カテゴリー「電子書籍」の426件の記事

2020年10月16日 (金)

Kindle版評論『村上春樹と近年の…』をお買い上げいただき、ありがとうございます! ノーベル文学賞について。

評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays 1)』(Kindle版、ASIN:B00BV46D64)をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

10月1日ごろ、フランスのKindleストアでお買い上げいただいたようです。フランスでのお買い上げは2冊目でした。『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』は、84冊お買い上げいただいたことになります。

  • オーストラリア……1冊
  • ブラジル……1冊
  • カナダ……1冊
  • 日本……35冊
  • アメリカ……36冊
  • ドイツ……4冊
  • イギリス……2冊
  • メキシコ……1冊
  • イタリア……1冊
  • フランス……2冊

サンプルをダウンロードできます。

村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays, Volume 1)

以下に、アマゾンに掲載中の商品説明を引用します。

商品の説明

自由な立場から書かれた本書は鋭い分析力を特徴とし、文学界のみならず日本文化そのものに警鐘を鳴らしている。
2006年5月3日から7日にかけて、著者は自身のブログで、小論「村上春樹『ノルウェイの森』の薄気味の悪さ」を公開した。その小論に加えて、近年のノーベル文学賞作家オルハン・パムク、ドリス・レッシング、ジャン=マリ・ギュスターヴ・ル・クレジオ各人の作品に関する雑感を紹介する中で、村上春樹がノーベル文学賞作家にふさわしいだけのわが国の誇りとできる作家であるのかどうかを検証した評論を2009年5月、同人雑誌に発表。本書はそれに加筆・訂正を行ったものである。

〈目次〉
 はじめに
 Ⅰ 村上春樹現象
 Ⅱ 小論「村上春樹『ノルウェイの森』の薄気味の悪さ
 Ⅲ オルハン・パムク『わたしの名は紅』を分析する
 Ⅳ 乾いた知性、強烈な社会性――ドレス・レッシング
 Ⅴ ル・クレジオの光と風
 Ⅵ 最後に
 あとがき
 第二版あとがき 

以下はアマゾン・キンドルストアの著者ページです。拙電子著書一覧を御覧いただけます。

Amazon.co.jp: 直塚万季: 作品一覧、著書略歴
https://amzn.to/2XlMha2

ノーベル文学賞の季節になるたびに、日本のメディアは大騒ぎで、村上氏の文学性に疑問を抱いていたわたしは当ブログに記事を書き、その記事をもとに小評論にまとめて、文芸同人誌「日田文学」に掲載していただきました。

それに若干の加筆訂正を加え、前掲Kindle出版したわけでした。

ハルキブームの全盛期には、ハルキファンからも、そうでないかたからもメールを沢山頂戴いたしました。当ブログの記事に関しては、コメント欄を閉じた後もコメントをちょくちょく頂戴し、申し訳ない気持ちでした。

それが今では……村上氏の凋落ぶりを感じないわけにはいきません。

日本の文学界は、ハルキブームのころから、エンター系作家しか育ててこなかったと思います。実質的な純文学作家潰しが何年も続き……今では、日本の純文学界はすっかり世界の最果ての村です。今年度のノーベル文学賞に選ばれたルイーズ・グリュック氏については、発表までウィキペディアにも該当する項目がなく、図書検索でも出てきませんでした。

その後、ウィキペディアに項目が作られたようです。

ルイーズ・エリザベス・グリュック(Louise Elisabeth Glück, 1943年4月22日 - )はアメリカ合衆国の詩人、エッセイスト。2020年にノーベル文学賞を受賞した。

経歴
ニューヨーク生まれ。幼年時代をロングアイランドで過ごす。サラ・ローレンス大学、コロンビア大学で学ぶ。1968年に処女詩集『第一子(Firstborn)』を発表。その後次々と詩集を発表し注目される。1992年に出版した『野生のアイリス(The Wild Iris)』はピュリッツァー賞を受賞した。2003年10月から1年間、アメリカの桂冠詩人という名称で知られる、アメリカ合衆国国会図書館の詩部門の顧問を務めた。

ウィキペディアの執筆者. “ルイーズ・グリュック”. ウィキペディア日本語版. 2020-10-12. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%AB%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%83%83%E3%82%AF&oldid=79949404, (参照 2020-10-16).

有名な詩人であるようなのに、その情報が一般に、文芸愛好家にも、届けられない……。この国でコツコツ文学を続けることは、つくづく虚しい。

以下は、はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」で公開した、近年のノーベル文学賞に関するエッセーです。今年の感想はいつ書けるでしょうか。

2016-10-16
64 2016年に実質的終焉を告げたノーベル文学賞
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2016/10/16/191359

2017-10-08
75 ノーベル文学賞の変節、及び古代アレクサンドリアにおけるミューズ
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2017/10/08/150033

2019-10-17
98 軌道修正したらしい、2019年発表のノーベル文学賞
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2019/10/17/222136

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2020年9月 5日 (土)

大型台風10号が近づいています。ブラヴァツキー夫人の伝記にある引用に関する昨日の続き。

大型台風10号が近づいています。ここ九州では、避難のため予約が埋まっているホテルも多いようです。

台風の恐ろしさは大分県日田市で暮らしていたときに嫌というほど味わいました。翌日は晴れ渡っていたにも拘わらず、破れた台所の天井から蛇口を取り付けたように雨が迸り出ていた光景、その天井が瞬く間に色鮮やかなカビに覆われていった信じがたい現象……このときですら瞬間最大風速50.2mでした。

