カテゴリー「評論・文学論」の298件の記事

2020年9月15日 (火)

「原子の無限の分割性」とブラヴァツキー夫人は言う

当記事は個人的な考えから執筆するものであることをお断りしておきます。

以下の一連の記事の続きです。

2020年8月 5日 (水)
大田俊寛『『現代オカルトの根源』、レイチェル・ストーム『 ニューエイジの歴史と現在 』を読書中。
https://elder.tea-nifty.com/blog/2020/08/post-f6fae9.html

2020年8月 7日 (金)
国際的な医学雑誌「ランセット」からの引用が、1889年出版のブラヴァツキー著『神智学の鍵』に登場していた!
https://elder.tea-nifty.com/blog/2020/08/post-232b98.html

2020年8月 8日 (土)
レイチェル・ストーム『ニューエイジの歴史と現在』で紹介された、ブラヴァツキー夫人に対する非難の無邪気すぎる内容
https://elder.tea-nifty.com/blog/2020/08/post-4d7bf9.html

2020年8月20日 (木)
大田俊寛氏はオウム真理教の御用作家なのか?
https://elder.tea-nifty.com/blog/2020/08/post-9fcec2.html

2020年8月28日 (金)
大田俊寛『オウム真理教の精神史』から抜け落ちている日本人の宗教観
https://elder.tea-nifty.com/blog/2020/08/post-54f9d7.html

2020年9月 5日 (土)
ブラヴァツキー夫人の伝記にある引用に関する昨日の続き。
https://elder.tea-nifty.com/blog/2020/09/post-fb5a34.html

2020年9月 4日 (金)
ブラヴァツキー夫人の伝記にあった引用文を探して。
https://elder.tea-nifty.com/blog/2020/09/post-c442c9.html

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素粒子物理学によると、物質を構成する最小の単位(基本粒子)は素粒子と呼ばれ、クォークは素粒子のグループの一つである。

わたしは科学音痴であるにも拘わらず、23歳のとき、以下の本を書店で見つけ、購入した。クォークが物質の最小単位と騒がれていたころだった。以下はAmazonの書籍情報から。

クォーク―素粒子物理の最前線 (ブルーバックス (B‐480)) 新書
南部 陽一郎 (著)
出版社 : 講談社 (1981/11/1)

われわれは物質の究極にたどりついたか?
陽子や中間子はもはや素粒子ではない。その代りに登場したのが「クォーク」だ。しかし、クォークを求め、これを支配する法則を探り、揺るぎない物質の根源を究めようとした努力の果てに、何とすべての物質が崩壊するという驚くべき可能性がほの見えてきたのである。本書は、素粒子物理学が過去50年間にどう発展し、現在何がわかっているかを、物理学者がどんな考え方をたどっていまの位置に到達したのか説明しながら、具体的かつ系統的に解説する。

本を見つけて興奮したが、それは読んだばかりのハワード・マーフェット(田中恵美子訳)『近代オカルティズムの母 H・P・ブラヴァツキー夫人』(神智学協会 ニッポンロッジ、1981)の中で、素粒子物理学の瑞々しい発見に横槍を入れるようなことが書かれていたからだった。

 1891年に「電子」という言葉がはじめて使われました。偉大なロシア人、バトラーロフのような数少ない科学者達は何か固い、目に見えないものという、昔からの原子の概念を疑いはじめていました。しかし、彼等はこれは物質の存在そのものを疑うのと同じであると自認していました。
 科学が原子は分割できるということを確認した時より3年前に、ブラヴァツキー夫人はシークレット・ドクトリンに次のように書きました。「原子は弾力があり、分割することが出来るものなので、分子即ち亜原子で構成されていなければならぬ……オカルティズムの全科学は物質の幻影的性質と原子の無限の分割性との理論の上に築かれている。この理論は、実質について無限の視界を開く。実質はあらゆる微妙さの状態にあり、その魂の神聖な息によって生気を吹き込まれるものである」
 しかし、一般に、人々はこのようなオカルトの真理と世界の形勢と運命とを変える科学的傾向には殆ど関心がありませんでした。(マーフェット,田中訳,1981,p.405)

9月5日の記事でも書いたように、マーフェットはこの文章で、『シークレット・ドクトリン』の「Vol. 1, Page 519」から「Vol. 1, Page 520」にかけて引用を行っている。

H. P. Blavatsky. “The Secret Doctrine: A Synthesis of Science, Religion, and Philosophy.”,Vol.1,pp.519-520. The Theosophical Society International Headquarters – Pasadena, California. https://www.theosociety.org/pasadena/sd/sd1-3-06.htm, (accessed 2020-09-05).

「原子の無限の分割性」とブラヴァツキー夫人はいう。つまり、クォークは物質の最小単位ではないとブラヴァツキー夫人は述べているのだ。

そのほのめかしは現代の素粒子物理学からも感じとれるが、科学を物質の領域に限定すれば、2008年にノーベル物理学賞を受賞した南部博士の「クォークを求め、これを支配する法則を探り、揺るぎない物質の根源を究めようとした努力の果てに、何とすべての物質が崩壊するという驚くべき可能性がほの見えてきた」というような心配も起きるのだろう。尤も崩壊するのは物質ではなく、近代科学が築いた壁なのだろうが……。

ブラヴァツキー夫人の亡くなったのが和暦でいえば明治24年(1891)、生まれたのは江戸時代であったことを思い出しておこう。ブラヴァツキー夫人の時代に使われていた科学用語や哲学用語を使って、当時の科学者どころか現代の科学者さえ未だ探究していない物理化学現象を説明しようとするとき、夫人は神話の言葉や錬金術用語まで使わざるをえなかった。そうしたものには、神聖なオカルト科学のエッセンスが存在したからである。

1981年に上梓された前掲書『クォーク』の中で南部博士が「素粒子物理学の50年の歴史」とお書きになっているから、ブラヴァツキー夫人の時代には素粒子物理学という分野は存在しなかったのだろう(その程度のこともわからない人間が当記事を書いているのだとお含みおきいただきたい。息子が読んだら失笑ものだと思う。喧嘩さえしていなければ、優しくて面倒見のよい、生き字引のような息子にちょっと読んで貰えるのだけれど)。

素粒子(elememtary particle)という用語も、『シークレット・ドクトリン』のインデックスでは見つけられなかった。elememt、elememtal、elememtary というという言葉は頻出するのだが。

ブラヴァツキー夫人は、前掲の引用の続きに当たるようなことを、『シークレット・ドクトリン』の議事録で述べている。

本当の原子は物質界には存在しません。定義によると、点は位置はあるが、オカルティズムではこれは普通の意味の場所と受けとってはいけません。本当の原子は空間と時間を超えます。……(略)……原子は物体あるいはむしろ分子の第七本質にたとえることができ、オカルティストにとっては、実際に、その第七本質です。物理学または化学的分子は無数のより精妙な分子から成っており、これらは数えきれない、更に精妙な分子から成っています。例えば、鉄の一分子を分子でなくなるように分解してみなさい。すると分子は間もなく、その七本質の一つとなり、即ちそのアストラル体となります。七本質の第七番目のものは原子です。分解前の鉄の分子と分解後のそれとの関係は、死ぬ前の肉体と死後の肉体との関係と同じようなものです。体はなくなりましたが、諸本質は残ります。もちろん、これはオカルト的なアルケミーであって、近代化学ではありません。
(H・P・ブラヴァツキー、田中恵美子&ジェフ・クラーク訳『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』神智学協会ニッポン・ロッジ、1989、議事録pp.694-696)

このことは、「人間を含めて宇宙のあらゆる生命、また宇宙そのものも『七本質』という七つの要素からなっている」(H・P・ブラヴァツキー、田中恵美子&ジェフ・クラーク訳『実践的オカルティズム』神智学協会ニッポン・ロッジ、1995、用語解説p.23)という神智学の教えを理解しなければ、意味不明なものとなるしかない。

ところで、南部博士の『クォーク―素粒子物理の最前線』は第2版が1998年に上梓されている。 以下はAmazonの書籍情報から。

クォーク 第2版 (ブルーバックス)
南部陽一郎 (著)
出版社 : 講談社 (1998/2/20)

すべての物質は何か共通の基本的な材料からできているのではないか?この考え方から出発して、物質の究極的構造を求め、それを支配する基本法則を探る素粒子物理学。それがどのように発展し、どこまで来たかをトップ・クォークの発見を踏まえて見渡し、解説する。

ブラヴァツキー夫人の『シークレット・ドクトリン』には、「すべての物質は何か共通の基本的な材料からできているのではないか? 」という問いへの回答もある。

無限で不老不死の唯一の宇宙元素だけが存在し、その他のものすべて、即ち大宇宙的結果から小宇宙的結果に至るまで、又超人から人間や人間より下の存在に至るまで、簡単に言えば、客観的存在のすべてはその唯一のものが多種多様に分化した諸面であり、今は相関関係(correlation)といわれている変形であることをもし学徒が覚えているならば、最初の主な難点はなくなり、オカルト宇宙論に熟達することができるだろう。
(H・P・ブラヴァツキー、田中恵美子&ジェフ・クラーク訳『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』神智学協会ニッポン・ロッジ、1989、p.293)

宇宙中の各原子には自己意識が可能性として潜在しており各原子はライプニッツの単子[モナド]のように、それ自体の宇宙であり、また自らのための宇宙でもある。それは原子であり、天使である(同書,p.335)

星から鉱物原子に至るまで、最高のディヤーニ・チョーハンから最小の滴虫類に至るまで、完全な意味で、大自然の複合物の各構成物の究極的エッセンスが根本的に統一していることはオカルト科学の唯一の基本である。それが霊的世界または知的界、物質界のいずれに当てはめても違いはない。“ 神は果てしない無限の広がりである”とオカルト諺は言う。(同書,p.352)

ブラヴァツキー夫人は、シークレット・ドクトリンは古代の智惠を集めたものだという。

これは人類の揺籃期を見守って来た高位の存在の教えが一つの初期の人種から別の人種に口頭で語り伝えられた伝統をテストし、真実であることを実証させられた幾千代もの賢者達のそれぞれの経験を網羅している途切れることのない記録である。第五根本人種即ち最後の大洪水と大陸の変動から救われた人種の“ 賢者達”はそれを教えることなく、長いこと学びながらその生涯を過ごして来た。どのようにして彼等は学んで来たのだろうか? 自然のあらゆる分野の中で昔の伝統を偉大なアデプト達の独自のヴィジョンによって照合し、試し、確証することを通してである。偉大なアデプト達は肉体的、知的、サイキック的、霊的な諸器官を最高度に発達させ、完成させた方々である。一人のアデプトのヴィジョンは独自の得られたヴィジョンと何世紀もの経験によって照合され、確証されるまで受け入れられることはなかった。
(H・P・ブラヴァツキー、田中恵美子&ジェフ・クラーク訳『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』神智学協会ニッポン・ロッジ、1989、pp.545-546)

この文章は、ブラヴァツキー夫人の宇宙発生論(Cosmogenesis)及び人類発生論(Anthropogenesis)、即ち『シークレット・ドクトリン』全体を読んだときに(読めたときに初めて)、深い感動と共に読者を包み込むに違いない。

ちなみに、前掲書『クォーク―素粒子物理の最前線』によると、「クォークという『おかしな名前』」(p.21)は、クォーク仮説の提唱者の一人であるゲルマンがつけたものだそうだ。

ジェイムズ・ジョイスの小説フィネガンズ・ウェイク(Finegans Wake)の中の一句から取ったと、ゲルマンは断っている。いずれにしても、これらの名前は著者のウィットを示すもので、意味をせんさくする必要はない。クォークという名が一般に通用しているのは、言葉の神秘的な響きと命名者の権威によるものであろう。(南部,1981,p.124)

昔、この本を読んだときはジョイスの小説は未読だったので、何とも思わなかったに違いない。今はそうでもない。正直にいえば、はらわたが煮えくり返るような気持ちである。勿論、クォーク仮説の提唱者の一人であるゲルマンに対してではなく、ジェイムズ・ジョイスに対してである。なぜそういう気持ちになったのかは、拙「マダムNの神秘主義的エッセー」の以下のエッセーをお読みいただければ、わかっていただけるのではないかと思う。

