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2019年11月の12件の記事

2019年11月29日 (金)

リヴリーと遊べる貴重な日々

リヴリーと遊べるのも、あとひと月足らず。スタッフのかたの研究画だそうです。興味深いですね。

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「いい香りだなあ。夜顔って、香るんだ……」とエクリヴァン。

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「ねえねえ、トラさん。今夜、ぶどう会があるんですって。葡萄食べ放題の会なの? マスカットだといいなあ」とクレール。

「ノンノン、違う。ぶどう会は武道会のことで、武術の会のことだよ。わしもいくらか心得があるがな」とぬいぐるみのトラおじさん。

「まあ、ほほほ。無知も、無邪気なうちは可愛いものね。ぶとう会というのが正しいのよ、舞踏会。女のかたは、わたしたちを着ると、馬子にも衣裳てなわけで心が舞い上がるし、足を踏んづけ合うことをダンスっていうの。心が舞い上がったり足を踏んづけ合ったりする会だから、舞踏会っていうわけ」とドレスおばさん。

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「うっとりするようなドレス。さすが、五色に輝く布で定評のある、織姫さまが織られただけのことはあるわ。天の川が映し出された布なんて、めったなことでは織れるものではないものね。見つめていると、星々の中へ吸い込まれそう」と青玉。

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評論『村上春樹と近年の…』をお買い上げいただき、ありがとうございます!

評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays 1)』(Kindle版、ASIN:B00BV46D64)をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

11月26日ごろ、アメリカのKindleストアでお買い上げいただいたようです。アメリカでのお買い上げは36冊目でした。『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』は、83冊お買い上げいただいたことになります。

  • オーストラリア……1冊
  • ブラジル……1冊
  • カナダ……1冊
  • 日本……35冊
  • アメリカ……36冊
  • ドイツ……4冊
  • イギリス……2冊
  • メキシコ……1冊
  • イタリア……1冊
  • フランス……1冊

サンプルをダウンロードできます。

村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays, Volume 1)

以下に、アマゾンに掲載中の商品説明を引用します。

商品の説明

自由な立場から書かれた本書は鋭い分析力を特徴とし、文学界のみならず日本文化そのものに警鐘を鳴らしている。
2006年5月3日から7日にかけて、著者は自身のブログで、小論「村上春樹『ノルウェイの森』の薄気味の悪さ」を公開した。その小論に加えて、近年のノーベル文学賞作家オルハン・パムク、ドリス・レッシング、ジャン=マリ・ギュスターヴ・ル・クレジオ各人の作品に関する雑感を紹介する中で、村上春樹がノーベル文学賞作家にふさわしいだけのわが国の誇りとできる作家であるのかどうかを検証した評論を2009年5月、同人雑誌に発表。本書はそれに加筆・訂正を行ったものである。

〈目次〉
 はじめに
 Ⅰ 村上春樹現象
 Ⅱ 小論「村上春樹『ノルウェイの森』の薄気味の悪さ
 Ⅲ オルハン・パムク『わたしの名は紅』を分析する
 Ⅳ 乾いた知性、強烈な社会性――ドレス・レッシング
 Ⅴ ル・クレジオの光と風
 Ⅵ 最後に
 あとがき
 第二版あとがき 

以下はアマゾン・キンドルストアの著者ページです。拙電子著書一覧を御覧いただけます。

Amazon.co.jp: 直塚万季: 作品一覧、著書略歴
https://amzn.to/2XlMha2

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2019年11月26日 (火)

田中保善『泣き虫軍医物語』に見る第二次大戦の諸相 ①映画「タイタニック」ばりの脱出劇と醤油樽(加筆あり、赤字)

慰安婦問題、植民地支配、日本軍の残虐性――といったジャパンバッシングの根拠とされてきた歴史的事象が、少なくとも、飾らぬ心情が吐露された、底抜けに明るく、お人好し、その一方では思慮深く果敢な一人の大日本帝国軍人の人間像が立ち現れてくる一冊の本『泣き虫軍医物語』を読む限りにおいては、真っ赤な嘘、捏造にすぎず、第二次大戦は日本人にとってはまさに大東亜戦争であったことが明白にわかる内容となっている。

そうした意味において、このコンパクトな本は期せずして、第二次大戦における大日本帝国軍人の行動様式、思考傾向を如実に示した、一歴史資料と見なすに足る性格を備えているといえよう。

本書、田中保善『泣き虫軍医物語』(毎日新聞社、1980)は、第二次大戦末期の昭和19年7月、町の開業医だった著者が軍医として応召、戦地ボルネオを中心とした体験記録である。

信憑性の薄い河野談話が発表されたのは平成5年(1993)、田中氏の『泣き虫軍医物語』が上梓されたのは、それを13年遡る昭和55年(1980)のことであった。

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田中保善氏は、別の本『鹿島市史 真実の記録』(1990)で、戦時中は祐徳稲荷大神及び萬子媛に祈って何度となく命を救われたとお書きになっていた。萬子媛を研究中のわたしは、当然ながらそうした内容を期待して『泣き虫軍医物語』を注文したのだった。

愛媛の古書店からの発送で、310円。経年劣化で中身は黄ばんでいるものの、美品といってよい商品だった。中表紙に付された青年軍医のきりっとした童顔の御写真を見たとき、思い出した。

小学校だったか中学校だったかは忘れたが、集団予防接種のとき、見かけたお顔だった。上品な、優しそうなお顔。昔のことで、記憶は確かではない……

プロフィールから引用する。

明治42年鹿島市に生まれる。鹿島中学旧制佐賀高を経て昭和10年九州帝大医学部卒、同12年鹿島市で開業。同19年7月応召。同21年4月復員。(後略)

期待に反して、『泣き虫軍医物語』には命拾いした事実が事実のままに活写されているだけで、それを祐徳稲荷大神及び萬子媛に結び付けるという宗教的評価はなされておらず、それが窺えるような心情的反応も記述されていない。

