新生活に向けて出発した娘の女友達
Wさんは、書店勤務だったころの娘が職場で知り合った女の子だった。
女の子――というと、語弊があるが、そのころ彼女はまだ18歳で、高校を出たばかりだったと思われる。
娘と一緒に出かけたとき、たまたまWさんを見かけた。「あっWさんだ。ママ、職場で一緒のWさんよ」
娘が声をかけて振り向いた彼女と、目が合った。ボーイッシュな印象があり、考え深そうなまなざしに好感を抱いた。
気が合う、合わないは年齢とは関係がない。互いに何となく好感を持ったことが感じられたのだが、それから何年か、Wさんはわたしの中では娘の職場友達という位置づけ以上でも以下でもなかった。それがいつの間にか、母親のようにWさんを見守るようになっていた。
彼女は書店ではアルバイトで、他に飲食関係の仕事を掛け持ちしていた。若さに任せて元気いっぱい、食欲旺盛。ただ、そのときの彼女は今からすると、ちょっと表情が暗かった気がする。
自分探しをしている感じがした。そのWさんが手話を始めたきっかけは、ご両親が聾唖者であったために仕方なく――と娘は聞いていた。
一人っ子の彼女はご両親の通訳で、子供のころから大変だったらしい。その後、ご両親は別れたそうで、娘と出会ったころの彼女は父親、猫との二人と一匹暮らしだった。
ぬいぐるみを釣るクレーンゲームへの凝りかたは尋常ではなく、娘がWさんから貰ってくるぬいぐるみはどんどん増え、ついにわたしは娘に伝えた。「ぬいぐるみの移民は今後、禁止」と。
彼女から貰ったぬいぐるみたちは今もわたしたち一家の暮らしを見守ってくれている。ぬいぐるみを釣りながら、聡明な彼女は自身の将来像を模索していたのかもしれない。
将来は大丈夫かな、と思っていたころ、娘がわたしの趣味が占星術であることを彼女に話し、彼女は興味を持った。ホロスコープを作成したところ、仕事運がとてもよかった。それだけに、仕事運ではやや多くの仕事を背負い込みすぎるような暗示もあったが、社会運も悪くなく、全体的に安定感のある、恋愛より仕事に重きのあるホロスコープだった。
演劇を始めてからも、手話は続けていた。仕事はテレビ局に変わった。人間関係が合わないようだったけれど、手話と演劇に集中する時間がとれるようになり、年齢的にも精神的なバランスがとれてきて、頼れるWさんという雰囲気を醸すようになってきた。
Wさんの舞台は2回観に行っている。2回共、彼女の熱演ぶりには魅了された。Wさんの成長を感じ、胸が熱くなる思いだった。
テレビ局の仕事は契約社員で、期限があった。彼女は手話の資格を取得していたようで、その関係の仕事を見つけ、大阪まで試験を受けに行った。
どうやら手話通訳に天職を見出したようだった。子供のころから手話通訳をしていた彼女には、ぴったりだと思った。10年の間に立派な大人に成長し、礼儀正しさ、責任感も備えた彼女の合格をひたすら祈った。
もし、大阪がだめだと次の試験は名古屋だと聞いた。大阪が合格だった! 手話通訳専任の仕事だという。ググってみると、手話通訳は他の仕事との掛け持ちが多いようだ。専任の仕事は難関だったことだろう。
Wさんは明日旅立つ。今日、娘にお茶しようと彼女から誘いがあり、車で迎えに来た。わたしはしっかりお化粧して、見送りに出た。
Wさんはわたしと会うたびに、娘に「おばさん綺麗で、他は何も目に入らなかった」といってくれるので、わたしはお世辞とわかっていながらもそれは必死でお化粧して――うまく隠れてくれないシミをみっとみなく厚塗りなどして――Wさんの前に出るのだ。
Wさんはやや主張の強い眼鏡をかけ、知的に見えた。娘より年下とは思えない、しっかりした雰囲気がある。それでいながら、可愛らしさも漂う。
カレシができたらしいが、振り切って(?)行くらしい。前にタロットで見て貰ったら、頭の中が男だといわれたとか。わたしと同じではないか。わたしも何人からかそういわれた。これはバイセクシュアルという意味ではない。考え方、物事の処理の仕方がクールだということだ。
頭の中が男の彼女になら、むしろ遠隔恋愛が可能だろう。頭の中が男の女は、色に流されて別の男へ、とはなりにくいと思う。色に流されやすい人間は、男であれ女であれ、頭の中が女だとわたしは考えている。
Wさんに、娘の友達という枠を超えて惹かれるのは、自分と似たものを感じるからかもしれない。わたしも独身のころは今とは違い、溌剌としていた。自分も人生もすっかり萎んでしまったのを感じざるをえないが、Wさんを見ると、わたしだってまだこれからだと思う。元気を貰う。
車を降りたWさんの腕を叩きながら、「遠くへいっちゃうの?」といい、泣くはずではなかったのに、泣いてしまった。
「泣かないでくださいよぉ」とWさん。「高齢の親やここでできたお友達のことを考えると迷いましたが、わたしももう年ですし、自分の年齢を考えると、今しかチャンスはないと思いました」と、きちんと報告してくれる28歳のWさん。
「体に気をつけてね」と、もうそればかり、いう。ささやかなプレゼントを差し出すと、Wさんからもいただいた。
渡したのも、いただいたのも、ハンカチだった。Wさんからいただいたのはコーヒー柄のハンカチ。娘は別のものをいただいた。引っ越しなどで慌ただしいのに、こんなところにまで気を回して……と思うと、また泣けてくる。
自分の子供たちには、これほど率直に自分の気持ちを吐露したことはない。こんなに涙もろくなるなんて、男だった頭の中がいつの間にか女になってしまったのかもしれない。
明日は別府から大阪まで、フェリーで行くそうだ。猫と一緒だからという。見送りに行きたいけれど、カレシとの大切なひとときを邪魔するわけにはいかない。
娘も大切な友達が遠方に行くのは寂しいのだろう。彼女とお茶して帰ってきて、あれこれ話したあとはシーンなって寝てしまった。
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