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2019年1月の13件の記事

2019年1月30日 (水)

リチャード・ノル「ユング・カルト」にはトンデモ解説が(絶句)。スリランカ建国の父ダルマパーラに対するブラヴァツキーの言葉。(加筆あり、緑文字。30日の加筆は茶文字。)

2019年1月27日7時57分に初公開した記事。

過去記事に書いたが、ユングに関する辛口の本を探していたところ、本当に辛口なのかどうかは読まなければわからないながら、以下の本を見つけた。

ユングという名の「神」―秘められた生と教義
リチャード ノル (著), Richard Noll (原著), 老松 克博 (翻訳)
出版社: 新曜社 (1999/1/1)

ユング・カルト―カリスマ的運動の起源
リチャード ノル (著), Richard Noll (原著), 月森 左知 (翻訳), 高田 有現 (翻訳)
出版社: 創土社; 新装版 (2011/12/1)

これも過去記事で書いたことだが、読む必要があって図書館からアジア主義の本2冊、萬子媛の小説の資料にする本と一緒に、前掲書2冊も借りた。堀田善衛、辻邦生、シモーヌ・ヴェイユの本も再度。

で、老松先生の名訳に騙されてはいけない(?)と思い、同じ著者のもので、別の訳者によるものを先に繙いた。

目次を見ると、ブラヴァツキーの名があって、驚いた。ユングは神智学の影響を受けなかったのだろうかという疑問が湧いたことはあったが、ちゃんと調べたことはなかったので、疑問はそのままになっていた。

最初にブラヴァツキーとの関係を知りたいと思い、その章に目を通しかけたところで、……ブラヴァツキーや神智学協会に関してトンデモ解説が書かれていたために――ああまたか――、一気に読む気が失せてしまった。著者はおそらく、ブラヴァツキーの著作を読んでいない。どんな風にトンデモなのかは、いずれ別の記事で。

著者リチャード・ノルのプロフィールを訳者あとがきから拾うと、リチャード・ノルは臨床心理学者で、ハーバード大学で科学史を専攻し、博士号を取得後、現在同大学の特別研究員を務めているという。

ノルによると、ユングはブラヴァツキーよりもG・R・S・ミードの影響を強く受けたらしい。George Robert Stowe Mead(1863 - 1933) に関して、英語版ウィキペディアに書かれていることをざっと読み、ミードと神智学協会との関係がおおよそ掴めた。ミードはヘルメス主義、グノーシス主義の研究で著名らしい。

ブラヴァツキーや神智学協会に関する信用できない記述から考えると、ユングに関する記述もどの程度信用できるか疑問だが、2冊はざっとでも読む予定。

アジア独立運動に神智学協会の影響は大きかったといわれるが、このことは日本ではほとんど知られていないのではないだろうか。恥ずかしながら、会員のわたしでさえ、ろくに知らなかったのだから。

以下の本は前に一度借りてきてざっと読んだが、ちゃんと読むために再度借りた。スリランカ建国の父、アナーガリカ・ダルマパーラの章に次のような記述がある(下線引用者)。

アジア英雄伝―日本人なら知っておきたい25人の志士たち
坪内 隆彦 (著)
出版社: 展転社 (2008/11)

<ここから引用>
マハトマ・ガンジーはブラヴァツキー夫人の弟子から大きな思想的影響を受けていたが、ダルマパーラにとっても神智学との出会いは決定的だった。アジア各地の伝統思想、宗教の復興、それと結びついた反植民地主義に与えた神智学の影響の大きさは、もっと重視されても良いのではなかろうか。
 神智学協会会長を務めるオルコット大佐は、1880年にスリランカを訪れ、仏教に帰依した。その年6月、ダルマパーラは叔父に連れられてオルコット大佐の演説会に出かけている。そして、1884年1月、正式に神智学協会の会員になった。
 だが、ブラヴァツキー夫人は、ダルマパーラに「神秘主義を研究する必要はない。パーリ語を勉強すべきだ。そこに必要なものは皆見出されるだろう。そして、人類の福祉のために働くべきだ」と語った。

<ここまで引用>(坪内,2008,p.83)

下線部分に注目していただきたい。ここでのブラヴァツキーの言葉には、拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」の中の77「前世療法は、ブラヴァツキーが危険性を警告した降霊術にすぎない」で引用した中に見出される原則が息づいていることがわかる。引用したのは、質疑応答形式で著されたH・P・ブラヴァツキー(田中恵美子訳)『神智学の鍵』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1995・改版)からである。

神智学協会の会員は一般に、もし、協会の三つの目的に共鳴し実行しようとするならば、どんな宗教や哲学を好もうと好むまいと自由です。この協会は理論的な面ではなく、実践的な面で同胞団という考えを宣布するための博愛的、学術的な団体です。会員達はキリスト教徒であっても、イスラム教徒であっても、ユダヤ教徒、パルシー教徒、仏教徒、バラモン、心霊主義者、唯物論者であっても、少しもかまいません。(ブラヴァツキー,田中訳,1995,p.29)

協会としては、政治に関係することを注意深く避けています。(略)神智学協会は最高の意味での国際的な組織です。協会の会員は人類の改善という唯一の目的で協力して働く、あらゆる人種、宗教、思想の男女から成っています。しかし、協会としては国民的、党派政治には絶対に参加しません。(略)国際的な組織ですから。その上、政治活動は必然的に、時や個人の特異性でいろいろと変わらなければなりません。神智学協会の会員は神智学徒として当然、神智学の原則を承認しています。でなければ、彼等は協会に入るはずはありません。しかし、会員達はすべての問題で意見が一致するということにはなりません。協会としては、会員全体に共通のこと、即ち神智学自体と関係するものだけを一緒に実行することができます。個人としては、神智学の原理に違反せず、協会を傷つけない限り、政治的思想や活動は完全に各自の自由に任せられています。(ブラヴァツキー,田中訳,1995,pp.227-228)

明治期、廃仏毀釈により沈滞ムードが漂っていた仏教界が神智学による刺激を受けたことは、何本かのオンライン論文(※)を閲覧したところでは間違いないようだし、神道も……


森孝一.シカゴ万国宗教会議:1893年.同志社アメリカ研究.1990-03-25,no.26, p.1-21.https://ci.nii.ac.jp/els/contents110000198859.pdf?id=ART0000567991 ,(参照 2019-01-28).

吉永進一, 野崎晃光. 平井金三と日本のユニテリアニズム. 舞鶴工業高等専門学校紀要. 2005-03-10,no.40, p.124-133. https://ci.nii.ac.jp/els/contents110004629004.pdf?id=ART0007341661, (参照 2019-01-28).

橋本満.近代日本における「宗教」の発見,あるいは宗教社会学の起点.甲南女子大学研究紀要.人間科学編.2013-03,no.49,p.133-144.https://konan-wu.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=1458&item_no=1&page_id=13&block_id=17,(参照 2019-01-28).

那須理香.1893年シカゴ万国宗教会議における日本仏教代表 釈宗演の演説: 「近代仏教」伝播の観点から.日本語・日本学研究,東京外国語大学国際日本研究センター[編] (Journal for Japanese studies). 2015-03, no.5, p.81-94.http://hdl.handle.net/10108/86184, (参照 2019-01-28).

「平井金三と日本のユニテリアニズム」の筆者のお一人である吉永進一氏は、平井のユニテリアニズムと同時に神智学との関わりを追っていながら、この論文でも、神智学協会の主要な著作物、すなわちブラヴァツキーの著作を読んでいないことがわかる。行動を追うには足跡さえ辿ればいいが、思想を追うには理解するしかないから、それができていないと支離滅裂な解説にならざるをえない。

もっとも、わたしも平井金三の作品は、青空文庫に収録されている「大きな怪物」(「新小説 明治四十四年十二月号」春陽堂、1911(明治44)年12月.https://www.aozora.gr.jp/cards/001360/card49256.html)を閲覧しただけなので、憶測にすぎないが、森孝一「シカゴ万国宗教会議:1893年」の中で、平井は万国宗教会議に日本仏教の代表としてではなく、神智学の代表として出席したとあり、森(1990)の論文で紹介された平井の演説の中に次のような言葉がある。

「西欧が不平等条約を必要だと考えるもう一つの理由は,日本人は偶像崇拝者で邪教信者であるからというものである。本当にそうなのか,あなたがたは日本語で書かれた権威ある宗教書を読んでから判断してほしい」

英語が堪能で、このようなことをいう平井が、神智学徒でありながらブラヴァツキーの著作を読まなかったとは思えない。

平井が、心霊現象の実在については肯定論に立ちながら、そこには個人の霊魂は存在しないとの否定的な態度を取ることについて、吉永は不思議でならないようだ。

ブラヴァツキーの著作で、カーマ・ローカについての論考を読めば、平井の言葉の謎は解けるだろうが、宇宙と人間の七本質、また神智学協会の三つの目的という、この基本さえ押えずに、吉永が神智学協会絡みの研究を続ける意味がわたしにはわからない。

万国宗教会議にはキリスト教の優位を誇示する雰囲気があったようだが、平井のキリスト教批判は反響を呼び、演説後、満場総立ちになったそうだ。平井は晩年ユニテリアン運動に参加したという。

森(1990)の前掲論文における演説からの紹介は、次の言葉で終わっている。

<ここから引用>
私が批判しているのは真実のキリスト教ではなく,誤ったキリスト教である。私は偏狭な仏教徒として,教派主義的な(sectarian)動機からキリスト教を批判しているのではない。私はキリスト教に対して最も辛辣な批判者である。しかし,同時に福音に対しては心から敬意を払う者である。万国宗教会議の目的は口先だけの宗教の統一ではなく,実践的な統一である。4 千万人の日本人は国際正義の上にしっかりと立って,キリスト教的道徳が完全に実現されることを待ち望んでいる。

<ここまで引用>

森(1990)のシカゴ万国宗教会議の「成果と評価」を読むと、複雑な気持ちにさせられたが、そうした部分も含めて、シカゴ万国宗教会議がどんなものであったかを別記事で論文から紹介しておきたい気がする。

