使い道のない小説のざっとした出だし(タイトルは「ピアノのお稽古」になるかな)
また日が空きました。小説に没頭していたわけではありません。祐徳院に関するエッセーをまとめるに当たり、神秘主義的要素を抜こうかどうしようかと迷い続けていたのです。抜けば、世間に出しやすいものになります。しかし、そうすれば、神秘主義的感性なしでは解けなかった謎のいくつかを書くことが難しくなるのです。また、生前から優れた神秘的な能力を発揮された萬媛を表面的にしか扱えなくなります。いつまでも結論が出ず、かったるくなりました。
電子ピアノでは、夫は両手に入り、順調です。指の位置を特定するのにまだ時間がかかり、時々止まりますが、ここまで来れば、あとは練習すれば上手になる一方だと思うので、一人立ちも近い?
わたしはインベンション2番、ソナチネは1番を通して弾いています。冬春の乾燥時に指が滑って困りましたが、梅雨に入ったせいか、滑らなくなりました。練習を始める前に手を洗います。それ以上の対策は必要でなくなりました。
夫が細い角材とゴムで楽譜押さえを作ってくれました。ヘッドホンで練習するには便利ですが、ヘッドホンを外すと譜面台の細工が響き具合に影響しているのがわかります。
小説は、今の世界を、陰謀論者と呼ばれる女性の通訳的な人物(夫)の視点で描いたものになりそうです。どこかに応募する当ても発表する当てもないので、モチベーションは悲しいほど上がりませんが、現実に存在する夫とのピアノのお稽古ごっこを作品に取り入れることで見えてくるものがあるというインスピレーションがわき、ざっと出だしを書いてみました。
プロットも完成していない段階での単なる落書きですが、アップしておきます。といってもピアノのお稽古ごっこはこの落書きでは出てきません。たぶんこの出だしはスクラップになります。
そのうち完成して、小説になっていれば、電子書籍にするかもしれません。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+
「ピアノのお稽古(仮題)」
美しい言葉、わかりやすい喩えで、教えを綾なしたイエスだったが、律法学者に多いパリサイ派と鋭く対立していた。「あなたたちは悪魔である父から出た者」と断定し、彼らの崇める神は神という名に値しない悪魔とまで宣うた。異邦人であるわたしにはこの言葉を比喩的にしか捉えられなかったが、あるいはイエスは、そこまでいいたくなる彼らの行状を知っていたのだろうか。
2019年、新型ティアラウイルスがもたらした伝染病が豪華客船ルビー・プリンス号によってイタリアに持ち込まれたことを皮切りに、新型ティアラウイルス感染症は世界的な大流行となった。
ティアラ・パンデミックが終息しない中で行われた2020年の米大統領選の頃から、陰謀論者と呼ばれる人々が伝染病並みに増えていった。陰謀論という症状は新型ティアラ感染者に現れる脳症状の一つとも疑われたが、意外なことには陰謀論者に感染者は少なかった。
選挙選を制して新大統領になった男が開票間際に奇跡的な大量票を獲得したために、陰謀論者たちはその現象をフィネガン・ジャンプと名付け、陰謀論を多彩な内容にしていった。
陰謀論者たちはフィネガン大統領が不正をしたと信じた。その信念は、収まらない伝染病に飛び火した。彼らは新型ティアラウイルスを作為的なもの、人工的なものと決めつけることを好んだ。
彼らの信念が呼び寄せたかのような内容の論文が、高名な科学誌サイ・エンストに現れた。その論文が後日何らかの理由で取り下げられたため、陰謀論者たちは死体に飛びつくハイエナさながら、その理由を盛んに憶測した。
一方では、新型ティアラはシナの動物市場からヒトに感染が広がったともいわれている。
妻の千華子は、小学校低学年から高校時代にかけて強迫神経症を患った。その症状は、自分でも馬鹿らしいと自覚しながらも、ある行動をとらずにいられないという形で出た。玄関から出るときは右足から出なければならないとか、ランドセルの中身を7回確認しなければならないとか……なぜかそれをしなければ安心が得られなかったそうで、それはいわば世界観が崩壊しないための儀式だったという。
このことと関係あったかどうかわからないけれどーーといって聴かされるエピソードがあった。
「父が海外航路の船員だったでしょ。母が準公務員の仕事を辞めたくなかったせいで、在日コリアンの小母さんを雇ったの。小母さんはご主人に死なれて困り果て、子守兼家政婦の働き口を探していたらしいわ。半世紀以上も昔の話になるわね。可愛らしい顔立ちの優しい小母さんだったけれど、わたしより10歳くらい上の息子ーー彼は団塊世代になるわーーがいて、そのことが災いした」
この話を聴かされるのは初めてではなかった。
