« 2019年11月 | トップページ | 2020年1月 »

2019年12月の11件の記事

2019年12月26日 (木)

エクリヴァン、クレール、青玉(うちのリヴリーたち)、今度は夢の世界で会おうね。

ペット育成ゲーム「リヴリーアイランド」のサービスが終了しました。

わたしのリヴリー歴をお話しすると、娘につられて、2016年2月12日(バレンタインの時期)から一匹、飼い始めました。

20160214184416_7tj0_92521ddb0870264bb9ff

フェネック狐っぽいらしいですが、わたしはチワワかと思ってしまいました。種名ラヴォックスで、どちらでもないんですけれどね。排泄物は宝石さながらで、お金として使えました。

わたしは食べさせる餌を調整して、ピンク色の毛を白色にしました。

その後、有料でお買い物するようになりましたが、月にG.L.L.パスポート代324円(税込)で有料版が使えました。それだけでも素敵なアイテムが貰えましたが、ヤミ箱を回したいときやヤミ―shopを利用したいときがあります。娘もわたしも月に上限2,000円と決めていました。

最期のころはただ同然でヤミ箱が沢山回せたので、一気にアイテムが増えました。悲しいことに、使いこなせないうちにサービスが終了してしまいました。

わたしのリヴリー歴は3年10ヶ月と短いほうで、それでも別れは耐えられないほどです。16年間も飼っていたとツイッターでつぶやいているかたがおられ、それはもう本当にペットそのものでしょうね。

わたしは長男のエクリヴァンを作家っぽく育てるつもりでしたが、エクリヴァンは本以上に植物を愛していました。お散歩が大好きでした。ただ、ずっと野外にいると室内に戻りたくなるようで、室内で誰かと過ごすのが好きでした。人なつこくて、少し打たれ弱いところがありましたが、長男らしい責任感を漂わせていました。水瓶座。

一昨日から長男エクリヴァンの島にお客様(家出人)が来ていて、エクリヴァンを喜ばせていました。

Photo_20191226145801

長女クレールは、好き嫌いのはっきりした子で、率直でした。神経が濃やか。ピアノと何かお仕事的なことをするのが好きでした。

自分のところに皆が来てくれると、大満足。そのときはサービス精神に溢れ、とても活発に飛び回りました。自分の島が居心地良いらしくて、よそへ連れ出すと、ふてくされたようにすぐに眠ってしまうことがよくありました。乙女座。

Photo_20191226150501  

次女青玉は、ムシチョウからスノードットに変身した過去がありました。見かけによらず、ちょっと鈍感なところがありましたが、包容力があり、自分の世界を大切に守る力がありました。管理リヴリー・ミューミュー(のぬいぐるみ)が大切なお友達で、島の模様替えをしてお友達を引っ込めると、青玉は物足りなさそうな、寄る辺なさそうな表情になり、しばらくすると「青玉はお友達と遊びたいようです」と表示されることがよくありました。

乙女座のムシチョウとして生まれ、スノードットになったのは太陽が射手座にあるときでした。

Photo_20191226151701

昨日から、せつない気持ちでした。今日もまだあまり手をつけていない年賀状、家事も上の空。

20191226050907_7tj0_b0fa09b0a5cb0027500c

三人の中で、エクリヴァンだけは飼い主との別れをはっきりと感じとっていました(たぶん)。透けたカーテンがわたしは気に入っていました。「星空カフェのテーブルセットの島・紫」は昨夜ゲット。

窓際の向かって右上にいるのは「檻の中のニトロ」で、「G.L.L島に住むミニリヴリー『ニトロ』を閉じ込めた檻」だとか。向かって左にいるのは「檻の中のグリセリン」で、「こっそりと捕まえて来たミニリヴリー」だとか。

2匹合わせれば、ニトログリセリン。わたしはニトロの愛用者です。エクリヴァンがわたしのために捕まえてきてくれたんですよ(たぶん)。

20191226052609_7tj0_5cf159c0daed4976e0d2

エクリヴァンの島に昨夜から他の子たちを頻繁に呼び寄せ(しばらくすると、自動で自分の島に戻ってしまいます)、なるべく皆で過ごせるようにしていました。このとき、お客様は椅子で、青玉はふわふわのカーペットで早くも夢の中です。

終了時間が迫ってくると、アクセス過剰なのか、操作が難しくなりました。最後は飼い主の掌の背景にして皆をその中に包む予定で、悪戦苦闘。

うまく操作できず、元の設定に戻して他の子たちをエクリヴァンの島に連れてこようとしたとき、ピンボーン。郵便屋さんが友人からのレターパックを配達しに来ました。

受けとると、慌ててパソコンの前に戻り、エクリヴァンをまずクレールの島に連れていこうとしたとき(何かを感じとっているかのように、エクリヴァンの表情は真剣そのものでした)、まさかのタイムリミット。メンテナンスの表示に変わってしまいました。無理をさせてごめんね、エクリヴァン。でも、エクリヴァンはクレール、青玉、お客様、他の子たちも全員で、今は各フラスコで眠っていることでしょう。

夢の世界で会えるよね。

いつだったか、餌をやりに行っていた一ダースほどの捨て子たちのうちの一匹が家出してしまい、心配していたせいか、そのときに一度だけエクリヴァンの夢を見たことがありました。

背景は黒、そこへスポットライトを浴びたようにエクリヴァンの姿が出現し、「ママ、○○ちゃんが大変だよ!」と告げたのです。わたしは自分がこの子たちのママだと自覚したことはなかったのですが、エクリヴァンは確かに「ママ」といいました。

こうした夢体験から、夢の世界ではまた会えると思うのです(きっと)。

架空の生き物でも、彼の世では実際に存在していることがあるそうですよ。ハッチ判事の彼の世からのメッセージを集めた本に、そのように書かれています。以下の記事にはその部分からの引用はありませんが、一応リンクしておきます。

59 神智学をさりげなく受容した知識人たち――カロッサ、ハッチ判事 ②ハッチ判事
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2016/07/31/191641

友人からのレターパックに入っていたのは、彼女お薦めのDVDでした。

返す必要があるので、なるべく早く視聴しようと思いDVDをセットしました。が、自動再生しません。ググってみて、Windows10ではDVD視聴には「Windows DVD プレイヤー」という純正アプリを使用するか、その他の再生ソフトをインストール必要があるということを知りました。

ずっとDVDを視聴していなかったので、気づかなかったのです。

可能なら、無料ソフトをインストールしたいと思いました。無料だと危険な場合があるので、多くの記事を調べて、MPC-BEをインストールすることにしました。

インストール時に「確認済みの発行元」とあるのを確認し、インストール後はセキリティにかけてみました。

以下の記事が参考になりました。

「MPC-BEの使い方|Windows10でDVDが見れないのでインストールしてみた」『特球野郎K-チーム|野球を素材に動画編集やスライドショーで遊んでみる』。2019年5月20日、URL: https://はまなす野球クラブ.com/wndows10-mpc-be/

こうした騒ぎ(?)の中で、リヴリーたちとの別れから来る悲しみが紛れました。紛れさせてくれて、ありがとう、さすがはわたしの友人だけのことはあるわね!