山口靜一『三井寺に眠る フェノロサとビゲロウの物語』(宮帯出版社、 2012)の広告の目次、第一章の中に「神智学への関心」とあるので、読みたいと思ったが、生憎、行きつけの図書館にはない。

ネット検索したら、岡本佳子「明治日本の欧米人仏教徒と神智学—ウィリアム・S・ビゲロウの場合—」というのが出てきたが、これも残念なことに講演・口頭発表のようだ。

ウィリアム・スタージス・ビゲローはフェノロサと共に来日して、岡倉天心を援助した。三人共、日本の仏教美術の恩人として知られている。

先日読んだ岩間浩『三浦関造の生涯 続編』(竜王文庫、2018)の中に、感動したというべきか愕然としたというべきか、いずれにせよ、衝撃を受けた記述があった。

第二次大戦後のいわゆるGHQによる占領政策が開始されたとき、日本が国体――国柄、国風――を維持できるかどうかは、GHQの匙加減ひとつでどうにでもなったことに改めて気づかされ、背筋が寒くなったのだった。

前掲書には、竜王会の二代目会長(神智学協会ニッポン・ロッジ初代会長)であった田中恵美子は中西旭(1905 - 2005)から神智学を教わったとある。中西氏はちょうど100歳生きられたようだ。

中西旭は、GHQが神道を排斥しようとしたことに危惧を抱き、マッカーサー司令部に神道擁護の書『神道の理論』を提出した。それがどのようなものであったかを読むと、ああこれは神智学をやった人でないと書けないだろうな、という豪華絢爛な内容であるようだ。

中西の行動は、ウィキペディア「神社本庁」を参考にすると、神社界の生き残りをかけた打開策の一つであったのだろう。そして、神社は残った。『三浦関造の生涯 続編』には、中西は神社本庁の教学顧問となり、神道の哲学的理論の中心的な存在となったとある。

江戸時代に始まった檀家制度も、またGHQの息のかかった神社本庁も、仏教、神道にとっては不自然なものだという気がするが、檀家制度はキリスト教の脅威に抗して生まれたものであったし、神社本庁の誕生にも先人の生き残りをかけた苦闘があったことを思えば、違った感想が出てくる。

もし、神社仏閣が日本からなくなっていたとしたら、観光立国どころではなかった。日本文化自体、否、日本という国がそれでも続いているといえたかどうか。ぞっとする話ではないか。 

危機的状況にあった仏教、神道に神智学徒を通じて働きかけたブラヴァツキーの近代神智学がなければ、そうなっていたかもしれなかった。

国柄も国境も破壊して世界統一政府の樹立、ニュー・ワールド・オーダー(NWO)の実現を謀ろうとするグローバリズムの怖さ、愚かさに世界はようやく目覚めてきた。

グローバリズム、共産主義、シオニズム、ネオコンサバティズム(ネオコン、新自由主義)は同義語といってよい。これらはどれも、ロスチャイルド、ロックフェラーなどの国際金融資本家が育てたものだからだ。

大戦前の近代神智学運動の広がりとその後を見ていくと、ブラヴァツキーが育んだ「最高の国際的組織」は、第二次大戦期に、国際金融資本家に操られた国際的組織に敗北を喫したといえよう。

国際金融資本家に操られた国際的組織は、その目的も、アダム・ヴァイスハウプトが創立したイルミナティ教団の教説を取り入れた――目的のためなら手段を選ばない――やりかたも、ブラヴァツキーのいう「最高の国際的組織」とは、まことに対照的なダークさ加減である。

岩間浩『三浦関造の生涯 続編』を読んで割り切れない思いがした一節があり、そこには次のように記されている。

<ここから引用>
三浦関造は、その生涯において数々の霊的治療を行っていた。特に、昭和五(1930)年五月、アメリカに渡る時、船上で富豪ロックフェラー一家の、医師から見放され子供を癒したことが奇縁となり、ロックフェラー家による入国手続きでの証言でアメリカ入国がかなった事例が印象深い。

<ここまで引用>
(岩間,2018,p.8)

戦争すら操ってきたといわれる、国際金融資本家のダークな面を知らなければ、わたしも三浦先生のこのときの霊的治療を美談としか受止めなかっただろう。

三浦関造の癒した子供というのがロックフェラー家の誰だったかは記されていない。ちなみに、2年前に101歳で亡くなったデイヴィッド・ロックフェラー(David Rockefeller、1915年6月12日 - 2017年3月20日)は、1930年5月には翌月に誕生日を控えて、14歳だった。

親日家として知られたそうだ。

以下は、ウィキペディアの「デイヴィッド・ロックフェラー」より引用。

<ここから引用>
ニューヨークのマンハッタン西54丁目で五男一女の兄弟姉妹の末っ子として生まれる。
(略)1936年、ハーヴァード大学卒業。(略)
ニューヨーク市長フィオレロ・ラガーディアの秘書を務めた後、1946年に旧チェース・ナショナル銀行に入行。1961年にチェース・マンハッタン銀行会長に就任し、1969年から1981年にかけて最高経営責任者(CEO)となる。海外に銀行事業を拡大し、世界各国の政財界に幅広い人脈を築き、それを生かして民間外交を活発に行い、東西冷戦最中の1973年にソビエト連邦に赴いてソ連初の米銀行支店、中華人民共和国に旅して中国初の米コルレス銀行を設立し、三極委員会を創設した。外交問題評議会名誉会長。ビルダーバーグ会議には初会合から参加していた。
ロンドン・ロスチャイルド家当主ジェイコブ・ロスチャイルドとは過去50年にわたって交友関係を築いてきた。

<ここまで引用>
「デイヴィッド・ロックフェラー」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2018年12月30日 (日) 08:47 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org

デイヴィッド・ロックフェラーは6回の心臓移植――7回との説もある――を受けたとされる。その心臓、わたしは江沢民派が行ってきた、まさに悪魔の所業である臓器ビジネスから調達したのかと思っていたが、クローンという噂もある。

無実の法輪功学習者、ウィグル人が臓器ビジネスの犠牲になってきたといわれるが、日本人はお得意様だそうだ。規制を求める声が日本国内からも上がるようにはなってきた。中国に渡って移植を受ける人々は、自分たちが人類史上最も忌まわしい殺人に加担しているかもしれないとは想像もしないのだろうか。

大紀元の以下のカテゴリーに詳しい。

中国の臓器狩り:大紀元
ttps://www.epochtimes.jp/special/34/index.html

当ブログにも、臓器狩りに関する過去記事がある。

2015年6月11日 (木)
失われたと思っていた中国五千年の芳香 ①弾圧される人々
https://elder.tea-nifty.com/blog/2015/06/post-c356.html

2015年6月13日 (土)
失われたと思っていた中国五千年の芳香 ②ジェノサイドを見て見ぬふりをするしかない日本
https://elder.tea-nifty.com/blog/2015/06/post-4872.html

ブラヴァツキーは大師に助けられたことはあったが、霊治療を行った形跡がない。彼女ほどの人にできなかったはずはないのだ。それには、彼女の深い考えがあったはずだとわたしは考えている。伝記の以下の言葉から推測しているにすぎないのだが。

(ここにあとで伝記から引用します。)

この記事は書き直して、神秘主義エッセーブログにアップの予定。

そういえば、一昨日だったか、BS世界のドキュメンタリー「シャネルVSスキャパレリ」を観ていたら、シャネルのライバルだったイタリア貴族出身のスキャパレリが一時期ブラヴァツキー夫人に心酔していたと出てきた。夫が神智学協会の会員だったようだ。離婚したようだけれど。

シャネルの黒に対して、スキャパレリはショッキングピンクに代表される大胆、前衛的なデザインで一世を風靡したらしい。面白い番組だった。

そもそもこの記事は簡単なメモで済ませて、あとはシャネルの番組とハリオの耐熱湯呑のことを書くつもりだったのに、何だかくたびれてしまって、どちらも書く気力がなくなってしまった。

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2019年1月29日 (火)

便利な耐熱湯呑み。ミルクのリゾット。

アマゾンへは、乳酸菌入りの歯磨き粉とドクターブロナーのマジックソープを購入するときに、行きます。

そのとき、日頃ほしいと思っているものをチェックするのですが、先日は耐熱の湯呑みか、クックボウルか、小鉢がないかなと思い、探していました。

すると、ハリオの耐熱湯呑みで、クックボウルとしても、小鉢としても使えそうなものを見つけました。おまけに、5客セットをわたしが購入するとき、70%オフになっていました。そのため2客セットより5客セットのほうが安かったのです。値段には変動があります。

HARIO (ハリオ) 耐熱 湯呑み 5客セット 170ml HU-3012

満足のいく商品でした。緑茶、ナッツが何かおしゃれな感じに。

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ちらし寿司を作ったときも。

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一番上は、前から使っていたハリオの耐熱ガラス製ボウル。もやしのナムルが入っています。これはかなり厚めで、深さがあり、どっしりしています。

イワキの耐熱ガラス ベーシック ボウルの大も持っていますが、サイズを比べてみると、イワキの大は大/約径21.3×高9cm、ハリオの L は径21×高さ12cmと表示されています。

ハリオは若干イワキより口が小さく、深みがあります。わたしには大きいボウルの平べったいのも深いのもどちらも必要です。

ハリオのボウルは重く、深さがあるので安定しており、おたま、ヘラ、泡立て器など立てても、倒れません。ステンレスボウルだと倒れていました。それって結構、ストレスになっていたのです。今は、S をよく、あく取りおたまと一緒に利用しています。

HARIO (ハリオ)耐熱ガラス製 ボウル 3個セット MXP-3704

真ん中の段、下の段の向かって右端のは、これも前から使っているやはりハリオの耐熱ガラス片口ボウルです。紫貝割れと、ちらし寿司用の鶏そぼろが入っています。鶏そぼろは余ったものを翌日ごはんにかけていただいても美味しいので、多めに作りました。

