レビュー 013/響/百年文庫(ポプラ社)
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- ポプラ社「百年文庫」が素晴らしいので、読書ノートを作り、気ままにメモしていこうと思います。
- まだ読んでいない作品については、未読と表示しています。
- 一々「ネタバレあり」とは書きませんので、ご注意ください。
ヴァーグナー『ベートーヴェンまいり』
ヴァーグナーというのは、19世紀ドイツの作曲家、指揮者であるあのリヒャルト・ワーグナーのことだ。ワーグナーが小説や評論まで書いていたとは、つゆ知らなかった!
『ベートーヴェンまいり』は、パリでの苦難時代に書かれた3部作のうちの1編。
ワーグナーが書いた小説はこの3部作だけだそうだが、『ベートーヴェンまいり』は小品ながら骨格のしっかりした(長編も書けた人だろう)、描写も生き生きとした、実にレベルの高い作品なのだから、2度驚かされた。作家としても大成しただろうに……と想うと、作曲家ワーグナーを失うことは考えられないにしても、ちょっと惜しい気がする。
まあ、総合芸術のオペラで有名なワーグナーが文才を兼ね備えていたとて、そう驚くべきことではないかもしれないが、このワーグナーにしても、次に登場するホフマンにしても(ホフマンは司法官が本業で、画家、音楽家、詩人、作家だった)、何て絢爛豪華な才能だろう!
「中部ドイツの中くらいの町」で生まれた貧乏音楽家である主人公が、ウィーンに暮す憧れのべートーヴェンに徒歩で会いに行く顛末を描いた、ハラハラ、ドキドキさせられる面白い作品だったので、わたしは一気に読み終えた。読後は、心身が浄化されたようなすばらしい余韻に浸った。
文学作品も芸術作品の一つであるのだから、このような効果をもたらしてこそ、文学の名に値するのだと改めて考えさせられた。小学5・6年以上であれば読めると思うので、おすすめしたい。
実は、小説といっても、随筆に近いような私小説なのだろうと想像して読み始めたのだが、それは嬉しいはずれだった。工夫を凝らしたフィクションだったのだ。
実際には会ったこともなかったベートーベェンが、まるでそこにいるみたいな臨場感でもって描かれているのには驚かされる。ベートーヴェンに会いたかったというワーグナーのせつない想いが空想に血肉を与え、生きている人として読者の前に現れたとき、読者ははっとさせられ、主人公と感動を共有せざるをえない。
ただ、長いベートーヴェンの会話になるとにわかに架空めき、これはベートーヴェンに語らせたワーグナーの音楽論だろうと想わされるが、これはこれでべつの興味を惹く。
主人公にまとわりつく俗なイギリス人との駆け引きがコミカルで、どこかイソップ物語の「うさぎとかめ」を連想させた。
それにしてもポプラ社の「百年文庫」は、驚異的なシリーズだ。これほど多彩なシリーズが編めるとは、匠の技だ! 昨日「百年文庫80 冥」を買ったが、これには詩人トラークルの小説が収録されていて、息を呑んだ。トラークルの小説? 生前に出たのは詩集1冊だったはずだ。解説「人と作品」をみると、ここに収められた『夢の国』は青土社『トラークル全集』を底本としたもので、元は1906年「ザルツブルク国民新聞」に発表されたものらしい。
トラークルの主な発表舞台は同人誌だった。こうした事実は、アマチュア作家にとっては、何となく光の差し込んでくるようなエピソードではあるまいか。日の目を見られないからといって、悲観するのはよそう。いつ、どんなかたちで拾い上げられるかわからないのだから。
同じ「百年文庫80 冥」に、『白鯨』で有名なメルヴィルの『バイオリン弾き』という小説が入っている。鯨とバイオリンが結びつかず、メルヴィルにはそのような作品もあったのかと驚かされる。「人と作品」には、「現代では英米文学の三代悲劇と称される『白鯨』も、真価を認められるには出版後半世紀以上を待たねばならなかったのである」とあり、これまたアマチュア作家にとっては励まされるエピソード。おっと、レビューが横道に逸れてしまった。
ホフマン『クレスペル顧問官』
ドイツ・ロマン派を代表する作家ホフマンの短編。ロマン派ホフマンの本領が遺憾なく発揮された1編。奇怪味があり、華麗な空想力が迸っている。しかし、作品の出来具合としては今一つか。
そういえば、岩波少年文庫版『クルミわりとネズミの王さま』、岩波文庫版『黄金の壷』『スキュデリー嬢』の感想をきちんと書くつもりで、書いていなかった。
チャイコフスキーのバレエ作品『くるみ割り人形』の原作『クルミわりとネズミの王さま』は、勿論大人が読んでもいけるが、おすすめの児童書。
空想とはかくも豪奢なものとなりうるのかと唖然させられる幻想冒険譚『黄金の壷』。
ルイ14世統治下のパリが舞台で、火刑裁判所が出てくるミステリー風の引き締まった作品『スキュデリー嬢』。
ホフマンの長編『悪魔の霊酒』はちくま文庫から出ている。
ダウスン『エゴイスト』の回想
ヴァイオリンだけを信じている流離いの男の子が大人になり、成功してから回想するニネットという少女との暮らし。両親も家もない子供2人が空き家に入り込んでねぐらとし、手回しオルガンとヴァイオリンで生計を立てる様の描出には生々しい感触がある。孤独臭を濃厚に漂わせたクールで不満気な独白調は、一度読んだら忘れられない。
ダウスンは、ねっとりとした感傷的な恋愛の回想詩『シナラ』の作者。この詩も、好き嫌いは別として、一度読んだら忘れられない味わいを持っている。マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ』のタイトルはこの詩から採られている。
当ブログにおける関連記事
- 2009年2月 7日 (土)
マーガレット・ミッチェルに題のヒントを与えた、ダウスンの詩をご紹介
https://elder.tea-nifty.com/blog/2009/02/post-cb66.html
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