20191206024608_7tj0_5b1ffe4bd993b56d5f33

映画、楽しかったね。ポップコーン、美味しかった。

20191206025751_7tj0_6c199c141e2e568e07ec

夜汽車の窓から銀河鉄道を見たりもしたね、楽しかったね。ああもう涙が止まらない……

『Livly Island』『リヴリーアイランド』は、ソネットエンタテインメント株式会社の商標です。
リヴリーアイランドに関わる著作権その他一切の知的財産権は、ソネットエンタテインメント株式会社に属します。
このサイトは『リヴリーアイランド』およびソネットエンタテインメント株式会社とは一切関係がありません。
www.livly.com

| | コメント (0)

「101 香港問題と中共の闇の深さ、そしてブラヴァツキー夫人の…」を神秘主義エッセーブログにアップしました(追記あり、赤字)

101 香港問題と中共の闇の深さ、そしてブラヴァツキー夫人の心臓に関する注目すべき美しい文章
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2019/12/23/183230

マダムNの神秘主義的エッセー」の「101」は当ブログの過去記事に加筆訂正したものです。加筆訂正が大きいので、全文以下に紹介しておきます。

+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+

        目次

  1. メディカル・ジェノサイド
  2. メディカル・ジェノサイドを阻止しようとする世界的な動き
  3. わが国の臓器移植
  4. ブラヴァツキー夫人の心臓に関する文章

 

メディカル・ジェノサイド

香港問題には、香港市民 vs 中国共産党ではなく、習近平 vs 江沢民派という構図が潜んでいるといわれる。

江沢民派といえば、江沢民派による法輪功弾圧の実態、及びその弾圧が臓器ビジネスへとつながっていること――総合してメディカル・ジェノサイドというようだ――を知ったときの驚きを思い出す。

法輪功学習者の他に、チベット人、ウイグル人、地下教会信者などが本人の意思に反して「ドナー」とされた人々だと考えられている。*1

儲けるために、また臓器ビジネスを支える病院、スタッフなどにかかる経費のためにも、臓器移植をどんどんしなければならないそうで、それには臓器がいくらあっても足りないらしい。

日本人がお得意さまだという記事を何本も閲覧した。臓器移植のためのとても立派な病院が中国には何軒もあるようだ。3年前のテービッド・マタス氏の報告は具体的である。*2

そして、大規模なウィグル人の拘束とハイテクを駆使した管理、ウィグル自治区のカシュガル空港に出現した臓器専用のグリーン通路(「特殊旅客、人体器官運輸通道」と簡体字、アラビア文字で記されている)……もうこれはすっかり有名である。

「ドナー」は臓器の鮮度を保つために、生きながら臓器を抜き取られているという話もある。

こうした情報は以前は作り話とされていた時期すらあったが、現在ではそうではない。多くの情報が発信されている。

 

メディカル・ジェノサイドを阻止しようとする世界的な動き

一方では、メディカル・ジェノサイドを阻止しようとする世界的な動きも加速しており、アメリカがようやく関与し始めた。*3日本でも、具体的な動きが出始めた。

山田宏・参議院議員(自民党)は2019年11月7日、国会で初めて(参議院「外交防衛委員会」)、中国臓器強制摘出問題について質疑を行った。*4

https://youtu.be/EhOCYOr-Of4

また、2019年12月23日には、安倍首相が習近平国家主席との会談で、「香港について「自由で開かれた」場所であり続けるべき」との見解を示し、「新疆ウイグル自治区(Xinjiang Uighur Autonomous Region)における人権問題にも言及し、中国政府が透明性をもった説明をすることを望む」と述べた。*5

臓器移植は唯物主義の観点から進められてきたものだ。

渾身のルポ、城山英巳『中国臓器市場』(新潮社、2008)は日本人ブローカーとの出会いの話から始まる。2005年12月の話である。

脳死移植はキリスト教社会で発達したもので、儒教的考えの残る中国では日本と同じように両親から授かった自分の体を完全な状態で火葬したいという伝統的価値観が浸透しているため、臓器提供に積極的でないとある。

それなのになぜ、中国はアメリカに次ぐ移植大国となったのか。2020年には中国が世界一の臓器移植大国になるそうである。2017年における中国人体臓器提供・移植委員会の黄潔夫委員長のコメントを聴こう。

中国には現在、1900人あまりの臓器提供・移植コーディネーターがおり、近く5千人にまで増やす計画だ。現在、臓器移植手術を実施している病院は173軒あるが、年内に200軒、2020年までに300軒まで増やすことを目指している。*6

中共の臓器移植がどのような目的で始まったかといえば、中国高官が憧れた「延命」や「若返り」のためだったという。本当にこの世しか眼中にない人々なのだと戦慄させられる。

不老長生・現世利益は中国の伝統的な価値観のようだが、それが唯物論と結びつくと、ここまでグロテスクになるということなのか……。人食い人種、吸血鬼を連想してしまう。彼らは生きているうちから既に、カーマルーパのようだ。死後の人間がデヴァチャン(天国)に入るときに脱ぎ捨てていく魂殻を、カーマ・ルーパという。

 

わが国の臓器移植

日本では、臓器移植法の改正後は家族の承諾だけで臓器提供が可能になり、15歳未満の者からの脳死下での臓器提供が可能になっている。

2009年の法改正により、2010年1月17日からは、臓器を提供する意思表示に併せて、親族に対し臓器を優先的に提供する意思を書面により表示できることになった。また2010年7月17日からは、本人の臓器提供の意思が不明な場合にも、家族の承諾があれば臓器提供が可能となった。これにより15歳未満の者からの脳死下での臓器提供も可能になった。*7

2009年改正の経緯を見ると、衆議院での審議において、ABCD案のうちA案が可決されたのだが、意外なことに共産党が審議不十分として全員棄権し、自民党議員を中心にA案賛成者が多く、賛成263人・反対167人でA案が可決され、衆議院を通過している。

戦後、日本人が如何に唯物主義的になってしまっているかがわかる。

尤も、衆議院での審議については「2009年5月に世界保健機関(WHO)総会において、臓器不正売買を目的に、移植ツーリズムの原則禁止や、生体移植、組織移植をめぐるガイドラインを決議する見込みになったことから、2009年になって、改正の機運が出てきている」とあるから、自民党議員には臓器移植希望者が移植ツーリズムへ流れることを防ぐために、国内での臓器移植の機会を高めたいという思惑があったのかもしれない。

いずれにしても、現行法では脳死判定が行われて死が確定する。しかし、そもそも脳死判定で本当に人の死を確定できるのだろうか。

小松美彦・市野川容孝、田中智彦編『いのちの選択――今、考えたい脳死・臓器移植(岩波ブックレット782)』(岩波書店、2010)を読むと、脳死移植に疑問が湧く。

脳死者から臓器を切り出すときには、麻酔や筋肉弛緩剤が投与されるそうだ。「脳死者に深くメスを入れただけで、脈拍や血圧が急上昇するばかりか、暴れ出して摘出手術どころではなくなってしまうからです」*8とある。

ずいぶん活発な死体ではないか。科学に不案内な人間は、驚かされることばかりだ。次のようなニュース記事も見つけた。

人は心臓が止まった後、3〜5分は脳が活動しており、血流が再び流れれば蘇生できる可能性がある、ということが、最新の調査で明らかになった。(略)英紙エクスプレスによるとドライヤー博士は、この脳波が通常の脳波計では記録されないと述べているという。また、アナルズ・オブ・ニューロロジーの論文によると、現在は臓器移植のために臓器が取り出されるのは心肺機能が停止して死亡が宣告されから2〜10分後だ。しかし今回の調査結果から判断すると、この時点では脳に血流が戻ればその人は蘇生できる可能性が残っているということになる。*9

現在、日本では全ての臓器移植に保険が適用されるようになった。また、やむを得ないものと判断された海外での渡航移植について、海外療養費の支給が認められるようになった。*10

日本はこのまま臓器移植の道を突っ走ってもいいのだろうか。

 

ブラヴァツキー夫人の心臓に関する文章

こうした分野においては、だまされたと思って、神秘主義者の言い分も聴いていただきたい。極めて限定的な唯物主義的観点では、重大な見落としのある可能性がある。

近代神智学運動の母ブラヴァツキー夫人は、心臓に最後に死ぬ一点があると書いており、ヨギが土中に埋められ肉体のすべての部分が死んでしまっても、この点が生きている限り、復活することができるという。

心肺の停止が先か、脳の活動の停止が先か……いずれにしても、最後に死ぬ一点が生きている限りは、ブラヴァツキー夫人の説に従えば、死んだように見えていたとしても、それは死ではないということになる。

ブラヴァツキー夫人のような日本でいえば江戸末期に生まれ明治時代に亡くなった人の説を持ってくるまでもなく、現代科学においてもあまりに不確かな「死」。臓器の必要に駆られて死んだかどうかわからないものを死と決めつけなければならないとしたら、これほど非科学的な話もないだろう。

前述した心臓に関するブラヴァツキー夫人の論文を、わたしは1995年3月1日発行の竜王会の機関誌「至上我の光」(490号)の10頁に掲載された田中恵美子訳「七本質と内臓諸器官との対応(3)心臓(つゞき)」で読んだ。

