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2015年11月 9日 (月)

オノレ・ド・バルザック『偽りの愛人』(水声社)と最近考えたこと。

娘が過日、バルザックの『偽りの愛人』を購入した。以下はAmazonより。

偽りの愛人 (バルザック愛の葛藤・夢魔小説選集)
オノレ・ド バルザック (著),    私市 保彦 (翻訳),    加藤 尚宏 (翻訳),    澤田 肇 (翻訳),    博多 かおる (翻訳)
出版社: 水声社 (2015/10/30)

商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
表題作を始め、愛と結婚によって狂わされていく女の悲劇を描いた「二重の家庭」「ソーの舞踏会」「捨てられた女」の四篇。

偽りの愛人 (バルザック愛の葛藤・夢魔小説選集)

娘はまだあまり読んでいないし、わたしもパラパラ見せて貰った程度だが、登場人物にいわせた以下の文章などはまさにバルザック節。カトリックの「禁書目録」に入れられていたのも不思議ではない。

同時に人間の男の妻でありイエス=キリストの妻であることなんてできないことだ。それは重婚というものだろう。 (「二重の家庭」Balzac、澤田訳、2015、p.182)

書店員をしているので、当然ながら娘は本の情報をキャッチするのが速い。

わたしが日本の政治に危機感を覚えてその関係の記事をよく書いていたころ、動画など視聴して、出演者が右派か左派かわからないことがよくあったので、娘に訊くと、今思えばかなり正確に分析していた。隠れ左派がかなりいるようだ。

娘は丹念に読むわけではないだろうが、本をどこに出すかで、内容から判断する場合が多く、ざっとでも確認するのだという。普段はむしろ子供っぽく、脳天気っぽく見えるが、ときに蠍座的洞察の鋭さを感じさせられ、ハッとすることがある。ノーブルなものから大衆的なものまで幅広くよさを受容できる精緻な感性を備えている。

わたしがタブッキのよさを全然知らなかったときに、娘は「タブッキが死んでしまった。死んだらもうノーベル文学賞、獲れないよね」としきりに残念がっていた。タブッキが亡くなったのは2012年3月25日のことだった。わたしの記事にタブッキが登場するのは2013年10月からである。

タブッキの『インド夜想曲』はわたしも知っていて、それが映画化され、インドにある神智学協会の建物が出てくるくらいの情報は得ていたが、全く興味が湧かなかった。

それが今では喜びの源泉の一つとなっている。娘に感謝だ。最近では、アンネ・エルボーの絵本を教えてくれた。一緒に百貨店のイタリア展に出かけ、同じときに絵本コーナーにいたのに、娘がしきりにいいといったエルボーには最初わたしは興味が湧かなかった。

すばらしさを知ったのは、娘がエルボーの絵本を買ったあとで、家でそれほどの関心もなく、見ていたときだった。ページをめくるごとによさが心に染み透ってきた。めくり終えたとき、涙が浮かんでいた。

娘は本探しをするとき、真剣さと驚きと疑いの混じった独特の目つきをして、じわ~という感じで見ていく。そして気に入ったときはハッとした顔つきで一端本を閉じ、別の本に当たったりして、戻る。それで間違いない選択だと思ったとき、娘は買う。

娘は編集者志望だったが、落ちて書店の契約社員になった。そうした道を選んだのは本好きのわたしが影響を及ぼしすぎたせいだろうかと秘かに罪悪感に駆られることがあったが、今ではそうは思っていない。娘が選んだ道だった。編集者になっていたら、よい編集をしただろうと思うが、書店員として、よい仕事をしているようだ(ただ契約社員で待遇が悪いため、転職も考えているが、なかなかないようだ)。

結婚に関しても、わたしたちの夫婦仲が影響を及ぼしすぎたせいだろうかと心配だったが、今では娘が自分の判断で結婚しないだけだろうと思うようになった。ずっとしないとは限らない。成人した子供について、気になるある状況を断片的に採り上げ、自分のせいだと思うのは、考えてみれば、失礼な話である。

第一、社会生活のスタイルが変わって、これまでの典型的な幸福像が壊れてしまった。社会全体の状況が国際的にもよくならないと、一見幸せそうに見える像も危ういものに見え、あまり羨ましくない。親として、昔の価値観を押しつけるのにも迷いがあった。

バルザックは多くの作品で、社会が作り上げた価値観に殉じることの危険性を描いている。日本の状況は、戦後の日本社会がつくり上げた価値観を批評できる――評価すべきところは根拠を示して評価し、批判すべきところはその芳しくない将来像を描いて原因を指摘する――優れた知識人をあまり持てないまま、社会基盤に様々な亀裂が生じたことから、なし崩し的に価値観が崩壊していっている感がある。

今後、根本から再構築していかねばならないと思われるが、まだそれは先の話になりそうな気がする。

そういえば、バルザックのよさを娘に教えたのはわたしだったが、バルザックのよさがわかったのは四十代に入ってからではないだろうか。成熟度の高い文学なので、若いときは退屈に感じられることも多いのではないかと思う。

『偽りの愛人』に収録された「ソーの舞踏会」「二重の家庭」「偽りの愛人」「捨てられた女」のうち、「ソーの舞踏会」はちくま文庫版、東京創元社版『バルザック全集〈24巻〉』にも収録されている。

ソーの舞踏会: バルザックコレクション (ちくま文庫) 
オノレ・ド バルザック (著), Honor´e de Balzac (原著), 柏木 隆雄 (翻訳)
出版社: 筑摩書房 (2014/4/9)

バルザック全集〈24巻〉
モデスト・ミニョン ソーの舞踏会 ド・カディニャン公妃の秘密
オノレ・ド・バルザック
寺田透/中村真一郎/朝倉季雄 訳

「捨てられた女」は東京創元社版『バルザック全集〈15巻〉』にも収録されている。

バルザック全集〈15巻〉
ベアトリックス 捨てられた女
オノレ・ド・バルザック
市原豊太 訳

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