C・G・ユング『ヨブへの答え』(林道義訳、みすず書房、1988年)
まだ読みかけたばかりなのだが、明日が図書館の返却日。さすがはユングと思わされる著作であるので、予約が入っていなければ、続けて借り、読破したい。そこで、これはちょっとしたメモ。
旧約聖書にある『ヨブ記』は大学時代からの愛読書だった。不運に打ちひしがれたときに、『ヨブ記』ほど、心に染み入る著作は少ない。ユングも大学時代に盛んに読み、夢日記はその頃からつけている。しかしユングが『ヨブ記』をどう解釈したのかまでは知らなかった。
まだ読みかけたところで、全貌は掴めていないが、『ヨブ記』にアプローチしたものとしては異色の作といってよいことは間違いないだろう。
異色の書といえば、ジークムント・フロイト『モーセと一神教』(渡辺哲夫訳、ちくま学芸文庫、2003年)もそうだ。ユダヤ人フロイトのモーセに関する自由な発想に呆然となり、レビューを書く段階にないまま放置状態なのだが、カテゴリー「Notes:不思議な接着剤」で扱っているテーマにリンクするところのある著作なので、ちゃんと書いておきたいとは思っている。
このフロイトの著作を読むと、ヨセフスのことが連想される。イエスと同時代――紀元1世紀――のユダヤの歴史家フラウィウス・ヨセフスが、モーセを書く際に自由な描き方をしたことを。『ユダヤ古代誌』の訳者秦剛平氏によると、ヨセフスはモーセにスピーチさせる手法を採り入れた。この登場人物にスピーチさせる手法は、トゥキュディデースから継承したものらしい。
ユングはユダヤ人ではないが、『ヨブへの答え』は、師であり後に袂を分かったフロイトの『モーセと一神教』を連想させる。『ヨブへの答え』においても、発想の自由さに驚かされるが、その自由さがどこから来るかというと、フロイトと同じように分析の厳密さから来るのだ。ユングは『ヨブ記』の神について、「ヤーヴェは現象であって、人にあらず」と書く。
[引用 ここから]……
無意識のうちにあることは動物的 - 自然的である。あらゆる古代の神々と同様ヤーヴェもそのシンボル体系を持っており、しかもそれよりはるかに古いエジプトの動物の姿をした神々・とくにホールスとその四人の息子たちの姿・を紛れもなく拝借している。ヤーヴェの四つの《生き物》のうち一つだけが人間の顔をしている。それはおそらくサタン・精神的な人間の代父・であろう。エゼエキルの幻視は生き物の形をした神に、四分の三は動物の顔を、四分の一にだけ人間の顔を与えている。他方で「上位の」神、すなわちサファイアの円盤の上にいる神は、人の姿に似ているにすぎない。このシンボル体系はヤーヴェの――人間の立場から見て――我慢のならない振る舞いを説明してくれる。その振る舞いはすぐれて無意識な行生き物の振る舞いであって、それを道徳的に判断することはできない。すなわちヤーヴェは現象であって、「人にあらず」である*。* 《世界創造主》が意識的な存在であるという素朴な仮定はゆゆしい偏見と言わざるをえない。なぜならその仮定は後に信じがたいほどの論理的な矛盾を生みだしたからである。たとえば、意識的な善なる神は悪い行為を産み出すことができないと仮定する必要がなかったら、《善の欠如》などという馬鹿げた概念は必要なかったであろう。それに対して神が無意識であり無反省であると仮定すれば、神の行為を道徳的判断の対象とせず、善なる面と恐ろしい面とを矛盾とは見ない見方が可能になる。
……[引用 ここまで]
・‥…☆・‥…☆・‥…☆
ここからは、上に書いたこととはまったく別の事柄で、ファンタジーに関する覚書だが、当世風ファンタジーは、ユングの理論を踏襲して「真のアイデンティティー」を目指すつもりの一種の宗教となっているように思える。「真のアイデンティティー」を目指すのはあくまで作者であって、作品は手段にすぎない。登場人物は道具と成り果てている。読者が登場人物に安全に感情移入できた以前のファンタジーとは、別物なのだ。
彼らは個人的無意識に潜入して集合的無意識に至り、そこで宝物(普遍的物語)を発見して持ち帰っているわけではない。そんな方法論が確立されたという話は聴いたことがない。彼らは、意識的に気ままな空想に耽って、意識的に気ままな物語を綴っているにすぎない。その創作姿勢がひどく不健康に、無責任なものに映る。
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