アントニオ・タブッキ『夢のなかの夢』(和田忠彦訳、岩波文庫、2013年9月)を読んで
初の歴史小説を書く計画のため、頭の中が江戸色に染まっているが、娘が面白そうな本を買って読んでいたので、読まずにいられなかった。
アントニオ・タブッキ『夢のなかの夢』。
作品の中でタブッキは20人の芸術家に眠りを与え、彼らの代わりに夢を描いてやっている。シュールな夢の特徴をよく捉えている彼は、夢の研究家でもあるに違いない。
最初に例外的にギリシア神話に出てくるダイダロスを置き、最後に、芸術家で構成された作品にしてはちょっと異色なフロイトの置かれているところが、それを物語っているように思える。
フロイトに与えた夢は痛烈な内容で、悪夢といってよい。しかも、それを死ぬ前日の最後の夜と決定づけているのだから、タブッキのフロイト批判が嫌でも伝わってくる。
否、批判というには適さないさりげなさがある。フロイトの心理学の内容を夢に変え、それをそっくり本人に贈っただけというような……。
作品には、詩人、画家、作家、音楽家が出てくるが、タブッキの凄さは、彼らの諸作品を徹底して読み込んでいるだけでなく、伝記類も丹念に調べ尽くしていることだ。
だから、夢を読んでいるうちに、こちらもよく知っている芸術家の場合は、写真や絵として残されたその顔が、自然に浮かんでくる。
わたしも好きな芸術家のことを調べ尽くすほうだから、ここに登場する何人かについて、よくここまで彼らの人生と作品と味わいを余すところなく織り込み、散りばめたものだと感心してしまった。
芸術家が、美に堪能し、天に憧れ、思索し、深刻に悩み、罪を犯したりしたことごとくを統べる神の代理人のようなタブッキ。
どんな状況、状態で芸術家が夢から覚めるのか、覚めないままなのか、珠玉のような掌編の最後まで目が離せない。
そう、目が離せないと書いてしまうほどに、この作品は映像的なのだ。夢がそうであるように。そして、どの一編も夢の軽やかさ、心地よさを持っている。
作品に登場する芸術家は以下の人々。
ダイダロス、オウィディウス、アプレイウス、チェッコ・アンジョリエーリ、ヴィヨン、ラブレー、カラヴァッジョ、ゴヤ、コウルリッジ、ジャコモ・レオパルディ、コッローディ、スティーヴンソン、ランボー、チェーホフ、ドビュッシー、ロートレック、フェルナンド・ペソア、マヤコフスキー、ロルカ、フロイト。
ノーベル文学賞が発表になった夜、娘が訊いた。「ノーベル文学賞って、死んだら貰えないの?」
貰えないというと、娘はタブッキがノーベル文学賞を貰わずに亡くなったことを悔しがった。わたしも残念だと思った。
ちなみに、タブッキと神智学協会は切れない仲であるようだ。神智学協会本部の登場する『インド夜想曲』を引くまでもなく、その作風からは神智学の薫りがする。日本の文学界は左傾化してしまっており、そうした面は黙殺されてきた。今後、わたしが研究していきたい(他にする人が見当たらないので)。
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