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2020年6月の11件の記事

2020年6月30日 (火)

8 本目のYouTube動画「風の女王」をアップしました。ビデオ・エディターの不具合で AviUtl へ。

あと、児童小説『ぼくが病院で見た夢』を前後編でアップしたら、動画作成はお休みにして、萬子媛をモデルにした童話、その後に新作能の執筆に入る予定でした。

ところが、ここへ来て、動画作成に利用しているMicrosoftフォトの機能ビデオ・エディターに不具合が発生するようになりました。

初めてビデオ・エディターで動画を作成したとき、完成後の動画に音のノイズが入っていました。あれこれやってみて駄目だったのでリセットしたらノイズが入らなくなり、その後はずっと正常に動画作成できました。

それが、昨日またノイズが入り、リセットしても駄目……。

3 度リセットしたあと、ノイズが消えたと思ってYouTubeにアップしたら、聴き逃しがあって、動画後半にノイズが 1 箇所入っていました。

何度も作成し直して頭がボーッとなってしまい、気づかなかったようです。

機械朗読動画なので、複雑なことはできなくてもよく、不具合さえ起きなければ使い続けたでしょう。でも、ノイズは気になります。

もうビデオ・エディターはワタクシ的には限界だと思い、夫が入れている無料の動画作成ソフト「AviUtl」を入れてみました。有名なフリーソフトなので、解説している人も多いです。

わたしが主に参考にしているのは、以下のサイト様。

AviUtlの易しい使い方
https://aviutl.info/

今日は AviUtl 本体と必要なプラグインを入れ、少しお勉強したところです。でも、使いこなすには時間がかかりそう。

ここで一旦動画作成をお休みして創作に入るか、予定の動画を作成し終えるかで、迷っています。萬子媛の童話が仕上がったら、これも機械朗読動画にするつもりなので、どちらにせよ、動画作成ソフトの使い方はある程度マスターする必要があります。

前述したように、1 箇所音のノイズが入っており、聴き苦しいと思いますが、当ブログにもアップしておきます。よろしければ、ご視聴ください。

 

風の女王
https://youtu.be/9Bvfl3O-VaY

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2020年6月26日 (金)

坂口安吾ノート ① GHQ 御用作家だったのか? 対照的に、胸を打つ田中保善『泣き虫軍医物語』の記述。(27日朝に加筆)

萬子媛をモデルとした童話の執筆に入ろうか、というときに、坂口安吾全集を丹念に読み、小論を書くだけの時間がわたしにはない。

それで、いつものように、時間ができたときにノートだけでもとっていこうと思う。トラヴァースも放置状態。

『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 Kindle版
出版社: 坂口安吾全集・出版委員会; 1版 (2015/3/6)
ASIN: B00UDH9QY6

このKindle書籍を読んで、坂口安吾について見直しを迫られたことについては、前記事に次のように書いた。

先月、坂口安吾のエッセーをパソコン向けのKindleアプリ(Amazonのサイトから無料で入手できます)で読んでいたところ、大変ショッキングな文章に出くわしました。坂口安吾について再考を迫られる出来事でした。この男、こんなに頭が軽かったのかと失望しました。続いて織田作之助のエッセーを読み、これにも失望(この人、エッセーは書かない方がいい)。

太宰にはとっくに失望していましたが、安吾と織田作には一目置いていたのに。思想家であり作家であり、といった連中ではなかった、器用な小説家にすぎなかったと心底失望しました。勿論、彼らの小説に対する評価まで下がったわけではありません。ただ、この三羽ガラスの頭の中の頼りなさを考えるとき、日本文学が下り坂になったのも当然だったように思えました。

わたしにとって、ショッキングな文章は「もう軍備はいらない」に存在した。

 自分が国防のない国へ攻めこんだあげくに負けて無腰にされながら、今や国防と軍隊の必要を説き、どこかに攻めこんでくる兇悪犯人が居るような云い方はヨタモンのチンピラどもの言いぐさに似てるな。ブタ箱から出てきた足でさッそくドスをのむ 奴の云いぐさだ。
 冷い戦争という地球をおおう妖雲をとりのぞけば、軍備を背負った日本の姿は殺人強盗的であろう。

坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.97732-97736). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.

 高い工業技術とか優秀な製品というものは、その技能を身につけた人間を盗まぬ限りは盗むわけにはゆかない。そしてそれが特定の少数の人に属するものではなく国民 全部に行きたわっている場合には盗みようがない。
 美しい芸術を創ったり、うまい 食べ物を造ったり、便利な生活を考案したりして、またそれを味うことが行きわたっ ているような生活自体を誰も盗むことができないだろう。すくなくとも、その国が 自ら戦争さえしなければ、それがこわされる筈はあるまい。

坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.97761-97765). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.

人に無理強いされた憲法だと云うが、拙者は戦争はいたしません、というのはこの 一条に限って全く世界一の憲法さ。戦争はキ印かバカがするものにきまっているのだ。
坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.97806-97808). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.

