テーブルに置かれた小型の冷蔵庫の近くに果物を放置した。その間に果物はどんどん傷んでいき、女性にはその果物がだんだん負担に感じられ出す。

女性は後ろめたい気持ちになりながら、完全に腐ってしまった柿を他の生ゴミと一緒に捨ててしまう。

女性のいる部屋にブラヴァツキー夫人がいるのか別の場所にいるのかはわからないが、ブラヴァツキー夫人は不健康に老いて見え、まるで女性に捨てられた腐った柿そっくりの朽ちた老女、腐敗した臭気を漂わせるばかりの末期的病人に見える。

2016年1月31日
広壮な寄宿学校。西洋風の綺麗な建物。敷地も建物も巨大すぎて、わたしが知っているのは自分が過ごしているごく一部分である。

わたしは小学生で、広い廊下を走り回りながら、いじめっ子たちにたった1人で応酬している。いじめっ子たちはネズミのようにすばしっこく、陰険で、執拗だ。

場面が変わる。わたしは洗い場で、白地に赤い文字の広告入りタオルを洗っている。それで、窓ガラスを拭いていたようだ。

そこへ、ブラヴァツキー夫人が通りかかる。わたしがイメージしているブラヴァツキー夫人よりスリムで長身で(相当な長身)、若々しく、控えめな印象。黒っぽいスカート、肩に毛糸のショールをかけている。

ブラヴァツキー夫人が話しかけてくる。「一緒にいらっしゃい」と。わたしは困惑して咄嗟に「あ、いいえ」という。すると、ブラヴァツキー夫人は「そう。誘って、ごめんなさい」と答えて、去ろうとする。わたしは慌てて「待ってください。わたしは誘われると、とりあえず断ってしまう癖があるんです。一緒に行きます」という。

ブラヴァツキー夫人は優雅な身のこなしで、滑るように広大な廊下を歩いて行く。わたしはあとからついていくが、螺旋階段の踊り場からいじめっ子の1人がわたしを見つけて、意地悪そうな、したたかな顔つきをする。いじめっ子たちにブラヴァツキー夫人は気づいているのか、いないのかわからない。いずれにせよ、柳に風、と何事も気にしない風情だ。案の定、いじめっ子たちが距離を置いて集団でついてくる。

広大な廊下をかなり歩くと、教師たちが居住する区画に入った。何となく立派で厳粛な感じがする。廊下より数段高くなった奥まったフロアに、ホテルの部屋のような感じで教師たちの部屋が並んでいる。そのフロアの廊下も広大で、手前の部屋まで結構距離がある。

ブラヴァツキー夫人はその手前の部屋に入っていく。わたしも続いて入ると、目の前にロビー風の細長い空間があり、奥まったところに書斎机があって、そこに――遠すぎて顔はわからないが――長身の男性が座って何か書き物をしている風だ。わたしは何となく「偉い人」だと思う。ブラヴァツキー夫人はその人に「ただいま」とか何とか声をかけて、右側へと見えなくなった。

わたしはいじめっ子たちのことが気になっている。いっそさらしてしまえと思い、ドアのノブに飛びついて目一杯ドアを開けると、いじめっ子たちが転がり込んできた。

改めて彼らの顔をよく見ると、男子女子どちらもいて、10名ほど。白い肌に青っぽい目の子、灰色の目の子、黒っぽい肌に黒い目の子など、いろいろいる。子供にしては、むっちりと肉のついた横幅の広い子が多い。彼らには全く悪びれたところがなく、不貞不貞しい顔つきをしている。奥まったところにいる偉い人には気づかないのか、狭い部屋に見えているのか、もっと手前を見ているような目つきをし、見開いた目で前方を見据えている。

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2015年8月23日 (日)

夢で会えた、夫のおじいさん ②

 

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

 