それが、この10号は本日10時推定で70mというのですから、想像を絶します。

台風の接近中に台風を描いたリアリズム小説を読みたいという物好きなかたは少ないと思いますが、そのときになったら逃げるに逃げられない状況はよく描けていると思うので、AmazonのKindleストアに出している拙台風小説にリンクを張っておきます。

直塚万季著『台風』(B00BI55HV8)→https://www.amazon.co.jp/dp/B00BI55HV8

ブラヴァツキー夫人に関する昨日の記事の続きを書く時間が今日はとれそうにないので、ハワード・マーフェット(田中恵美子訳)『近代オカルティズムの母 H・P・ブラヴァツキー夫人』(神智学協会 ニッポンロッジ、1981)の第29章に出てくる引用が原書のどこからなのか、リンクを張っておきたいと思います。

インドのチェンナイ市アディヤール(Adyar)に本部を置く神智学協会から独立したウィリアム・クァン・ジャッジ(神智学協会の3人の創立者の1人で最年少)がカリフォルニア州パサデナ(Pasadena)に設立した神智学協会のホームページのオンライン文献(ONLINE LITERATURE)に『シークレット・ドクトリン』がありますので、そこ(HTML version)へのリンクです。

H. P. Blavatsky. “The Secret Doctrine: A Synthesis of Science, Religion, and Philosophy.”,Vol.1,pp.519-520. The Theosophical Society International Headquarters – Pasadena, California. https://www.theosociety.org/pasadena/sd/sd1-3-06.htm, (accessed 2020-09-05).

伝記では、「Vol. 1, Page 519」から「Vol. 1, Page 520」にかけて、引用が行われています。伝記で行われている引用やそれに関連する『シークレット・ドクトリン」の文章については、続きの記事で。

『シークレット・ドクトリン』は宇宙発生論(Cosmogenesis)、人類発生論(Anthropogenesis)、インデックスで構成されており、優れた邦訳が宇宙発生論、人類発生論の各前半部分は上梓されています。しかし、この引用はまだ邦訳が出ていない宇宙発生論の後半部分にあります。

引用元のページだけ読んでもわかりづらいでしょうし、また、英語ができるからといって予備知識もなしに読める文章ではないと思いますが、ざっと読んでいただくだけでも、大田俊寛『現代オカルトの根源――霊性進化論』(筑摩書房、2013)で書かれているような「数々のミスティーフィケーション(神秘化やごまかし)の手法によって、自説の深遠さを過分に装っていた」(045頁)類いの文章ではないことがわかっていただけるのではないかと期待します。

ブラヴァツキー夫人に対する誹謗中傷にわたしが拘るのは、ブラヴァツキー夫人の諸著には、今後科学が進歩していくにつれて花開くであろう多くの貴重な種子が存在しているのではないかと思うからです。その種子は科学が進歩するためのヒントとなるはず。現に、アインシュタインは『シークレット・ドクトリン』を愛読していたといわれます。

わたしは若輩者ではありますが、文学書からの引用はほとんど全て、哲学書からの引用は一部、霊的な事柄についてはごくごく一部にすぎませんが、適切な引用とそれを上回る説明がなされていると確認できます。

でも科学的な部分に関しては音痴で、さっぱりわかりません。

ブラヴァツキー夫人の著作を科学の各分野の専門家がお読みになったらどう思われるだろう? 古代キリスト教・グノーシス主義の研究家がお読みになったらどうなのか?

誹謗中傷の煙幕を張られていたのでは、そうした方々の目に触れる機会がなくなってしまうとの焦りを覚えます。そうこうしている間にも、単純な唯物論に依拠した共産主義が思わぬ拡大のしかたをしています。煙幕が濃くなるばかり。

息子は化学を博士課程まで学びましたが、博士課程からは社会人であったために卒論を納得がいくだけのものに仕上げる時間がなく、残念ながら退学しました。

わたしは身近な理系人間である息子に読んでほしい気がして、それとなく働きかけたことがありましたが、わたしとは逆に息子は――歴史的教養を除けば――文系的教養に欠けているので、わたしと同じように、理解するには足りない苦労をするでしょうし、まあ興味が持てなければそれまでです。いつか興味を持ってくれないかなと思ってしまいますけれど。

尤も、『シークレット・ドクトリン』を完璧に読みこなせる人は一握りでしょう。竜王会、神智学協会ニッポン・ロッジには相当読みこなせるかたが複数名いらっしゃると思いますが、故田中先生は抜群にいい線いかれていたと思います。すばらしいかたでした。オーラも本当に美しかった。お亡くなりになった今もわたしの尊敬の対象であり、憧れの対象です。

でも、この田中先生にしてもそのお父様であった三浦関造先生にしても崇拝しているわけではありませんよ、大田氏が勘違いしがちな点ですけれど。この微妙な違いがわかりませんか? 大きな違いです。オウム真理教信者の麻原崇拝とは別物であるということです。

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2020年6月26日 (金)

坂口安吾ノート ① GHQ 御用作家だったのか? 対照的に、胸を打つ田中保善『泣き虫軍医物語』の記述。(27日朝に加筆)

萬子媛をモデルとした童話の執筆に入ろうか、というときに、坂口安吾全集を丹念に読み、小論を書くだけの時間がわたしにはない。

それで、いつものように、時間ができたときにノートだけでもとっていこうと思う。トラヴァースも放置状態。

『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 Kindle版
出版社: 坂口安吾全集・出版委員会; 1版 (2015/3/6)
ASIN: B00UDH9QY6