坂口安吾の文庫本を大学時代に買い漁った記憶があるが、このエッセーは初めて読んだ。

連合国軍最高司令官総司令部 GHQ の民政局は、占領政策の中心的役割を果たした。ここは左翼の巣窟だったといわれる。

WGIP(戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画)が占領政策の一環として行われたそうだから、戦後生まれの人間がこのようなことを書くのであれば、不思議ではない。

しかし、安吾は明治39年(1906)に生まれ、昭和30年(1955)に死去した、明治生まれの人間である。明治期から日本を見てきた作家でありながら、ここまでバランスを欠いた見方をする人間というのは、珍しい気がする。

そう思うのは、わたしに比較対象ができたからで、その対象とは過去記事でいくらか内容を紹介した田中保善『泣き虫軍医物語』(毎日新聞社、1980)である。

田中保善『泣き虫軍医物語』に見る第二次大戦の諸相 ①映画「タイタニック」ばりの脱出劇と醤油樽
https://elder.tea-nifty.com/blog/2019/11/post-b53bf2.html

田中保善氏も明治生まれの人間で、明治42年(1909)のお生まれなのだ。安吾と 3 歳しか違わない。両者の戦争観のこの違いは何だろう? まるで、別の戦争であったかのようだ。

尤も、安吾は出征していない。エッセー「魔の退屈」には徴用令・出頭命令体験について、次のように述べられている。

戦争中、私ぐらゐだらしのない男はめつたになかつたと思ふ。今度はくるか、今度は、 と赤い紙キレを覚悟してゐたが、たうとうそれも来ず、徴用令も出頭命令といふのはきたけれども、二三たづねられただけで、外の人達に比べると驚くほどあつさりと、おまけに「 どうも 御苦労様でした」と馬鹿丁寧に送りだされて終りであつ た。私は戦争中は天命にまかせて何でも勝手にしろ、俺は知らんといふ主義であつたから、徴用出頭命令といふ時も勝手にするがいゝや何でも先様の仰有る通りに、といふアッサリし た考へで、身体の悪い者はこつちへと言はれた時に丈夫さうな奴までが半分ぐらゐそつちへ行つたが、私はさういふジタバタはしなかつ た。
坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.84219-84226). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.

ウィキペディア「坂口安吾」には「1944年(昭和19年)- 38歳。(略)徴兵逃れの目的で日本映画社の嘱託社員になる。」(「坂口安吾」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2020年6月23日 06:39 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org)とあるが、この文章のソースがわからないので、確認できていない。

ウィキのこの記述が本当だとすれば、安吾は嘘つきである。一方、田中氏は何のけれん味もなく、赤紙(召集令状)、身体検査について記述している。

緒戦華々しかった太平洋戦争もこの年になると、太平洋の島々は次々と連合軍に占領されて戦局は重大化し、開業医も次から次と召集されていった。丙種合格の国民兵の医者は、招集されたら衛生兵にされるが、軍医予備員を志願して教育を受けておけば、招集時には軍医として入隊できるというので、私をはじめ国民兵の医者は揃って軍医予備員を志願した。(田中,1980,p.8)

田中氏は身体検査での不合格を願っていた。それで事前に仕入れた情報に従って受け答えをするが、それが裏目に出て合格してしまう。

というのも、田中氏には18歳のときに罹患した多発性神経炎の後遺症があり、手足に振顫があった。検査のとき、両手を揃えて前に伸ばしたら、振顫が止まらなかった。試験管に「静脈注射ができますか」と訊かれ、そのときに「できます」と答えなければ、不合格になっていた可能性が高かった。

田中氏が、心の奥では不合格を希望しながら口では注射でも何でもできますと言ったのは、試験管の心証をよくして不合格になる作戦をとったからなのだ。後で、田中氏は医者と医者との間柄で不要な粉飾や虚勢を行ったことを反省している。

出征に当たり、地元の地区一同約 70 戸総出で武運長久の祈願祭を祐徳稲荷神社でいとなんでくれ、帰りには地区有志による送別会が開かれた。

田中氏の妻は接待に忙しく、目が離れた隙に、4 歳になる長女が勝手にご馳走を食べて疫痢になり、生死不明の重態に陥ってしまう。自分で治療してやる時間のない田中氏は長女をすぐに入院させ、後ろ髪を引かれる思いで、町主催の壮行会に出席した。その下りは次のように描かれている。

 駅には既に沢山の見送りの人達が集まっていた。親類、先輩、後輩、友人、医師会、町の有志の方々、私が校医をしていた能古見村国民学校児童 3 年生以上と能古見村青年学校生徒並びに先生方全員、鹿島駅内外にあふれんばかりである。その日はひじょうに暑かったが、国民学校の児童は皆素足であった。大地は土埃が立ち、焼ける程暑く、児童達は両足を揃えて立っておられずに、交互に足踏みをしていた。(略)
 〽我が大君に召されたる
   生命はえある朝ぼらけ……
 児童達が日の丸を振り振り無心に歌う。一般の見送りの人も同調して合唱は波のごとく広がり、駅の内外を包んだ。姉のテイ子の目に涙があふれ出した。私の家族の目にも涙が光っている。瀕死の愛児を残して心は後に引かれながら不平も言えず、“大君に召されていく” 私の気持ちを察して、私を可哀想と思って涙が出てきたのであろう。私も感極まって涙があふれてきた。出征兵士が出発にあたり泣き出すような女々しいことは男の恥である。泣くまいと思っても涙は止まらず、私は直立不動の姿勢で流れる涙をふきもせず、列車のデッキに立っていた。(田中,1980,pp.9-10)

