カテゴリー「評論・文学論」の295件の記事

2020年6月26日 (金)

坂口安吾ノート ① GHQ 御用作家だったのか? 対照的に、胸を打つ田中保善『泣き虫軍医物語』の記述。(27日朝に加筆)

萬子媛をモデルとした童話の執筆に入ろうか、というときに、坂口安吾全集を丹念に読み、小論を書くだけの時間がわたしにはない。

それで、いつものように、時間ができたときにノートだけでもとっていこうと思う。トラヴァースも放置状態。

『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 Kindle版
出版社: 坂口安吾全集・出版委員会; 1版 (2015/3/6)
ASIN: B00UDH9QY6

このKindle書籍を読んで、坂口安吾について見直しを迫られたことについては、前記事に次のように書いた。

先月、坂口安吾のエッセーをパソコン向けのKindleアプリ(Amazonのサイトから無料で入手できます)で読んでいたところ、大変ショッキングな文章に出くわしました。坂口安吾について再考を迫られる出来事でした。この男、こんなに頭が軽かったのかと失望しました。続いて織田作之助のエッセーを読み、これにも失望(この人、エッセーは書かない方がいい)。

太宰にはとっくに失望していましたが、安吾と織田作には一目置いていたのに。思想家であり作家であり、といった連中ではなかった、器用な小説家にすぎなかったと心底失望しました。勿論、彼らの小説に対する評価まで下がったわけではありません。ただ、この三羽ガラスの頭の中の頼りなさを考えるとき、日本文学が下り坂になったのも当然だったように思えました。

わたしにとって、ショッキングな文章は「もう軍備はいらない」に存在した。

 自分が国防のない国へ攻めこんだあげくに負けて無腰にされながら、今や国防と軍隊の必要を説き、どこかに攻めこんでくる兇悪犯人が居るような云い方はヨタモンのチンピラどもの言いぐさに似てるな。ブタ箱から出てきた足でさッそくドスをのむ 奴の云いぐさだ。
 冷い戦争という地球をおおう妖雲をとりのぞけば、軍備を背負った日本の姿は殺人強盗的であろう。

坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.97732-97736). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.

 高い工業技術とか優秀な製品というものは、その技能を身につけた人間を盗まぬ限りは盗むわけにはゆかない。そしてそれが特定の少数の人に属するものではなく国民 全部に行きたわっている場合には盗みようがない。
 美しい芸術を創ったり、うまい 食べ物を造ったり、便利な生活を考案したりして、またそれを味うことが行きわたっ ているような生活自体を誰も盗むことができないだろう。すくなくとも、その国が 自ら戦争さえしなければ、それがこわされる筈はあるまい。

坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.97761-97765). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.

人に無理強いされた憲法だと云うが、拙者は戦争はいたしません、というのはこの 一条に限って全く世界一の憲法さ。戦争はキ印かバカがするものにきまっているのだ。
坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.97806-97808). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.

坂口安吾の文庫本を大学時代に買い漁った記憶があるが、このエッセーは初めて読んだ。

連合国軍最高司令官総司令部 GHQ の民政局は、占領政策の中心的役割を果たした。ここは左翼の巣窟だったといわれる。

WGIP(戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画)が占領政策の一環として行われたそうだから、戦後生まれの人間がこのようなことを書くのであれば、不思議ではない。

しかし、安吾は明治39年(1906)に生まれ、昭和30年(1955)に死去した、明治生まれの人間である。明治期から日本を見てきた作家でありながら、ここまでバランスを欠いた見方をする人間というのは、珍しい気がする。

そう思うのは、わたしに比較対象ができたからで、その対象とは過去記事でいくらか内容を紹介した田中保善『泣き虫軍医物語』(毎日新聞社、1980)である。

田中保善『泣き虫軍医物語』に見る第二次大戦の諸相 ①映画「タイタニック」ばりの脱出劇と醤油樽
https://elder.tea-nifty.com/blog/2019/11/post-b53bf2.html

田中保善氏も明治生まれの人間で、明治42年(1909)のお生まれなのだ。安吾と 3 歳しか違わない。両者の戦争観のこの違いは何だろう? まるで、別の戦争であったかのようだ。

尤も、安吾は出征していない。エッセー「魔の退屈」には徴用令・出頭命令体験について、次のように述べられている。

戦争中、私ぐらゐだらしのない男はめつたになかつたと思ふ。今度はくるか、今度は、 と赤い紙キレを覚悟してゐたが、たうとうそれも来ず、徴用令も出頭命令といふのはきたけれども、二三たづねられただけで、外の人達に比べると驚くほどあつさりと、おまけに「 どうも 御苦労様でした」と馬鹿丁寧に送りだされて終りであつ た。私は戦争中は天命にまかせて何でも勝手にしろ、俺は知らんといふ主義であつたから、徴用出頭命令といふ時も勝手にするがいゝや何でも先様の仰有る通りに、といふアッサリし た考へで、身体の悪い者はこつちへと言はれた時に丈夫さうな奴までが半分ぐらゐそつちへ行つたが、私はさういふジタバタはしなかつ た。
坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.84219-84226). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.

ウィキペディア「坂口安吾」には「1944年(昭和19年)- 38歳。(略)徴兵逃れの目的で日本映画社の嘱託社員になる。」(「坂口安吾」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2020年6月23日 06:39 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org)とあるが、この文章のソースがわからないので、確認できていない。

ウィキのこの記述が本当だとすれば、安吾は嘘つきである。一方、田中氏は何のけれん味もなく、赤紙(召集令状)、身体検査について記述している。

緒戦華々しかった太平洋戦争もこの年になると、太平洋の島々は次々と連合軍に占領されて戦局は重大化し、開業医も次から次と召集されていった。丙種合格の国民兵の医者は、招集されたら衛生兵にされるが、軍医予備員を志願して教育を受けておけば、招集時には軍医として入隊できるというので、私をはじめ国民兵の医者は揃って軍医予備員を志願した。(田中,1980,p.8)

田中氏は身体検査での不合格を願っていた。それで事前に仕入れた情報に従って受け答えをするが、それが裏目に出て合格してしまう。

というのも、田中氏には18歳のときに罹患した多発性神経炎の後遺症があり、手足に振顫があった。検査のとき、両手を揃えて前に伸ばしたら、振顫が止まらなかった。試験管に「静脈注射ができますか」と訊かれ、そのときに「できます」と答えなければ、不合格になっていた可能性が高かった。

田中氏が、心の奥では不合格を希望しながら口では注射でも何でもできますと言ったのは、試験管の心証をよくして不合格になる作戦をとったからなのだ。後で、田中氏は医者と医者との間柄で不要な粉飾や虚勢を行ったことを反省している。

出征に当たり、地元の地区一同約 70 戸総出で武運長久の祈願祭を祐徳稲荷神社でいとなんでくれ、帰りには地区有志による送別会が開かれた。

田中氏の妻は接待に忙しく、目が離れた隙に、4 歳になる長女が勝手にご馳走を食べて疫痢になり、生死不明の重態に陥ってしまう。自分で治療してやる時間のない田中氏は長女をすぐに入院させ、後ろ髪を引かれる思いで、町主催の壮行会に出席した。その下りは次のように描かれている。

 駅には既に沢山の見送りの人達が集まっていた。親類、先輩、後輩、友人、医師会、町の有志の方々、私が校医をしていた能古見村国民学校児童 3 年生以上と能古見村青年学校生徒並びに先生方全員、鹿島駅内外にあふれんばかりである。その日はひじょうに暑かったが、国民学校の児童は皆素足であった。大地は土埃が立ち、焼ける程暑く、児童達は両足を揃えて立っておられずに、交互に足踏みをしていた。(略)
 〽我が大君に召されたる
   生命はえある朝ぼらけ……
 児童達が日の丸を振り振り無心に歌う。一般の見送りの人も同調して合唱は波のごとく広がり、駅の内外を包んだ。姉のテイ子の目に涙があふれ出した。私の家族の目にも涙が光っている。瀕死の愛児を残して心は後に引かれながら不平も言えず、“大君に召されていく” 私の気持ちを察して、私を可哀想と思って涙が出てきたのであろう。私も感極まって涙があふれてきた。出征兵士が出発にあたり泣き出すような女々しいことは男の恥である。泣くまいと思っても涙は止まらず、私は直立不動の姿勢で流れる涙をふきもせず、列車のデッキに立っていた。(田中,1980,pp.9-10)

前途多難な出征が予想される記述である(幸い長女は助かる)。そして、見送る側からも、見送られる側からも、温かく繊細な情感が伝わってくるではないか。

実際に、戦地での――否、戦地に向かう途中から既に――田中氏は一難去ってまた一難の連続であり、生還は奇跡的であった。そのような中にあっても、田中氏の率直で素直な感情の発露や細かな観察眼は衰えない。戦地での連合軍との戦いの合間にあったのは、とにかく「生活」であり、その生活スタイルが大きく崩れていなかったことに驚かされる。