96 ジェイムズ・ジョイス (1)『ユリシーズ』に描かれた、ブラヴァツキー夫人を含む神智学関係者5名

97 ジェイムズ・ジョイス (2)評伝にみるジョイスのキリスト教色、また作品の問題点

ブラヴァツキー夫人はジョイスの悪ふざけの対象となり、また、日本の数名の学者達によってオウム真理教事件と執拗に関係づけられてきた。

その学者の一人である大田俊寛氏は、過去記事で書いたように、ブラヴァツキー夫人の代表的著作『シークレット・ドクトリン』を、『現代オカルトの根源――霊性進化論』(筑摩書房、2013)や『オウム真理教の精神史 ロマン主義・全体主義・原理主義』(春秋社、2011)で採り上げ、内容とはかけ離れた紹介の仕方をしている。

まともに両書を読み比べてみると、大田氏の著作に書かれたブラヴァツキー夫人に関する部分が如何に噴飯物であるかがわかるだろう。

この記事は書きかけです。

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2020年8月28日 (金)

大田俊寛『オウム真理教の精神史』から抜け落ちている日本人の宗教観(この記事は書きかけです)

このところ記事にしてきた大田俊寛氏には『現代オカルトの根源――霊性進化論』(筑摩書房、2013)の他に、その2年前に上梓された『オウム真理教の精神史 ――ロマン主義・全体主義・原理主義』(春秋社、2011)という著作がある。

『現代オカルトの根源――霊性進化論』の感想の続きと一緒にこの著作の感想を別記事にするつもりだが、大田氏はどう読んでも唯物論者で、日本人には思えない。

なぜなら、『オウム真理教の精神史 ロマン主義・全体主義・原理主義』で、まる一章使って――といっても25頁から48頁までのたったの23頁――「近代における『宗教』の位置」という章題で「宗教とは何か」を考察しているのだが、オウム真理教を近代の宗教の一つと位置づけ、考察はキリスト教を中心としたものとなっているからで、日本、中国、インドといったアジアの宗教の考察がすっぽり抜けているのだ。

所有の形態として「祖先崇拝」が手短に考察されてはいるが、ご先祖様に対する気持ちを「崇拝」といわれてしまうと、わたしなどは違和感がある。

次の章はなぜかロマン主義の考察で、ブラヴァツキー夫人はそこで登場する。ウィリアム・ジェイムなども出てくる。

日本人の宗教観に関する考察が全くない不自然さ。理屈以前に、お正月には初詣に行き、お盆には故人を迎え、お彼岸にはお墓参りをするという日本人らしい宗教的背景が――核家族化で薄れつつあるとはいえ――大田氏には存在したことがないかのようである。

麻原氏も、そうした日本人らしい背景が感じられない不自然さ、人工臭があった。

麻原氏は日本国家を転覆し、自らが「日本の王」となるつもりだったという。初代主権者は、「神聖法皇」と称する麻原尊師、天皇は廃位され、葛城等の氏を与えて民籍につかせるはずだった。

ヨガかと思えば、「オウム真理教」というのは仏教系で行くための「オウム神仙の会」からの改称だというし、お次は「王」だったり「法皇」だったりと、さっぱり訳がわからない。天皇に葛城等の氏? 日本人にこういう発想ができるだろうか、とわたしは思ってしまうのだ。

折しも、過去記事で採り上げたように、文部科学省の教科書調査官として歴史教科書の検定に関与していた北朝鮮のスパイXがオウム事件にも関与し、日本転覆を図ったことがあると発覚した。

舞台に登場するのは全部あちらの人達ではないかと疑ってしまう。

大田氏は『オウム真理教の精神史 ――ロマン主義・全体主義・原理主義』で、次のように書いている。

宗教とは何か、という問いに改めて回答しておくと、私はそれを「虚構の人格」を中心として社会を組織すること、そしてそれによって生死を超えた人間同士の「つながり」を確保することである、と考える。(大田,2013,p.32)

『十字架の聖ヨハネ研究』という優れた研究書を著された鶴岡賀雄氏の弟子とも思えない、一面的捉えかただ。

ここ数日、ブログの更新も忘れて、『十字架の聖ヨハネ研究』に読み耽っていた。十字架の聖ヨハネがどのような生涯を送ったのか、知りたいと思いながらずっとわからなかった。それがわかった。十字架の聖ヨハネという16世紀スペインのキリスト教世界を代表する神秘家であり詩人であった人物の内面が綿密に掘り下げられている。

オウム真理教がなぜ宗教団体と見なされたのか、不思議である。前掲の大田氏のような宗教の定義からすれば、宗教団体ということになるのかもしれないが、わたしには単なる宗教的コスプレ、宗教ごっこにしか見えない。麻原氏のそうした見かけと日本を転覆したいという思いが、ある勢力からとことん利用されたということだろう。

宗教といいながら、物事の始めから麻原氏は徹頭徹尾、物質主義者である。真の神秘主義が中心に存在しない組織は、なんちゃって宗教組織、偽装宗教組織にすぎない。麻原氏の正体がわかっていたからこそ、その勢力は利用したのである。純粋な宗教団体であれば、手つかずだっただろう。

麻原彰晃氏の処女作『超能力「秘密の開発法」―すべてが思いのままになる!』(大和出版 、1986)が上梓された年、ヨガ道場「オウムの会」は宗教団体「オウム神仙の会」と改称された。

1986年(昭和61年)4月、税制上の優遇に目をつけて、ヨガ道場「オウムの会」を宗教団体「オウム神仙の会」と改称[67]。同年7月、ヒマラヤで最終解脱と称す[68]。すでに「武力と超能力を使って国家を転覆することも計画している。その時は、フリーメイソンと戦うことになるだろう」などと語っていたという[69]。

「麻原彰晃」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2020年8月22日 14:16 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org

オウム真理教になる前から、物欲がぷんぷん臭う。彼にとって宗教的修行は超能力や悟りを得るためのツールにすぎなかったようだ。神聖なものへの憧れなど微塵も感じられない。唯物主義者が神秘主義に近づくと痛い目を見るという好例である。

『十字架の聖ヨハネ研究』の続きを読みたいので、ここで中断。この記事は書きかけです。

以下は、十字架のヨハネの有名な神秘詩の一節。この詩がどのような状況で書かれたのかが鶴岡氏の著作を読んでわかった。

この幸いな夜に
誰にも見られず 何も見ないで
ひそかに(私は出て行った)
心に燃え立つ それの他に
光も導きもなしに。
(西宮カルメル会修道院訳注『十字架の聖ヨハネ詩集』ドン・ボスコ社、1982、p.29)

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2020年8月20日 (木)

大田俊寛氏はオウム真理教の御用作家なのか?(8月21日に加筆あり、赤字)

※当記事は個人的な考えから執筆した記事であることをお断りしておきます。

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大田俊寛『現代オカルトの根源――霊性進化論』(筑摩書房、2013)は、13日の記事に書いたように、タイトルからしてわたしには意味不明である。霊性進化論なんて、意味がわからない。霊性が進化する?

大田氏は言葉の定義もせずに、話を進めていく。ブラヴァツキー夫人の細心の注意が払われた膨大な数の言葉の定義を見よ。これができて初めて、あれほどの引用、照らし合わせができるのだ。でなければ、ブラヴァツキー夫人の代表作『The Secret Doctrine: The Synthesis of Science, Religion and Philosophy』は単なる断片集になってしまったことだろう。

ブラヴァツキー夫人について書かれた章の内容の貧弱さからすれば、おそらく大田氏の頭の中には曖昧模糊とした霊肉二元論が存在しているだけである。極めて短絡的な思考回路が、大田氏は麻原氏と似ているように思える。

その短絡的な思考回路から出てきた大田氏的「霊」「霊性」という単語であり、「霊性進化論」という造語であるのだが、彼はそこから勝手に妄想を膨らませて、ブラヴァツキー夫人が「進化論と心霊主義の構想を巧みに融合させた」などと、嘘八百書いている。

そもそもブラヴァツキー夫人が「霊」をどのような意味で使ったのか、大田氏は全くわかっていない。

『現代オカルトの根源――霊性進化論』の主要参考資料一覧に挙げられているブラヴァツキー夫人の著作は、H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1989)と、『シークレット・ドクトリン』原書の第2巻 Anthropogenesis(人類発生論) の2冊だけである。

わたしが持っているジルコフ編『シークレット・ドクトリン 第 1 巻』本文の最初に「霊」という言葉が出てくる文章を探してみた。

Spirit is the first differentiation from THAT,the causeless cause of both Spirit and Matter.

Helena Petrovna Blavatsky. The Secret Doctrine: Collected Writings 1888 : Cosmogenesis. Boris De Zirkoff , ed. Quest Books, 1993, p.35

この文章を含む、壮麗な本文最初の段落を、田中恵美子氏、ジェフ・クラーク氏の名訳で紹介したい。それで、興味が湧いたかたはブラヴァツキー夫人と大田氏の著作を読み比べていただきたい。そうすれば、ブラヴァツキー夫人の著作が別格であることがわかるだろう。

    スタンザ 1

      宇 宙 の 夜

1. 永遠の親(空間)は常に目に見えぬ彼女の衣に包まれ、七つの永遠の間、再び深い眠りにおちていた。

“親空間”は永遠で常に存在し、あらゆるものの原因である。つまり、理解できない神性であり、その“目に見えない衣”はあらゆる物質の根であり宇宙の神秘的な根でもある。空間とは私達には最も容易に想像できる永遠なものであって、それは抽象的なものとして不動であり、客観的宇宙が空間の中にあってもなくても、左右されることのないものである。空間はあらゆる意味で次元がなく、自存するものである。霊は、霊と物質両方の原因なき原因であるそれから最初に分化したものである。秘教問答に教えられているように、空間とは無限の空虚でもないし、条件づきの充満でもなく、その両方である。空間は存在して来たし、これからもいつもあるであろう。

H・P・ブラヴァツキー. シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上). 田中恵美子, ジェフ・クラーク訳. 神智学協会ニッポン・ロッジ, 1989, p.239.

第3巻 Index で、英語で「霊」に当たる Spirit を見ると、様々な使いかたがされているようでありながら厳然とした意味があるようで、神智学のイロハもわかっていなかったころのわたしは Soul との区別もつかず、混乱した。

しかし、ありがたいことに、神智学の入門書といってよいH・P・ブラヴァツキー(田中恵美子訳)『神智学の鍵』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1995)の用語解説に日本ロッジの挿入文があり、ブラヴァツキーの著作では Spirit がどのような意味で使われるかの解説がある。異なる六つの意味が挙げられていて、各々わかりやすい解説が施されている。

東大の博士課程を終了して埼玉大学非常勤講師を勤める人物のものとは思えない雑な内容の大田氏の著作は、インビュー記事も同じことなので、彼の短絡思考がわかりやすいインタビュー記事を引用する。

ブラヴァツキーは、人類の中には「神人」に進化しうる種子が含まれている一方、霊性の次元から目を背けて「動物化」する人間もいる、という二元論を立てたのですね。私はこうした考え方を「霊性進化論」と呼んでいます。

本多カツヒロ(フリーライター). “なぜ人間はオカルトにハマってしまうのか?: 『現代オカルトの根源』の著者、大田俊寛氏に聞く”. 東洋経済オンライン. 2013-08-23. https://toyokeizai.net/articles/-/18156, (参照 2020-08-19).

大田氏自身が「私はこうした考え方を『霊性進化論』と呼んでいます」と述べていることからもわかるが、前述したように「霊性進化論」というのは大田氏の造語である。この進化街道を驀進する霊性の「霊」とは、どのような意味の「霊」なのか。その「霊」の性質ばかりがひたすら進化するということなのか?