これに、耐熱湯呑みに入れた絹さや、人参、戻した干し椎茸、このあと作った錦糸卵を加えて、簡単なちらし寿司の出来上がり。

干し椎茸を戻すには時間がかかるので、前の日晩か早朝に壜に水を満たした中に干し椎茸を浸け、冷蔵庫で保存することにしています。

ハリオの耐熱ガラス片口ボウルはとても薄いです。割らないか心配になりましたが、1年は無事に使っています。注ぎ口がついているので、何かと便利で、重宝しています。

HARIO (ハリオ) 片口ボウル 耐熱ガラス 3個セット KB-1318

そういえば、数日前に作った、ミルクのリゾットがおいしかったなあ。ビーツのリゾットか、きのこのリゾットを作るつもりだったのですが、検索で「本格的なミルクだけのリゾット」というのが出てきて、それを作ってみることにしました。

レシピでは粉チーズをふることになっていますが、わたしは冷蔵庫にあったマスカルポーネに替えました。これ、なかなか美味しいですよ。わたしのぶんに粉チーズもふってみましたが、くどくなるので、どちらか一方でいいかな。他に何を作るかによりますが。

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レシピを、明治のサイト「明治おいしい牛乳」より紹介します。

本格的なミルクだけのリゾット: 明治おいしい牛乳
https://www.meijioishiigyunyu.com/recipe/detail/270.html

材料(2人分)

  • 明治おいしい牛乳……400ml~
  • 玉ねぎ……1/4個(50g)
  • オリーブオイル……大さじ1
  • 米……150g
  • 熱湯……200ml
  • 塩小さじ……1/2
  • 黒こしょう……適宜
  • 粉チーズ……大さじ2

作り方

  1. みじん切りにした玉ねぎをオリーブオイルで炒める。
  2. 1に米を加え炒める。
  3. 熱湯を2に加え、水から米粒が顔を出すくらいまで中火で煮たら、牛乳を少しずつ加えてアルデンテになるまで15分程火を通す。
  4. 塩と黒こしょうで味を調え、フライパンを火からおろし粉チーズをかけて手早く混ぜる。

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2019年1月25日 (金)

はてなブログで運営している二つのブログを更新しました

別の年の記事もいくらかは「The Essays of Maki Naotsuka」に収録していますが、だいたい古い記事から収録することにしています。2006年分がようやく終わりました。

古い記事になるほど、日記風、私的な記事となっており、読み返すのも恥ずかしいのですが、物書きの目で見た場合、まとまりは悪いながら、貴重なことを書いていると思えるものは古い記事に多いのです。

どれくらい拾えるかはわかりませんが、コツコツ収録作業をしていきます。

The Essays of Maki Naotsuka
https://naotsukas-essays.hatenablog.jp/

マダムNの神秘主義的エッセー
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/

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2019年1月24日 (木)

評論『気まぐれに…』(Kindle版)をお買い上げいただき、ありがとうございます! /現在、調べものの途中です

『気まぐれに芥川賞受賞作品を読む 2007 - 2012(Collected Essays, Volume 2)』(ASIN:B00J7XY8R2)を1月15日ごろ、お買い上げいただきました。ありがとうございます!

21冊目のお買い上げでした。21冊中、1冊はアメリカでのお買い上げです。

以下はアマゾン・キンドルストアの著者ページです。管理人の電子著書一覧を御覧いただけます。

直塚万季のページ

先日、岩間浩『三浦関造の生涯 続編』(竜王文庫、2018)の感想を書きかけていましたが、まだ調べものの途中です。

本の中に出てくる川面凡児について調べると、凡児の影響を受けたという大本教の出口王仁三郎や、その王仁三郎の影響を受けた人々についても調べずには済まなくなりました。前に、調べたことはあったのです。霊的治療について、深く考えさせられるところがありました(わたし個人の迷いは一層深まったともいえます)。

また、神道を排斥しようするGHQの動きに危惧を抱き、マッカーサー司令部に『神道の理論』を提出した中西旭ついて調べようとすると、どうしても二つの大戦やアジア主義についても調べないわけにはいかなくなります。

竜王会の二代目会長、神智学協会ニッポンロッジ初代会長であった田中恵美子先生は、このかたから神智学を教わったのだそうです。

短時間で調べ尽くしてしまえるようなものではないので、ざっと調べて、一旦、簡単な感想にまとめてしまっておきたいと思っています。それでも、数日かかりそう。

娘が買ったオノレ・ド・バルザック(宇多直久訳)『イヴの娘』(春風社、2019)についても書きたいのですが、今書けるのは、期待に違わず面白そう、ということだけ。『谷間の百合』に出てきたフェリックスのファンである娘がこの作品の邦訳をずっと待っていて、英語版から自分で邦訳し始めていたほどです。

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ダッドレー夫人はじめとする、フェリックスに恨みを抱く貴婦人がたのフェリックスに対する復讐が見ものであるはず。フェリックスはどう対処するのでしょうか。光源氏をちょっと連想させられる事件ですが、比較してみるのも楽しいかもしれません。

と、これだけ書いてもバルザックをご存知ないかたには通じないでしょうから、ちゃんと書きたいのですが、そうすると時間がかかり、今は無理ということになります。

萬子媛の小説に戻りたいのですが、日本の神社に起きたことを知ることはこの小説のためにも大事なことではあります。

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2019年1月21日 (月)

神秘主義エッセーブログ「40 ブラヴァツキーの神智学を誹謗中傷する人々 ②三浦関造の・・・」に追記

「40 ブラヴァツキーの神智学を誹謗中傷する人々 ②三浦関造の雛たちに危いまなざしを向ける人」に加筆しました。

マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

 40 ブラヴァツキーの神智学を誹謗中傷する人々 ②三浦関造の雛たちに危いまなざしを向ける人
 https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2015/12/28/161348

加筆部分は青字です。

ヨガを恣意的に解釈し、それだけの準備が整っていないにも拘わらず、ヨガの行法を自己流に採り入れて遂には自己崩壊したオウム真理教の麻原だったが、ヨガに関しては、そのようにならないようにと竜王会ではずっと警告が続けられてきた(竜王会には、教えを受け継ぎ、綜合ヨガのヨギ――実践者――の育成を行っている会員がいらっしゃることを明記しておかなくてはならない)

竜王文庫では、2010年ごろから重要な著作が相次いで上梓されている。神秘主義分野における信頼のおける出版社として、今後その貴重さは一般にも浸透していくのではないだろうか。

■ H・P・ブラヴァツキー(ボリス・デ・ジルコフ編、老松克博訳)『ベールをとったイシス 第1巻 科学 上』(竜王文庫、2010)

■ H・P・ブラヴァツキー(ボリス・デ・ジルコフ編、老松克博訳)『ベールをとったイシス 第1巻 科学 下』(竜王文庫、2015)

■ 岩間浩編著『綜合ヨガ創始者 三浦関造の生涯』(竜王文庫、2016)

■ H・P・ブラヴァツキー(忠源訳)『シークレット・ドクトリン 第2巻 第1部 人類発生論』(竜王文庫、2018)

■ C・G・ユング(老松克博訳)『ゾシモスのヴィジョン ――古代ギリシアの錬金術師による夢見の指南書』(竜王文庫:竜ブックス、2018)

この著作群に、昨年12月に上梓されたばかりの岩間浩編著『綜合ヨガ創始者 三浦関造の生涯 続編』(竜王文庫、2018)が加わる。

2016年の『綜合ヨガ創始者 三浦関造の生涯』の続編に当るもので、三浦関造全開といった内容だ。会員のわたしには三浦先生が一層身近に感じられると同時に、その巨大な足跡からまぶしすぎるほどに感じられた。

三浦関造の霊的体験と霊的治療は独学によるものなのだろうか、という疑問がかねてよりあったが、岩間先生の綿密な調査、研究により、三浦関造、また田中恵美子が影響を受けた人々が浮かびあがっている。

そして、その中のお一人は戦後日本のありかたを決定づけたといえるような、重要な役割を果たされたようだ。

そのかたがいなければ、下手をすれば日本はただの植民地のような、経済活動だけが活発な国になってしまっていたかもしれないと思うと、背筋が寒くなった。現に世界には、そのようになってしまった国がいくらでもある。

詩人・三浦関造に新たな光が当てられていることも、詩が好きなわたしには嬉しい。岩間先生には『ユネスコ創設の源流を訪ねて―新教育連盟と神智学協会』(学苑社,2008)という著作もおありになる。

もう少し、記事を改めて書きたい。

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2019年1月18日 (金)

17日に、循環器クリニック受診(薬のみ)。女友達が心雑音(+)。

午後4時ごろ、循環器クリニックに出かけた。午前中は混んでいると予想され、この時間だとすいていないまでも、早く帰れるのではないかと期待したわけだった。

本当は数日早く行くべきだったが、薬は前々からの余りがあるため、予約制でないとついぎりぎりか、ぎりぎりを過ぎてから慌てて受診したりするダメ患者だ。

お叱りを受ける覚悟をしつつ……クリニックのドアを開けると、「あれ~」と思わずつぶやいてしまった。午前中かと錯覚するほどの混雑ぶり。

何だろう、と思っていると、救急隊員が3名ほど、出たり入ったり。看護師さんも何やら慌ただしい。やがて、車椅子にうずくまるように座った、コート姿の中年男性が奥のほうから出てきた。具合がよくないことは一目瞭然だが、意識はしっかりしていそうで、苦悶状態とまでは見えない。

その患者さんと一緒に救急隊員、看護師さん数名、そして先生も一緒にクリニックを出て行かれてしまった。車椅子の患者さんは設備の整った総合病院へ救急搬送されるのだろう、と思った。

先生のお帰りは午後6時半くらいになるというお話で、その時間になっても診察を受けたいという人以外は、翌日受診に出直すか薬を出して貰うかの選択となった。

わたしは薬を出していただくことにした。先生がいらっしゃらないので、前回と同じ処方箋になるようだ。

処置室でいつものように体重・血圧測定、看護師さんの問診を受ける。発作時のことを訊かれてあやふやな答えになりがちなので、わたしはニトロを使った日時と分量を健康ブログからメモしていった(当ブログから健康の記事だけ特化したブログを別に作っているのだが、管理がかなり適当なものとなってしまい、最近は発作メモに特化している)。

