書評 - 梨木果歩『西の魔女が死んだ』(楡出版、1994年)
児童書かと思い、図書館から梨木果歩『西の魔女が死んだ』(楡出版、1994年)を借りてきて読んだ。
わたしには児童書とは思えなかった。映画化もされた大ヒットした作品のようで、作風からは吉本ばなな、村上春樹を連想した。純文学小説ではない。純文学ではないとなるとエンター系ということになるのだろうか。かといって、ファンタジーでもないような……ライト・ノベルというジャンルなら、ぴったりきそうな読後感だった。
しかし、ウィキペディアで調べてみると、日本児童文学者協会賞、新美南吉児童文学賞、第44回小学館文学賞を受賞しているから、文学界ではやはり児童文学扱いだ。児童文学界の考えていることは本当に訳がわからない。
この作品は少なくとも、純文学の手法では書かれていない。主人公=イギリス人の祖母と作者の間に距離感がなさすぎるからだ。作品全体が主人公及び祖母の心地のよい――対話というより――モノローグから成り立っていて、一面的であり、純文学には不可欠な重層的つくりにはなっていないのである。
ググってみると、日本中、感動と共感に打ち震えている人だらけなので、こんな純文学的凝視をしてしまうと、水を差すようなやましさを覚える。しかし、わたしはどうしてもそうしてしまう。
生活のスタイルという点で他人に妥協したくない、些か身勝手な人々の孤独と束の間のふれあいを描いた都会派ライト・ノベルと感じられる。祖母を含めて、登場人物たちに基本的な違いがあるようには思えない。
知的でセンスのある祖母は、日本の田舎でイギリス風のカントリーライフを楽しむ人物だが、自身を魔女と称さなければならないほどのマイノリティーということもできる。唯一の理解者であるはずの娘とは、疎遠とはいわないまでも、どこか他人行儀な関係である。
祖母には、ごく部分的にだが、神秘主義をとり入れている風なところが窺える。喘息の孫の前で煙草を吸うようなアバウトな面もある。登校拒否をして緊急避難してきた孫に、自己流の死生観を饒舌なまでに伝えようとするところは、少し異様な気もする。孫の将来を案じてというよりは、ニュートラル地帯にいる孫を自身の側に引き寄せたかったのではないだろうか。
主人公のまいは中学生になったばかりの時点で、のちに「西の魔女」と呼ぶようになる祖母とひと月を共に過ごし、規則正しい生活と「自分で決める力、自分でやり遂げる力」を身につければ超能力がつくと祖母に励まされ、カントリーライフに魅せられていく。しかし、あくまでそれは、居心地のよいゲストハウスにおける、まいのひと月のイベントにすぎない。
というのも、本当にまいが祖母を愛するようになっていたとしたら、もう中学生にもなっていたのだから、大切な人となった祖母の身辺に鋭い視線をそそぎ、一見快適そうなカントリーライフの舞台裏を見抜いたはずだからだ。
まいは祖母の家に出入りする粗野な田舎物のゲンジを嫌うが、祖母は彼を遠ざける原因となり兼ねない孫の行動にハラハラし、頬を打ちさえする。男手のない田舎暮らしは大変なのである。高齢になった祖母にとっては、ゲンジは用事を頼める唯一の男性だったに違いない。
わたしには索莫とした思いだけが残った。読書感想文の課題には、ライト・ノベルではなく、もっと手ごたえのある純文系の作品のほうがいいのではないだろうか。もっと年齢のいった女性が、ティータイムに読むのによさそうな小説だと思う。
小学生と大学生が同じような読書感想文を書いているのを閲覧し、ショックを受けた。漢字の使用数だけはさすがに大学生のほうが多かったが、内容がそっくりだったのだ。
以上、もう一人の西の――野暮ったい――魔女の感想である。
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