「ワルいこと、されたのよ。小母さんがいないときに。あたかも日本人が彼らに罪深いことばかりしてきたかのような印象操作をGHQがしたせいで、彼は日本人の女の子には何をしても構わないって、思ったんじゃないかしら。敗戦前は同じ国の国民だったはずなのにね。あちらのインフラを整備し、沢山の建物を作り、教育制度を確立して、寿命を延したのは、ずいぶんと罪深いことだったのよ」
そうなのか? どんな理由があったとしても、諸君は今日から日本国民ではなく、別の国の国民になりました、なんていわれたら、わたしは面白くないぞ? だからといって、その別の国の女の子に何か悪いことをしていいわけではない。それとこれとは別問題だ。GHQが何をしたかはあまり知らないが……。
小学校の低学年のときに、その忌まわしい出来事は何度か起きた。そのことの意味がよくわからなかった彼女は、母親にもいえなかったという。
比較的最近の出来事になるが、妻は2冊の本を熱心に学習していた。1994年に文藝春秋から文庫になって出た江藤淳著『閉ざされた言語空間 占領軍の検閲と戦後日本』と、自由社から2015年に出た関野通夫著『日本人を狂わせた洗脳工作(WGIP) いまなお続く占領軍の心理作戦』だ。
妻から聴かされる子供のころの話は聴きたい類いの話では当然なかったし、2冊の本はともかく、ネットから仕入れたらしい話のねた……日本に戦争を仕掛けた米国民主政権はディープステートに操られていた、ディープの連中は明治維新の背後にもいただとか、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部、日本で占領政策を実施した連合国連機関。いわゆる進駐軍)にはマルクス主義者のうちのフランクフルト学派が大勢いただのという話になると、いささかついていけないものを感じた。
米民主政権というと、今更ながらGHQを連想する妻は、アメリカのフィネガン民主政権を快く思っていなかった。日本に原爆を2発も落としたのは米民主政権だったと彼女は強調する。が、共和党のチェス前大統領がディープステートと闘っているという説には懐疑的だった。
ディープステートとは、欧米で国家内国家を形成しているユダヤ系国際金融資本のことをいうらしい。ヨーロッパのディープステートの代表格がロスチャイルド、アメリカはロックフェラーなんだそうだ。彼らが大金持ちだという見解、それにはわたしにも異論がない。
戦前の日本はディープステートによる弊害を知っていて当時の新聞にはそれに関する記事が普通に出ていた、太平洋戦争が日本にとっては植民地主義を進めるディープステートとの戦いだったといわれても、陰謀論の域を出ない気がする。妻は尚もいう。
「アジアで植民地になっていなかったのは、もう、タイ王国と大日本帝国だけだったのよ。玉音放送にも日本が植民地主義と戦った痕跡があるわ。『 私は日本と共に終始東アジア諸国の解放に協力してくれた同盟諸国に対して、遺憾の意を表さざるを得ない※1』という箇所は正にそうでしょう……違う?」
唐突に玉音放送といわれても、太平洋戦争を題材としたドラマなんかで、電波障害のため「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」という言葉がかろうじて聴きとれるラジオ放送というくらいの認識しかなかった。大日本帝国は植民地主義の片棒を担いで、アジア諸国を侵略したのではなかったか? わたしはそのように学校で習った。妻もそうだったはずだ。
いずれにせよ、戦後80年近く経った今になって、このような話題はかったるい。しかし妻はまだディープステート、ディープステート宣う。
ディープステートの頂点にいるーー君臨しているというわけではないらしいーーロスチャイルド家について話し始めた妻は、なぜか声をひそめていった。
「ロスチャイルド家は、パリサイ派ユダヤ人の血を引いていることを誇りにしているそうよ」
「ロスチャイルドはともかく、アメリカの石油王ロックフェラーはユダヤ系ではないだろう?」とわたしがいうと、妻はまたしても秘密の囁きのようにいうのだった。
「わたしもそう思っていた。ウィキぺディア(フリー百貨事典)に『ドイツ南部のプロテスタントの一派バプテスト(浸礼派)に起源を持つアメリカ合衆国の名門一族』ってあるもの。ウィキには騙されるわね。実際には、セファルディム系ユダヤ人らしいわよ」
「セファル……何だって?」
「説明するのが面倒だから、ウィキペディアで調べて」
「ウィキは人を騙すんだろう?」
妻は、顔を上げた。リビングを拭き掃除しながら、おしゃべりしていたのだった。涼しげなまなざしだったが、突如アルコール除菌スプレーのノズルをこちらに向ける。
「ひゃー、冷たい!」
わたしの胸の心臓のある辺りに除菌液を吹きつけてきた。濡れたカーキー色のTシャツが肌にこびりつく。わたしはバイ菌か? おまえのおまんま代を稼いでくるご主人様だぞ?
