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2011年1月17日 (月)

第144回芥川賞・直木賞が決定

 第144回芥川賞・直木賞が決定したという。

 芥川賞

  • 朝吹真理子(26)……『きことわ』(「新潮」9月号)
  • 西村賢太(43)『苦役列車』(「新潮」12月号)

 直木賞

  • 木内昇(43)……『漂砂のうたう』(集英社)
  • 道尾秀介(35)……『月と蟹』(文芸春秋)

 以前は強い関心があった芥川賞も、ここ5年くらいは義務意識(?)でチェックする程度になってしまった。それでも、ブログ「文学界にかんする考察[http://blog.livedoor.jp/du105miel-vivre/]」を開設したせいもあり、芥川賞に関しては読まなくてはという気持ちにはなっている。

 朝吹真理子の父は詩人で仏文学者の朝吹亮二、大叔母はサガンの翻訳で知られる朝吹登水子というネットニュースの一文に目がとまった。

 父親については知らないが、大叔母の朝吹登水子なら知っている。サガン、ボーヴォワールの翻訳者ではないか。

 わたしの学生時代は新潮文庫から出たサガンの本と切り離せないほど、あの赤い色合いの本は書店の書棚の一部分をずっと占めていた(現在でもそうかもしれないが)。

 ウィキぺディアを見ると、サガンの『悲しみよこんにちは』が新潮文庫で出たのが1955年。『愛の中のひとり』が新潮社(のち新潮文庫)から出たのが1986年。わたしは1958年生まれだから、生まれる前から28歳になるまで、新しいサガンの作品が出され続けたわけだ。

 ちなみに、現代日本文学界の大御所、瀬戸内寂聴がサガンの大ファンなのだそうだ。

 サガンの影響の大きさは、過去記事「シネマ『サガン―悲しみよ こんにちは―』を観て」[続きを読むのライン以下に抜粋]で簡単に触れたが、受賞したのは翻訳者本人ではないから、ここでは繰り返さない。

 と、ここまで書いたとき、NHKのニュースで両賞の発表があり、朝吹真理子と道尾秀介へのインタビューも行われた。

 その朝吹真理子へのインタビュー内容で判断する限り、このところの芥川賞に選ばれた諸作家の流れを汲む人物という印象。ニュースを見なければ、タイトルの意味がわからなかっただろう。

 明日、博多に娘と遊びに行き、ジュンク堂にも行くだろうから、芥川賞・直木賞のコーナーを覗いてみよう。本は出ていなかったり、品切れだったりするかもしれない。

関連記事:

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20091029 (木)
シネマ『サガン―悲しみよ こんにちは―』を観て

 火曜日、娘とシネマ『サガン―悲しみよ こんにちは―』を観に行った。

 サガンの作品は、小説『悲しみよこんにちは』、『ボルジア家の黄金の血』、インタビュー集『愛と同じくらい孤独』しか買ったことがない。『ボルジア…』は読破しなかった。

 この記事を書くにあたって、昔買った彼女の本を捜したが見つけられなかった。自分にとって大事な作家の本は身近に置いておく癖があるので、わたしの中でサガンはその程度の扱いでしかないということだろう。サガンとデュラスは並べて語られることも結構あるようだが、わたしにとっては全く別の系統に属する作家で、デュラスは常にわたしの身近にある。

 が、サガンは相当に売れているようだったので、書店で手にとってめくってみたことは何度もあった。『悲しみよこんにちは』の印税は5億フラン(360億円)だそうだ。

 わたしにとってのサガンは、辛辣さをスパイスとしたお洒落で単調な小説を書き、芸能人のようにスキャンダラスな話題を振りまくことで有名なフランスの女性作家という印象だった。

 スピード狂で大事故を起こし、ギャンブルにのめり込む、アル中、恋愛中(絶えず恋愛中であるような恋愛中毒患者)と広告的なイメージが並ぶと、頭が足りないのではないだろうかと思えてしまい、儲けるにはあれぐらい脳味噌を掻き出さないと駄目なのだろうか、と考えて憂鬱になった。

 『悲しみよこんにちは』を読んだのは、高校のときだったか、大学に入ってからだったかはよく覚えていないが、彼女がその本を書いたのと同じ年齢ぐらいだったと思う。

 そのときのわたしの感想は、優等生が受けを狙って書いた上等の作文、といったものだった。真面目な書きかたがなされていると思ったが、稚拙であっても自身の真の発見によって書かれた作品ではなく、器用な作品という感じを若いわたしは持ったのだった。