不足する食糧や物品の調達にも、現地の人に対しては軍票での支払いや物々交換が貫かれていた。兵隊たちに餓死者も出ているような状況であるのに、である。日本が負けたことで、軍票はただの紙切れになってしまうが、無価値になった軍票でバナナを買ってくれと追いかけてきた現地人がいた。

この現地人たちはケニンゴウで山崎知事の下で働き、人間的に平等に待遇され、感激して、敗戦後もその恩を忘れず、なんとかして日本人に恩返しをしようと思っているのであった。(田中,1980,p.197)

また、意外だったのは、戦争末期の過酷な戦地ボルネオにあっても、危険地帯と安全地帯が存在したということである。安全地帯は、連合軍の侵攻によって、反日ゲリラの夜襲、また気象などによって、変化する。

餓死の多くは単独で訪れたのではなく、マラリアが先にやってきている。それがどのような訪れかたであったか、典型例と思われるものを引用する。

移動を開始した各部隊は、スコールのため出現した地図にない沼を腰まで没して渡ったり、密林中道なき所をさまよい、マラリアに冒され、発熱し衰弱して歩けなくなり、落伍して食糧がなくなり餓死する兵隊も続出した。(田中,1980,p.165)

そして、戦地での敗戦後の困難。敗戦ゆえの困難は大きかった。敵に降伏に行く惨めな行軍にも物資は必要であるのに、けわしい山道で頼りになる水牛は連合軍の告知により、使用できなくなった。

俘虜後の収容所での飢餓感から、交換物資もなくなった日本兵による食糧品の窃盗事件が頻発するようになる。監視の豪州兵に発見されると、体刑として石切り場のメンパクトに送られた。そこでの重労働のため、メンパクトは死を意味した。何とか別の刑をと嘆願し、道端に土下座して通行人に一日中頭を下げることを実行することで刑の執行を免除して貰う。

灼熱の太陽に照らされながら、缶詰を盗んだ兵隊は「私は盗みをしました。今後絶対にしませんからお許しください」と謝罪の叩頭を続けた。

戦争映画などではよく、日本人を馬鹿にするかのように、昭和天皇による玉音放送にあった一節「耐へ難きを耐へ、忍び難きを忍び」が流される。しかし、重要な玉音放送全文が紹介されることはない。

玉音放送には、「先にアメリカ・イギリスの2国に宣戦したのも、まさに日本の自立と東アジア諸国の安定とを心から願ってのことであり、他国の主権を排除して領土を侵すようなことは、もとより私の本意ではない」(「玉音放送」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2020年6月25日 13:07 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org))という宣戦の動機について語られた箇所があり、その内容を日本人に知られたくない人々が日本に存在し続けているからだろう。

「耐へ難きを耐へ、忍び難きを忍び」の一節が、叩頭を続ける兵隊への励ましの言葉として出てくる。

津山兵長は監視兵の眼を盗んで土下座した兵に近づき、「頑張れ、頑張れ、我々は生き抜いて日本へ帰るんだ。ここで挫けては駄目だ。作業終了時刻まで頑張るんだ。耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、我々は共に生きて祖国日本へ帰るんだ」と熱心に激励し続けていた。(田中,1980,pp.212-213)

戦争物はあまりにも一面的な描かれかたをしているように思う。それを後押ししたのは、残念ながら坂口安吾のような作家たちであったのではないだろうか。

エッセー「特攻隊に告ぐ」の次のような箇所など読んで、そのように思わずにはいられない。

私はだいたい、戦法としても特攻隊というものが好きであった。人は特攻隊を残酷だ というが、残酷なのは戦争自体で、戦争となった以上はあらゆる智能方策を傾けて戦う以外に仕方がない。特攻隊よりも遥にみじめに、あの平野、あの海辺、あのジャングル に、まるで泥人形のようにバタバタ死んだ何百万の兵隊があるのだ。戦争は呪うべし、 憎むべし。再び犯すべからず。その戦争の中で、然し、特攻隊はともかく可憐な花であったと私は思う。
坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.57663-57670). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.

私は文学者であり、生れついての懐疑家であり、人間を人性を死に至るまで疑いつづける者であるが、然し、特攻隊員の心情だけは疑らぬ方がいいと思っている。なぜなら、 疑ったところで、 タカが知れており、分りきっているからだ。要するに、死にたくない本能との格闘、それだけのことだ。疑るな。そッとしておけ。そして、卑怯だの女々しいだの、又はあべこべに人間的であったなどと言うなかれ。
坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.57678-57683). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.

ここまで特攻隊を馬鹿にした文章を、安吾が書いていたとは知らなかった。田中氏の戦地――ジャングル――体験記録を読む限り、安吾が書くような「泥人形」のように死んでいった人間など、1 人もいない。何て失礼極まる、無責任な書きかたであることか!

| | コメント (0)

2020年5月 4日 (月)

第36回織田作之助青春賞 受賞作(丸井常春)『檻の中の城』を読んで。コロナ禍で人気の名作2編『ペスト』。

亀感想だが、自分のための覚え書きとして、簡単に感想をメモしておきたいと思う。

先に、第26回三田文学賞新人賞 受賞作(小森隆司)『手に手の者に幸あらん』を読んだ。

『手に手の者に幸あらん』は、純文学界でずっと流行が続いている作風で、南の国で行方不明になった熱帯植物研究会の副会長を務めている妻を探しに冒険の旅に出かけた男性を主人公とする冒険ファンタジー小説。

完全な空想小説でも、冒険小説でもない、曖昧な……ああ、またこの手の小説か、と思いたくなる作風だ。織田作之助青春賞とは異なり、応募者の年齢に幅のある三田文学新人賞。受賞者は応募時60歳とあり、年齢にふさわしい手練れの文章家である。

しかし、この作風ではその文章力がもったいない。純文学の書き手なら挑戦すべき内的探究をお預けにしたまま、ファンタジーに逃げているのが感じられるからだ。

純文学界に居座った集団マンネリズム。集団エゴイズムというべきかもしれない。それに忠実な作風で選考委員を安心させる者が仲間に加えられることが繰り返されてきた、純文学界の荒廃。仲間内で利益を分かち合うための巧妙な仕組み。

いつまでこれが続くのだろうか、許されるのだろうか? それに対する抵抗感よりも最近ではこの成り行きを見定めたい思いのほうが強くなった。

読者を内省の深みへと誘う小説と暇つぶしにしかならない小説とでは、月と鼈、生死を一つにする瞑想的読書と生死を分離させる単なる娯楽的読書との違いがある。

神秘主義者としていわせて貰えるなら、前者は後者に比べて、死後に味わえる世界が桁違いに違ってくるのだ、といいたい。なぜなら死後の世界とは、ある意味で、内的世界そのものだからである。

冒険小説といえば、イギリスの作家ダニエル・デュフォー(Daniel Defoe,1660 - 1731)の『ロビンソン・クールソー』には、子供のころ、夢中になった。

何回読み返したか、わからないほど。手に汗握るスリリングな場面は勿論好きだったが、子供のわたしに印象的だったのは、主人公が海亀の卵を料理して食べる場面だった。とてつもなく美味しそうで、食いしん坊のわたしはその場面を涎を垂らさんばかりにして読んだ。

横道に逸れるが、そのダニエル・デュフォーに『ペスト』という作品があるとは知らなかった。

清教徒革命を経て王政復古後のロンドンで1665年に流行し(en:Great Plague of London)、およそ7万人が亡くなった。1666年に大火(ロンドン大火)が起こり全市が焦土と化したことでノミやネズミがいなくなり流行は終息した。(後にダニエル・デフォーは『疫病の年』(A Journal of the Plague Year、1722年刊)という小説で当時の状況を克明に描いた)。
「ペスト」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2020年4月30日 10:51 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org

ペストがロンドンで流行った年、デュフォーは5歳だから、丹念な取材と調査を基に書かれたのだろう。この小説がコロナ禍のわが国で人気だそうで、大層面白いらしい。

ペスト (中公文庫)
ダニエル デフォー (著), Daniel Defoe (原著), 平井 正穂 (翻訳)
出版社: 中央公論新社; 改版 (2009/7/25)

Kindle版の無料サンプルをダウンロードして読むと、畳みかけるような事実の報告と感じさせられる筆致に迫力があり、確かに面白そうだ。文庫本でも出ており、読みたい。

同じタイトルの小説に、フランスのノーベル文学賞作家アルベール・カミュ(Albert Camus,1913 - 1960)の『ペスト』がある。これを大学時代に読んだわたしがコロナ禍で思い出したのは、こちらの『ペスト』である。ペストのためにロックダウンされたオランの町が描かれている。

ペスト (新潮文庫)
カミュ (著), 宮崎 嶺雄 (翻訳)
出版社: 新潮社; 改版 (1969/10/30)

今回のコロナ禍でわたしが何よりも驚いたのは、日本人がかくも外向的な国民になってしまっているということだった。この国の人々は、以前はもっと内省的なところがあったのではなかったか。楽しみも喜びも、外部に求めることしか知らない、外部依存症ともいうべき状態に陥っているのではないか。