このKindle書籍を読んで、坂口安吾について見直しを迫られたことについては、前記事に次のように書いた。

先月、坂口安吾のエッセーをパソコン向けのKindleアプリ(Amazonのサイトから無料で入手できます)で読んでいたところ、大変ショッキングな文章に出くわしました。坂口安吾について再考を迫られる出来事でした。この男、こんなに頭が軽かったのかと失望しました。続いて織田作之助のエッセーを読み、これにも失望(この人、エッセーは書かない方がいい)。

太宰にはとっくに失望していましたが、安吾と織田作には一目置いていたのに。思想家であり作家であり、といった連中ではなかった、器用な小説家にすぎなかったと心底失望しました。勿論、彼らの小説に対する評価まで下がったわけではありません。ただ、この三羽ガラスの頭の中の頼りなさを考えるとき、日本文学が下り坂になったのも当然だったように思えました。

わたしにとって、ショッキングな文章は「もう軍備はいらない」に存在した。

 自分が国防のない国へ攻めこんだあげくに負けて無腰にされながら、今や国防と軍隊の必要を説き、どこかに攻めこんでくる兇悪犯人が居るような云い方はヨタモンのチンピラどもの言いぐさに似てるな。ブタ箱から出てきた足でさッそくドスをのむ 奴の云いぐさだ。
 冷い戦争という地球をおおう妖雲をとりのぞけば、軍備を背負った日本の姿は殺人強盗的であろう。

坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.97732-97736). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.

 高い工業技術とか優秀な製品というものは、その技能を身につけた人間を盗まぬ限りは盗むわけにはゆかない。そしてそれが特定の少数の人に属するものではなく国民 全部に行きたわっている場合には盗みようがない。
 美しい芸術を創ったり、うまい 食べ物を造ったり、便利な生活を考案したりして、またそれを味うことが行きわたっ ているような生活自体を誰も盗むことができないだろう。すくなくとも、その国が 自ら戦争さえしなければ、それがこわされる筈はあるまい。

坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.97761-97765). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.

人に無理強いされた憲法だと云うが、拙者は戦争はいたしません、というのはこの 一条に限って全く世界一の憲法さ。戦争はキ印かバカがするものにきまっているのだ。
坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.97806-97808). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.

坂口安吾の文庫本を大学時代に買い漁った記憶があるが、このエッセーは初めて読んだ。

連合国軍最高司令官総司令部 GHQ の民政局は、占領政策の中心的役割を果たした。ここは左翼の巣窟だったといわれる。

WGIP(戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画)が占領政策の一環として行われたそうだから、戦後生まれの人間がこのようなことを書くのであれば、不思議ではない。

しかし、安吾は明治39年(1906)に生まれ、昭和30年(1955)に死去した、明治生まれの人間である。明治期から日本を見てきた作家でありながら、ここまでバランスを欠いた見方をする人間というのは、珍しい気がする。

そう思うのは、わたしに比較対象ができたからで、その対象とは過去記事でいくらか内容を紹介した田中保善『泣き虫軍医物語』(毎日新聞社、1980)である。

田中保善『泣き虫軍医物語』に見る第二次大戦の諸相 ①映画「タイタニック」ばりの脱出劇と醤油樽
https://elder.tea-nifty.com/blog/2019/11/post-b53bf2.html

田中保善氏も明治生まれの人間で、明治42年(1909)のお生まれなのだ。安吾と 3 歳しか違わない。両者の戦争観のこの違いは何だろう? まるで、別の戦争であったかのようだ。

尤も、安吾は出征していない。エッセー「魔の退屈」には徴用令・出頭命令体験について、次のように述べられている。

戦争中、私ぐらゐだらしのない男はめつたになかつたと思ふ。今度はくるか、今度は、 と赤い紙キレを覚悟してゐたが、たうとうそれも来ず、徴用令も出頭命令といふのはきたけれども、二三たづねられただけで、外の人達に比べると驚くほどあつさりと、おまけに「 どうも 御苦労様でした」と馬鹿丁寧に送りだされて終りであつ た。私は戦争中は天命にまかせて何でも勝手にしろ、俺は知らんといふ主義であつたから、徴用出頭命令といふ時も勝手にするがいゝや何でも先様の仰有る通りに、といふアッサリし た考へで、身体の悪い者はこつちへと言はれた時に丈夫さうな奴までが半分ぐらゐそつちへ行つたが、私はさういふジタバタはしなかつ た。
坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.84219-84226). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.

ウィキペディア「坂口安吾」には「1944年(昭和19年)- 38歳。(略)徴兵逃れの目的で日本映画社の嘱託社員になる。」(「坂口安吾」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2020年6月23日 06:39 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org)とあるが、この文章のソースがわからないので、確認できていない。

ウィキのこの記述が本当だとすれば、安吾は嘘つきである。一方、田中氏は何のけれん味もなく、赤紙(召集令状)、身体検査について記述している。

緒戦華々しかった太平洋戦争もこの年になると、太平洋の島々は次々と連合軍に占領されて戦局は重大化し、開業医も次から次と召集されていった。丙種合格の国民兵の医者は、招集されたら衛生兵にされるが、軍医予備員を志願して教育を受けておけば、招集時には軍医として入隊できるというので、私をはじめ国民兵の医者は揃って軍医予備員を志願した。(田中,1980,p.8)

