村上春樹:カタルーニャ国際賞授賞式スピーチにおける論理のすり替え
ググれば、いくらでもスピーチの全文が出てくるので、気になった箇所を引用するにとどめたい。
“日本語には無常(mujo)という言葉があります。いつまでも続く状態=常なる状態はひとつとしてない、ということです。この世に生まれたあらゆるものはやがて消滅し、すべてはとどまることなく変移し続ける。永遠の安定とか、依(よ)って頼るべき不変不滅のものなどどこにもない。これは仏教から来ている世界観ですが、この「無常」という考え方は、宗教とは少し違った脈絡で、日本人の精神性に強く焼き付けられ、民族的メンタリティーとして、古代からほとんど変わることなく引き継がれてきました。
「すべてはただ過ぎ去っていく」という視点は、いわばあきらめの世界観です。人が自然の流れに逆らっても所詮は無駄だ、という考え方です。しかし日本人はそのようなあきらめの中に、むしろ積極的に美のあり方を見出(みいだ)してきました。”
何だって、原発を話題にしたスピーチに、仏教用語が出てくるのか。民族的メンタリティーなどを考察するタイプでない村上春樹のこれまでの傾向からすると、震災の惨状をテレビで見て定めし、『平家物語』の「諸行無常の響きあり」なんかを連想したのだろうが。
真の仏教徒であれば、自然災害が襲ってきても、ああそれは無常だから、と深いところで理解するのだろう。しかし、仏教とあまり関わりなく生きている一般的な日本人は、絶望感な動揺から「この世は無常だ」などと仏教用語を借りて思うかもしれないが、それは概ね、そのときだけのことで、これは仏教とは無関係な心情表現にすぎない。
村上春樹は、あちこちの権威ある書物から言葉や文章をとってきてアクセサリーにする癖があるが、ここでもそうだ。仏教における無常とは科学的な洞察による「変化しない実体はない」という認識で、「あきらめ」などとはおよそ無縁の、解脱を志向するための土台となるものだ。そもそも作品でカーマ(欲望)をそそる文章を垂れ流しておきながら、仏教用語をとってくるなど、寂聴とよい勝負だ。
“ご存じのように、我々日本人は歴史上唯一、核爆弾を投下された経験を持つ国民です。1945年8月、広島と長崎という二つの都市に、米軍の爆撃機によって原子爆弾が投下され、合わせて20万を超す人命が失われました。死者のほとんどが非武装の一般市民でした。しかしここでは、その是非を問うことはしません。”
なぜ問わない? アメリカによる2度の原爆投下は、明らかに国際法違反ではないか。日本の知識人がそれを問わなくて、誰が問うのだ?
“広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。
「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」
素晴らしい言葉です。我々は被害者であると同時に、加害者でもある。そこにはそういう意味がこめられています。核という圧倒的な力の前では、我々は誰しも被害者であり、また加害者でもあるのです。その力の脅威にさらされているという点においては、我々はすべて被害者でありますし、その力を引き出したという点においては、またその力の行使を防げなかったという点においては、我々はすべて加害者でもあります。”
慰霊碑の言葉は、原水爆反対運動を連想させる。戦争にならなくて済むように頑張るということも意味するのだろう。しかし、戦争に至った経緯は決して単純ではない。戦争を早く終わらせるために原爆を投下したなどというアメリカの詭弁をまさか真に受けているわけではあるまいが、村上春樹の言葉は無知な自虐史観にすぎないと思わせる。物書きであるならば、歴史を透視し、戦争の舞台裏を見抜いたらどうだ?
物事を単純化しないと理解できないかのような村上春樹は、核兵器と原発を一緒くたにする。しかも、今初めて原発の存在に気づいたかのように。いい年して。これまで行われてきた原水爆反対運動も、原発反対運動も、何も知らなかったというのだろうか? 堀江邦夫の『原発ジプシー』も読んだことがなかったのか?
安全神話を鵜呑みにして原発を信頼してきた……というより、自分のメリット以外、何も考えてこなかった連中が、今度はラディカルな脱原発運動に走り、自然エネルギー幻想を鵜呑みにする。原発がここまできたのだって、原発神話を鵜呑みにする連中が多勢を占めていたからではないか。
“何故そんなことになったのか? 戦後長いあいだ我々が抱き続けてきた核に対する拒否感は、いったいどこに消えてしまったのでしょう? 我々が一貫して求めていた平和で豊かな社会は、何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう?
