わたしのインフルエンザ脳症と家族の物語(追記: 息子との齟齬の原因をジェミニと対話)
カテゴリー「新型コロナ対策: イベルメクチン」記事一覧
https://elder.tea-nifty.com/blog/index_ivermectin_madame-n-blog.html
わたしは昨年2025年1月22日にインフルエンザに罹って脳症になりました。とにかく頭が割れるように痛くて歯を食いしばって耐えていたせいか、一年以上経った今でもその癖が残っています。以下はインフル脳症体験に関する過去記事です。
2025年6月10日 (火)
何度も罹ったことがあったインフルエンザでしたが、こんなタイプのものは初めてでした
https://elder.tea-nifty.com/blog/2025/06/post-66ce93.html2026年4月19日 (日)
イベルメクチン(インフルエンザ脳症からの回復)に関するジェミニとの対話
https://elder.tea-nifty.com/blog/2026/04/post-cbe471.html
脳症の症状が出て、おかしなことをしたり言ったりしていたその渦中で、娘は弟にラインで不安を訴えました。すぐに返信のあったことがとても嬉しかったようです。
のちに返信内容を娘に見せて貰ったとき、わたしも嬉しくなりました。さりげなく聞き役を務めていますが、息子らしい人柄の温かさがにじみ出ているではありませんか。娘が許可してくれたので、娘と息子のラインの遣り取りを公開することにしました。
実は息子とはあることで喧嘩したような格好になり、何年も会っていませんでした。娘も息子も、勿論夫もわたしにはかけがえのない家族です。
脳症の症状が強く出ていた間、今思えば息子そっくりの大男(でもまだ赤ん坊に近い男の子)が夢の中に出てきました。
息子は未熟児で小さく生まれ、母乳育ちでした。娘も息子も粉ミルクは飲んでいません。離乳食の時期に牛乳アレルギーであることがわかり、離乳食には工夫が必要でした。
離乳食を進めるうちに丸々と太っていきました。大らかな表情の男の子がベビーチェアにまるでどこかの社長みたいにふんぞり返る格好で座り、ニコニコしている写真があります。
夢の中の大きな男の子はその息子にそっくりでした。
そこはなぜか北海道で(解熱剤で急に熱が下がったために寒かったからでしょう)満天の星が輝き、空から清潔そうな温かみのある家畜小屋が見えました。その近くに旅館があり、夫にそっくりな高齢の男性が半纏を着て手には籠を持ち、まだ雪が深い時期にも拘わらず、雪割草を摘んでいました。
そこは庭なのか公園なのか原っぱなのか、雪の中に聳えるような滑り台があり、その天辺に大きな男の子がふんぞり返るように座り、ニコニコと笑っているではありませんか。
滑り台の下あたりからトロッコ専用の線路が延びていて、夫の大学時代の友人二人がはしゃぎながらトロッコで遊んでいました。
その夢は現実生活にも幻覚として重なり、わたしは自分を旅館に住んでいる居候だと考えていました。夫の実家が彼の子供のころまで旅館を営んでいたことが幻覚に影響していたのかもしれません。
旅館によくある土産物売り場が見えていました。旅館らしい作りと実際の自宅の作りがトリックアートのように重なっていました。家の内部構造が歪んだり移動したりしました。それでトイレがどこにあるのか、その都度探索し「発見」しなければなりませんでした。
自分の置かれた状況を追究する思考能力は回復していなかったので、それほどの不安もなく、家事には早い時期から復帰していたと娘はいいました。
牛乳が血の味がするなどのひどい味覚障害があったのですが、味付けはまあまあだったそうです。全然合わない皿におかずを盛りつけたり、珍妙な盛りつけ方をして驚かせたことはあったとのことでした。
娘は半纏を着た孤児の少女だったり、母のような妹のような、従妹のような存在だったりもし、最終的には美術の短大に通っている若い女性だということにわたしの認識は落ち着いていました。
