短編童話「風の女王」
拙ブログ「マダムNの連載小説」で連載中の小説「地味な人」が滞っています。
マダムNの連載小説
http://serialized-novel.hatenablog.jp/
特に読書で忙しいためですが、シビアな小説の連載後に「口直しに、どうぞ」というわけでもありませんが、小さな短編童話「風の女王」を掲載の予定でした。
「地味な人」の連載になかなか戻れないので、とりあえず「風の女王」をライン以下に掲載しておきます。
同類の短編童話にキンドルストアにて99円で販売中の『花の女王』があります。
4編の短編童話で、四大(地水火風)を象徴する存在を登場させたいと思っています。地と風が済みましたから、あとは水と火です。偶然、地と風は女王になりましたが、あと2編もそうとは限りません。
キンドルストアで販売中の『不思議な接着剤1: 冒険前夜』の冒険編も書きたいのですが、これもなかなか時間がとれず……。萬子媛の小説を先に済ませなければ、これには入れません。
・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆
風の女王
「おなかがすいた、ぺこぺこだよ。」
仕事をしていたミツバチは、びっくりして、あたりを見回しました。
「寒いよ、こごえるよ。」
今度は、はっきりと聞こえました。男の子の声に聞こえました。そのあとで聞こえてきたすすり泣きはコグマのすすり泣きにそっくりでした。
クマは、ミツバチにとっては恐ろしい天敵です。みつやミツバチの子をねらって、巣を破壊してしまうからです。でも、このあたりでクマが出るという話を聞いたことはありませんでした。
それに、太陽の恵みを十分に味わえるはずのこの五月にこごえるですって?
「どういうことかしら? 何にしても、よそへ移ったほうがよさそうだわ。」
ミツバチが、フレンチラベンダーの咲き乱れる庭から離れようとしたときでした。
「暗い、恐いよ。」
またしても、あわれな声がミツバチの後ろ姿にすがるように聞こえてきたのでした。
恐い、ですって?
クマを恐れる気持ちより、声の主を確かめたいという気持ちのほうがまさりました。ラベンダーの向こうに見える窓の内側に、その声の主はいるに違いありません。
ミツバチは窓の中を見ようとして、窓枠にとまりました。カーテンが少し開いています。窓ぎわにベンチチェストが置かれ、そこに声の主がいました。
「男の子でもコグマでもなかったのね。」
それはクマのぬいぐるみでした。かわいい籐椅子に座っていました。緑色のギンガムチェック柄のシャツに、黄色の胸当て付きズボンをはいていました。頭には、シャツと同じ柄のベレー帽をかぶっています。
しかし、ぬいぐるみは白いほこりをかぶっていました。薄暗い部屋の中には、よどんだ空気が重くただよっています。
「こんにちは、泣き虫さん。」
後ろ姿を見せているぬいぐるみのクマは、返事をしました。
「だれだって、泣き虫になるさ。こんな境遇じゃ。きみはミツバチだね。羽の音がうるさいから、すぐにわかるよ。ぼくの名はリオン。フランス語で『ライオン』という意味なんだ。」
ミツバチはほほえみました。
「クマなのに、ライオンなのね。」
「ぼくをかわいがってくれた人が、つけてくれたんだ。」
リオンの顔を見たいと思い、窓の上のほうへ飛び、見ようとしましたが、見えません。ミツバチはまた窓枠にとまりました。
「わたしの名は雪(ゆき)よ。幼虫のわたしにごはんを食べさせてくれた働きバチがつけてくれたの。冬を宮殿で過ごすから、雪は伝承としてしか知らないわ。ねえ、リオン。あなたをかわいがってくれた人はどこにいるの?」
「そんなに遠いところではないと思う。香織(かおり)さんは結婚して、家を出たんだ。しばらくして戻ってくると、お母さんを連れて行った。いっしょに暮しているんだろうな。毎週、木曜日には帰ってくるんだ。キッチンと居間だけ掃除して、帰ってしまう。この部屋には来ないで……。」
リオンは最後の言葉をふるえ声になって、いいました。
「ここは、香織さんが結婚前に使っていた部屋なのね?」
雪は、半分物置となっている部屋をながめました。
「リオン。ここにあなたが置き去りにされていることを、香織さんに知らせましょうよ。」
すると、リオンは悲しそうにいいました。
「無理だよ。声がかれるまで叫んでも、ぼくの声は、人間には聞こえないんだもの。」
雪は、ちょっと考えて、いいました。
「それがわかっただけでも、あなたの努力は無駄ではなかったわ。でも、このままでは結局、あなたの努力は無駄になってしまう。ねえ、リオン。人間に聞こえる声で、香織さんに知らせるのよ。」
リオンはため息をつきました。
「きみが何をいっているんだか、ぼくにはわからないよ。」
「わたしの羽の音なら、人間に聞こえるわ。わたしがあなたの声になる。あなたの声になって、この部屋に香織さんを連れてくるわ。」
雪はリオンに、たった今思いついたばかりの作戦を話しました。
木曜日はあさってです。あさって、香織さんはいつものように、朝の九時ごろ、玄関のドアを開けるでしょう。そのときに、雪はすばやく家の中に入ります。そして、香織さんの注意を引くために、飛び回ります。
追い出そうとして、香織さんは居間の窓を開けるでしょう。でも、雪はその窓からは出ていきません。廊下を飛んでいって、この部屋の前まで香織さんを連れてくるのです。
そのあとは? 香織さんは、この部屋のドアを開けて中に入ってくれるでしょうか?