「霊」の定義すらせずに、漠然とした意味の「霊」を、単純な唯物論者ダーウィンの進化論にくっつけている。「こうした考え方」もブラヴァツキー夫人のものではなく、大田氏の自説であるにすぎない。

ブラヴァツキー夫人は、『神智学の鍵』(田中恵美子訳、神智学協会ニッポン・ロッジ、1995)で次のように述べている。

神智学の教えは霊と物質の同一性を主張し、霊は潜在的な物質であり、物質は結晶した霊にすぎないと言います。例えば、氷は固体化した水蒸気であるようにです。しかし、万物の大本で永遠の状態は霊ではなく、いわば超霊(目に見える形体のある物質はその周期的な現れにしかすぎない)なので、私達は霊という言葉は「まことの個性」に適用することができるだけだと主張します。(ブラヴァツキー,田中訳,1995,p.42)

ブラヴァツキー夫人のこの説は一元論だろうか、二元論だろうか。論点によって、それは変わってくる。一元論か二元論かといった、哲学におけるこのような解釈手段自体がもはや古いといえる。

前掲引用に出てくる神智学用語としての「個性(Individuality)」の意味を知るには、まず「人間を含めて宇宙のあらゆる生命、また宇宙そのものも『七本質』という七つの要素からなっている」(H・P・ブラヴァツキー. 実践的オカルティズム. 田中恵美子, ジェフ・クラーク訳. 神智学協会ニッポン・ロッジ , 1995, 用語解説「本質(Principle)」p.23.)ことを理解しなければならない。

ブラヴァツキー夫人の説が如何に複雑であるかは、引用した文章からも、その一端が窺えよう。しかしながら、哲学はこのように複雑であるのが普通だから、大田氏が披露する二元論は幼稚すぎて衝撃的であった。

神獣二元論ともいうべき珍説と共に考え出され、名付けられた「霊性進化論」は、大田氏によって考え出された――おそらく、麻原氏の思想に合わせて考え出されたのだろうが――説であることを押さえておきたい。

大田氏へのインタビュー記事から引用を続ける。

麻原の世界観では、人類全体が2つの種類に大別されていました。ひとつは、自らの霊性のレベルを高め、超人類や神仙民族と呼ばれる存在に進化する「神的人間」であり、もうひとつが、物質的欲望におぼれ動物化していく「動物的人間」です。麻原の見解によれば、現在の世界は「動物的人間」がマジョリティを占めており、他方、「神的人間」はマイノリティとして虐げられている。この構図を転覆しようというのが、「種の入れ替え」という言葉が意味していたものです。

オウムは、数々の修行やイニシエーションによって、「神的人間」を創出・育成しようとした。その一方で、人類の霊性進化の妨げとなる「動物的人間」を粛清しようと、70トンという膨大な量のサリン生産計画に着手したわけです。現在の日本をサリンで壊滅させた後、「シャンバラ」や「真理国」と呼ばれるユートピア国家を樹立しようというのが、オウムの最終目的でした。このように、オウムの世界観においても、「神への進化」と「動物への退化」という霊性進化論的な二元論が、極めて根幹的な役割を果たしていたのです。

本多カツヒロ(フリーライター). “なぜ人間はオカルトにハマってしまうのか?: 『現代オカルトの根源』の著者、大田俊寛氏に聞く”. 東洋経済オンライン. 2013-08-23. https://toyokeizai.net/articles/-/18156, (参照2020-08-19).

『現代オカルトの根源――霊性進化論』で、ブラヴァツキー夫人の著作内容の複雑で重厚な内容を、似ても似つかない間違いだらけの短い要約で済ませてしまって平気な大田氏とは、一体何者なのか?

大田氏の国語力に問題があることは間違いないが、果たしてそれだけの問題なのか?

前にも同じことを書いたような気がして探すと、果たして、そのとき、わたしは大田氏の著作はあまり読んでいなかったはずだが、「オウム真理教事件の犯人は『思想』だった」という記事を、ウィキペディア記述のソースを探して読んだらしい。
※この記事は正しくは、「オウム真理教事件の真の犯人は『思想』だった」というタイトルのエッセー。
 大田俊寛. “オウム真理教事件の真の犯人は「思想」だった”. シノドス. 2014-05-15. http://synodos.jp/society/8575, (参照 2020-08-20).

わたしははてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」の中のエッセー 26「ブラヴァツキー夫人の神智学を誹謗中傷する人々 ①ブラヴァツキー夫人とオウムをくっつける人」で次のように書いている。

孫引きで構成されたいい加減な記事しか書けない癖に、なぜかある程度の知名度があって、自身の主張を広く世間に発信する力を持っている――このような人物こそが思想的な混乱を招く大きな一因となっているとわたしは思うのだが、そんなことは夢にも思わないのだろうか。
わたしは、オウム真理教事件の真の犯人は「国語力の不足」だったと考えている。だから、閲覧者が少ないにも拘わらず、拙ブログ『マダムNの覚書』で文学について、読書について書いてきた。(略)
オウム真理教が反日テロ組織であったことは明白で、中共のような思想弾圧している一党独裁国家ではない、憲法第20条で信教の自由を規定した日本国において彼らは反日テロを起こすという重大な思想的問題を孕んでいたわけだが、そのことを問題視しないのはどういうわけだろうか。

大田氏がわたしの目にオウム真理教(及びその分派団体)の御用作家と映るのは、彼が麻原氏の思想を自説で補填しているからである。

その補填のための自説を以ても庇いきれない異常性が麻原氏の思想には存在するためか、ブラヴァツキー夫人の名を借りて神智学に麻原氏の一切の罪を負わせようとした。何て卑劣な行為であることか。

わたしは過去記事で、文部科学省の教科書調査官として歴史教科書の検定に関与していた北朝鮮のスパイXがオウム事件にも関与し、日本転覆を図ったことがあるというニュース記事を紹介した。

2020年7月30日 (木)
オウム真理教事件にも絡んでいた北朝鮮のスパイ
https://elder.tea-nifty.com/blog/2020/07/post-58a264.html

このようなニュース記事を読むと、大田俊寛氏が純粋に学者としてオウム真理教に関する研究を行ってきたのか、疑わしくなってくる。

大田氏は吉永進一氏同様、オウム真理教の反日性には目もくれず、ブラヴァツキー夫人を煙幕のように悪用して「霊性進化論」という自説に拘泥し、オウム真理教に寄り添う。

北朝鮮のスパイがオウム事件に関与し、国家転覆を図ったことがあるというのであれば、オウム真理教には強い反日性があり、それこそがオウム真理教に内在する第一義的な「思想」であったはずである。つまりオウム真理教事件の真の犯人は反日思想だったということである。

オウム真理教の継続団体「ひかりの輪」ホームページ、広報部のお知らせに「宗教学者2名(鎌田東二氏・大田俊寛氏)の方がひかりの輪の健全性を認める報告:長年の広範な調査研究の結果(2018年04月18日)」という記事がある。

両氏の略歴と論文が紹介されている記事で、大田氏については次のように紹介されている。

新進気鋭の宗教学者であり、近年出色のオウム真理教研究とされる「オウム真理教の精神史」の著者。ひかりの輪に関しても、その教材・資料のほとんどを精査するなど、その広範な調査・研究は他の追随を許さない。東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻宗教学宗教史学専門分野博士課程を修了。グノーシス主義の研究でも著名。

大田博士は、2014年、ひかりの輪の外部監査委員会(当時の委員長は河野義行氏・元長野公安委員・松本サリン事件被害者遺族)の要請を受けて、それまでの深く広範な調査・研究に基づいて、団体の思想・活動に観察処分に値するような危険性があるか否かに関して、意見を同委員会に提出されました。(略)

結論として、ひかりの輪は、オウム真理教の教義・活動の中で事件の原因となった危険な要素に対して十分な対処しており、その意味で危険な団体ではないとして、公安調査庁の見解を否定しました。また、2017年にも再び、同じ趣旨の意見を発表されています。

広報部のお知らせ. “宗教学者2名(鎌田東二氏・大田俊寛氏)の方がひかりの輪の健全性を認める報告:長年の広範な調査研究の結果”. ひかりの輪. 2018-04-18. http://www.joyu.jp/hikarinowa/news/00news/1348_1.html, (参照 2020-08-19).

続いて、ひかりの輪に関する意見書(2014年11月)、ひかりの輪に関する意見書追加版(2017年11月)、雑誌「宗教問題」の座談会(2017年10月)での発言メモ(2018年3月20日発表)へのリンクがある。

雑誌「宗教問題」の座談会(2017年10月)での発言メモには、前掲インタビュー記事「なぜ人間はオカルトにハマってしまうのか?」へのリンクもある。

大田氏は次の記述からもわかるように、彼自身はおそらくマルクス的唯物論者で、神秘主義に対しては上から目線である。

私自身は、「ひかりの輪」が主張するように、すべての人間のなかに「神聖な意識」が存在するとは思わないし(少なくとも私のなかには、そのような意識は存在しない)、また、現実においても理念においても、「万人・万物が繋がって一体である」とも考えない。

大田俊寛. “「ひかりの輪」の宗教的活動に関する私見”. ひかりの輪. 2014-11-17. https://goo.gl/yyhFU2, (参照 2020-08-21).

それでいながら、オウム真理教とその後継団体に大田氏は寄り添う。ブラヴァツキー夫人の思想を麻原氏の思想に合わせて捏造するほどの献身ぶりなのである。

マルクス的唯物論者がなぜグノーシス主義を研究しようと思ったのか、わたしには不可解である。マルクス的唯物論者には最も縁遠い研究分野といってよいからだ(マルクス的唯物論者のこの手の論文は読めたものではない)。オウム真理教研究者としての箔を付けるためだとしか思えない。

大田氏は同文書において、次のようなことも記述している。

日本社会では現在、オウム真理教は実は、ロシアや北朝鮮の傀儡として作られた教団であり、地下鉄サリン事件は、これらの国家が目論んだ「間接的侵略」であった、とする陰謀論がまことしやかに流布されている。しかしながら、オウム真理教の思想や世界観を鑑みれば、同教団がロシアや北朝鮮の傀儡として行動するということはまったく考えられず、また、こうした憶測の裏づけとなる証拠は何一つ存在していない。

大田俊寛. “「ひかりの輪」の宗教的活動に関する私見”. ひかりの輪. 2014-11-17. https://goo.gl/yyhFU2, (参照 2020-08-21).

オウム真理教事件がロシアや北朝鮮の傀儡とは無関係だと強弁する姿勢は、およそ客観的とはいえない。彼の専門外の事柄だからである。そして、北朝鮮のスパイがオウム真理教事件に関わっていたことが発覚した今、この強弁には疑わしさが漂う。

2020年3月12日付「日本経済新聞」電子版のニュース記事は、観察処分の取り消しを求めた「ひかりの輪」の敗訴が最高裁で確定したと報じている。

オウム真理教の後継団体「アレフ」から分派した「ひかりの輪」が、団体規制法に基づく観察処分の取り消しを求めた訴訟で、最高裁第3小法廷(林景一裁判長)は12日までに、ひかりの輪の上告を退ける決定をした。10日付。観察処分を取り消した一審判決を取り消し、請求を棄却した二審・東京高裁判決が確定した。(略)二審判決は「ひかりの輪はオウム真理教の修行体系の最も基礎的、本質的な部分を継承している」などと指摘。15年の処分更新の時点でも、松本智津夫元死刑囚(麻原彰晃、執行時63)がひかりの輪の活動に影響力を有していたとし、更新は適法だったと結論づけた。

“観察処分巡り「ひかりの輪」の敗訴確定 最高裁”. 「日本経済新聞」電子版. 2020-03-12. https://www.nikkei.com/article/DGXMZO56694320S0A310C2CE0000/, (参照 2020-08-19).