前途多難な出征が予想される記述である(幸い長女は助かる)。そして、見送る側からも、見送られる側からも、温かく繊細な情感が伝わってくるではないか。

実際に、戦地での――否、戦地に向かう途中から既に――田中氏は一難去ってまた一難の連続であり、生還は奇跡的であった。そのような中にあっても、田中氏の率直で素直な感情の発露や細かな観察眼は衰えない。戦地での連合軍との戦いの合間にあったのは、とにかく「生活」であり、その生活スタイルが大きく崩れていなかったことに驚かされる。

不足する食糧や物品の調達にも、現地の人に対しては軍票での支払いや物々交換が貫かれていた。兵隊たちに餓死者も出ているような状況であるのに、である。日本が負けたことで、軍票はただの紙切れになってしまうが、無価値になった軍票でバナナを買ってくれと追いかけてきた現地人がいた。

この現地人たちはケニンゴウで山崎知事の下で働き、人間的に平等に待遇され、感激して、敗戦後もその恩を忘れず、なんとかして日本人に恩返しをしようと思っているのであった。(田中,1980,p.197)

また、意外だったのは、戦争末期の過酷な戦地ボルネオにあっても、危険地帯と安全地帯が存在したということである。安全地帯は、連合軍の侵攻によって、反日ゲリラの夜襲、また気象などによって、変化する。

餓死の多くは単独で訪れたのではなく、マラリアが先にやってきている。それがどのような訪れかたであったか、典型例と思われるものを引用する。

移動を開始した各部隊は、スコールのため出現した地図にない沼を腰まで没して渡ったり、密林中道なき所をさまよい、マラリアに冒され、発熱し衰弱して歩けなくなり、落伍して食糧がなくなり餓死する兵隊も続出した。(田中,1980,p.165)

そして、戦地での敗戦後の困難。敗戦ゆえの困難は大きかった。敵に降伏に行く惨めな行軍にも物資は必要であるのに、けわしい山道で頼りになる水牛は連合軍の告知により、使用できなくなった。

俘虜後の収容所での飢餓感から、交換物資もなくなった日本兵による食糧品の窃盗事件が頻発するようになる。監視の豪州兵に発見されると、体刑として石切り場のメンパクトに送られた。そこでの重労働のため、メンパクトは死を意味した。何とか別の刑をと嘆願し、道端に土下座して通行人に一日中頭を下げることを実行することで刑の執行を免除して貰う。

灼熱の太陽に照らされながら、缶詰を盗んだ兵隊は「私は盗みをしました。今後絶対にしませんからお許しください」と謝罪の叩頭を続けた。

戦争映画などではよく、日本人を馬鹿にするかのように、昭和天皇による玉音放送にあった一節「耐へ難きを耐へ、忍び難きを忍び」が流される。しかし、重要な玉音放送全文が紹介されることはない。

玉音放送には、「先にアメリカ・イギリスの2国に宣戦したのも、まさに日本の自立と東アジア諸国の安定とを心から願ってのことであり、他国の主権を排除して領土を侵すようなことは、もとより私の本意ではない」(「玉音放送」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2020年6月25日 13:07 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org))という宣戦の動機について語られた箇所があり、その内容を日本人に知られたくない人々が日本に存在し続けているからだろう。

「耐へ難きを耐へ、忍び難きを忍び」の一節が、叩頭を続ける兵隊への励ましの言葉として出てくる。

津山兵長は監視兵の眼を盗んで土下座した兵に近づき、「頑張れ、頑張れ、我々は生き抜いて日本へ帰るんだ。ここで挫けては駄目だ。作業終了時刻まで頑張るんだ。耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、我々は共に生きて祖国日本へ帰るんだ」と熱心に激励し続けていた。(田中,1980,pp.212-213)

戦争物はあまりにも一面的な描かれかたをしているように思う。それを後押ししたのは、残念ながら坂口安吾のような作家たちであったのではないだろうか。

エッセー「特攻隊に告ぐ」の次のような箇所など読んで、そのように思わずにはいられない。

私はだいたい、戦法としても特攻隊というものが好きであった。人は特攻隊を残酷だ というが、残酷なのは戦争自体で、戦争となった以上はあらゆる智能方策を傾けて戦う以外に仕方がない。特攻隊よりも遥にみじめに、あの平野、あの海辺、あのジャングル に、まるで泥人形のようにバタバタ死んだ何百万の兵隊があるのだ。戦争は呪うべし、 憎むべし。再び犯すべからず。その戦争の中で、然し、特攻隊はともかく可憐な花であったと私は思う。
坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.57663-57670). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.

私は文学者であり、生れついての懐疑家であり、人間を人性を死に至るまで疑いつづける者であるが、然し、特攻隊員の心情だけは疑らぬ方がいいと思っている。なぜなら、 疑ったところで、 タカが知れており、分りきっているからだ。要するに、死にたくない本能との格闘、それだけのことだ。疑るな。そッとしておけ。そして、卑怯だの女々しいだの、又はあべこべに人間的であったなどと言うなかれ。
坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.57678-57683). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.

ここまで特攻隊を馬鹿にした文章を、安吾が書いていたとは知らなかった。田中氏の戦地――ジャングル――体験記録を読む限り、安吾が書くような「泥人形」のように死んでいった人間など、1 人もいない。何て失礼極まる、無責任な書きかたであることか!

