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2013年12月12日 (木)

「シャガール展」に出かけて

 大学時代、シャガールはとても人気があった。シャガールはその頃から何回か観ているが、なぜかいつも夫と一緒に出かけている。

 そして、12月8日の最終日に出かけた「シャガール展」。

 大分市子育て支援サイトnaanaを参考にさせていただくと、以下のような展示内容。

●油彩
「エッフェル塔と新婚の二人」1928年
「恋人たちとマーガレットの花」1949 - 50年

●版画
「母性」全5点、1926年
「アラビアンナイトからの4つの物語」全12点の内5点、1948年
「バイブル 」全105点、1956年
「悪童物語」全10点、1958年
「ダフニスとクロエ」全42点、1961年
「出エジプト記」全24点、1966年
「サーカス」全38点、1967年
「オデッセイ」全43点、1975年

 広告には、「愛と幻想の色彩画家」とあったが、わたしの中にあったシャガールはまさにそんなイメージだった。

 広告に使われていた「エッフェル塔の二人」という1928年の大きな油絵などはそのイメージにぴったりで、実物は美しかった。豊かな画風でありながら、案外すっきりしているという印象を受けた。

 エッフェル塔を背景に寄り添っている二人は画家とベラ。十字に仕切られた窓の一角から入ってきている緑色のワンピースを着た天使は娘。窓の外に広がる赤い絨毯のような敷地にはエッフェル塔がある。

 シャガールは愛妻家で有名で、特に最初の妻ベラは美貌と知性、霊感に満ちた女性ということで有名だ。シャガール関係の本は何冊か読んだので、何というタイトルの本で読んだか記憶が定かでないが、ベラは自身の死を予知していたという。

『〈愛蔵普及版〉現代世界美術全集 17 シャガール』(集英社、1971年)に、印象的な2枚のベラを描いた絵がある。

 1枚は「黒い手袋をはめた私のフィアンセ」(1909年、カンヴァス、油彩、88×94 バーゼル美術館蔵)というタイトルの絵。やや横向きのベラは紫色のベレー帽を被り、ストレートヘア、長袖の襟のある白い服を着ていて、黒手袋をはめた両手を腰に当てている。若々しく、凜々しい表情で、女性だけれどもダンディだ。ベラはベラ・ローゼンフェルトといい、裕福なユダヤ人宝石商の娘だった。

 もう1枚は「緑衣のベラ」(1934~35年、カンヴァス、油彩、100×81 アムステルダム市立美術館蔵)という年月を経たベラだ。このベラが魅力的なので、画集から、ちょっと写真を撮ってみた(スミマセン……)。

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 成熟を感じさせるベラで、ひじょうに知的そうで、感性も豊かそうな中年女性だ。

 シャガールにとってかけがえのない伴侶であったベラはこの後、1944年9月、シャガールが57歳のときに感染症で急死する。夫妻はニューヨークにいたが、8月にパリが解放されたところだった。ユダヤ人夫妻にとって困難の多かった第二次大戦の時代がやっと過ぎ去ろうとしていたのに。

 シャガールの描く作品のそこここに、目の大きな、凜とした表情の人物があらわれるが、わたしはそれらの人物から、どうしてもベラを連想してしまう。

 シャガールは愛妻の死に打ちのめされるが、では哀悼のうちに一生を終えたかというと、そんなことはなく、その後、二人の女性と一緒になっている。

 英国女性ヴァージニア(ヴァージニア・ハガード)と一緒になった時期があり、男児をもうけている。その関係の破綻後、ヴァヴァ(ヴァランティーヌ・ブロドスキー)と結婚。

 ヴァージニアの存在は今回調べてみるまで、わたしは知らなかった。以下のブログに詳しい。

 シャガールは女性なしではいられない男性だったのだろう。何より画業にとって、女性は霊感の源泉だったようだ。

 とにかくシャガールというと、そうした愛の歓びとそれを喪失した哀しみを描く画家というイメージだったのだが、今回は版画が多く、それも旧約聖書の挿し絵が充実していたことが意外な嬉しさだった。

 わたしは萬子媛をモデルにした歴史小説が終わった後、長編児童小説『不思議な接着剤』の続きを書きたいと考えていて、その題材であるマグダラのマリアとの関連からも、興味深く鑑賞した。

 女性たちとの愛を描くとき、シャガールは開花するようにひろがり、また空高く飛ぶのが好きで、遠心的になるが、聖書を描くときは題材の人物やエピソードに迫るかのように、求心的になる傾向があるように感じられた。