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2020年6月26日 (金)

坂口安吾ノート ① GHQ 御用作家だったのか? 対照的に、胸を打つ田中保善『泣き虫軍医物語』の記述。(27日朝に加筆)

萬子媛をモデルとした童話の執筆に入ろうか、というときに、坂口安吾全集を丹念に読み、小論を書くだけの時間がわたしにはない。

それで、いつものように、時間ができたときにノートだけでもとっていこうと思う。トラヴァースも放置状態。

『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 Kindle版
出版社: 坂口安吾全集・出版委員会; 1版 (2015/3/6)
ASIN: B00UDH9QY6

このKindle書籍を読んで、坂口安吾について見直しを迫られたことについては、前記事に次のように書いた。

先月、坂口安吾のエッセーをパソコン向けのKindleアプリ(Amazonのサイトから無料で入手できます)で読んでいたところ、大変ショッキングな文章に出くわしました。坂口安吾について再考を迫られる出来事でした。この男、こんなに頭が軽かったのかと失望しました。続いて織田作之助のエッセーを読み、これにも失望(この人、エッセーは書かない方がいい)。

太宰にはとっくに失望していましたが、安吾と織田作には一目置いていたのに。思想家であり作家であり、といった連中ではなかった、器用な小説家にすぎなかったと心底失望しました。勿論、彼らの小説に対する評価まで下がったわけではありません。ただ、この三羽ガラスの頭の中の頼りなさを考えるとき、日本文学が下り坂になったのも当然だったように思えました。

わたしにとって、ショッキングな文章は「もう軍備はいらない」に存在した。

 自分が国防のない国へ攻めこんだあげくに負けて無腰にされながら、今や国防と軍隊の必要を説き、どこかに攻めこんでくる兇悪犯人が居るような云い方はヨタモンのチンピラどもの言いぐさに似てるな。ブタ箱から出てきた足でさッそくドスをのむ 奴の云いぐさだ。
 冷い戦争という地球をおおう妖雲をとりのぞけば、軍備を背負った日本の姿は殺人強盗的であろう。

坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.97732-97736). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.

 高い工業技術とか優秀な製品というものは、その技能を身につけた人間を盗まぬ限りは盗むわけにはゆかない。そしてそれが特定の少数の人に属するものではなく国民 全部に行きたわっている場合には盗みようがない。
 美しい芸術を創ったり、うまい 食べ物を造ったり、便利な生活を考案したりして、またそれを味うことが行きわたっ ているような生活自体を誰も盗むことができないだろう。すくなくとも、その国が 自ら戦争さえしなければ、それがこわされる筈はあるまい。

坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.97761-97765). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.

人に無理強いされた憲法だと云うが、拙者は戦争はいたしません、というのはこの 一条に限って全く世界一の憲法さ。戦争はキ印かバカがするものにきまっているのだ。
坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.97806-97808). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.

坂口安吾の文庫本を大学時代に買い漁った記憶があるが、このエッセーは初めて読んだ。

連合国軍最高司令官総司令部 GHQ の民政局は、占領政策の中心的役割を果たした。ここは左翼の巣窟だったといわれる。

WGIP(戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画)が占領政策の一環として行われたそうだから、戦後生まれの人間がこのようなことを書くのであれば、不思議ではない。

しかし、安吾は明治39年(1906)に生まれ、昭和30年(1955)に死去した、明治生まれの人間である。明治期から日本を見てきた作家でありながら、ここまでバランスを欠いた見方をする人間というのは、珍しい気がする。

そう思うのは、わたしに比較対象ができたからで、その対象とは過去記事でいくらか内容を紹介した田中保善『泣き虫軍医物語』(毎日新聞社、1980)である。

田中保善『泣き虫軍医物語』に見る第二次大戦の諸相 ①映画「タイタニック」ばりの脱出劇と醤油樽
https://elder.tea-nifty.com/blog/2019/11/post-b53bf2.html

田中保善氏も明治生まれの人間で、明治42年(1909)のお生まれなのだ。安吾と 3 歳しか違わない。両者の戦争観のこの違いは何だろう? まるで、別の戦争であったかのようだ。

尤も、安吾は出征していない。エッセー「魔の退屈」には徴用令・出頭命令体験について、次のように述べられている。

戦争中、私ぐらゐだらしのない男はめつたになかつたと思ふ。今度はくるか、今度は、 と赤い紙キレを覚悟してゐたが、たうとうそれも来ず、徴用令も出頭命令といふのはきたけれども、二三たづねられただけで、外の人達に比べると驚くほどあつさりと、おまけに「 どうも 御苦労様でした」と馬鹿丁寧に送りだされて終りであつ た。私は戦争中は天命にまかせて何でも勝手にしろ、俺は知らんといふ主義であつたから、徴用出頭命令といふ時も勝手にするがいゝや何でも先様の仰有る通りに、といふアッサリし た考へで、身体の悪い者はこつちへと言はれた時に丈夫さうな奴までが半分ぐらゐそつちへ行つたが、私はさういふジタバタはしなかつ た。
坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.84219-84226). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.

ウィキペディア「坂口安吾」には「1944年(昭和19年)- 38歳。(略)徴兵逃れの目的で日本映画社の嘱託社員になる。」(「坂口安吾」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2020年6月23日 06:39 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org)とあるが、この文章のソースがわからないので、確認できていない。

ウィキのこの記述が本当だとすれば、安吾は嘘つきである。一方、田中氏は何のけれん味もなく、赤紙(召集令状)、身体検査について記述している。

緒戦華々しかった太平洋戦争もこの年になると、太平洋の島々は次々と連合軍に占領されて戦局は重大化し、開業医も次から次と召集されていった。丙種合格の国民兵の医者は、招集されたら衛生兵にされるが、軍医予備員を志願して教育を受けておけば、招集時には軍医として入隊できるというので、私をはじめ国民兵の医者は揃って軍医予備員を志願した。(田中,1980,p.8)

田中氏は身体検査での不合格を願っていた。それで事前に仕入れた情報に従って受け答えをするが、それが裏目に出て合格してしまう。

というのも、田中氏には18歳のときに罹患した多発性神経炎の後遺症があり、手足に振顫があった。検査のとき、両手を揃えて前に伸ばしたら、振顫が止まらなかった。試験管に「静脈注射ができますか」と訊かれ、そのときに「できます」と答えなければ、不合格になっていた可能性が高かった。

田中氏が、心の奥では不合格を希望しながら口では注射でも何でもできますと言ったのは、試験管の心証をよくして不合格になる作戦をとったからなのだ。後で、田中氏は医者と医者との間柄で不要な粉飾や虚勢を行ったことを反省している。

出征に当たり、地元の地区一同約 70 戸総出で武運長久の祈願祭を祐徳稲荷神社でいとなんでくれ、帰りには地区有志による送別会が開かれた。

田中氏の妻は接待に忙しく、目が離れた隙に、4 歳になる長女が勝手にご馳走を食べて疫痢になり、生死不明の重態に陥ってしまう。自分で治療してやる時間のない田中氏は長女をすぐに入院させ、後ろ髪を引かれる思いで、町主催の壮行会に出席した。その下りは次のように描かれている。

 駅には既に沢山の見送りの人達が集まっていた。親類、先輩、後輩、友人、医師会、町の有志の方々、私が校医をしていた能古見村国民学校児童 3 年生以上と能古見村青年学校生徒並びに先生方全員、鹿島駅内外にあふれんばかりである。その日はひじょうに暑かったが、国民学校の児童は皆素足であった。大地は土埃が立ち、焼ける程暑く、児童達は両足を揃えて立っておられずに、交互に足踏みをしていた。(略)
 〽我が大君に召されたる
   生命はえある朝ぼらけ……
 児童達が日の丸を振り振り無心に歌う。一般の見送りの人も同調して合唱は波のごとく広がり、駅の内外を包んだ。姉のテイ子の目に涙があふれ出した。私の家族の目にも涙が光っている。瀕死の愛児を残して心は後に引かれながら不平も言えず、“大君に召されていく” 私の気持ちを察して、私を可哀想と思って涙が出てきたのであろう。私も感極まって涙があふれてきた。出征兵士が出発にあたり泣き出すような女々しいことは男の恥である。泣くまいと思っても涙は止まらず、私は直立不動の姿勢で流れる涙をふきもせず、列車のデッキに立っていた。(田中,1980,pp.9-10)

前途多難な出征が予想される記述である(幸い長女は助かる)。そして、見送る側からも、見送られる側からも、温かく繊細な情感が伝わってくるではないか。

実際に、戦地での――否、戦地に向かう途中から既に――田中氏は一難去ってまた一難の連続であり、生還は奇跡的であった。そのような中にあっても、田中氏の率直で素直な感情の発露や細かな観察眼は衰えない。戦地での連合軍との戦いの合間にあったのは、とにかく「生活」であり、その生活スタイルが大きく崩れていなかったことに驚かされる。

不足する食糧や物品の調達にも、現地の人に対しては軍票での支払いや物々交換が貫かれていた。兵隊たちに餓死者も出ているような状況であるのに、である。日本が負けたことで、軍票はただの紙切れになってしまうが、無価値になった軍票でバナナを買ってくれと追いかけてきた現地人がいた。

この現地人たちはケニンゴウで山崎知事の下で働き、人間的に平等に待遇され、感激して、敗戦後もその恩を忘れず、なんとかして日本人に恩返しをしようと思っているのであった。(田中,1980,p.197)

また、意外だったのは、戦争末期の過酷な戦地ボルネオにあっても、危険地帯と安全地帯が存在したということである。安全地帯は、連合軍の侵攻によって、反日ゲリラの夜襲、また気象などによって、変化する。

餓死の多くは単独で訪れたのではなく、マラリアが先にやってきている。それがどのような訪れかたであったか、典型例と思われるものを引用する。

移動を開始した各部隊は、スコールのため出現した地図にない沼を腰まで没して渡ったり、密林中道なき所をさまよい、マラリアに冒され、発熱し衰弱して歩けなくなり、落伍して食糧がなくなり餓死する兵隊も続出した。(田中,1980,p.165)

そして、戦地での敗戦後の困難。敗戦ゆえの困難は大きかった。敵に降伏に行く惨めな行軍にも物資は必要であるのに、けわしい山道で頼りになる水牛は連合軍の告知により、使用できなくなった。

俘虜後の収容所での飢餓感から、交換物資もなくなった日本兵による食糧品の窃盗事件が頻発するようになる。監視の豪州兵に発見されると、体刑として石切り場のメンパクトに送られた。そこでの重労働のため、メンパクトは死を意味した。何とか別の刑をと嘆願し、道端に土下座して通行人に一日中頭を下げることを実行することで刑の執行を免除して貰う。

灼熱の太陽に照らされながら、缶詰を盗んだ兵隊は「私は盗みをしました。今後絶対にしませんからお許しください」と謝罪の叩頭を続けた。

戦争映画などではよく、日本人を馬鹿にするかのように、昭和天皇による玉音放送にあった一節「耐へ難きを耐へ、忍び難きを忍び」が流される。しかし、重要な玉音放送全文が紹介されることはない。

玉音放送には、「先にアメリカ・イギリスの2国に宣戦したのも、まさに日本の自立と東アジア諸国の安定とを心から願ってのことであり、他国の主権を排除して領土を侵すようなことは、もとより私の本意ではない」(「玉音放送」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2020年6月25日 13:07 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org))という宣戦の動機について語られた箇所があり、その内容を日本人に知られたくない人々が日本に存在し続けているからだろう。

「耐へ難きを耐へ、忍び難きを忍び」の一節が、叩頭を続ける兵隊への励ましの言葉として出てくる。

津山兵長は監視兵の眼を盗んで土下座した兵に近づき、「頑張れ、頑張れ、我々は生き抜いて日本へ帰るんだ。ここで挫けては駄目だ。作業終了時刻まで頑張るんだ。耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、我々は共に生きて祖国日本へ帰るんだ」と熱心に激励し続けていた。(田中,1980,pp.212-213)

戦争物はあまりにも一面的な描かれかたをしているように思う。それを後押ししたのは、残念ながら坂口安吾のような作家たちであったのではないだろうか。

エッセー「特攻隊に告ぐ」の次のような箇所など読んで、そのように思わずにはいられない。

私はだいたい、戦法としても特攻隊というものが好きであった。人は特攻隊を残酷だ というが、残酷なのは戦争自体で、戦争となった以上はあらゆる智能方策を傾けて戦う以外に仕方がない。特攻隊よりも遥にみじめに、あの平野、あの海辺、あのジャングル に、まるで泥人形のようにバタバタ死んだ何百万の兵隊があるのだ。戦争は呪うべし、 憎むべし。再び犯すべからず。その戦争の中で、然し、特攻隊はともかく可憐な花であったと私は思う。
坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.57663-57670). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.