娘はわたしより少し遅れてインフルエンザに罹りましたが、幸い抗ウイルス薬の服用が早かったため、勤めを休んでいた間、インフルエンザの症状に苦しめられながらも健気にわたしの看病に徹してくれたようでした。残念ながら夫はあまり頼りにならず、息子の返信がなければめげていたかもしれないといいました。
そんな夫ですが、わたしには忘れられない心温まるエピソードがあります。
まだ正常ではないわたしを夫は昼間見張っていなければならなかったからでしょう、時に怖い顔でこちらを見ていました。わたしは、旅館にはギャングの一味がいるのだと怖くなりました。数日が溶けるように流れていき、わたしはその日の昼間、しきりに窓の外が気になっていました。
自宅マンションの窓からシティホテルの裏口が見え、そこに傘立てや何かの道具が置かれています。それがわたしには身寄りのないロシア出身の母子がじっとうずくまっているように見えていました(ウクライナとロシアの戦争が頭のどこかにあったのでしょうか?)。
わたしがそういうと、夫否ギャングの男は「そんなはずがないだろう?」といいました。わたしは納得せず、絶対にあれは寒そうに寄り添っている母親と子供よと反論しました。
「あんなところにずっといるなんて、そんなことよくないじゃない。何とかしてやらなくちゃ」というと、ギャング男は「よし、わかった! 一緒に確かめに行くか?」といいました。わたしは首を振りました。下まで行くことがとてつもない体力の要ることに思えたのでした。まだ体力が戻っていない自覚はあったのでしょう。
ギャング男は「じゃ俺が見てきちゃる。そこにいて、しっかり見ていろよ」といいました。そのあとのことは覚えていません。わたしは傘立てと納得したのかどうだか。ただ真剣な対応にわたしは深い満足感を覚え、感謝しました。ギャングなのに優しいんだわと思ったのでした。
こんな風に家族に支えられての闘病であり、イベルメクチンの恩恵によって回復できたことに感謝の気持ちでいっぱいです。
娘の往信には所々に何ともいえない顔文字が挟まっているのですが、見つけ出せないので省略します。後半、息子は無返信ですが、娘の往信にずっと既読はついています。
2025年
1/22(水)娘「あの、あのっ(と焦っているワンコのスタンプ)」
娘「どうしよう、ママが高熱のせいか、変な行動取る。何か、物がないのに物を取ろうとしたり、空中に手をかざしたり。危険な行動じゃないけれど…。私今日、残業でさっき帰ってきたから、とりあえず、布団敷いて、ポカリと薬飲ませて眠らせているけれど。」息子「どうしたのかね? 風邪で高熱なのかね?」
娘「〇〇ちゃん! よかった! 相談できる人がいないから。」
娘「朝出る時は、風邪の引きかけかなって感じくらいだったけれど、39度くらい熱が出たみたいで。
寝付いたかなと思ったくらいの時に、よくわからないうわ言言ってる。
そして、20分おきくらいに、手を空にかざしたかと思ったら、出かけるっていう。よく聞いたらトイレに行きたいみたいで、起きるのを手伝うんだけど。
早く良く治るために、もうちょっと、ぐっすり眠って欲しい。」息子「元々神がかりの人ではあるけれど、知性は大丈夫だとは思うけど、おふくろもオヤジも歳だからな。」
娘「何か、相変わらず訳の分からないことを言って、起きようとするから、布団をかけ直して寝るように言うのだけれど……。そうだね、高熱のせいだとは思うけれど……。」
娘「私の勤務先では80、90歳の老人ばかり見ているから、若く感じていたけれど、一般的には歳といわれる年齢か。」
1/23(木)
息子「そりゃそうだよ。おふくろだってもう歳だよ。」
「ただ、おふくろは頭使うことにプライド持ってきただろうから、あまり熱出てる間のことは言わない方がいいかもしれんな。」娘「治ったら、普通にぺろっと喋ってしまいそうだなあ」
娘「今も辻褄の合わないこといって、起きようとするから厄介だなぁ…。熱せん妄ってやつみたいだね。小さい子だけの症状だと思ってた。」
