第161回(2019年上半期)芥川受賞作家、今村夏子の文学的成立条件を欠いた世界
以下の過去記事で、第159回(2018年上半期)芥川賞を受賞した 高橋弘希「送り火」の感想の続きを書きかけ、放置してしまっていた。
2018年9月 3日 (月)
リンチを遊びとすり替える芥川賞受賞作家。それは犯罪者心理だ(作品「送り火」を文章から考察する)。
https://elder.tea-nifty.com/blog/2018/09/post-fdd8.html
感想の続きを書くには作品を読み返すことが必要だったが、作中の凄惨な場面を思うと、読み返すことがわたしにはできなかった。
第160回(2018年下半期)の上田岳弘「ニムロッド」、町屋良平「1R1分34秒」は読んでいない。
第161回(2019年上半期)の芥川賞が7月17日、今村夏子「むらさきのスカートの女」に決定した。
そのうち図書館から借りて読むつもりだったが、書店に出かけたら、今村夏子氏の単行本『父と私の桜尾通り商店街』から2作品を収録した「take free」の小冊子が置かれていた。
いただいていいのでしょうか、と心弾む思いで清算カウンターで尋ね、どうぞ、との返事を貰い、小冊子を持って帰った。
芥川賞受賞作には失望することの連続だったが、もしかしたら名作、あるいは名作とはいえないまでも光る鉱石のような作品に出合えるかもしれないという期待は、常にある。
小冊子に収録されているのは、単行本収録作品「白いセーター」「ルルちゃん」「ひょうたんの精」「せとのママの誕生日」「モグラハウスの扉」「父と私の桜尾通り商店街」のうち、「ひょうたんの精」と「父と私の桜尾通り商店街」である。
簡単な感想を書いておく。一部ネタバレありです、未読のかたはご注意ください。
ひょうたんの精
登場人物の内面が描かれない。掘り下げられない。背景描写もほとんどない。
ストーリーだけで成立させようとした小説で、作者が手の内を明かさないというただそのことで、作品を謎めいて見せる詐欺まがいの手法がとられている。
唯物主義的価値観が生んだ索漠とした、登場人物が作者に操られるだけの世界。
登場人物は狂言回し的に利用されているだけである。
もはや文学とも思えない。
なるみ先輩という主要人物は、超がつくくらいの「すごいデブ」だった。その後、一時期は「チアリーダーいち美人でスレンダー」だったのだが、現在は一般的「すごいデブ」である。
「チアリーダーいち美人でスレンダー」だった一時期というのは実は、なるみ先輩が寄生虫としかいいようのない「七福神」に寄生された不健康な時代だった。しかし、一方では、その時期はチアリーダーとして輝いてもいられた健康な時代だったともいえる。
作者は、スト―リーを自分に都合よく進めるためか無意識的にか、健康と不健康を混同させ、論理的整合性を無視している。
「大玉ころがしをする」大玉に譬えられるほど太っていた、なるみ先輩。その異常な太りかたは、わたしのような医学に無知な人間にも、あるホルモン系の病気を真っ先に連想させる。
病的なほどではない太りかたであれば、栄養の偏りやストレスなどを原因として考える。
だが、この短編の世界で、医学的観点や医療、現実的なダイエット法などが登場人物にもたらされることはない。
もたらされるのは、七福神グッズの装いの凝らされた寄生虫である。それをもたらしたのは、蝉を常食する、ホームレスとも見なされる神社の女性「住職」である。
その寄生虫を、ネットの知識から得た文言によって駆除することで、なるみ先輩は不健康な「スレンダー」から一般的「すごいデブ」にまで太り具合を回復する。
小説の最後で作者は、痩せた人間はあたかもこの寄生虫に寄生された不健康な人間であるかのような見方をオチとして用意している。
作者のお手軽なオチは一方的に読者に押し付けられるだけなので、それを何らかの象徴的考察や警告、ましてやユーモアと捉えるには内容があまりにも薄っぺらで一方的で、説得力をもたらす展開が完全に欠落している。
作者がただ書きたいことを書いているとしか捉えることはできず、文学作品としての成立条件をさえ欠いているように思える。趣味の世界といえばいいのだろうか。
父と私の桜尾通り商店街
「父と私の桜尾通り商店街」も「ひょうたんの精」と同工異曲の小説だった。
感じのよい新しいパン屋さん(女性)は、おそらく、古くからのパン屋であった父を亡くした娘(主人公であり語り手でもある)がアルバイトに応募すれば、採用するだろう。
そして今後、新しいパン屋さんは主人公にストーカーされ続ける運命を辿るのだろうか……
何しろ、「ストーカー規制法」も警官も存在しないのではないかと思わせられる、天意も正義も真の人情も存在を許さない、作者の都合で操作されるだけの人工的世界なのである。
この、最後で足をひっかけられるような、底意地の悪い結末を読んだあとに作者、今村夏子氏の記者会見を視聴すると、芥川龍之介の作品を読んだことがないという彼女の無邪気な文学的無知は、もしかしたら、無知に見せかけた、意図的な芥川の権威落としではないか――という、穿った見方もできるような気がする。
両作品には「いじめ」の問題がまぎれもなく存在している。しかしながら、作者は「いじめ」に光を当てようとはしていない。逆に、いじめの世界を作り出すことに執心している。嬉々として。これが文学だろうか。
芥川賞受賞作品「むらさきのスカートの女」を図書館から借りる気がしなくなった。
芥川賞は、どこまで日本文学の伝統を破壊するつもりなのだろうか。知的、精神的に低下しつつある日本人にわが国の文学界の与えるものが七福神の装いを凝らした寄生虫では……
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