私は文学者であり、生れついての懐疑家であり、人間を人性を死に至るまで疑いつづける者であるが、然し、特攻隊員の心情だけは疑らぬ方がいいと思っている。なぜなら、 疑ったところで、 タカが知れており、分りきっているからだ。要するに、死にたくない本能との格闘、それだけのことだ。疑るな。そッとしておけ。そして、卑怯だの女々しいだの、又はあべこべに人間的であったなどと言うなかれ。
坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.57678-57683). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.

ここまで特攻隊を馬鹿にした文章を、安吾が書いていたとは知らなかった。田中氏の戦地――ジャングル――体験記録を読む限り、安吾が書くような「泥人形」のように死んでいった人間など、1 人もいない。何て失礼極まる、無責任な書きかたであることか!

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2020年5月 4日 (月)

第36回織田作之助青春賞 受賞作(丸井常春)『檻の中の城』を読んで。コロナ禍で人気の名作2編『ペスト』。

亀感想だが、自分のための覚え書きとして、簡単に感想をメモしておきたいと思う。

先に、第26回三田文学賞新人賞 受賞作(小森隆司)『手に手の者に幸あらん』を読んだ。

『手に手の者に幸あらん』は、純文学界でずっと流行が続いている作風で、南の国で行方不明になった熱帯植物研究会の副会長を務めている妻を探しに冒険の旅に出かけた男性を主人公とする冒険ファンタジー小説。

完全な空想小説でも、冒険小説でもない、曖昧な……ああ、またこの手の小説か、と思いたくなる作風だ。織田作之助青春賞とは異なり、応募者の年齢に幅のある三田文学新人賞。受賞者は応募時60歳とあり、年齢にふさわしい手練れの文章家である。

しかし、この作風ではその文章力がもったいない。純文学の書き手なら挑戦すべき内的探究をお預けにしたまま、ファンタジーに逃げているのが感じられるからだ。

純文学界に居座った集団マンネリズム。集団エゴイズムというべきかもしれない。それに忠実な作風で選考委員を安心させる者が仲間に加えられることが繰り返されてきた、純文学界の荒廃。仲間内で利益を分かち合うための巧妙な仕組み。

いつまでこれが続くのだろうか、許されるのだろうか? それに対する抵抗感よりも最近ではこの成り行きを見定めたい思いのほうが強くなった。

読者を内省の深みへと誘う小説と暇つぶしにしかならない小説とでは、月と鼈、生死を一つにする瞑想的読書と生死を分離させる単なる娯楽的読書との違いがある。

神秘主義者としていわせて貰えるなら、前者は後者に比べて、死後に味わえる世界が桁違いに違ってくるのだ、といいたい。なぜなら死後の世界とは、ある意味で、内的世界そのものだからである。

冒険小説といえば、イギリスの作家ダニエル・デュフォー(Daniel Defoe,1660 - 1731)の『ロビンソン・クールソー』には、子供のころ、夢中になった。

何回読み返したか、わからないほど。手に汗握るスリリングな場面は勿論好きだったが、子供のわたしに印象的だったのは、主人公が海亀の卵を料理して食べる場面だった。とてつもなく美味しそうで、食いしん坊のわたしはその場面を涎を垂らさんばかりにして読んだ。

横道に逸れるが、そのダニエル・デュフォーに『ペスト』という作品があるとは知らなかった。

清教徒革命を経て王政復古後のロンドンで1665年に流行し(en:Great Plague of London)、およそ7万人が亡くなった。1666年に大火(ロンドン大火)が起こり全市が焦土と化したことでノミやネズミがいなくなり流行は終息した。(後にダニエル・デフォーは『疫病の年』(A Journal of the Plague Year、1722年刊)という小説で当時の状況を克明に描いた)。
「ペスト」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2020年4月30日 10:51 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org

ペストがロンドンで流行った年、デュフォーは5歳だから、丹念な取材と調査を基に書かれたのだろう。この小説がコロナ禍のわが国で人気だそうで、大層面白いらしい。

ペスト (中公文庫)
ダニエル デフォー (著), Daniel Defoe (原著), 平井 正穂 (翻訳)
出版社: 中央公論新社; 改版 (2009/7/25)

Kindle版の無料サンプルをダウンロードして読むと、畳みかけるような事実の報告と感じさせられる筆致に迫力があり、確かに面白そうだ。文庫本でも出ており、読みたい。

同じタイトルの小説に、フランスのノーベル文学賞作家アルベール・カミュ(Albert Camus,1913 - 1960)の『ペスト』がある。これを大学時代に読んだわたしがコロナ禍で思い出したのは、こちらの『ペスト』である。ペストのためにロックダウンされたオランの町が描かれている。

ペスト (新潮文庫)
カミュ (著), 宮崎 嶺雄 (翻訳)
出版社: 新潮社; 改版 (1969/10/30)

今回のコロナ禍でわたしが何よりも驚いたのは、日本人がかくも外向的な国民になってしまっているということだった。この国の人々は、以前はもっと内省的なところがあったのではなかったか。楽しみも喜びも、外部に求めることしか知らない、外部依存症ともいうべき状態に陥っているのではないか。

引きこもりはその裏返しともいえよう。

前述したように、読書習慣があったとしても、娯楽的読書に慣らされた人々にとっての読書体験は内的自己と深く関わることのないま終わってしまうため、外部依存症が強まるにすぎないのだ。

詰まるところ、この国の多くの人々が、自己の内面を見つめる習慣を終ぞ持たないまま死んでいくのだろう。

もしそうだとしたら、それは文学の責任といえる。衰えた宗教哲学のせいともいえよう。神秘主義者であり、世に知られることのない物書きの一人として、痴呆的になったこの国の前途をわたしは今、深く憂慮する。

カミュの『ペスト』は象徴性を宿したリアリズム小説といわれるが、デュフォーの『ペスト』と比較すると観念的といえる。だが、カミュの人間社会を見つめる目は鋭く、そこにカミュのリアリストとしての側面が感じられる。

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アルベール・カミュ(1957),出典:ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

戦後、欧米の影響を強く受けた日本国民の姿は、カミュの描いたオラン市の人々に似ている。小説は次のように始まる。

ある町を知るのに手頃な一つの方法は、人々がそこでいかに働き、いかに愛し、いかに死ぬかを調べることである。われわれのこの小さな町では、風土の作用か、それがすべていっしょくたに、みんな同一の熱狂的でしかもうつろな調子で行われる。という意味は、人々はたいくつしており、そして習慣を身につけることにこれ努めているのである。(略)たしかに、人々が朝から晩まで働き、さてそれから、生きるために残された時間を、みずから選んでカルタに、カフェに、またおしゃべりに空費する光景ほど、こんにち、自然なものはない。しかし、人々がときおりはまた別なものの存在をそれとなく感じてもいるような、町や国もある。一般には、それが彼らの生活を変えはしない。ただ、それにしても感じることは感じたのであり、つねにそれだけの収穫にはなっている。オランはこれに反して、明らかにそんな感知など存在しない町、換言すればまったく近代的な町である。したがって、この町で人々が愛し合う、その愛し方を明確に描くことはかならずしも必要でない。男たちと女たちは、愛欲の営みと称せられるもののなかで急速に食い尽くし合うか、さもなければ二人同士のながい習慣のなかにはまりこむかである。(カミュ,宮崎訳,1969,pp.6-7)

長い脱線になった。

第36回織田作之助青春賞 受賞作(丸井常春)『檻の中の城』では、熊本地震がモチーフとなっている。

熊本地震(くまもとじしん)は、2016年(平成28年)4月14日(木)21時26分以降に熊本県と大分県で相次いで発生した地震。
気象庁震度階級では最も大きい震度7を観測する地震が4月14日夜(前記時刻)および4月16日未明に発生したほか、最大震度が6強の地震が2回、6弱の地震が3回発生している。日本国内の震度7の観測事例としては、4例目(九州地方では初)および5例目に当たり、一連の地震活動において、現在の気象庁震度階級が制定されてから初めて震度7が2回観測された。また、熊本県益城町で観測された揺れの大きさは計測震度6.7で、東北地方太平洋沖地震の時に宮城県栗原市で観測された揺れ(計測震度6.6)を上回り、国内観測史上最大となった。また、一連の地震回数(M3.5以上)は内陸型地震では1995年以降で最多となっている。

「熊本地震 (2016年)」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2020年4月16日 11:35 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org

このとき、隣県に暮らすわたしのところも長期間揺れた。娘とわたしは寝室に寝るのが怖くて、すぐに逃げ出せるように玄関前の廊下に寝具を持ち込み、そこで2週間ほどだったか、寝ていた。

その後、熊本市に住む友達と会ったとき、マンションに入った亀裂の話を聞き、熊本城の写真を見せて貰った。熊本城の被災に対する彼女のショックは伝わってきたが、痛ましいお城の写真を目にしても、どこか他人事としてしか受け止められないことがもどかしかった。

『檻の中の城』にも被災した熊本城が登場する。

かつて緻密に並んでいたはずの石は崩れ落ち、意味を持たない塊[かたまり]となって散乱している。構造物という概念は失われ、まるで柄のないジグソーパズルのようだった。月明かりが瓦に鈍く反射して露呈した土塊[つちくれ]が輝く。そんな光景を包みこむように、春夜[しゅんや]の風が吹き抜ける。(三田文學2020年冬季号 №140,第36回織田作之助青春賞,196頁)

友人の見せてくれた写真よりも、この描写のほうが崩れた熊本城の雰囲気を伝えてくれる。冷たい石や土塊に触れ、それらの匂いを嗅いだような錯覚を覚えた。

作者はこのようなしっかりした文章が書けるのに、しばしば、稚拙な文章になる。冒頭でもそうで、読むのを止めようかと思ったほどだった。

ばあちゃんが、マンションの駐車場に集まる鳩に、パンくずをやっていた。その姿を見てホッとした。とても久しぶりの光景だったから。(三田文學2020年冬季号 №140,第36回織田作之助青春賞,193頁)

語り手の「タカ君」は小学生かと思っていたら、男子高校生なのである。そして、タカの祖母は「直角に曲がった腰」をし、「歯のない口」をしている。

老婆はこんなものだろうという既成の見方で設定された登場人物にしか思えないのは、熊本城に対するような独自の見方が欠落しているからだろう。

話もわかりづらく、短い小説ではそれは致命的である。

離婚している両親。タカは商社マンの父と暮らしていたが、小学二年生のときに父がアフリカのどこかに転勤になった。父は熊本の実家に息子を預け、ホームヘルパーを送り込んできた。

タカはヘルパーに対して、「祖父母に育てられた僕にとっては、キヨさんがお母さんみたいなもの」との思いを抱いているらしく、ガタイのよいキヨさんに違和感を抱くこともなかった。

しかし、キヨさんは実は男性であり、よくありがちなジェンダーの悩みを抱えてもいる。熊本城に過度に執着する祖母は、認知症の初期が疑われる状態にある。

熊本地震(熊本城)、ジェンダー問題、認知症といった今日的な材料を使って、作者がよくできた短編小説を書こうと頑張っているのが見てとれるわ、文章はしばしば稚拙になるわ、となると、うんざりしてしまう。

それでも読むのを止めなかったのは、4頁目に出てくる熊本城の描写に惹かれたからだろう。

そして、我慢して読んでいると、なぜタカが祖母ではなく男性であるキヨさんを母のように慕うのか、説得力があると思える場面に出くわした。

キヨさんは、濃やかな心配りをする人物として描かれている。それは気分的なものではなく、多分にプロフェッショナルな意識から来ている。タカの心情を汲み取る術に長けるキヨさんは、祖母のことでも優れた処理能力を発揮して彼の心配を和らげてみせる。

