那須田稔著『もうひとつの夏』(木鶏社)を読んで
もうひとつの夏
那須田 稔 (著)
出版社: 木鶏社 (1993/11)
作りすぎのきらいがありはしないか?
以下、ネタバレあり、注意!
朝鮮人と日本人とのハーフの少年キムは炭鉱事故で父親を亡くし、失踪した母親を探して海辺の町にやってきた。そこで、彼は戦争で息子を亡くしたショックから頭のおかしくなった源じいと暮らしている。
源じいはキムがトランペットを吹いてやると、喜ぶのだった。源じいだけは、朝鮮人のキムをいじめなかった。
泳ぎの達者なキム。トランペットの上手なキム。黒い小イヌを連れているキム。キムは神出鬼没で、どこか透明感があって魅力的に描かれている。
主人公一郎の叔父は、引き揚げ船の中で知り合った金山と名のる朝鮮人の老人から、息子に会ったら渡してくれるようにとお守り刀を託される。戦争中に日本に渡ったまま行方不明になった息子を探すために密航した金山は、それが露見し、朝鮮へ強制送還されることになったのだった。
そのことを叔父が小学6年生のときに書いた作文で知った一郎は、金山の探していた息子というのはキムの父親ではないかと想像し始める(そうではないことが、あとでわかる)。
そのキムに、養殖魚泥棒の濡れ衣が着せられる。
どこかロマンティック、図式的な描き方で、わたしには違和感があった。
何より、日本で生まれ育ったキムが、際立って異邦人のムードを湛えているところに不自然さを覚えた。
キムが生まれ育ったと思われるような廃坑町に夫の転勤で長く暮らしたため、よけいにそう感じられるのかもしれない。
キムは炭鉱事故で父親を亡くしたそうだが、そこには朝鮮人が結構住んでいたのではないだろうか。
キムはあえてそこを出て、日本人の母親を探しに来た。
母親がキムを置いて家を出たのはなぜなのだろう? 母親は海辺の町で既に死んでいたというが、その辺りの事情は一切語られず、海辺の町で源じいが死ぬと、今度はキムは父の国に旅立つというのである。
放浪癖があるのかもしれないが、この辺りの展開が不自然で、キム少年が狂言廻し的に用いられているように感じられる。主人公の一郎がひと夏の思い出として美化するのに都合のよい展開であるような……。
キムを陥れる鈴木建は「ドラえもん」のジャイアンのように描かれている。そして、この鈴木健という中学生もある種の戦争被害者である。
太平洋戦争末期に日本兵が海辺に築いた小さな「とりで」で、若い兵だった健の兄は敗戦に自責の念を覚えて自殺した。それを知った日から、「とりで」に兄への草花を供えるようになったのだが、その「とりで」がリゾート計画のために壊されることになったのだった。
村会議員の父に「とりで」の温存を頼んだが、その願いははねつけられ、健はグレた。父親への反発はともかく、署名活動でもする方がわたしには自然な展開に思え、ここでも登場人物が狂言回し的に使われている印象を拭えない。
一郎が小学6年生なのだから、従妹の由紀子も小学生なのだろうが、エビフライ、黒ダイの刺身まで作る料理上手である。おさんどんに追われて気の毒なのに、ずいぶん活動的で、作者に塩づくりまでさせられそうになる。
一郎との間に生まれた友情はキムを日本につなぎ止めえない。キムを父の国に帰すことで、戦争加害者としての日本人の罪意識を浄化しようとする作者の意図が隠れてはいないだろうか?
また、戦争ロマンティシズム、ノスタルジーというと、語弊があるだろうが、戦争も文化を生んだのだと思わされるようなフグちょうちんや塩づくりが美しく再登場する描き方に、そう感じさせられるものがある。
図書館から借りた『シラカバと少女』を半分くらい読んだとき、注文した本が1ヶ月ほどして届くとの連絡があった。
あと半分は本が届いてから読もうと思っているのだが、『ぼくらの出航』『シラカバと少女』に比べると、この『もうひとつの夏』は作者の創作姿勢にやや甘さが感じられるように思う。
それでも、戦争に関する貴重なエピソードが散りばめられ、作品の随所に美しい描写があり、文章もすばらしいと思う。塩づくり、やってみたくなる。
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