2018年11月15日から2019年1月17日までに、

   12月12日、ニトロペン1錠。
   12月15日午後4時ごろ、ミオコールスプレー2回
   12月21日午後6時半ごろ、ミオコールスプレー2回
   12月22日午前1時ごろ、ニトロペン1錠

およそ2ヶ月間では、発作はだいたいこのような頻度で起きることが多い。2ヶ月に一度10日間くらい発作のために調子が悪くなる。これがわたしの冠攣縮性狭心症発作の平常運転(?)と見てよさそう。

看護師さんが「メモいただいていいですか、要りますか?」とおっしゃったので、「どうぞ」といったら、受付の女性が処方箋を確認しながら挟んであったそのメモを見て、「わあ、これは。診ていただかなくていいのかしら」とおっしゃるので、「平常運転ですよ」と説明した。

やはりメモしておくと、参考になる。

そういえば、同じ街に住む大学の女子寮時代からの友人の年賀状に、検診で心雑音(+)といわれたけれど、何かそのままにしています――とあった。

放置はよくないと思い、「ところで、年賀状に心雑音+ってあったね。心雑音は心臓弁膜症からのことが多いらしいけど、狭心症からのこともあるし、全然問題ない場合もあるみたいね。わたしも心雑音ありで、数年前に弁膜症っていわれたよ。エコーでわかるよ。エコー検査は安いから好き。軽度だから、他の心臓の件のついでに診て貰っているという感じです。でも、放置は怖いよ心臓は。異常があっても、治療は進んでいるから、心配しないで、循環器内科で診て貰うことをおすすめします」と、息子から貰ったアイパットから送信した。

心臓疾患に縁がなかった人にとっては、心雑音なんて嫌なものだろうと思い、なるべく怖がらせずに、それでも気にはとめて受診すべき、エコーは安い……といった情報をコンパクトにまとめたつもりだった。これを読んだ友人が、病院に行こうという気になるかどうかはわからないが。

ところが返信がない。待てど暮らせど、なしのつぶて。娘が、迷惑メールに入ったんじゃない?という。そうかもしれないと思い(タイトルに名前は書いたが、アイパッドのメールアドレスは知らせていなかった)、送り慣れたガラケーから再度、送信。それでも、返信なし。

娘が「スマホだと、ラインは来たらわかるけど、普通のメールは着信音が鳴らないから、チェックしないとわからないよ」という。友人は前に会ったときに、ライン画面を見せてくれ、絵文字など沢山使って楽しそうなライン生活を送っている風だったので、おそらくメールのほうはめったにチェックしないのだろうと憶測した。

正月に電話するのは悪い気がしたので、月末ごろにでも電話してみようと考えた。すると、数日後にメールが来て、やはり着信音が鳴らないために、気づかなかったらしい。で、その文面からすると、わたしの忠告に感謝はしてくれていたが、行ってくれるかどうか何ともいえない感じだ。

元気いっぱいだった友人達も、還暦を過ぎてそろそろ、あっちがどうのこっちがどうのと言い出した。通院歴の長いわたしはその様子を、母親みたいにハラハラしながら見守るばかりだ。自分が具合悪いほうがずっと気が楽だ。

話が戻るが、車椅子の患者さんのことを血圧測定していただきながらお尋ねすると、やはり心臓によるもので、先生が心臓血管外科の部長を務めていられた総合病院に行かれたとのことだった。

クリニックで心臓の治療を受け始めたとき、夜中であっても異常があればクリニックに電話するようにいわれた。先生の携帯に転送されるようになっているそうだ。下手に救急車を呼ぶより、先生にお任せするほうがいいに決まっているので、わたしに何かあったときにはクリニックに電話するように話している(尤も、10年以上前の話なので、家族はもう忘れているかもしれない)。

日赤に副甲状腺機能亢進症疑いで検査入院していたとき、救急車の常連だという患者さんがいた。彼女の話によれば、救急車専用入り口にずらっと車が並んでいたりするそうだ。

また話題が変わって、創作の話。萬子媛ノートを神秘主義エッセーブログに整理してアップしておく予定。

心臓の薬(60日分)

  • インデラル錠10㎎ 1回1錠 毎食後
  • シグマート錠5mg 1回1錠 毎食後
  • サンリズムカプセル25㎎ 1回1Cap 毎食後
  • ヘルベッサーRカプセル100mg 1回1Cap 朝・夕食後
  • アイトロール錠20mg 1回1錠 朝・夕食後
  • ニトロペン舌下錠0.3mg   1回1錠×10回分

腎臓・尿管結石の薬

  • ウロカルン錠225㎎ 1回2錠 毎食後 30日分

喘息の薬

  • フルタイド200ディスカス(ステロイド剤、吸入薬) 1個 吸入

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2019年1月15日 (火)

(拙神秘主義エッセーブログより)C・G・ユングの恣意的な方法論と伝統的な神秘主義

拙「マダムNの神秘主義エッセー」を更新しました。当ブログに、再掲します。

C・G・ユングの恣意的な方法論と伝統的な神秘主義
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2019/01/13/170110

目次

  1. ユングに対する強い疑念
  2. ユングは神秘主義者ではなかった
  3. ユング派のキリスト者
  4. ブラヴァツキーの夢についての質疑応答
  5. 贈り物のような夢

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出典:Pixabay

1. ユングに対する強い疑念

昨年11月のこと、竜王会の機関誌が入った封筒にC・G・ユング(老松克博訳)『ゾシモスのヴィジョン ――古代ギリシアの錬金術師による夢見の指南書』(竜王文庫:竜ブックス、平成30年10月)が入っていた。

ユング派分析家で大学教授でいらっしゃる老松氏が以前訳されたH・P・ブラヴァツキーの著書に比べると、大学の授業で使われるテキストのような体裁に見えた。実際に授業で使われるのかもしれない。

学生時代にユングに魅せられたわたしは、独身時代を通して『ユング自伝』『心理学と錬金術』『人間と象徴』など――気ままに――読んだ。何か高級な知識の薫りがした。

40年ほども昔に、錬金術やグノーシス主義への架け橋となってくれるような、学術的体裁を備えた邦訳書が他に存在しただろうか。ああ、そうだ、シモーヌ・ヴェイユがいた。広大な世界への案内人となってくれたのは、この二人くらいではなかったか。

しかし、『ゾシモスのヴィジョン』や、C・G・ユング(ヤッフェ編、河合隼雄&藤縄昭&出井淑子訳) 『ユング自伝 2 ―思い出・夢・思想―』(みすず書房 、1973)、C・G・ユング(池田紘一・鎌田道雄 共訳)『心理学と錬金術Ⅰ』(人文書院、1976) など、ユングの著作を久しぶりに読むと、ユングに対して強い疑念が湧いた。

それは以前から抱いていた疑念だったのが、それが抑えきれないほどのものとなったため、ユングに関する本で、これまでに読んだものとは視点を異にするものがないかネット検索し、読んでみたいと思う次のような 3 冊を見つけた。

  • リチャード・ノル(老松克博訳)『ユングという名の「神」―秘められた生と教義』 ( 新曜社、1999)
  • リチャード・ノル(月森左知安堵&高田有現訳)『ユング・カルト―カリスマ的運動の起源』(創土社、2011・新装版)
  • ソヌ・シャムダサーニ(河合俊雄監訳、田中康裕&竹中 菜苗&小木曽由佳訳)『ユング伝記のフィクションと真相』(創元社、2011)

『ユングという名の「神」―秘められた生と教義』の訳者も老松氏。アマゾンの商品の説明「出版社からのコメント」には、次のようなことが書かれている。

<ここから引用>
ユングという名の〈神〉 ドイツ民主主義・神秘主義の申し子として自らをキリストに代わる救世主と信じたユング、ロックフェラー財閥の役割、反ユダヤ主義とナチズムへの接近の真実等々、これまで未公開の資料を博捜してユングの生涯と教義を脱構築したユングの生涯と教義を脱構築した読書界震撼の研究です。
<ここまで引用>

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カール・グスタフ・ユング
出典:Wikimedia Commons

ウィキペディア「カール・グスタフ・ユング」*1に、フロイトらと袂を分かち、チューリヒ大学医学部の私講師の職も辞任したユングが「1916年には石油王ジョン・ロックフェラーの四女イーディス・ロックフェラー・マコーミック(en, 1872年 - 1932年)の助力で「心理学クラブ」を設立して、分析心理学の確立に努める。このクラブには、ヘルマン・ヘッセも訪れている」とある。

「影の支配者」といわれる大富豪ロックフェラー財閥だが、ユングがロックフェラーと関係があったとは、無知なわたしは今日まで知らなかった。前掲書は幸い図書館にあるようだから、借りて読む予定だ。ヘッセについては、拙「マダムNの覚書」に過去記事がある。

<ここから引用>
昨夜、ヘッセの『デミアン』を再読した。思春期に読んで変な小説と思ったのは過たない見方だった。何とも気持ちの悪い小説なのだ。
ヘッセはなるほどグノーシスをかじった節があるが、体系の一部分を拡大解釈した間違った捉え方で、危険きわまりない。
ヘッセは平和主義者で通っているようだが、『デミアン』の後半部などはヒトラーの登場を用意したとしか思えないし(それが自覚できるほど、知的だったとは思えない)、知識人としてきちんと分析すべきところで酔っていたり、夢想していたりする。(略)
ヘッセはグノーシスに興味を持っただけでなく、東洋哲学に親昵した作家かと思っていた。しかし、彼にはキリスト教的定型思考法が叩き込まれていて、東洋哲学……その核心といえる神秘主義を理解することは難しかったのではないだろうか。サリンジャーを連想させられる捉え方だ。これでは、何もかも、戯画化したような幼稚な、否むしろ有害なものになってしまう(両者、大真面目なだけに厄介だ。また彼らの信奉者も多いだけに……)。
西洋人にも、バルザック、ホフマン、ラーゲンレーヴ、ジョージ・マクドナルドのように神秘主義が血肉となっていた人はいくらでもいるのだから、西洋人としての限界というわけではない。あくまで個人としての限界なのだろう。
*2
<ここまで引用>