引きこもりはその裏返しともいえよう。

前述したように、読書習慣があったとしても、娯楽的読書に慣らされた人々にとっての読書体験は内的自己と深く関わることのないま終わってしまうため、外部依存症が強まるにすぎないのだ。

詰まるところ、この国の多くの人々が、自己の内面を見つめる習慣を終ぞ持たないまま死んでいくのだろう。

もしそうだとしたら、それは文学の責任といえる。衰えた宗教哲学のせいともいえよう。神秘主義者であり、世に知られることのない物書きの一人として、痴呆的になったこの国の前途をわたしは今、深く憂慮する。

カミュの『ペスト』は象徴性を宿したリアリズム小説といわれるが、デュフォーの『ペスト』と比較すると観念的といえる。だが、カミュの人間社会を見つめる目は鋭く、そこにカミュのリアリストとしての側面が感じられる。

256pxalbert_camus_gagnant_de_prix_nobel_

アルベール・カミュ(1957),出典:ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

戦後、欧米の影響を強く受けた日本国民の姿は、カミュの描いたオラン市の人々に似ている。小説は次のように始まる。

ある町を知るのに手頃な一つの方法は、人々がそこでいかに働き、いかに愛し、いかに死ぬかを調べることである。われわれのこの小さな町では、風土の作用か、それがすべていっしょくたに、みんな同一の熱狂的でしかもうつろな調子で行われる。という意味は、人々はたいくつしており、そして習慣を身につけることにこれ努めているのである。(略)たしかに、人々が朝から晩まで働き、さてそれから、生きるために残された時間を、みずから選んでカルタに、カフェに、またおしゃべりに空費する光景ほど、こんにち、自然なものはない。しかし、人々がときおりはまた別なものの存在をそれとなく感じてもいるような、町や国もある。一般には、それが彼らの生活を変えはしない。ただ、それにしても感じることは感じたのであり、つねにそれだけの収穫にはなっている。オランはこれに反して、明らかにそんな感知など存在しない町、換言すればまったく近代的な町である。したがって、この町で人々が愛し合う、その愛し方を明確に描くことはかならずしも必要でない。男たちと女たちは、愛欲の営みと称せられるもののなかで急速に食い尽くし合うか、さもなければ二人同士のながい習慣のなかにはまりこむかである。(カミュ,宮崎訳,1969,pp.6-7)

長い脱線になった。

第36回織田作之助青春賞 受賞作(丸井常春)『檻の中の城』では、熊本地震がモチーフとなっている。

熊本地震(くまもとじしん)は、2016年(平成28年)4月14日(木)21時26分以降に熊本県と大分県で相次いで発生した地震。
気象庁震度階級では最も大きい震度7を観測する地震が4月14日夜(前記時刻)および4月16日未明に発生したほか、最大震度が6強の地震が2回、6弱の地震が3回発生している。日本国内の震度7の観測事例としては、4例目(九州地方では初)および5例目に当たり、一連の地震活動において、現在の気象庁震度階級が制定されてから初めて震度7が2回観測された。また、熊本県益城町で観測された揺れの大きさは計測震度6.7で、東北地方太平洋沖地震の時に宮城県栗原市で観測された揺れ(計測震度6.6)を上回り、国内観測史上最大となった。また、一連の地震回数(M3.5以上)は内陸型地震では1995年以降で最多となっている。

「熊本地震 (2016年)」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2020年4月16日 11:35 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org

このとき、隣県に暮らすわたしのところも長期間揺れた。娘とわたしは寝室に寝るのが怖くて、すぐに逃げ出せるように玄関前の廊下に寝具を持ち込み、そこで2週間ほどだったか、寝ていた。

その後、熊本市に住む友達と会ったとき、マンションに入った亀裂の話を聞き、熊本城の写真を見せて貰った。熊本城の被災に対する彼女のショックは伝わってきたが、痛ましいお城の写真を目にしても、どこか他人事としてしか受け止められないことがもどかしかった。

『檻の中の城』にも被災した熊本城が登場する。

かつて緻密に並んでいたはずの石は崩れ落ち、意味を持たない塊[かたまり]となって散乱している。構造物という概念は失われ、まるで柄のないジグソーパズルのようだった。月明かりが瓦に鈍く反射して露呈した土塊[つちくれ]が輝く。そんな光景を包みこむように、春夜[しゅんや]の風が吹き抜ける。(三田文學2020年冬季号 №140,第36回織田作之助青春賞,196頁)

友人の見せてくれた写真よりも、この描写のほうが崩れた熊本城の雰囲気を伝えてくれる。冷たい石や土塊に触れ、それらの匂いを嗅いだような錯覚を覚えた。

作者はこのようなしっかりした文章が書けるのに、しばしば、稚拙な文章になる。冒頭でもそうで、読むのを止めようかと思ったほどだった。

ばあちゃんが、マンションの駐車場に集まる鳩に、パンくずをやっていた。その姿を見てホッとした。とても久しぶりの光景だったから。(三田文學2020年冬季号 №140,第36回織田作之助青春賞,193頁)

語り手の「タカ君」は小学生かと思っていたら、男子高校生なのである。そして、タカの祖母は「直角に曲がった腰」をし、「歯のない口」をしている。

老婆はこんなものだろうという既成の見方で設定された登場人物にしか思えないのは、熊本城に対するような独自の見方が欠落しているからだろう。

話もわかりづらく、短い小説ではそれは致命的である。

離婚している両親。タカは商社マンの父と暮らしていたが、小学二年生のときに父がアフリカのどこかに転勤になった。父は熊本の実家に息子を預け、ホームヘルパーを送り込んできた。

タカはヘルパーに対して、「祖父母に育てられた僕にとっては、キヨさんがお母さんみたいなもの」との思いを抱いているらしく、ガタイのよいキヨさんに違和感を抱くこともなかった。

しかし、キヨさんは実は男性であり、よくありがちなジェンダーの悩みを抱えてもいる。熊本城に過度に執着する祖母は、認知症の初期が疑われる状態にある。

熊本地震(熊本城)、ジェンダー問題、認知症といった今日的な材料を使って、作者がよくできた短編小説を書こうと頑張っているのが見てとれるわ、文章はしばしば稚拙になるわ、となると、うんざりしてしまう。

それでも読むのを止めなかったのは、4頁目に出てくる熊本城の描写に惹かれたからだろう。

そして、我慢して読んでいると、なぜタカが祖母ではなく男性であるキヨさんを母のように慕うのか、説得力があると思える場面に出くわした。

キヨさんは、濃やかな心配りをする人物として描かれている。それは気分的なものではなく、多分にプロフェッショナルな意識から来ている。タカの心情を汲み取る術に長けるキヨさんは、祖母のことでも優れた処理能力を発揮して彼の心配を和らげてみせる。

ヘルパーの中で一番優秀な人物を寄越させたのは、父だった。つまり、タカにとって冷淡に見えていた父がそうではないことがわかるようなストーリー展開となっている。

祖母は認知症の初期という要素があったとしても、あまりに地味で生彩を欠いている。それが祖母を差し置いて、キヨさんを母代わりとして立てるための作者の工夫なのか、単に描写力がないだけなのか、わたしにはわからない。

失恋したキヨさん、認知症の疑われる祖母、祖母の病気が気が気でないタカ。

それぞれに傷ついている三人は、熊本城が修復される様子をベランダから眺める。熊本城はこれまでに何度も壊れてきたのだが、その度に長い年月をかけて直してきたのだと祖母は二人に話して聞かせる。読者に希望を印象づける終わり方となっている。

モチーフにもテーマにも目新しいものは何もないのだが、作者が純文学界の集団マンネリズムに感染していないことが感じられた。それだけでも貴重であり、文体やストーリーの不安定さ、危うさが、逆に成長への期待を抱かせもする。

コロナ禍にあって、ほのかな希望の灯をともしてくれた作者に、文学愛好者の一人として感謝したい。

| | コメント (0)

2019年10月15日 (火)

軌道修正したらしいノーベル文学賞。2018年オルガ・トカルテュク(ポーランド)、2019年ペーター・ハントケ(オーストリア)。

2016年、ノーベル文学賞はシンガーソングライターのボブ・ディラン(アメリカ合衆国)が受賞した。翌2017年もノーベル文学賞は迷走を続けて、純粋な芸術性を目的として創作される純文学の作家ではなく、一般大衆を対象とした娯楽的要素の強い大衆文学の作家として人気の高いカズオ・イシグロ(イギリス)が受賞した。

何しろ、従来とは異なるジャンルへの授与が2年続いたのだから、個々の作品に対する評価は別として、これまでのノーベル文学賞とはいえなかった。

そして、昨年2018年はノーベル文学賞の選考機関スウェーデン・アカデミーに問題が起き、選考・発表が見送られた。もうノーベル文学賞は終わった……とわたしは思い、拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」で以下のエッセーを公開した。