ブラヴァツキー著作集12巻(H. P. Blavatsky Collected Writings Vol.12(1889-1890))所収の論文で、1888年に秘教部門を設立したブラヴァツキー夫人がその秘教部門で教えたものだった。現在は Blavatsky Study Center で一般にオンライン公開されている。

田中先生亡き後、竜王会、神智学協会ニッポン・ロッジには幸いなことに、優秀な翻訳家が沢山いらっしゃる。日本語の神智学用語は田中先生とジェフ・クラークさんによって確立されたといってよく、クラークさんの他にも忠源さん、老松克博さん、星野未来さん・・・・・・といった方々が頑張ってくださっている。

ブラヴァツキー文集第12巻はすばらしい内容なので、どなたか訳してくださらないか待っている。そのうち邦訳版が出ることを期待しつつ、心臓に関する文章のうちの一部分を英語が苦手な拙訳で紹介しておく。まだしもGoogle先生の訳のほうがましかもしれない。原文に当たっていただきたい。

メディカル・ジェノサイドとの関連から心臓に関する記述の一部分を紹介するにとどめるが、教えの神秘性と奥深さは全内臓諸器官にわたっている。

人間の尊厳が今日ほど愚弄され軽んじられたことはなかった。中共は「ドナー」を飼っている。金儲けと若返りのために。少数の勇敢な人々と利用者を除けば、かれこれ10年以上も世界は鈍感な振りをしてきたか、本当に鈍感かのどちらかだった。

もし、中共のメディカル・ジェノサイドが拡大し続ければ、人類が被る被害は取り返しのつかないレベルのものとなり、次に引用するような秘教科学の教えを伝えることも難しくなっていくだろう。

そのような暗愚と無知と野蛮に人類が埋没してしまうことは、絶対にあってはならないことである。

THE HEAT(心臓) 


(前略)心臓は肉体の王であり、その最も重要な器官である。たとえ頭が胴体から切断されたとしても、心臓は30分間脈動し続ける。脱脂綿にくるんで暖かな場所に置けば、脈動は数時間続く。

心臓には最後に死ぬ点(spot)、小さな菫色の光で示される点がある。それは生命の座、全ての中心であり、ブラフマー(Brahmâ)である。胎児に生まれる最初の点、そして最後に死ぬ点である。トランス状態のヨギが埋められるとき、肉体の残りの部分が死んだとしても、この点は生きていて、これが生きている限り、ヨギは復活することができる。この点は潜在的にマインド、生命、エネルギー、そして意志を含んでいる。生きている間中、この点は虹色を放射し、燃え立つようで、オパールのような乳白色を放っている。

脳は知的意識の中心であるが、心臓は霊的意識(Spiritual Consciousness)の中心である。 しかし、この霊的意識は、人がブッディ・マナス(Buddhi-Manas)*11と完全に一体化するまでは、その人に左右されることはありえず、そのエネルギーが管理されることもありえない。それまでは、可能な限り、霊的意識がその人を導く。すなわち、霊的意識がその人に届こうとし、低級意識に印象づけようとして骨を折る。それで、こうした骨折りは、その人が清浄となることによって助けられる。それゆえに、誤った行いに対する後悔の苦しみ、良心の呵責、悪に対する非難、善への衝動、といったものは頭からではなく、心臓から来る。心臓には唯一の顕現した神が御座[おわ]します。他の二柱は隠れている。つまり、アートマー・ブッディ・マナスの三位一体を表すのは、この顕現した神である。(後略)*12

*1:佐渡道世.21分で知る 恐るべき中国医療の真実「メディカル・ジェノサイド」.大紀元.2017-05-30,大紀元時報日本,https://www.epochtimes.jp/p/2017/05/27533-2.html,(参照 2019-12-22).

*2:デービッド・マタス.”中国での移植手術の濫用と日本との関わり 参議院議員会館での報告のための所見(改訂版)”(2016年12月14日版 日本語訳).ETAC.中国での移植手術の濫用と日本との関わり 2016年12月1日 – International Coalition to End Organ Pillaging in China,(参照 2019-12-22).

*3:佐渡道世.中国の臓器収奪問題、米政府が公式調査を=米政策提言組織.大紀元.2019-08-20,大紀元時報日本,https://www.epochtimes.jp/p/2019/08/46087.html,(参照 2019-12-22).

*4:佐渡道世.参議院委で中国人権問題を取り上げ 臓器収奪も.大紀元.2017-11-07,大紀元時報日本,https://www.epochtimes.jp/p/2019/11/48857.html,(参照 2019-12-22).

*5:安倍首相が訪中、習氏と会談 香港やウイグル問題に言及.AFP通信.2019-12-24,AFPBB News,https://www.afpbb.com/articles/-/3260897,(参照 2019-12-26).

*6:中国、2020年に世界一の臓器移植大国に―中国メディア.Record China.2017-08-09,人民網日本語版,https://www.recordchina.co.jp/b186821-s10-c30-d0035.html,(参照 2019-12-22).

*7:ウィキペディアの執筆者. “臓器の移植に関する法律”. ウィキペディア日本語版. 2019-07-10. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E8%87%93%E5%99%A8%E3%81%AE%E7%A7%BB%E6%A4%8D%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E6%B3%95%E5%BE%8B&oldid=73411888, (参照 2019-12-22).

*8:小松・市野,2010,p.15

*9:松丸さとみ.心肺停止後、5分は意識がある!? 最新の脳神経学で分かった「死」.Newsweek.2018-03-06,ニューズウィーク日本版,https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/03/5-40_2.php,(参照 2019-12-22).

*10:厚生労働省. “臓器移植に係る海外療養費の取扱いについて〔健康保険法〕平成29年12月22日”.厚生労働省ホームページ(https://www.mhlw.go.jp/).https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc3091&dataType=1&pageNo=1, (参照 2019-12-23).

*11:ブッディ・マナスは高級自我、霊的魂、人間の輪廻する本質。H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子訳)『神智学の鍵』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1995改版)の「用語解説」61頁参照。

*12:Helena Petrovna Blavatsky.H. P. Blavatsky Collected Writings Vol.12(1889-1890)Online.Blavatsky Study Center,2019,Instruction No.V,p.694-695.EI : Instruction No. V- Blavatsky Collected Writings Vol. 12, (参照 2019-12-21).

| | コメント (0)

2019年12月24日 (火)

猫のピアニャスト。スパークリング日本酒。

クリスマス・イヴを如何お過ごしですか。

昔はクリスマスには必ずといっていいほど、TVの洋画劇場で「ホワイトクリスマス」をやっていました。映画の内容自体はわたしには退屈でしたが、あの歌が好きで、今でもクリスマスには聴きます。

それに、わたしはクリスチャンではありませんが、クリスマスになると、やはり新約聖書を読みたくなります。聖書に関しては最近は研究心で読むことのほうが多く、以下のような記事を書いたりもしていますが、イヴには純粋に読みます。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+

49 絵画に見る様々なマグダラのマリア
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2016/05/05/025512

目次

  1. 絵画によるマグダラのマリアの競演
  2. 東方教会が伝える、誇り高く行動的なマグダラのマリア(主の復活の第一証人、方々へ伝道、ローマ第二代皇帝にイエスの冤罪を直訴)
  3. イエスが結婚していたとする説
  4. イエスの愛しておられた者とは誰か?(横になって食事するローマ式だった最後の晩餐)
  5. イエス一家の棺の発見
  6. 「フィリポ言行録」について

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+

聖書の場面の中で昔から、今でも一番好きなのは、『ルカによる福音書』の中の「エマオへの旅人」です。この場面を昔、詩にして一番気にいっていました。最後の行は「大気は薔薇の花びらを浮かべた」です。

この詩ではなく、同時期に作ったもう一編は当ブログにアップしているのに、その詩はアップしていず、どこへやったかも忘れてしまいました。探してみて出てくれば、アップします。ブログがすっかり記録庫になっていますね。

で、クリスマス・イヴのご馳走といえば、やはりチキンでしょうか、ワインでしょうか。

この時間からのアップでは遅いかもしれませんが、チキン料理は普段もしますよね。チキンの皮はパリッと、身はふっくら仕上がる脇雅代先生のレシピを以下のツイートからリンク先へお出かけになって、ご覧ください。

