クリスマスにおすすめの本 2010
チェーホフの『聖夜』
無名の讃美歌作者としてそこに生きたニコライ補祭の人生が、渡し舟の仕事をしている修道僧イェローニムの口を通して語られます。
復活祭の喜びの日のミサの最中、ニコライ補祭が亡くなったというのです。ニコライは気のやさしい人、頭の冴えた人で、とてもよく透る、気持ちのいい声だっただけでなく、非凡な天賦の才がありました。
讃美歌を書く才能でした。イェローニムの話の聴き手は、ニコライは自作の讃美歌を活字にしたんですか、と尋ねます。するとイェローニムは、答えました。
「活字になんて、とんでもありません?」イェローニムは溜め息をついた。「それに、活字にするのも、おかしなものでしょうしね。そんなことをして、いったい何になるのでしょう? うちの修道院では、だれ一人そんなものに関心を持っておりませんのですよ。嫌いなんです。ニコライが書いていることは知っていても、洟もひっかけませんでしたもの。この節は新しい讃美歌なぞ、だれも尊敬する者はございませんよ。」
ニコライは何よりも自分の慰めのために書き、院内の修道僧たちの中で、彼の讃美歌を読んであげたのはイェローニム一人だったということです。
そして、そのイェローニムには友ニコライの死を静かに悼む時間も与えられなければ、復活祭の夜に教会の中で聖歌隊の歌う歌詞に耳を傾ける時間も与えられず、一晩中渡し守をしていなければならないのでした。
作品は、このような印象的な結ばれかたをしています。
ものうげに立ちのぼる霧を騒ぎ立たせながら、舟は進んで行った。みなが沈黙していた。イェローニムは片手だけを機械的に動かしていた。彼は生気のない柔和な眼を永いことわたしたちの上にさまよわせていたが、やがてその視線を、若い商家の妻の、眉の黒い、ばら色の顔の上にとめた。その女性はわたしのとなりに立って、無言のまま、自分を包む霧に身をちぢめていた。イェローニムは向う岸につくまで、彼女の顔から眼をそらさなかった。
じっと見つめつづけていたその視線には、男性的な光は少なかった。わたしには、イェローニムがその女性の顔立ちに、今は亡き友のやさしい、おだやかな面影を求めていたような気がしてならない。
『聖夜』は、1886年に発表された作品です。わたしは中央公論社から出たチェーホフ全集で『聖夜』を読みましたが、現在入手できるものとしては以下の岩波文庫から出ているものがあります。
児童文学作品ではケストナーの『飛ぶ教室』
これは、あふれんばかりのクリスマス。お子様へのプレゼントに如何でしょう?(小学5,6年以上と書かれています。)
物語は次のような言葉で始まります。
“ 私がつぎの章からお話しするクリスマスの物語には、ヨナタン・トロッツという名で、なかまの少年たちからはヨーニーと呼ばれている少年が現われてきます。この小さい高等中学高等科の一年生はこの話の主人公ではありませんが、その身のうえは、少年の涙が小さいものではないことを示すにふさわしいと思います。”
寄宿学校で、先生がたに見守られて暮す生徒たちの様子が生き生きと描かれています。各人各様の人生の難問、誇り、悲しみ、悦びといったものがいじらしいまでに伝わってきて、読み終えたときには自分も何だか彼らと一緒に寄宿学校にいたような気がしてくるほどです。
2011版はこちら⇒https://elder.tea-nifty.com/blog/2011/12/2011-8ebe.html
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