当記事の参考文献を最初に紹介しアマゾンに一応リンクしておくが、全部中古しかない。

  • 死者Xから来た手紙―友よ、死を恐れるな
    エルザ バーカー(著), キャシー ハート(編集), 宮内 もと子(翻訳)
    出版社: 同朋舎出版(1996/03)
  • 神智学の鍵 (神智学叢書)
    H・P・ブラヴァツキー(著), 田中 恵美子(翻訳)
    出版社:神智学協会ニッポンロッジ(1994/03)
  • 実践的オカルティズム
    H・P・ブラヴァツキー(著), 田中 恵美子(翻訳) , ジェフ・クラーク(翻訳)
    出版社: 竜王文庫; 改訂2版 (1996/01)
  • 思いは生きている―想念形体 (神智学叢書)
    アニー・ベサント(著), チャールズ・ウエブスター・リードビーター(著), 田中 恵美子(翻訳)
    出版社: 竜王文庫(1994/02)

アウトラインはABCDEFGまで。順序は入れ替えたほうがいいかもしれない。

A 『死者Xから来た手紙―友よ、死を恐れるな』の紹介

 友人の女性に霊界通信を行ったのは、デイヴィッド・パターソン・ハッチ。判事をしていた関係で、ググると、ハッチ判事と出てくる。

 ハッチ判事は神秘主義に造詣の深い知的な人物だったようで、無知蒙昧な霊媒が受信するようなタイプの低級な霊界通信と誤解されるかもしれないことを予想し、何のための通信であるのかを説明している。受信者の同意を得、アドヴァイスしながら、通信を続けるといった風だ。

 53通の手紙。

 ウィキペディアによると、ハッチ判事が建てた館は、ロサンゼルスの歴史的・文化的モニュメントとなっているらしい。有名な人物であったようだ。哲学的、神秘主義的著作も多いとか。

Bibliographic details for "Smith Estate (Los Angeles)":Wikipedia
https://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Smith_Estate_(Los_Angeles)&oldid=650233992

 Wikimedia Commonsからハッチ判事のパブリック・ドメインの写真を借りよう。海外のサイトに若いころのハンサムな写真が載っていた(本当はこれを借りたい)。

引用1――死者X「あとがき」pp.248-249
 ハッチ判事に関する「ロサンジェルス・タイムズ」紙における物故者記事。

引用2――死者Xp.128 霊界から通信する動機。
 ハッチ判事の動機には、わたしが神秘主義的な記録を公開する動機と共通するものがある。

引用3――死者Xp.110元素の霊、p.219デーヴァチャンなど、神智学に言及している。
 p.219には「わたしは神智学というものをそれほど深く学んだわけではないので」ともあり、カロッサのように、興味を惹かれて読んだことがあるといった程度なのだろう。カロッサの過去記事にリンク。

 神智学の本を読んだことがあるという程度だったにも拘わらず、霊界にハッチ判事が行ってから、神智学の本に書かれていたことと符合することがあれこれ出てきたというわけだ。

「デヴァチャン」というチベット語を神智学用語に採り入れたのはブラヴァツキーで、ハッチ判事はそれを使っているから、ハッチ判事が読んだのは、ブラヴァツキー夫人を主な執筆者とした初期の神智学文献だろう。

 なぜなら、ブラヴァツキー夫人よりあとの神智学者は「デヴァチャン」ではなく、「メンタル界」という用語を使うようになったからだ。

ヘレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキー (Helena Petrovna Blavatsky)
1831年8月12日 – 1891年5月8日

デイヴィッド・パターソン・ハッチ(David Patterson Hatch)
1846年11月21日 – 1912年2月21日

 ハッチ判事が亡くなったのは、わたしの誕生日と同じ月と日。

B 死者Xの中で、わたしが地上に降りてくるときに抱きしめてきた記憶と符合する箇所

引用4――死者Xp.89 霊界の太陽と物質界のそれとの違い。わたしが記憶していたことと同じだ!