64 2016年に実質的終焉を告げたノーベル文学賞
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2016/10/16/191359

75 ノーベル文学賞の変節、及び古代アレクサンドリアにおけるミューズ
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2017/10/08/150033

だから、今年のノーベル文学賞の発表のことはすっかり忘れていて、ツイッターでそのニュースが流れてきたとき、もうその時期なのかとびっくりした。

2018年 オルガ・トカルテュク(ポーランド)
2019年 ペーター・ハントケ(オーストリア)

以上のような結果だった。

ペーター・ハントケという名には記憶があった。

ペーター・ハントケ(Peter Handke, 1942年12月6日 - )はオーストリア出身の現代作家。小説、戯曲、詩から放送劇、フランス文学の翻訳まで幅広く活動。現在フランスのシャヴィーユ在住。(……)
孤児が言葉を知ることによって社会にとらわれていく様を幾つもの断章を用いて描いた戯曲『カスパー』(1967年)や、殺人者が次第に言葉や社会とのつながりを失っていく小説『ペナルティキックを受けるゴールキーパーの不安』(1970年)など、当初は社会に溶け込めない個人を主題とした実験的なものが多かったが、70年代から80年代から次第に肯定的、総合的な作風へ移行して行き、前年の母親の自殺を扱った『幸せではないが、もういい』(1972年)や、『ゆるやかな帰郷』(1979年)、母方の祖父の故郷スロヴェニアを旅する『反復』(1986年)といった自伝的な作品も手がけるようになった。またヴィム・ヴェンダースと組んでの映画製作が知られており、自作が原作の『ゴールキーパーの不安』(映画は1971年)『まわり道』(同1974年)や『ベルリン・天使の詩』で脚本を書いている。
「ペーター・ハントケ」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2019年10月10日 14:53 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org

映画『ベルリン・天使の詩』で脚本を手がけた人物だという。わたしは観ていないが、映画雑誌「スクリーン」だったか、「ロードショー」だったかで採り上げられていたのを覚えている。

オルガ・トカルチュク(ポーランド語: Olga Nawoja Tokarczuk[ɔlga tɔˈkart͡ʂuk] , 1962年1月29日 - )はポーランドの小説家、エッセイスト。スレフフ出身。
ワルシャワ大学で心理学を専攻。1993年にデビュー。文学専門の出版社「ruta」を設立し、2003年以降は執筆に専念する。2008年にポーランド文学最高峰のニケ賞を受賞し、現代ポーランドを代表する作家として注目されるようになった。『逃亡派』で2018年ブッカー国際賞受賞。
「オルガ・トカルチュク」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2019年10月10日 14:48 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org

オルガ・トカルチュクの作品も未読だった。行きつけの図書館にあったのは、オルガ・トカルチュクは次の2冊。

昼の家、夜の家 (エクス・リブリス)
オルガ トカルチュク (著), 小椋 彩 (翻訳)
出版社: 白水社 (2010/10/19)

逃亡派 (EXLIBRIS)
オルガ トカルチュク (著), 小椋 彩 (翻訳)
出版社: 白水社 (2014/2/25)

ペーター・ハントケは次の4冊。

左ききの女 (新しいドイツの文学シリーズ)
ペーター ハントケ (著), 池田 香代子 (翻訳)
出版社: 同学社 (1989/11/1)

反復
ペーター・ハントケ (著), 阿部 卓也 (翻訳)
出版社: 同学社 (1995/1/1)

空爆下のユーゴスラビアで―涙の下から問いかける (『新しいドイツの文学』シリーズ)
ペーター ハントケ (著), Peter Handke (原著), 元吉 瑞枝 (翻訳)
出版社: 同学社 (2001/07)

ドン・フアン(本人が語る)
ペーター ハントケ (著), 阿部 卓也 (翻訳), 宗宮 朋子 (翻訳)
出版社: 三修社 (2011/10/21)

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+

オルガ・トカルチュクの『昼の家、夜の家』について、訳者あとがきには「本書を構成する111の挿話は、主人公の日常生活、日記、伝説、聖人伝、料理のレシピ、隣人のうわさ話など、それぞれが独立したものでありながら、互いがゆるやかに連関している」(小椋彩、P.378)と解説されている。

独立したものを、なぜバラバラの断章にしてパラレルな形式にするのかわからない。連載物を掲載した雑誌を発行された順に綴じたような、不親切な体裁なのだ。

例えば、パトハリス修道士の物語はまとまって読むほうがわかりやすいだろうに、キノコのレシピや日記などの間に挟まれている。

わたしには必然性が感じられず、全体としてまとまりのない、統一されない内容のものを、統一感のある、意味のある集積に見せかけるためのまやかしの手法に思えた。

出典も、わざとわからなくしているのだとしか思えない。これも、作者がコレクションした文章の寄せ集めをオリジナル性の高いものに見せかけるための誤魔化しではないだろうか。

引用箇所や参考文献がどことわかるように明記してあれば、作者の改変や潤色がどの程度加わっているのか、いないのか、その引用や参考の仕方が適切なのかどうかを調べることができるのだが、それができず、わが国で流行っているパクリと見分けのつかない、フランス語で誤魔化した「オマージュ」という怪しい手法を連想して、わたしは苛立ってしまう。

というのも、「家」をモチーフとしたカリール・ジブラーンの詩の一部は、トカルチュクの小説の扉に置かれているときとジブラーンの詩の中に置かれているときとでは、別物としか思えないからだ。異なる観点から「家」というモチーフが使われ、「家」は異なる意味合いを持っているということである。

また、例えば、『逃亡派』に出てくる「ショパンの心臓」の話は実話だが、作者の解剖学趣味とショパンの心臓の話は全く意味合いの異なるもので、この作品の中に目玉商品のように置かれるのは、わたしの感覚からすれば、ショパンに対する冒涜でしかない。

作品から見る限り、トカルチュクは自然科学的というよりは即物的で、決して宗教的でも、神秘主義的でもない。ご都合主義な、ごたまぜのスピリチュアル風俗に生きる人なのだ。

わたしがトカルチュクの作品に神経質になってしまうのは、ジェイムズ・ジョイスの恣意的な手法を連想してしまうからで、その手法に対する不審感を拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」で書いた。

96 ジェイムズ・ジョイス (1)『ユリシーズ』に描かれた、ブラヴァツキー夫人を含む神智学関係者5名
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2019/06/02/004130

97 ジェイムズ・ジョイス (2)評伝にみるジョイスのキリスト教色、また作品の問題点 
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2019/06/18/200850

オルガ・トカルチュクの作品を読み込んでいる時間的ゆとりがないので、ジョイスの手法に似て見えるという点だけ、指摘しておきたい。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+

ぺーター・ハントケの作品は、池田香代子訳で、『左ききの女』(同学社、1989)を読んだところだ。読み始めると先が気になって、一気読みした。

絶対音感という音楽用語があるけれど、これは絶対情感の世界とでもいうべきか、よくも悪くも夾雑物が一切ないクリアな世界である。邦訳文はそれを的確に感じとらせてくれ、読みやすい。

孤独がテーマなのだろう。

※以下、ネタバレあり。これからハントケの小説をお読みになるかたは、ここまでになさってくださいますように。

女主人公マリアンネには子供が一人いて、彼女は夫ブルーノに別居したい旨を告げる。

小説だが、映像的で、ほぼ会話と描写から成立しており、ハントケが脚本家でもあるという肩書きはなるほどと思わせられる。

女主人公の孤独だけでなく、登場人物全員の孤独が捉えられている。客観的視点を持ちながら、作者は自身を登場人物全員に重ねている。

別居した夫が、腹立ちまぎれにマリアンネにいう。

君はどんどん年をとっていく。たいしたことじゃないわ、とかなんとかいいながら。そしてある日首を吊るんだ。墓に入っても、君の生きざまにお似合いの下品な臭いをぷんぷんさせる。その日まで、君はどうやって過ごすんだ? おおかた、ぼけっと坐りこんで爪でも噛んでるのが落ちだ。そうだろ?(ハントケ,池田訳,1989,pp.82-83)

ハントケの母親は1971年に自殺しており、このことを扱ったという『幸せではないが、もういい』が出たのは、翌1972年のことだった。『左ききの女』が出たのは1976年である。

女性の孤独を濃密に扱ったこの作品にも、母親のことが投影されているのではないだろうか。図書館にペーター・ハントケ(元吉瑞枝訳)『幸せではないが、もういい』(同学社、2002)がなくて残念だ。

作者の視点は小説に登場する子供の視点と重なりながらマリアンネを観察し分析し、彼女の輪郭を顕微鏡にかけるかのように外側から克明に描写する。

マリアンネがおかしくなりそうなクライマックスで、彼女の父親が登場し、よい味を出す。父親は往年の流行作家で、今は雑文書きとなっている。この父親に娘のマリアンネは似ており、彼は娘の指標となりうる人物なのだ。

