冷酷な処遇――臓腑の煮えくり返りしこと
ポリテクに通っている夫だが、つい昨日、ポリテクに通っていてよかった……と思う出来事があった。
ポリテクに合格しなければ、5ヶ月で雇用保険が切れる。12月まででそうなるところだった。
しかし、ポリテクに通う間は雇用保険を受けられるから、来年の3月まで期間が延びる。
正直いって、ポリテクで学んだことが定年後の職探しにどれくらい有効なものか疑問なところもあるのだが、夫は次の利点をいう。
ポリテクで毎日、求人情報に触れられる。ポリテクに通ってくる仲間から情報が得られる。求人情報からだけではわからない裏事情を得ることができるということだ。
日当700円、交通費が支給されるのもありがたい。体がなまらないのもいい、と夫はつけ加えた。
定年後の職探しの厳しさはこの4ヶ月で身にしみたところだから、とにかく、来年3月まで期間が延びるのはありがたいのだ。
実は、12月から夫が古巣にアルバイトで戻れることをわたしたち夫婦は期待していた。実現を目前にしてその希望は――昨日の夕方――潰えた。
期待した(期待させるプリントが配られりした)継続雇用がだめになったが、ほとぼりが覚めた頃にアルバイトで雇って貰えるケースも(少なくとも以前は)あったことから、某ホームセンターに勤務していた夫にかつての店長仲間から「うちに来て貰えるとありがたい。朝方の作業を仕切って貰えないだろうか」という話があったときは、定年後の職探しの厳しさがわかりかけていたときだけに、それにすがりついた。
いや、正確にいうと、わたしと娘は懸念があったのだが、夫は信頼しきっていた。それも無理からぬことで、話を持ってきてくれた店長さんは信頼できる人物だったのだ。
夫から、アルバイトを採用する場合は現場に任されていると聞かされ、現に、夫は現役時代、そうやって現場でアルバイトを採用してきた。とはいえ、最終判断は人事部が行う。わたしと娘の懸念材料はそこにあったのだ。
アルバイトとしては、この辺りとしては破格の時間給が示され、ほとぼりが冷めるまで、4ヶ月間待ってくれといわれた。
息子が「冷たく切るような会社には何も期待しないほうがいいよ」と忠告してくれ、あの会社の冷たさ――会社が大きくなるにつれ、そう感じられることが多くなった――は台風被害に遭ったあとに起きた出来事からもわかってはいた。
2004年に台風で借家が損壊したとき、屋根にブルーシートを敷いた黴だらけの家でしばらく暮らし、引っ越した。それからひと月もしないうちに、転勤の辞令がおりた。
以前は転勤できない事情があった場合、考慮して貰えたものだったから、今転勤するのは厳しい旨を夫は申し出たが、人事部の蛸男(人間なのにタコそっくりなのだ)に聞き入れられず、転勤した。
損壊した借家から別の借家に引っ越したのが10月14日、転勤で今住んでいる街に引っ越したのが12月1日のことだった。
娘はそのとき就職活動中で、小泉不況で就職事情の思わしくないなか、まだ決まっていなかった。損壊した借家で暮らしていたときにわたしは心不全の症状となり、転勤のための引っ越し作業をしている最中に喘息を発症して運送屋さんを驚かせたりした。
2人の大学生を抱えて、わが家はとにかくお金のないときだったが、行政からはもちろん、会社からも台風被害の見舞いなどは何もなかった。
それどころか、転勤の件でも、継続雇用、またアルバイトに関しても願いは聞き入れられなかった。長年、薄給――失業中の身にはナンだか高給だったように感じられるけれど――で、朝から夜遅くまで身を粉にして尽くしてきた報いがこれなのだった。
先日、夫は、アルバイトの話を持ってきてくれた古巣(夫が店長をしていた中型店舗とは別の大型店舗)へ面接に行った。12月の頭から来てくれということだった。そこでは夫が12月から入ることを従業員の皆が知っていて、温かい言葉をかけてくれたそうだ。夫は朝方の作業を仕切ることになり、受け持つ売り場も聞かされていた。
夫から悦ばしい報告を聞き、わたしは新しい生活に向けて家計を細かく見ていきながらも、不安だった。夢見がよくなかったからだ。
夫が面接に行った日、うたた寝していたわたしは、何かの毛が床一面に散っている凶夢を見た。毛が落ちている夢は凶夢であることが多く、1本落ちている夢でさえ不吉なのに、沢山散乱している夢だった。このところ、蛇やネズミの夢もやたらと見ていた。蛇やネズミの夢は金銭に関係することが多い。
案の定、昨日の夕方、アルバイト不採用の連絡があった。人事部からハネられたのだ。
東京の息子は、娘から夫のアルバイトが決まったと聞いて、安心している様子だった。わたしは12月になって、実際に夫が働き始めるのを確認してから息子に電話をするつもりだった。
だが、よくない報告をしなければならなくなった。悪い報告は早いほうがいいと思い、夜9時ごろ電話をすると、息子はまだ会社だった。
かけ直すというと、短時間なら話せるというので、話した。わたしは、わたしたち夫婦の甘さを叱られると覚悟していた。でも、息子の言葉は優しかった。
そればかりか、もしものときは……円くらいはあるから、いってほしいといってくれた。その金額は、継続雇用がだめになったとき、息子も一緒に行くはずだった海外旅行の中止を告げ、「いくらくらいかかるの?」と訊かれたときに答えた金額と同じだった。
もしかしたら、旅行費用を出してくれるつもりだったのかもしれないが、息子は返事に窮した。想像したより高額だったからだろう。
あの金額だわ……と思い、息子の優しさが嬉しかった。わたしたちはそんなことにならないよう、頑張らねばならない。
といっても、わたしの健康状態は外で働くのには向いていない。求職活動は夫に任せて、書くのみ。
天の果実はこの世では実りにくい。だから、芸術家は苦労をするようにできているのだ。芸術家として棘の道を歩いているというとおこがましいけれど、わたしの創作に家族を巻き込み、貧困への不安をつくったのはわたしだ。
共稼ぎをしていれば、息子はストレートに博士課程に進めただろうし、娘の就職活動の資金も潤沢だったろう(娘は市立大、息子は国立大だったからやれた。息子は修士課程をほぼ自力で出て、就職し、現在は働きながら博士課程に籍を置いている)。家だって持てたに違いない。その家で、馬は無理でも、犬くらいは飼えただろう。現に、共稼ぎしているかつての夫の同僚はそんな暮らしをしている。
わたしだって稼ぎたい。稼ぎたい。身を粉にして書いてきた。そして、稼ぎ出せるはずの作品を、この年齢になってようやく……ようやく1編だけ生み出せた。これこそ、血と涙の結晶だ。児童文学作品Pがそうだが、現在の賞の傾向からすると、通る見込みは限りなく薄い。
それでもわたしは、アレクサンドリア木星王さんの言葉を励みに、ミューズの加護を祈りつつ、頑張ろう。
……何だか、長編の「夫の定年メモ」になってしまった。お粗末様。
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