吉永進一「近代日本における神智学思想の歴史」を読む ①連想したオカルト情報誌とウィリアム・ジェームズ
吉永進一「近代日本における神智学思想の歴史」
『宗教研究』84 巻2 輯(2010年)
ci.nii.ac.jp/naid/110007701175 (2016/6/10 アクセス)
吉永進一「近代日本における神智学思想の歴史」を2015年12月27日の初回のアクセス時に通読し、今回のアクセスまでに何回か部分的に読んでいた。今回は印刷して読んだ。
最初に読んだとき、むかし愛読した学研の月刊オカルト情報誌「ムー」を連想した。じっくり再読した今回も同じ連想が起きた。
情報誌というだけあって、「ムー」のオカルトに関する情報量は多かった。吉永の論文ではわたしが知らなかった明治・大正時代に神智学と関わった人物に関する情報提供があり、その点ではありがたい。
しかし、問題はこれが情報誌ではなく、論文であるという点にある。
吉永の論文は375(579)頁から397(601)頁までで、50字×17行×22頁だから、400字詰原稿用紙にすると47枚。本文だけだと、39枚の論文である。
よほど枚数制限でもかかっていたのだろうかと怪訝になる論文内容で、何がおかしいかといえば、吉永の論文からは当時の背景と人物の全体像がほぼ欠落しているのである。
神智学と関わったと思われる人物を数珠つなぎにし、最終的に三浦関造を俎上に載せている。
この論文が情報を提供するだけというのであればまだしも(それでは論文とは呼べないだろうが)、吉永は無責任にも断罪――と同然のことを――している。
論文要旨の冒頭には「本論文では近代日本における神智学思想の歴史を明治から戦後の一九六〇年まで追う」とある。40枚に満たない枚数に収めるには、そもそも無理を感じさせる仕事である。
オカルティズム、スピリチュアリズムといった用語の定義が、わたしがブラヴァツキーの神智学で学んだものとは異なっている。メタフィジカル宗教という用語は初めて知った。
吉永の定義の仕方は、ウィリアム・ジェームズを連想させる。
以下の過去記事で、わたしは次のように書いた。
- 2016年5月11日 (水)
ウィリアム・ジェームズに対する疑義、神智学協会国際本部7代会長だったラーダ・バーニアのインド舞踊
https://elder.tea-nifty.com/blog/2016/05/post-55c8.html
現代哲学・心理学が依拠しているといってもよいウィリアム・ジェームズ(William James,1842年1月11日 - 1910年8月26日)の講義録であるW・ジェイムズ(桝田啓三郎訳)『宗教的経験の諸相(下)〔全2冊〕』(岩波書店(岩波文庫),2015)の「第十六・十七講 神秘主義」には『沈黙の声』からの引用がある。
そして、そこではクロロフィルム、エーテルといった麻酔剤による幻覚も、また聖人と呼ばれようが玉石混交と思われる信仰者たちによる様々な段階の内的経験も精査を経ないまま同一のもの、同一の神秘的経験として扱われている。
神秘主義に対するジェイムズのアプローチ法は次のようなものである。神秘的状態に関する私の論じ方が光を投げるか、それとも暗〔かげ〕を投ずることになるのか、私は知らない。というのは、私自身の性質として、神秘な状態を享楽することが私には全然できないといっていいくらいなのであって、私としてはその状態についてはただ間接的にしか語れないからである。しかし、たとえ問題をこうして外面的に眺めるほかないにしても、私はできるだけ客観的また受容的であるつもりである。(ジェイムズ,2015,p.182)
神秘な状態を享楽?