あからさまな神秘体験の記述は全くないのだ。命拾いした出来事と稲荷大神及び萬子媛とが結び付けられたのは、どの時点であったのか。それは不明である。

しかし、次のような故郷の芳香漂う出来事を、故郷を見守っておられる神々の神慮によってもたらされた奇跡的体験といわずして、何といおう? 田中氏は後年の著書で、そのように解釈されているのである。

それは映画「タイタニック」ばりの脱出劇の中で起きた。話が前後することになるが、そのハイライトシーンをまず紹介しておこう。

簡単にそのときの状況を説明しておくと、田中軍医は、久留米陸軍病院から南方派遣部隊に編入された。太平洋の島々は次々と連合軍に占領されて戦局は重大化。サイパン島は昭和19年7月7日に玉砕。この時期に南方に派遣されることは死を意味していた。

駆逐艦、水雷艇、駆潜艇、飛行機に護衛された船団12隻は9月10日、門司港を出港し、朝鮮海峡、東シナ海と南下するにつれて沢山の輸送船団の往来に出会う。台湾の基隆沖に差しかかった。

夜10時頃、ドスーンと腸に響く大音響。夜空に火花を上げながら、船尾を真っ逆さまにして沈んでゆく、後続の輸送船。いわゆる轟沈であった。

四千名以上の兵隊が何らなす術もなく海底に呑み込まれたに違いない。いかに戦争とはいえ悲惨極まりなく、初めて体験した死の恐怖に心臓も凍る思いであった。(田中,1980,p.28)

船団は2日後、高雄港へ。行手には潜水艦が待ち受ける、魔のバシー海峡。

船団は飛行機と艦艇に守られながら強行突破。船団が進む間に、友軍機と艦艇は合計4隻を撃沈。船団が比島(フィリピン諸島)に近づくにつれて沈んだ輸送船の残骸が多くなった。

魔のバシー海峡を無事に乗り切り、高雄港を発って3日目の30日、リエンガエン湾のサンフェルナンド港に到着。 

久留米部隊は港から8キロ離れた海岸へ向けて出発。その行軍が身体にこたえた田中軍医は不覚にも、自らが患者第一号となってしまう。幸い、軽症だった。

背嚢を当番兵に持ってもらって歩いていると、垣根に真っ赤なハイビスカスの花の咲き乱れる家々があり、予定の海岸に辿り着く。ヤシの林の中に点々と民家があり、その中の一軒を医務室にする。クリスチャン農家らしかった。

「家の中の物を荒らしてはいけない。何も盗んではいけない」と田中軍医は皆に注意する。医務室に配給の砂糖1俵と缶詰5箱が届いた。食事もすんだ頃に家の主人らしい比島人が来て英語で話しかけたが、田中軍医には解せない。

主人は、家の内外を見て回り、何も荒らされていないのを喜び、すっかり信頼して、両手いっぱいの卵を差し出した。

田中軍医は、何もいらないから壁の棚に置かれていた発火道具を譲ってくれ、と日本語で頼む。スコールでマッチが駄目になったときのために必要だった。主人は希望を了解して承知してくれた。

当地区の司令官から、サンフェルナンド地区は国道の沿線は安全だが、国道から4キロ離れた密林中には米軍大佐の率いる5千名のゲリラが国道筋をうかがっているとの通達があった。比島は全部平定されて、攻撃して来る米軍のみが敵だと思っていた田中軍医は、「安全なのは点と線だけなのか」(田中,1980,p.34)と思う。

翌日、異動命令があり、サンフェルナンドの街はずれに移った。軍医一行はエジプトの街のように石造りの家が並ぶ街を見物し、コーヒーを飲もうと思い、コーヒー店の前に行列を作って順番を待った。

焼けつくような暑さにコーヒーを諦めて、横の丘に登る。そこには、バシー海峡で救助された兵隊達やら群馬県出身の若い女性たちがいた。

女性たちは、南方のジャワ、スマトラ、昭南(現在シンガポール)等の商社や軍関係の偕行社の女子事務員として、赴任途中だったという。救助された兵隊達は満州国境から南方へ派遣された部隊であった。

魚雷を食って全員が退船した時、一名の兵の姿が見えなかった。中隊長は皆が危険だからと止めるのもきかず、その兵隊を求めて輸送船に引き返し、捜しているうちに船もろとも沈んでしまった。部下思いの中隊長を偲んで兵達は涙ぐんでいた。日露戦争の旅順港口封鎖作戦における広瀬中佐と杉野兵曹長の話とそっくりである。
 それに引き替え、部隊長と船長はボートに乗り移り、兵隊も乗ろうとすると、沢山乗ってはボートが沈むと、ボートに掴まった兵隊の手を払い除けて海に突き落として漕ぎ去った。泳ぎながらこれを見ていた兵隊達は、陸へ上がってからも部隊長と船長の態度を非難し続けた。私はこの話を聞いて、もし自分がそうなった時は、兵隊から非難されるようなことは絶対にしないと心に誓った。(田中,1980,p.36)

すぐ後に、田中軍医は同様の惨事に身を置くことになる。

10月10日午前11時、サンフェルナンド港を出航した12隻の輸送船団は比島西岸を海岸沿いに南下。今度は護衛艦が半減し、飛行機の援護もなかった。田中軍医の乗船「江尻丸」(貨物船、7千トン)は第四番船で、煙突に「4」の字が大きく書いてあった。縁起が悪いと兵隊たちは心配する。

12時頃、右側を護衛していた駆逐艦が急に面舵を取り、「右舷前方二時の方向に魚跡、魚跡!」とけたたましい叫び声が上がった。

このときは魚雷をうまくかわした江尻丸だったが、2時半ごろ、また突然「魚雷、魚雷!」の叫び声がした。田中軍医は便所で放尿中だった。江尻丸は今度はかわしきれなかった。

惨事、と一言でいえないほど、海と船と魚跡と船内の様子を活写する著者の描写は絵画的ですばらしいが、引用の制限もあって、全部は伝えきれない。

船が爆発して沈む前に退船しなければ死ぬ。部屋に降りて軍刀、図嚢、軍医携帯嚢を取り出したかった田中軍医は果たせず、かろうじて拾った救命胴衣を着用し、海に飛び込むために左舷へ急いだ。