ワイン。我が家では、普段もお酒を飲む人間が息子だけになりました。夫は休肝日は設けていましたが、以前はよく飲むほうでした。

ところが今年になって検診で脂肪肝になっていることがわかり、ドクターに肝機能の数値が正常だからそれほど気にしなくていいといわれたものの、やめることに。

また、悪玉コレステロールも高いことがわかり、総合コレステロールや中性脂肪は基準値内、他の血液検査に関しても基準値内だったことから、これは家族性高コレステロール血症であると診断され、投薬治療を受けています(これに関しては家族性ということで、たまたま見つかりにくかったのでしょうが、何にしても、年とったら若い頃の不摂生のツケがいろいろと出てくるのですよ。人のことはいえませんが)。

確か、義母(夫の母)が家族性高コレステロール血症ではなかったかと思います。

このことも本来は用心深い夫の意識に影響して、節制することになったのでしょう。でも、こんなにあっさりやめることができたのは、過去記事をお読みのかたは覚えておられるでしょう――わたしの会ったことのない――とっくの昔に亡くなったはずの義祖父の置土産カーマ・ルーパ(魂殻)が夫から離れたからだとしか思えません。

義祖父は彼の世で目を覚ましたようですから(夢のかたちでしか確認できませんでしたが、鮮やかな夢でした)、義祖父の成仏はこのときだとわたしは考えています。

カーマ・ルーパ、そのまま消滅してくれていたらいいのですが。

以前なら夫はそれくらいではお酒をやめなかったでしょうし、やめるようにいわれたとしてもやめずにわたしが口を出して大喧嘩になったでしょうね。

せめてクリスマスのワインくらいはとワインを買いに行ったデパ地下で勧められたスパークリング日本酒。あまりの爽やかな味わいに、これに決めました。クリスマスにはワインでしょうが、クリスチャンではないので、いいか。それにしても、ローマ法王が習近平国家主席と合意したのは、残念なことでした。

Img_0367_2

純米 日本酒スパークリング Niji 虹 八鹿酒造 360ml

そういえば、ツイッターで流れてきた猫のピアニャスト(どなたかの返信にあった言葉を拝借)の演奏はなかなかでした。貼っておきますね。

 

| | コメント (0)

2019年12月20日 (金)

ツイッターで流れてきた、ニコライ・リョーリフ(ニコラス・レーリッヒ)とアルヒープ・クインジの絵

一緒にしていたクッキングの記事と切り離しました。

+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+

ツイッターで、ニコライ・リョーリフ『後悔』が流れてきました。わたしにはアグニ・ヨガの伝達者でありモリヤ大師の弟子ニコラス・レーリッヒ(1874-1947)というイメージが強いのですが、ツイッターで流れてくると、嬉しくなります。

ニコライ・リョーリフで検索すると、次のようなツイートもありました。

レーリッヒの山の絵は清浄で美しいですが、わたしが知らなかったアルヒープ・クインジという人の山の絵も美しいですね。

アルヒープ・クインジについてウィキペディアで見ると、クインジはレーリッヒの絵の師匠だったようですね。納得。

門人には、アルカーディ・ルィコフやニコライ・レーリヒ、コンスタンチン・ボガイェフスキーらがいる。
「アルヒープ・クインジ」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。 2019年9月30日 02:11 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org

今年は、あいちトリエンナーレ、ジャパン・アンリミテッドの件などで、衝撃と悲しみを覚えました。

こうした絵を見ていると、あのようなものとは別次元のものだという気がします。

人間の美醜を描き尽くすには、あのようなイデオロギーに囚われた表面的手法ではおよそ描けないものだと思います。

日本の美術界、侵食されてしまっているようで・・・・・・大丈夫でしょうか。今後も注視していきたいと思っています。

カテゴリー「あいちトリエンナーレ/ジャパン・アンリミテッド」の23件の記事
https://elder.tea-nifty.com/blog/cat24228090/index.html

| | コメント (0)

2019年12月19日 (木)

ストウブで初ジャンバラヤ。ばばあ化阻止。

Img_2726a

なぜか急にジャンバラヤを作ってみたくなり、フライパンとストウブのどちらで作るか迷いました。ストウブの公式サイトに「ラ・ココット de GOHAN M」で作るレシピがあったので、ストウブでチャレンジしてみました。

米は2合で、4人分となっています。スープとサラダ付きで小食の家族4人分、という感じでしょうか。うちの場合は4人分だと、大きい子(ココット ラウンド ブラック 22cm) でないと足りません。

材料は、オリーブオイル、お米 2カップ、玉ねぎ、セロリ、トマト、赤パプリカ、ピーマン、小さめの有頭エビ、チョリソー、骨付きの鶏肉、
ケイジャンスパイス、1カップ半です。 

ときどき失敗もあるので、蓋を開けるまでドキドキしました。弱火にする前にまんべんなく沸騰したのを確認してから弱火にすると、失敗が少ない気がします。

で、このジャンバラヤ。蓋を開けるとまだ水分が残っているように見えて、失敗したかと思いました。でも、光沢のせいか(?)、そう見えただけで、混ぜるといい感じになりました。

おこげができていました。これが香ばしさを演出してくれました。でも、鍋に焦げ付いてしまわないか心配になりました。杞憂でした、ちゃんととれました。

エビやチョリソー、それに野菜の旨みが染みこんた鶏肉が何ともいえない美味しさ。複雑な味わいのあるごはんも勿論。これは合格点でした。次回は材料を替えて大きい子で、と思っています。普段の3人分だと小さい子でいいのですが、翌朝のぶんも残したい。鶏肉ではなく、エビなしの豚肉でも美味しいようです。次回も成功するでしょうか。

もっと素敵な感じに盛り付けると、クリスマスなんかにもよさそうですよ。

クリスマスといえば、昔に比べると、クリスマスケーキが小さく、高くなったことに驚かされます。うちの子たちが子供のころは無理しなくても、そこそこ大きなサイズのケーキが買えたのに、と思います。

まあわたしの場合は、最近、娘と美味しいスイーツを楽しみすぎて、中性脂肪が高くなってしまい(いつも高いわけではないのに、副甲状腺のこともあって内科の先生ちょっとピリピリ)、注意しようと思っているので、小さめでちょうどいいのですが・・・・・・。

毎日、かかと落としの運動、やっています。スロトレもテレビで見て、お試し中。このまま、ばばあ化するのは嫌。冗談じゃないわ。ウォーキングは前にやりましたが、歩きすぎたこともあって、心臓がくたびれドクターストップで挫折。再チャレンジを考えています。かかと落としとスロトレで身体作りしてから、来春くらいからかな。

| | コメント (0)

2019年12月17日 (火)

「Nのめもちょう」に「おすすめ年賀状テンプレート・イラスト2020」をアップしました。亡くなった女友達のこと。

日が開いてしまいました(゚▽゚*)

12月は何かと気忙しいですね。過去記事を見て、昨年は16日に「おすすめ年賀状テンプレート・イラスト」の記事を書いたことがわかって昨日までにアップしたいと思い、予定を変更して書き始めたものの、今日になってしまいました。もうとっくに年賀状は済ませたという方もいらっしゃるでしょうね。

当ブログは11月にHTTPS化済みですが、2006からの古いブログであるため、混在コンテンツが解消できていません。で、昨年同様、単なるメモ帳として使用している「Nのめもちょう」の方へアップすることにしました。

Nのめもちょう
https://n2019memo.blogspot.com/

おすすめ年賀状テンプレート・イラスト2020
https://n2019memo.blogspot.com/2019/12/2020.html

無料で利用できる、素敵な年賀状テンプレートがいっぱいですよ、訪問してみてください。

ところで、ツイッターで「人間性を暴く!もし生き物以外に生まれていたら?診断」というのが流れてきたので、やってみると、太陽と出ました。

太陽の意味を読むと、「あなたは脳天気です」といわれているようなものですね。

そういえば過日、小倉に住む女友達と大学時代の話になったときに、彼女にはわたしがまさにこの診断通りに見えていたことがわかりました。繊細な詩人風とか神経質な哲学者風に見えていたのだとばっかり思っていた(?)ので、衝撃でした。自由奔放で実にのびのびと生きており、何の悩みもないように見えたのだそうです。