「さあ、お掃除終わり! アルコール除菌やら、マスクやら、衛生用品にかかる費用も馬鹿にならない……いつまで、こんなことが続くのかしら。それとも始まったばかりなの?」
「千華子に頼まれた日本製のマスクだがね、ゲットし損なうところだったんだぜ。シナ製から売りたいのか、日本製は手の届かない棚の上に置かれていたんだ。衛生用品の大手メーカはなぜもっとマスクを作らないんだろう、買ったマスクの会社にしてもさ」
「ああ、あそこはね。尿漏れのための吸水パットや大人用オムツを作っていて、その需要があるから、安易に製造ラインを換えたりしないんじゃないかな。その点が日本企業の優秀さを物語っているとも思う」
「へえー、そう?」
「そうよ。ああいうものってとても大事で、人間が文化的生活を送れるかどうかのぎりぎりのところで生活全体を押し上げてくれるものなのよ。母の介護のときに、そのことがよくわかったわ。男性用の吸水パットもありますよ。入用になったらいってね。蛇口の締まりが悪くなるのと同じことなんだから、何も恥ずかしいことじゃないわ」
妻は最後のほうは独り言のようにいい、洗面所に行き、戻って来ていった。
「コーヒーが飲みたいな。あなたも飲む?」
「淹れようか」
「ありがとう」というと、妻はエプロンを外した。
「カルディで買ったキリマンジャロとイタリアンローストがあるな。どちらにしますか、奥さん」
「イタリアンローストがいいわ。牛乳をたっぷり入れたら美味しいわね、深煎りの黒いのには」
妻はこのころはまだ、牛を殺せば15万円の助成金が出るという酪農家潰しの話はしなかった。ニュージーランドの牛にゲップ税が課せられるようになったという、面食らうような話もしなかった。ゲノム編集の話もしなかった。
サイフォンで淹れたコーヒーは格別だが、ちょっと面倒なので、マキネッタを使うようになってからはこればかりだ。透明感のある味わいをもたらしてくれるサイフォンとは違って、野生的な味わいを引き出してくれるマキネッタ。豆を挽くときから漂うコーヒーの香りは、狂ったわたしたちの世界観を正してくれるような気がする。コーヒーは慎ましく暮らすわたしたちの大切な友人といってもいいくらいだ。
コーヒーを飲む間にも、アイパッドでツイッターをチェックしている妻を眺めながら、まだしも、主婦たちの井戸端会議のほうが健康的かもしれないと思う。妻の世界は世間から広がっていたのではなく、SNSすなわちソーシャル・ネットワーキング・サービスから何処かへ広がっていた。その世界は、傍観者のわたしには窺い知れないところがあった。
妻はアイパッドを閉じた。ゆっくりとコーヒーを飲んでいたが、カップを置くと宣言するようにいった。
「ねえ、あなた。わたしは陰謀論者なんですって!」
ツイッターでどんなやりとりをしていたのか。陰謀論の定義は怪しいもののようにも思えるが、懸念といえば、神経症児だったかつての妻が構築した世界ーー非合理な儀式によって成立していた世界が甦ろうとしているのではないかということだった。陰謀論というか、政府とも世間とも折り合いの悪い情報を養分にして……。窺い知れぬところのある彼女が、一段と窺い知れぬ世界へと行ってしまいそうだ。
わたしが定年退職後に就いた仕事はシティホテルの夜間フロント係で、給料は安いが、長年勤務した以前の職場に比べれば、楽といえる。まあ、妻がいささか遠い人になったところで、飯さえ用意して貰えれば、こちらに実害が出ることはないだろうとは思う。
2021年7月、わたしたちに新型ティアラウイルスワクチンの接種券が送られてきたとき、すでに戦いの用意はできていた。妻にいわせれば、これは第三次世界大戦なのだそうだ。
※1 ウィキペディアの執筆者. “玉音放送”. ウィキペディア日本語版. 2023-05-22. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%8E%89%E9%9F%B3%E6%94%BE%E9%80%81&oldid=95313100, (参照 2023-06-03).
| 固定リンク
« 第29回三田文學新人賞 受賞作鳥山まこと「あるもの」、第39回織田作之助青春賞 受賞作「浴雨」を読んで | トップページ | イベルメクチンが慢性腎臓病の進行を抑制することを発見(千葉大学)。LGBT法案(2023年6月9日、衆議院内閣委員会)、LGBT当事者への優れた内容のインタビュー動画。牛舎、豚舎、養鶏場の相次ぐ火災。 »
「文学 №2(自作関連)」カテゴリの記事
- Kindle版『気まぐれに芥川賞受賞作品を読む 2007 - 2012』をお買い上げいただき、ありがとうございます!(2024.11.13)
- 神秘主義的エッセーブログを更新しました。エッセー 120「舅の死(ある因縁話)。百貨店でオーラの話。」(2024.09.24)
- Kindle版『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』をお買い上げいただき、ありがとうございます!(2024.08.25)
- ひと月ぶりで、すみません。「mRNAワクチン中止を求める国民連合」が発足。ハムスターの腫瘍にイベルメクチンが奏功。「えびとなすとオクラのしょうゆ炒め」(みんなのきょうの料理)。(2024.06.06)
- 『卑弥呼をめぐる私的考察』(Kindle版)をお買い上げいただき、ありがとうございます! (2024.03.18)
「書きかけの小説」カテゴリの記事
- 使い道のない小説のざっとした出だし(タイトルは「ピアノのお稽古」になるかな) (2023.06.04)
- 能楽の参考書。書きかけの小説(No.2)(2022.08.24)
- 長年の雪辱を果たしました(小説の書き出しです。「書きかけの小説 No.1」)(2022.06.14)
コメント