ヘルパーの中で一番優秀な人物を寄越させたのは、父だった。つまり、タカにとって冷淡に見えていた父がそうではないことがわかるようなストーリー展開となっている。

祖母は認知症の初期という要素があったとしても、あまりに地味で生彩を欠いている。それが祖母を差し置いて、キヨさんを母代わりとして立てるための作者の工夫なのか、単に描写力がないだけなのか、わたしにはわからない。

失恋したキヨさん、認知症の疑われる祖母、祖母の病気が気が気でないタカ。

それぞれに傷ついている三人は、熊本城が修復される様子をベランダから眺める。熊本城はこれまでに何度も壊れてきたのだが、その度に長い年月をかけて直してきたのだと祖母は二人に話して聞かせる。読者に希望を印象づける終わり方となっている。

モチーフにもテーマにも目新しいものは何もないのだが、作者が純文学界の集団マンネリズムに感染していないことが感じられた。それだけでも貴重であり、文体やストーリーの不安定さ、危うさが、逆に成長への期待を抱かせもする。

コロナ禍にあって、ほのかな希望の灯をともしてくれた作者に、文学愛好者の一人として感謝したい。

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2019年10月15日 (火)

軌道修正したらしいノーベル文学賞。2018年オルガ・トカルテュク(ポーランド)、2019年ペーター・ハントケ(オーストリア)。

2016年、ノーベル文学賞はシンガーソングライターのボブ・ディラン(アメリカ合衆国)が受賞した。翌2017年もノーベル文学賞は迷走を続けて、純粋な芸術性を目的として創作される純文学の作家ではなく、一般大衆を対象とした娯楽的要素の強い大衆文学の作家として人気の高いカズオ・イシグロ(イギリス)が受賞した。

何しろ、従来とは異なるジャンルへの授与が2年続いたのだから、個々の作品に対する評価は別として、これまでのノーベル文学賞とはいえなかった。

そして、昨年2018年はノーベル文学賞の選考機関スウェーデン・アカデミーに問題が起き、選考・発表が見送られた。もうノーベル文学賞は終わった……とわたしは思い、拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」で以下のエッセーを公開した。

64 2016年に実質的終焉を告げたノーベル文学賞
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2016/10/16/191359

75 ノーベル文学賞の変節、及び古代アレクサンドリアにおけるミューズ
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2017/10/08/150033

だから、今年のノーベル文学賞の発表のことはすっかり忘れていて、ツイッターでそのニュースが流れてきたとき、もうその時期なのかとびっくりした。

2018年 オルガ・トカルテュク(ポーランド)
2019年 ペーター・ハントケ(オーストリア)

以上のような結果だった。

ペーター・ハントケという名には記憶があった。

ペーター・ハントケ(Peter Handke, 1942年12月6日 - )はオーストリア出身の現代作家。小説、戯曲、詩から放送劇、フランス文学の翻訳まで幅広く活動。現在フランスのシャヴィーユ在住。(……)
孤児が言葉を知ることによって社会にとらわれていく様を幾つもの断章を用いて描いた戯曲『カスパー』(1967年)や、殺人者が次第に言葉や社会とのつながりを失っていく小説『ペナルティキックを受けるゴールキーパーの不安』(1970年)など、当初は社会に溶け込めない個人を主題とした実験的なものが多かったが、70年代から80年代から次第に肯定的、総合的な作風へ移行して行き、前年の母親の自殺を扱った『幸せではないが、もういい』(1972年)や、『ゆるやかな帰郷』(1979年)、母方の祖父の故郷スロヴェニアを旅する『反復』(1986年)といった自伝的な作品も手がけるようになった。またヴィム・ヴェンダースと組んでの映画製作が知られており、自作が原作の『ゴールキーパーの不安』(映画は1971年)『まわり道』(同1974年)や『ベルリン・天使の詩』で脚本を書いている。
「ペーター・ハントケ」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2019年10月10日 14:53 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org

映画『ベルリン・天使の詩』で脚本を手がけた人物だという。わたしは観ていないが、映画雑誌「スクリーン」だったか、「ロードショー」だったかで採り上げられていたのを覚えている。

オルガ・トカルチュク(ポーランド語: Olga Nawoja Tokarczuk[ɔlga tɔˈkart͡ʂuk] , 1962年1月29日 - )はポーランドの小説家、エッセイスト。スレフフ出身。
ワルシャワ大学で心理学を専攻。1993年にデビュー。文学専門の出版社「ruta」を設立し、2003年以降は執筆に専念する。2008年にポーランド文学最高峰のニケ賞を受賞し、現代ポーランドを代表する作家として注目されるようになった。『逃亡派』で2018年ブッカー国際賞受賞。
「オルガ・トカルチュク」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2019年10月10日 14:48 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org

オルガ・トカルチュクの作品も未読だった。行きつけの図書館にあったのは、オルガ・トカルチュクは次の2冊。

昼の家、夜の家 (エクス・リブリス)
オルガ トカルチュク (著), 小椋 彩 (翻訳)
出版社: 白水社 (2010/10/19)

逃亡派 (EXLIBRIS)
オルガ トカルチュク (著), 小椋 彩 (翻訳)
出版社: 白水社 (2014/2/25)

ペーター・ハントケは次の4冊。

左ききの女 (新しいドイツの文学シリーズ)
ペーター ハントケ (著), 池田 香代子 (翻訳)
出版社: 同学社 (1989/11/1)

反復
ペーター・ハントケ (著), 阿部 卓也 (翻訳)
出版社: 同学社 (1995/1/1)

空爆下のユーゴスラビアで―涙の下から問いかける (『新しいドイツの文学』シリーズ)
ペーター ハントケ (著), Peter Handke (原著), 元吉 瑞枝 (翻訳)
出版社: 同学社 (2001/07)

ドン・フアン(本人が語る)
ペーター ハントケ (著), 阿部 卓也 (翻訳), 宗宮 朋子 (翻訳)
出版社: 三修社 (2011/10/21)

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オルガ・トカルチュクの『昼の家、夜の家』について、訳者あとがきには「本書を構成する111の挿話は、主人公の日常生活、日記、伝説、聖人伝、料理のレシピ、隣人のうわさ話など、それぞれが独立したものでありながら、互いがゆるやかに連関している」(小椋彩、P.378)と解説されている。

独立したものを、なぜバラバラの断章にしてパラレルな形式にするのかわからない。連載物を掲載した雑誌を発行された順に綴じたような、不親切な体裁なのだ。

例えば、パトハリス修道士の物語はまとまって読むほうがわかりやすいだろうに、キノコのレシピや日記などの間に挟まれている。

わたしには必然性が感じられず、全体としてまとまりのない、統一されない内容のものを、統一感のある、意味のある集積に見せかけるためのまやかしの手法に思えた。

出典も、わざとわからなくしているのだとしか思えない。これも、作者がコレクションした文章の寄せ集めをオリジナル性の高いものに見せかけるための誤魔化しではないだろうか。

引用箇所や参考文献がどことわかるように明記してあれば、作者の改変や潤色がどの程度加わっているのか、いないのか、その引用や参考の仕方が適切なのかどうかを調べることができるのだが、それができず、わが国で流行っているパクリと見分けのつかない、フランス語で誤魔化した「オマージュ」という怪しい手法を連想して、わたしは苛立ってしまう。

というのも、「家」をモチーフとしたカリール・ジブラーンの詩の一部は、トカルチュクの小説の扉に置かれているときとジブラーンの詩の中に置かれているときとでは、別物としか思えないからだ。異なる観点から「家」というモチーフが使われ、「家」は異なる意味合いを持っているということである。

また、例えば、『逃亡派』に出てくる「ショパンの心臓」の話は実話だが、作者の解剖学趣味とショパンの心臓の話は全く意味合いの異なるもので、この作品の中に目玉商品のように置かれるのは、わたしの感覚からすれば、ショパンに対する冒涜でしかない。

作品から見る限り、トカルチュクは自然科学的というよりは即物的で、決して宗教的でも、神秘主義的でもない。ご都合主義な、ごたまぜのスピリチュアル風俗に生きる人なのだ。

わたしがトカルチュクの作品に神経質になってしまうのは、ジェイムズ・ジョイスの恣意的な手法を連想してしまうからで、その手法に対する不審感を拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」で書いた。

96 ジェイムズ・ジョイス (1)『ユリシーズ』に描かれた、ブラヴァツキー夫人を含む神智学関係者5名
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2019/06/02/004130

97 ジェイムズ・ジョイス (2)評伝にみるジョイスのキリスト教色、また作品の問題点 
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2019/06/18/200850

オルガ・トカルチュクの作品を読み込んでいる時間的ゆとりがないので、ジョイスの手法に似て見えるという点だけ、指摘しておきたい。

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ぺーター・ハントケの作品は、池田香代子訳で、『左ききの女』(同学社、1989)を読んだところだ。読み始めると先が気になって、一気読みした。

絶対音感という音楽用語があるけれど、これは絶対情感の世界とでもいうべきか、よくも悪くも夾雑物が一切ないクリアな世界である。邦訳文はそれを的確に感じとらせてくれ、読みやすい。

孤独がテーマなのだろう。

※以下、ネタバレあり。これからハントケの小説をお読みになるかたは、ここまでになさってくださいますように。

女主人公マリアンネには子供が一人いて、彼女は夫ブルーノに別居したい旨を告げる。

小説だが、映像的で、ほぼ会話と描写から成立しており、ハントケが脚本家でもあるという肩書きはなるほどと思わせられる。

女主人公の孤独だけでなく、登場人物全員の孤独が捉えられている。客観的視点を持ちながら、作者は自身を登場人物全員に重ねている。

別居した夫が、腹立ちまぎれにマリアンネにいう。

君はどんどん年をとっていく。たいしたことじゃないわ、とかなんとかいいながら。そしてある日首を吊るんだ。墓に入っても、君の生きざまにお似合いの下品な臭いをぷんぷんさせる。その日まで、君はどうやって過ごすんだ? おおかた、ぼけっと坐りこんで爪でも噛んでるのが落ちだ。そうだろ?(ハントケ,池田訳,1989,pp.82-83)

ハントケの母親は1971年に自殺しており、このことを扱ったという『幸せではないが、もういい』が出たのは、翌1972年のことだった。『左ききの女』が出たのは1976年である。

女性の孤独を濃密に扱ったこの作品にも、母親のことが投影されているのではないだろうか。図書館にペーター・ハントケ(元吉瑞枝訳)『幸せではないが、もういい』(同学社、2002)がなくて残念だ。

作者の視点は小説に登場する子供の視点と重なりながらマリアンネを観察し分析し、彼女の輪郭を顕微鏡にかけるかのように外側から克明に描写する。

マリアンネがおかしくなりそうなクライマックスで、彼女の父親が登場し、よい味を出す。父親は往年の流行作家で、今は雑文書きとなっている。この父親に娘のマリアンネは似ており、彼は娘の指標となりうる人物なのだ。

父親の登場で、マリアンネは救われたといっていいだろう。

作者ハントケは無力な子供シュテファンとしてマリアンネを見つめる一方では、滋味に溢れた物書きの父親となって、マリアンネを見つめる。

息詰まるようなストーリー展開であるにも拘わらず、途中で読むのが嫌にならないのは、作者の真摯さ、誠実さ、人間的な温かさが読者にも伝わってくるからだろう。

マリアンネが父親に再会して再生のきっかけを掴むように、読者も作者から言葉にできない何か確かなものを受けとる。

それは孤独を課題として引き受けて身じろぎもしない、作者の誠実な創作姿勢及び不撓不屈の精神性であるかもしれない。

父親と別れたマリアンネは、息子と山登りをする。風景描写が美しい。

下の方では煤に点々と汚れていた積雪もこのあたりでは純白だった。犬の足跡に代わって鹿の足跡があった。
 二人は下生えをかきわけて登って行った。いたるところ鳥の声に満ちていた。雪解け水が小さな流れを作って音たてていた。樫の幹からか細い枝が生え、干涸らびた葉が数枚そよいでいた。白樺の幹には白い樹皮が縞模様をなして垂れ下がり、震えていた。
 二人は木立が疎らになったところを行き過ぎた。空き地の縁には鹿が群れていた。それほど深くもない雪からは枯れ草の先がのぞき、草になびいていた。(ハントケ,池田訳,1989,pp.119-120)  