引用5――死者Xpp.81-82 
 わたしが、霊界の太陽の光と前世は修行者だったという記憶をなぜ物質界に持ち込めたかの謎を解く鍵となる説明がなされている。

引用6――神智学の鍵p.161 
 地上に降りてくる直前、これから自分が飛び込むことになる運命を知ってわたしは尻込みし、ほとほと嫌になったのをはっきりと記憶している。

 わたしなりの使命と宿題があり、それが十字架に思えたのだが、肝心の自分を待っている運命や使命、そして宿題がどんなものかは、産み落とされる時のショックで忘れてしまった。

 子供のころはその記憶が大きな部分を占めていたために、すがるように月に向かって「この灰色の暗い世界からどうか助け出してください!」と心の中で叫び、こっそり瞑想をするという子供時代だった(一方では、ごく普通の高い所にのぼるのが好きな子供だった)。

 こうしたわたしの体験を裏付けてくれるブラヴァツキー夫人の解説。

C ハッチ判事が霊界の人々から受けた印象

引用7――死者Xp.101、pp.57-58 

D デヴァチャンについて

引用8―死者Xp.217、p.226
 ハッチ判事が「デーヴァチャン」と神智学用語を使った箇所。

引用9――神智学の鍵「用語解説」 pp.40-41
 ブラヴァツキー夫人によるデヴァチャンの解説。

E 死者が出てくる夢について

引用10――死者Xp.67、

引用11――実践的オカルティズムp.225

F 地獄について引用12――死者Xpp.146ff.

 ハッチのいう地獄は、神智学でいうカーマ・ローカのことだろう。

 酒場の霊的光景や若者に憑依してお酒を味わうおぞましい霊の生々しい描写は、酒場や飲酒する人からわたしが受ける感じと符合する。

 この「おぞましい霊」の正体は、ブラヴァツキー夫人のいう、人間が死ぬと離れる本質のうちの真ん中の本質であるカーマ・ルーパ及びカーマ・ルーパが低級マナスから同化したもの(= カーマ・ルーパの幽霊)である。

引用13――思いは生きている「29図」pp.63-64

 わたしは、ブラヴァツキー夫人の著作と自身の神秘主義的な体験によって、次のことを知った。

 飲酒癖に限らず、依存による習慣は霊媒体質を招きやすく、また、そういう人は死後、この地上界に有害なカーマ・ルーパを残しやすい。

 義祖父の残した「カーマ・ルーパ(の幽霊)」という置き土産は夫の霊媒体質に引き付けられ、その悪しき影響力で、夫の人生には重荷が増えた。わたしは新婚時代義祖父の置き土産であったカーマ・ルーパを死後の義祖父自身と勘違いし、長年、カーマ・ルーパとの無意味な闘いをした。

 ブラヴァツキー夫人の説を参考にすれば、義祖父は低級本質が崩壊した後、高級三つ組がカーマ・ルーパから分離して、デヴァチャンーー天国的ーー状態に入り、眠っていた(デヴァチャン状態を楽しまず、眠っていたので、ある意味で成仏とはいえない状態にあった)。

 カーマ・ルーパに対するわたしの働きかけは、カーマ・ルーパに対しては無意味だったかもしれないが、眠っていた義祖父には届いていたのだろう。長い時間が経過した後、義祖父があの世(デヴァチャン)で目覚めた忘れがたい夢を見た。そのときが、義祖父がいわゆる成仏したときだったとわたしは見ている。

 ブラヴァツキーの『神智学の鍵』に無神論者の描写があって、彼が死んだあとで霊界で意識を回復せず、自分がいる霊界に気づかないまま、そこでの滞在を終える様子が描かれている。

 義祖父を成仏させるのに(デヴァチャンで目覚めさせるのに)34年かかった。お祓い、除霊などして一旦憑依した人から離れるのはカーマ・ルーパだろう。

 ブラヴァツキー夫人の解説によると、カーマ・ルーパは「霊媒の特異性のあるオーラの中に、幽霊は一種の代理的生命をもっており、霊媒の脳や居合わせる他の人達の脳を通して推理したり、話したりします」(H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子訳)『神智学の鍵』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1995改版、145頁)

 カーマ・ルーパには深く考える力がないので、一旦離れても、憑依された人の霊媒体質が改善されなければ、また戻ってくるかもしれない。あるいは他へ行くのかもしれない。

 義祖父の生前の嗜好を同化していたため、義祖父の置き土産であったカーマ・ルーパはお酒の匂いに惹き付けられる性癖を持っていた。夫が禁煙し、飲酒量を減らしたので、カーマ・ルーパは他へいったらしい。そのまましぼんで崩壊してくれればと思うが、新たな憑依先を見つけた可能性もある。呑兵衛はご用心!

