トルストイ『戦争と平和』 ②ロシア・フリーメーソンを描いたトルストイ
目から鱗の論文に出合った。以下の論文であるが、オープンアクセスなので、トルストイやフリーメーソン、またイルミナティに興味のある方はぜひ閲覧してみてほしい。
『戦争と平和』にあらわれたロシア・フリーメイスン
著者: 笠間, 啓治
発行日: 1995年
出版者: 北海道大学スラブ研究センター
誌名: スラヴ研究(Slavic Studies)
URI: http://hdl.handle.net/2115/5233
フリーメーソンとわたしは書いたが、それは新潮社版『戦争と平和』(工藤精一郎訳)でそう訳されていて、当記事で引用する竜王文庫版(コピー本)『エレナ・レーリッヒの手紙』(ジェフ・クラーク訳)でもそのように訳されているからである。
前掲の論文によると、『戦争と平和』は1805年から1812年の歴史的動乱に生きたロシア・インテリゲンチャの精神的苦悩と魂の遍歴をテーマにしている。主人公ピエールは煩悶から抜け出す第一歩をフリーメーソンとしての活動に見い出し、フリーメーソンの中で精神的な成長を遂げる。
そして、「19世紀初頭のロシアはフリーメイスンの活動のもっとも盛んな時期に当っていた。この時期のロシアを描写するには、フリーメイスンの要素を抜きにしては考えられない」という。
しかも、このロシア・フリーメーソンとは、ドイツからもたらされた中世神秘思想ローゼンクロイツェル系だというのである。
クリスチャン・ローゼンクロイツ(Christian Rosenkreutz、 1378-1484)はバラ十字団の創立者とされる伝説的人物だが、ローゼンクロイツェルというのはクリスチャン・ローゼンクロイツのことで、バラ十字系ということだろうか。
「中世が生んだこの形而上学的思考方法は、18世紀ロシア思想界を席巻したと言っても過言ではない。というより、まつたくの無菌状態のロシアにて異常繁殖したと表現してもよいだろう」と論文には書かれている。
ピエールが魅了され、フリーメーソンになるきっかけとなった老人が出てくる。読みながらわたしも思わず魅了されたその老人は、ロシアが19世紀初頭のフリーメーソンの再興期を迎えたとき、ローゼンクロイツェル系フリーメーソンの長老として活動の中心にいた人物であるという。
『戦争と平和』に登場する人物は多いが、主要人物にはこのようにモデルがいて、その人々がフリーメーソンであったというのだから、驚かされる。
「この当時のロシアにおいては、フリーメイスンであることはけっして秘密事項ではなかった。フリーメイスンの集会での議事録や出席者の名簿は、当局に報告するのが慣例になっていた」という。
しかし、王政打倒を公言していたイルミナティと呼ばれる組織が浸透してきたために当局が警戒感から目を光らせるようになり、1822年に禁止令が公布されることになったのだった。
ウィキペディア「イルミナティ」より、歴史を引用しておく。
バイエルン選帝侯領で1776年に、インゴルシュタット大学(英語版)の実践哲学教授アダム・ヴァイスハオプト(英語版)が啓蒙主義的な Perfektibilismus(人類の倫理的完成可能説)を謳い、Perfektibilisten の同盟をつくり、のちに、イルミナティと改名した。原始共産主義を志向する側面と、内部の位階制の側面が同居している。ヴァイスハオプトからのキリスト教批判はあるが、それは倫理的完成へと向けるもので、他教への転向などを訴えるものではなく、ユダヤへの関連で語ってはいない。最盛期には各国に支部が置かれ、会員は貴族、大富豪、政治家、インテリなど2,000人に及んだという。1777年、ヴァイスハオプト自身もフリーメイソンになっており、並行してフリーメイソンだった者も多かった。ヴァイスハオプトはミュンヘンでフリーメイソンと出会い、共感するところがあったために入会した。
ウィキペディアの執筆者. “イルミナティ”. ウィキペディア日本語版. 2016-08-25. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%9F%E3%83%8A%E3%83%86%E3%82%A3&oldid=60902297, (参照 2016-09-06).
だとすると、イルミナティとフリーメーソンは全く別の組織だが、バイエルンでイルミナティをつくったヴァイスハオプトがフリーメーソンになったことでその影響がフリーメーソンに及び、フリーメーソンでありながらイルミナティにも入る者が出てきたということになる。
論文には、禁止令の施行後も「フリーメイスンたちの純粋の理論的討議は一部の人たちによって続けられていた」とあるので、イルミナティの革命思想の影響も禁止令の影響も受けなかったフリーメーソンはロシアに存在し続けたということだろうか。
アグニ・ヨガの教えを伝達したエレナ・レーリッヒ(1879-1955)は、神智学協会を創設したブラヴァツキーの後継者といわれる人だが、『エレナ・レーリッヒの手紙』(ジェフ・クラーク訳、竜王文庫〈コピー本〉、2012校正版)にはその後のフリーメーソンがどうなっていったかを物語る記述がある。ブラヴァツキーもエレナ・レーリッヒもロシア人である。
さて、フリーメーソンの支部について。もちろん、その中にまったく政治的なもので、非常に有害な支部もあります。ある国々では、フリーメーソンのほとんどの活動は退化して、見せかけのものになってしまいました。初期にきわめて美しかった高尚な運動がこのように歪められてきたことは、たいへん嘆かわしいことであり、大師方はそれについて言い表わせない悲しさを感じます。(クラーク訳,2012,p.73)
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