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2020年6月24日 (水)

7 本目のYouTube動画「雪だるま」をアップ。動画化したい作品について。Kindle書籍からの引用箇所を示すことが可能に。

7 本目のYouTubeの動画をアップしました。今後は「風の女王」「ぼくが病院で見た夢」を動画化し、そこで一旦動画作成はお休みします。

萬子媛をモデルとした童話、新作能の執筆に入るためです。そのために、「マダムNの神秘主義的エッセー」に作っているカテゴリ「祐徳稲荷神社参詣記」に、何本かの記事(ノート)をアップする予定です。

萬子媛へ創作が移行しても、エッセイ動画は時間を見つけて作成するかもしれません。腐るほど、当ブログにエッセイはあるので。純文学作品にも動画にしたいものがあります。「牡丹」「昼下がりのカタルシス」「詩人の死」です。

「詩人の死」以外は KDP セレクトに登録しているので、動画化するとなると、登録を解除しなくてはなりません。作品をどちらに置いておいたほうが 1 人でも多くの読者(視聴者)を獲得できるのか、悩ましいところです。

そもそもKDP セレクトに登録しようがしまいが、わたしにとって主な違いはロイヤリティ(印税)が高いか低いかの違いだけ。

そして、元々の値段が安く、めったに売れないことを考えると、セレクト登録しようがしまいがあまり違いはない気もします。ただ、作品の保護という観点から、わたしはなるべくならセレクト登録しておきたいと思っています。

手記「枕許からのレポート」はわたしの神秘主義者としての出発点となった記念すべき出来事を素朴に作品化したものなので、これは動画化したい。

評論「村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち」と「気まぐれに芥川賞受賞作品を読む 2007 - 2012」はセレクト登録していないので、動画にできます。

ハルキブームは――おそらく――去りましたが、純文学への影響の大きさ、これが日本文学(純文学)の崩壊を招いた原因の一つであったことから考えると、ブームが去ったからそれでなかったことに、というわけにはいきません。

しかし、これが110枚くらいで、評論としては短くもなく長くもないという枚数です。動画にすると、さすがに飽きられるでしょうね。

「気まぐれに芥川賞受賞作品を読む 2007 - 2012」は120枚くらい。第一部が「レビュー集」で、寸評を集めたものです。第二部が文学論となっています。

この二つを合わせれば、単行本にできるでしょうね(本当に単行本にしたいのは、児童小説「田中さんちにやってきたペガサス」と「すみれ色の帽子」です)。まあわたしには、一生紙の本は無理でしょうけれど。動画にしたところで、意味がないでしょうか。

そういえば、Kindle版電子書籍は、引用がどこからかを表示できるようになりましたね。

記事にするのを忘れていました……先月、坂口安吾のエッセーをパソコン向けのKindleアプリ(Amazonのサイトから無料で入手できます)で読んでいたところ、大変ショッキングな文章に出くわしました。坂口安吾について再考を迫られる出来事でした。この男、こんなに頭が軽かったのかと失望しました。続いて織田作之助のエッセーを読み、これにも失望(この人、エッセーは書かない方がいい)。

太宰にはとっくに失望していましたが、安吾と織田作には一目置いていたのに。思想家であり作家であり、といった連中ではなかった、器用な小説家にすぎなかったと心底失望しました。勿論、彼らの小説に対する評価まで下がったわけではありません。ただ、この三羽ガラスの頭の中の頼りなさを考えるとき、日本文学が下り坂になったのも当然だったように思えました。

改めて坂口安吾の作品を次々に読み、考え、これはエッセーにしておきたいと思いました。とはいえ、電子書籍をどうやって引用すればいいのでしょう? 電子書籍でのページは絶対的なものではなく、可動的で、文字の大きさを変えれば、別のページになってしまいます。

ところが!  引用できる工夫が施されているではありませんか。ずっとKindleを使っていなかったので、気づきませんでした。

たとえば、わたしが引用したいのは 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』という電子書籍の中の 3 箇所で、坂口安吾のエッセー「もう軍備はいらない」の次の箇所です。

  1. 坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.97732-97736). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.
  2. 坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.97761-97765). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.
  3. 坂口 安吾. 『坂口安吾全集・444作品⇒1冊』 (Kindle の位置No.97806-97808). Ango Sakaguchi Complete works. Kindle 版.

引用しようとしてコピーすると、貼り付けた時点で、自動的に前掲のような表示が生成されます。これが正式なものとして、研究論文のような作品に使えるかどうかは知りませんが、わたしには画期的に思えました。坂口安吾に関するエッセーを仕上げるかどうかわかりませんが、仕上がったらアップします。

ところで、今、確認のために「気まぐれに芥川賞受賞作品を読む 2007 - 2012」を開き、「はじめに」を読むと、これを書いたころは文学界に対してまだ希望を棄てきってはいなかったと感じました。引用しておきます。

