息子のサンフランシスコ小噺
海外旅行、海外滞在が全く珍しくなくなったこのごろなので、息子の海外出張の話は自分のための家族の記録。
オランダに出張したときも学会に行ったのかと思っていたのだが、それは学会ではなく、会社で行っている仕事の分野における専門家の集まりだったとか。200人くらい。
今回のサンフランシスコへの出張は上司とふたり、アメリカの大きな化学会に出るためで、その集まりでは出席者は1万人を超えていた。
息子が空港に降り立ったとき、アメリカのカラフルなお菓子によく使われている甘い香料が匂った気がした。坂の街で、日本ではあまり見かけない類いの植物が印象的だった。
街中のこぢんまりとしたレストランで、息子はステーキを注文した。レアかミディアムかと訊かれたけれど、息子はウェルダンと答えた。
実は息子が出発する前に、ステーキはミディアムでも血がにじむと思うから、ウェルダンにしたほうがいいと思うわよ――とわたしがメールしておいたので、それを思い出したらしい。
夫は、定年退職するまでいた会社でアメリカ研修に出かけ、ロサンゼルス、ダラス、アトランタへ行った。そのときステーキハウスで、ミディアムを注文した同僚たちを「こんな生々しい肉は無理」と泣かせた。
肉好きの夫はウェルダンで注文したデカいステーキを平らげただけでなく、同僚たちのステーキも平らげてやったと手柄のように話していた。
息子はしっかり焼いた肉でないと苦手なので、忠告しておいたのだった。ウェルダンでも赤い色は残っていたそうだが、シンプルに塩だけ振って食べる、厚みが半端でないステーキはまあまあ美味しかったそうだ。
ステーキの横に、巨大な蒸しジャガイモがごろんとのっかっており、このジャガイモを律儀に食べたらステーキが入らないと息子は思った。
オランダであった専門家の集まりでは男性は皆スーツ姿で、きちんとしたものだったそうだが、サンフランシスコの学会では相当にアバウトで、Tシャツ、ジーンズ姿は普通といってよいくらい。外の芝生でならまだしも、会場の床に平気で座ってパソコンを叩いている人たちも目についた。
ポスター発表は日本からポスターを持っていくのが大変だと息子は出発前にいっていたが、その肝心のポスター発表ではテーマ的なずれがあって、受けはもう一つだったと感じたそうだ。
学会では世界各国から人々がやってきていたが、街中で目についたのは中国人だった。中国人はかなり多い。
歩いていると、1ブロックごとに物乞いがいた。物乞いにはアジア人は見当たらず、黒人の物乞いがよく目についた。
アメリカでは通りが違うだけで怖いところだったりすると夫がいっていたので、ツアーで行くわけではない息子たちの旅がわたしは心配だった。幸い、10年ほどサンフランシスコにいた人が会社にいて、その人が危険な場所に印を入れた地図を作ってくれたのだそうだ。
オランダに行ったときはヨーロッパにいるという、これまでとは異なる感覚があった。日本がアメリカナイズされているせいか、サンフランシスでは日本にいるような感じがした。日本人も多かった。
ホテルは歴史のあるよいホテルだったが、オランダのホテルのほうが落ち着けた。尤も、普段、自分では――大学へ行くときなど――リーズナブルなビジネスホテルばかり利用している息子にとって、宿泊するホテルがシティホテルというだけでも嬉しいようだ。
オランダのホテルの話からはオランダの話になってしまった。息子にとっては、オランダのほうが印象深かった様子。秋に予定されているイタリアでの集まりも、専門家の集まりだそうだ。
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