田中氏は身体検査での不合格を願っていた。それで事前に仕入れた情報に従って受け答えをするが、それが裏目に出て合格してしまう。

というのも、田中氏には18歳のときに罹患した多発性神経炎の後遺症があり、手足に振顫があった。検査のとき、両手を揃えて前に伸ばしたら、振顫が止まらなかった。試験管に「静脈注射ができますか」と訊かれ、そのときに「できます」と答えなければ、不合格になっていた可能性が高かった。

田中氏が、心の奥では不合格を希望しながら口では注射でも何でもできますと言ったのは、試験管の心証をよくして不合格になる作戦をとったからなのだ。後で、田中氏は医者と医者との間柄で不要な粉飾や虚勢を行ったことを反省している。

出征に当たり、地元の地区一同約 70 戸総出で武運長久の祈願祭を祐徳稲荷神社でいとなんでくれ、帰りには地区有志による送別会が開かれた。

田中氏の妻は接待に忙しく、目が離れた隙に、4 歳になる長女が勝手にご馳走を食べて疫痢になり、生死不明の重態に陥ってしまう。自分で治療してやる時間のない田中氏は長女をすぐに入院させ、後ろ髪を引かれる思いで、町主催の壮行会に出席した。その下りは次のように描かれている。

 駅には既に沢山の見送りの人達が集まっていた。親類、先輩、後輩、友人、医師会、町の有志の方々、私が校医をしていた能古見村国民学校児童 3 年生以上と能古見村青年学校生徒並びに先生方全員、鹿島駅内外にあふれんばかりである。その日はひじょうに暑かったが、国民学校の児童は皆素足であった。大地は土埃が立ち、焼ける程暑く、児童達は両足を揃えて立っておられずに、交互に足踏みをしていた。(略)
 〽我が大君に召されたる
   生命はえある朝ぼらけ……
 児童達が日の丸を振り振り無心に歌う。一般の見送りの人も同調して合唱は波のごとく広がり、駅の内外を包んだ。姉のテイ子の目に涙があふれ出した。私の家族の目にも涙が光っている。瀕死の愛児を残して心は後に引かれながら不平も言えず、“大君に召されていく” 私の気持ちを察して、私を可哀想と思って涙が出てきたのであろう。私も感極まって涙があふれてきた。出征兵士が出発にあたり泣き出すような女々しいことは男の恥である。泣くまいと思っても涙は止まらず、私は直立不動の姿勢で流れる涙をふきもせず、列車のデッキに立っていた。(田中,1980,pp.9-10)

前途多難な出征が予想される記述である(幸い長女は助かる)。そして、見送る側からも、見送られる側からも、温かく繊細な情感が伝わってくるではないか。

実際に、戦地での――否、戦地に向かう途中から既に――田中氏は一難去ってまた一難の連続であり、生還は奇跡的であった。そのような中にあっても、田中氏の率直で素直な感情の発露や細かな観察眼は衰えない。戦地での連合軍との戦いの合間にあったのは、とにかく「生活」であり、その生活スタイルが大きく崩れていなかったことに驚かされる。

不足する食糧や物品の調達にも、現地の人に対しては軍票での支払いや物々交換が貫かれていた。兵隊たちに餓死者も出ているような状況であるのに、である。日本が負けたことで、軍票はただの紙切れになってしまうが、無価値になった軍票でバナナを買ってくれと追いかけてきた現地人がいた。

この現地人たちはケニンゴウで山崎知事の下で働き、人間的に平等に待遇され、感激して、敗戦後もその恩を忘れず、なんとかして日本人に恩返しをしようと思っているのであった。(田中,1980,p.197)

また、意外だったのは、戦争末期の過酷な戦地ボルネオにあっても、危険地帯と安全地帯が存在したということである。安全地帯は、連合軍の侵攻によって、反日ゲリラの夜襲、また気象などによって、変化する。

餓死の多くは単独で訪れたのではなく、マラリアが先にやってきている。それがどのような訪れかたであったか、典型例と思われるものを引用する。

移動を開始した各部隊は、スコールのため出現した地図にない沼を腰まで没して渡ったり、密林中道なき所をさまよい、マラリアに冒され、発熱し衰弱して歩けなくなり、落伍して食糧がなくなり餓死する兵隊も続出した。(田中,1980,p.165)

そして、戦地での敗戦後の困難。敗戦ゆえの困難は大きかった。敵に降伏に行く惨めな行軍にも物資は必要であるのに、けわしい山道で頼りになる水牛は連合軍の告知により、使用できなくなった。

俘虜後の収容所での飢餓感から、交換物資もなくなった日本兵による食糧品の窃盗事件が頻発するようになる。監視の豪州兵に発見されると、体刑として石切り場のメンパクトに送られた。そこでの重労働のため、メンパクトは死を意味した。何とか別の刑をと嘆願し、道端に土下座して通行人に一日中頭を下げることを実行することで刑の執行を免除して貰う。

灼熱の太陽に照らされながら、缶詰を盗んだ兵隊は「私は盗みをしました。今後絶対にしませんからお許しください」と謝罪の叩頭を続けた。

戦争映画などではよく、日本人を馬鹿にするかのように、昭和天皇による玉音放送にあった一節「耐へ難きを耐へ、忍び難きを忍び」が流される。しかし、重要な玉音放送全文が紹介されることはない。

玉音放送には、「先にアメリカ・イギリスの2国に宣戦したのも、まさに日本の自立と東アジア諸国の安定とを心から願ってのことであり、他国の主権を排除して領土を侵すようなことは、もとより私の本意ではない」(「玉音放送」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2020年6月25日 13:07 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org))という宣戦の動機について語られた箇所があり、その内容を日本人に知られたくない人々が日本に存在し続けているからだろう。