はじめに

 薄汚れた部室のすさんだような雰囲気のある文芸部で、わたしは文学の基礎を教わり、創作姿勢を問われ、知的刺激を受けました。
 村上龍「限りなく透明に近いブルー」が第 75 回( 1976 年上半期)、芥川賞に選ばれたのは、そんな大学時代でした。文芸部では賛否両論ありましたが、感覚という一側面に拘泥した、趣味性の勝った作品というのが大方の見方でした。客観性、総合的観点を備えていることが純文学作品の特徴の一つとする文学観から、そこから逸脱した作品として注目され、また警戒されたといったところでしょう。
 1979 年、わたしが 21 歳だったときに「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞した村上春樹の作品は、純文学作品扱いされていませんでした。
 純文学は次第に伝統性も、真の意味での実験的要素もなくし、つまらないものになっていった印象がありますが、第 128 回( 2002 年下半期)芥川賞を受賞した 大道珠貴「しょっぱいドライブ」は忘れられない作品です。
 その作品自体をというよりは、それが大道珠貴さんの作品だったからで、わたしの作品が平成 11 年度第 31 回九州芸術祭第 30 回文学賞地区優秀作に選ばれたとき、大道さんの「裸」と同じ最終選考の俎上にのり、大道さんはその作品でデビューされました。「しょっぱいドライブ」が芥川賞に与えた影響からすれば、大道さんの作品は純文学と大衆文学の間の垣根を完全に取り払ったということがいえるでしょう。
 そして、芥川賞に選ばれる作品は今や大衆文学でもないと思えます。面白さをプロフェッショナルに追求する大衆文学にもなりえていないからです。
 大手出版社の文学賞や話題作りが、日本の文学を皮相的遊戯へ、日本語を壊すような方向へと誘導しているように思えること、作家も評論家も褒め合ってばかりいること(リップサービスと区別がつかない)、反日勢力に文学作品が巧妙に利用されている節があること……そうしたことが嫌でも感じられ、長年文学の世界を傍観してきましたが、このまま行けば日本の文学は確実に駄目になってしまうという怖ろしさを覚えます。
 悪貨は良貨を駆逐する……昭和 33 年生まれのわたしが見つめてきた文学界に起きたことは、まさにこの言葉が象徴していると思います。
 本書は、芥川賞が発表になった時、その時点における文学界の動向を粗描するつもりで受賞作品の感想を綴ったものです。芥川賞受賞作品を読む、読まないの選択は気分任せでありましたが、読むときは真摯に読みました。
 本書と合わせて拙評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』をお読みいただければ、わが国における文学界の動向をより鮮明にお伝えできるかと思います。
 今後、文学界はどう変わっていくのでしょうか? 芥川賞にはすっかり興味をなくしたこのごろですが、その気持ちが回復し、続編を出せる日が来ることを願っています。

7 本目のYouTube動画は、童話というより掌編小説です。なぜ、童話をタグ付けしたかはYouTubeの動画説明欄に記しました。今回朗読してくれたのは、標準語話者 かほ です。この作品には、陽気なおばさん風の かほ さんがぴったりだと思いました。前述した説明欄に、動画作成に使用したソフト、お借りした素材について明記しています。

雪だるま
https://youtu.be/mZOUPd8C2F0

写真素材サイト「足成」からお借りした、雪だるまの写真が可愛いですね。もう少しましなサムネイルを作成できたらよかったのですが、再インストールした GIMP がわたしには使いづらくて困ります。

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Chrome に似た新Edge が使いやすい

昨夜、スリープモードにしてパソコンを離れていました。ふとパソコンに動きを感じて目を向けると、いつのまにかアップデートが開始された様子でした。

確認せずに寝てしまい、朝パソコンを始めようとすると、新Edge がインストールされていて驚きました。アップデートで自動配信されたのでしょう。

夫は 1 週間前にアップデートしたようで、Edge のロゴが変わったことには気づいていたとか。夫は現在 Chrome しか使っていないので、変化の内容までは把握していませんでした。

わたしは、旧Edge の使い勝手の悪さ、頻繁な不具合に閉口していました。Internet Explorer のほうがずっと好きでした。あれは本当によかった。これは夫も同様で、Internet Explorer は使っていました。

一段と使いにくくなっていたら、もう Microsoft のブラウザを使わなくなるかもしれない……と思いながら、恐る恐る確認してみると、これが何と、使い勝手よさそうなブラウザに変身しているではありませんか!

新Edge はオープンソースのブラウザ「Chromium(クロミウム)」をベースにしているとか。

Chromium(クロミウム)はオープンソースのウェブブラウザのプロジェクトで、Google Chrome はこのソースコードを引き抜いて開発されたものだそうです。

道理で、新Edge は、Google Chrome に似ているはずです。

お気に入りは旧Edge から漏れなくインポートされていました。

あとで読むページを登録しておけるリーディングリストが便利だったので(サムネイル付きなので、どんなページだったか一目でわかりました)、わたしは旧Edge を使い続けていたともいえます。それは、一体どこへ?

リーディングリストは消えたのだろうかと思って「・・・」をクリックすると、「リーディングリストの項目はお気に入りに移動されました」との表示がありました。

お気に入りに「リーディングリストの保存」というフォルダーが作られていました。ここに、旧Edge でリーディングリストに保存したページは全て保存されていました。

リーディングリストに当たるのは「コレクション」のようです(これもサムネイル付き!)。ここにメモの追加ができるのは嬉しい。

これは、ちょっとメモるには使い勝手がよさそうな、「編集、削除、太字、斜体、下線、箇条書き、ヘッダー」機能付きのコレクション専用メモという感じです。

お気に入りの表示のされかたは、Google Chrome にそっくりです。これだけは、かっちりした見かけの旧Edge のほうが好みでした。

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2020年6月20日 (土)

6本目のYouTube動画『ぬけ出した木馬(後編)』をアップ。さわやかな美味しさ、モロゾフの「瀬戸内レモンのプリン」。(追記、青文字)

モロゾフの「瀬戸内レモンのプリン」、さわやかな美味しさでした。

Img_2892_a

6本目のYouTube動画『ぬけ出した木馬(後編)』をアップしました。字幕は自動生成に任せたままで、編集(書き直し)していません。明日はちょっと無理かもしれませんが、なるべく早くやります(追記: 6月20日15時に字幕校正済み)。今回朗読してくれたのは、前編に続いて、標準語話者 のぞみ です。

