理解を超える女友達の死
亡くなった大学時代からの女友達のご主人から香典返しが届き、それにお手紙が添えられていた。
それによると、女友達は乳がんを患い、それが肝臓へ転移、進んだ状態で、昨年末に緊急入院し、翌日眠るように亡くなったそうだ。病院嫌いだったので、この意味では自分の思いが叶った人生であったという。痛さ辛さを感じることなく、永い眠りについてのがせめてもの慰めと思っている――とあった。
文面からは、闘病期間を通じて二日だけしか入院しなかったように読め、まさかとは思うが、いずれにしても積極的な治療をしたようには読めない。
末期がんでありながら、「痛さ辛さを感じることなく」なんて、信じられない。
直腸がんのステージ3(直腸がんのステージは4まである)とわかった幼馴染みは、人工肛門にはならずに済むぎりぎりのところだと診断されたが、積極的な治療を行わず、ホスピスを選択した。そのことを思い出し、ああまたかと思ってしまった。
わたしの女友達は、誰も彼もまるで昔の人みたいだ。乳がんを患った女友達なんて、医者の娘なのに、何てことだろう。確かに大学時代から異常なまでに病院嫌いではあった。一度、風邪だったかインフルエンザだったか、受診につきあったことがあったのだ。
診察も注射も嫌がって、子供みたいで、穏やかな老医者は呆れて笑っていらした。学校での集団健診や予防注射のときはどうしていたのだろう? 訊いたに違いないけれど、どんな返事だったか忘れてしまった。
そういえば、亡くなった女友達のことで連絡をとった友人の一人は、徐脈気味だそうで、医者からペースメーカーを勧められているといったので、入れたほうがいいわよと勧め、若いころにペースメーカーを入れて労働基準監督官という激務を勤め上げ、高齢となった現在もお元気な知人の女性のことなど話した。
でも、その友人は放置しそうなのだ。自覚症状がないからというけれど、医者は失神や、最悪の場合は心停止することを防ぐために勧めているのだろうから、入れたほうがいいに決まっている。入れない理由がわたしにはわからない。
心雑音があるといわれた女友達も検査に行かないまま、バドミントンに行ったりしている。念のために、検査しておけばいいのにと思う。これも検査を受けない理由がわたしには想像できない。周囲にあまりに病院嫌いが多くて、これはどうしたことだろうと思う。
医学の恩恵を受けないライフスタイルが流行ってでもいるのだろうか?
友人達が絶滅危惧種に思えてきた。
勿論、普通に通院している友人も、健康な友人もいないわけではないが……
詩人と呼んだ女友達とはよく薬の副作用の話や治療の話をした。亡くなる前日まで話した彼女は統合失調症だったが、精神を病んでいながらも聡明で、自覚的な行動は極めてノーマル、わたしには把握しやすい人だった。彼女のすてきな詩はここ。
相手の行動が理解からかけ離れていると、悲しみよりも違和感と疑問ばかりが膨らんでしまう。
神秘主義者のわたしがこうで、一見普通に生きていると思われた友人達がああだとは。
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