神秘主義エッセーブログ「96 ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』で…」に加筆しました
加筆は青字部分です。目次8。
マダムNの神秘主義的エッセー
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96 ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』で茶化されたブラヴァツキー夫人を含む神智学関係者5名
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2019/06/02/004130
● ジョイスの幼児性が物悲しい
ところで、ジョイスはヴァージニア・ウルフ同様、意識の流れという技法を使ったといわれている。ウルフの小説は確かにそのような実験ごころと何かに到達しようとする祈りのような意志を感じさせる。一方、ジョイスの場合は遊びにしかなっていないとわたしには思える。
例えば 18 のペネロペイア。句読点のない、主人公ブルームの妻モリーの独白が455頁から563頁まで続く。意識の流れがこんなに不自然なものであるはずがない。ヴァージニア・ウルフの技法とは似て非なるものだ。
ジョイスは糞尿好き、卑猥好きで、わたしは読みながらうんざりするが、丸谷才一氏はそうした傾向にも、解説「巨大な砂時計のくびれの箇所」で好意的な考察を加え、ユリシーズで最も重要なのは言語遊戯だという。「対象のきたなさと言葉の藝の洗練との対立は、ただ息を呑むしかない」*14そうである。
ヴァージニア・ウルフをはじめとするブルムベリー・グループの作家、イギリスの読者は『ユリシーズ』を嫌がったそうで、それはこの糞尿譚のせいではないかと思っていたそうだ。理性的な作家であれば、それが作品を嫌う一番の原因となることはないのではないか。不快に感じてしまうこのような箇所を、わたしなら飛ばすだけだ。
合成語、造語も得意だったらしい。脚注から引用した前掲のyogibogeybox(降霊術用びっくり箱)はそうだが、電話、エレベーター、水道設備、水洗便所という4つの単語を「神智学者が好きなサンスクリット用語めかした綴り字で書いて、ダブリンの文学者たちが AE やイェイツを含めてマダム・ブラヴァツキーに心酔してゐるのをからかったもの」*15もある。
ジョイスのからかいはともかく、当時のダブリンに、ブラヴァツキー夫人の神智学に心酔していた真摯な文学者たちがいたという情報がもたらされたことは、ありがたい。ウィリアム・バトラー・イェイツは1923年にノーベル文学賞を受賞している。わたしは未読だが、彼には日本の能楽の影響を受けた戯曲『鷹の井戸』などもある。
氷川玲二氏の解説「ダブリン気質」の次の記述は、ジョイスの言語遊戯に彼の屈折した感情があったことを推測させる。
ただしそれに関しても彼は狷介孤独だった。たとえば目下流行のアイリッシュ・ルネサンス(アイルランド文芸復興運動)とやらにも何だか馴染めない。人並みに多少ゲール語をかじってみたりしたけれど、なにしろこれは現在ではアイルランド西部の田舎でしか通用しない言葉だし、それによって表現できる事柄の範囲も狭い。*16
ジョイスは、アイルランド文芸復興運動の指導的人物であったラッセル、イェイツ、グレゴリー夫人*17らの恩恵を被りながらも、結城英雄氏のオンライン論文「アイルランド文学ルネサンスとジェイムズ・ジョイス」*18によると、彼らと対立していたという。
それは、出自の違いによるところもあったらしい。彼らがアイルランドの支配層であったイギリス系アイルランド人のプロテスタント教徒であったのに対し、ジョイスは土着のカトリック教徒だった。
今日のアイルランドにおけるイェイツ批判の背景にあるのは,プロテスタントとカトリック,イギリス系アイルランド人と土着のケルト人という,19世紀後半から顕在化していた対立図式である。批判者のほとんどがカトリックの側に属していることからして,南北に分裂したアイルランドの現状を映し出している。文学における毀誉褒貶は珍しいことではないが,アイルランドのイェイツ批判は,ジョイス賛美と同じく,カトリックや民族主義者による陰謀と思われる。*19
結城英雄氏は、「ジョイスもイェイツも,アイルランドという地方性を越え,ヨーロッパ文明を包括する普遍性を希求していたのである」*20とお書きになっているが、普遍性を希求していたにしてはジョイスのフィルターは自身の好悪の念で曇りすぎているのではないだろうか。
丸谷才一氏によると、ジョイスの語彙は、専門語、学術語から、俗語、卑語、幼児語、誓語(罵り言葉)、擬音語にまで及ぶという。「言語の多様性へのかういう執着は、長編小説を、 辞書と競争 させようといふもので、この企てもまた明らかに言葉遊びの一種であり、そしてこの遊びは当然、 百科事典と競争 歴史事典と競争 地名事典と競争 する段階へ進む」*21そうだ。
何が当然なんだか……わたしは、ジョイスと関わるのはもう充分である。ブラヴァツキー夫人が病身に鞭打ち、どれほどの思いで執筆に向かっていたかを伝記と著書を通して知っているためか、何か物哀しい気分にさえなった。
*14:丸谷,1997,p.585
*15:丸谷,1997,p.583
*16:氷川,1997,p.637
*17:イザベラ・オーガスタ・グレゴリー Lady Isabella Augusta Gregory, 1852 - 1932 アイルランドの劇作家・詩人
*18:結城英雄 . アイルランド文学ルネサンスとジェイムズ・ジョイス(5). 法政大学文学部紀要. 2014-03, 68, p.59 -70. http://hdl.handle.net/10114/9303, (参照 2019-06-04).
*19:結城,2014,pp.59-60
*20:結城,2014,p.69
*21:丸谷,1997,p.587
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