前置きであるにも関わらず、早くもジェームズは「神秘的状態」とは「享楽」する性質のものであるかのように唐突に断定し、その口吻からはそうすることで彼が自らを神秘主義者たちより上位に置き、自分こそ洗練されたストイックな、そして誠実な論じ方をする人物であると印象づけるための心理操作を行っているように感じられる。
『プラグマティズム』でも、同様の読者に先入観をもたらす儀式があったことを思い出す。
ジェームズは暗を投じ、哲学・心理学を混乱、停滞に陥れたとわたしは思う。ジェームズがいくら客観的また受容的であるつもりであったとしても、これでは神秘的経験を持たない人間の主観的見方の域を出ないはずである。しかしながら、学会は世間はそうは受けとらず、ジェームズの主観的見解は大変な権威を帯びるようになって今に至っている。
神秘主義者ヘレナ・レーリッヒは書いている。アルコール中毒 や阿片中毒は、火の世界に近づこうとする醜い試みである。もし三昧が高級の火の自然な現れだとすると、アルコールの炎はその火を破壊する者である。麻薬は 火に接近しているような幻影を起こすというのは本当だが、実際は、アグニの本当のエネルギーの獲得を長いこと邪魔するのである。
ヘレナ・レーリッヒ(田中恵美子訳)『アグニ・ヨガの教え』竜王文庫(コピー本),1996,p.58
レーリッヒはアルコールや薬物による経験を「幻影」と呼び、神秘主義的経験とは厳然と区別している。
問題を外面的に眺め、できるだけ客観的、受容的であるつもりのジェームズの論じ方は、内面的にも眺めることのできる人間からすれば、主観的、排他的で、当世風にいえば上から目線である。
はてなキーワードに吉永は「宗教学、ウィリアム・ジェイムズ、近代霊性思想史を専門に研究している」とあったから、彼がジェームズの影響を受けていてもおかしくはない。
前掲の用語の定義にしても、外面的に眺めて同類に見えるものを一括りにしているだけだと思う。
スピリチュアルブームは実はジェームズとその信奉者が作り出した流れではないだろうか。
吉永の論文がゴシップのように感じられるのは、対象が外面的にしか捉えられていないところから来ている。
スピリチュアルブームの問題を神智学的に考察すれば、神秘主義に関する知識が乏しいために、例えば不適切なヨガの修養・修行や降霊術(現代版こっくりさん「チャーリーゲーム」が流行っているらしい)、あるいは神秘主義では黒魔術に分類されるヒプノセラピー(催眠療法)を行ったがために霊媒性を強め、心身に異常を来たす人が増えたことにあるとわたしは考えている。
如何に問題が大きく見えたとしても、このことに尽きるのではないか。
ジェームズのように、彼には同じに思えるからといって、ラリっている薬物中毒者の幻覚と神秘主義者のヴィジョンを同じ神秘主義的経験に分類することはとても危険なことなのである。
問題を混乱させ、正しい知識をもたらしてくれるはずの神秘主義文献を何か危険な負の思想であるかのように扱うことで焚書にしてしまうからである。
スピリチュアルブームは実はジェームズとその信奉者が作り出した流れだといったのは、こうした理由による。
ジェームズのようなやからを先生にするから、筋金入りの神秘主義者であった三浦関造と偽神秘主義者であったオウム真理教教祖の区別もできなくなるのである。
研究対象にしているはずの神智学の、基本的なブラヴァツキーの本を読み飛ばしたり、好き勝手に拾い読みするのではなく、きちんと読んでから、このような論文を計画してほしいものである。そうすれば、もう少しはましな論文が書けるかもしれない。
ジェームズの恣意的な方法だと、現象、事件、人物といった対象を理解するための時代背景や人物の研究などは必要でなくなる。
案の定、吉永の論文では十八世紀、明治三〇年代、大正時代、戦後、昭和期、冷戦下といった表現で「時代」が出てくるだけである。「ムー」のほうがまだしも時代背景を述べ、人物の全体像を紹介していた。
このような論文では人物も思想も記号でしかない。記号の羅列を批判したり、断罪したりするのは不可能なはずだから、執筆者がそうしたとすれば、最初からそれが目的で論文が執筆されたのだとしか考えられない。
吉永は論文の中であからさまには俎上に載せた三浦関造――実は鏡に映った吉永自身であるにすぎないのだが――を断罪していないが、オウム真理教と結びつけるということは、断罪しているようなものである。
それにしても、オウム真理教のきちんとした説明もなしに、外国人にこの記号の意味がわかるのだろうか?
もう少し丁寧に論文を見ていこう。 ②へ
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