最近の別の過去記事で、次のようなことも書いている。

<ここから引用>
「無意識」が唯物論者に対する妥協的工夫なのか、ユング自身唯物論者の要素が強かったのか、よくわからないところがあります――その両方だと思われます――が、死後の世界への言及、霊的観点からの考察のない神秘主義者の著作などというものはまず存在しません。
「無意識」にこれらを含めるような含めたくないような論考は乱暴といえるくらいに独自的すぎて、錬金術を含む神秘主義の研究者・応用者としての適性をいささか疑ってしまいます。
いずれにしても、晩年の思想の頂点が『ユング自伝 2 ―思い出・夢・思想― 』で書かれた「死後の生命」のようなものだとすると、神秘主義に長く関わった人としては、変な人だという気にさせられるのです。これが知的誠実さということなのでしょうか。どこか、ウィリアム・ジェームズとの共通点を感じさせます。
*3
<ここまで引用>

2. ユングは神秘主義者ではなかった

注意しておくべきことは、ユングは豊富な超常的体験の持ち主であるにも拘わらず、錬金術などの神秘主義に対する恣意的なアプローチの仕方から見ると、彼は神秘主義者ではないということである。というのも、神秘主義は時代の趨勢によって見え隠れしながらも、その本質は極めて伝統的なものだからである。

東西の神秘主義は表現は違っていても、同じようなことをいう。それは、神秘主義の思想を形成するものが、現代科学では証明されていなかったとしても、古代から受け継がれてきた科学的な知識だからだ。

H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『実践的オカルティズム』(神智学協会ニッポン・ロッジ 竜王文庫内、1995)の序文には、次のようなことが述べられている

<ここから引用>
ブラヴァツキーの言っている「オカルティズム」は当然、心霊現象や「超自然的なこと」を漠然と指す現代の「オカルト」とは全く違う意味である。夫人のいうオカルティズムは、人類と同じくらい古い「科学中の科学」で、人間の最高の成就である。神聖な科学は近代科学と同様に、普遍的真理を探求するために厳密な方法を用いるので、科学と言える。しかし、道具と教育という面において、神聖な科学と世俗的な近代科学は大いに異なる。
 物理的な研究をするために近代科学は様々な装置に頼るが、神聖な科学は物理的及び非物理的な観察をするには、主に、清められた人間の心の認識力に頼る(一人の観察は幾代もの先輩達の観察と照らし合わせて神聖さが確かめられる)。
(略)はるか昔から神聖な科学の伝統を守ってきた国際的な組織がある。ブラヴァツキーはこれを簡単に「同胞団」と言う。
<ここまで引用>

序文の解説を裏付けるようなブラヴァツキーの言葉を、H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1989)のはしがきに見出すことができる。

<ここから引用>
今、しようとしていることは、最古の教義を集めて、一つの調和のとれた一貫した全体としてまとめることである。筆者が先輩達よりも有利な唯一の点は、個人的な推論や学説をたてる必要がないということである。というのは、この著作は著者自身がもっと進んだ学徒に教えられたことの一部であって、筆者自身の研究と観察による追加はごく僅かだからである。*4
<ここまで引用>

当然ながら、このような書かれ方をした著作が信用できるかどうかという問題が発生するわけだが、わたしたちが自分で実験したわけではない科学のいろいろな説を頭から否定しないのは、首尾一貫した方法論に一応の信頼を置いているからだ。もっとも、右へ倣えしているだけのことも多い。

ただ、ここでは単に、ブラヴァツキーが神秘主義の伝統に連なる人であったのに対してユングはそうではなかった、ということをはっきりさせておきたい。

ブラヴァツキーは前掲の言葉に、次のような言葉を続けている。

<ここから引用>
ここで述べられている沢山な事実の公表は、的はずれで空想的な推論が行われてきたために必要とされるようになったのである。つまり近年、多くの神智学徒や神秘主義の学徒が、自分に伝えられた僅かな事実をもとにして、自分だけが完全だと思い込む空論的な思想体系をつくり上げようと、夢中になっているからである。*5
<ここまで引用>

ウィリアム・ジェームズが近代科学の権威を纏い神秘主義を外面的に眺めて神秘主義がわかったつもりでいたように、ユングも神秘主義の佇まいを眺め、神秘主義の庭で拾ったものを蒐集して神秘主義がわかったつもりになったのだろう、近代科学的心理学者として蒐集物を好きなように利用した。

そして、ブラヴァツキーの言葉を借りれば、「自分だけが完全だと思い込む空論的な思想体系をつくり上げた」としかわたしには思えない。

3. ユング派のキリスト者

『ユング自伝 2 ―思い出・夢・思想― 』を読むと、カルマや死後の世界についてのユングの考えの貧弱さ、幼稚さに驚かされる。この人は本当に東洋思想を含む神秘主義を研究した人なのだろうかという疑問さえ湧くのだが、ユングが神秘主義者でなかったことを考えれば、さほど不思議なことではないのかもしれない。

このようなユングが錬金術の知識を流用したことに、懸念を覚えないわけにはいかない。科学(秘教科学)からの逸脱の懸念があるからで、思わぬ危険に人を晒さないかが心配になるのだ。

そして、『ユング自伝 2 ―思い出・夢・思想― 』から引用する次のような文章を読むと、ユングの目標がキリスト教の枠内を一歩も出なかったばかりか、彼の分析心理学を受け入れるということがユング派のキリスト者になることなのだとわかる。

<ここから引用>
創造神のイメージの中の避けがたい内的な矛盾は、自己の統合性と全体性の中に、錬金術師のいう対立物の結合、あるいは神秘的な結合として、調和させることができる。自己の体験をもった上では、調和させるものは、もはや今までのように、対立する「神」と「人」とではなく、これら対立するものが神のイメージそれ自身の中に含まれたものとなる。これが神性な礼拝、神に対して人間の捧げうる礼拝の意味であり、闇から光が生じ、造物主はその創造を意識化し、人間は自分自身を意識化することになる。
 これが人間の目標、あるいはひとつの目標である。これは創造の図式の中に人間を意味深く組み入れ、同時に、その上に意味を与える。
*6
<ここまで引用>

C・G・ユング(池田紘一&鎌田道雄訳)『心理学と錬金術Ⅰ』(人文書院、1976) の「第一部 錬金術に見られる宗教心理学的問題」はユングの分析心理学を概要する内容となっている。それによると、ユングの治療の主眼は自身との対決にある。

<ここから引用>
 人格の暗黒の半身である影との対決は、治療がある程度徹底したものであれば、必ず自然に生じてくる。この問題は教会における罪の問題と同じくらいに重要なものである。影とのあからさまな葛藤は不可避であると同時に、実に厄介な代物である。「そんなことをして一体どうなさるつもりですか」と私はこれまでに何度も尋ねられた。私は何もしない。私にできることは、いわば神を信頼してただひたすら待つことだけである。*7
<ここまで引用>

治療をすることで対決が生じてくるのであれば、それは治療をしたからであって、対決が自然に生じてくるということにはならない。ユングが行った治療とは、治癒に導くために患者に葛藤を強いるものだといえる。

そもそも、人格に暗黒の半身があるのかどうか疑問である。これは、神智学でいうカーマ(サンスクリット語で欲望)に当ると考えるべきだろうか。いずれにしても、この方法はキリスト教における告解を連想させられる。

自分が患者を葛藤に追い込んでおきながら、自然にそうなったとしらばくれたかと思えば、それが不可避で厄介なものだと断言し、挙句には自分は神を信頼して患者が葛藤から解放されるのを待つのだという。「獅子は我が子を千尋の谷に落とす」という諺を思わせるような、スパルタ教育めいた治療である。余談だが、実際には獅子(ライオン)は、うっかりして谷に落ちた子がいれば、すぐに救いに行くそうだ。

患者が存在している社会は、ユングにいわせれば、「現代的な意識が定義できないものは、何もかも精神病と見なされる」*8ような世界である。現実社会で精神病者でなくなるために、患者は自分では考えてもみなかった体験をしなければならないというわけだ。それも夢という、自分ではコントロールしがたい舞台で。それは、現実社会で被害妄想的となった患者を別の妄想へと連れ出すことにはならないのだろうか。

ユングは心という言葉を、明確に定義しないまま多用する。ドイツ語の原文ではどのような単語が使われているのだろうか。

渡辺学「ユングにおける心と体験世界: 自我と非我との相互関係をめぐって」*9から次に引用する。

<ここから引用>
心理学者C・G・ユングにとって、その中心概念となるものは心(Psyche)である。ところが、ユングにおいてその概念はきわめて曖昧に使われている。(略)ユングには広義の心をさししめすことばが数多くある—―心(Psyche)、魂(Seele)、アニマ(Anima)、アニムス(Animus)、精神あるいは霊(Geist)、自我(Ich)、意識(Bewußtsein)、無意識(Unbewußtsein)、コンプレックス(Komplex)、元型(Archetypus)、ペネソナ(Persona)など――が、場合によってユングがかなり曖昧に使っていることは否定できない。
 まず、概して言えることは、心(Psyche)が最広義の概念だということである。

<ここまで引用>

このような曖昧さは、神智学の分類法ではありえない。人間を含めて宇宙のあらゆる生命、また宇宙そのものも「七本質」から成っていると神智学が教えるとき、その定義は極めて厳密である。

4. ブラヴァツキーの夢についての質疑応答

ところで、ブラヴァツキーは夢について、H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『実践的オカルティズム』(神智学協会ニッポン・ロッジ 竜王文庫内、1995)の中で詳細に語っている。

<ここから引用>
 夢を見ている間は、どんな「本質」が働いているのですか?

 普通の夢はとりたてて意味のない幻といわれるべきもので、本当の夢と区別しなければなりませんが、普通の夢の間に活動している本質はカーマです。カーマとは人格我の座であり睡眠中の低級マナスの記憶により目覚まされ、混沌とした働きをする欲望の座です。

 「低級マナス」とは何ですか?

