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2025年11月の2件の記事

2025年11月18日 (火)

夫の 3Dプリンタ遊び。娘のお弁当はほぼ毎日どんぶり弁当。

夫が、自室にある本棚の一角や自作の棚などに3Dプリンタ作品をあれこれ並べていて、つい写真に撮りたくなりますが、オリジナル作品ばかりではないため、著作権侵害にあたるといけないので、ながめて楽しむにとどめています。

わたしがお願いして作って貰ったスマホスタンドは重宝しています。

ところで、8月5日の記事で、次のようなことを書きました。

時々、このハリオの耐熱性保存容器をお弁当箱代わりにしています。というのも、娘の職場は自宅から近く、休憩室には冷蔵庫と電子レンジがあるので。冷たいお弁当を持たせているのです。娘は冷蔵庫にいれておいたお弁当をお昼休みに電子レンジでチンします。

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この二段式はご飯もおかずも少ししか入らないなあとわたしは不満でしたが、幸い、娘はハリオの耐熱性保存容器をお弁当箱代わりにした「どんぶり弁当」(「のっけ弁当」ともいうのかな)がすっかり気に入り、最近はこればかり。

ただ、見栄えがよいのは二段式ですね。白いものは、きょうの料理ビギナーズレシピ「鶏ひき肉と豆腐のハンバーグ」を参考にさせていただいたハンバーグを切って並べたものですが……

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どんぶり弁当になると、ど~んとこんな具合に。わたしが下手なだけなのでしょうが。

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夫のブランチに同じどんぶり弁当を作ることがありますが、「男子高校生並みとまではいかないけれど、いやー結構おなかいっぱいになるよ」といいます。

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これは失敗作です。みんなのきょうの料理「チキンピラフ」を参考にさせていただいたピラフがたっぷりと下にあり、円形の小さめのプレーンオムレツをのせるはずが、完全にはみ出て無残な姿に。

作り直す時間がない(だって、快速冷凍室でオムレツを冷やさないとほかの冷たいものとは一緒にできません。娘は職場に着いてすぐにお弁当を冷蔵庫に入れ、食べるときにレンジでチンしますから)。

卵にかかっているものはホワイトソースです。「すごく美味しかったよ!」と娘。そのお世辞につられて、醜いみかけになっても、また今日もどんぶり弁当を作る母です。

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麻婆豆腐弁当。がっつり、麻婆豆腐をごはんの上からかけることができます。ほぼ毎日梅干し入り。万能黒酢たれに漬けた煮卵。健康のために。

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玉子焼きが一つしか入りませんでした。じゃこ天やら野菜てんやらを並べてみました。百貨店でじゃこ天で有名なお店のものを買ったので。その下のごはんはNadia「ほっこり♪じゃがバターライス♪」を参考にさせていただきました。

ほぼ何も見えないのが哀しい。じゃこ天との組み合わせはベストマッチだったとのこと。わたしもそう思いました。

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そのじゃこ天を炊き込みご飯にしてみました。ウインナー、蓮根のバター蒸し(ニュージーランド産のグラスフェッドバターは固まると黄色い)、味付けうずらの卵(これは買ったものです)。

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ツナ缶を使った三色どんぶり。

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時間がないときに重宝するコンビーフ弁当。キーウイ、煮卵、オリーブの実。果物を同じハリオの小さな器に入れたいのですが、器は一つがいいそうです。

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干からびて見えますが、チンすれば美味しくなるそうです。サラダは最初に食べてチンするか、ポリ袋か何かの上に出しておいてチンするかですね。さやいんげんと豚肉の炒め物弁当。

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煮物弁当。肉じゃがみたいになりました。油が固まっていますが、チンしたら、北海道展で手に入れたジャガイモ「とうや」がほくほくで美味しかったそうです。とうやは割合早く煮えるわりには煮崩れしにくく、使いやすいじゃがいもですね。

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2025年11月 7日 (金)

Mさん、お誕生日おめでとうございます

Mさん

お誕生日おめでとうございます

商業誌と同人誌の中間域にある文芸誌にとって、やはりこの時代は厳しかったんだなあと思いました。いや、日本文学を支える最後の砦ともいえる、あの貴重な文芸誌の飛躍のチャンスでもあるのかもしれません。

話は変わりますが、わたしは今年のはじめにインフルになり、脳炎だったのか、脳症だったのか、医師にもわからなかったようですが(病院で受けた治療だけでは肺炎しか治らなかったと思います。実際に途中で見捨てられかけました。

よくはわからないながらも沢山の科学論文を調べてみて個人輸入してきた薬に自らが救われたことになるとは、ラッキーだったというべきか。

他の人にも使ってみてほしいと思わずにいられませんが、医師でも薬剤師でもありませんから作品で表現するしかありません。

いずれにせよ、神秘主義者として貴重な体験ができたと思っています。いわゆる透視力といわれる優れた能力が見せるものと、脳の不具合による現実と幻覚とが奇妙に重なる現象との違いが明確になり(心理学に大きな影響を与えたアメリカの哲学者ウィリアム・ジェームズの見方は想像した通り完全に間違っていました)、この区別について書きたいと考え、着手したところです。

ある意味で面白い体験でもあったので、小説という形式で精緻に描いてみたいのですが、電子書籍にできるようなものになるかどうかは神のみぞ知るです(わがハートに御座します神です)。

自分のことばかり書きましたこと、お許しください。

Mさんのご健康とご活躍をお祈り申し上げます

わが国の文運が隆盛なることを願いつつ

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