『ぬけ出した木馬(後編)』https://youtu.be/1lvIIDVL4eI 

 ※前編はこちら → https://youtu.be/RcPTg6hHRPk

なんか、最近こればっかりやっていて、これだけで消耗してしまっている感じですが、今後の予定は前記事でお知らせした通りです。

梅雨に入って、湿っぽいですね。新型コロナ予防に加えて、梅雨に対応した体調管理も必要ですね。あなた様も、どうか、ご自愛ください。洗濯物が乾きにくいですが、我が家では小型のサーキュレーターがフルに活躍してくれています。

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2020年6月17日 (水)

YouTube動画『ぬけ出した木馬(前編)』公開。リルケのフランス語詩編『薔薇』のレビュー。

ぬけ出した木馬(前編)
https://youtu.be/RcPTg6hHRPk 

YouTube動画、5本目のアップです。今回朗読してくれたのは、標準語話者 のぞみ です。

この動画をアップした時点で、選べるサムネイル3枚が中途半端な印象の2枚の画面と、最終画面でした。

どうもしっくりこなかったので、自分でサムネイル画像をアップしようと思いました。カスタムサムネイルを設定するには、YouTubeアカウントの確認が必要です。

電話番号を入力して、確認コードを自動音声メッセージかSNSで受け取ります。わたしはまだガラケーを使っていますが、コードはちゃんと届きました。

アカウントの確認後は、次のことができるようになります。

  • 15 分を超える動画のアップロード
  • カスタム サムネイルの追加
  • ライブ配信
  • Content ID の申し立てに対する再審査請求

わたしはまだ、10分ぐらいの動画作成で精一杯。前後編にせずに、時間をかけて1本にまとめればいいのでしょうが、一旦区切ってアップしないと、今はまだ無理。というのも、Windowsフォトのビデオエディターで動画作成していると、カスタムオーディオの追加をするときに混乱状態になることがあるからです。

あとで楽曲や時間配分をいくつも変更したりすると、もう大変。まだ初心者で、動画作成法がよくわかっていないからかもしれませんが。

夫が前にダウンロードして動画作成した――確かその動画は、前に当ブログで紹介しました――という無料の「AviuTl」を、わたしもそのうちダウンロードしてみようかなと考えています。無料のダウンロードというと、警戒心が働きますが、これは大層、有名であるようです。

紹介サイトからではなく、直接、公式サイト「AviuTlのお部屋」にアクセスして、そこからダウンロードしようと思っています。

あれもこれも覚えることだらけで、消化しきれません。久しぶりにGimpを使ったら、これの使い方もほぼ忘れています。

フォントにはライセンスの問題が発生するものも多いので、いくつかフリーフォントを追加したところ、IPAフォント以外受け付けない……。Gimpの使いかたは勉強し直す必要があるので、操作が簡単な、一太郎に付属していた「花子フォトレタッチ3」を使って、急ぎのサムネイル画像を作成。

何だか、Kindle書籍の作成しているみたいな錯覚を覚えます。

毎日動画アップしている人たちって、凄いですね。わたしには到底、無理。

わたしは、とにかく予定している児童小説の動画をアップしてしまいたい。これらの作品の登場人物から「早く、動画にして!」と、せかされている気がするのですよ。

そのあと、萬子媛をモデルとした童話を執筆する予定。『萬媛』という絵本が既に上梓されていますが、わたしの童話は舞台も作風も――たぶん異なるものになります。

サイト「萬媛(まんひめ)-絵本の紹介」に、その絵本が紹介されています。

そして、ノートの充実を図りつつ年末までには新作能の第一稿に着手したい。

本当は、まだ小説化も諦めてはいません。

話題は変わって、当ブログのサイドバーでリルケの選集を紹介しています。この中の「薔薇」という詩編がすばらしいからです。中古品しかないようですが、Amazonに数点出ていました。レビューを書きました。

5つ星のうち5.0
締め括りに収められた『薔薇』が絶品!
2020年6月14日に日本でレビュー済み

リルケが白血病で亡くなった翌年の 1927 年、フランス語詩集『薔薇』(Les Roses )が上梓されています。

この本を締めくくるかのように、そこから訳出された詩編が収められているのは、何とも粋な計らいです。

24 編から成る詩編なのですが、これが絶品なのです。読んでいくと、24 編の全てが、薔薇を構成する一枚一枚の花弁さながらに香ります。本当に香ってくるかのような、めくるめく気分にさせられる、言葉の巧みな綴れ織りなのです。

開業医、小説家、詩人であったハンス・カロッサの小説に、リルケを医者として診察したときの描写や交際の様子を記した箇所があり、彼はリルケに潜む東方的な影響――ヨガの精神――について書いています。

『薔薇』には、カロッサのそうした記述を連想させるような、瞑想的な深みがあり、高貴な雰囲気が醸し出されています。

山崎栄治氏の訳がまた素晴らしく、日本語の秘める優美さが最高度に発揮された、秀逸な訳詩となっています。

小説、エッセイ、評論、詩といったリルケの業績がバランスよく配された選集だと思います。中古品しかないのは残念ですが、リルケファンであれば、手元に置いておきたい 1 冊です。

以下は、関連記事です。

58 神智学をさりげなく受容した知識人たち――カロッサ、ハッチ判事 ①ハンス・カロッサ(追記)
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2016/06/27/064748

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2020年6月15日 (月)

14歳の当ブログを少しだけ手入れしました

当ブログの更新は数日置きぐらいに行っていたものの、サイドバー、プロフィール、トップページなどは、もうずっと放置状態でした。

ふと、そのことに気づき、あちこち調べてみると、https化前のURLがそのままになってリンク切れを起こしていたり、時勢にそぐわない記事を強調していたりと、ほぼ化石化しておりました。

開設が2006年4月ですから、当ブログは14歳です。利用中のディスク容量は40.06%。記事数6,270件。同じ調子で記事を書き続けたらディスク容量は80.12%で、まだ大丈夫。そのとき、わたしは76歳。怖ろしい。まだ生きているんでしょうかね?