船は惰力で進み、艦橋から全員退船の命令を伝える進軍ラッパが鳴り響いていた。敵の魚雷は、戦車を積んである船倉に命中していた。

その爆発で船倉の上にいた沢山の兵隊達は、粉々になった戦車の破片とともに肉体もバラバラになり、噴き上げられて船内各所に落ちてくる。私の胴衣にも灼熱した戦車の破片が飛来して、襦袢を通して右脇腹に食い込んだ。灼けつくようにチリチリと痛い。私は右脇腹の傷はそのままにして甲板を左舷へ急いだ。無電のアンテナを張ってある針金に兵隊の胸部だけが引っかかっている。首も両手も腹から下もない。剣道道具の胴が引っかかっているようであった。肉片が甲板に落ちて、それを兵隊があわてて踏みつけ、バナナの皮を踏みつけて滑って転ぶように甲板上に転がる。海へ飛び込もうと兵隊はひしめきあい、それにつまずき折り重なって倒れる。(田中,1980,p.38)

前後左右の兵隊にはさまれ、足が甲板につかないまま引きずられていき出した田中軍医は、いつしか兵隊たちの頭の上に転がされてしまう。左舷は遠ざかっていた。

弾薬をいっぱい積んだ船倉に燃え移ったら船もろとも爆発して死ぬことになるので、田中軍医は自分から兵隊の頭の上を転がっていき、やっと甲板の橋の鉄の鎖に掴まった。ここで著者は、「私の左右で次々と兵隊達は元気に飛び込んでいる」と書く。読みながら、まるで水泳の授業が描かれているような錯覚に陥った。

海面まではめまいがするほど高かったが、水泳に自信のある田中軍医は思い切って飛び込んだ。

グングンと一直線に海底に向かって沈んで行き、早く浮上したくとも、高所からの飛び込みであったため、沈下が止まらない。これ以上もたないくらいになってやっと沈下が止まった。浮上しようにも呼吸が苦しくなり、思うように力が出なかった。

船体から離れた45度くらいの角度で浮上したつもりが船尾に近く、船尾にはスクリューが回っていた。渾身の力でクロールで泳いで、船体から離れた。夢中で泳ぎ、泳ぎをやめてみると、救命胴衣の浮揚力が大したものではないことに田中軍医は気づいた。2、3時間もつかどうかだった。

立ち泳ぎをしていると、顔に水筒が当たってうるさい。時計は中が水浸しになりながらもまだ動いており、12時45分。海岸までは1キロくらい。引き潮で海水は沖へ向かって流れていて、思うように進めなかった。

爆発で海中に散らばったいろいろな物が流れてきた。そのとき、驚くべきものを田中軍医は発見するのである。

なかでも私がびっくりしたのは「佐賀県藤津郡吉田村」と墨で書かれた空の醤油樽であった。はるか故郷を離れた南海で、しかも海に投げ出されて藁をも掴む気持ちでいる時に、故郷鹿島町の隣の吉田村と書かれた醤油樽が流れてきたのである。急に故郷に残してきた母や妻子を思い出し、なんとかして助からねばと思い、その醤油樽を拾って麻縄で腰にくくり付けた。浮揚力は救命胴衣よりもずっと強い。(田中,1980,p.41)

ここがハイライトシーンである。

神秘主義者の目で見ると、これは偶然の出来事ではない。高級霊がカルマとのバランスを考えながらなさる、典型的な救助例の一つといってよい。それは、偶然を装って行われるのが常なのだ。

爆発したのは貨物船だったのだから、その中に醤油樽が混じっていたとしてもおかしくはないが、溺死しそうなこの窮地で故郷の名を記した醤油樽が流れてくるなど、いくつもの偶然が重なるのでなければ、起きることではない。

「萬子媛、大戦中もよいお仕事をなさっていますね。さすがです」とわたしは半ば呆れた。醤油樽は使命を帯びていた。そのとき、大海原に降り立っておられたに違いない、萬子媛のオーラの輝きがわたしには見えるような気がする。

この脱出劇には続きがある。前述のバシー海峡で起きたボートの一件に酷似した状況が、田中軍医をめぐって発生したのだった。

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2019年11月23日 (土)

ヘイトスピーチ解消法に関する小野田紀美議員の秀逸な国会質疑と、shinさんの働きかけ

カテゴリー「あいちトリエンナーレ/ジャパン・アンリミテッド」
https://elder.tea-nifty.com/blog/cat24228090/index.html

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第一次大戦後のパリ講和会議の国際連盟委員会において、日本は世界で最初に人種差別撤廃を提案しました。この提案は流れてしまいます。その後に起こった第二次大戦を戦った日本の動機は、パリ講和会議のときの日本の思いに反するものではなかったことは、「米國及英國ニ對スル宣戰ノ詔書(開戦の詔勅)」を読めばわかります。

日本の人種差別撤廃提案と開戦の詔勅には整合性があるのです。

以前は日本版ウィキペディアに開戦の詔勅の原文と口語訳を紹介したページがあったはずですが、なぜ削除されたのでしょうか? どなたか新しいページを立ち上げていただけないでしょうか?

いずれにしても、「米國及英國ニ對スル宣戰ノ詔書」はパブリックドメイン文書となっており、WIKISAUCEでも閲覧できます。優れた口語訳は、以下の著書の中の「大東亜戦争 開戦の詔勅」に置かれています。

玉音放送を伝える会 太田一水『終戦の詔勅』
https://r.binb.jp/epm/e1_30858_14082016143927/

ジャパンバッシングが国内外で起きるようになり、日本を思う人々は第二次大戦を戦った日本の真意を確かめようと、資料発掘を始めました。このような動きから一般日本人が右傾化したと見なすのは不適切な解釈で、このような行動はレジスタンスと位置づけられるべきものです。

そして、前掲の資料発掘によって、当時の世界情勢から見た日本の戦い方が「米國及英國ニ對スル宣戰ノ詔書」に則ったものであったことがはっきりしてきました。

わたしは今、過去記事で話題にした田中保善『泣き虫軍医物語』(毎日新聞社、1980)を読んでいますが、率直な筆致で著された飾らぬ本の内容から当時の日本の軍人の行動様式及び思考傾向が浮かび上がってきて、この確信を強めているところです。