 それは穿ちすぎた見方だったのかもしれないが、わたしの中でサガンは、ハーレークインロマンスの深刻版を書く作家というイメージが出来上がってしまった。

 本当にそうだろうかと思って、インタビュー集を買ったりもしたのだったが、誰もが考えそうな普通のことを自分が発見したかのようにいっているという印象で、つまらなかった。

 そんな、作者にとっては失礼であるに違いないサガン体験を払拭できるかもしれないと思い、映画を観に行ったのだった。こんな行動自体、ある意味でわたしは彼女に執着があるのだと思う。村上春樹に対する執着と似通ったものだろう。彼らのようなタイプの作家が出版界を牛耳っているという見方が、わたしの中にあるせいだろうか。

 で、映画は本当につまらなかった。いくら何でも、あれではサガンが可哀想ではないだろうか。サガンの伝記映画というよりは、麻薬中毒患者物語だったのだ。

 ただやはり考えさせられたのは、映画がどこまで実話を描写したものであるかはわからないという前提があるにせよ、彼女のような作家たちと出版界との関係だった。

 「君は、バルザックではない。小曲にすぎない」といいながら、ベストセラー作家に仕立て上げる出版界。彼女の作品を読みもしないでサイン会を主催する出版界。

 バルザック、ジョルジュ・サンド、ユーゴー、ゾラ、フローベル、プルースト、モーリアック……と思いつくままに、サガンより以前に出て亡くなったフランスの作家たちと比べてみると、なるほど彼女の作品は如何にも小曲だ。

 小曲といっても、ニュージーランド生まれのキャサリン・マンスフィールドの作風と同じようであるかというと、違う気がする。今の日本は純文学という言葉を嫌うから、純文学をクラシック文学といい換えてもいいが、サガンの小説はジャンルが違うという気がする。村上春樹の小説がわたしには純文学とは違うように感じられるのと同じ意味合いで、サガンの小説もそうだという気がするのだ。 〔関連記事:村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち

 出版界の扱いに、混乱が見られるのではないだろうか。ガリマール社の女性編集者が、物凄いおデブちゃんで魅力のかけらもない描かれかただったが、あれは写実の結果だろうか、何かの揶揄、象徴だろうか。

 サガンの登場によって、作家の標準的なイメージは変わったのではないだろうか。バルザック以下の前掲の作家たちを作家の標準的イメージとする社会とサガンを標準的作家のイメージとする社会とでは、違ってくるものがあるはずだ。

 サガンの背後には、彼女と同系のおびただしい現代作家たちが続いていて、バルザック以下の前掲の作家たちを、彼らは高い山々であるにも拘らず、見えなくしているほどだ。

 哲学界はどうだろうか。サガンはサルトルと親しかったそうだが、サルトルのような思想家を哲学者と呼ばなければならないほど哲学は傷んでいるともいえる。哲学の失墜があり、文学の失墜があった。サガンがそれを招いたのか、失墜の結果なのか、わたしにはわからない。出版界の迷走が背後にあることは確かで、その影響はわが国にも及び、今に至っている。

 ちなみに、現代日本文学界の大御所、瀬戸内寂聴がサガンの大ファンなのだそうだ。

 ところで、わたしはサガンの小説『悲しみよこんにちは』のタイトルに使われているポール・エリュアールの詩が好きだ。以下にご紹介しておきたい。

   ちょっぴり変形した女

悲しみよ さようなら
悲しみよ こんにちは
おまえは天井の木目に刻みこまれている
ぼくの愛する目の中にたたみこまれている
おまえは完全な悲惨ではない
最もあわれな者たちの唇も
ほほえみをもっておまえを告発するのだから
悲しみよ こんにちは
愛すべき肉体の愛
愛の権力
その愛らしさがわきおこる
肉体のない怪物のような
とがった先の折れた頭
美しい顔 悲しみよ。

『エリュアール詩集』(嶋岡晨訳、飯塚書店、1973年)
 

過去記事でご紹介したエリュアールの詩『わたしはひとりぽっちじゃない』はこちら⇒https://elder.tea-nifty.com/blog/2007/12/post_629a.html

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