理由は簡単です。「効率」です。
原子炉は効率が良い発電システムであると、電力会社は主張します。つまり利益が上がるシステムであるわけです。また日本政府は、とくにオイルショック以降、原油供給の安定性に疑問を持ち、原子力発電を国策として推し進めるようになりました。電力会社は膨大な金を宣伝費としてばらまき、メディアを買収し、原子力発電はどこまでも安全だという幻想を国民に植え付けてきました。”
電力会社の謳い文句をそのまま信じていた人間がいたとは、信じられない。嘘とわかっていながら、資源に乏しい日本は原発に頼るしかなかった現実があったのではなかったか? 日本が小エネルギー国であるということは、ABC包囲網(説明が面倒なので、知らなければググってほしい)が敷かれた昔も今も幻想ではなく現実の話だ。
“原子力発電を推進する人々の主張した「現実を見なさい」という現実とは、実は現実でもなんでもなく、ただの表面的な「便宜」に過ぎなかった。それを彼らは「現実」という言葉に置き換え、論理をすり替えていたのです。”
‘実は現実でもなんでもなく’との根拠を示せ。原油供給が安定しているという根拠を。中東情勢が危険な頃ですら、タンカーの乗組員だった父が中東に行っていたのは何のためだ? 下手をすれば、まる2年帰宅できず、母が亡くなったときも太平洋にいた父は帰宅できずに、のちにそのことは家族の絆に影響することとなった。隔離されたような海上生活のため、発狂する人もいると父はまともな頃にいっていた。一般人は、ガソリンや灯油の値段に一喜一憂していれば済むだろうが、原発で無名の働き手が大変な思いをしているように、石油獲得のためにも大勢の無名の働き手が大変な思いをしてきたのだ。
先進国が原発推進している間は、少なくとも、化石燃料の奪い合いから第三次世界大戦が惹き起こされることは避けられるかもしれないと考えていたが、先進国の間に脱原発の動きが拡がって行くと、皮肉なことに、その危険度は高くなるのではないだろうか。
その不安を裏づけるような発言が、14日の国会中継で、たちあがれ日本・新党改革の藤井孝男氏からあった。「脱原発はいいが、日本は小エネルギー国。何となく、油も天然ガスも入ってくるようなムードは危険だ。今はアラブの春といわれる大変革で、安定的なのはカタールくらい。自然エネルギー、脱原発をどうするという話もいいが、その過程ではどうなるのか。イタリアもドイツも脱原発、代替は現実的にみて結局、天然エネルギーの奪い合いになる」
松本外務大臣がそれについて答弁を求められ、「中東問題は死活問題と認識しています」といっていた。
また藤井氏は、「アフターケアなしに浜岡原発をとめた菅首相はあまりにも無責任だ。根拠は確率だけではないか」と疑問を呈していた。
浜岡原発の代替は天然ガスで、輸入先はカタールだそうだ。「止めるなら止めるで、首相がカタール政府に安定供給をお願いするくらいのことをするのがリーダーシップだ」という藤井氏の主張は正しいと思う。
脱原発が必要であればなおのこと、計画的に、慎重に進めなくてはならないはずだ。国会中継の答弁からも、そう思わされる。脱原発を進めるということは、一層の外交手腕が要求されることでもあるが、民主政権になってからその点での稚拙さが目につき、気が気でない。
国会中継後、夜の番組「クローズアップ現代」の「原発に対処せよ! 日米舞台裏」で、菅政権の原発事故に対する初期対応のまずさを、日米関係から検証していた。原発事故を知ったアメリカが翌日には具体案を示して働きかけたのに対して、日本は3月16日のヘリ降水まで、躊躇ばかりしていたという。
番組でのルース大使の緊迫した表情に対して、菅、枝野、福山といった日本政府の顔が脳天気に見えて仕方がなかった。大人と子供くらいの差を感じた。アメリカには批判的な気持ちのほうが強かったが、この原発事故でむしろ逆になった。これがいい傾向だとも思わないが、これまで知らなかった舞台裏を垣間見てそうなってしまった。
いっそ何もかもアメリカにお任せしてしまえばよかったのだ。そうすれば、ここまでの事態にはならなかったのではないかと思えてならない。12日から16日までのブランクが本当に惜しい。
“日本で、このカタルーニャで、あなた方や私たちが等しく「非現実的な夢想家」になることができたら、そのような国境や文化を超えて開かれた「精神のコミュニティー」を形作ることができたら、どんなに素敵だろうと思います。それこそがこの近年、様々な深刻な災害や、悲惨きわまりないテロルを通過してきた我々の、再生への出発点になるのではないかと、僕は考えます。我々は夢を見ることを恐れてはなりません。そして我々の足取りを、「効率」や「便宜」という名前を持つ災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。我々は力強い足取りで前に進んでいく「非現実的な夢想家」でなくてはならないのです。人はいつか死んで、消えていきます。しかしhumanityは残ります。それはいつまでも受け継がれていくものです。我々はまず、その力を信じるものでなくてはなりません。”
悲惨きわまりないテロルを通過してきた我々? そのテロは、元はといえば中東に対する石油狙いから出てきたものだ。それにぬくぬく便乗してきたのは、わが日本、わたしたちではないか。
そもそも、自国が戦争をするつもりがないというだけで、平和が守られ、その上、小エネルギー国でありながらリスクもなしに豊かでいられるなどと、大の大人がどの頭で考えるのだろうか? ――村上春樹の頭でだ。
日本がこれまで何とか平和でいられたのは、アメリカの核の傘に入っていたからだ。村上春樹はそこでぬくぬくと作家稼業を享受し、アメリカの書店ボーダーズにぽろ儲けさせて貰ったのではないか?
わたしは原発は怖いが、極貧も戦争も怖い。だから、計画的に、慎重に、庶民に負担の少ないやりかたで脱原発を進めてほしいと願うばかりだ。
大衆は物事を単純化したがるが、作家は決してそうであってはならないはずだ。日本を代表する知識人としてスピーチするのであれば、なおさら。
“原子炉は効率が良い発電システムであると、電力会社は主張します。つまり利益が上がるシステムであるわけです。”
「村上春樹の作品は効率が良い出版システムであると、大手出版社は主張します。つまり利益が上がるシステムであるわけです」といい換えることができそう。この方面での汚染は既に海外にまで拡がっている。過剰な宣伝と出版部数。大手出版社が儲けに走らなければ、村上春樹がこれほどまでに膨れ上がった存在になることもなかっただろう。
参照:文学界にかんする考察
http://blog.livedoor.jp/du105miel-vivre/
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