頂上で、焼いたじゃがいもを食べ、魔法瓶の熱いコーヒーを飲みながら母子は思い出を語り、ふとマリアンネはイエス・キリストの十字架への道行きのいろんな留[りゅう]のシーンを描いた絵の話をする。その話が印象的だ。

『イエス、十字架より下ろさる』はほとんど真っ黒で、その次の最後の留、イエスがお墓に葬られるシーンはまた真っ白なの。そこからがおかしな話なんだけど、お母さんはゆっくりと絵の前を歩いていたのね。その最後の真っ白の絵の前に立ったとき、突然、白い絵と重なってほとんど真っ黒のさっきの絵が、数秒間残像になって見えた。それから真っ白な絵が見えた。(ハントケ,池田訳,1989,pp.123)

このような、宗教に属するモチーフは、作品の中でふいに顔を出す。

宗教がマリアンネにとってかけがえのないものであり、彼女の意識が純粋に向かう対象であって、日々の営みの通奏低音となっていることがわかる。読者にその感覚の共有を強いるようなものではない。ハントケは読者を信頼して、彼の大切なものを女主人公に分かち与えたのだ。

その後、父親を除く大人の登場人物がマリアンネに誘われて集合し、ホームパーティーとなる。夫ブルーノ、マリアンネの友達で教師をしているフランツィスカ、マリアンネがブルーノのセーターを買ったブティックの女性店員、マリアンネを翻訳者として雇っている社長とその運転手、マリアンネに言い寄る俳優――といった人々である。

各人が自分の孤独を身の内に宿したまま大団円を迎え、パーティーは御開きとなる。

これは未だ初期の作品で、後半部は幾分緊張感が緩み、結末を急ぎすぎた感もあるが、純文学作品らしい手応えのある作品である。

ひとまず、ノーベル文学賞が軌道修正したことに万歳といいたい。おめでとうございます、ペーター・ハントケ。疑問点はあるけれど、おめでとうございます、オルガ・トカルチュク。

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2019年10月 3日 (木)

あらすじ、できました。新作能を読んだ感想。

昨日、萬子媛のイメージ像をシテ(主人公)とした新作能(三番目物)のおおまかなあらすじができた。そのノートは、次の記事にアップする。

何しろ、能を観たのは3回だけで、あとはテレビでの鑑賞、謡曲集の読書くらい。それで、新作能を書こうというのだから、無知とは怖ろしいものだ。あらすじができたあとで、せっせと勉強することなる。その勉強によって、あらすじ自体が変わる可能性はある。

母がお謡を習っていたのに、無関心で、からかっていただけだったことが悔やまれる。母が生きていたら、教わることも多かっただろうにと思う。

当市には能楽堂があり、3回観た舞台のうち1回はこの能楽堂で観たものだ。

舞台を観なくてはと思う。ホームページを観たが、今年中にはそれらしいものがない。何にせよ、ここの能楽堂と福岡の大濠公園能楽堂の催事情報はこまめにチェックする必要がある。能鑑賞貯金もしなくては。その貯金箱の一つを、一昨日夫がうっかり割ってしまったわ (T^T) 

石牟礼道子『石牟礼道子全集 不知火 第16巻』(藤原書店、2013)の中のエッセイで、石牟礼氏の「台本を書くまでにお能といえば二度しか見たことがありませんでした」(75頁)という記述に救われる思いがした。

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  • 瀬戸内寂聴の新作能 虵 夢浮橋
  • 石牟礼道子全集・不知火 第16巻 〔新作 能・狂言・歌謡ほか〕 (石牟礼道子全集・不知火(全17巻・別巻一))
  • 多田富雄新作能全集

以上の本のうち、読んだ作品の感想を書いておこう。

瀬戸内寂聴「虵」

鎌倉時代前期の仏教説話集、鴨長明編『発心集』の中の説話「母、女[むすめ]を妬[ねた]み、手の指虵[くちなは]に成る事」を基にした新作能である。

「発心集」の説話を紹介すると、娘のある女が年下の男と結婚し、老いの不安から娘と男を強いて夫婦にしたまではよかったが、女は一室でのどかに隠居するどころか、嫉妬のあまり両手の親指がくちなわになってしまうという話。

惑乱した娘は尼に、男は法師に、女も尼になる。それでようやく女の指は元の指になり、後には京で乞食になったという。

両手の親指がくちなわになるというグロテスクさ。娘も男も女のいいなりで、狂言回しに使われているだけだ。

女が後に乞食になったとあるのは、どういうことだろう? 

女が尼になったのは怪奇現象を起こした指を元に戻すことだけが目的で、純粋な信仰心などはなく、目的達成後に尼をやめたということなのか。

尼であれば托鉢であって、乞食とはいうまい。それとも、この「乞食」とは仏教用語「こつじき」、すなわち托鉢のことなのだろうか。こつじきが転じて物乞いする行為「乞食」となった。

尼としての矜持を感じさせる暮らしであれば、いずれにせよ、その部分だけが強調されることはないだろう。

俗人が俗欲に終始した、花も実もないお話。

瀬戸内氏は、男を仏師にすることで、作品の俗っぽさを一層強めている。能の形式上、男と女は成仏した格好だが、成仏はしていまい。

それが小説「虵」になると、表現がリアルであるだけにいよいよ救いがたい結末となっている。尼となった女が老い、見世物小屋でくちなわの指を見世物にしていたというエピソードが語られるのだ。

能舞台となれば美しいのかもしれないが、作品として読むと、あまりにも救いがなさすぎる。登場人物の魅力が微塵も感じられない。

石牟礼道子「不知火」

石牟礼道子氏の新作能「不知火」は流麗な文章で、情緒に満ちて美しいというだけでなく、偏頗な文明に対する作者の危機意識が伝わってくる。入魂の作品という印象を受けた。この曲が水俣で演じられることは意義深いことだろう。

たが、わたしにはこのストーリーがうまく理解できない。

竜神の娘・不知火[しらぬひ]には、海霊[うみだま]の宮の斎女として久遠の命が与えられているにも拘わらず、生類の定命衰滅に向かえば、不知火の命もこれに殉ずるという。

竜神の息子・常若は父に命じられて生類の世を遍歴し終えた。

姉と弟は海と陸からこの世の水脈を豊かにすることに携わってきたが、この世の初めからあった真水が霊性を徐々に喪い、生類を養う力が衰えて、姉弟共に身毒が極まり、余命わずかとなった。

慕い逢う二人は、息絶え絶えとなりながら、恋路が浜に辿り着く。そして姉のほうは死んだ(弟も?)。

こうした一切を見ているのは、隠亡[おんぼう]の尉[じょう](じつは末世に顕れる菩薩)。

わたしには二人の勤めの内容がよくわからない。人間の罪業が重なったために毒変した海を浚えて浄化するとあるから、いわば濾過装置のような役割を果たしてきたということだろうか? 竜神の子たちの勤めかたにしては、人間の労働臭い。苦役そのものである。

そして、亡き妻を含む竜神一家は、末世の菩薩の秘命の下に働いてきたというのである。

その菩薩の助力もあって不知火は生き返り、二人の結婚を祝うために中国から楽祖(じつは木石の怪にして魍魎の祖)が招かれる。

楽祖が磯の石を手にとって打ち鳴らせば、浜で惨死した猫たち、百獣が神猫となり、胡蝶となり、舞う、橘香る夜となる……海も陸も再生したのだろう。

水俣病問題は産業における人為的ミスに社会的要因が絡んで被害が拡大し、社会問題となった。

その問題を石牟礼氏は現世と来世が重なり合う宇宙空間、悠久の時間の流れの中に直に置こうとしたため、一つの作品として見るとき、整合性のとれない部分が出てきたように思う。

多田富雄新作能全集

脳死(「無明の弁」)、朝鮮人の強制連行(「望恨歌」※最近の検証により、朝鮮人の強制連行はなかったことが判明した―ブログ管理人N)、原爆投下(「原爆忌」「長崎の聖母」)、相対性原理を題材とした能(「一石仙人」)、沖縄戦(「沖縄残月記」)、横浜に因んだ能(「横浜三時空」)、白州正子さんを題材とした能(「花供養」)、(「生死の川――高瀬舟考」)、子供能チャレンジのための能(「蜘蛛族の逆襲――子供能の試み」)。

時事的な題材が多い。構成も文章も端正だが、これらの能は地上界から一歩も出ていないような感じがする。異世界に触れることによる浄化現象は期待できない。

まだざっと読んだだけなので、読み込めばまた違った感想が生まれるのかもしれない。そのときは別の記事にしたい。

ただ、能に関して右も左もわからないわたしのような人間には、参考になる。能舞台を観たあとで購入したのかどうかは覚えていないが、多田富雄 監修『あらすじで読む 名作能50』(世界文化社、2005)を再読している。わかりやすい。

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2019年9月29日 (日)

借りてきた新作能の本、三冊 

最近の過去記事で、わたしは萬子媛をモデルとした作品について、次のようなことを書いた。

歴史小説にするには、何か、そぐわないものがあるのです。
わたしは神秘主義者として萬子媛を通して感じることのできた高雅な現象を書きたいのであって、よくわかりもしない萬子媛の生前のあれやこれやではないのです。
いや、あれやこれやにも興味があるから研究ノートを当ブログにアップし、そのまとめをエッセーとして「マダムNの神秘主義的エッセー」に収録してきたわけですが、そのノートは、萬子媛の高雅な現象を表現できてこそ存在価値があるのです(エッセーは「萬子媛研究」といったような形にまとめたいと考えます)。
その表現にふさわしい形式は、新作能以外にありえない気がしてきました。

ノートは萬子媛をモデルとした作品が完成するまで、取り続ける予定。前述したように、いずれ「萬子媛研究」のような形にまとめたいと思っている。

ノートには、郷土史家・迎昭典氏から送っていただいた貴重な史料のコピー及び迎氏のご考察、また祐徳博物館の職員のかた、鹿島市民図書館学芸員T氏、黄檗宗の大本山である萬福寺宝物館の和尚様から伺ったお話など、慎重に扱わなければならない情報があるので、まとめる作業には日数がかかると思う。

新作能を書きたいなどと大それたことを思い、三冊借りて読んでいるところだが、いや、本当に何だか書けそうな気がしてきた。テーマや雰囲気からすれば、過去に書いた「牡丹」という短編は、新作能にすることができるのではないかと思う。

萬子媛をモデルに、そのイメージ像をシテとする新作能を書きたい思いはあるが、まずは戯曲を、と思っている。逸る気持ちを抑えて、まずは新作能の研究からだ。

借りてきた三冊は以下。

  • 瀬戸内寂聴の新作能 虵 夢浮橋
  • 石牟礼道子全集・不知火 第16巻 〔新作 能・狂言・歌謡ほか〕 (石牟礼道子全集・不知火(全17巻・別巻一))
  • 多田富雄新作能全集

瀬戸内寂聴氏を知らない人は少ないだろう。石牟礼道子氏は、2018年にお亡くなりになったが、水俣病を扱った代表作「苦海浄土」でとても有名なかたである。多田富雄氏は免疫学者、文筆家として活躍された。

多田氏の新作能をざっと見ると、脳死、原爆、朝鮮人の強制連行(※最近の検証では強制連行はなかったとされているーブログ管理人N)を扱ったものなど多作なかたである。

力作揃いなのだろうが、わたしが馴染んできた古典の曲とはテーマ自体が違う気がした。

瀬戸内氏の「虵」からまず読んだ。感想は別の記事にします。

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2019年8月19日 (月)

