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2013年6月 1日 (土)

無能評価の高い潘基文(韓国人)が仕切る国連、日本政府に慰安婦中傷の阻止勧告

 以下はniftyニュースより。

国連委、慰安婦中傷の阻止勧告
2013年5月31日(金)22時0分配信 共同通信

 【パリ共同】国連の人権条約に基づく拷問禁止委員会(ジュネーブ)は31日、対日審査に関する勧告を発表。従軍慰安婦をめぐる日本維新の会共同代表、橋下徹大阪市長の発言を念頭に「政府や公人による事実の否定、元慰安婦を傷つけようとする試みに反論するよう」日本政府に求めた。日本政府は慰安婦問題について、条約は1987年発効で対象にならないと主張したが、禁止委は「法的責任を認め、関係者を処罰する」よう勧告した。

 やっぱりね、という印象のニュースでしかないが、それでも、何も知らない世界の一般大衆は「国連」という言葉に騙されるのである。

 その国連の主要機関の一つである国際連合事務局の代表、現職の第8代国際連合事務は潘基文という韓国人であり、無能評価が高いことで有名な人物なのだ。

 そうした人物が発表したことなど、本来は相手にするだけ馬鹿らしい話なのだが、何も知らない世界の一般大衆は「人権条約に基づく拷問禁止委員会(ジュネーブ)」などという物々しい言葉に騙されるのである。

 国連がすべきことは沢山あるだろうに、今や捏造であることがわかっている従軍慰安婦問題を利用して、世界の世論を操作するために勧告を発表する。

 それに対して、礼儀正しすぎる、わが日本の反応。日本は昔からそうだということを、このところのリサーチを通して知った。

 品の良い日本に生まれてよかったと誇らしく思うが、日本政府はこの危機を乗り切るために、従軍慰安婦問題は捏造にすぎないことを世界に向けて明確に発表すべきではないか? 韓国の向こうに見えるアメリカに遠慮しているのだろうか。

 何にせよ、日本の優柔不断に見える態度には、理由があるに違いないとわたしは思うようになった。現職の第8代国際連合事務総長、潘基文に関してWikipediaから一部をライン以下にクリップしておく。

 ※当ブログにおける関連記事

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Wikipedia:潘基文

人事問題

元国連大使の崔英鎮を駐コートジボワール特別代表に任命するなど、国連の主要なポストに自国民を起用したことから縁故主義であるとして、潘に対し国連内部から反発が生じている。これに対して潘は、元々国連への財政負担の割に極端に職員数が少なかった韓国人職員の数が増えたに過ぎない、と反論している 。ただし、韓国は国連分担金の内、10個国際機関分担金1100億ウォン(1億1600万USドル)を滞納しており、2007年に387億ウォン(4100万USドル)、2008年に713億ウォン(7500万USドル)を投入して滞納を皆解消する計画を示してはいたが、この発言の時点では完済していない。この傾向は徐々に高まっており、2007年には潘の娘婿のインド人が国際連合イラク支援ミッション (UNAMI) の官房長に抜擢され、国連職員組合は「親類縁者や友人を頼った求職」を批判する文書を2007年12月に採択する事態となっている。

事務総長としての中立性

国連事務総長は複数国家の代表として、職務の中立性が求められる。しかし、潘は事務総長就任以来、上記の縁故採用問題の他、たびたび事務総長としての中立性を保っていないばかりか、むしろ自ら破っていると指摘される出来事を起こしている。

2007年10月24日の「国連の日」においては、毎年この日に恒例行事として国連本部で行われる事務総長主催のコンサートが開催された。加盟192カ国の大使や外交官ら約1600人が出席した。この日、潘の意向によって母国のソウル・フィルハーモニー・オーケストラが公演を行い、ソウル市と韓国国連代表部がコンサートを後援した。

このコンサートの場において、韓国国連代表が作成した「Welcome to KOREA」と題された、日本海を「東海」と表記した英文のパンフレットが式次第とともに配られた。事務総長が主催する国連コンサートでこうしたパンフレットを配布するのは過去に例がなく、国連側はその場で回収するなどの措置も取らなかった。韓国側は地名の表記方法などについて話し合う国連地名標準化会議で、日本海の呼称を「東海」と併記するよう求めており、加盟国大使らが多数出席するコンサートの場を利用して自らの主張の定着を狙ったものとみられる。翌日、日本の国連代表部は国連事務局と韓国国連代表部に対し、文書などで抗議を行った。

2008年7月3日、 事務総長就任後初めて訪韓した際に、訪韓の感想を問われて、「韓国人の国連事務総長として韓国の国力伸張に貢献できるようベストを尽くす」と述べた。一方で、2008年になり、韓国国内の政治の混乱、また国際社会において韓国が自ら果たすべき役割の規模が小さ過ぎるという現状に対し、メディア等で苦言を呈する場面も出てきている。

相次ぐ「無能」評価

歴代の国連事務総長たちは、見た目には重要なポストであることに比べて大きな実績を上げてこなかったが、潘については「その中でも際立って無能」との評価を受けてきている。

ニューズウィークは、韓国外相から事務総長に転じた2年半の間に大きな失敗を犯したわけではないが、核問題や難民問題にも関心を示さず、「世界中で名誉学位を収集して歩き、見事なまでに何も記憶に残らない声明を発表し、事務総長として影響力を発揮できたかもしれない貴重な機会を無駄にすることに費やしている」と評した。

