驚き桃の木山椒の木の慰安婦問題(14日朝に加筆、赤字)
「日本軍の慰安所に入れられた女性も強かんされた女性も、性暴力被害という意味では同じ」というサイトの文章に疑問。「慰安所に入れられた」という強制性を明確に打ち出したこの定義に、商売色濃厚な引用箇所が当てはまるとは思えない。 https://t.co/xiv39adFSd
— naotsuka_maki (@NaotsukaM) July 13, 2020
感銘を受けた戦争体験記から、「日本軍慰安所マップ」というサイトにおけるマップ作成の資料として何箇所も引用されていて、驚いた。
日本には当時、公娼制度があった。民間業者により報酬が支払われていた。
「日本軍の慰安所に入れられた女性も強かんされた女性も、性暴力被害という意味では同じ」という定義は、公娼制度自体を戦後フェミニズム史観で断罪しているようにも思える恣意的定義である。
いずれにしても、「慰安所に入れられた」という強制性を明確に打ち出したこの定義に、商売色濃厚な引用箇所が当てはまるとは思えない。
小説、映画、オペラから娼婦を排除すれば、これらの分野自体が成り立たなくなるといってよいくらい、娼婦は芸術作品によく登場する。アレクサンドル・デュマ・フィス『椿姫』、永井荷風『墨東綺談』……村上春樹の小説なども、わたしは娼婦文学の一種と考えている。
以下の論考は、娼婦問題の複雑さを的確に捉えていると思うので、引用する。
セクシャルハラスメントは、権力関係をたてに他者の身体を不法に搾取する行為であり、その権力関係によって相手の自由意思を封じ込めてしまう暴力性を孕んでいる。セクシャルハラスメントが問題視されるようになったのは、ごく近年のことであるが、他者の身体を搾取するという行為そのものは、はるかに古い歴史を持つ。なかでもアメリカで文字どおり身体が搾取され、二十世紀初頭に「白い奴隷」と呼ばれたのが娼婦である。北アメリカ大陸における娼婦の歴史は、植民地の誕生とともに始まるが、その存在が人々の注目を浴びるのは、人口が都市に集中化する十九世紀後半のことである。娼婦を男性の性的欲望の対象となる抑圧された性奴隷とみるか、あるいは一個の独立した職業人とみなすかは意見の別れるところであろう。(p.2)
娼婦の歴史は長い。娼婦は単に売春を行う者というだけでなく、「神殿の娼婦」「色恋の女神」「漂白の聖者」など国により文化によって異なる多彩な役割をになってきた。(p.14)
辻本庸子. アメリカ文学における女性像 : 二つの娼婦物語. 神戸市外国語大学外国学研究. 2004-03-31, 59, p.157-415. http://id.nii.ac.jp/1085/00000676/, (参照 2020-07-13).
芸術作品に娼婦がある輝きを帯びて登場することがあるのは、引用にあるように、娼婦が「国により文化によって多彩な役割をになってきた」ことと関係が深い。
例えば、田中保善『泣き虫軍医物語』(毎日新聞社、1980)から引用された箇所の一つ、以下の文章などは慰安婦虐待の絶好の資料として歓迎されたのではないだろうか。
分院では私が赴任する以前は、クダットの慰安婦の検梅に軍医がいないので、衛生下士官が実施していたが、私が赴任してからも私が多忙なため、従来通り衛生下士官に任せることにした。しかし、クダット飛行場からレイテの戦場に飛行機が出撃する時は、健康な慰安婦が不足すると、病気がある者も黙認して航空兵の接待をさせたと聞いた。(田中,1980,p.99)
「接待をさせた」と書かれているが、文脈を辿れば、強制性を伴っているようには読めない。検梅とは、梅毒に感染しているか否かを検査することであるから、ここでの病気の正体は明らかであろう。そして、接待とは、客をもてなすことである。本来であれば、梅毒に罹患した慰安婦に対して商売禁止にするところを、あえて許可したのである。
なぜ許可したかといえば、おそらく慰安婦が出撃前の航空兵の聖なる慰め手であることを期待されたからではないだろうか。
まず生還を期せない決死の航空戦隊が発進する時は、肌身につける襦袢、袴下は新品を着せて恩賜の煙草を与え、恩賜の酒を飲ませて皆が見送った。(田中,1980,p.99)
このような状況を前にして、残忍な強姦を許すための黙認であったとは思えないのである。それに、日本兵は日本人の慰安婦を好んだようで、朝鮮人の慰安婦(売春婦)が特に多かったようには思えない。台湾、ジャワ島からも来ていたとある。
田中軍医は、千代龍という源氏名のアピナンバーワン芸妓に惚れてしまう(アピは地名)。彼女は真奈木参謀長のお気に入りだった。田中軍医は参謀長の嫉妬を買い、ボルネオ北端のクダット防衛に回された節があった。
戦争末期の戦地ボルネオ体験記というと、悲惨な場面の連続かと思いきや、場所により、状況により、危険度は様々で、日本軍が可能な限り規律正しい、文化的な生活を心がけていた様子が窺える。
前年の10月に連合軍がレイテ島に上陸、比島(フィリピン)が占領されるという戦局の悪化する中で迎えた昭和 20 年元旦、流行性肝炎にかかって寝込んでいた田中軍医の病気は軽快した。当番兵達がヤシやバナナの葉等で宿舎の前に門松を立てて常夏の正月を祝う場面は、印象的である。
慰安婦問題の問題点は、論文からの引用にあるように、「娼婦を男性の性的欲望の対象となる抑圧された性奴隷とみるか、あるいは一個の独立した職業人とみなすかは意見の別れるところ」なのだが、前掲サイトは当然のように前者の側に立ち、どのような権限でか、日本軍をひたすら断罪する。
パンパンといわれた在日米軍将兵を相手にした街娼(私娼)が、米軍に損害賠償の請求をしたという話は聞かない。断罪するのであれば、明らかな性犯罪者を戦勝国、敗戦国の区別なく、断罪すべきだろう。韓国のライダイハン問題は解決済みなのだろうか。
第一、慰安婦の定義がどうであれ、日韓基本条約の締結で、全て解決済みであるはずのことなのだ。
最終的に両国は、協定の題名を「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」とした。この協定において日本は韓国に対し、朝鮮に投資した資本及び日本人の個別財産の全てを放棄するとともに、約11億ドルの無償資金と借款を援助すること、韓国は対日請求権を放棄することに合意した。
「日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2020年7月10日 22:46 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org
そもそも、慰安婦問題が発生したのは、1983 年に吉田清治氏の証言を朝日新聞が採り上げてからで、その朝日新聞は 2014 年 8 月 5 日に吉田証言を虚偽と認定して記事を撤回したはずである。
【またも田嶋女史の妄言】田嶋陽子「日本が韓国を植民地化したということはレイプしたことと同じ。相手がいいって言うまで謝り続けなければならない」
— たかりん。7 新垢🎌 (@takarin___7) July 12, 2020
4~5歳まで半島に居て帰還したと言うけれど、覚えてないでしょ。編集されたのか 殆ど反論がなかった。動画後半「半島のbefore after」が真実を語る! pic.twitter.com/A4zvOCWPLy
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