瀕死の児童文学界 ⑧当世風ファンタジーにある説教臭さと縛り
マーク・トウェイン『不思議な少年44号』(大久保博訳、角川書店、平成22年)を読み始めた。「トウェイン完訳コレクション」と名づけられたうちの一冊。
河合隼雄の著作や当世風ファンタジー作家の作品を漁って読んでいるうちに、ミイラとりが半分くらいミイラになりかけた。
過日書いた、自分のものらしからぬ短編がそのことを物語っている。
それで、正気に返るために、伝統的な――といういいかたは適切ではないかもしれないが――昔馴染んだ作家の作品を読もうとしているわけなのだ。
この作品は、過去80年近くも改竄版が出回っていたらしい。
わたしは子供の頃にトウェインの『王子と乞食』を何度も読んだ。
わたしが馴染んできた伝統的ファンタジーと、河合隼雄の影響を無視するわけにはいかない当世風ファンタジーとはどこがどう違うのだろうか?
村上春樹、吉本ばなな、小川洋子、梨木香歩らの作品を読むと、わたしは最初は万華鏡とか玩具箱、あるいは宝石箱を覗き込んだようで、わくわくし、強く惹きつけられるのだが、そのうち、不安、閉塞感、倦怠感などを覚え出し、不安定な気分に陥ってしまうのが常だ。
伝統的なファンタジーが自然の賜物である水、時には天与の甘露を感じさせるとしたら、彼らの作品はアルコール風といえる。悪酔いしてしまう。
それに、彼らの作品は自由な作風のようでいて、案外説教臭い。奇妙な縛りがある。それでいて、人間的な何かを欠く(そんな書きかたがなされているという意味だ)。
その何かの正体がわたしにはうまく掴めない。というのも、読んでいるうちに変になりそうで、なかなか読破できないからというのもその一因だ。
現に今も、研究の一時中断が必要だと感じている。
ジョージ・マクドナルドは3年間牧師をしていたことがあるせいか、彼の作品は説教臭い児童文学作品の代表のようにいわれることがあるが、わたしはその点は全然気にならない。
マクドナルドの作品の持つ神秘性が印象に残るばかりなのだ。彼の作品ばかりではない、伝統的なファンタジー作家の作品には本物の神秘性が息づき、豊かに花開いているのが感じられる。
そこに描かれた神秘は、作家の内的体験を経たものであることを感じさせるだけのリアリティがあるのだ。
が、当世風作家の描く神秘はそれを感じさせない。紙のように薄っぺらだから、彼らが空想をほしいままにするとき、リアリティに欠ける神秘性では、それらを制御できない。
空想には人を食い尽くす猛獣のような面もあることを、人は知っておくべきだ。作家に悪気がなくとも、飼い慣らされないまま巷に放たれた猛獣は人を餌食にしたりもするだろう。
そう、彼らが空想を放縦に扱う様はまるで子供が危険物を扱うような見ていられなさなのだ。
また、彼らの説教臭さはマクドナルドのような体験の裏づけがないので、説教臭いというよりは、イデオロギーのように響いたりもする。
河合隼雄が『ファンタジーを読む』で行っている作品の分析は、恣意的であるだけでなく、しばしば言葉がうまくつながらない奇妙なものだが、彼は美食家のようによい作品を知っている。
その美食家が同時に優れた料理評論家とは限らず、シェフの扱いを心得ているとは限らない。
河合隼雄の影響を受けなければ、当世風ファンタジー作家は彼ら本来の作風を開花させ、その中で自らを成熟させていったかもしれないとわたしは思う。
河合隼雄に教えられて、わたしはアンリ・ボスコを知り、あまり読んだことのなかったポール・ギャリコを読んだ。
河合隼雄に教わって読んだアンリ・ボスコもポール・ギャリコも純文学的手法で書かれた伝統的ファンタジーであって、河合に育てられた当世風作家たちの作風とはやはり違う。大人と子供くらいに――創作の技術的な面というより、意識のありようが――違う。
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