本の内容は、別記事で紹介する予定です。祐徳稲荷神社の創健者である花山院萬子媛を調べる過程で、資料として蒐集した中にあった本でした。

あいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」、ウィーン芸術祭の「ジャパン・アンリミテッド」といった両展覧会とヘイトスピーチ解消法との関係を探るためには、このような前置きが必要でした。

カテゴリー「あいちトリエンナーレ/ジャパン・アンリミテッド」の過去記事を参照していただければ、両展覧会の内容が日本ヘイト(日本憎悪)に満ちているからだということがおわかりいただけるはずです。槍玉に挙げられるのが大日本帝国であり、昭和天皇であり、英霊なのです。

仮に、第二次大戦を大東亜戦争として戦った日本の行動と考えが誤ったものだったと見なす向きがあったとしても、だから日本と日本人を対象とした差別やヘイトスピーチが許されると思うのは、とんだ勘違いです。

これは国連総会によって1963年に採択された人種差別撤廃宣言、1965年12月21日に採択された条約「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約(人種差別撤廃条約)」にも反することですが、このような勘違いは、なぜ起きてきたのでしょうか?

常識から考えれば、あり得ない勘違いです。しかし、倫理観も道徳意識も低下した今の日本ではあり得ることのようです。

それは、2016年6月3日に公布、施行された「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」(略称はヘイトスピーチ解消法、ヘイトスピーチ対策法、ヘイトスピーチ規制法)の誤用によるところが大きいと思われます。

以下のツイートから、リンク先のJcastニュース記事全文を閲覧してください。何て歪んだ、危険な発想でしょう。これが弁護士の言葉なのです。「『日本人を殺せ』と国内で言っても差別でない」とツイッターで女性弁護士が発言した翌年、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」が公布・施行されました。

以来、日本人に対するヘイトスピーチが横行しています。ヘイトスビーチ解消法は、「本邦外出身者」と「本邦出身者」の分断、対立を招く欠陥法といっていいと思います。

「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」から「本邦外出身者に対する」という部分を削除すればいいではありませんか。「不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」、これでいいはずです。なんびとに対しても、不当な差別的言動はあってはならないものですから。

あいちトリエンナーレ、ウィーン芸術祭の問題も、この延長線上に存在しています。shinさんはこの問題について、あいちトリエンナーレのときから精力的に情報発信してこられました。

あいちトリエンナーレの件で、shinさんの働きかけに応えてくださった方々の中に、小野田紀美議員がいらっしゃいました。小野田議員はこのヘイトスピーチ解消法に関しても、2019年11月14日の参議院・法務委員会において、すばらしい質疑を行われました。

このとき、法務省の人権擁護局の特集ページ「ヘイトスピーチに焦点をあてた啓発活動」の文面には、以下の文章がありませんでした(付帯決議へのリンクがあるのみでした)。これは、小野田議員の指摘、要請によって付け加えられたものなのです。

なお, ヘイトスピーチ解消法第2条が規定する「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」以外のものであれば,いかなる差別的言動であっても許されるとの理解は誤りであり(下記の附帯決議を参照してください。),本邦外出身者に対するものであるか否かを問わず,国籍,人種,民族等を理由として,差別意識を助長し又は誘発する目的で行われる排他的言動はあってはならないものです。

出典:「ヘイトスピーチに焦点を当てた啓発活動」(法務省) (http://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken04_00108.htmlL) (2019年11月23日アクセス)

以下の動画で、このときの小野田議員の質疑全部を視聴できます。

 

あいちトリエンナーレの次はひろしまトリエンナーレ問題が控えていますが、川崎市のヘイト禁止条例案も論議を呼んでいます。

この法案のベースにはヘイトスピーチ解消法があるわけですが、付帯決議の内容はどうやら、こぼれ落ちています。

以下の動画は、わかりやすく問題点を指摘しています。

 

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2019年11月20日 (水)

ココログブログのHTTPS化、されど・・・。ストウブでビーフシチュー。リンクロック(公園通り)のティラミス。

謡曲と和歌の勉強(独学)で日が開きました。萬子媛をシテとした新作能にチャレンジするための勉強です。

世阿弥と式子内親王に関する評伝を図書館から借りていますが、返却日までに読むのは無理かな。

ところで、ココログがHTTPS化に踏み切りました。ブログのHTTPS化は自動では行われず、設定が必要とのことでした。

HTTPS化していないブログにアクセスすると、ブラウザから警告が発せられるので、検索順位が下がり、訪問者の激減を招くことがあるそうですが、当ブログもそうでした。

でも、仮にHTTPS化したとしても2006年からの古いブログですから、混在コンテンツを解消するのはまず不可能だろうからまあいいや、と半ば諦めていました。

2015年開設のはてなブログでさえ、2018年にHTTPS化したときは混在コンテンツの解消に時間を食いました。

2018年8月 2日 (木)
はてなブログをHTTPS化
https://elder.tea-nifty.com/blog/2018/08/https-4ba4.html

訪問者が激減したところで、そのことでわたしに特に影響があるわけではなく(自分のための覚書として開設)、これまでのように気ままな運営を続ければいいだけ、と割り切ってさえいました。

それでも、HTTPS化を選択できるようになったのはありがたいことだと思い、即座にHTTPS化しました。やはり混在コンテンツの警告が表示されます。

混在コンテンツの解消は難しいと思っています。

Firefoxブラウザでは「画像の一部が安全でない」、つまり画像の一部がHTTPS化されていないと出ます。解消するには、2006年からの画像にある「http」部分を「https」に書き換えなければなりません。それ自体は簡単な作業なのですが、数の多さを思うと、気が遠くなります。

尤も、サーバー自体はSSL化されているので、それほど神経質になる必要はないとの記事を見かけ、やはりHTTPS化しないよりはしたほうがいいんだろうと思った次第です。