「耐へ難きを耐へ、忍び難きを忍び」の一節が、叩頭を続ける兵隊への励ましの言葉として出てくる。

津山兵長は監視兵の眼を盗んで土下座した兵に近づき、「頑張れ、頑張れ、我々は生き抜いて日本へ帰るんだ。ここで挫けては駄目だ。作業終了時刻まで頑張るんだ。耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、我々は共に生きて祖国日本へ帰るんだ」と熱心に激励し続けていた。(田中,1980,pp.212-213)

戦争物はあまりにも一面的な描かれかたをしているように思う。それを後押ししたのは、残念ながら坂口安吾のような作家たちであったのではないだろうか。

エッセー「特攻隊に告ぐ」の次のような箇所など読んで、そのように思わずにはいられない。

私はだいたい、戦法としても特攻隊というものが好きであった。人は特攻隊を残酷だ というが、残酷なのは戦争自体で、戦争となった以上はあらゆる智能方策を傾けて戦う以外に仕方がない。特攻隊よりも遥にみじめに、あの平野、あの海辺、あのジャングル に、まるで泥人形のようにバタバタ死んだ何百万の兵隊があるのだ。戦争は呪うべし、 憎むべし。再び犯すべからず。その戦争の中で、然し、特攻隊はともかく可憐な花であったと私は思う。
坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.57663-57670). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.

私は文学者であり、生れついての懐疑家であり、人間を人性を死に至るまで疑いつづける者であるが、然し、特攻隊員の心情だけは疑らぬ方がいいと思っている。なぜなら、 疑ったところで、 タカが知れており、分りきっているからだ。要するに、死にたくない本能との格闘、それだけのことだ。疑るな。そッとしておけ。そして、卑怯だの女々しいだの、又はあべこべに人間的であったなどと言うなかれ。
坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.57678-57683). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.

ここまで特攻隊を馬鹿にした文章を、安吾が書いていたとは知らなかった。田中氏の戦地――ジャングル――体験記録を読む限り、安吾が書くような「泥人形」のように死んでいった人間など、1 人もいない。何て失礼極まる、無責任な書きかたであることか!

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2020年6月24日 (水)

7 本目のYouTube動画「雪だるま」をアップ。動画化したい作品について。Kindle書籍からの引用箇所を示すことが可能に。

7 本目のYouTubeの動画をアップしました。今後は「風の女王」「ぼくが病院で見た夢」を動画化し、そこで一旦動画作成はお休みします。

萬子媛をモデルとした童話、新作能の執筆に入るためです。そのために、「マダムNの神秘主義的エッセー」に作っているカテゴリ「祐徳稲荷神社参詣記」に、何本かの記事(ノート)をアップする予定です。

萬子媛へ創作が移行しても、エッセイ動画は時間を見つけて作成するかもしれません。腐るほど、当ブログにエッセイはあるので。純文学作品にも動画にしたいものがあります。「牡丹」「昼下がりのカタルシス」「詩人の死」です。

「詩人の死」以外は KDP セレクトに登録しているので、動画化するとなると、登録を解除しなくてはなりません。作品をどちらに置いておいたほうが 1 人でも多くの読者(視聴者)を獲得できるのか、悩ましいところです。

そもそもKDP セレクトに登録しようがしまいが、わたしにとって主な違いはロイヤリティ(印税)が高いか低いかの違いだけ。

そして、元々の値段が安く、めったに売れないことを考えると、セレクト登録しようがしまいがあまり違いはない気もします。ただ、作品の保護という観点から、わたしはなるべくならセレクト登録しておきたいと思っています。

手記「枕許からのレポート」はわたしの神秘主義者としての出発点となった記念すべき出来事を素朴に作品化したものなので、これは動画化したい。

評論「村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち」と「気まぐれに芥川賞受賞作品を読む 2007 - 2012」はセレクト登録していないので、動画にできます。

ハルキブームは――おそらく――去りましたが、純文学への影響の大きさ、これが日本文学(純文学)の崩壊を招いた原因の一つであったことから考えると、ブームが去ったからそれでなかったことに、というわけにはいきません。

しかし、これが110枚くらいで、評論としては短くもなく長くもないという枚数です。動画にすると、さすがに飽きられるでしょうね。

「気まぐれに芥川賞受賞作品を読む 2007 - 2012」は120枚くらい。第一部が「レビュー集」で、寸評を集めたものです。第二部が文学論となっています。

この二つを合わせれば、単行本にできるでしょうね(本当に単行本にしたいのは、児童小説「田中さんちにやってきたペガサス」と「すみれ色の帽子」です)。まあわたしには、一生紙の本は無理でしょうけれど。動画にしたところで、意味がないでしょうか。

そういえば、Kindle版電子書籍は、引用がどこからかを表示できるようになりましたね。

記事にするのを忘れていました……先月、坂口安吾のエッセーをパソコン向けのKindleアプリ(Amazonのサイトから無料で入手できます)で読んでいたところ、大変ショッキングな文章に出くわしました。坂口安吾について再考を迫られる出来事でした。この男、こんなに頭が軽かったのかと失望しました。続いて織田作之助のエッセーを読み、これにも失望(この人、エッセーは書かない方がいい)。

太宰にはとっくに失望していましたが、安吾と織田作には一目置いていたのに。思想家であり作家であり、といった連中ではなかった、器用な小説家にすぎなかったと心底失望しました。勿論、彼らの小説に対する評価まで下がったわけではありません。ただ、この三羽ガラスの頭の中の頼りなさを考えるとき、日本文学が下り坂になったのも当然だったように思えました。

改めて坂口安吾の作品を次々に読み、考え、これはエッセーにしておきたいと思いました。とはいえ、電子書籍をどうやって引用すればいいのでしょう? 電子書籍でのページは絶対的なものではなく、可動的で、文字の大きさを変えれば、別のページになってしまいます。

ところが!  引用できる工夫が施されているではありませんか。ずっとKindleを使っていなかったので、気づきませんでした。

たとえば、わたしが引用したいのは 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』という電子書籍の中の 3 箇所で、坂口安吾のエッセー「もう軍備はいらない」の次の箇所です。

  1. 坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.97732-97736). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.
  2. 坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.97761-97765). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.
  3. 坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.97806-97808). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.