医者の娘でありながら、何の治療も受けずに乳がんで亡くなった女友達のことを話していたのでした。かなり個性的だけれど、綺麗で華やかな彼女は高校時代、人気者だと思っていたので、小倉の女友達が彼女がとても暗くて存在感が薄かったといったことに驚きました。2人は同じ高校でした。

亡くなった女友達には大学時代、深刻な悩みがあり、暗く沈んでいることはありました。そして、そのことを率直に打ち明けてくれ、打ち明けたあとはちょっと気ままな、明るい人に戻っていたのです。

大学生になって別人のようになったのか、対人関係によってそのような違いが起きたのか。わたしにしても、結婚後に暗く見えるといわれたことが2度ありました。結婚後は自信とプライドが何度も打ち砕かれるような、独身時代とは異なる悩みが生じ、考え込むことが多くなったので、そのように思われても不思議ではありません。

ただ、同じ時期に、わたしには何の悩みもなさそうだと別の人からいわれたことがあるので(そんな風に他人にいえる人も脳天気な人の気もしますが)、わたしも対人関係によって自分で自覚している以上に変化するのかもしれません。でも、太陽は何しろ魚座ですから、本当は(たぶん)繊細で、神秘主義が肌にも思想的にも合うのです。

占星術でいえば、太陽は魚座にありますが、上昇宮は獅子座、月は牡羊座、土星は射手座と男性星座にあり、金星と水星は水瓶座とこれも男性星座にあるので、単細胞に見えるのでしょうか(男性星座に星が沢山ある人には失礼な発言ですみません)。

乳がんで亡くなった女友達と幼馴染みのことで、過去記事に加筆したので、以下にリンクしておきます。この過去記事は訂正加筆して、神秘主義エッセーにアップする予定です。

2019年2月27日 (水)
大学時代からの女友達の死(12月17日に追記あり)
https://elder.tea-nifty.com/blog/2019/02/post-d6d8.html

| | コメント (0)

2019年12月 9日 (月)

「100 祐徳稲荷神社参詣記 (12)祐徳院における尼僧達」を神秘主義エッセーブログにアップしました

「マダムNの神秘主義的エッセー」の「100」は当ブログの過去記事に加筆訂正したものです。

目次の 4 は全文加筆であるうえに、「マダムNの神秘主義的エッセー」にアップしたあと、訂正しています。

 4 では、萬子媛の研究に自身の神秘主義的な考察を加える理由について書いています。

神秘主義的な考察を加えることで、この研究全体がトンデモ扱いされる可能性が高くなるだろうことは研究に入った段階から考慮済みでした。真実の追究ということに関しては、世間の扱いなどに構っていられないのです。

時代の趨勢に応じて、神秘主義に対する世間の反応は如何様にでも変化します。以下の引用をご覧ください。

58 神智学をさりげなく受容した知識人たち――カロッサ、ハッチ判事 ①ハンス・カロッサ(追記)
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2016/06/27/064748

空疎な唯物論は、さいわいにして、ようやく没落し、今では神智学という立派な信頼すべき学問が存在している」(カロッサ、国松孝二訳『指導と信徒』岩波文庫 - 岩波書店、2012、pp.39-40)

ドイツの良心的な作家として知られるカロッサのこの言葉、また以下のエッセーで引用したH・P・ブラヴァツキー「ベールをとったイシス」に対する当時の報道機関の反応を読むと、現代とは神智学に対する扱いが相当異なっていることに気づかされます。

77 前世療法は、ブラヴァツキーが危険性を警告した降霊術にすぎない
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2017/11/16/195219

『ベールをとったイシス』は、ブラヴァツキーの著作の中で最も有名な『シークレット・ドクトリン』の前に書かれた、これも代表作の一つである。ジルコフ「前書きにかえて」には、当時の報道機関の反応が複数引用されている。その中のトップに来ている、当時の最も有能な文芸評論家の一人シェルトン・マッケンジー博士は『フィラデルフィア・プレス』に次のように書いたという。

それは,考えの独創性,研究の徹底性,哲学的説明の深さ,学識の多彩さと広がりといった点で,遠い過去まで遡っても最高に非凡な著作の一つである」(H・P・ブラヴァツキー、ボリス・デ・ジルコフ編、老松克博訳『ベールをとったイシス 第1巻 科学 上』竜王文庫、2010、前書きにかえてp.2)

科学の進歩によって神秘主義理論の古いことが証明された――というわけではありません。戦後なぜか世界を席巻したマルクス系唯物主義の言論人が神秘主義の論文をろくに読みもせず、そういっているだけの話です。神秘主義が保管してきた膨大な知識は古びる性質のものではありません。

また、科学と神秘主義は対立するものではなく、このことはブラヴァツキーの次の言葉からも明らかです。神秘主義者が古代から続けてきたのは、科学的な探究です。

神智学の教えは霊と物質の同一性を主張し、霊は潜在的な物質であり、物質は結晶化した霊にすぎないと言います。
H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子訳)『神智学の鍵』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1995改版、p.42)

スピリチュアル・ブームを惹き起こしたのは、マルクス系唯物主義者だとわたしは考えています。彼らは自分達に都合のよいところだけを神秘主義から盗って商業的に利用したり、神秘主義を貶めることで自分の株を上げようと学術を装って低レベルの論文を発表したりしています。

日本で大流行しているオーラ診断、前世療法などはその最たるもので、この二つは明らかにエドガー・ケーシーを真似ており、わたしの見る限りでは、そうしたものはインチキか危険かのどちらかです。

エドガー・ケーシーは善良であったとしても霊媒だったと考えられるので、それを真似るというのはちょっと考えただけでも危険なことですし、その危険を冒すメリットがあるとはわたしには全く思えません。

前置きが長くなりましたが、目次 4 とつながりのある 目次 3 から当ブログにアップしておきます。

+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+

100 祐徳稲荷神社参詣記 (12)祐徳院における尼僧達:『鹿島藩日記 第二巻』
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2019/12/08/233845

目次

  1. 布施の記録
  2. 三十五日に供された精進料理
  3. 蘭契という名の僧侶
  4. 神秘主義者としての私見

 

3. 蘭契という名の僧侶

「蘭契」という名が女性的だな、とわたしは思った。果たして、この蘭契が他でも出てくる。「蘭契」という名が出てくるのは、宝永二年閏四月廿日(1705年6月11日)の日記*15である。

素人解読なので間違っているかもしれないが、大体次のようなことが書かれているのではないかと思う。

……佐賀の御親類方より勝屋伊右衛門まで、祐徳院様の御中陰は何日より何日まで御執行でしょうかとの問い合わせがあり、こちらに言ってよこされた。それについて、外記より蘭契まで伺ったところ、御中陰というのはなく、御葬礼が行われたことで、儀式は済みました。(略)尼達と相談して申し上げますが、殊に山中ということもありますので、御名代などを送って寄越すには及びません、伊右衛門よりそのようにお口添え下さるのがよいでしょう、とのこと。……

わたしの憶測でしかないが、蘭契という尼僧が萬子媛亡き後、代表者的、長的な役割を果たしたのではないだろうか。その代表者に、外記が問い合わせたと考えるのが自然だと思う。

その蘭契という人物が、祐徳博物館で伺った、萬子媛に仕えて岩本社に祀られたという尼僧かどうかはわからない。72 「祐徳稲荷神社参詣記 ③2017年6月8日 (収穫ある複数の取材)」を参照されたい。

前述したように萬子媛の葬礼は簡素だったようだ。五月十五日(1705年7月5日)の日記に記された三十五日についても、格峯(鍋島直孝、断橋)が恵達(慧達)、石柱を帯同して祐徳院に一泊し、御霊供膳と皆に振る舞う料理を用意させているが、目立った儀式はなかった模様だ。

もし、萬子媛の葬礼のときの布施の記録に名のあった僧侶達の中で、蘭契からが祐徳院に属した尼僧達だとすれば、17 名(蘭契、満堂、蔵山、亮澤、大拙、瑞山、眠山、石林、観渓、英仲、梅点、旭山、仙倫、全貞、禅国、智覚、𫀈要)。萬子媛がいらっしゃったときは総勢 18 名だったことになる。