話題は変わって、 ストウブで2回目のビーフシチューにチャレンジしました。

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向かって左がラ ・ココット de GOHAN M(16㎝)、右がココット ラウンド ブラック 22cm。3~4人のビーフシチューには右の22㎝でぴったりではないでしょうか。

ご飯を炊くために買った GOHAN は最近もっぱら煮物とか汁物を作るのに利用しています。小ぶりなので、使いやすくて。

炊き込みご飯は多めに作りたいので、もっぱらラウンドで。毎日の炊飯は、電気釜で満足しているのですが、炊き込みご飯になると、圧倒的にストウブの勝利です。ストウブで炊くと、ごはんも具材も生きています。

前回ビーフシチューを作ったときに、こんなことを書いています。

2019年2月23日 (土)
ストウブ鍋、試行錯誤
https://elder.tea-nifty.com/blog/2019/02/post-c59e.html

次回は、その江戸崎先生のレシピと前掲サイト(ナディア)のストウブレシピ二つを参考にして作ろうと思います。

江戸崎愛先生のレシピを主に参考にしながら、ナディアの以下の二つのレシピを参考にして作りました。

【staubで】ビーフシチュー
by 楠本 睦実
https://oceans-nadia.com/user/10739/recipe/224220

ストウブオーブン煮で昔ながらのビーフシチュー
by manngo(河野ひとみ)
https://oceans-nadia.com/user/21868/recipe/137726

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真ん中に見えているのは、まだ取り除いていないローリエです。2枚入れました。

レシピをざっと書いておくと、牛肉の角切りはアクぬきのために、さっと下ゆで。牛肉に塩こしょう、小麦粉、タイムをまぶし、フライパンにバターを熱してこんがり焼く。

ストウブ鍋に肉を移し、日本酒をふっぷり振りかけて火を強め、アルコール分を飛ばす。トマトピューレ250㏄を加え、肉に絡ませるようによく炒める。

固形スープ2個、水1.5カップ入れ、沸騰したら弱火にしてアクを取りのぞく。ローリエ2枚、トマトケチャップ大さじ1、にんにくのみじん切りを加えて蓋をし、弱火で60分。途中で蓋を開けたら、水が少なすぎたので、水1カップ加。

完成まで、水は合計2.5カップでちょうどよいくらいでした。江戸崎愛先生のレシピでは湯10カップとあり、ストウブで作るとかなり少ない水の量でよいことがわかります。

さらに、フライパンで炒めた、くし切りにした玉葱、大きめに切ったじゃがいも、小さめに切った人参を、ストウブ鍋に入れ、中火で沸騰させる。アクを取りのぞいたら、蓋をして弱火で20~30分。じゃがいもは種類や大きさによって、煮込む時間が違ってきますね。

シチューには煮崩れしにくい、とうやかメークインが合いますね。でも、名前を記し忘れたこのじゃがいもは、たぶん北あかり。

じゃがいもはアルミホイルにくるんでやると日持ちするので、何種類か冷蔵庫に眠っていて(越冬させたら美味しいという)、インカとメークインは名前を記していなくても間違えることはないのですが、他はわからなくなってしまいます。

途中2回、蓋を開けて味見をしたところ、20分くらいでほどよいかたさになっていました。

煮崩れているくらいが好きな娘に合わせたわけではありませんが、娘がイタリア語の講座で遅くなったため、じゃがいもは温まったストウブ鍋の中で少しやわらかすぎるくらいになってしまいました。娘には好評。ワタクシ的には失敗。

肉も人参も柔らかで、これは正解。じゃがいもをとうやかメークインにするか、じゃがいもを少しあとで入れるかすれば、完璧でした、たぶん。

皿によそい、仕上げに生クリームをかけて、出来上がり!

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帰宅した娘が、ガーリックトーストを作ってくれました。それに、レタスとコーンのサラダでした。

ビーフシチューは贅沢な気分にしてくれるので、たまには作りたいですね。ボルシチが家族にヒットしてからは、もっぱらボルシチばかり作っていて、ビーフシチューの出番がありませんでした。

好みによるのでしょうが、わたしはデミグラスソースで作るより、トマトピューレで作るほうが好きかな。

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娘がはまっているリンクロックのティラミス。以下はオフィシャルサイト。

Gateaux Lab Linclock
https://www.linclock.com/

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2019年11月14日 (木)

大嘗祭がはじまりました。12日には、出雲大社の上空に鳳凰に見える雲。

天皇陛下の即位に伴う一世に一度の伝統儀式「大嘗祭」の中心儀式「大嘗宮の儀」がはじまりました。

NHKの解説。

12日には、出雲大社の上空に鳳凰に見える雲がかかったそうです。確かに、鳳凰に見えます。

10月22日に「即位礼正殿の儀」がはじまったときにかかった虹、富士山の初冠雪が話題になりましたが、これもすばらしい現象ですね。

2019年10月23日 (水)
天も祝福した「即位礼正殿の儀」。天皇という存在の本質をついた、石平氏の秀逸な論考。
https://elder.tea-nifty.com/blog/2019/10/post-501c00.html

ところで、本日の参議院・法務委員会で、小野田紀美(自由民主党・国民の声)による重要な質疑が行われました。あいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」やウィーン芸術祭の「ジャパン・アンリミテッド」とも関係してくる質疑内容でしたので、これについては記事を改めます。

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2019年11月13日 (水)

三色丼の翌朝の速攻飯。リヴリー。

朝、余裕をもって起きているはずなのに、なぜか朝食の時間がいつも足りない娘。

普段、朝食に目玉焼きをすることが多いのですが、最近は少なめのごはんに生卵を落とし、生卵かくはんスティックで混ぜて、ふんわり卵ごはんにするのが娘のマイブーム。

サンクラフト たまごのなめらかスティック オレンジ TS-02

これに前日の夕飯に作ってとっておいた鶏そぼろとホウレンソウ草のごま和えをのせると、かっ込むのによい速攻飯の出来上がり(行儀悪いですけれどね)。

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リヴたちと遊べるのも、あとひと月ちょっとです。

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ミュラー博士が大好きなエクリヴァン。皆の偉大なお父さんだから、当然ですよね。ミュラー博士の鉱物に関する講義を、熱心に聴いています。