引用しようとしてコピーすると、貼り付けた時点で、自動的に前掲のような表示が生成されます。これが正式なものとして、研究論文のような作品に使えるかどうかは知りませんが、わたしには画期的に思えました。坂口安吾に関するエッセーを仕上げるかどうかわかりませんが、仕上がったらアップします。

ところで、今、確認のために「気まぐれに芥川賞受賞作品を読む 2007 - 2012」を開き、「はじめに」を読むと、これを書いたころは文学界に対してまだ希望を棄てきってはいなかったと感じました。引用しておきます。

はじめに

 薄汚れた部室のすさんだような雰囲気のある文芸部で、わたしは文学の基礎を教わり、創作姿勢を問われ、知的刺激を受けました。
 村上龍「限りなく透明に近いブルー」が第 75 回( 1976 年上半期)、芥川賞に選ばれたのは、そんな大学時代でした。文芸部では賛否両論ありましたが、感覚という一側面に拘泥した、趣味性の勝った作品というのが大方の見方でした。客観性、総合的観点を備えていることが純文学作品の特徴の一つとする文学観から、そこから逸脱した作品として注目され、また警戒されたといったところでしょう。
 1979 年、わたしが 21 歳だったときに「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞した村上春樹の作品は、純文学作品扱いされていませんでした。
 純文学は次第に伝統性も、真の意味での実験的要素もなくし、つまらないものになっていった印象がありますが、第 128 回( 2002 年下半期)芥川賞を受賞した 大道珠貴「しょっぱいドライブ」は忘れられない作品です。
 その作品自体をというよりは、それが大道珠貴さんの作品だったからで、わたしの作品が平成 11 年度第 31 回九州芸術祭第 30 回文学賞地区優秀作に選ばれたとき、大道さんの「裸」と同じ最終選考の俎上にのり、大道さんはその作品でデビューされました。「しょっぱいドライブ」が芥川賞に与えた影響からすれば、大道さんの作品は純文学と大衆文学の間の垣根を完全に取り払ったということがいえるでしょう。
 そして、芥川賞に選ばれる作品は今や大衆文学でもないと思えます。面白さをプロフェッショナルに追求する大衆文学にもなりえていないからです。
 大手出版社の文学賞や話題作りが、日本の文学を皮相的遊戯へ、日本語を壊すような方向へと誘導しているように思えること、作家も評論家も褒め合ってばかりいること(リップサービスと区別がつかない)、反日勢力に文学作品が巧妙に利用されている節があること……そうしたことが嫌でも感じられ、長年文学の世界を傍観してきましたが、このまま行けば日本の文学は確実に駄目になってしまうという怖ろしさを覚えます。
 悪貨は良貨を駆逐する……昭和 33 年生まれのわたしが見つめてきた文学界に起きたことは、まさにこの言葉が象徴していると思います。
 本書は、芥川賞が発表になった時、その時点における文学界の動向を粗描するつもりで受賞作品の感想を綴ったものです。芥川賞受賞作品を読む、読まないの選択は気分任せでありましたが、読むときは真摯に読みました。
 本書と合わせて拙評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』をお読みいただければ、わが国における文学界の動向をより鮮明にお伝えできるかと思います。
 今後、文学界はどう変わっていくのでしょうか? 芥川賞にはすっかり興味をなくしたこのごろですが、その気持ちが回復し、続編を出せる日が来ることを願っています。

7 本目のYouTube動画は、童話というより掌編小説です。なぜ、童話をタグ付けしたかはYouTubeの動画説明欄に記しました。今回朗読してくれたのは、標準語話者 かほ です。この作品には、陽気なおばさん風の かほ さんがぴったりだと思いました。前述した説明欄に、動画作成に使用したソフト、お借りした素材について明記しています。

雪だるま
https://youtu.be/mZOUPd8C2F0

写真素材サイト「足成」からお借りした、雪だるまの写真が可愛いですね。もう少しましなサムネイルを作成できたらよかったのですが、再インストールした GIMP がわたしには使いづらくて困ります。

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2020年4月27日 (月)

短編児童小説『ぼくが病院で見た夢』(Kindle版)をお買い上げいただき、ありがとうございます!

4月27日に日本のキンドルストアで、『ぼくが病院で見た夢』(ASIN:B00BGEDKYM)をお買い上げいただきました。ありがとうございます! 