そのとき自分が、日本がどうなっているのか、皆目見当がつきません。14年間、考えてみるといろいろありましたが、このブログをずっと書き続けてこられたことに、感謝の気持ちでいっぱいになります。そして、ご訪問くださるあなた様にも、ありがとう!とありがたい気持ちでいっぱいです。

あちこちに残っているhttps化前のURLを全部書き替えるのは不可能に近いですが、サイドバー、プロフィール、トップページくらいは更新しようと思い、そうしました。

お借りしているSMAC様の画像は、美しいままですね。

わたしの写真は古いままにしておきます。今ではめったに自分の写真なんか撮らないし。

トップページに賞歴など記しましたが、これって履歴書に英検5級と書くようなものかもしれませんね。でも、自分でも忘れかけていたので、文学界の細かなことまで記録として残してくださっているサイト「文学賞の世界」を参考に痕跡として記しておくことにしました。

わたしはこうした賞応募の後、戦線離脱し、『関西文学』(横井晃編集長、横井三保編集長)、「日田文学」(江川義人編集人)といった同人誌が廃刊になったり休刊になったりした後は、1人で創作活動を続けながら、文学界のことを政治・歴史方面から改めて見る機会を得て、日本の文学界に対して抱いていた疑問がほぼ解けました。

そして今、何となく新しい仲間が見つかりそうな気がしていますが、気のせいかもしれません。気のせいでも嬉しいです。

そういえば、Googleウェブサイト翻訳ツールが気づかないうちにサービス終了していました。アクセス解析を見ると、海外からのアクセスも結構あります。

海外在住の日本人かなと想像しますが、外国のかたかもしれません。Googleウェブサイト翻訳ツールのようにはいきませんが、複数のサイトがお示しくださっていた代替案を取り入れ、ザイドバーの「TRANSLATE THIS BLOG」というラベルの下に、以下のようなリンクを張ってみました。

https://translate.google.com/translate?sl=ja&tl=en&u=https://elder.tea-nifty.com/

黄色い部分に、翻訳したいURLを入れれば、多言語化できます。

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2020年6月14日 (日)

ご訪問、ありがとうございます

当記事は、ブログのトップページの最初に表示されます。

ご訪問、ありがとうございます。
当ブログ「マダムNの覚書」は管理人マダムNの基幹ブログです。
他に、神秘主義的なエッセーを集めた「マダムNの神秘主義的エッセー」などがあります。

管理人は、2013年から、AmazonのKindleストアで電子書籍を出版しています。
筆名、直塚万季。ジャンルは純文学、児童文学、評論、エッセーなど。
Amazon.co.jp 著者ページ

YouTubeチャンネルで、文学動画を公開中です。
MAKI NAOTSUKA(聴く文学エッセイはいかが?)

文学修業の痕跡(サイト『文学賞の世界』を参考にさせていただきました)
 賞関係
●1998年11月、第15回織田作之助賞「救われなかった男の物語」最終候補
●2000年01月、第30回九州芸術祭文学賞「ブラック・コーヒー―文学賞の舞台裏―」地区優秀作
●2002年01月、第32回九州芸術祭文学賞「女であることの可笑しみ」地区優秀作
●2006年03月、第22回織田作之助賞「台風」最終候補
『文學界』同人雑誌評で言及された作品 
●2006年10月、「台風」『日田文學』53号(大分県日田市)
●2008年07月、「侵入者」『日田文學』56号(大分県日田市)ベスト5

ライン以下に、バックナンバーへのリンクがあります(最古記事及び1月の記事のみ)。

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続きを読む "ご訪問、ありがとうございます"

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2020年6月11日 (木)

4本目の文学動画『卵の正体(後編)』を作成、アップしました。動画作成のあれこれ。

電子書籍化した作品(KDPセレクトに登録していないもの。セレクト登録作品はアマゾンでしか公開できません)と公開済みのブログ記事を動画作成のもとにしているので、校正の手間はないのですが、それに匹敵する作業はあり、それはナレーションソフトの標準語話者のアクセント調整と、自動字幕内容の訂正です。

ナレーションソフト『かんたん!AITalk®3 5話者パック(標準語)』(株式会社エーアイ)の使い方はシンプルで、難しくはありません。AHS ストアで購入しました。税込価格 19,800 円。「お買い上げ5000円以上送料無料」、「代引手数料は弊社にて負担させていただきます」とのことで、19,800 円の出費で済みました。

個人の範囲であれば、「YouTubeなどのウエブへの映像作品のナレーションに使用」、「動画への広告掲載(アフィリエイト行為)」、「ホームページ、ブログなどで 私的に利用」することが可能という、一部改訂になったこの利用許諾内容には感謝してもしきれません。

