帰宅したら、届いていた訃報
訃報が届いていた。
福岡県に住んでいたのは、娘が中2、息子が小6の1学期までだったから、昔話になるが、その頃お世話になったW医院の院長であったかたが86歳でお亡くなりになったという知らせだった。
前回、肝炎になって治療を受けたのは、その医院でだった。阪大出の物知りな、素敵な紳士だった。
まだ冒頭部分しかサイトにアップできていないが、その拙作『救われなかった男の物語』の冒頭部分にだけ登場するドクターは、W先生がモデルだった。勿論、舞台設定は全く異なる。もう一人の登場人物である悪漢ドクターと対比させるために、清廉なお人柄だけ参考にさせていただいたのだった。
先生は、患者さんが少ないときの雑談がお好きで、わたしが作家志望とわかると、自分も文学好きだから、ぜひ作品を拝読したいというお話だった。
が、あとで奥様から伺ったところによると、小説は先生には睡眠薬とのことだった。本当の文学好きは奥様のほうで、熱心に読んでくださり、これも冒頭しかアップできていないが、『銀の潮』を大変好んでくださった。まなざしの美しい、思慮深い雰囲気の奥様だった。
ご夫妻は、「あなたの小説の文章は流れるようで艶がある。ストーリーには勢いがあって、読ませる。絶対に作家になれる」と、熱心に励ましてくださった。そして、将来の作家に接するように接してくださるのだった。
先生がモデルとして登場する小説は、織田作之助賞の最終候補になった。
そのうち、先生の妹さんがやはり若い頃からの作家志望で、同じ(旧)「関西文学」に所属されていることを知った。
ところが、「○○子、おまえが作家になるのは無理だ」「そう、無理ですよ」などと、ご夫妻はあからさまに妹さんを軽んじていらして、わたしは呆気にとられたものだが、その様があまりに率直で真剣なため、嫌な感じがするどころか、むしろご夫妻が妹さんの作家志望を自身のこととして考えるあまりの手厳しさという印象だった。
だが、そんなことをいわれると、キャリアのある(ご専門の分野で講演などもなさっていた)凛々しい職業婦人といった妹さんも、無言で沈み込まれてしまい、わたしはハラハラした。
わたしはその後、頻脈の治療を受けるために市立病院に移ったので、もっぱら、この妹さんとの文学づきあいが続いた。
邪馬台国関係の季刊誌で有名な出版社の女社長さんと、会わせていただいたりした。
女社長さんは、これはアップ済みのエッセー『卑弥呼をめぐる私的考察』をとても気に入ってくださり、季刊誌に載せてくださろうとしたが、古代史専門家である編集者の許可が降りず、残念ながら実現しなかった。
この女社長さんは、行動を共にしていた編集者の見張りが必要なほど、魅了された作品にはほろりとなって、本を出したい気分に駆られるところがおありのようだった。
わたしは編集者から、早々と牽制されたものだ。「うちは出せるわけがありません。無理ですよ、採算がとれないことはやれないんです。諦めてください」
その頃はまだわたしの作風はかたまっておらず、習作段階との自覚があったから、別に出版の欲望もなかったのだが。
女社長さんが、当時、わたしの作品に惚れてくださったことは確かだ。卑弥呼の小説を仕上げるよう、励ましてくださったのだが、生憎取材の点で思うに任せず、まだ仕上がっていない。
女社長さんのとって喰わんばかりの鋭いまなざしと、別人のような、ほろりとなって慈愛そのもののような表情とを同時に思い出す。
妹さんはわたしのために、女社長さんを牽制して、「この人はまだ子育ての最中で、自費出版なんかできないんだから、わかっているわね?」と何度かおっしゃり、するとそのたびに、女社長さんは律儀に、「うん、うん、わかっている」と沈んだような真面目な表情で頷かれるのだった。
過日、出版社のホームページに行ってみたところ、現在は息子さんが社長を継がれているようだ。
W先生の思い出には、治療の記憶とは別のところで、こうした文学づきあいの楽しい記憶が華やかに彩る。
ここ数年、先生のことを思い出すことは多かった。肝炎も、先生を思い出させた。なつかしい。
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