『ぼくが病院で見た夢』は22冊目のお買い上げでした。

サンプルをダウンロードできます。
    ↓

ぼくが病院で見た夢 [Kindle版]

以下は、他の99円の短編児童小説です。サンプルをダウンロードできます。

卵の正体

ぬけ出した木馬

花の女王 (児童書)

マドレーヌとわたし

マドレーヌとわたし(漢字使用)

以下は中編児童小説です。サンプルをダウンロードできます。

田中さんちにやってきたペガサス

以下は日記体児童小説です。サンプルをダウンロードできます。

すみれ色の帽子

以下はシリーズ物の第1巻です。冒険前夜の物語です。サンプルをダウンロードできます。

不思議な接着剤1: 冒険前夜

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2020年4月12日 (日)

ツイッターで、一神智学徒の案内をツイートしました(12日夜に追記あり)

ツイッターでブラヴァツキー夫人と神智学のことを宣伝したいと思い、ツイートしました。

当ブログではツイートが大きくなったり小さくなったりしていますが、貼り付け具合の関係でそうなってしまいます。

コロナ禍に見舞われたこのとき、神智学徒であってよかったとしみじみ思いました。第二次大戦後にはずいぶん歪められて流布するに至った神智学ですが、真の神智学を多くの方々に知っていただきたいと思います。

無力な一神智学徒としては、ブログやツイッターで発信することくらいしか思いつきません。ツイッターは字数が限られており、効果的な発信のコツもわたしにはまだ掴めていません。

神智学の話題に限定したツイッターを別に作るべきかとも思いましたが、神智学の話題は世間ではどちらかというとマイナーな部類に入るので、誰も見てくれないかもしれませんし、別のツイートを閲覧した人がついでに見て興味を持ってくださるかもしれないというほのかな期待をもって、他の話題とごちゃまぜなツイッターのままにしています。

昨夜一旦、この一連の案内をツイートしましたが、訂正のためにツイートし直しました。せっかくお一人「いいね」してくださったのに、申し訳ありませんでした。

案内の①を書くに当たっては、H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『実践的オカルティズム』(神智学協会ニッポン・ロッジ 竜王文庫内、1995)の文章を参考にさせていただきました。

『実践的オカルティズム』は現在、Kindle版で出ています。本は中古が出ています。『実践的オカルティズム』には秘教部門の教えが入っていて、格別に高潔な雰囲気の漂う、とても魅力的な一冊です。

実践的オカルティズム
H・P・ブラヴァツキー (著), 田中 恵美子 (翻訳), ジェフ・クラーク (翻訳)
形式: Kindle版
出版社: UTYU PUBLISHING (2019/7/23)
ASIN: B07VL7WQTW

追記:

拙ツイッターにツイート「※」を追加しました。ツイート①~⑤及び「※」は、紐付けてプロフィールに固定しています。

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2020年3月19日 (木)

Kindle版『不思議な接着剤1: 冒険前夜』をKENPCでお読みいただき、ありがとうございます!

シリーズ物となる予定の第1巻目『不思議な接着剤1: 冒険前夜』(ASIN:B00NLXAD5U)をKENPCでお読みいただきました。ありがとうございます!  KENPCでお読みいただいたのは3月18日、今回で3回目でした。これまでに1冊お買い上げいただいています。

Amazon「商品の説明」から引用します。

内容紹介
次巻で、中世ヨーロッパへ、時間旅行をすることになる3人の子どもたち。
本巻では、それを可能にしてくれる不思議な接着剤と子どもたちとの出あいをえがきます。
不思議な接着剤「クッツケール」は賢者の石100パーセントの超化学反応系接着剤、発売元はアルケミー化学工業株式会社。
「クッツケール」の背後には時空をこえて商売の手をひろげる企業連合の存在がありますが、この作品ではまだほんのり、すがたを感じさせるていどです。
不思議な接着剤に出あった子どもたちの心の動きを鮮やかにえがき出し、生きることの美しさ、せつなさを訴えかけます。

本文より
{ 瞳は、竹ぐしとパレットナイフを用いて、ケーキを型から取り出す作業を進めながら、しずかに話を聞いていました。
 ですが、翔太に起こったこと――いえ、弟に自分がしでかしたあやまちを紘平が話したとき、瞳は身をふるわせて作業をやめました。
「ねえ、紘平くん。それって、夢とか、ゲンカクとかじゃないの? わたし、しんじられない」
 瞳は、かしこそうな目をすずしげに見開いて、それ以上、紘平が話しつづけることを拒否するかのようでした。}

もくじ
1 おとうさんの部屋で
2 くっついたピアノ協奏曲
3 どうすればいいのか、わからない
4 青い目のネコ
5 明日は、しあさって
6 冒険へのいざない
あとがき

※本書は縦書き、小学4年以上で習う漢字にルビをふっています。

不思議な接着剤1: 冒険前夜  ¥250
https://amzn.to/2Ok2hp4

他の児童小説を紹介します。

田中さんちにやってきたぺガサス ¥500(中編児童小説)
https://amzn.to/2NUhJcd

すみれ色の帽子 ¥309(日記体児童小説。『不思議な接着剤』に登場する少女、瞳の日記です)
https://amzn.to/2CNZkYu

(以下は、99円の短い児童小説シリーズです)

卵の正体  ¥99
https://amzn.to/2QoMOql

ぼくが病院で見た夢  ¥99
https://amzn.to/2KvUWS7

ぬけ出した木馬  ¥99
https://amzn.to/2NSQvTr

花の女王 (児童書) ¥99
https://amzn.to/2CSOsbG

マドレーヌとわたし(漢字使用) ¥99
https://amzn.to/2XlDMfa

マドレーヌとわたし  ¥99
https://amzn.to/33XESjJ

※『花の女王』は四大(地水火風)シリーズのうちの1編で、地がモチーフです。風がモチーフの『風の女王』は、電子書籍にはしていません。当ブログにアップしていますが、当記事でもライン以下にアップしておきます。気が向かれましたら、どうぞ。
 まだ水と火が残っています。中編にするのもいいな……と考えています。

 

以下はアマゾン・キンドルストアの著者ページです。拙電子著書一覧を御覧いただけます。

Amazon.co.jp: 直塚万季: 作品一覧、著書略歴
https://www.amazon.co.jp/-/e/B00BERQ7P0

 

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続きを読む "Kindle版『不思議な接着剤1: 冒険前夜』をKENPCでお読みいただき、ありがとうございます!"