 それは普通動物魂といわれているもので、ヘブライ人のカバリストのいうネフェシェです。低級マナスとは、高級マナス即ち永久の自我から発する光線であり、人間の心を形成する「本質」です。(略)カーマと「動物魂」の組み合わさった働きは全く機械的です。カーマと動物魂の中で活動しているのは理性ではなく、本能です。体の睡眠中、カーマと低級マナスは様々な神経中枢から機械的に電気ショックを受けたり送り出したりしています。それらのショックは、脳に弱い印象しか与えず、もちろん、記憶は秩序も順序もなしに、そのショックを記録します。(略)「夢」のこの面は十分に観察され、十分正確に、近代生理学及び生物学の本に説明されています。(略)科学にとって全く未開拓な領域は、本当の夢と高級自我の経験です。*10
<ここまで引用>

質疑応答の最後に、ブラヴァツキーは夢は大ざっぱに七つに分けることができ、その一つひとつをさらに分けることができると述べている。

<ここから引用>
(1)予言的な夢。これは高級我によって印象づけられる夢で、一般に単純で明白です。声が聞こえるか、未来の出来事が予見されます。

(2)寓意的な夢、または脳によって捉えられ、空想力によって歪められた実在をかすかに覗いたもの。このような夢は一般に一部だけが当っているにすぎません。

(3)善悪いずれかのアデプトやメスメル術師や、自分の意志を私達に果たさせようと一生懸命になっている強力な心の持ち主の思いによって送られた夢

(4)回顧的な夢、過去生の出来事の夢。

(5)自分自身で印象を受けることのできない人々のための警告の夢。

(6)混乱した夢。その原因は前に述べました。

(7)消化や心配事のような外部的原因による単なる空想や混沌としたイメージの夢。*11
<ここまで引用>

この質疑応答は22頁に渡って記録されている。夢に関する、ひじょうに貴重な記録となっている。

霊媒体質が如何に睡眠を危険なものにするかがわかるし、大酒飲みの前後不覚の無感覚状態となった睡眠が不眠より悪いものであるかがわかる。

心理学に役立ちそうな情報が満載であるが、完全な理解を伴うのでなければ、ないほうがよい知識なのかもしれない。

5. 贈り物のような夢

わたしは昨年の秋、長老と呼ぶことにしている前世の自分(エッセー 0 「当ブログについて」参照)と執筆中の歴史小説のモデルである萬子媛が、わたしを保護者のように見下ろしながら会話している夢を見た。

輝かしいまなざしをした、老いても精悍そうな男性僧侶と美しい萬子媛が、微笑みを交えながら和やかに言葉を交わしている。
二人の姿が見えるわけではないのだが、なぜかそのような姿だとわかる。
「祐徳稲荷では、あなたはあのときのわたしからお逃げになったのですね? モリヤ大師の――弟子集団の一員だった――あのときのわたしから。あなたもあのとき、あの中にいらしたはずだ」
萬子媛の言葉はわからなかったが、男性僧侶に対する神妙で繊細な反応はそれとなく伝わってきた。そして、何か男性僧侶に尋ねられたようだ。男性僧侶は答えた。 「ええ。この子が今生でのわたしの化身です。よくやってくれています」

それだけの夢だったが、長老の信頼感に満ちて誇らしげに響いた「よくやってくれています」という言葉が、主婦として、物書きとして、ひとりの人間としての自分を思うとき、後悔と後ろめたさとコンプレックスに打ちのめされそうになるのが常であるわたしの心をどれだけ慰め、力づけてくれたことか。まるで、贈り物のような夢だった。

わたしは夢占いの本を読むのが好きだが、自分の夢を自分の好きなように解釈したいし、そうする権利と自由があるはずだと考えている。だが、この夢については、意味のわからないまま、そっとしておこうと思う。

*1:『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2018年11月24日 09:44 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org

*2:「ヘッセはおバカだ」(2009年12月4日):マダムNの覚書<https://elder.tea-nifty.com/blog/2009/12/post-c9f6.html>

*3:「神秘主義エッセーブログの記事「34」に手を加えるに当たって、考えたこと」(2018年12月11日):マダムNの覚書<https://elder.tea-nifty.com/blog/2018/12/post-7d37.html>

*4:ブラヴァツキー,田中&クラーク訳,1989,はしがきp.138

*5:ブラヴァツキー,田中&クラーク訳,1989,はしがきp.138

*6:ユング,河合&藤縄&出井訳,1973,p.189

*7:ユング,池田&鎌田訳,1976,p.52

*8:ユング,池田&鎌田訳,1976,p.54

*9:「倫理学」2、1984-03-30、pp.87-96、筑波大学倫理学原論研究会 URL: http://hdl.handle.net/2241/15028(2019年1月13日アクセス)

*10:ブラヴァツキー,田中&クラーク訳,1995,「二 夢――ブラヴァツキー・ロッジの議事録より」pp.207-208

*11:ブラヴァツキー,田中&クラーク訳,1995,「二 夢――ブラヴァツキー・ロッジの議事録より」pp.226-227

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2019年1月13日 (日)

在野の歴史学者・森銑三の身が引き締まるような論考。歴史小説執筆の参考になる河津武俊著『肥後細川藩幕末秘聞』。

図書館から以下の本を借りた。

歴史小説執筆の参考にするため
辻邦生全集〈3巻〉天草の雅歌・嵯峨野明月記

辻 邦生 (著)
出版社: 新潮社 (2004/08)


堀田善衛全集10  美しきもの見し人は・方丈記私記・定家明月記私抄
堀田 善衛 (著)
出版社: 筑摩書房 (1994/02)


肥後細川藩幕末秘聞
河津 武俊 (著)
出版社: 講談社 (1993/12)


出星前夜
飯嶋 和一 (著)
出版社: 小学館 (2008/8/1)


資料として
伊万里市史 陶磁器編古唐津・鍋島
伊万里市史編さん委員会 (編集)
出版社: 伊万里市 (2006.3)


森銑三著作集 第9巻
森 銑三 (著)
出版社: 中央公論社 (1971/5)


興味から
シモーヌ・ヴェーユ著作集 3 重力と恩寵,救われたヴェネチア
シモーヌ・ヴェーユ (著), 渡辺 一民 (翻訳), 渡辺 義愛 (翻訳)
出版社: 春秋社; 新装版 (1998/10)

文芸同人誌「日田文學」でお世話になった河津さんが確か歴史小説もお書きになっていたはずだと思い、検索すると果たしてあった。講談社から1993年に上梓された『肥後細川藩幕末秘聞』という本だ。

この本は弦書房から2017年に新装改訂版が文庫本で出ているので、宣伝しておこう。

河津さんとお話しして、互いの作風が似ていることを確認したことがある。河津さんの文章の美しさ、取材力、情報の集約力には遠く及ばないながら、長所も欠点もよく似ているのである。

書き慣れない歴史小説の執筆に悶々とする中でふと、河津さんはどうお書きになったのだろう、河津さんと同じ手法でならわたしにも書けるかもしれないと思ったのだった。どの世界でも、持つべきものはよき先輩である。

『肥後細川藩幕末秘聞』は、第一部で歴史の闇をルポルタージュ形式で追い、第二部がそれをもとにした歴史小説となっている。黒船が来航した年の嘉永6年(1853)、阿蘇の山ぶところに抱かれた平和な村が忽然とこの世から消えたという。

取材の過程を報告しつつ小説を紡いでいく形式が自分には合っている気がして、門玲子『わが真葛物語―江戸の女流思索者探訪』(藤原書店、2006)、『江馬細香 化政期の女流詩人』(藤原書店、2010)を研究したりしていたのだが、河津さんの歴史ルポ&歴史小説を読み、大いに参考になった。

『肥後細川藩幕末秘聞』は、ミステリータッチで描かれていて、面白く読み進めることができるが、伝承の解明には至らないまま終わっているため、それをもとにした第二部が盛り上がりに欠けるのが惜しい。

幕末から明治初期にかけて起きた最後のキリシタン大迫害「浦上四番崩れ」は有名だが、この肥後小国臼内切での事件が小説通りに起きたとすれば、あまりに暴発的で手続きに欠けているため、なかったことにするしかなかったということだろうか。

歴史物ではないが、同じ手法を用いたものとしては、殺人事件を追った河津さんの小説『森厳』のほうが成功しているとわたしは思う。過去記事で感想を書いている。

2013年10月 5日 (土)
男のロマンゆえに形式を踏み外した(?)2編――河津武俊 (著) 『森厳』、谷山稜『最後の夏山』
https://elder.tea-nifty.com/blog/2013/10/2-77d2.html

辻邦生の『天草の雅歌』は、高校時代の恩師が年賀状の中で歴史小説執筆の参考として挙げてくださった著作。

森銑三『森銑三著作集 第9巻』 (中央公論社、1971)は、了然尼に関する情報を求めて辿り着いた著作だったが、すばらしい内容だったので、アマゾンとブクログにレビューを書いた。

読みながら身が引き締まるほどの本格的な論考

美貌のあまり入門を断られたため、自らの顔を焼いて入門の許可を得たということで有名な黄檗宗の尼僧、了然尼(1646-1711)に関する情報を求めて森銑三の論考に辿り着いた。
精密な調査に驚き、著者銑三に対する興味も湧いた。ここまで本格的な歴史上の人物に関する論考は、これまでに読んだことがなかった気がする。読みながら、身が引き締まる思いがしたほどだ。
ウィキペディアによると、森銑三(もり せんぞう、1895年(明治28年)9月11日 - 1985年(昭和60年)3月7日)は、昭和期日本の在野の歴史学者、書誌学者で、著作は『著作集』(全13巻)『著作集 続編』(全17巻)にまとめられ、その著述は、江戸・明治期の風俗研究、人物研究を行う上での基点となっているそうだ。
本巻には、「宮本武蔵の生涯」を冒頭に、前掲論考を含む14の論考が収められている。

論考自体が旧字混じりである上に、一次資料からの引用が豊富であるため、漢文、候文ありとなると、わたしのようなド素人が読むには覚悟がいる。

ウィキペディア(「森銑三」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2018年10月2日 07:53 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org)には、次のようなことも書かれている。

高等教育を経験しなかったにもかかわらず、図書館臨時職員、代用教員、雑誌社勤務など様々な職につきながら、独学で文学・国史の研究にいそしみ、図書館・資料館等に保管された資料の発掘と、それらを元に人物伝や典籍について精密に記した膨大な量の執筆活動を通じ、近世日本の文化・文芸関係の人物研究の分野で多大な業績を残した。