 キリスト教的に形式化された旧約聖書と、ユダヤ人シャガールを通して知る旧約聖書は別物の感がある。

 物語性が豊かなのだ。ギリシア神話と同じような描きかたで、厳然としたものを感じさせながらもユダヤ神話というムードがある。イエスの死後しばらくして(?)生まれたユダヤの歴史家フラウィウス・ヨセフスの『ユダヤ古代誌』のうちの旧約時代篇がそうだ。

 というより、シャガールはヨセフスのようなユダヤ人によって語られる旧約聖書に馴染んでいただろううから、連想させられるのは当然か。

 版画作品でモノクロなのだが、人間も動物も素朴でありながら尊厳を感じさせられる厚みがあり、きりっとした表情。

 以下は、美術展でメモしたシャガールの言葉。

私にとって『聖書』を描くという行為は純粋に詩的なものを描き出すという点で、花束を描く行為とそう違っているわけではない。

 また解説にはこうあった。

ここで紹介する『聖書』は旧約聖書の物語集。ユダヤ人の家庭に生まれたシャガールにとって、最も身近であり重要なテーマのひとつです。〔……〕モーセに導かれたユダヤ人のエジプト脱出の物語は、第二次大戦中のユダヤ民族大虐殺を逃れるため、アメリカに亡命したシャガールの心を捉えたテーマです。

 これは余談だが、バッグから手帳とボールペンを取り出してメモをとろうとすると、係の人が飛んできて、鉛筆を渡し、「ここでは鉛筆しか使えないことになっています。どうぞ、それをずっとお持ちください」といわれた。

 美術展には何度となく行き、その度にメモをとってきたが、こういわれたのは初めてだった。鉛筆以外だと、落書きされたときに大変だからだろうか。念のために紙は自前のものでよいか尋ねると、それは構わないとのことだった。

 ところで、わたしは昔からキリスト教における旧約聖書と新約聖書の関係を怪訝に思ってきたのだが、旧約聖書中最も威光を放つ人物はモーセだろう。そのモーセは紀元前13世紀頃の人とされる。

 モーセはイスラエルの民を率いてエジプトを脱出した。そのころエジプトは第19王朝(紀元前1293年頃 - 紀元前1185年頃)のラムセス2世の時代だったと考えられている。そのころ中国は殷の時代。

 何か語られようと、神話の域でしか考えられないこうした古い時代の物語がまるでイエスの時代のつい昨日であったかのように語られる異様さ。

 イエスが亡くなったのは30年頃とされるが、同じ頃に生まれた前掲のユダヤの歴史家フラウィウス・ヨセフス(37年 - 100年頃)の著書は現代的といってもいいくらいの筆致なのだ。何しろモーセを描くのに、スピーチの手法を採り入れるくらいなのだから。

 その頃、中国ではイエスの死を挟んで前漢から後漢の時代となった。イエスの時代はもう神話の時代と考えるには新しすぎるのだが、キリスト教では歴史が神話に、神話が歴史になっているような倒錯がある。 

 話を「シャガール展」に戻すと、サーカスをテーマとしたものもよかった。以下は美術展でメモしたもの。

私には道化もアクロバットの役者も、みんな悲劇的なまでに人間らしい存在だと思われた。どこかで見た宗教画の中の人物によく似ているような気がした

 愛の性質も、宗教観も、個人の資質が大きく物をいうとはいえ、シャガールの場合、それらは当然ながらユダヤ教の懐から溢れ出たものといえるだろう。その愛も宗教観もキリスト教とはやはりどことなく異質なもので、純朴さが特徴的である。

 キリスト教のそれは如何に崇高であっても、どこか作為的で、作り物めいた感じをどうしても受けてしまうのだ。

 付記1:
 昨日、古い時代のことを考えながらこれを書いていた午後7時頃、仕事帰りの娘から「何か買い物ある?」とメールがあったとき、「帰っておいで、我が子よ」と返信してしまった。娘はしばらく沈黙したあと、爆笑しながら電話してきた。

 一昨日の夜、息子と電話で話したとき、「萬子媛の歴史小説のために貴重な歴史資料を提供してくださった郷土史家が凄いわよ。綿密な作業には驚かされるし、何よりも純粋な姿勢が感じられて心が洗われたの」と話したら、「郷土史家には中学や高校の先生だった人が多いね。郷土史家はあなどれないものだよ。地味な作業を、有名になろうという野望とは無縁に根気よくコツコツ続けているといった感じだよね。不思議なことに、彼らはどの地方にも存在する」と共感を示した。

 付記2:
  ユダヤの神話:Wikipediaに、「「イスラエル人たちが神と結んだ契約については繰り返し語られているが、申命記のそれはアッシリアが属国に結ばせた宗主権条約文と類似の構造を持つことが指摘されている。つまり、大国と属国との契約関係を、イスラエル人は神と自分達との契約に置き換えたのである」とある。これは……。

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