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2020年3月 3日 (火)

評論『村上春樹と近年の…』をお買い上げいただき、ありがとうございます!

評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays 1)』(Kindle版、ASIN:B00BV46D64)をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

2月25日ごろ、ドイツのKindleストアでお買い上げいただいたようです。ドイツでのお買い上げは5冊目でした。『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』は、84冊お買い上げいただいたことになります。

  • ドイツ……5冊
  • オーストラリア……1冊
  • ブラジル……1冊
  • カナダ……1冊
  • 日本……35冊
  • アメリカ……36冊
  • イギリス……2冊
  • メキシコ……1冊
  • イタリア……1冊
  • フランス……1冊

サンプルをダウンロードできます。

村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays, Volume 1)

以下に、アマゾンに掲載中の商品説明を引用します。

商品の説明

自由な立場から書かれた本書は鋭い分析力を特徴とし、文学界のみならず日本文化そのものに警鐘を鳴らしている。
2006年5月3日から7日にかけて、著者は自身のブログで、小論「村上春樹『ノルウェイの森』の薄気味の悪さ」を公開した。その小論に加えて、近年のノーベル文学賞作家オルハン・パムク、ドリス・レッシング、ジャン=マリ・ギュスターヴ・ル・クレジオ各人の作品に関する雑感を紹介する中で、村上春樹がノーベル文学賞作家にふさわしいだけのわが国の誇りとできる作家であるのかどうかを検証した評論を2009年5月、同人雑誌に発表。本書はそれに加筆・訂正を行ったものである。

〈目次〉
 はじめに
 Ⅰ 村上春樹現象
 Ⅱ 小論「村上春樹『ノルウェイの森』の薄気味の悪さ
 Ⅲ オルハン・パムク『わたしの名は紅』を分析する
 Ⅳ 乾いた知性、強烈な社会性――ドレス・レッシング
 Ⅴ ル・クレジオの光と風
 Ⅵ 最後に
 あとがき
 第二版あとがき 

以下はアマゾン・キンドルストアの著者ページです。拙電子著書一覧を御覧いただけます。

Amazon.co.jp: 直塚万季: 作品一覧、著書略歴
https://amzn.to/2XlMha2

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2019年12月 5日 (木)

『卑弥呼をめぐる私的考察』(Kindle版)をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

『卑弥呼をめぐる私的考察(Collected Essays, Volume 3)』(ASIN:B00JFHMV38)を12月1日ごろ、お買い上げいただきました。ありがどうございます! 9冊目のお買い上げでした。

以下はアマゾン・キンドルストアの著者ページです。拙電子著書一覧を御覧いただけます。

Amazon.co.jp: 直塚万季: 作品一覧、著書略歴
https://amzn.to/2XlMha2

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2019年11月29日 (金)

評論『村上春樹と近年の…』をお買い上げいただき、ありがとうございます!

評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays 1)』(Kindle版、ASIN:B00BV46D64)をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

11月26日ごろ、アメリカのKindleストアでお買い上げいただいたようです。アメリカでのお買い上げは36冊目でした。『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』は、83冊お買い上げいただいたことになります。

  • オーストラリア……1冊
  • ブラジル……1冊
  • カナダ……1冊
  • 日本……35冊
  • アメリカ……36冊
  • ドイツ……4冊
  • イギリス……2冊
  • メキシコ……1冊
  • イタリア……1冊
  • フランス……1冊

サンプルをダウンロードできます。

村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays, Volume 1)

以下に、アマゾンに掲載中の商品説明を引用します。

商品の説明

自由な立場から書かれた本書は鋭い分析力を特徴とし、文学界のみならず日本文化そのものに警鐘を鳴らしている。
2006年5月3日から7日にかけて、著者は自身のブログで、小論「村上春樹『ノルウェイの森』の薄気味の悪さ」を公開した。その小論に加えて、近年のノーベル文学賞作家オルハン・パムク、ドリス・レッシング、ジャン=マリ・ギュスターヴ・ル・クレジオ各人の作品に関する雑感を紹介する中で、村上春樹がノーベル文学賞作家にふさわしいだけのわが国の誇りとできる作家であるのかどうかを検証した評論を2009年5月、同人雑誌に発表。本書はそれに加筆・訂正を行ったものである。

〈目次〉
 はじめに
 Ⅰ 村上春樹現象
 Ⅱ 小論「村上春樹『ノルウェイの森』の薄気味の悪さ
 Ⅲ オルハン・パムク『わたしの名は紅』を分析する
 Ⅳ 乾いた知性、強烈な社会性――ドレス・レッシング
 Ⅴ ル・クレジオの光と風
 Ⅵ 最後に
 あとがき
 第二版あとがき 

以下はアマゾン・キンドルストアの著者ページです。拙電子著書一覧を御覧いただけます。

Amazon.co.jp: 直塚万季: 作品一覧、著書略歴
https://amzn.to/2XlMha2

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