それはむずかしい問題でした。ミツバチの雪がドアにとまれば、刺されないように、居間にもどってしまうかもしれません。
もしも、そのときに突風がこの部屋の窓を割ったら、どうなるでしょう? 香織さんはさすがに部屋の中が気になって、ドアを開けるに違いありません。
ふーん、とリオンはいいました。
「窓を割らないと、だめ? 香織さんは後片付けが大変だよ。ガラスのかけらが刺さって、ぼく、死んだらどうしよう? それに、そんなに都合よく、風が吹く?」
雪は、きっぱりとリオンにいいました。
「この手は一度しか使えないのよ。風の女王に、何度もお願いするわけにはいかないの。」
リオンは感心しました。
「風の、女王? すごいな。きみの世界って、広いんだねえ。ぼくはおもちゃ屋で過ごしたときのことと、この家の中で起きたことを、何となく知っているだけなんだ。」
雪は、巣にもどらなければならないので、早口になっていいました。
「これから知ればいいと思うわ。だいじょうぶ、あなたは長生きするはずよ。いい? 窓ガラスを割りたくて、割るんじゃないの。風が窓を鳴らした程度では、香織さんが様子を見に中に入るとは限らないからよ。」
翌日、雪は香織さんの家に出かけました。
フレンチラベンダーにとまった雪は、朝日をあびながら、どこにいらっしゃるのかわからない風の女王にむかって、叫びました。
「偉大な風の女王さま。どうか、わたしに、あなたのお力をお貸しください。」
実は、雪が風の女王に願いごとをするのはこれが初めてだったのです。風の女王に願いごとをしたミツバチのことは、伝説として知っているだけでした。
どこか高いところから、不思議な声がパイプオルガンの音色のように響きわたりました。
「わたしをお呼びかえ? ちっぽけなミツバチやほこりまみれのコグマのぬいぐるみが、わたしと何の関係があるっていうんだい? わたしはね、船一隻(せき)沈めることだって、簡単にできるんだよ。」
雪はびっくり仰天して花を離れ、あちこち飛び回りました。伝説は本当だったのです。
透明な風の女王の姿は見えませんでした。ただ、王冠とタクトが空中に浮かんで見えました。王冠とタクトは太陽の光を受けて、銀色に輝いています。
タクトは、女王が風の妖精たちに指示を出すときに使う道具でした。風の妖精たちを使うときの女王は、オーケストラの指揮者さながらなのです。
「偉大な、風の女王さま。わたしは、あなたがどんなにおやさしいかも知っています。羽ばたいたときに風が起きなかったら、わたしたちは飛ぶことも、夏に巣の中を涼しくすることもできません。あなたは、いつも、わたしたちを見守ってくださっています。」
雪は、このうえなく繊細な風を体に感じました。風の女王が願いを聞き入れてくださったのでした。
木曜日、居間の壁かけ時計が九時をさしました。リオンの横には置時計がありましたが、それはとまったままです。
しばらくして、香織さんがあらわれました。
長い髪を一つにまとめ、緑色の服を着て、左肩に茶色のショルダーバッグをかけています。少し疲れたように、花壇をながめました。
「お母さんの病状が落ち着いたら、手入れしなくちゃ。」
雪は、香織さんと一緒に、玄関のドアから入りました。後ろからついていって、居間にも入ると、羽の音をブンブンいわせて飛び回りました。
香織さんが声をあげて、居間の掃き出し窓を開けました。もちろん、雪は外へ出ることはせず、開いたままの居間のドアから廊下へ出ました。
しかし、香織さんが長箒を手にして追いかけてくることは、計算外でした。追いつめられて天井に逃げた雪を、箒の先がねらいます。
風の女王が天空で銀色にきらめくタクトを振り上げたのと、箒の先が当たって雪が廊下にぽとんと落ちたのは、ほとんど同時でした。香織さんの部屋の窓が、突風で派手な音を立てました。
気絶していた雪が開いているドアから部屋に入ると、割れた窓を背景にして、香織さんに抱きしめられたリオンが見えました。
「ありがとう、きみのおかげだよ。」
「よかったわね、元気でね。」
雪は割れた窓を通って、庭へ飛んでいきました。(おわり)
※リオンのモデルはこの子です。
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