純文学小説「地味な人」「救われなかった男の物語」「銀の潮」をはてなブログで連載。「地味な人」連載第1回
純文学小説「地味な人」「救われなかった男の物語」「銀の潮」をはてなブログで連載することにしました。
はてなブログを現在二つ持っていますが、無料で三つまで作ることができるので、神秘主義的エッセー、それ以外のエッセーに続き、小説ブログとして残りの一つを作ることにしたのです。
といっても、作るのはこれからなのですが。
実は、前掲三作は古い作品で、ワープロで清書していました。パソコンでフロッピーが開けなくなったこともあって、Kindle ダイレクト・パブリッシングで電子出版したいと考えています。
しかし、まずはパソコンで作品を打ち込むことから始める必要が出てきました。平成12年(2000)5月脱稿に脱稿した「地味な人」から打ち込むことにしました。
「地味な人」は感熱紙の原稿しかなく、印字が薄くなってしまっています。感熱紙原稿のコピーをとるか、パソコンで清書するかで迷い、再校正しながら清書することにしたのでした。
清書の作業と並行してブログで作品を公開して読んでいただこうと思い、2010年4月26日にそうしかけたところで、なぜか中断してしまっています(記事は下書きとなっていました)。
まだ専業主婦が多かった時代に執筆した小説を今読み返すと、さすがに時代を感じさせます。
ですが、現代の日本社会で「ママカースト」などという恐ろしい――ある意味では滑稽ともいえる――流行語が生まれていることから考えると、小説で描こうとした問題が決して古いものとはいえず、また小説に描いた時代はわが国が格差社会に突入した日本の転換期でもありました。
こうした作品の内容から、古い作品だからと切り捨てる気にはなれません。
「地味な人」のような小説は、今のわたしには書けません。
他の執筆作業の合間に行うことになるので、遅々として進まないでしょうし、また中断するかもしれませんが、とりあえず始めます。
気がむけば、当ブログでも連載することにしますが、まずはお試しで第1回。いずれにせよ、はてな小説ブログを開設、更新したときには当ブログでお知らせします。
ライン以下に、あらすじ、前書き、連載第1回があります。
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「地味な人」あらすじ、前書き
あらすじ
主人公の久保昌美は、子育て中の葛藤から一人のママ友に殺意を抱くほどの憎しみを覚えてしまいます。その憎しみがママ友の子供に向けられるようになるまでの心理的推移を、環境や人間関係を背景に描いていきます。
前書き
日本社会を震撼させた音羽お受験殺人事件(1999年11月22日)に着想を得、2000年5月に脱稿した作品ですが、事件を再現しようとしたわけではありません。
子育て中に底なし沼……にはまってしまう女性もいるに違いないと思われたので、その底なし沼を何とか表現したいと考えました。
2005年になって、たまたま事件現場の近くを訪ねたので、現場に隣接する寺に行ってみました。日中でしたが、寺に面した通りは人通りが少なく、静かでした。娘が受験して途中で落ちた大手出版社が同じ通りにありました。
ワープロで感熱紙にプリントアウトした作品の保存状態が悪く、このままでは読めなくなりそうでしたので、改めて校正しつつ連載形式で公開していく予定です。
「織田作之助賞」で三次落ちした、原稿用紙100枚程度の小説です。
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地味な人 連載第1回
倉庫のような外観の建物から、子連れの夫婦が出てくる。男の子が胸に押しつけるようにしてもっている箱の中身は、レゴのブロックだった。
初めてこのT…という名の玩具のディスカウント・ストア――安売り店――に足を運んだとき、妻は、品数が異常なまでに豊富な、そしてまた、商品の提供という目的以外の事柄は全て削ぎ落としたかのような店内の様子を一瞥し、呆然となった。
彼女は広い通路をうろうろして、いつしか棚のうえに積み重ねられた箱の一つに見入ってしまっていた。アメリカ人の姿を安っぽく模ったような変にリアルな人形を見、戦慄すると共にある激しい違和感と抵抗感を覚えたのだった。
それまでの彼女の知る玩具屋が、少女時代を過ごした町中の主立ったそこへ行けば奥のほうに、精巧に丹念に製作された日本人形やフランス人形、陶器でできた人形、ガラス細工の動物、オルゴールなどをひそめていて、そこに芸術的工芸的な、豊潤な空間を開示してくれていたことに突然に気づかされないわけにはいかない。
そこで密に息づいているものたちを買わなくとも構わない、いや、買えばむしろ、玩具屋の親仁さんは奇妙な顔をしかねない。親仁さんは、この奥の院に祀ったものたちで儲けようとは端から思っていないからだ。
が、ここには庶民が買えそうな大量生産された玩具しか置かれていない。ここには奥の院なんてない、屋台の並ぶだだっ広い境内だけしかない。同じ玩具屋とはいえ、この二つの玩具屋をささえる意識には何という違いがあることだろう。が、何度かここにくるうち、そんなことは忘れてしまっていた。
あ、ドーナツ。
と子供が、初冬の日だまりに立ちどまって言った。毛先の軽い、赤みがかった髪の毛が風にふわふわと舞う。
夫は、駐車場の真ん中あたりにとめてある愛車のミニカのほうへ体を向けたまま、ちょっとうるさそうな仕草で耳の後ろを掻き、それでもつくり笑いを浮かべてみせた。
お、ドーナツか。それも、いいな、たまには。あそこへ入るか?
それを聞いて嬉しそうにしたのは、むしろ妻のほうだった。
うんうん、そうしよ! 前にきたときに貰った割引券がお財布にあるんだけれど、あれ、まだ使えるかしら。
これで彼女は、食事の支度を1回パスすることができるのだった。料理が嫌いでなくても、途切れなく毎日では気が滅入る。夫は家事を主婦の習性とでも思っているようだったが、もはや彼女はそれほど古いタイプの女ではなかった。
食事の支度を1回パスできるという、ささやかでありながら、このうえない贅沢な喜びにほのかに輝いた彼女の顔をちらりと見た夫の顔が、皮肉な――いや、むしろ酷薄な――表情を浮かべるのを妻は見逃しはしない。
それでも、今は突っかかりたい気持ちなどぐっと堪えるのだ。あまい匂いのするドーナツのいろいろ――ハニーチュロ、ココナツ、フレンチクルーラー、ブルーベリーマフィン、チョコファッション――を想い浮かべて。
こうして、どこででも見かけるような、傍目には幸福そのものに見える親子はドーナツ店に消えた……
この郊外ショッピング・センターの敷地内には、他にファースト・フード店、アイスクリーム店、雑貨店、書店、カー・ショップ、それに家電専門店があった。
一年後の昼下がりにも、玩具のディスカウント・ストアT…から子連れの夫婦が出てきて、ドーナツ店へ入っていく。折りしも、ドーナツ店の向かいにある家電専門店の一角に置かれていた液晶テレビが、お昼のワイドショーを映し出していた。
幼児殺害のかどで逮捕された久保昌美容疑者の知人たちに、女性リポーターがマイクを向けていく。彼らのコメントは、買い物客たちの注意を惹かない。
久保昌美容疑者がどんな人であったかと訊かれ、彼らは異口同音に答えた。
「地味な人でしたね。目立たなくて、どこにでもいそうな人でしたよ」
と――。
〔第2回へと続く〕
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