6年前に変な(?)動画を初作成したときから、ちゃんとした文学動画を作成したいという夢がありました。それにはナレーションソフトが必要だと思い、フリーソフトも試しましたが、触発されるものがなく、半ば諦めていました。

標準語話者のぞみ、かほ、ななこ、せいじ、あんず。せいじは男性、あんずは子供の音声。音声効果には音量、話速、高さ、抑揚があり、調整次第では、相当な効果が出せるのではないでしょうか。

〈のぞみ〉の音声は、『マドレーヌとわたし』のような童話にぴったりだと思いました。なぜか、スーパーが「シューパー」、馬が「ば」になる箇所があり、どうしても直りませんでした。「馬」が行の頭にくるからだろうと思い、平仮名や片仮名にしてみても「ば」と読みます。

科学的な用語が出てくるファンタジー『卵の正体』には、むしろ棒読みっぽい〈ななこ〉のほうがクールな感じが出て合うように思いました。〈せいじ〉の音声はアナウンサーのように聴こえます。

優秀な標準語話者達ですが、人間の声が持つ、情感から来る陰影などはさすがに望めないため、朗読動画を作るにはバックミュージックが必要だと思いました。ありがたいことに、音楽素材を無料配布してくださっているサイトがあります。写真素材を無料配布してくださっているサイトもあります。

字幕をきちんとつけておけば、それをもとに視聴者がGoogle翻訳で外国語にすることも可能なので、頑張ってつけてみました。自動翻訳を利用してつけました。自動翻訳そのままでは、例えばマドレーヌが所々「窓霊夢」「窓 m」、ペガーズが「ぺ guards」になっていたりして、そのままでは使えません。書き直しが必要です。

萬子媛をモデルとした新作能にチャレンジするつもりで準備中なのですが、同じような内容で、まず短い童話にしてみたいと考えています。

https://youtu.be/LLk4o9qakgc

日本語字幕を付けています。画面の右下に表示されている字幕アイコンをクリックしてみてください。全画面にすれば、文字も大きくなるので、わたしの老眼にもつらくありません。 

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2020年6月 7日 (日)

児童小説『卵の正体』(前編)の動画をYouTubeにアップしました

15分以内に収めるつもりで作成していましたが、無理で、前後編になります。まずは前編。Microsoft10に標準でインストールされているフォト(のビデオエディター)を使って動画作成しています。

あまり複雑なことはできそうにありませんが、今のわたしにはぴったりです。今回、フォトで初めて動画作成したとき、完成作を視聴すると、音声に3カ所も目立つノイズが入っていました。

わあ困ったと思い、リセットして駄目ならしばらく動画編集を諦めるつもりでやってみたら、治りました。フォトではブログにアップする写真を修正するくらいにしか使っていなかったからよかったものの、リセットすれば、当然ながらフォトに保存していたものは消えてしまいます。

Kindle書籍にしている作品の中で、KDPセレクトに登録していない作品は動画にしてしまいたいと思っています。途中で力尽きなければ。案外、時間がかかるのです。

セレクトに登録している作品は、アマゾンでしか発表できません。尤も、キャンペーン中でなければ、セレクト登録を解除することはできます。

ただセレクトに登録している作品は、比較的長いものが多いので、動画にはむかない気がします。99円の児童小説シリーズは、長さが動画にぴったりだと思いましたが、これでも少し長いです。最初に作成したマドレーヌが一番短いかな。

https://youtu.be/nrrTZbxKI0g

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2020年6月 5日 (金)

横田滋さんのご冥福をお祈り致します。久しぶりに動画を2本作成、YouTubeにアップしました。

ここ数日、動画作成に没頭していたので、アメリカで暴動が起きたことくらいしか、ニュースのチェックができていませんでしたが、この記事を書く前にざっとチェックしたところ、横田めぐみさんのお父様がお亡くなりになったと知り、何ともいえない気持ちになりました。

今年で戦後75年になるのに、自国を守るためのまともな軍隊すら持てない異常な国。とことん嘗められるだけですね。悔しい。拉致被害者は他にも沢山おられます。九条信者は直ちに、九条と共に北朝鮮へ行って、拉致被害者を救出してきてくださいよ。でなければ、もう、あなたがたの偽善的な戯言は、一切信じない。受け付けない。悔しくてたまらない。

動画作成について、長い記事を書くつもりでしたが、その気が失せました。動画、アップしておきます。気が向かれたら、ご視聴ください。

前の記事で、次のようなことを書きました。

「ITalkシリーズ(ナレーションソフト)の利用許諾内容が一部改訂になっており、個人の範囲であれば、「YouTubeなどのウエブへの映像作品のナレーションに使用」、「動画への広告掲載(アフィリエイト行為)」、「ホームページ、ブログなどで 私的に利用」することが可能になったと知ったからでした(この件について情報が必要なかたは、必ず、ご自身でお確かめください)。

注文していたソフトが届いたので、さっそく使ってみたのでした。わたしが購入したソフトには、標準語話者のぞみ、かほ、ななこ、せいじ、あんず――が存在しています。調整が大変ですが、不慣れな調整者に応えて、よく頑張ってくれたと思います。

こればかりやっているわけにはいかないので、今作成中の動画が仕上がれば、創作に戻ります。気づいたことが色々とあるので、それについては後日、記事にします。

https://youtu.be/21bq186PwcE

https://youtu.be/RcB_1zlmt_E

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