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将来の文豪エクリヴァン。立派な書斎机で書いた渾身の作品を、コピーしているところです。どう、傑作でしょ。

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綺麗なものが大好きで、音楽好きでもあるクレール。ハンプティ・ダンプティからピアノを習っているクレールですが、今日は一緒に林檎狩り。蝶の帽子が気に入っています。

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公園に出かけた日。クレールは早起きして、素敵なランチボックスを用意しました。早く見てほしい、食べてほしいのに、二人は茂みに何か見つけたとか何とかで、なかなかこっちに来てくれません。

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お絵かきが大好きな青玉です。この日もスケッチしていました。上手でしょ? なぜか、いつも抽象画になってしまうけれど。スケッチにもあきたので、アヒルさん親子のお散歩についていこうかしら・・・・・・

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今日は着物のお手入れ。青玉は紫陽花に見とれているのでしょうか、何か考えているのでしょうか。

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2019年11月12日 (火)

忘れていた受診日。小さくなった夫の鼻。勉学の秋の娘。リヴリー。

今日は半年ぶりの内科受診日で、検査も色々と入っていたのに、コロッと忘れていました。

午前中の予約で、気づいたときは午後。慌てて、内科外来に電話して予約変更していただきました。予約が立て込んでいるようでしたが、今月中に何とか押し込んでいただけてホッとしました。

前回、買い物などして帰宅し、あとで予定表に書き込むつもりが忘れてしまっていたのです。

13年間で内科受診を忘れたのは初めて。整形外科は1回。15年間で、循環器クリニックを忘れて慌てたのは数回はありますが、予約制ではないので助かっています。でも、1日遅れただけで、先生から「薬、もうないよね」といわれます。余分にあるからうっかりしてしまうのですけれど。

このところ、受診・体調記録を忘れています。体調がいいと、忘れますし、何しろ自分のことより、夫の鼻の件に興味がありましたからね。

2019年9月27日 (金)
夫の鼻の手術(祝・トンネル開通)
https://elder.tea-nifty.com/blog/2019/09/post-d2dbad.html

9月に慢性副鼻腔炎、鼻茸(鼻ポリープ)の手術を受けたその後の夫の経過は、順調です。

鼻の洗浄と消毒に通っており、通院の間隔は開いてきています。家でも洗浄したほうがいいということで、夫は先生に勧められた鼻洗浄器を購入しました。朝晩、洗浄したほうがいいそうです。面倒なのか、夫はちょくちょくサボっているようです。朝晩が無理なら、1回だけでも、続けることが大事だとか。

退院後は、ほとんど鼾をかかなくなりました。鼻の悪くない人でもたまにはかくような割合では、かきます。

鼻詰まりから来る息苦しさから解放され、匂いもわかるようになったそうです。

ずっとひどい状態だったのだから、さぞ快適だろうと思いますが、本人にいわせると、その快適さには案外早く慣れてしまい、むしろ不快だったときのことを忘れてしまっているそうです。

鼻孔に充満していた鼻茸(ポリープ)がなくなったせいか、いわゆる土管鼻というような、大きな鼻だったのが、何だか萎んだように小さくなってしまいました。

このとき初めて、夫の土管鼻が結構、好きだったことを自覚しました。

わたしの好きだった土管鼻が小さくなってしまって、寂しいわ・・・・・・だからといって、またああなってほしいとは思いません。鼻茸のために、鼻がパンパンになっていたということでしょうから。

娘は勉学の秋だから、というわけではありませんが、医療事務の通信講座を受講しています。今の総合病院には契約として入っていて、契約期間は3年なのです。

幸い、土日祝祭日が休日なので、学習時間も遊ぶ時間も、書店勤務だったときに比べると、贅沢にあります。書店勤務だったときは週休2日ではあっても、連休ではなかったので、休日は骨休めで終わるか、翌日祟るのを承知で遊びに出かけるかのどちらかでした。

今は土曜日に出かけて、日曜日は家でゆっくりというパターンです。平日も大体5時ごろ終わり、1時間ほど残業することもありますが、ちゃんと残業代が出るので、残業がすごく嫌というわけでもないようです。書店勤務のときは残業しようと思えばいくらでもしなければならない状態で(要するに人手不足)、サービス残業となることがほとんどでした。

ただ仕事の内容は、書店のほうが好みに合っていたとか。同じ書店に、同じ公立大卒の男性がいましたが、彼も最近、転職しました。

医療事務の仕事は割合求人が多く、契約期間が3年で切れることを考えると、今のうちに医療事務の資格をとっておいて、正社員の職にありつきたいと娘はいいます。

医療事務にも種類があり、とりあえずは一般的なものを娘は勉強中です。就職氷河期世代の娘。テレビで、その世代に向けた就職対策を見ていたら、大きい括りでは息子もその世代に入るようです。

就職氷河期世代に絞った求人――という対策が行われているようです。職場環境が悪いために離職を招いては意味がないので、ブラック企業の排除、及び企業への指導を徹底してほしいものです。いずれにしても、こうした改善は、日本の企業に必要なものでしょう。

カルチャーセンターのイタリア語講座を数年受講している娘は、同じように受講を続けている、基礎では物足りない、かといって中上級は難しいという人々と、イタリア人の先生に頼んで、特別の授業をして貰っています。

先生を交えたり、交えなかったりしての食事会、たまには音楽会に行ったりと、どちらかといえばわたしに近いような年齢の人もいる人々――40代~50代――と行動することが増えました。

教養的なものを求める娘には、同年代の友人達にはなかなか求めるものが見つからないようなのです。同じ傾向は息子にもあるかもしれません。

でも、一緒にカラオケに行ったり、悩み事を打ち明けたり、軽い話題に興じる友人も必要だそうで、その対象は学生時代の友人や書店勤めだったときの同僚です。

わたしも以前は友人が沢山いたけれど、今では減って(ぼちぼち亡くなる人も)、増やす時間もなく、寂しい老後になるのかしら。創作や神智学の勉強をしていると時間がいくらあっても足りないので、これでよしとするしかありません。

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リヴたちと一緒に過ごせる時間が減っていきます。ずいぶん夢の世界で遊ばせていただきました。空飛ぶベッドから落っこちそうなエクリヴァン。

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無事に演奏を終え、喝采を浴びるクレール。

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「お魚さんたち、どこへ行くのかしら?」と青玉。

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2019年11月 8日 (金)

評論『気まぐれに…』(Kindle版)をお買い上げいただき、ありがとうございます!