在野の研究家であっても、これほどの業績が残せるのだ! 凄い、本当に凄い。これ以上言葉が出ない。

シモーヌ・ヴェーユ『シモーヌ・ヴェーユ著作集 3 重力と恩寵,救われたヴェネチア』のレビューもアマゾンとブクログに書いた。

哲学者ヴェーユの戯曲が収められていて、貴重

重力と恩寵は、シモーヌ・ヴェイユ(田辺保訳)『重力と恩寵 シモーヌ・ヴェイユ「ノート」抄』(講談社文庫 - 講談社、1974)で40年ほど前に初めて読み、稀にしか出合えない高純度の思索に触れた思いがした。それ以来、何度も読み返している。ヴェーユの著作は、一生の宝物となるような性質のものなのだ。
本書には渡辺義愛訳「重力と恩寵」が収められているが、それ以外にヴェーユの珍しい戯曲が収められていて貴重である。この戯曲は未定稿で、完成されていない部分がひじょうに多いという。本書にはヴェーユのメモが頭を下げて各ページの下の部分に印刷されており、読むと新鮮な印象を受ける。
ヴェーユには、母親に溺愛されたヴェーユ、哲学者ヴェーユ、教師ヴェーユ、政治活動家ヴェーユ、神秘主義者ヴェーユとはまた別の顔――作家ヴェーユの顔――もあったのだ。

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2019年1月10日 (木)

Kindle版『ペガサス』をお読みいただき、また『気まぐれに…』『カタルシス』『短編集(1)』をお買い上げいただき、ありがとうございます!

Kindle版児童小説『田中さんちにやってきたペガサス』(ASIN:B00BEMD5ZK)を2018年29日、30日、2019年3日、7日にKENPC(Kindle Edition Normalized Page Count)でお読みいただきました。ありがとうございます! KENPCでお読みいただいたのは今回で13回目でした。これまでに8冊お買い上げいただいています。

Kindle版評論『気まぐれに芥川賞受賞作品を読む 2007 - 2012(Collected Essays, Volume 2)』(ASIN:B00J7XY8R2)を1月3日ごろアメリカで、同日日本でお買い上げいただきました。ありがとうございます! 20冊お買い上げいただいたことになります。
アメリカでお買い上げいただいたのは初めてでした。日本では19冊目ということになります。

Kindle版純文学小説『昼下がりのカタルシス』を1月3日、お買い上げいただき、ありがとうございます! 今回で5冊目のお買い上げでした。Kindleオーナーライブラリー(KENPC)で1回お読みいただいています。

Kindle版純文学小説『直塚万季 幻想短篇集1』を1月3日、お買い上げいただき、ありがとうございます! 2冊目のお買い上げでした。KENPCで2回お読みいただいています。

以下はアマゾン・キンドルストアの著者ページです。拙電子著書一覧を御覧いただけます。

Amazon.co.jp: 直塚万季: 作品一覧、著書略歴
https://www.amazon.co.jp/-/e/B00BERQ7P0

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2019年1月 8日 (火)

悪質な自費出版系ビジネス (3)商業出版と自費出版の違いが呑み込めていない従姉/創作予定

インターポット

新年早々、無力な自身に直面させられるいくつかの出来事があり、対処法を考えざるをえなかったのですが、それらが有効かどうかは神のみぞ知るです。

従姉の出版の件に関しては、残念ながらもう過ぎたことといってよいでしょう。聞く耳をもたなくなっている従姉に、商業出版と自費出版の違いをわかって貰うことすらできませんでした。

170万円というお金をかけたのだから、それなりのものには仕上がるのではないかとの淡い期待は残っています。ただ、そうだったとしても、別の良心的な自費出版系出版社から出すのであれば、もっと安く、美しい絵本を出せるのではないかと思わざるをえません。

本当に記念にするだけならば、アマゾンで販売する電子書籍出版とオンデマンド出版を組み合わせれば、業者に頼んでも格安で出版することができるでしょうし、アマゾンのサービスが続く限りは在庫切れの心配もないはず。

わたしは萬子媛の小説が仕上がれば電子書籍にするのは勿論ですが、それに業者に頼んでオンデマンド出版を組み合わせるか、印刷屋さんに頼んで簡易製本して貰うかで迷っています。まだちゃんと調べていないので、今後考えが変わるかもしれません。仮に拾った宝籤に当ったとしても自費出版はしません。

自費出版で売れる冊数は、自分宛てに来る年賀状の枚数と同じくらいと思えばいいといわれます。

従姉の誤算は、わたしの見るところ前述したように、商業出版と自費出版の違いがわかっていないという点に原因がありそうですが、この二つの違いを意図的に混同させるやり口が悪質といわれるゆえんなのですね。

170万円は、知恵袋の相談などで見ると、あの出版社の提案としては決して高くはありません。300万円というのもありました。百万以上も出せばVIP待遇を受けられると期待する人がいるかもしれませんが、それはないのです。

自費出版の場合は、客がお金を支払えばその時点で出版社には利益が出ますが、商業出版の場合は出版社が売らなければ利益が出ないので、出版社はいろいろと頑張るわけです。

自費出版をあたかも商業出版であるかのように思わせるやり口は詐欺、洗脳に等しいと思います。

二つの違いを詳しく知りたければ、ググってみてください。いくらでも出てくるので。あの出版社のトラブルに関しても、いくらでも出てくるのです。どれだけ悪質か、わかるというものです。

子供のころから大好きな従姉……まるで自分がだまされ、虎の子を持っていかれたような悔しさがあり、発狂しそうな怒りで何だか爆発しそう(あくまでイメージ)だったので、その気持ちをビンゴにぶつけたら、コイコイ初日の出、コイコイダイヤモンド冨士がとれました。

まだキラポチお休み中で、すみません。ビンゴしなければ、不思議なことにどんどんビンゴ券が溜まるんですね。

萬子媛ノートを神秘主義エッセーブログにアップしなくてはなりません。その前に夢に関すること(ユング心理学に関する疑問)、トルストイ『戦争と平和』に関するエッセーの続きも書きたいです。

『戦争と平和』に関するエッセーの続きが延び延びになっているのは、イルミナティの創立者ヴァイスハウプトの著作が新しく出ないかと思い待っていたからです。出なければ、まとめてしまうしかありません。

了然尼の伝承に関する論考を収録した『森銑三著作集 第9巻』(中央公論社、1971)をそろそろ図書館に返さなくてはならないので、了然尼についてもメモしておかなくては。

この有名な尼僧は、美貌のあまり入門を断られたため、自らの顔を焼いて入門の許可を得たということで有名です。黄檗宗の尼僧だったということから、興味が湧いたのですが、ひじょうに知的で行動的、多くのことを行っているという点で新たな興味が湧きました。

萬子媛……寛永二年(1625年)- 宝永二年閏四月十日(1705年6月1日)

了然尼……正保三年(1646年)- 正徳元年九月十八日(1711年10月29日)

二人は生没年が比較的近いので、江戸中期の女性の社会進出や黄檗宗のことを知る上で参考になります。

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2019年1月 5日 (土)

悪質な自費出版系ビジネス (2)餌食になった従姉

7月に以下の記事を書いたとき、わたしは悪質な自費出版系ビジネスの餌食になりかけた従姉を救出したつもりでした。

2018年7月 5日 (木)
悪質な自費出版系ビジネス (1)餌食になりかけた従姉の児童書に対する失望感
https://elder.tea-nifty.com/blog/2018/07/post-9c6e.html

出版社からの提案は1,000部の自費出版、それにかかる費用は出血大サービス(?)で170万円とのことです。

でも、それが希望的観測にすぎなかったとわかりました。従姉からの年賀状を見たときに嫌な予感がして、東京に電話をかけました。数ヶ月後に何かが起きるようなことが書かれていたのです。

わたしは前に電話をかけたときに、従姉が息子さんの絵本を出そうとしているところは訴訟が何件も起きている悪名高い自費出版系出版社だということ、自費出版するとしたら急がず、数社に見積もりを出して貰って比較したほうがいいと忠告しました。

その後従姉からの連絡を待っていましたが、何の連絡もなかったので、出版を急がないことにしたのだと思っていました。もうしばらくして電話をかけてみて、出版の話が出たら、複数の文学仲間が良心的だといっていた数社を参考までに教えるつもりでした。

それらの出版社から出た単行本はリーズナブルで、それぞれに格調高い仕上がりでした。いずれも小説ですが、かかった費用は80~90万円。

それに比べて、女友達が従姉と同じ出版社から出した19頁のソフトカバーの絵本は、小説の単行本とは違う種類の本だとはいえ、見るからに安手な印象でした。

文章のおかしなところもそのままなので、素人が趣味で作った雑なパンフレットのようにしか見えませんでした。色も美しいとはいえません。それなのに、80万円かかったといっていました。

女友達は才能があると持ち上げられ、舞い上がった状態でその絵本を出し、2冊目を同じ出版社から出そうとしていました。わたしはやめたほうがいいと、従姉にいったのと同じことをいいました。

従姉の息子さんも才能があるといわれたようです。ところが先日、別の知人からもその出版社から出した文庫本が送られてきました。これで、わたしのまわりでそこから出した人は4人です。その出版社にいわせれば天才揃いということになりますが、皆ぼったくられているのです。

勿論、その悪質な出版社から出した絵本がヒットしないとは限りません。でも、もしそうなら、他の良心的な自費出版専門の出版社から出したとしても、ヒットするはずだとわたしは思うのです。

悪質な出版社から出た本も扱う書店員の娘は専門的な観点から従姉に忠告できると思ったので、電話を替わろうとしましたが、いつもなら優しく屈託ない従姉が、聞く耳は持たないといわんばかりに「もういい、いいって、Nちゃん。息子の記念にしたいだけで、有名になろうとか、儲けようとか、そんなことは何も考えていないから」というのです。

