神智学に満ちているアントニオ・タブッキの世界 ②「インド夜想曲」その1
※新カテゴリー「Notes:アントニオ・タブッキ」を設置しました。
昨夜、娘が帰宅してすぐに差し出してくれた「ユリイカ 6月号 第44巻第6号(通巻611号)『アントニオ・タブッキ』」(青土社、2012年6月)とアントニオ・タブッキ『インド夜想曲』(須賀敦子訳、2013年、白水社)。本を、書店員の娘に頼んでいたのだった。
先に「ユリイカ」を読み、わたしはほとんど窒息しそうになった。
なぜ窒息しそうになったかというと、タブッキを期待して読み始めたというのに、雑誌の中にはタブッキが髪の毛1本分しか存在しなかったから。
その代わりに、本は、そこに書いた人々の自己顕示欲、通り一遍の解釈、自分たちの仲間と認められない部分は徹底して排除(漂白といったほうがよいだろうか)してしまおうという貪欲な意志でいっぱいで、タブッキを求めていたわたしも同じ目に遭うことを感じずにはいられなかったからだった。
アントニオ・タブッキが自分たちと政治思想的にリンクした時期があったからといって、マルキストたちは彼を自分の側に力尽くで引き寄せようとしているかのように思える(自分がマルキストであるという自覚さえない者もあるかもしれない)。
また、「インド夜想曲」を訳した須賀敦子の思想が何なのかは知らないが、彼女の情緒的、思わせぶりにぼかしたようなエッセーを読むと、わたしは苛々してくる。
登場人物や彼女の正体を知りたくてずいぶん読んだが、読めば読むほど空虚な気持ちが強まり、もう彼女について知ることなどどうでもよくなり、遂には読むのをやめた過去があった。
夢も死も過剰なほどのタブッキの作品群と比較すると、須賀敦子の作品群はそれとは如何にも対照的で、夢にも死にも乏しい。死ぬ人はよく出てくるが、その死は決して豊かではなく、干からびている。
最愛のペッピーノでさえ、作品の中で生きていようが死んでいようが、終始、希薄な亡霊のようである。その亡霊が彼女の情緒まみれになっていて、わたしにはそれが苦手だった。
彼女がキリスト者だったのかマルキストだったのか、わたしは知らないが、作品の傾向から見て、マルキシズム寄りを彷徨っていたのだろうと想像する他はない。死んだらそれで終わりという唯物論の匂いがするからだ。
神智学者――神秘主義者――は何者になることも可能なので、場合によってはマルキストになったり、キリスト者になったりするだろうが、何色になろうと本質はカメレオンという生物――神秘主義者なのだ。作品が包み隠さず、そのことを物語っている。
わたしはタブッキが神智学協会の会員であったかどうかは知らないし、そんなことは重要なことではない。その思想の影響が作品から読み取れるかどうかが問題なのだ。
訳者がどんな思想の持ち主であろうと、解説さえきちんとなされていれば、わたしも別に訳者の思想を詮索するようなことはないのだが(訳者の思想にまで興味を持つほど暇ではない)、作品が神智学でいっぱいなのに、解説に神智学のシの字も出てこないとは何だろうと不審感を覚えてしまったのだった。
いずれきちんとした評論に仕上げたいと思っているが、タブッキの世界は神智学の世界以外の何ものでもないのだ。
ポルトガルの詩人フェルナンド・ペソアはタブッキにとっては大事な人物だったようだが、そのペソアのことが「インド夜想曲」の中でちらりと出てくる。そのペソアはアニー・ベザントの著作を訳したのだという。
アニー・ベザントは神智学協会第二代会長である。
この記述からすると、ペソアを通して主人公は神智学を知ったことになるが、そのペソアは薔薇十字だったそうだ。
ちなみに、過去記事にも書いたことだが、バルザックが薔薇十字だったことは確かだと思う。バルザックの父親はフリーメイソンだった。西洋では珍しいことではない。
- 2006年4月15日 (土)
マザコンのバルザック?
https://elder.tea-nifty.com/blog/2006/04/post_8725.html
薔薇十字、フリーメイソン、神智学は、神秘主義の系譜である。キリスト教や、第二次大戦後はマルキシズムに抑圧されてきた。
日本で『オカルト』、『アウトサイダー』などが大ヒットしたが、その著者である無知無教養なコリン・ウィルソンなんかに騙されて、神秘主義を馬鹿にしたり、無視したりしていると、日本における西洋文学の研究はいつまでも停滞したままでいる他はない。
と、コリン・ウィルソンについて放言してしまったが、今本棚にウィルソンの本が見当たらない。コリン・ウィルソン――の弊害――についてもいずれ書きたいと考えている。
「ユリイカ」では、タブッキと須賀敦子が如何に親しかったかについて、もったいぶって紹介され、タブッキの作品について――神智学を避けて――周辺的なことや自身に引き寄せた解釈、また手法について色々と書かれているが、タブッキの核心に触れようとすれば、作品全体を浸しているといってもよい哲学、思想に切り込むしかなく、その哲学とはどう作品を読んでもやはり神智学であり、神秘主義哲学であるとわたしは思う。
「ユリイカ」201頁に、かろうじて神智学協会に触れた箇所があった。この特集の一部を割いて調査、報告されてよいことであるにも拘わらず、そこだけ(見逃しがあるかもしれないが)。以下に抜粋しておく。
『ベアト・アンジェリコの翼あるもの』(1987)のなかに「以下の文章は偽りである。以上の文章は真である。」という書簡体の短編が収録されていて、これが『インド夜想曲』中のマドラスの神智学協会員(のモデル?)と〈タブッキ〉との二往復四通の往復書簡なのだ。
〔略〕