娘「ふとママをよく見てみたら、なんでか耳に輪ゴムがかけてあった…。私も一眠りしたから、その間にかけたのかな…。」
娘「おじや作ったはずなのに、リゾットみたいになった。」
娘「ママだけど、夕方になっても高熱だったから、かかりつけの病院に相談したら、解熱剤を処方してもらった。それと冷えピタで、今寝てる。病院行こうか、って聞いたら行かないでしゅって言われた…。でも、薬は飲んでくれた。ホッ。」
1/25(土)
娘「ママ、熱が下がったら普通に会話できるまでになったよ! もう、元に戻らないかと思った! 」娘「〇〇ちゃんも、風邪に気をつけてね!」
1/26(日)
「今日、また、寝ているときに、普段の喋り声くらいの寝言を始終言ってる…。眠れているのだろうか、これ。微熱はまだ続いているし…。」「どうしよう。またせん妄みたいな症状が出て、トイレにも行けない。悪夢みたい💧 赤ちゃんみたいになってる。」
2/9(日)
娘「おつかれさまです、といってコーヒーを運んでくる柴ワンコのスタンプ」娘「あれから、ママはいっぱい睡眠を取ったら、せん妄症状はなくなったよ。その後。記憶障害があったけれど、悪化はせずに、何とか徐々に戻ってきている感じだと思う。料理も作っているし。一応、報告まで。」
「元々神がかりの人」「頭使うことにプライド持ってきた」という息子の母親観。そういう息子は百科事典みたいに物知りで、科学の子で、文学音痴で、実は、神秘主義的感受性を持ち合わせているんですよね。尤も、これを全く持ち合わせていない人間は存在しないのでしょうけれど、たぶん息子は神智学が理解できる純度の高いレベル。
その息子が左傾がかるのはもったいと思い、そういったら、喧嘩になってしまいました。⇒この問題についてジェミニに訊いてみました。対話の公開は問題ないそうです。自分の言葉でまとめてほしそうでしたが、せっかくもたらしてくれたジェミニの情報と見方の両方を損なってしまいそうなので、「続きを読む」に対話をそのまま公開します。長い記事なので、興味があるかたのみどうぞ。ジェミニはAIなので間違うことがあるそうですし、そもそものわたしの問題提起が間違っている、あるいは勘違いの可能性もあることをお断りしておきます。
わたしは可能な限り自分を客観的に見ようとしてきました。人類を観察する上で、最も身近にいて観察しやすい人類の一人が自分という視点です。そしてわたしは重体の母親の枕元で葛藤の極点に達したときに、神秘主義者として生きた前世の自分を取り戻しました。
2015-12-09
「34 枕許からのレポート」『マダムNの神秘主義的エッセー』
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2015/12/09/044335
自分の頭がいいか悪いか考えたことがないので(いやはや考えるだけでも怖ろしい)、そういう意味でのプライドは何もありませんが、神秘主義者としてのプライドには並々ならぬものがありますよ。
それから、インフルエンザ脳症関係でもう一つ、娘が記録してくれた奇妙な会話があります。そのころ、自分ではだいたい正常に戻ったつもりでした。実際にはまだまだ脳症の症状の強く出ていたことがわかります。以下に公開します。
その朝、ホテルの夜間フロント&警備の仕事を終えた夫からいつものように電話があり、朝霧が出ている話をしました。娘との会話はそれに続くものです。
〈朝、水筒の準備をしているとき〉
ママ「ちょっとコーヒーうすいかな、どうかな?」
私「色がほとんどついてないよ、うすいよ」
ママ「ちょっと味見してみて」
私「いや、明らかにうすいよ。何でこんなにうすいの?」
ママ「それはあれよ。霧が出ているからよ」
~約10分後~
私「コーヒーがうすいのと、霧が出ているのは何か関係があるの?」
ママ「それは詩人の…詩的表現だからよ」






