わたしは驚いて、「自費出版で儲けようとか有名になろうなんて思う人はわたしのまわりの作家の卵にはいないわよ。出版にケチをつけるつもりはないのよ。ただ、そこは追加料金をいってくることがあるらしいから気をつけて」といいました。

すると従姉は「契約のときはわたしも息子と一緒に行って、綺麗な気持ちで話して、こちらの事情もわかって貰ってるから」というのです。

その綺麗な気持ちを利用しようとするから、悪名高いんだけれど。

悪質な出版社の心ない誉め言葉は、まるで麻薬のような効果があるようです。従姉は冷静さを欠いていますが、もはや、つける薬はありません。お金を払ったあとで、出版作業も進行中なのでしょう。

170万円がはした金ならともかく、従姉は「なけなしのお金をはたいた」ともいいました。

170万円が大金であるような人間が、記念にしたいだけの絵本に170万円もかけるはずがなく、その言葉とはうらはらに、従姉は喉から手が出るほど名誉とお金を欲していて、息子さんを作家デビューさせてあげたいのでしょう。

そんな欲望の炎を、悪質な出版社は焚きつけてしまったのです。

従姉は100万円で良心的な出版社から息子さんの絵本を出し、残りは例えば息子さんとの海外旅行の費用に当てることだってできたわけです。

わたしはとにかくどなたにも信用がありません。

長年うだつが上がらない、才能もない癖に有名になりたい儲けたいとそのことばかり考えて創作を続けている、いわば人間以下の存在と見なされているようです。そして、やっかみから、あれこれいうと思われているのでしょうね。

疲れたのでもう寝ようと思いながら、パソコンを閉じる前にKindleの管理画面にアクセスすると、新年になって5冊も売れていました。

わたしのKindle本の儲けは微々たるものですが、その微々する儲けがありがたいですし、読んでみて失敗したと思うかたもおられるでしょうが、読んでいただけて嬉しいのです。

資金もコネもない素人には茨の道があるのみです。歯を食いしばって茨の道を歩み倒れる物書きは、昔も今も星の数ほど存在しています。残酷な世界なのです。それが嫌なら、文学をやめればいいだけの話です。

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2019年1月 3日 (木)

お正月のごはんメモ 2019

息子がお土産に買ってきてくれた「皇居外苑どらやき」という名の上品などら焼き、夫がいただいた中村屋のおかき、娘の買ったモロゾフのクッキーが美味しくて、いささか節操のない食生活となりました。元旦のごはんメモが大雑把なのは、そのためです。

普段はわたしはお酒を飲みませんが、クリスマスのワインとお正月のお屠蘇は例外。お屠蘇に使ったのは、京都・嵐山の「丹山」というお酒。

うちは年越しそばの代わりに、年越しにゅうめんです。創味シャンタンを使ったラーメン風年越しにゅうめん。

おせちはいつ頃からか注文するようになりました。自分で作るより安く済むからです。そのぶん、掃除に熱中できます。「播磨乃國 茶良」のおせちは初めて頼みましたが、美味しいと思いました。

写真は2日の朝昼兼用のごはんまで、ほとんど撮る余裕がありませんでした。大したもの作ったわけでもないのに、なぜか時間がかかってしまって。

面倒でもごはんメモをブログに書いておくと、自分のために役立ちますね。

一応ブログとは別にメモをとっているのですが、ブログほど詳しく書かないので、年末になると、ここ数年のお正月ごはんの記事を確認するのが習慣になっています。

以下が、大晦日から2日までのごはんメモ。

31日
(夜)
サラダ、にゅうめん(半田手延べそうめん、創味シャンタン、蒲鉾、小葱、紅ショウガ、煎りごま)、肉だんごとキャベツの煮物

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レタス、水菜、マッシュルーム、レタス、キーウイ。

元旦
(昼夜)
ぜんざい(小豆、きび砂糖、塩)
「播磨乃國 茶良」のおせち、「長崎寒干漬」(林田正年商店)、ごはん

2日
(朝昼)
蓮子ダイの塩焼き、ホウレン草の卵とじ、ベーコン餅、雑煮(かつお菜、かまぼこ、焼き餅)

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ベーコン餅用に端餅を買ったら、これが正解。これまでは普通の大きさの餅を使っていたので、火が通りにくく、あらかじめ焼いておく必要がありました。

それが端餅だと、ベーコンを巻いてフライパンで焼くだけです。きっちり巻いた端のほうを下にして、最初にしっかり焼いておくと、くっつくので、爪楊枝は要りませんよ。

出来上がったベーコン餅には、しょうゆを垂らしていただきました。

(夜)
サラダ、ビーフストロガノフ、アボカドのデザート(牛乳、アボカド、はちみつ、黒こしょう)

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まるい緑色のものはオリーブの実です。これ美味しかったけれど、袋捨ててしまって、どこのかわかりません。

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この皿に加えたチーズ、娘がスーパーから買って来てくれた商品ですが、抜群に美味しいと思いました。ジェラール クリーミーウォッシュ。

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ハムやレタスと一緒にこのチーズをいただくと、夢心地(豊かな気分になれる食べ物って、ありそうでなかなかありません)。「粗挽きの黒こしょうをふって」とあったので、そうしました。

サラダをたっぷり作ったつもりでしたが、あっという間になくなりました。

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江戸崎愛先生のレシピ「ビーフストロガノフ」。

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アボカドとはつみつと牛乳をミキサーで攪拌するだけで、美味しいデザートの出来上がり。仕上げに黒こしょう。綺麗なアボカドを見ると、これを作りたくなります。

(3日朝)

ごはん。

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ベーコンエッグ。

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インゲンのごまあえ。辛子明太子。プチトマト。

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脇雅世先生の「これでもクリームシチュー」。絹さやがありませんでした。

「あっさりしていて、朝のシチューにぴったりだね」と息子。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

NHKエディケーシナル「みんなのきょうの料理」より「これでもクリームシチュー

材料 (1人分)

  • 鶏ひき肉 120g
  • たまねぎ 1/3コ(70g)
  • 絹さや 6枚
  • マッシュルーム (水煮/薄切り) 50g(正味) *レトルトパック、または缶詰。
  • 牛乳 カップ3/4

    【A】

  • かたくり粉 小さじ2
  • 牛乳 小さじ2
  • こしょう
つくり方
  1. ひき肉はトレイに入れたまま塩・こしょう各少々をふり、軽く混ぜる。たまねぎは2cm幅のくし形に切る。絹さやは筋を除く。マッシュルームは水けをきる。
  2. 小さめの鍋に1のたまねぎとマッシュルーム、水カップ1/2を入れて中火で煮立てる。1のひき肉を箸でつまんで一口大の塊にし、鍋に落とす。
  3. ふたをして約5分間火を通し、ふたを取って牛乳を加える。塩小さじ1/3強、こしょう少々で味を調え、ひと煮立ちさせる。
  4. 【A】のかたくり粉を牛乳で溶いて回し入れ、1の絹さやを加え、とろみがつくまで煮る。

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2019年1月 1日 (火)

あけましておめでとうございます

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出典:Pixabay

あけましておめでとうございます
昨年はいろいろお世話になり ありがとうございました
今年もどうぞよろしくお願いいたします

平成31年 元旦

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初日の出を拝むことはできたのですが、マンションが外装工事中であるため、いつもの指定席からも、通路からも、うまく撮れませんでした。

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障害物を通してではなく、ちゃんと拝みたいと思い、外へ出ました。

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時間差があり、10分くらいは待ちました。

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強いけれど、やわらかな太陽の光が眉間にあるアジナー・チャクラを刺激したのか、太陽に呼応するかのように光が迸り、色彩を帯びた光の交響曲を鑑賞できました。

年末、思うようにブログの更新ができませんでした。

八谷武子さんから『平生業成』(文芸社、2019)と題された自叙伝を贈っていただいたので、その本と山岸先生の『レベレーション』第4巻の感想を書くつもりだったのですね。

八谷さんは、まだわたしが福岡県にいたころお世話になったドクターの妹さんで、ドクターが小説を読むのが趣味だとおっしゃるので、原稿をお渡しすると、それをせっせと読んで褒めてくださったのが奥様でした。小説がお好きなのは奥様のほうだったというのが真相でした。

先生の妹さんも創作をなさるということで、お会いすることになりました。わたしの父と母の中間域に位置する昭和6年のお生まれで、労働基準監督官を勤め上げられた、文芸だけでなく声楽もなさる魅力的なかたです。

偶然、二人とも、同じ時期に横井三保編集長の同人雑誌『関西文学』(関西書院刊)に属していました。

『平生業成』の前身ともいうべき作品『セーフティ・ファースト』より内容が濃く、細やかなものとなっており、著者の生き方が胸を打ちます。

まだ年が明けたばかりで、おさんどんに追われ落ち着かないので、記事を改めて、丁寧に見ていきたいと思っています。

息子が太って帰省したので、御馳走を作るにもやや葛藤が起きます~。

息子はここ数年の間に仕事でオランダ、ドイツ、イタリア、ベルギー、チェコへ行きました。今年はフランスのボルドーへ行くとか。ボルドーというとワインを連想します。ボルドー出身の作家モーリアックも連想します。

仕事は遣り甲斐があるようですが、健康面――特に食べ過ぎ――には気をつけてほしいものです。

定年後の仕事でホテルの夜間フロント兼警備をしている夫の職場は三人体制で回しており、二人が出て、一人が休みというスケジュール――二日か三日行けば休み――なのですが、一人が10日間入院したために、出ずっぱりで大変でした。

といっても、定年前の仕事に比べたら楽だそうで、深夜2時間の休憩もあるし、それほど心配していなかったのですが、夫だけでなく、わたしも何だか大変でした。

娘は今年、仕事上の変化がありそう。

わたしは昨年、短歌を勉強して詠んでみたいと思っていながら、果たせませんでした。今年こそチャレンジしたい気持ちですが、それより花山院萬子媛をモデルとした歴史小説を進めるほうが先かな。

萬子媛といえば、ちょっと不思議な夢を見ました。これについても、記事を改めます。萬子媛はお正月で大忙しでしょう。佐賀県鹿島市にある祐徳稲荷神社。初詣におすすめのパワースポットです。

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