原田マハ『楽園のカンヴァス』を読んで気になった、嘘。神秘家だったアンリ・ルソー。

「あいちトリエンナーレ」問題に続いて、古市憲寿「百の夜は跳ねて」のパクリ疑惑など出てきて、夏休みの宿題(?)ができなかった。

家族でショッピングモールへ、恒例となっているコーヒー豆の買い出しに出かけた。夫は映画、わたしと娘はショッピング。帰りに書店に寄った。

美術館勤務の経験があるという、原田マハ『楽園のカンヴァス』(新潮文庫: 新潮社、2014)が目に留まった。アンリ・ルソーの名画「夢」をめぐる美術ミステリーという。ベストセラーらしい。

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アンリ・ルソー(1844 – 1910)「夢」ニューヨーク近代美術館、1910

本物はなかなか観る機会がないけれど、アンリ・ルソーは学生の頃から好きで、40年以上のファンだ。「あいちトリエンナーレ」問題では美術界に疑問が湧いたが、その疑問をいくらか払拭できるかもしれないという期待感も高まった。

この種の売れていそうな本は図書館から借りると大抵汚されていることを思えば、買ってしまおうと思い、買った。手の出ない、ほしい本はいくらでもあるというのに、魔が差したというべきか。

美術畑、また音楽畑の人の文芸作品もそうだが、エッセイなど読むと、文章が洗練されていて、論旨も明快、さすがは芸術家の文章と感心させられることが多いものだ。

ところが、帰宅後、本を開いて、冒頭の一行目を目にしたとたん、早くも読む気が削がれてしまった。わたしとしたことが、冒頭も確認せず、購入してしまったとは。

ここに、しらじらと青い空気をまとった一枚の絵がある。(原田,2014,p.7)

「しらじら」というのは、「しらじらと夜が明ける」というように、夜が次第に明けていくさまを意味することが多いと思うが、如何にも白く見えるさまもいう。興ざめなさまもいう。

しかし、次に「青」とある。一体、白なのか、青なのか。二つを混ぜて水色というわけではあるまい。それとも、何か興ざめな感じがあるのだろうか。そして、その青と形容されたものは空気であって、その空気(雰囲気の意か)を一枚の絵が纏っているのだという。

ここに一枚の絵があることはわかるのだが、その絵がどう見えるのかがもう一つはっきりしない。

先を読めば、「それぞれの身体[からだ]はパウダーをはたいたように白く透明だ」とか「それほどまでに青く、白く、まぶしい画面だ」とあるので、どんな色調の絵であるのかが次第にわかってはくる。

アンリ・ルソーの絵の話なのかと思って読み進めると、そうではなく、ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌが1866年に描いた絵なのだそうだ。シャヴァンヌがアンリ・ルソーにこの後、関わってくるのだろうと思ったが、これきりだった。

作者は、大原美術館を小説に出したかったのだろう。ストーリーからすれば、必ずしも必要のない設定に思える。いずれにせよ、冒頭に出てくる絵は、大原美術館所蔵のピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ作「幻想(Fantasy)」である。

なるほど、その絵は、青色と白色が優劣つけ難いあざやかさで、観る者を圧倒する。

実際に観れば、ペガサス、女性、子供のそれぞれの身体はパウダーをはたいたように見えるのだろう。だが、パウダーをはたけば、その部分は他の部分の色合いに比べて白さが際立つか、元の色が殺されて朧気に見えるだろうが、透明には見えない気がする。

作者は、絵の各部分から受けた異なる印象を一気に描写しようとする。それで、自家中毒を起こしたように意味不明な表現となっているのだ。子供が見たものを一気に伝えようとして、息せき切っておしゃべりするときのようだ。

美術畑で働いたことのある人にしては、全体に稚拙な文章である。読みながら、美内すずえの少女漫画を連想した。漫画の原作を想わせる小説なのだ。恩田陸の小説に似ている。

漫画の原作であれば、漫画家が人物に表情をつけて内面まで見せてくれるだろうが、単独で書くからには、作者が内面描写まで行わなければならない。その描写があまりに平板であるため、どの人物にも魅力がない。

あちこち引っかかりながら読み進めると、次の箇所がどうにも気になった。

 画家を知るには、その作品を見ること。何十時間も何百時間もかけて、その作品と向き合うこと。
 そういう意味では、コレクターほど絵に向き合い続ける人間はいないと思うよ。
 キュレーター、研究者、評論家。誰もコレクターの足もとにも及びないだろう。
 ああ、でも、ーー待てよ。コレクター以上に、もっと名画に向き合い続ける人もいるな。
 誰かって? ――美術館の監視員[セキュリティスタッフ]だよ。(原田,2014,pp.10-11)

コレクター、キュレーター、研究者、評論家、監視員では、役割――専門――の違いから、絵を見る姿勢が異なるはずである。それに、時間さえかければいいというものでもあるまい。

作者は、優劣つける必要のないものに、優劣つけようとする。それは、作品のテーマに関わる部分でもそうで、ピカソとルソーを比べ、競わせようとする。

そして、作者は明らかにピカソをルソーの上に位置付けている。美術市場ではそうだからだろう。ルソーをことさら、不遇で評価の定まらない画家であると強調するのは、作者自身が市場――世俗といい換えてもよい――の価値観――を、市場が作り出すヒエラルキーを、高く評価し、信じているからに他ならない。

参考文献の筆頭に、岡谷公二『アンリ・ルソー 楽園の謎』(平凡社ライブラリー、2006)が挙げられている。わたしは中公文庫(中央公論社)から1993年に出た版で当時読み、大変な感銘を受けた。

だから、原田マハ(2014,p.288)が「史実通りに物語が進めば、ルソーはほとんど誰にも顧みられぬまま、この世を去る」と書いた箇所を読むと、岡谷氏の評伝を読んでいながら、なぜこんな嘘をつくのだろうと思う。

その理由として、わたしは前述したように、ピカソをルソーの上に位置付けるためだと考えたのだった。

岡谷氏によると、ルソーは晩年、真の成功に近づいていたという。「夢」の批評は『ニューヨーク・ヘラルド』をはじめとする21紙に載り、その大半は好意的だった。1910年は、亡くなる前月の8月までに、3,590フランを絵の代金として得た。しかし金は、消えた。最後の恋人レオニーに貢いだためだった。

讃美者も増えていた。

ウーデ、ドローネ、ブリュメルに次いで、この年さらに三人の若い讃美者がルソーに近づく。未来派の画家で、著作家でもあったイタリア人のアンデンゴ・ソフィッチ、セルジュ・フェラの名で知られた、ロシア生まれの画家ヤストルブゾフ、その従妹で、のちにロック・グレーの名でルソーの画集を出版するエッチンゲン男爵夫人である。(岡谷,1993,p.276)

小説はフィクションだからいい加減に書いていい、というわけではない。フィクションであればなおさら、事実を踏まえるべきところはそうすべきである。この場合は、作者は参考文献を毀損している。

作品を彩るはずのニューヨーク近代美術館のキュレーター、ティム・ブラウンと日本人研究者・早川織絵のロマンスは安手な印象で、退屈だった。

ミステリーの部分は作りすぎで、説得力を欠く。

『楽園のカンヴァス』が子供の推薦図書だったとのレビューを読んだ。最近ではライト・ノベルを推薦図書に選ぶのだろうか。昔の大衆小説家のように文章がしっかりしていればいいのだが、この作品における原田マハの文章はチープで粗い。

ここで、『楽園のカンヴァス』を離れようと思う。

今回、岡谷公二『アンリ・ルソー 楽園の謎』(中公文庫: 中央公論社、1993)を再読し、神秘家としてのルソーが印象的だった。ルソーはインタビューの中で、次のようにいう。

私はいつも描く前から、絵をはっきり見るんです。とても複雑な絵の場合だってそうです。ただ描いている間に、自分でもびっくりするようなことが出てきて、それはとても楽しいですね。(岡谷,1993,p.275)

岡谷氏(1993,p.193)によれば、ルソーはフリーメーソンに加入していた。薔薇十字団員、降霊術術者たちとの交わりもあった。

近代神智学運動の母ブラヴァツキー夫人は1831年に生まれ、1891年に亡くなっている。ルソーは1844年の生まれで、1910年に亡くなった。世代的には案外近い。当時は降霊術が流行っていたのだ。ブラヴァツキー夫人はその降霊術を批判して、心霊主義者たちの攻撃の的となった。

ルソーのお化け話は有名だったそうで、『アンリ・ルソー 楽園の謎』にはわたしを不安にさせる記述がある。幸い、ルソーの芸術の力が勝ったのだろう。死は、ルソーを平和裡に訪れたようである。

ルソーは、臨終まぎわの譫言[うわごと]の中で、父なる神や天使たちの姿を見、「ヴィオラとハープとリュートから成る天上のオーケストラ」のしらべを聞いたと浮かされたようにして語り、また、これから星や青空を描くのだと言ったと伝えられている。(岡谷,1993,p.286)

YouTubeで公開されていた動画 Henri Rousseau "El Aduanero"

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2019年8月15日 (木)

ツイッターで問題となっている、芥川賞候補作「百の夜は跳ねて」(古市憲寿)。8月15日に追記あり、赤字。

芥川賞候補となった古市憲寿「百の夜は跳ねて」がツイッターで話題になっていました。

古市氏の小説の最後に「参考文献」として、『文學界』2012年10月号に掲載された木村友祐氏の短編小説「天空の絵描きたち」が挙げられているそうです。

誰かの小説を読んで、その中の素材に興味を持ち、自分で調べ直して独自の小説を書くということはあると思いますが、その場合、資料として挙げるのは小説ではなく、調べた文献なのではないでしょうか。

以下の、参考にされた小説の作者・木村友祐氏のツイートによると、木村氏が古市氏に窓拭きの達人を紹介したそうなので、その取材をもとに独自の書き方がなされていれば、問題ないはずです。

しかし、選考委員たちの書きぶりからすると、文章表現などのオリジナルな部分が参考に、というより盗られていることを疑います。以下の記事が参考になります。

【追記あり】古市憲寿さんが芥川賞選考委員にいろいろ言われちゃってる件」『はてな匿名ダイアリー』。2019年08月12日、URL: https://anond.hatelabo.jp

わたしは以前から、直木賞作家・恩田陸氏が得意としている「オマージュ」というフランス語でごまかしたパクリに似た手法に疑問を抱いてきました。純文学界にもその手法が「導入」されたのではないかと危惧します。

尤も、文学賞が文学性を競うものではなく、アイディア戦になり下がったのは随分前からのように記憶しています。

2011年8月 8日 (月)
文藝春秋「文學界 平成二十三年八月号」 ‐ 「新人小説月評」に対する私的不信感
https://elder.tea-nifty.com/blog/2011/08/post-723d.html

わたしが「新人小説月評」に関する前掲記事の感想を書いたのが2011年。古市氏に参考にされた木村氏の短編は、2012年の掲載です。同じ商業雑誌『文學界』。

今回の件から、左派に牛耳られた文学界では才能のある作家がなかなか世に出られないだけでなく、その作家たちは飼い殺されて、防衛本能すらなくしているのではないかという別の危惧も生じました。

追記: 木村氏のツイッターを閲覧させていただくと、集英社、新潮社、未来社などの有名出版社から5冊ほども出版しておられました。報われない才能ある普通の日本人作家が世に出られないまま飼殺されて、防衛本能を失くしているのかと勝手に妄想していました。そんな日本人作家を複数知っているものですから、つい。いずれにしても、作品も読まずに、申し訳ありませんでした。こういういい方は語弊があると思いますが、仲間内での出来事であった様子が窺えました。左派村では安倍総理は本当に人気がありませんね。

そういえば、2018年の第159回芥川賞(平成30年上半期)の候補作になった北条裕子『美しい顔』にも盗作疑惑があったような……

2018年、小説『美しい顔』で講談社の第61回群像新人文学賞を受賞。この作品は第159回芥川龍之介賞の候補にも選ばれたが、主要な参考文献を明記しておらず、他の作家の先行作品と類似している箇所が複数あることが指摘され、謝罪文と参考文献が『群像』2018年8月号に掲載されることとなった。
「北条裕子 (小説家)」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2018年11月6日 18:09 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org

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