父親の登場で、マリアンネは救われたといっていいだろう。

作者ハントケは無力な子供シュテファンとしてマリアンネを見つめる一方では、滋味に溢れた物書きの父親となって、マリアンネを見つめる。

息詰まるようなストーリー展開であるにも拘わらず、途中で読むのが嫌にならないのは、作者の真摯さ、誠実さ、人間的な温かさが読者にも伝わってくるからだろう。

マリアンネが父親に再会して再生のきっかけを掴むように、読者も作者から言葉にできない何か確かなものを受けとる。

それは孤独を課題として引き受けて身じろぎもしない、作者の誠実な創作姿勢及び不撓不屈の精神性であるかもしれない。

父親と別れたマリアンネは、息子と山登りをする。風景描写が美しい。

下の方では煤に点々と汚れていた積雪もこのあたりでは純白だった。犬の足跡に代わって鹿の足跡があった。
 二人は下生えをかきわけて登って行った。いたるところ鳥の声に満ちていた。雪解け水が小さな流れを作って音たてていた。樫の幹からか細い枝が生え、干涸らびた葉が数枚そよいでいた。白樺の幹には白い樹皮が縞模様をなして垂れ下がり、震えていた。
 二人は木立が疎らになったところを行き過ぎた。空き地の縁には鹿が群れていた。それほど深くもない雪からは枯れ草の先がのぞき、草になびいていた。(ハントケ,池田訳,1989,pp.119-120)  

頂上で、焼いたじゃがいもを食べ、魔法瓶の熱いコーヒーを飲みながら母子は思い出を語り、ふとマリアンネはイエス・キリストの十字架への道行きのいろんな留[りゅう]のシーンを描いた絵の話をする。その話が印象的だ。

『イエス、十字架より下ろさる』はほとんど真っ黒で、その次の最後の留、イエスがお墓に葬られるシーンはまた真っ白なの。そこからがおかしな話なんだけど、お母さんはゆっくりと絵の前を歩いていたのね。その最後の真っ白の絵の前に立ったとき、突然、白い絵と重なってほとんど真っ黒のさっきの絵が、数秒間残像になって見えた。それから真っ白な絵が見えた。(ハントケ,池田訳,1989,pp.123)

このような、宗教に属するモチーフは、作品の中でふいに顔を出す。

宗教がマリアンネにとってかけがえのないものであり、彼女の意識が純粋に向かう対象であって、日々の営みの通奏低音となっていることがわかる。読者にその感覚の共有を強いるようなものではない。ハントケは読者を信頼して、彼の大切なものを女主人公に分かち与えたのだ。

その後、父親を除く大人の登場人物がマリアンネに誘われて集合し、ホームパーティーとなる。夫ブルーノ、マリアンネの友達で教師をしているフランツィスカ、マリアンネがブルーノのセーターを買ったブティックの女性店員、マリアンネを翻訳者として雇っている社長とその運転手、マリアンネに言い寄る俳優――といった人々である。

各人が自分の孤独を身の内に宿したまま大団円を迎え、パーティーは御開きとなる。

これは未だ初期の作品で、後半部は幾分緊張感が緩み、結末を急ぎすぎた感もあるが、純文学作品らしい手応えのある作品である。

ひとまず、ノーベル文学賞が軌道修正したことに万歳といいたい。おめでとうございます、ペーター・ハントケ。疑問点はあるけれど、おめでとうございます、オルガ・トカルチュク。

| | コメント (0)

2019年10月 3日 (木)

あらすじ、できました。新作能を読んだ感想。

昨日、萬子媛のイメージ像をシテ(主人公)とした新作能(三番目物)のおおまかなあらすじができた。そのノートは、次の記事にアップする。

何しろ、能を観たのは3回だけで、あとはテレビでの鑑賞、謡曲集の読書くらい。それで、新作能を書こうというのだから、無知とは怖ろしいものだ。あらすじができたあとで、せっせと勉強することなる。その勉強によって、あらすじ自体が変わる可能性はある。

母がお謡を習っていたのに、無関心で、からかっていただけだったことが悔やまれる。母が生きていたら、教わることも多かっただろうにと思う。

当市には能楽堂があり、3回観た舞台のうち1回はこの能楽堂で観たものだ。

舞台を観なくてはと思う。ホームページを観たが、今年中にはそれらしいものがない。何にせよ、ここの能楽堂と福岡の大濠公園能楽堂の催事情報はこまめにチェックする必要がある。能鑑賞貯金もしなくては。その貯金箱の一つを、一昨日夫がうっかり割ってしまったわ (T^T) 

石牟礼道子『石牟礼道子全集 不知火 第16巻』(藤原書店、2013)の中のエッセイで、石牟礼氏の「台本を書くまでにお能といえば二度しか見たことがありませんでした」(75頁)という記述に救われる思いがした。

+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+

  • 瀬戸内寂聴の新作能 虵 夢浮橋
  • 石牟礼道子全集・不知火 第16巻 〔新作 能・狂言・歌謡ほか〕 (石牟礼道子全集・不知火(全17巻・別巻一))
  • 多田富雄新作能全集

以上の本のうち、読んだ作品の感想を書いておこう。

瀬戸内寂聴「虵」

鎌倉時代前期の仏教説話集、鴨長明編『発心集』の中の説話「母、女[むすめ]を妬[ねた]み、手の指虵[くちなは]に成る事」を基にした新作能である。

「発心集」の説話を紹介すると、娘のある女が年下の男と結婚し、老いの不安から娘と男を強いて夫婦にしたまではよかったが、女は一室でのどかに隠居するどころか、嫉妬のあまり両手の親指がくちなわになってしまうという話。

惑乱した娘は尼に、男は法師に、女も尼になる。それでようやく女の指は元の指になり、後には京で乞食になったという。

両手の親指がくちなわになるというグロテスクさ。娘も男も女のいいなりで、狂言回しに使われているだけだ。

女が後に乞食になったとあるのは、どういうことだろう? 

女が尼になったのは怪奇現象を起こした指を元に戻すことだけが目的で、純粋な信仰心などはなく、目的達成後に尼をやめたということなのか。

尼であれば托鉢であって、乞食とはいうまい。それとも、この「乞食」とは仏教用語「こつじき」、すなわち托鉢のことなのだろうか。こつじきが転じて物乞いする行為「乞食」となった。

尼としての矜持を感じさせる暮らしであれば、いずれにせよ、その部分だけが強調されることはないだろう。

俗人が俗欲に終始した、実も花もないお話。

瀬戸内氏は、男を仏師にすることで、作品の俗っぽさを一層強めている。能の形式上、男と女は成仏した格好だが、成仏はしていまい。

それが小説「虵」になると、表現がリアルであるだけにいよいよ救いがたい結末となっている。尼となった女が老い、見世物小屋でくちなわの指を見世物にしていたというエピソードが語られるのだ。

能舞台となれば美しいのかもしれないが、作品として読むと、あまりにも救いがなさすぎる。登場人物の魅力が微塵も感じられない。

石牟礼道子「不知火」

石牟礼道子氏の新作能「不知火」は流麗な文章で、情緒に満ちて美しいというだけでなく、偏頗な文明に対する作者の危機意識が伝わってくる。入魂の作品という印象を受けた。この曲が水俣で演じられることは意義深いことだろう。

たが、わたしにはこのストーリーがうまく理解できない。

竜神の娘・不知火[しらぬひ]には、海霊[うみだま]の宮の斎女として久遠の命が与えられているにも拘わらず、生類の定命衰滅に向かえば、不知火の命もこれに殉ずるという。

竜神の息子・常若は父に命じられて生類の世を遍歴し終えた。

姉と弟は海と陸からこの世の水脈を豊かにすることに携わってきたが、この世の初めからあった真水が霊性を徐々に喪い、生類を養う力が衰えて、姉弟共に身毒が極まり、余命わずかとなった。

慕い逢う二人は、息絶え絶えとなりながら、恋路が浜に辿り着く。そして姉のほうは死んだ(弟も?)。

こうした一切を見ているのは、隠亡[おんぼう]の尉[じょう](じつは末世に顕れる菩薩)。

わたしには二人の勤めの内容がよくわからない。人間の罪業が重なったために毒変した海を浚えて浄化するとあるから、いわば濾過装置のような役割を果たしてきたということだろうか? 竜神の子たちの勤めかたにしては、人間の労働臭い。苦役そのものである。

そして、亡き妻を含む竜神一家は、末世の菩薩の秘命の下に働いてきたというのである。

その菩薩の助力もあって不知火は生き返り、二人の結婚を祝うために中国から楽祖(じつは木石の怪にして魍魎の祖)が招かれる。

楽祖が磯の石を手にとって打ち鳴らせば、浜で惨死した猫たち、百獣が神猫となり、胡蝶となり、舞う、橘香る夜となる……海も陸も再生したのだろう。

水俣病問題は産業における人為的ミスに社会的要因が絡んで被害が拡大し、社会問題となった。

その問題を石牟礼氏は現世と来世が重なり合う宇宙空間、悠久の時間の流れの中に直に置こうとしたため、一つの作品として見るとき、整合性のとれない部分が出てきたように思う。