タブッキの「以下の文章は偽りである。以上の文章は真である。」で〈タブッキ〉と手紙をやりとりする神智学協会員は、ここでつぎのように書き始める。マドラスの神智学協会でお会いした日から三年が過ぎました。〔……〕あなたがある人物を探していること、それと小さなインド日記を書いていることをあたなは私に打ち明けました〔古賀弘人訳〕。
あまりにささやかな記述ではないだろうか。それで、あなた方研究者は神智学協会について簡単な説明もしないままで済ませるの?と不思議な気持ちになる。
ペソアについても、研究報告のような章はない。タブッキの特集を組んだ意味があったのだろうか。
もしタブッキが神智学や薔薇十字の影響を受けた本物の神秘主義者であるとするなら、彼はあたかも思い出すかのように影響を受けたはずである。
| 固定リンク
「文化・芸術」カテゴリの記事
- 芸術の都ウィーンで開催中の展覧会「ジャパン・アンリミテッド」の実態が白日の下に晒され、外務省が公認撤回(2019.11.07)
- あいちトリエンナーレと同系のイベント「ジャパン・アンリミテッド」。ツイッターからの訴えが国会議員、外務省を動かす。(2019.10.30)
- あいちトリエンナーレ「表現の不自由展」中止のその後 その17。同意企のイベントが、今度はオーストリアで。(2019.10.29)
- あいちトリエンナーレ「表現の不自由展」中止のその後 その16。閉幕と疑われる統一教会の関与、今度は広島で。(2019.10.25)
- 天も祝福した「即位礼正殿の儀」。天皇という存在の本質をついた、石平氏の秀逸な論考。(2019.10.23)
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- (26日にオーラに関する追記)「前世療法は、ブラヴァツキー夫人が危険性を警告した降霊術にすぎない」を動画化するに当たって、ワイス博士の著作を読書中②(2021.01.25)
- 「前世療法は、ブラヴァツキー夫人が危険性を警告した降霊術にすぎない」を動画化するに当たって、ワイス博士の著作を読書中(2020.11.19)
- Kindle版評論『村上春樹と近年の…』をお買い上げいただき、ありがとうございます! ノーベル文学賞について。(2020.10.16)
- 大田俊寛氏はオウム真理教の御用作家なのか?(8月21日に加筆あり、赤字)(2020.08.20)
- コットンの花とマーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ』(2020.08.17)
「評論・文学論」カテゴリの記事
- (再掲)イルミナティ創立者ヴァイスハウプトのこけおどしの哲学講義(2020.10.17)
- 中共によって無残に改竄された、「ヨハネによる福音書」のイエス(2020.09.29)
- 「原子の無限の分割性」とブラヴァツキー夫人は言う(2020.09.15)
- 大田俊寛『オウム真理教の精神史』から抜け落ちている日本人の宗教観(この記事は書きかけです)(2020.08.28)
- 大田俊寛氏はオウム真理教の御用作家なのか?(8月21日に加筆あり、赤字)(2020.08.20)
「神秘主義」カテゴリの記事
- 21日、誕生日でした。落ち着きのある美しい花束と神秘的なバースデーカード。(2021.02.23)
- 著名なヨガ行者パラマンサ・ヨガナンダと前世療法における「前世の記憶」の様態の決定的違い(2021.02.13)
- (26日にオーラに関する追記)「前世療法は、ブラヴァツキー夫人が危険性を警告した降霊術にすぎない」を動画化するに当たって、ワイス博士の著作を読書中②(2021.01.25)
- YouTubeに動画「魔女裁判の抑止力となった暗黒時代の神秘主義者たち」をアップしました。(2020.11.24)
- 「前世療法は、ブラヴァツキー夫人が危険性を警告した降霊術にすぎない」を動画化するに当たって、ワイス博士の著作を読書中(2020.11.19)
「文学 №1(総合・研究) 」カテゴリの記事
- トーマス・マン『魔の山』の舞台で行われるダボス会議のテーマであるグレート・リセット、内閣府のムーンショット計画、新型コロナワクチン(2021.03.04)
- 著名なヨガ行者パラマンサ・ヨガナンダと前世療法における「前世の記憶」の様態の決定的違い(2021.02.13)
- 高校の統合で校歌が70年前のものに戻っていたので、作詞者と作曲者について調べてみました(夕方、数箇所の訂正あり)(2021.02.08)
- ヴァイスハウプトはロスチャイルドに依頼されてイルミナティを作った ⑤(2021.01.30)
- ヴァイスハウプトはロスチャイルドに依頼されてイルミナティを作った ④(2021.01.28)
「Theosophy(神智学)」カテゴリの記事
- 21日、誕生日でした。落ち着きのある美しい花束と神秘的なバースデーカード。(2021.02.23)
- 著名なヨガ行者パラマンサ・ヨガナンダと前世療法における「前世の記憶」の様態の決定的違い(2021.02.13)
- ヴァイスハウプトはロスチャイルドに依頼されてイルミナティを作った ③(2021.01.20)
- 米大統領選を通して感じたこと(15日に追記、青字)(2021.01.14)
- (26日にオーラに関する追記)「前世療法は、ブラヴァツキー夫人が危険性を警告した降霊術にすぎない」を動画化するに当たって、ワイス博士の著作を読書中②(2021.01.25)
「Notes:アントニオ・タブッキ」カテゴリの記事
- 創作状況(初の歴史小説、エッセー)(2017.04.28)
- アントニオ・タブッキの新刊『イザベルに ある曼荼羅』(和田忠彦訳、河出書房新社、2015年) ※31日に加筆あり。(2015.03.29)
- 神秘主義者としての課題と最近の出来事(2014.03.27)