萬子媛の小伝といってよい『祐徳開山瑞顔大師行業記』は、義理の息子・鍋島直條(鹿島藩第4代藩主)がまだ萬子媛が存命中の元禄17年(1704)――萬子媛が亡くなる一年前――に著述したものとされている。

郷土史家・迎昭典氏はわたし宛の私信で、「萬子媛についての最も古くて上質の資料は『祐徳開山瑞顔大師行業記』だろうと思います」とお書きになっている。

その『祐徳開山瑞顔大師行業記』*16には、萬子媛が尼十数輩を率いたとあるので、人数的には合う。

求道者らしいストイックな暮らしをなさっていたと想像できる祐徳院所属の尼僧達。五月十五日に料理を振る舞うことで、格峯は尼僧達をねぎらったのだろうか。

彼女達がその後どうなられたかが気になるところだ。

 

4. 神秘主義者としての私見

ところが、わたしは神秘主義者として知っている。

祐徳院のその後の歴史とは次元の異なる話になるが、江戸時代に亡くなった彼女達は、彼の世で萬子媛を長とするボランティア集団を形成し、中心的役割を果たしておられるのだ。カルマに障らないような、高度なボランティアを手がけておられることが窺える。

萬子媛は太陽さながら、豊麗なオーラを放射されるのだが、その光が如何にすばらしいものであったとしても、そのやりかたはわたしが神秘主義者として竜王会、神智学協会ニッポン・ロッジで理論的に学び、また前世での男性僧侶としての修行や今生での独習から会得した技法と同じだと思う。

それは、この世でも彼の世でも通じるやりかたなのだとわかった。誰もができるやりかたのはずだ。この世の出来事に囚われ、その技法を磨くことを怠ってきたけれど、このことが確信できただけでも、わたしにとっては大きな進歩であった。

今、技法を磨くことを怠ってきたと書いたけれど、これは今生で三浦関造先生のような師に出会わなかったことから、意図的にそうしてきたことでもあった。

スピリチュアル・ブームの中で瞑想を含めた身体的技法、また前世療法などの神秘主義的観点からは黒魔術に属する催眠療法(ピプノセラピー)が商業的に拡散している。このような傾向はひじょうに危険なことであるので、避けるべきであるからだ。独習と書いたのも、前世で修行したきたことが自然に表れたことを、このように書いたまでである。

萬子媛に関する記述に神秘主義的な私見の混じることにご不快の向きもあろうかと思うが、如何に現代社会が唯物論的価値観で動いていようと、萬子媛の晩年が宗教の核たる神秘主義的体験を通して深められていったことは間違いない。

萬子媛の晩年の生きかたに迫るには、神秘主義者でなければ不可能だと考え、幸いにしてその感性と知識に恵まれたわたしであるから、あえて神秘主義的観点を支柱として考察してきたことをお断りしておきたい。

| | コメント (0)

2019年12月 5日 (木)

「99 祐徳稲荷神社参詣記 (11)二組の葬礼」を神秘主義エッセーブログにアップしました。

「マダムNの神秘主義的エッセー」の「99」は当ブログの過去記事に加筆訂正したもので、これに続くノート「祐徳院における尼僧たち」も一緒に(11)に収録したいと思ったのですが、長くなりすぎるので、別にしました。

加筆訂正があるので、ここにも全文アップしておきます。

藩日記から引用しようと思った文章に、どうしてもわからない漢字があり、悶々としました。漢和辞典にも出ていないので、省略したものなのか。前日は変体仮名に悩まされ……老眼にこたえます。

田中保善先生の御本『泣き虫軍医物語』の紹介の続きや他の課題も残っています。年賀状の無料テンプレートも紹介したい。

還暦を挟んだ3年間ほどの間に本人が亡くなったり、実家のお母さまを亡くされた友人が多いこと。わたしにも何かと問題の多い3年間でした。年末になって健康問題にぶち当たるとはね。

日本も今後どうなっていくのやらと悲観的な気分に誘われますが、萬子媛のような方々が全国のあちこちで何だか頼りない我々を見守ってくださっているはず。それに応えられるでしょうか。

マダムNの神秘主義的エッセー」より

99 祐徳稲荷神社参詣記 (11)二組の葬礼:『鹿島藩日記 第二巻』
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2019/12/05/164327

花山院萬子媛は佐賀県鹿島市にある祐徳稲荷神社の創建者として知られている。
祐徳稲荷神社の寺としての前身は祐徳院であった。明治政府によって明治元年(1868)に神仏分離令が出されるまで、神社と寺院は共存共栄していたのだった。祐徳院は黄檗宗の禅寺で、萬子媛が主宰した尼十数輩を領する尼寺であった。
萬子媛は、公卿で前左大臣・花山院定好を父、公卿で前関白・鷹司信尚の娘を母とし、1625年誕生。2歳のとき、母方の祖母である後陽成天皇第三皇女・清子内親王の養女となった。
1662年、37歳で佐賀藩の支藩である肥前鹿島藩の第三代藩主・鍋島直朝と結婚。直朝は再婚で41歳、最初の妻・彦千代は1660年に没している。父の花山院定好は別れに臨み、衣食住の守護神として伏見稲荷大社から勧請した邸内安置の稲荷大神の神霊を銅鏡に奉遷し、萬子媛に授けた。
1664年に文丸(あるいは文麿)を、1667年に藤五郎(式部朝清)を出産した。1673年、文丸(文麿)、10歳で没。1687年、式部朝清、21歳で没。
朝清の突然の死に慟哭した萬子媛は翌年の1988年、剃髪し尼となって祐徳院に入った。このとき、63歳。1705年閏4月10日、80歳で没。

目次

  • 神仏二本立てで醸成された雰囲気
  • 黄檗宗色の濃かった萬子媛の葬礼
  • 大がかりだった鍋島直條の葬礼


● 神仏二本立てで醸成された雰囲気

三好不二雄(編纂校註)『鹿島藩日記 第二巻』(祐徳稲荷神社 宮司・鍋島朝純、1979)を読むことによって、萬子媛が剃髪後も鹿島鍋島家から濃やかに見守られていたことがわかった。そこには考え抜かれた絶妙な距離感がある。

台風被害の記録では、倒木の一本に至るまで把握されていることに驚いた。罪を犯した者の記録もあったが、その者達は追放になったようだ。

引用からはわからないと思うが、藩全体に何か家族のような雰囲気があるように感じられるのが意外だった。台風で倒れた木、死んだ馬、盗まれた材木、打擲された下人……生きとし生けるものが、藩の大切な財産であると同時に、家族のようなもの、慈しまれるものでもあったのだ。

そのような雰囲気が交際などを通して、藩の外まで広がっているように感じられるのだ。いや、それはあるいは藩の内外から来るものであったのかもしれない。

その雰囲気には、拙神秘主義的感性の捉える萬子媛及び一緒に行動なさっている方々の雰囲気に似通ったものがある。

地上で喜怒哀楽のうちに暮らす人間を見守ってくださっている、家族的といってよいような慈愛に満ちた雰囲気が、確かに藩日記からも薫ってくるのである。

全国の神社には、このような見えざる奉仕者がどの程度の割合で存在するのだろう? 萬子媛のような無私の奉仕者を輩出するには、ストイックな修行を特徴とする仏教が有功だったに違いない。神仏二本立てで醸成されたこのような雰囲気が、日本の国柄を創ってきたのである。

● 黄檗宗色の濃かった萬子媛の葬礼

前置きが長くなったが、『鹿島藩日記 第二巻』によると、萬子媛(祐徳院)の葬礼は、宝永二年閏四月十四日(1705年6月5日)に執り行われた。

僧侶方――格峯(鍋島直孝、断橋和尚)、月岑和尚――のご意見により、「祐徳院様御事、御出家御同前ノ御事候ヘハ、」、つまり萬子媛に関する事柄は御出家同然の事柄なので、簡素に――「軽ク」と書かれている――執り行われた。

僧侶の方々が大勢お見えになった、黄檗宗色の濃い葬礼であったようだ。布施の額が記されている。

祐徳院様御葬礼、今日於津御庵相済申候、右に付、僧衆へ被下候布施、左ニ書載、

 白銀三枚   桂岩和尚
 同 壱枚   月岑和尚
 金子弐百疋  慧達
 同 弐百疋  石柱
 銀拾五匁宛  先玄 五州 絶玄 盤江 長霊 禹門 石応 万山 訥堂 蘭契 満堂 蔵山 亮澤 大拙 瑞山 
 銀拾匁宛   眠山 石林 観渓 英仲 梅点 旭山 仙倫 全貞 禅国
 銀五匁宛   智覚 𫀈要 *1