多田富雄新作能全集

脳死(「無明の弁」)、朝鮮人の強制連行(「望恨歌」※最近の検証により、朝鮮人の強制連行はなかったことが判明した―ブログ管理人N)、原爆投下(「原爆忌」「長崎の聖母」)、相対性原理を題材とした能(「一石仙人」)、沖縄戦(「沖縄残月記」)、横浜に因んだ能(「横浜三時空」)、白州正子さんを題材とした能(「花供養」)、(「生死の川――高瀬舟考」)、子供能チャレンジのための能(「蜘蛛族の逆襲――子供能の試み」)。

時事的な題材が多い。構成も文章も端正だが、これらの能は地上界から一歩も出ていないような感じがする。異世界に触れることによる浄化現象は期待できない。

まだざっと読んだだけなので、読み込めばまた違った感想が生まれるのかもしれない。そのときは別の記事にしたい。

ただ、能に関して右も左もわからないわたしのような人間には、参考になる。能舞台を観たあとで購入したのかどうかは覚えていないが、多田富雄 監修『あらすじで読む 名作能50』(世界文化社、2005)を再読している。わかりやすい。

| | コメント (0)

2019年9月29日 (日)

借りてきた新作能の本、三冊 

最近の過去記事で、わたしは萬子媛をモデルとした作品について、次のようなことを書いた。

歴史小説にするには、何か、そぐわないものがあるのです。
わたしは神秘主義者として萬子媛を通して感じることのできた高雅な現象を書きたいのであって、よくわかりもしない萬子媛の生前のあれやこれやではないのです。
いや、あれやこれやにも興味があるから研究ノートを当ブログにアップし、そのまとめをエッセーとして「マダムNの神秘主義的エッセー」に収録してきたわけですが、そのノートは、萬子媛の高雅な現象を表現できてこそ存在価値があるのです(エッセーは「萬子媛研究」といったような形にまとめたいと考えます)。
その表現にふさわしい形式は、新作能以外にありえない気がしてきました。

ノートは萬子媛をモデルとした作品が完成するまで、取り続ける予定。前述したように、いずれ「萬子媛研究」のような形にまとめたいと思っている。

ノートには、郷土史家・迎昭典氏から送っていただいた貴重な史料のコピー及び迎氏のご考察、また祐徳博物館の職員のかた、鹿島市民図書館学芸員T氏、黄檗宗の大本山である萬福寺宝物館の和尚様から伺ったお話など、慎重に扱わなければならない情報があるので、まとめる作業には日数がかかると思う。

新作能を書きたいなどと大それたことを思い、三冊借りて読んでいるところだが、いや、本当に何だか書けそうな気がしてきた。テーマや雰囲気からすれば、過去に書いた「牡丹」という短編は、新作能にすることができるのではないかと思う。

萬子媛をモデルに、そのイメージ像をシテとする新作能を書きたい思いはあるが、まずは戯曲を、と思っている。逸る気持ちを抑えて、まずは新作能の研究からだ。

借りてきた三冊は以下。

  • 瀬戸内寂聴の新作能 虵 夢浮橋
  • 石牟礼道子全集・不知火 第16巻 〔新作 能・狂言・歌謡ほか〕 (石牟礼道子全集・不知火(全17巻・別巻一))
  • 多田富雄新作能全集

瀬戸内寂聴氏を知らない人は少ないだろう。石牟礼道子氏は、2018年にお亡くなりになったが、水俣病を扱った代表作「苦海浄土」でとても有名なかたである。多田富雄氏は免疫学者、文筆家として活躍された。

多田氏の新作能をざっと見ると、脳死、原爆、朝鮮人の強制連行(※最近の検証では強制連行はなかったとされているーブログ管理人N)を扱ったものなど多作なかたである。

力作揃いなのだろうが、わたしが馴染んできた古典の曲とはテーマ自体が違う気がした。

瀬戸内氏の「虵」からまず読んだ。感想は別の記事にします。

| | コメント (0)

2019年8月19日 (月)

原田マハ『楽園のカンヴァス』を読んで気になった、嘘。神秘家だったアンリ・ルソー。

「あいちトリエンナーレ」問題に続いて、古市憲寿「百の夜は跳ねて」のパクリ疑惑など出てきて、夏休みの宿題(?)ができなかった。

家族でショッピングモールへ、恒例となっているコーヒー豆の買い出しに出かけた。夫は映画、わたしと娘はショッピング。帰りに書店に寄った。

美術館勤務の経験があるという、原田マハ『楽園のカンヴァス』(新潮文庫: 新潮社、2014)が目に留まった。アンリ・ルソーの名画「夢」をめぐる美術ミステリーという。ベストセラーらしい。

512pxhenri_rousseau__il_sogno

アンリ・ルソー(1844 – 1910)「夢」ニューヨーク近代美術館、1910

本物はなかなか観る機会がないけれど、アンリ・ルソーは学生の頃から好きで、40年以上のファンだ。「あいちトリエンナーレ」問題では美術界に疑問が湧いたが、その疑問をいくらか払拭できるかもしれないという期待感も高まった。

この種の売れていそうな本は図書館から借りると大抵汚されていることを思えば、買ってしまおうと思い、買った。手の出ない、ほしい本はいくらでもあるというのに、魔が差したというべきか。

美術畑、また音楽畑の人の文芸作品もそうだが、エッセイなど読むと、文章が洗練されていて、論旨も明快、さすがは芸術家の文章と感心させられることが多いものだ。

ところが、帰宅後、本を開いて、冒頭の一行目を目にしたとたん、早くも読む気が削がれてしまった。わたしとしたことが、冒頭も確認せず、購入してしまったとは。

ここに、しらじらと青い空気をまとった一枚の絵がある。(原田,2014,p.7)

「しらじら」というのは、「しらじらと夜が明ける」というように、夜が次第に明けていくさまを意味することが多いと思うが、如何にも白く見えるさまもいう。興ざめなさまもいう。

しかし、次に「青」とある。一体、白なのか、青なのか。二つを混ぜて水色というわけではあるまい。それとも、何か興ざめな感じがあるのだろうか。そして、その青と形容されたものは空気であって、その空気(雰囲気の意か)を一枚の絵が纏っているのだという。

ここに一枚の絵があることはわかるのだが、その絵がどう見えるのかがもう一つはっきりしない。

先を読めば、「それぞれの身体[からだ]はパウダーをはたいたように白く透明だ」とか「それほどまでに青く、白く、まぶしい画面だ」とあるので、どんな色調の絵であるのかが次第にわかってはくる。

アンリ・ルソーの絵の話なのかと思って読み進めると、そうではなく、ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌが1866年に描いた絵なのだそうだ。シャヴァンヌがアンリ・ルソーにこの後、関わってくるのだろうと思ったが、これきりだった。

作者は、大原美術館を小説に出したかったのだろう。ストーリーからすれば、必ずしも必要のない設定に思える。いずれにせよ、冒頭に出てくる絵は、大原美術館所蔵のピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ作「幻想(Fantasy)」である。

なるほど、その絵は、青色と白色が優劣つけ難いあざやかさで、観る者を圧倒する。

実際に観れば、ペガサス、女性、子供のそれぞれの身体はパウダーをはたいたように見えるのだろう。だが、パウダーをはたけば、その部分は他の部分の色合いに比べて白さが際立つか、元の色が殺されて朧気に見えるだろうが、透明には見えない気がする。

作者は、絵の各部分から受けた異なる印象を一気に描写しようとする。それで、自家中毒を起こしたように意味不明な表現となっているのだ。子供が見たものを一気に伝えようとして、息せき切っておしゃべりするときのようだ。

美術畑で働いたことのある人にしては、全体に稚拙な文章である。読みながら、美内すずえの少女漫画を連想した。漫画の原作を想わせる小説なのだ。恩田陸の小説に似ている。

漫画の原作であれば、漫画家が人物に表情をつけて内面まで見せてくれるだろうが、単独で書くからには、作者が内面描写まで行わなければならない。その描写があまりに平板であるため、どの人物にも魅力がない。

あちこち引っかかりながら読み進めると、次の箇所がどうにも気になった。

 画家を知るには、その作品を見ること。何十時間も何百時間もかけて、その作品と向き合うこと。
 そういう意味では、コレクターほど絵に向き合い続ける人間はいないと思うよ。
 キュレーター、研究者、評論家。誰もコレクターの足もとにも及びないだろう。
 ああ、でも、ーー待てよ。コレクター以上に、もっと名画に向き合い続ける人もいるな。
 誰かって? ――美術館の監視員[セキュリティスタッフ]だよ。(原田,2014,pp.10-11)

コレクター、キュレーター、研究者、評論家、監視員では、役割――専門――の違いから、絵を見る姿勢が異なるはずである。それに、時間さえかければいいというものでもあるまい。