 呑兵衛や他の依存症患者には、このカーマ・ルーパの幽霊がもれなく憑依しているのではないかとわたしは疑っている。

 わたしに説得されて成仏したわけではない。それはかつて義祖父の地上での生命を支えていた本質の一つだったが、高級三つ組の観点からすれば、脱ぎ捨てられた衣服のようなもので、当然ながらデヴァチャンには入れないのだ。ブラヴァツキー夫人は、使用済みとなって地上に残ったカーマ・ルーパがどうなるのか、前掲書『神智学の鍵』の用語解説「カーマ・ルーパ( Kāma-rūpa,梵)」(24-25頁)で、次のように解説している。

かつて人間であった時のかすかな写しであるこの影は、しばらくの間生き延びるが、その期間は影に残る物質性の要素によって異なり、それは故人の生き方が決定するのである。高級マナス,霊及び肉体感覚器官を奪われているので、この感覚のない殻のままで放置されていれば、それはしだいにしぼんで崩壊してしまう。(略)カーマ・ルーパが一たび生きている人間の体に帰る方法を覚えると、それは吸血鬼となり、それと一緒にいたいと望む人達の生気を奪って生きることになる。インドではこの影をピシャーチャと呼んで非常に恐れる。

G 古代ギリシア、霊界の図書館

引用14――死者Xp.129

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2015年8月18日 (火)

アクセス解析からわかる、当ブログに求められているもの。本日の体調と対策。

文学、歴史、神秘主義といった分野の検索でお見えになっている方々には、個人的な体調に関する残念な記事ばかりが続く。

が、一方では健康に関する検索でお見えになっている方々も少数ながらあるようだから、まあいいか。健康状態は人それぞれだろうから、参考になるかどうかはわからないけれど。

お盆の間、以下の記事に思いがけないアクセスがあった。

ノートをきちんとした記事にすると予告していたためか、その催促のような検索ワードとアクセスが複数あったのだ。お盆内に書けなくて申し訳ない。

こんな記事ばかり書いていると、よくて霊媒、悪くすると気違いに思われてしまうかもしれないという危惧がわたしにはあり、神秘主義的な記事はそれなりの自己犠牲を払って書いている。

体験も知識も少ない人間が、体験も知識も豊富……になりつつある一神秘主義者の真面目な記事をどう思おうが知ったことか。そう開き直っている近頃のわたしがいる。

「祐徳稲荷神社」「花山院萬子媛」という検索ワードではほぼ毎日、複数のアクセスがある。これはどういった方々なのか、わからない。わたしの小説の構想とは関係のないところで、たまたまお見えになるのかもしれない。

花山院萬子媛のことをもっと知りたいという方が含まれているのかもしれないと思うと、わたしの創作意欲は増す。

幸か不幸か、政治関係の記事へのアクセスは極めて少なく、当ブログに求められているものが何であるかがわかる。総合すると、何といっても、文学に関する記事へのアクセスが多いのだ。

リルケの詩は、著作権の問題がクローズアップされてきたころ、出典を明記しただけではまずいと思い、非公開としたが、今もお見えになる。リルケの小詩集『薔薇』を山崎栄治訳で読みたいという人は案外多いのかもしれない。

健康の話題に戻ると、現在の状況は、喘息対策としてフルタイドの吸入を増やし、不整脈対策として、不整脈を自覚したときにサンリズムを頓服として使用するか、食後の服用時に1錠追加するという対策をとっている。

