昔とイメージが違う行政書士
契約社員として書店員を勤めている娘が転職を考えているが、長く続けられるような自分に合った正社員の口となると、なかなか難しい。
正社員と全く同じ仕事内容なのに、安定しない立場で安くこき使われている人は今の日本では多いと思うが、娘もそうであり、年齢を考えると、この辺りで本腰を入れないわけにはいかないといったところ。
これまでも娘はずっと転職を考えてきて、たまに面接に出かけることはあったが、面接に行ってその会社の仕事内容、待遇が見えてきたがために「ここにはちょっと」となったり、入りたくても資格や経験がなかったり。
娘は市立大の法学部卒なので、法律関係には抵抗が少ないほうだ。
台風被害で示談。再婚後、少しおかしかった奥さんと長く暮らしているうちに自分までおかしくなった父から、わたしと妹(及び親戚)がふっかけられた、複雑怪奇かつ根拠のない裁判。夫の●●に片をつけるための2度の示談(そのたびに相手がルール違反――ストーカー行為、脅迫――を犯してくれ、2度目には警察に相談せざるをえなかった)。
わたしも一応法学部卒だが、まさか自分の人生にこんな裁判沙汰が起きるとは在学中は想像だにせず、文学ばかりしていた。それでも、法学部だったお陰か、法律にアレルギーはなく、父のとき、弁護士費用が馬鹿高いことを知り、裁判所に提出する準備書面を自分で書こうという気にもなった。
夫の●●に片をつけるための2度目の示談のとき(夫はいつだって、わたしと別れたくないと泣くばかり。遡ればまだ結婚前、母が倒れて再起不能といわれたときから。一旦再起してくれたので、結婚できた)、弁護士さんに相談したが、このとき、娘が要領よくそれまでの経緯をまとめて弁護士さんに話してくれた。弁護士さんは娘を法律の初心者ではないと解釈し、助手と話すような本格的な口調で話していた。
わたしはたぶん、呑み込みの悪い、暗い被害者のおばさんの顔をしていたと思う。
台風被害での示談のとき、当時、娘はまだ学生で、示談書を作成する際、大学の先生に訊いてくれた。理系だが、大学で教養の選択に法律を選んだ息子も手伝ってくれた。
わたしに起きた裁判沙汰は、大学で教養として学んだにすぎなかった抽象的な法律を生き物にしたが、娘はそれを仕事に、とはそのときは思わなかったようだ。
それが最近、法律事務所の求人に目が行くようになったらしい。これまでのことを考えると、娘に法律の仕事は合っているようでもあるが、法律事務所に入るのは難しい。
というのも、個人経営、共同経営、いずれにしても法律事務の経験者を求めているところが多いからである。応募率も高いようだ。債務整理を中心に手がけている法律事務所が目につく。お金になりやすいからだろう。
それにこれまで、書店とはいっても全国型書店の中小企業的な雰囲気に慣れた娘には、法律事務所という小さな形態に不安を覚えるようだ。
が、35歳までに転職を成功させるつもりであれば、この辺りで的を絞り、法律事務所の求人に有利となりそうな行政書士の資格を取り、数年かけてアプローチするのもいいかもしれないね、と娘と昨晩話していた。
行政書士のテストはわたしが大学生だった35年も昔は、法学部でなくとも受けやすい、やさしく取得できる資格というイメージだった。が、それだけ単独で持っていても何にもならないと考え、周囲で受験する人はまれだったと思う。
司法書士が行政書士も兼ねているというイメージだった。
が、改めてネットで調べてみると、行政書士ができる仕事は増えているようで、弁護士、司法書士、行政書士が仕事を奪い合っている領域さえあるようだ。勿論、どこまでできるかの内容の違いはある。
難易度も高くなっているようだ。行政書士の試験制度が大幅に改定された平成18年度以降は、 難易度のバラツキが少なくなり、おおむね6~8%で推移……とか。
ちょっと驚いて、昨日、書店で行政書士資格の参考書を見てみると、昔とどの程度の違いがあるのかはよくわからない。広く、浅く、というところは同じのようだが。
電子書籍のKDP登録の代行業に素早く手をつけたのは、行政書士だったという印象がある。電子書籍自体が儲からないとわかり、すっと熱が冷めた気配があるけれど。
娘がこの先、どうするのかはわからないが、結婚を心配しすぎることだけはやめようと思う。というのも、出戻ったり、バランスの悪い結婚をする若い人が目につくから。何だか日本社会全体のバランスがひどく崩れている、という感じがしている。
この先、娘がどうするのかはわからないが、わたしも行政書士の勉強をしたくなってきて困る。イタリア語も習いたくて困る。
困るのは、そうした勉強がわたしは嫌いではないけれど、今のわたしがそうした勉強をしても趣味にしかならないだろうという見通しの悪さとは別に(創作に役立たないとは思わないにしても)、創作からの逃避の傾向を含んでいるからだ。
歴史小説を書き出すのが億劫、怖い。物になる(お金になる)作品に仕上げたいという下心がそういう気持ちを惹き起こす。萬子媛の品性を損なわない作品に仕上げたいという思いが中心にあるにも拘わらず、世俗欲が働く。
書き始める前はいつだって、そうなるのだ。書き始めさえすれば、純粋に没頭できるのだけれど。「見る前に跳べ」と自分にいってみる。これ、オーデンの詩だったわね。
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