作者は、優劣つける必要のないものに、優劣つけようとする。それは、作品のテーマに関わる部分でもそうで、ピカソとルソーを比べ、競わせようとする。

そして、作者は明らかにピカソをルソーの上に位置付けている。美術市場ではそうだからだろう。ルソーをことさら、不遇で評価の定まらない画家であると強調するのは、作者自身が市場――世俗といい換えてもよい――の価値観――を、市場が作り出すヒエラルキーを、高く評価し、信じているからに他ならない。

参考文献の筆頭に、岡谷公二『アンリ・ルソー 楽園の謎』(平凡社ライブラリー、2006)が挙げられている。わたしは中公文庫(中央公論社)から1993年に出た版で当時読み、大変な感銘を受けた。

だから、原田マハ(2014,p.288)が「史実通りに物語が進めば、ルソーはほとんど誰にも顧みられぬまま、この世を去る」と書いた箇所を読むと、岡谷氏の評伝を読んでいながら、なぜこんな嘘をつくのだろうと思う。

その理由として、わたしは前述したように、ピカソをルソーの上に位置付けるためだと考えたのだった。

岡谷氏によると、ルソーは晩年、真の成功に近づいていたという。「夢」の批評は『ニューヨーク・ヘラルド』をはじめとする21紙に載り、その大半は好意的だった。1910年は、亡くなる前月の8月までに、3,590フランを絵の代金として得た。しかし金は、消えた。最後の恋人レオニーに貢いだためだった。

讃美者も増えていた。

ウーデ、ドローネ、ブリュメルに次いで、この年さらに三人の若い讃美者がルソーに近づく。未来派の画家で、著作家でもあったイタリア人のアンデンゴ・ソフィッチ、セルジュ・フェラの名で知られた、ロシア生まれの画家ヤストルブゾフ、その従妹で、のちにロック・グレーの名でルソーの画集を出版するエッチンゲン男爵夫人である。(岡谷,1993,p.276)

小説はフィクションだからいい加減に書いていい、というわけではない。フィクションであればなおさら、事実を踏まえるべきところはそうすべきである。この場合は、作者は参考文献を毀損している。

作品を彩るはずのニューヨーク近代美術館のキュレーター、ティム・ブラウンと日本人研究者・早川織絵のロマンスは安手な印象で、退屈だった。

ミステリーの部分は作りすぎで、説得力を欠く。

『楽園のカンヴァス』が子供の推薦図書だったとのレビューを読んだ。最近ではライト・ノベルを推薦図書に選ぶのだろうか。昔の大衆小説家のように文章がしっかりしていればいいのだが、この作品における原田マハの文章はチープで粗い。

ここで、『楽園のカンヴァス』を離れようと思う。

今回、岡谷公二『アンリ・ルソー 楽園の謎』(中公文庫: 中央公論社、1993)を再読し、神秘家としてのルソーが印象的だった。ルソーはインタビューの中で、次のようにいう。

私はいつも描く前から、絵をはっきり見るんです。とても複雑な絵の場合だってそうです。ただ描いている間に、自分でもびっくりするようなことが出てきて、それはとても楽しいですね。(岡谷,1993,p.275)

岡谷氏(1993,p.193)によれば、ルソーはフリーメーソンに加入していた。薔薇十字団員、降霊術術者たちとの交わりもあった。

近代神智学運動の母ブラヴァツキー夫人は1831年に生まれ、1891年に亡くなっている。ルソーは1844年の生まれで、1910年に亡くなった。世代的には案外近い。当時は降霊術が流行っていたのだ。ブラヴァツキー夫人はその降霊術を批判して、心霊主義者たちの攻撃の的となった。

ルソーのお化け話は有名だったそうで、『アンリ・ルソー 楽園の謎』にはわたしを不安にさせる記述がある。幸い、ルソーの芸術の力が勝ったのだろう。死は、ルソーを平和裡に訪れたようである。

ルソーは、臨終まぎわの譫言[うわごと]の中で、父なる神や天使たちの姿を見、「ヴィオラとハープとリュートから成る天上のオーケストラ」のしらべを聞いたと浮かされたようにして語り、また、これから星や青空を描くのだと言ったと伝えられている。(岡谷,1993,p.286)

YouTubeで公開されていた動画 Henri Rousseau "El Aduanero"

| | コメント (0)

2019年8月15日 (木)

ツイッターで問題となっている、芥川賞候補作「百の夜は跳ねて」(古市憲寿)。8月15日に追記あり、赤字。

芥川賞候補となった古市憲寿「百の夜は跳ねて」がツイッターで話題になっていました。

古市氏の小説の最後に「参考文献」として、『文學界』2012年10月号に掲載された木村友祐氏の短編小説「天空の絵描きたち」が挙げられているそうです。

誰かの小説を読んで、その中の素材に興味を持ち、自分で調べ直して独自の小説を書くということはあると思いますが、その場合、資料として挙げるのは小説ではなく、調べた文献なのではないでしょうか。

以下の、参考にされた小説の作者・木村友祐氏のツイートによると、木村氏が古市氏に窓拭きの達人を紹介したそうなので、その取材をもとに独自の書き方がなされていれば、問題ないはずです。

しかし、選考委員たちの書きぶりからすると、文章表現などのオリジナルな部分が参考に、というより盗られていることを疑います。以下の記事が参考になります。

【追記あり】古市憲寿さんが芥川賞選考委員にいろいろ言われちゃってる件」『はてな匿名ダイアリー』。2019年08月12日、URL: https://anond.hatelabo.jp

わたしは以前から、直木賞作家・恩田陸氏が得意としている「オマージュ」というフランス語でごまかしたパクリに似た手法に疑問を抱いてきました。純文学界にもその手法が「導入」されたのではないかと危惧します。

尤も、文学賞が文学性を競うものではなく、アイディア戦になり下がったのは随分前からのように記憶しています。

2011年8月 8日 (月)
文藝春秋「文學界 平成二十三年八月号」 ‐ 「新人小説月評」に対する私的不信感
https://elder.tea-nifty.com/blog/2011/08/post-723d.html

わたしが「新人小説月評」に関する前掲記事の感想を書いたのが2011年。古市氏に参考にされた木村氏の短編は、2012年の掲載です。同じ商業雑誌『文學界』。

今回の件から、左派に牛耳られた文学界では才能のある作家がなかなか世に出られないだけでなく、その作家たちは飼い殺されて、防衛本能すらなくしているのではないかという別の危惧も生じました。

追記: 木村氏のツイッターを閲覧させていただくと、集英社、新潮社、未来社などの有名出版社から5冊ほども出版しておられました。報われない才能ある普通の日本人作家が世に出られないまま飼殺されて、防衛本能を失くしているのかと勝手に妄想していました。そんな日本人作家を複数知っているものですから、つい。いずれにしても、作品も読まずに、申し訳ありませんでした。こういういい方は語弊があると思いますが、仲間内での出来事であった様子が窺えました。左派村では安倍総理は本当に人気がありませんね。

そういえば、2018年の第159回芥川賞(平成30年上半期)の候補作になった北条裕子『美しい顔』にも盗作疑惑があったような……

2018年、小説『美しい顔』で講談社の第61回群像新人文学賞を受賞。この作品は第159回芥川龍之介賞の候補にも選ばれたが、主要な参考文献を明記しておらず、他の作家の先行作品と類似している箇所が複数あることが指摘され、謝罪文と参考文献が『群像』2018年8月号に掲載されることとなった。
「北条裕子 (小説家)」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2018年11月6日 18:09 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org

| | コメント (0)

2019年8月12日 (月)

あいちトリエンナーレ「表現の不自由展」中止のその後 その8。河村たかし名古屋市長が国会での公開議論希望。

河村たかし名古屋市長が「私と大村知事を国会に呼んでほしい」「公開の場で徹底的に説明・議論したい」「表現の自由は無制限ではない」とおっしゃっています。

大村愛知県知事は河村名古屋知事の呼びかけに応じるべきです。

国会での議論が実現しますように!