これを書いている夕方の時点では体調がいい。

朝は一度起きたものの、体調がよくなく、また寝てしまい、次に起きたのが正午。その間、へんてこな夢を見ていた。以下は夢の内容。

クリニックで薬を処方して貰うところなのだが、処方していただくにはテストを受けなければならないという新方式が採用されることになったという。患者が無知ではいけないからだそうだ。

その問題というのが奇妙奇天烈で、薬の種類ごとに訳のわからない問題が並んでいる。どんな問題だったかはあまり覚えていないが、ある薬(インデラル?)の問題は薬の開発者の家族に関する歴史を長いレポートにせよ、というものだった。

わたしは古い新聞から必死になって関係のありそうな記事を切り取って集めている。が、うまくまとまらない。まとめるためには決定的な何かが不足しているのだ。

わたしは全問解けない、無理だと思っているうちに、薬を飲む時間になってしまう。いつもは優しい先生だから、お願いすれば、薬を出していただけるに違いないと思い、「先生、難しくて、どうしても解けません。薬を飲む時間になりました。処方箋を書いていただけないでしょうか」という。

そこはクリニックというより、美術館のような公共施設の一室のような部屋で、そこに作業用のテーブルがいくつか置かれている。

わたしは土下座までするのだが、先生はなんと、「嫌だよ、アッカンベー」といって、左側にある診察室(?)に引っ込まれる。

目覚めたとき、朝の薬も飲まないで寝てしまったせいか、軽い胸の圧迫感と動悸を覚えた。夢は、変な夢すぎて、どっと疲れた。

再度洗顔を済ませると、とりあえずバナナを食べて薬を服用。サンリズムは通常通り1錠。薬を服用後、2時間くらいして、期外収縮かと思われる不整脈が起きた。

この不整脈が曲者で、これが数回出たあと、数時間して大抵、心房細動と思われる不整脈が起きる。心房細動が起きると、生活の質が低下する。

ただ、今のところ咳が出ないので(わたしの場合、心房細動と、咳、冠攣縮性狭心症が連係しているかのような症状が出がち)、本当に調子がよくなりつつあるのかもしれない。長い記事を書いても何ともないのがその証拠かも。動悸も今は感じない。

夕食後の薬には念のためにサンリズムを追加しよう。

今日の夕飯のメインはカレイの煮付けの予定。冷凍しておいたカレイを使う。料理の写真も溜まってきた。あまり書かなくなったが、料理の記事にお見えになる方は結構ある。

過去記事「パンダの後ろ姿」が当ブログの隠れた人気もの。

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2015年7月21日 (火)

夢で会えた、夫のおじいさん  ①おじいさんと本物の家族になれた喜び

昨日、唐突に小説の構想が浮かび、それを書いても世に出られぬ身、書いてどうなるだろう、初の歴史小説もあるし……と思いながらも書き始め、徹夜してしまった。

若いころは、1~2時間の仮眠をとれば、3晩はいけた。今はだめで、朝になると、1時間だけと思いつつ、爆睡。

そして、何と本当に1時間で目が覚めた。「今日はママ、だめ。何も用意できないかもしれないから、早く起きて自分でやって」といって、早めに娘を起こした。

その娘は、まだシャワーを浴びていた。たっぷりとはいえなかったが、時間はまだあり、すばらしい幸福感に包まれていたお陰で、わたしは徹夜したにも関わらず、朝から元気いっぱい、目はぱっちり。

義祖父(夫の父方のおじいさん)の夢を見ていたのだった。わずか1時間の間に、とても長く感じる充実した夢だった。

夢の中で、わたしが義祖父を発見する。義祖父はずいぶん長い間、部屋の隅で寝ていたらしい。まるでミイラになったみたいに。

誰もそれに気づかず、義父母なんかは薄情にも死んだことにしてしまって、しかも、親を亡くしたことすら忘れ、思い出しもしなかったようだ。

しかし、発見者のわたしも、自分の見つけた老人が、夫の父方のおじいさんなのか、母方のおじいさんなのか、区別がなく、ただ、おじいさんだと思っていた。正体がわかるまでは、怖かった。