『気まぐれに芥川賞受賞作品を読む 2007 - 2012(Collected Essays, Volume 2)』(ASIN:B00J7XY8R2)を11月5日ごろ、お買い上げいただきました。ありがとうございます!

23冊目のお買い上げでした。23冊中、1冊はアメリカでのお買い上げです。

以下はアマゾン・キンドルストアの著者ページです。管理人の電子著書一覧を御覧いただけます。

 

 

直塚万季のページ

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2019年11月 7日 (木)

Mさん、お誕生日おめでとうございます

Mさん、お誕生日おめでとうございます

 

日本の文学のために、健康に気をつけて、よい書き手を育ててください。ご文運をお祈り致します。

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芸術の都ウィーンで開催中の展覧会「ジャパン・アンリミテッド」の実態が白日の下に晒され、外務省が公認撤回

カテゴリー「あいちトリエンナーレ/ジャパン・アンリミテッド」
https://elder.tea-nifty.com/blog/cat24228090/index.html

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当カテゴリーの前記事に書いたように、あいちトリエンナーレ2019「表現の不自由展・その後」と同系の展示会「JAPAN UNLIMITED(ジャパン・アンリミテッド)」が、芸術の都ウィーンで開催されています。開催期間は、9月26日~11月24日です。

日本オーストリア友好150周年事業と位置づけられている芸術祭です。公式ロゴの使用を許可されることによって、在オーストリア(ウィーン)日本国大使館の公式イベントとして開催されていましたが、日本大使館は5日までに公認を取り消しました。

公式ロゴが使えなくなるだけで、展示会は続いているとのことです。左派は「検閲」と騒いでいますが、そうではない証拠ですね。

キュレーターはマルチェロ・ファラベゴリ(Marcello Farabegoli)。次の方々が、出展アーティストです。

Makoto Aida (JPN), Chim↑Pom (JPN), Gianmaria Gava (ITA/AUT), Edgar Honetschläger (AUT), Sachiko Kazama (JPN), BuBu de la Madeleine (JPN) & Yoshiko Shimada (JPN), Midori Mitamura (JPN), Ryts Monet (ITA/AUT), Yoshinori Niwa (JPN), Jake Knight (GBR), Tomoko Sawada (JPN), Sputniko! (JPN/GBR), Ryudai Takano (JPN), Shinpei Takeda (JPN), Momoyo Torimitsu (JPN), Hana Usui (JPN/AUT), Tomoko Yoneda (JPN), Naoko Yoshimoto (JPN)

次の方々が「表現の不自由展・その後」の出展作家でした。

安世鴻(AHN Sehong),大浦信行(OURA Nobuyuki),大橋藍(OHASHI Ai),岡本光博(OKAMOTO Mitsuhiro),キム・ソギョン/キム・ウンソン(KIM Seo kyung , KIM Eun sung),作者非公開(Undisclosed author),小泉明郎(KOIZUMI Meiro),嶋田美子(SHIMADA Yoshiko),白川昌生(SHIRAKAWA Yoshio),趙延修(CHO yonsu),Chim↑Pom,中垣克久(NAKAGAKI Katsuhisa),永幡幸司(NAGAHATA Koji),藤江民(FUJIE Tami),マネキンフラッシュモブ(Mannequin Flash Mob),横尾忠則(YOKOO Tadanori)

Chim↑Pomが、「表現の不自由展・その後」と「ジャパン・アンリミテッド」の双方に出展しています。

shinさんの次のツイートに、展示の一部が紹介されています。

この事件は、国家の命運にかかわるものでした。

shinさんはそのことを見抜いて、目覚ましい働きを示されました。決して諦めることなく、ツイッター民を叱咤激励しながら国会議員や保守論客に働きかけ、攻撃にも負けない、すばらしいリーダーシップぶりでした。わたしはリツイートによる拡散くらいしかできませんでしたが、今回ツイッター民の一人になれた気がしています。

愛知、広島でのトリエンナーレ、ウィーン芸術祭における「ジャパン・アンリミテッド」への動きを見ていると、そのやり口が見えてきます。

芸術を目眩ましの道具に政府のお墨付きを得て、芸術の名の下に国内外への反日プロパガンダを拡げ、あわよくば資金調達も行おうという一石二鳥を目論む、反日勢力による利権形成。

その動きを食い止める働きをツイッター民が行った……このことは、これまでの脆弱な日本のありかたを変える発端となると思います。といっても、まだまだ油断はできません。

産経新聞の記事は共同通信の記事が引用されたものですが、それでは安倍政権批判が封じられたとの印象操作がなされるとshinさんは産経新聞に警告し、事件の一連の流れをTogetterにまとめてくださっています。

 

shinさんのツイートで紹介されていた、今回の件で動いてくださった方々です。そのまま引用させていただきます。

小野田紀美議員
外交部会に問題提起

大西宏幸議員
外務省に問い合わせ

長尾たかし議員
外務省に適切な対処を指示

坂東忠信さん
問題を大きく取り上げ外務省等の動きをツイート

上念司さん
虎ノ門ニュースでも問題に言及したり情報発信

その上念司氏が出演なさった「虎ノ門ニュース」の動画を紹介します。

文化人放送局の次の2本の動画でも採り上げられています。

#127前編 【生田×山岡×山田×長尾】生田のいくバズ
2019/11/02
https://youtu.be/FUdvB4t9sXg
11:08~15:35

#127後編 【生田×山岡×山田×長尾】生田のいくバズ
2019/11/02
https://youtu.be/YlZqUdBN6z0
0:10~15:36

会田誠氏はChim↑Pomの師匠格だそうですが、shinさんにひどい恫喝を行いました。

大西議員は、警察に相談することを勧めておられます。このようなこととは無関係な美の世界が、本来の芸術であるはずです。shinさんの身を案ずる日本中のツイッター民が会田氏に注目しています。否、今や、注目しているのはツイッター民だけではありません。