また、芸術の各分野が左派に乗っとられている現実があるのかもしれません。音楽界も上層部は乗っとられているとツイートなさっているかたがありました。芸術活動をなさっている方々は、理不尽な現実があれば、どうか声をあげてください。このままでは日本の芸術も文化も駄目になってしまいます。

以下のわたしのツイートですが、文豪の前に「優れた」は不要でした。文豪の中に含まれる要素ですので。あとで気がついて、削除して書き直そうと思いましたが、既に「いいね」してくださっている方々がいらしたので、そのままにしています。

「サイレント盆ダンス」というのも、わたしにはショックでした。盆踊りは死者を供養するための伝統行事です。単なるお楽しみイベントではないのですから、わたしもこれは文化破壊だと思います。ニュースでの共犯めいた採り上げ方が嫌らしい。

 

| | コメント (0)

2019年8月11日 (日)

このような文豪が、昭和のころはまだ日本にも存在していた

フォローさせていただいている「古典bot」から、谷崎潤一郎の名随筆『陰影礼賛』が流れてきました。その前に見たときには、ドストエフスキー「罪と罰」が流れてきました。

「古典bot」はよくまとめてあります。感動した作品が目についたときは自分も何か書きたいと思い、本棚から探して頁をめくりましたが、ラスコリーニコフ、ソーニャはじめ、主たる登場人物のことがそれは濃やかに描かれているではありませんか。

昔読んだときはドストエフスキーが饒舌すぎる気もしていました。ですが、ここまで描かなければ、生きている人としての厚みは出てこないということが改めてわかり、感嘆しました。安易な感想は書けなくなってしまいました。

登場人物が、本当に生きている人みたいなのです。優れた作家のものは、押しなべてこんな風ですね。

谷崎潤一郎の小説は、技巧に走りすぎる気がしていました。その感想は今も変わらないのですが、昭和の頃はまだ――谷崎は昭和40年に79歳で亡くなりました――このような文豪が日本にも存在していたのだと思うと、泣けてきました。

左派にのっとられてしまって、けがれ痩せてしまい、支離滅裂となった日本文学の今日のありさまを過去の日本の文豪たちはあの世でどう見ていられるのでしょう?

『陰影礼賛』は名随筆なので、おすすめです。世阿弥『風姿花伝』『花鏡』を合わせて読めば、えもいわれぬ日本美の極意を授かることができますよ、きっと。

ところで、今年は「高校生の読書感想文におすすめの本」を書く余裕がありませんでした。以下のカテゴリーへのリンクをクリックしていただければ、過去の高校生の読書感想文におすすめの本をご覧いただけます。

カテゴリー「◇高校生の読書感想文におすすめの本」の10件の記事

| | コメント (0)

2019年8月10日 (土)

あいちトリエンナーレ「表現の不自由展」中止のその後 その7。2016年には芸術の名の下に動物虐待。

『あいちトリエンナーレ2019』での芸術を騙った反日プロバガンダ「表現の不自由展」は、ガソリン脅迫男が逮捕された後も再開の動きはありません。メディアは、比較的無難と思うのか、慰安婦像のみ前面に出して報道しています。

いっそ再開され、「表現の不自由展」の実態が全国民にあらわになればいいのにと思いましたが、再開を悪用される危険もあるので(公共施設での反日プロパガンダを一旦禁止した後に許可する――結局許可した――という悪しき前例をつくってしまうことになります)、禁止のままが正解でしょうね。

夏休みの宿題(?)が四つもあります。で、トリエンナーレ問題の経過が気になって貼り付いていたツイッターから離れようと思い、その前の軽いチェックのつもりでツイッターを見ると、前掲のツイートが流れてきて、絶句。

2016年のあいちトリエンナーレの展示物の中に、ラウラ・リマ「4階建てのビル室内で小鳥を100羽放し飼い、来場者は鳥のための空間に入っていく体験」というコンセプトの作品があったとのことで、実態は芸術とはかけ離れた動物虐待だったようです。

通報を受けた鳥のレスキュー団体TSUBASAさんが行動してくださったそうです。

通報してくださったと思われるかたのブログ記事が出てきました。「作品」がどのような状態にあったのかがよくわかります。

あいちトリエンナーレ豊橋、ラウラ・リマ作品を見て小鳥たち①」『みかりんのすきなもの』。2016年10月09日 12:07:16、URL: https://ameblo.jp/mika-kikilala/entry-12207606115.html

あいちトリエンナーレ豊橋、ラウラ・リマ作品を見て小鳥たち②」『みかりんのすきなもの』。2016年10月09日 12:33:02、URL: https://ameblo.jp/mika-kikilala/entry-12207794768.html

通報を受けて、緊急対応をしてくださったTSUBASAさんのブログ記事です。

あいちトリエンナーレ2016」での緊急対応」『鳥の保護活動/TSUBASAみらくる日記』URL: https://www.tsubasa.ne.jp/2017/01/28/rescue-aichitriennale/

当時のニュース記事が出てきました。

希少動物の鳥、無許可で芸術作品に 愛知の国際芸術祭」『朝日新聞デジタル』。10月17日 21:08、URL: https://www.asahi.com/articles/ASJBK6DHFJBKOIPE02R.html
愛知県で開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2016」の参加作品に、「種の保存法」で義務づけられた環境相許可を取らずに調達した鳥が3羽含まれていたことが分かった。この作品は素材として約100羽の小鳥を4階建てビルに放って展示し、約20羽が死んだり外に逃げたりしていた。(後略)

管理のずさんさに驚かされます。これが高額の公金を投じ、国際芸術祭という名で行われるイベントなのですから、呆れます。次のようなツイートもありました。

国会で問題とすべきレベルの不透明さですね。

昨日はメアリー・ポピンズの物語で有名なトラヴァースの誕生日だったとか。夏休みの四つの宿題のうちの一つが、メアリー・ポピンズ物語です。

ツイッターからべたべた貼り付けて、申し訳ありません。読みにくいでしょうね。引用に便利なので、つい。「宿題」に集中すれば、ツイッターを見る時間が減り、自ずからツイートの貼り付けもなくなりますので、ご安心を。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

★エッセー・セレクション ★シネマ・インデックス ★マダムNの文芸作品一覧 ★当サイトで紹介した作家、思想家一覧 ☆☆紹介記事 ☆マダムNのサイト総合案内 ☆メールフォーム ☆作品の商業利用、仕事の依頼について Livly Notes:アストリッド・リンドグレーン Notes:アントニオ・タブッキ Notes:グノーシス・原始キリスト教・異端カタリ派 Notes:不思議な接着剤 Notes:卑弥呼 Notes:国会中継 Notes:夏目漱石 Notes:江戸初期五景1(萬子ひめ) Notes:江戸初期五景2(天海・崇伝) Notes:源氏物語 Notes:百年文庫(ポプラ社) Theosophy(神智学) top page twitter ◆マダムNの電子書籍一覧 ◇高校生の読書感想文におすすめの本 あいちトリエンナーレ/ジャパン・アンリミテッド おすすめKindle本 おすすめYouTube おすすめサイト お出かけ お知らせ ぬいぐるみ・人形 やきもの よみさんの3D作品 アクセス解析 アニメ・コミック アバター イベント・行事 イングリット・フジコ・ヘミング ウェブログ・ココログ関連 ウォーキング エッセー「バルザックと神秘主義と現代」 エッセー「卑弥呼をめぐる私的考察」 エッセー「宇佐神宮にて」 エッセー「文学賞落選、夢の中のプードル」 エッセー「映画『ヒトラー最期の12日間』を観て」 エッセー「村上春樹『ノルウェイの森』の薄気味の悪さ」 エッセー「百年前の子供たち」 エッセー「精神安定剤」の思い出」 エッセー「自己流の危険な断食の思い出」 オペラ・バレエ・コンサート オルハン・パムク カリール・ジブラン(カーリル・ギブラン) ガブリエラ・ミストラル クッキング グルメ コラム「新聞記事『少女漫画の過激な性表現は問題?』について」 シネマ シモーヌ・ヴェイユ ショッピング テレビ ニュース ハウツー「読書のコツを少しだけ伝授します」 バルザック パソコン・インターネット マダムNのYouTube マダムNの他サイト情報 マリア・テレジア メモ帳Ⅰ メモ帳Ⅱ ライナー・マリア・リルケ 俳句 健康 №1(治療中の疾患と服用中の薬) 健康 №2(体調)  健康 №3(受診) 健康 №4(入院) 健康 №5(お役立ち情報etc) 健康 №6(ダイエット) 健康 №7(ジェネリック問題) 健康 №8(日記から拾った過去の健康に関する記録) 健康№8(携帯型心電計) 児童文学 児童文学作品「すみれ色の帽子」 写真集「秋芳洞」 創作関連(賞応募、同人誌etc) 占星術・タロット 友人の詩/行織沢子小詩集 地域 夫の定年 季節 家庭での出来事 山岸凉子 思想 恩田陸の怪しい手法オマージュ 息子の就活 息子関連 手記「枕許からのレポート」 文化・芸術 文学 №1(総合・研究)  文学 №2(自作関連) 日記・コラム・つぶやき 時事・世相 書籍・雑誌 未来予知・予測(未来人2062氏、JJ氏…) 村上春樹 村上春樹現象の深層 東京旅行2012年 植物あるいは動物 検索ワードに反応してみました 歴史 瀕死の児童文学界 父の問題 珈琲 神戸旅行2015 神秘主義 福島第一原発関連 科学 経済・政治・国際 美術 能楽 自作小説「あけぼの―邪馬台国物語―」 自作短編童話「風の女王」 自作童話「不思議な接着剤」 芥川賞・三田文學新人賞・織田作之助青春賞 萬子媛 - 祐徳稲荷神社 薔薇に寄せて☆リルケの詩篇『薔薇』のご紹介 評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』 評論・文学論 連載小説「地味な人」 電子書籍 音楽