ヘッセの代表作「デミアン」に登場するアプラクサスとイルミナティの神、そしてユングの神々
「マダムNの神秘主義的エッセー」で公開した「ワイス博士の前世療法の問題点について、神秘主義的観点から考察する」という記事にちょっと加筆するつもりが(一旦この記事は閉じている)、とんだことになってしまった! 不気味な闇の中を彷徨っていたような数日間だった。
ワイス博士の前世療法には分析心理学を創始したユングの影響が当然あるはずで、そのユングが降霊術のとりこだったことはリチャード・ノル(老松克博訳)『ユングという名の「神」―秘められた生と教義』 (新曜社、1999)で知った。
ユングは若い頃から降霊術に熱中しており、生涯にわたって、降霊術に出現する死者の国の霊や神々に相談し、それを他人にも相談するよう教えたというのである。(ノル,老松訳、1999,p.37)
ユングがロックフェラー家の助力で設立した心理学クラブを訪れていたヘッセ。
わたしは前記事で採り上げたヘッセの代表作「デミアン」に出てくるアプラクサスが気になった。「神的なものと悪魔的なものを結合する象徴的な使命を持つ」神として、アプラクサスは登場する。
家にあるジョン・R・ヒネルズ編(佐藤正英監訳)『世界宗教事典』(青土社、1991)にアプラクサスの項目はなかった。あれこれ調べたが、家にあるものからは出て来なかった。コトバンクに解説があった。
ヘレニズム時代に,アレクサンドリアを中心にして,一部の人たちが最高神を呼ぶときに使った名称。しばしば鶏の頭をもち,右手に盾,左手にむちをかざし,両足が蛇で,4頭立ての馬車に乗った姿であらわされている。鶏は予見と用心深さを意味する鳥であり,盾は知恵,むちは力を意味し,2匹の蛇であるヌースとロゴス,すなわち霊性と理解とに支えられ,宇宙の四つの方向をめぐって支配する神とされる。ABRAXASの7文字は,七つの光,または数理的に365を意味し,紀元2世紀のアレクサンドリアに在住したグノーシス派のバシレイデスBasileidēsによれば,この宇宙は365の層をなす天によって構成され,その最下層の神がアブラクサスであって,地球や人類を創りだし,七つの属性によってこの世を支配している。
平凡社. “世界大百科事典 第2版「アブラクサス」の解説: アブラクサス【Abraxas[ギリシア]】”. コトバンク. https://kotobank.jp/word/%E3%82%A2%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%82%B5%E3%82%B9-1143525, (参照 2021-11-27).
ウィキペディアには次のようなことが書かれている(出典が書かれていない)。
アブラクサスはエジプト神話においてイシスの眷属だったらしく、さらにペルシア起源のミトラ神信仰とも関係があったが、この宗教はローマにおいて、はじめの400年間、キリスト教の最大の対抗勢力であった。……(略)……アブラクサスは物質界を創造し、悪魔的な性質を持つ旧約聖書の神(実際は創造された存在で、高位のアイオーンであるソフィアの息子)に同化していった。
中世には、アブラクサスは正統派のキリスト教によってデーモンとみなされ、崇拝者は異端とされた。関連項目
・イルミナティウィキペディアの執筆者. “アブラクサス”. ウィキペディア日本語版. 2021-03-18. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%82%B5%E3%82%B9&oldid=82510531, (参照 2021-11-28).
「イルミナティ アブラクサス」で検索すると、「バーバリアン・イルミナティ: イルミナティに罪をなすりつけてきた黒魔術団」という記事がヒットした。
バヴァリアン・イルミナティ(Bavarian Illuminati)の7位階の人々によって運営されている、正真正銘のイルミナティの啓蒙サイト「啓明:「秘密の宗教-神になるには(Illumination: the Secret Religion - How to become God)」から、翻訳紹介した文章のある「バーバリアン・イルミナティ: イルミナティに罪をなすりつけてきた黒魔術団」という記事だった。
その記事に「アブラクサス」という記述があったのである。「プロローグ全文翻訳」からその箇所を引用させていただく。
私たちはイルミナティです。
私たちは、真の神のメッセンジャーです。
私たちの神聖な任務は、人類と神の神々しい本質との間には、もはや少しの差異もない、という本当の神との全体的合一の中に、人類を導くことです。
どのようにして、このことが達成できるのかは、アインシュタインの相対性理論と量子力学の理論を使うことによって、はっきり見ることができるのです。
もう、人類は、しっかり目を見開いて、この神聖な光を見るべき時なのです。私たちの宗教は、イルミネーション(Illumination=啓明)と呼ばれています。
私たちは、この無知で開かれていない世界に、真の神、アブラクサス(Abraxas)の光を当てるために影の世界から出てきた者です。
すべての人たちに、啓明の光、覚醒の光をもたらすために。大谷弘仁. “バーバリアン・イルミナティ: イルミナティに罪をなすりつけてきた黒魔術団”. 備忘録ノート. http://bibourokunote.blogspot.com/2011/06/blog-post_14.html, (参照 2021-11-26).