以下の動画もわかりやすく、温かみのある解説ですので、貼っておきます。

【ネット民大勝利】虎ノ門ニュースで絶賛!公認撤回「JAPAN UNLIMITED」|みやわきチャンネル(仮)
2019/11/07
https://youtu.be/IRS06STD83E


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2019年11月 2日 (土)

『Livly Island』、2019年12月26日(木)12:00をもって運営サービス終了とのことです。夢のように美しい、温かな世界への感謝をこめて。

リヴリー達とのお別れが迫っています。

オフィシャルサイトによると、リヴリーとは、元はヨーロッパ地区で、王族用ペットとして錬金術師たちが密かに生み出した生き物と考えられているそうです。ところが、その生き物たちは乱暴に扱われ、世の人に知られることなく、絶滅しました。

それを現代に蘇らせたのが、ミュラー博士でした。

ツイッターを見ると、ハーボットとのお別れを思い出して二重の悲しみにくれている人も多いようですが、わたしもそうです。首里城の火災だけでもショックだったのに……今年までの3年間のわたしの厄年、つらいこと、困ったことが頻発しました。

あいちトリエンナーレ2019、ジャパン・リミテッド関係で重要な続報がありますので、それは記事を改めて。

このツイート、泣かせます。

ハーボットもそうでしたが、リヴリーは表現が濃やかで、ごはんを食べるときの動作や寝姿など、どの子も種類ごとに違っていて、面白く個性的で、制作者は動物や人間の表情、動作を実に細かく、深く観察して、リヴリーの造形に反映させておられるのだろうなと察せられました。

うちの子の散歩中に、ワタメの死に遭遇したことがありました。その死に顔に衝撃を受けました。2018年4月21日の記事から引用します。

今日は、リヴリーの散歩中に(飼い主が来ていないと思われる腹ぺこの子たちへの餌遣りが主な目的)、ある島で、ワタメ(種名)の死に遭遇しました。
もう少し早く来ていれば、間に合ったかもしれないと思うと、自責の念に駆られました。その島には他にも家出人が2匹いました。
ワタメは尊厳に満ちた表情で目を閉じ、横たわっていました。わざで花を沢山出してあげて、その島の住人、うちの子、他の家出人2匹と一緒に弔いました。
その死んだ子の島に行ってみると、掲示板がありました。最後の書き込みは6年前でした。飼い主が見ることはないかもしれないと思ったけれど、一応ご報告の書き込みをしました。

単なるゲームの中の死とは思えないほど、その表情はリアルで、尊厳美に満ち、まさに芸術作品でした。

わたしは還暦をすぎていますから、人間のもペットのも、死に顔は幾つも見てきました。死者の表情は様々に変化しながらも最終的にはよく似た表情に落ち着きます。その表情そのままであることに、制作者の造形表現の妙に、観察眼の鋭さに、感服せざるをえませんでした。でなければ、弔うことまでしなかったでしょう。

リヴを撫でてやると、拡大した姿で現れてくれたりするのですが、その拡大画像を見ると、隅々まで細かく描き込まれていることに感心させられます。死に顔も、おそらく丹念に描き込まれているに違いありません。

その表情は、死者を描いたバルザックの文章を連想させるものでした。

伯爵と私は、二人の神父や司祭と一緒に、一晩中死の床にかしずき、ろうそくの光を浴びながら、マットをとりのけたベッドに横たわる死者の姿を見守りました。あれほど苦しんだ同じ場所で、今や彼女は安らかな眠りについています。それは私にとって、死と親しくまじわるはじめての経験でした。私は、すべての嵐がしずまったことを示す彼女の清らかな表情と、その肌の白さに目を奪われて、いまなお私の目にはあまたの感情を宿すかに見えながら、もはやわたしの愛にこたえようとはせぬアンリエットの顔を、一晩中ただじっと見つめてすごしました。ああ、その沈黙と冷たさには、なんという尊厳がひめられていたでしょう。そこにはどれほどの考えが示されていたでしょう。その絶対の休息にはなんという美しさが、その不動の姿にはなんという人を威圧する力がこもっていたでしょう。そこではまだすべての過去があとをとどめながら、すでに未来がはじまっているのです。(バルザック『谷間の百合』石井晴一訳、新潮社、1973)

バルザックは神秘主義者で、バラ十字から得た教養もありましたから、引用した最後の文章は深遠です。

話をリヴに戻します。

新しいアイテムが登場すると、四季折々の花に気づかされ、行事を思い出させて貰いました。

一見、平和に見えていた平成時代の日本。

その実は内憂外患の時代であって、内外の反日勢力には侵食され、潤いに欠ける索漠とした風潮が拡っていきました。日本の伝統文化も、廃れゆくばかりでした。

そのような時代にあって、リヴリー制作スタッフの方々は、2003年7月のリヴリーアイランド開始日から今日までの長きに渡り、貴重なわが国の伝統文化を継いでくださっていた、その役割を果たしてくださっていたのだ、と思わずにいられません。

育成ゲームというゲームの領域を超えた、輝かしい影響力を発揮しておられたと思います。そして、その輝きは平成で消えることなく、令和の時代の灯を、リブリー達はわたしたちと一緒にしっかりともしてくれました。

そして、クリスマスの翌日、リヴ達は全員、ミュラー博士の研究所のそれぞれのフラスコで静かに眠りにつくのですね。令和2年のお正月をリヴ達と過ごすことができないので、早めに飾りつけてみました。

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次は、秋色のエクリヴァンの島。紅葉の木の近くにたたずんでおられるのは、もしかしたら萬子媛?

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次は、クレールの島で、リヴ達がピアノの音色に聴き入っているところです。

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最後に、青玉の島では仮面舞踏会の場面です。青玉は指輪を贈られたようですが、仮面舞踏会のための装飾品としてでしょうか、それとも?

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