30名の僧侶方。匁[もんめ]は江戸時代における銀貨の重量単位。僧侶方にはまた、ニ汁六菜、あるいは一汁六菜の料理が出された。

日記には「御葬礼ニ付、御領中今日一日、殺生禁断申付候、」と記されている。

桂岩和尚というのは、桂巌禅師(桂巌明幢1627 - 1710)のことだろう。桂巌は萬子媛を黄檗宗に導いた義理の息子・断橋の師で、萬子媛はこの桂巌を授戒師として得度した。

● 大がかりだった鍋島直條の葬礼

鹿島四代藩主・鍋島直條の場合、五月十九日(1705年7月9日)が四十九日に当ったが、葬礼がまだだった。それでも、(葬礼より先に)普明寺・泰智寺で軽い四十九日の法事が執り行われたようだ。

五月二十日(1705年7月10日)の日記に、「今晩より来ル廿六日迄、殺生禁断、筋々相触候」と記されている。

直條の葬礼が二十二日(1705年7月12日)に普明寺で執り行われるのだが、前日の二十一日(1705年7月11日)の日記に、それにたずさわる者の名が15頁に渡って記されている。大がかりなものだった様子がわかる。萬子媛の簡素な葬礼と対照的である。

次に引用するのは「正統院(鍋島直條)様御葬礼、一通役者左ニ記載」からである。人名は割愛する。

都合頭人  銀穀役  料理方  筆者  御茶湯方  普明寺門番  施行幷放生気遣  方々より御名代衆  普明寺被罷越候節、近辺宿気遣、野菜・薪等迄、宿々へ指出候気遣  方々より之御名代取合  普明詰給仕  寺中無作法之儀無之様、気遣・掃除等、見計役、  御香奠請取役  法泉庵詰  通玄庵詰  御霊前堪忍  御霊供奉役  *2  

続いて、「御葬禮行烈(列)次第」からも引用しておこう。人名などは割愛する。

壱番 御卒馬/ 二番 沓箱/ 三番 御挾箱/ 四番 御鑓/ 五番 具足箱/ 六番 御臺笠/ 七番 御長柄/ 八番 御打物/ 九番 散花/ 十番 散米/ 十一番 大幡/ 十二番 鍬/ 十三番 挑灯/ 十四番 小幡 此間ニ大衆/ 十五番 御霊供/ 十六番 御菓子二盆/ 十七番 御茶/ 十八番 酒水/ 十九番 燭台二本/ 廿番 花瓶二ツ/ 廿一番 香炉香台/ 廿二番 宮燈/ 廿三番 香※(※帝の市が十)/ 廿四番 紗燈 此間ニ左右に家老両人/ 廿五番 御棺/ 廿六番 御大小/ 廿七番 天蓋/ 廿八番 家老中不残幷惣家中/ 廿旧番 御草履取/卅番 御茶弁当/ 卅一番 合羽箱/ 卅二番 雑多/ 
諸役者右之通也  *3        

翌、五月二十二日(1705年7月12日)の日記には「御葬礼、今昼八ツ時相澄〔ママ〕候、」と一行だけ記されている。読みながら思わず「お疲れ様!」といいたくなった。

*1:三好編、1979、p.406

*2:三好編、1979、pp.454-462

*3:三好編、1979、pp.462-468

| | コメント (0)

『卑弥呼をめぐる私的考察』(Kindle版)をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

『卑弥呼をめぐる私的考察(Collected Essays, Volume 3)』(ASIN:B00JFHMV38)を12月1日ごろ、お買い上げいただきました。ありがどうございます! 9冊目のお買い上げでした。

以下はアマゾン・キンドルストアの著者ページです。拙電子著書一覧を御覧いただけます。

Amazon.co.jp: 直塚万季: 作品一覧、著書略歴
https://amzn.to/2XlMha2

| | コメント (0)

2019年12月 4日 (水)

(補足)歴史短編1のために #44 鹿島藩日記第二巻ノート (6)祐徳院における尼僧達 その1

以下の記事の引用部分に補足したい。

2018年8月26日 (日)
歴史短編1のために #44 鹿島藩日記第二巻ノート (6)祐徳院における尼僧達 その1
https://elder.tea-nifty.com/blog/2018/08/6-d602.html
食材は豊富である。こんにゃくにも、「こんにゃく」「白こんにゃく」「佐賀こんにゃく」「氷こんにゃく」が出てくる。氷こんにゃくを試しにググってみると、文字通りこんにゃくを凍らせたものがダイエットによいということで流行っているようだが、宝永のころの氷こんにゃくとは別物だろうか。

実は、その補足のための作業に倦み、萬子媛に関する調べものを中断していた。

萬子媛のような人物を生み出した背景を知りたいと思って読んでいる『鹿島藩日記』だが、候文や変体仮名の知識に乏しく、江戸時代の歴史・文化についてもずぶの素人にすぎないわたしは困惑し、途方に暮れてしまうことも多い。

「マダムNの神秘主義的エッセー」にまとめる場合は、ここで「御霊供 幷 格峯様御料理物」「右ハ御膳方 次料理物」としてリストアップされているものを紹介したいと思う。主に食材で、精進料理を調理するためのものと思われる。

何を指すのか推測したものは「?」、見当がつかなかったものは「!?」で表した。

<ここから引用>‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

五月十五日
一、(略)
一、(略)
一、(略)
一、(略)
一、(略)
一、右御三十五日ニ付而、格峯様昨晩景より、古江田御庵御越被遊候、今朝御相伴恵達・石柱被仰付、御料理二汁八菜・次料理一汁五菜、右ハ御庵中比丘尼・男女下〻迄、右御料理物左ニ書載、

    御霊供 幷 格峯様御料理物*1

    一、しいたけ 四合*2/ 一、はいも*3(!?) 六手/ 一、漬松茸 六本/ 一、なすひ(茄子か?) 六ツ/ 一、干かふ(干し蕪か?)/ 一、竹ノ子 四本/ 一、干わらひ(干し蕨か?) 弐組/ 枝さんせう(枝山椒か?) 少シ/ 一、山いも 弐本/ 一、黒豆 弐合/ 一、きんあん*4 弐合/ 一、中くり 九ツ/ 一、佐賀こんにゃく 四丁/ 一、五分麩 四ツ/ 一、梅干 六ツ/ 一、干瓢 六手/ 一、めのは*5 少/ 一、六てう(!?) 弐ツ/ 一、ひろうば(!?) 弐枚/ 一、はせうか(葉生姜か?)/ 一、うり 四ツ/ 一、大こん 弐本/ 一、きくらけ(木耳[きくらげ]か?) 少/ 一、しそたて(!?) 少/ 一、はしかん(!?) 少/ 一、ほしこんふ(干し昆布か?) 弐枚/ 一、白こんにゃく 弐丁/ 一、夕かを(夕顔か?*6) 弐ツ/ 一、かんてん(寒天か?) 弐わ/ 一、なら漬 弐かわ/ 一、大根漬 弐本/ 一、くす(!?) 弐合/ 一、わさひ(山葵[わさび]か?) 壱本/ 一、丸山とうふ 弐丁分/ 一、紫のり 弐枚/ 一、梅仁*7 少/ 一、たうふ(豆腐か?) 弐丁/ 一、こまもち*8 十ヲ/ 一、らくがん(落雁*9 か?) 十ヲ/ 一、御米 三升*10

