これは……日本のキリシタン物では?『聖灰の暗号』(帚木蓬生)
昨日は、童話の創作メモを書いたあと、出かけていた。
でも、まだ当面は書けない『不思議な接着剤』と、せめて書きたいと考えていたそれのミニチュアのことが頭を離れず、参考資料になればと思い、未読だった帚木蓬生『聖灰の暗号』上下(新潮文庫、平成22年)をざっと読んでみた。
地理的な描写や歴史的な記述は参考になる。が、何ともいえない違和感。主人公が日本人の歴史学者で、カタリ派弾圧を記録した古文書を発見するのだが、カクレキリシタンのことが小説の中に度々出てくる。
それはいいとしても、ミステリーとはいえ、肝心のカタリ派まで日本の隠れキリシタンにしか見えない(読めない)のはまずくないか?
著者の教養は大したもので、東大仏文科卒(TBSに2年間勤務後、九大医学部に学び、現在は精神科医という。当然、小説家でもあるはずだ)の語学力が生かされたらしく、主要参考文献には横文字のものしか並んでいない。
そこには、カタリ派の哲学を報告・分析したルネ・ネッリの著作もある。ネッリの著作を読んでいながら、なぜカタリ派が日本の隠れキリシタンになるのかがよくわからない。
どうして現代日本の小説家が書くと、小説家自身は学歴優秀、語学堪能、海外滞在歴あり……であるにも拘わらず、まるで日本しか知らない人が書いたみたいな糠味噌臭いメロドラマ、お茶の間劇場になりがちなのだろうか。
わたしは日本語で書かれたり、訳されたりした研究書しか読めないが、それらから浮き彫りになったカタリ派の知的側面に魅了された。日本の隠れキリシタンにはない、神秘主義的側面にもまた魅了された。
そうしたカタリ派の魅力には、この小説では触れることができない。
ミステリーとしても、どうだろう。仮に、小説に描かれたようなタイプの古文書が発見されたところで、今更という感じもする。それほどの反響も呼ばないのではないだろうか。
現に、昨秋などはもっと衝撃的な、ハーバード大の歴史学者カレン・L・キング教授がイエスに妻がいた可能性を示す文献が見つかったと発表したが、バチカンは公式見解として、それを否定した。それだけのことだ。
勿論カレン・L・キング教授は研究を進めるだろうし、それが本になって翻訳されれば、わたしのような普通のおばさんであっても興味があれば読む。だが、それだけのことではないだろうか。
バチカンを中心に据えた絢爛豪華な仮想世界を構築し、一般人の好奇心をもそそるようなイエスに関する研究資料を――前掲のキング教授の著作のようなものも――取り込んで、エキセントリックな表現法でミステリーに仕立てた『ダ・ヴィンチ・コード』のような小説を書くのはなかなか難しいことなのだろう。
『聖灰の暗号』には美味しそうな食べ物の場面がよく登場する。あまり食べようとしなかったカタリ派に心を寄せる主人公にしては食べ過ぎる気もするが、レビューを見ると、読者には受けるようだ。
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