杉本良男「闇戦争と隠秘主義:マダム・ブラヴァツキーと不可視の聖地チベット」を読んで
数日前に、オンライン論文、杉本良男「闇戦争と隠秘主義:マダム・ブラヴァツキーと不可視の聖地チベット」『国立民族学博物館研究報告』<http://doi.org/10.15021/00005966>(2018年3月17日アクセス)を閲覧したので、以下の過去記事の内容と合わせて、拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」にアップしたいと考えている。
2018年3月 9日 (金)
杉本良男氏の論文、及びニューエイジ雑感。『岩波哲学・思想事典』における神智学協会。
https://elder.tea-nifty.com/blog/2018/03/post-bba5.html
ブラヴァツキーはH・P・ブラヴァツキー(加藤大典訳)『インド幻想紀行 上 ヒンドスタンの石窟とジャングルから』(筑摩書房「ちくま学芸文庫」、2003)第一部第一信の中の「イギリス人の猜疑心」という節で、次のように書いている。
このように、自分の弱点を微に入り細を穿ってしゃべりながら、なおインド在住のイギリス人たちは、外国からの無邪気な観光客全員に、スパイの嫌疑をかけるのです。ロシアの芸術家でピアニストのオルガ・デュポン嬢が、二年ほど前訪印し、全国ツアーを行ったとき秘密警察員二十人がその行く先々に影のごとくつきまといました。(……)今ここに一団がやってきました。生粋のヤンキーであるアメリカ人の大佐、ロンドンからきた二人のイギリス人――狂信的な愛国者ですが自由主義者――それからロシア生まれのアメリカ市民、という構成です。この最後のメンバーに警察全体がいかに緊張したか! このグループが、未知の世界に関する哲学的な思索にしか関心がなく、浮世の政治に興味がないばかりか、問題のロシア生まれの旅行者は、政治のイロハもわからないことを分らせようとしても無駄でしょう。(ブラヴァツキー,加藤訳,2003,pp.032-033)
自分にかけられたスパイ疑惑について、ブラヴァツキー自身はこのように書いているわけである。
「闇戦争と隠秘主義:マダム・ブラヴァツキーと不可視の聖地チベット」を読む限りでは、杉本氏の関心がダークな政治的駆け引きと陰謀論にあると思われるし、当時のチベットにおける複雑な国際政治情勢を考えると、ブラヴァツキースパイ説をテーマとしたくなるのはわかる。
だが、他人の著作からの引用をつないで成り立っているような自身の論文の中で杉本氏は、前掲書『インド紀行』を採り上げておきながら、それをまともに読んだ形跡がないのが研究者の姿勢として疑問を抱かせる。
ブラヴァツキーの行動を研究していながら、肝心のブラヴァツキーの著作がろくに読まれていないことは、この論文からも容易にわかる。
だが、結局のところ杉本氏は、ブラヴァツキースパイ説が「つまり,マダム・スパイ説は,ある意味当たっているが,言葉の正しい意味で国家のスパイではなかったことになる」という結論に落ち着いている。
ただ、杉本氏のこの論文を読んだだけではわたしは逆になぜそういえるのか、論拠薄弱で腑に落ちないところがある。
これはわたしの単なるブラヴァツキー観にすぎないが、スパイになるにはブラヴァツキーはあまりに人間的、情緒豊かで不用心すぎるように思う。『インド幻想紀行』ではブラヴァツキーの考えや内面性が溢れんばかりであり、彼女を知ろうとする上で貴重な著作である。
杉本氏は、ブラヴァツキースパイ説があまり成り立たないとわかると、今度は構造主義的観点から彼女に役割を持たせようとする。
杉本氏はピーター・ゲイの著作から引用して「マルクス主義が宗教を大衆の阿片と言ったが,当時の大英帝国,ドイツなどでは,宗教が中間層の阿片として復活していたという逆転現象がみられるのである」という。
宗教を阿片と見なす、マルクス主義的な一面的解釈を、代表作『シークレット・ドクトリン』の扉に「科学、哲学、宗教の総合」と掲げたブラヴァツキーを語る場に持ち込まれると困惑する。
H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1989)の序論には、宗教に関して次のように書かれている。
宗教がものを受け入れすぎるとすれば、唯物主義は何でもかんでも否定するが、それらの間の黄金の中点を固守する者、物ごとの永遠の正義を信ずる者は賢明である。(……)“真理に勝る宗教(又は法則)なし”これは神智学協会によって採用されたベナレスのマハーラジャーのモットーである。(ブラヴァツキー,田中&クラーク,1989,「序論」p.177)
「特集 : マダム・ブラヴァツキーのチベット : 序論 」を読んだ時点までは、杉本氏の論文がマルクス主義の見地から書かれたものだとの確信が持てなかったが、ここへ来てマルクス主義全開という感じである。
次のウィスワナーダンの著作からの引用もマルクス主義的解釈で書かれているためか、奇妙な表現となっている。
マダムの神智協会は,心霊のような霊媒を介さずに,手紙や霊気コミュニケーションによって直接交信する手段を使い,心霊主義を霊性と結びつけただけでなく,現代テクノロジーを神秘主義に結びつけた功績があるとする。マダムは歴史と物語の境界をあいまいにする可能性をも開き,テクノロジーが幽体分離,錬金術,時空圧縮などの経験を神秘主義と共有できると主張した。
霊気コミュニケーション、時空圧縮とは何だろう?
ブラヴァツキーは心霊主義を霊性と結びつけたのではなく、心霊主義の誤った考えを指摘したのである。また、歴史と物語の境界をあいまいにしたのではなく、神話や伝承に秘められた意味を探り、探り当てた秘教の智慧を開示して、その歴史的意義を明らかにしたのである。
マルクス主義的――唯物主義的――解釈でブラヴァツキーという人物や行動、またその著作を捉えようとすると、どうしたって無理が生じる。
論文は、ブラヴァツキーが「記号論的存在からイデオロギー的存在へとまつりあげられた過程を詳細に検討するにつけても,マダム・ブラヴァツキーはまことに稀有な存在といえるであろう」と締めくくられている。
わたしは「特集 : マダム・ブラヴァツキーのチベット : 序論 」と「闇戦争と隠秘主義:マダム・ブラヴァツキーと不可視の聖地チベット」を読んで、杉本氏のような一部のマルクス主義者――唯物主義者――がどのようにしてブラヴァツキーの虚像をつくり上げ、貶しながらニューエイジの祖にまつり上げたかの過程を見る思いがした。
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