     右ハ御膳方
      次料理物

   一、からし 弐合/ 一、諸白かす*11(諸白粕[もろはくかす]か?) 弐升/ 一、しいたけ 五合*2/ 一、な 弐手/ 一、とうふ 拾挺/ 一、こんふ(昆布か?) 三枚/ 一、白こんにゃく 七丁/ 一、木くらげ 五合/ 一、干かふ(干し蕪か?) 十五/ 一、梅干 三拾/ 一、竹の子 拾五本/ 一、氷こんにゃく 十五丁/ 一、黒まめ 五合/ 一、夕かを(夕顔か?*6) 七ツ/ 一、こんにゃく 五丁/ 一、とつさか(!?) 弐合半/ 一、きうり(胡瓜[きゅうり]か?) 十ヲ/ 一、大こん 十五本/ 一、なら漬 三かわ/ 一、しやうゆ(醤油か?) 弐升/ 一、諸白さし酒*11 壱升五合/ 一、塩 壱升/ 一、赤みそ 五升/ 一、白みそ 壱升/しやうか(生姜か?) 弐合/ 一、こま(胡麻[ごま]か?) 弐合/ 一、枝さんせう(枝山椒か?) 少/ 一、白はし(白箸か?) 五十人前/ 一、あけ油(揚げ油か?) 五合/ 一、白米 壱斗*12/ 一、薪 三荷    

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥<ここまで引用>三好不二雄(編纂校註)『鹿島藩日記 第二巻』(祐徳稲荷神社 宮司・鍋島朝純、1979、pp.438-442)


*1 幷の音読みはヘイ。訓読みはあわ(せる)。字義を『角川漢和中辞典』から引用すると、①わせる(あは・す)。かねる。➁おなじ。一致する。あう(合)。➂ならぶ。ならびに。…… 貝塚茂樹 ほか編『角川漢和中辞典』(角川書店、1967・65版)

*2 この合は、ふたのある容器を数える助数詞ではないだろうか。

*3   「葉芋」と書くのだろうか。里芋や蓮芋の葉柄[ようへい]、芋茎[ずいき]のことではないかと思うが、憶測の域を出ない。

*4 「金あん」についての記述がある。魚山人. “和食用語「葛餡」”. 手前板前. 2019. https://temaeitamae.jp/top/t2/kj/7_E/013.html, (参照 2019-12-03).

*5 ワカメを洗い干した、「板わかめ」のことか?

*6 ユウガオの実はかんぴょう(干瓢)の原料となる。生育は極めて旺盛でつるの長さは20mにも達する。日本国内では、栽培は廃れる傾向にあるものの、新潟県や栃木県、山形県、山梨県(富士北麓地域)などで栽培が行われている。岩手県でも、カツオの生利(なまり)節等と一緒に油いためでよく食されている。青森県むつ市では8月半ば近く~8月下旬の期間に¥300~500/本程度で販売され、皮と内側の綿を取り除き破棄し、身の部分を幅5~8㎝・厚さ5㎜程度で切り、だしを入れた醤油ベースの油炒めでよく食されている。「ユウガオ」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2019年10月19日 11:24 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org

*7 梅の種を割ると出てくるのが梅仁。梅仁で杏仁豆腐のような梅仁豆腐を作ることができるらしいが、ここではどのような使われかたをしたのだろうか。

*8 鹿児島では高麗餅と書いて「これもち」、宮崎県では「これがし」と呼ばれる、古くから伝わる郷土菓子があるが、ここに出てくる「こまもち」とは無関係だろうか。胡麻餅[ごまもち]なども連想される。

*9 落雁は干菓子。

*10 1升は1斗の10分の1、1合の10倍、1.8039リットル、約1.5kg。

*11 諸白[もろはく] とは、日本酒の醸造において、麹米と掛け米(蒸米)の両方に精白米を用いる製法の名。または、その製法で造られた透明度の高い酒、今日でいう清酒とほぼ等しい酒のこと。「諸白」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2017年12月7日 14:09 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org

*12 1斗は1升の10倍、約18.039リットル、約15kg。

| | コメント (0)

11月27日に内科受診

健康に留意するのも阿保らしくなるくらい、世界的に中共の侵食が進み(日本共産党が中共を非難する声明を出したほどだ。対照的にローマ法王はは中共に下った)、身辺では還暦を迎えた女友達がろくに医者にもかからず――親が医者だったにも拘わらず――亡くなったりした虚しい出来事とはあまり関係なく、単なるズボラで健康の記録をサボっていた。またつけたほうがよさそう。そう思ったときから、既に1週間。

このような症状と関係のない訪問者には鬱陶しい記事でしょうが、これはわたしのブログ。書きたいことを書きますので、飛ばしてください。

副甲状腺機能亢進症疑いで内分泌内科で経過観察していただいていたのだが、血中カルシウム濃度はずっと上限を超えていないのに、過剰に分泌され続けてきた副甲状腺ホルモンの影響が出ていることが判明。

そうじゃないかと思っていたので、前回、骨密度の検査を指示されたときはありがたかった。5月16日の記事に、「次回、骨密度を調べていただくことになった。骨密度が年齢相応であれば、副甲状腺ホルモンとカルシウムの値が若干高かったとしても、それほど問題ないが、骨密度に異常があれば、カルシウム値が基準値内だったとしても、問題だという」と書いている。

ただ、仮にいくら頻繁に骨密度を調べていただいたところで、これまでのように腰椎の骨密度測定だけでは、異常がわからないに違いない。薬剤性肝炎になったときに循環器クリニックの先生が紹介してくださった大学病院でも副甲状腺ホルモンの異常が指摘され骨密度のチェックがあったが、それも腰椎の測定だけだった。

そう考えれば、今の先生に担当医の変更があってよかった。でなければ、副甲状腺ホルモン値は高めけれど、血中カルシウム値は基準値内なので、大丈夫でしょう……で進行し、とんでもないことになったかもしれない。いや、既に手遅れなのかもしれないけれど。

今回も腰椎L.234の骨密度は 0.808g/㎠ 、若い人との比較値は 80%、同年代と比較した値は 101% で、立派なものだった。以前より成績がよくなっている。ここがこれほど優秀なのに、なぜ大腿骨はそうではないのか。

大腿骨R Neck の骨密度は0.486g/㎠ 、若い人との比較値は 62%、同年代と比較した値は 79%。大腿骨L Neck の骨密度は0.483g/㎠ 、若い人との比較値は 61%、同年代と比較した値は 78%。

先生の診断では、やはり過剰に分泌されている副甲状腺ホルモンが影響しているだろうとのこと。「大腿骨を骨折すると、寝たきりになる事例も多いですからね」といわれ、ゾッとした。大腿骨はいつからスポンジを目指し始めたのだろう? 腰椎だけ測定していたので、それはわからない。

投薬治療が必要な段階だという。処方されたのは、ビタミンDを補うことでカルシウム吸収を改善する薬で、アルファロールカプセル0.5μgのジェネリックだった。

薬局で値段を尋ねると、先発品よりいくらか高い程度だったので、先生に電話で尋ねて貰い、変更して貰った。ジェネリックは、オレンジ色をした先発品よりかなり大きく見え、カプセルの色も濃い水色だった。

抗不整脈剤サンリズムのジェネリックが効かなかったことからジェネリックに関する情報に接した結果、可能であれば先発品を出して貰うことにしている。

2016年3月21日 (月)
ジェネリックのコーティング・添加物問題
https://elder.tea-nifty.com/blog/2016/03/post-3b06.html

中性脂肪値も不安定なので、血中の脂質を改善する薬パルモディア錠0.1㎎が出た。

「これまでは半年に一度検査にくればよかったけれど、これからは2か月に一度は来ていただくことになります」と、ちょっと厳しい顔つきの先生。

肥大した副甲状腺を摘出して貰えればと思うが、それには期が熟していないということだろうか。

何にしても、大変だ。努力しよう。「かかと落とし」という簡単な運動がいいとネットに出ていたので、1日30回、実行している。ウォーキングできたらいいのだが、前に心臓がくたびれて挫折した。

ハートの白い光を大腿骨に送ることにしよう。五十肩に効いたのだから、期待できると思う。神秘主義者のわたしには、生き物の本体が光であることは自明のことであり、想像の光はオーラの次元の光となって現に見える。何もしないよりはましだと思える。

循環器クリニックの先生にご報告しなければならない。系列の違う病院なので、こんなときは面倒だ。内科の先生は循環器クリニックの先生をご存じだった。

内科で出た薬

  • アルファロールカプセル0.5μg 朝食後2カプセル 63日分
  • パルモディア錠0.1㎎ 朝・夕食後1錠ずつ 63日分

| | コメント (0)

« 2019年11月 | トップページ | 2020年1月 »