受験生が喜悦した牧野信一の小説、フェーヤー? フェーヤー……チョッ!
センター試験の国語の問題に使われた小説に「フェーヤー? フェーヤー……チョッ!」「スピンアトップ・スピンアトップ・スピンスピンスピン」というのがあって、それが受験生を面白がらせたらしい。
最近の不純文学、否純文学小説からの出題だろうか、とわたしは眉を顰めた。
昨日の朝刊にセンター試験の問題と正解が載っていたので、国語の問題を見てみると、確かにあった。
「シイゼエボオイ・エンドゼエガアル」
「スピンアトップ・スピンアトップ・スピンスピンスピン――回れよ独楽こまよ、回れよ回れ」
「フェーヤー? フェーヤー……チョッ! 幾度聞いてもだめだ、すぐに忘れる」
「ヘーヤーヘブン」
何と、これは牧野信一の掌編小説『地球儀』だという。『地球儀』は未読だったが、牧野信一なら知っている。新聞でも『地球儀』全文が読めたが、青空文庫に牧野信一の公開中の作品は343もあり、『地球儀』もあったので、改めて読んでみた。
この小説に関する問題をやってみた。一問あやふやで、危なかった。久しぶりに国語の勉強……どっと疲れた。
牧野信一の名は、坂口安吾のエッセーで知った。安吾の『風博士』『黒谷村』を褒めた作家だ。Wikipediaによると、1896年に生まれ、1936年に没している。牧野信一は自殺したのだが、牧野信一の小説と合わせて安吾の以下のエッセーを読むと、死に至った事情がうっすらと浮かび上がってくる。
安吾は、以下のように書いている。
私は近年牧野さんと文学上の見解を異にしあまり往来しなかつた。私は詩人から小説家になつた。すくなくとも、ならうとしてゐた。私達は詩と小説の食ひ違ひで会へば必ず啀いがみあつた。然し牧野さんは理論を持たない人だから単に悪罵になるばかりでお互に気まづい思ひをするばかりだから、自然会ふことも少くなり、会つても最近は文学を談じたことは全くなかつた。
当時牧野さんは泉岳寺附近へ越したばかりで小学二年生だつた息子英雄君の学校のことで苦労してゐた。これからも転々住所を変へることは分つてゐるから(彼は書けなくなると引越しをした)引越しても転校の必要のない学校へ入学させたいと言ふ。
理論を持たないという安吾の言葉は、牧野信一の痛いところを突いているのではないだろうか。書けなくなると引っ越しをしたというエピソードにも、文学技法上の欠陥と自殺の原因が潜んでいる気がする。
どの作品に接しても、何か磨りガラスを通して見るようで、この作家の真意がどこにあるのかよくわからない。近代文学は西欧的個の確立から始まったと思うのだが、牧野信一に関しては自分と他人との境界があいまいであるような印象を受ける。
そういった意味では、純日本的な作家だった。幻想的な作風から「ギリシャ牧野」とも呼ばれたらしいが、作品にギリシャ風の装飾が施されているというだけで、精神構造は平均的な日本人だったとわたしには思える。
とはいうものの、自然と自己の一体感といった安らぎの境地からは遠かったに違いない。現実そっくりの異界にいた人――、足場の悪いところで、職業的にというにはあまりに無防備に、人間の業を戦きつつ見つめていた人――であった気がする。
文学で稼げぬ苦しさ、家族を養う自信のなさが観察眼をより鋭利にし、感受性の塊にして、そのことが自己を守る楯とも道標ともなりうる理論からますます彼を遠ざけたのだという気がする。
人間に潜む暗部を暴き出したかのような『鬼涙村』などは一度読むと忘れられない。
※カテゴリーに「時事・世相」を追加しました。
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