アブラクサスが「真の神」と呼ばれている。そして、イルミナティのグランド・マスターだったアダム・ヴァイスハウプト(Adam Weishaupt)の紹介の後に、以下のユングの言葉が引用されているのである。
「私が15歳のとき、聖杯伝説を読んで以来、それは私にとって、もっとも重要なことになったのである。聖杯伝説の背後には、大いなる秘密が隠されていることを感じ取ったからである」 カール・ユング
同上 (参照 2021-11-26).
前掲「プロローグ全文翻訳」にはグランド・マスターの名前も挙げられている。
イルミナティのもっとも有力なグランド・マスターは以下のとおりです。
・背教者ソロモン王(King Solomon the Apostate)
・ピタゴラス(Pythagoras)
・ヘラクレイトス(Heraclitus)
・エンペドクレス(Empedocles)
・シモン・マグス(Simon Magus)
・ヒュパティア(Hypatia)
・ライプニッツ(Leibniz)
・アダム・ヴァイスハウプト( Adam Weishaupt)
・ゲーテ(Goethe)
・ヘーゲル(Hegel)
以上の10人です。同上 (参照 2021-11-26).
アダム・ヴァイスハウプト(1748 - 1830)以降のゲーテ(1749 - 1832)、ヘーゲル(1770 - 1831)はイルミナティだったのだろう。
イルミナティのサイトに引用されているユングも、イルミナティだったのだろうか? ユングの影響を受けたヘッセは「デミアン」で主人公シンクレールをアプラクサスに捧げるという行為を創作上の行為とはいえ、やってのけているのだから、イルミナティだった可能性もある。
薔薇十字団、フリーメーソン、フリーメーソンを侵食したイルミナティはキリスト教の弾圧を怖れて地下に潜り、秘密結社となった。その弾圧がなくなった現代、秘密結社は地上に出てきたのだろうか? 前掲記事で紹介されているイルミナティのサイトは真正なものなのだろうか?
冒頭で引用したリチャード・ノルの文章にユングが「降霊術に出現する死者の国の霊や神々に相談」したとあるのが気にかかる。もし神々を招喚する魔術を行っていたのだとすれば、ユングは精神医学者の仮面を被った黒魔術師ではないか。あるいは、降霊会に神の名を騙るカーマ・ローカの幽霊たちが出現した、それを「神々」と呼んでいるだけなのかもしれないが。
いずれにせよ、もしノルの記述が本当だとしたら、それは精神医学を中世の闇に引き戻した、信じられない所業である。
「マダムNの神秘主義的エッセー」における関連記事:
69 革命結社の雛形となったイルミナティの思想と掟、イルミナティ用語としての「市民」
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2017/06/19/183509
77 前世療法は、ブラヴァツキー夫人が危険性を警告した降霊術にすぎない
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2017/11/16/195219
80 トルストイ『戦争と平和』… ①映画にはない、主人公ピエールがフリーメーソンになる場面
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2018/04/03/200934
81 トルストイ『戦争と平和』… ②ロシア・フリーメーソンを描いたトルストイ
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2018/04/05/151342
82 トルストイ『戦争と平和』… ➂18世紀のロシア思想界を魅了したバラ十字思想
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2018/05/05/221437
83 トルストイ『戦争と平和』… ④フリーメーソンとなったピエールがイルミナティに染まる過程
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2018/05/24/200700
91 C・G・ユングの恣意的な方法論と伝統的な神秘主義
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2019/01/13/170110
104 トルストイ『戦争と平和』…⑤イルミナティ創立者ヴァイスハウプトのこけおどしの哲学講義
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2020/10/11/220247
105 トルストイ『戦争と平和』…⑥テロ組織の原理原則となったイルミナティ思想が行き着く精神世界
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