また米誌フォーリン・ポリシーにおいても歴代事務総長の中でも特に指導力や存在感を欠き「国連を無意味な組織にした」と酷評され、英誌エコノミストからも潘の管理・調整能力不足を指摘され、自身が最重要課題に挙げた地球温暖化問題も含め大きな実績はなく、欧米諸国の支持を失っているともされた。  

2009年7月には「アウン・サン・スー・チーとの面会」のため突如としてミャンマー入りし世界を驚かせたが、事前に何ら下交渉が行われておらず、結局スー・チーとの面会を果たさぬままミャンマーを去った。

オスロ合意締結に尽力したノルウェーのモナ・ユール(当時次席国連大使、夫のラーセンは潘の下でレバノン問題特使を務めていた)は、本国政府宛の公電において「不明確でカリスマ性に欠ける」「かんしゃく持ちで周囲の手に負えない」とこき下ろした。この記事をきっかけに、以前から存在した潘に対する絶望的な不安感や批判が噴出している。ニューズウィークでは「勇気がなく」「魅力に欠け」「無能」と断じられ、即刻退任するのが世界のためと言い切られた。潘はユールの公電に対し、同国ノルウェーにおいて「わたしたちはみな異なるバックグラウンドと異なるリーダーシップのスタイルを持っている」と反論した[23]。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは2011年1月24日に発表した年次報告書において、潘について、「人権侵害を繰り返す国々に対して、国際的な地位がそれほどでもない国々に対しては、強い批判を口にするが、中国のような大国に対しては何もしない」と名指しで批判した。

内部査察室事務次長との確執

国連内部査察室トップのインガブリット・アレニウス事務次長は2010年7月の退任時に潘基文事務総長に50ページにわたる報告書を提出し、その中で「国連は活動の透明性も説明義務も果たしていない」、「事務総局は腐敗しつつあり、戦略なき無責任な運営は、国連の改革をもたらさないどころか国連の弱体化を招いている」と述べ、「彼の行動は嘆かわしいだけでなく厳しく非難されるべきだ」と潘基文を真っ向から批判した。同報告書では、潘事務総長が会計監査報告の公開や犯罪とみられる行為の告発を拒んだり、空席状態が続く調査部門責任者の人事を却下したり、業務を阻むような行動を取っていたと指摘している。この2名の確執は以前から知られており、調査部門の人事をめぐっては、アレニウス事務次長が、米検察官のロバート・アップルトンを2度推挙したが、潘事務総長はまともに取り合わなかったという。このことに関してロバート・アップルトンは潘事務総長が本来中立であるべき監察室の人事に政治的な介入を行い、不当に採用を阻まれたとして、国連不服審判所に150万ドル相当の損害賠償などを求める訴えを起こしている。

日本との関連

潘は外交通商部長官就任後、盧武鉉政権の対日強硬路線に沿って日本への厳しい批判を繰り返した。マスコミとの会見においては、小泉首相の靖国神社の参拝強行、日本政府の「歴史歪曲」や竹島に対する領有権主張などによって日韓関係が冷え込んでいると主張、日韓関係改善には日本が歴史問題を正しく認識すべきであると主張した。

一方で、潘は小泉純一郎の首相時代の靖国神社への参拝で日韓関係が冷え切った中でも関係改善に努力していた点から、日本の外務省にもいい印象を与えているようである。北朝鮮の核問題などをめぐる交渉で知己を得たアジア大洋州局長の佐々江賢一郎は、「バランスが取れ、よく考える人だ。何より日本への偏見がないのがいい」と評価する。

2006年10月20日にソウルを訪問した麻生太郎との会談で、潘は北朝鮮による日本人拉致問題に触れ、「拉致問題では国連事務総長として特別の関心を払いたい。協力していきたい」と述べた。潘は11月6日に来日し、再び麻生と会談、日本人拉致事件について「拉致問題に関する日本の関心は誰よりも承知している。事務総長としてできる協力をしたい。役に立つことがあるのではないか」と述べた。

一方で、慰安婦問題に対しては米国下院の決議案を支持する姿勢を堅持したり、自身主催の国連本部開催でのコンサート上で日本海を東海に変更すべきだというパンフレットを来場者に配布したことが発覚し日本政府から強く抗議されたりと、現在の日本政府の立場とは相容れない部分もある。

以上の日本への対応から、一部では「彼が事務総長である間は日本の常任理事国入りは叶わない」ともされている。ただし潘自身は、国連安保理の拡大の必要性を認めている。

2010年8月6日、広島で開催された広島平和記念式典に国連事務総長として初めて出席した。また、それに先立つ8月5日には長崎を訪問し、被爆者との面会や爆心地公園での演説をおこなった。長崎への訪問も歴代国連事務総長では初めてである。

人物

韓国内では、上司の言うことは何でも聞く「イエスマン」(韓国経済新聞)、「米国べったり」(アジア外交筋)、「本音を出さず、無色無臭で生き残った」(韓国紙日本特派員)等の辛口の評価もあるようだ。[30]韓国では「答えるのが難しいデリケートな質問が多くなされてもよく抜け出る」という意味で「油をさしたウナギ」というニックネームがあった。

国際連合事務総長では唯一、自分の信仰している宗教の有無を明言していない。

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