夢の中で、おじいさんと一緒にいるうちに、わたしはおじいさんのことを大好きになった。

夢であろうとなかろうと、あんなに優しい人をわたしは未だ知らない。目覚めてから夫に尋ねると、優しい人だったそうだ。前にも夫はそういったが、わたしには信じられなかった。

本来が優しかったところへ、成仏して菩薩のような優しさが加わっていたのだろう。

この世の人で、あれほど無条件に優しい人はいない、この世の人の過剰な優しさは欠落を感じさせるが、充実した、実りのような優しさだった(うまく表現できない)。

そして、現実には義祖父を写真で観て、義祖父が夫にも夫のおとうさん(舅)にも似ていないと思っていたのだが、夢で会った義祖父には舅を想わせるところと、夫を想わせるところがあり、自然の造形の妙に打たれた。

わたしは夢の中で夫と喧嘩して、義祖父の背中の後ろに隠れ、義祖父に甘えたりした。

「おじいさんがもっと早く目を覚ましてくれていたら、わたしは婚家でいじめられることも、夫と喧嘩することもなかったのに。おじいさん、おじいさん、大好き……」と、わたしは夢の中で、おじいさんにそういったようでもあり、思っていただけのようでもあった。

どうして、長くあんなところで眠っていたのだろう、とわたしは不思議だった。わたしの知らない親戚の人々――現実に会ったことのある夫の親戚の人々とは異なる、知らない人々――がいて、皆で何となく御祝いをしようとしていた。

わたしはただ、おじいさんの優しい雰囲気にうっとりとし、甘えていた。

結婚して34年になるが、新婚時代から、わたしはこの義祖父の成仏を願ってきた。成仏していないと確信していた。

想像の義祖父に反発したり、悪霊扱いしたり、妄想だろうか、とわが脳味噌を疑ったりしながら。

これが、わたしの今生の課題の一つだと感じていた。

おじいさんの夢は、雑念が作り出した条件反射的、生理的な夢ではなく、霊的な夢だと感じている。おじいさんは成仏したのだ。この世に囚われていたために、あの世の人としては昏睡状態にあったのだと思う。

自分の生きているうちに、義祖父を成仏させることに成功しなければ、わたしは自分が死ぬときに彼を連れて行くつもりだった。もし、それに失敗して、自分も成仏できなかったらと思うと、怖かった。そこまでつき合うつもりはないが、何せあの世の細かいことはもう一度死んでみなくてはわからない。

毎日ではないけれど、心の中で語りかけたり、あの世の魅力を語ったり、夫の嗜好に依存(憑依)しないよう、夫の依存体質を改善しようと、いろいろやってみたが、どうもおじいさんが成仏できたようには思えなかった。

義祖父が幸福でいるという感じが伝わってこなかった。

義祖父は酒好き、遊び好きな人であったという。映画や競輪が好きで、蛍狩りにも夫は連れて行って貰った。

あの世はもっと壮大な遊び場であることを、わたしは義祖父に心の中で説いた。死んだばかりの人のために、あの世にもお酒に似たものはあると思うと語りかけた。

孫を愛するあまり、心配してくれているのだとしたら、あの世からのほうがもっと効果的に見守れるはず、といって安心させようとした。

義祖父の成仏を確信できないまま、何年も経ったが、今日、確信した。

たぶん、義祖父は成仏した。おめでとう!

義祖父の夢を見たのは初めてだった。

まあ、全てがわたしの妄想と思っていただいたらよいと思う。本当にこれまでのわたしの努力は妄想の中で行われ、すばらしい夢もただの夢だったのかもしれないので。

ただ、わたしは神秘主義者で、神智学協会の会員でもある。きちんと書き残しておきたいと思うのだ。

またわたしは自称作家でもあるので、結末が決まらないまま、義祖父をモデルに小説を書き始めていた。執筆計画が充分でないまま書き始めたものなので、つまらない冒頭となっている。いずれ、書き直すつもり。

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