歴史短編1のために #18 江戸時代のおしゃれを作り上げたもの
今朝ようやく10行書けたと思ったが、考えてみると、昨年中に20枚くらいは書き、準備不足を感じて中断したことを思い出した。
そのときの20枚を読んでみると、これも悪くないと思えた。出だしにどちらを使うかだが、前に書いた20枚はそのままの形では使えないにせよ(何もかも盛り込みたいという思いからか、あらすじみたいな20枚となっている)、資料として使える。
過去記事で江戸時代の識字率の高さについて書いたが、図書館から借りた以下の本を読みかけたところ。江戸時代の込み入った、高度なおしゃれ――すなわち美意識とそれを表現する技術・材料の流通――には識字率の高さや庶民の生活の安定が大いに関係していると思われる。
江戸時代の流行と美意識 装いの文化史
谷田有史 (著), 村田孝子 (著), 谷田 有史 (監修), 村田 孝子 (監修)
出版社: 三樹書房 (2015/6/18)
本の監修者である谷田氏はたばこと塩の博物館学芸員、村田氏はポーラ文化研究所シニア研究員。
母のお友達がポーラのセールスをしていたので、母はずっとポーラばかり使っていた。今思えば、母はポーラの高級化粧品を贅沢に使っていたと思う。本を読んで、さすがはポーラ、時代を遡ってよく研究がなされていると感心した。
過去記事で江戸時代には多くの育児書が書かれていたと書いたが、美容読本なども書かれ、読まれていた。
房州砂に竜脳や丁子、白檀などの香料で香りづけした歯磨き粉、石鹸の代わりの糠や粗い粉。糠を銭湯で売っている様子が浮世絵に描かれているらしい。糠はタンパク質や脂肪を含んでいて、天然のクリームとなった。糠袋は母が時々使っていたが、江戸時代からあったのか……。
萬子媛は江戸時代初期から中期にかかるくらいの人なので(1625年 - 1705年)、初期に注目して本から拾えば、洗顔のあとには化粧水。花露屋から発売されていた「花の露」が有名だった。これは天和2年(1682)に書かれた井原西鶴『好色一代男』(巻二)に出てくるらしい。
この花露屋は寛永の末に江戸の医師がつくった、江戸初期から明治時代まで続いた化粧品店だったという。萬子媛が二十歳のころには創業していたというわけか。おしゃれなネーミングだなあ。萬子媛も使ったのかしら、花の露。
お歯黒は『源氏物語』『堤中納言物語』にも書かれた日本で一番古い化粧とされているという。お歯黒は歯槽膿漏、虫歯予防に役立っていたそうだ。
本は身だしなみから、いよいよ「装い」へ入るところ。
そういえば、Eテレ『先人たちの底力 知恵泉(ちえいず)』で、江戸時代、呉服店「越後屋」を開業し、三井財閥の基礎を築いた三井高利を採り上げていた。
呉服店は庶民にも開かれたものとなった。富裕層への訪問販売が行われていたが、越後屋では客に店に来て貰い、「未知の体験」をさせた。定価制、ディスプレイ、バーゲンセール、ビラによる宣伝を行い、客には店員がつく。販売方法、戦略が今の百貨店とほとんど変わらない。
三井高利は1622年 - 1694年の人で、萬子媛の生涯とほぼ重なる。
わたしは#7で、江戸幕府にはマリー・アントワネットみたいな側面があったことを書いた。幕府は生糸がほしかったが、日本が輸出できるものは金銀銅と樟脳しかなかった。
その結果、特に銅を限界まで流出させてしまうことになり、オランダは東インド会社を通じてぼろ儲けしたのだった。
これに危機感を覚えたのが新井白石で、正徳5年(1715)、国際貿易額を制限する法令「海舶互市新例」を制定した。
越後屋のアイディアに満ちた革新的な販売方法は、江戸時代のおしゃれや日本の貿易に大きく関係している。
郷土史家からいただいたコピーの中に、普明寺蔵の元禄11年(1698)に掛け軸に描かれた祐徳院像の写真のコピーがあった。萬子媛、否祐徳院はこのとき73歳。
それを見て、わたしは何だかおしゃれに感じた。黄檗宗の僧侶としての正装だろうけれど、白の半襟を見せて柑子色の着物に橙色の袈裟。左手に数珠。
足置きに置かれた、爪先の反り上がった柑子色の靴がしゃれている。着物に覆われていてよくはわからないが、椅子の上で結跏趺坐が組まれているようである。
祐徳院の頭髪は灰色のショートカット。眉はうっすらと見えるような見えないような。卵形の整った顔立ち。謹厳な表情。足置きも、背もたれが波形をした椅子も、なかなかにしゃれている。
花山院家から嫁いだ萬子媛は公家風、京風の文化を鍋島藩にもたらしたに違いない。
隠元が伝えた黄檗禅は、当時の日本にとって先端的な宗教だった。
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