シュルレアリスム展を観て No.1
昨日、「宮崎県立美術館コレクションによるシュルレアリスム - 不条理と幻想の芸術世界」を観に行った。
まさか感動して涙ぐむとは、思ってもみなかった。心底打たれた。魂を揺すぶられた。
大学時代、文芸部ではシュルレアリスムが意識されていた。
わたしも幻想性に惹かれはしたが、部での流行には食傷するほどだった。その挙げ句に、あれは奇抜さやナンセンスをひけらかす軽薄な技法にすぎないじゃないの。自動記述だなんて、馬鹿丸出しの危険なお筆先と変わりゃしない。といった否定的な感じがわたしの中で膨れていった。文芸部の連中はお洒落感覚で惹かれているだけではないか、とも思っていた。
だからこそ、あれは何なのか、何だったのかを、検証しておく必要を感じてはいたのだが、その機会がないままだった。
今回、その機会が訪れたといってよい。だが、それほどの期待もせずに出かけたのだった。
予想に反して、収穫は大きかった。あれが何であったのかが、はっきりとわかった気がした。それを可能にするだけの、まとまりのある美術展だったと思う。
あれは本当に大きな運動だったのだということが、実感としてわかった。現代芸術の母胎、豊饒の海だった。
彼らは、閉塞的な世界から、あらゆる方向にテーマという触手を伸ばしたのだ。彼らの影響を受けていない現代的なものなど、ないといってよいくらいではないだろうか。広告のイラスト一つ採ってもそうだ。
それを更なる深みやひろがりへと成熟させることができないまま、現代芸術が病んでいる現状もまた見えてきた。何より彼らとは姿勢が違う。
二度の大戦が揺籃となった思想運動だっただけのことはある、と実物を鑑賞して感じさせられた。
彼らの作品を観ていくごとに湧きあがってきた感動には第一に、「ああ、何て初々しいんだろう!」と、魂を洗われるような真摯で繊細な息遣いが感じられたということがあった。
大仰で、行き当たりばったりの雑なところがあって、グロテスクで、滑稽で、結局は思いつきの空回りに終わる、冷淡で、無責任で、陰気なものを想像していたのに、実際にあったのは、産み立ての卵のような温かみ、菫のような可憐さ、品のよさ、端正、透けて見える伝統的な技法、真剣な模索、澄んだ魂の音色などだった。
彼らは西洋絵画の流れに、原始的な世界、世界の儀礼、神話、民間伝承、魔術、SF的趣向、潜在意識などを精力的に持ち込み、細い流れを太くした。文学や心理学との結びつきも強く、一言でいうなら、それはひじょうに知性の勝った、求道的な試みだったのだ。戦火による破壊や死や抑圧に対して、彼らの知的魂は敏感に反応しながらノンといったのだ。
綺麗……と、わたしは何度も思った。
ダダとシュルレアリスムを結ぶフランシス・ピカビアの『イオ』。複雑に重なり合う顔や風景の中にひときわ浮かび上がる、意志的な女性像。ギリシア神話に出てくるイオだそうだが、わたしにはシュルレアリスムを見守るムーサ(ミューズ)に見えた。
そういえば、シュルレアリスムには女性が結構参加している。
マルセル・デュシャンの『トランクの箱』シリーズはユニークで、彼の主な作品がミニチュア化されて箱に収められている。わたしが観たのは、シリーズEで、この時点で68アイテムだそうだ。あの有名な髭を生やしたモナリザの小さな絵もあった。
ジョルジオ・デ・キリコの『イタリア広場・アリアドネーの目覚め』も有名な作品。イタリア広場で目覚めた大理石像アリアドネーが森閑とした茶色い広場に投げ出されたように置かれながら、もの憂げで堂々たる様は、アンバランスの妙をつくっている。遠くにふたりの人物。塀の向こうにちらっと見えている蒸気機関車。空は無気味な深緑色に覆われ、晴れ間は黄色に見える。貼りついたようなチョコレート色の影。不安(不安定)となつかしさを同時に換気するシュルレアリスム絵画の特徴がよく出ている。
アリアドネーは、ミノタウロスの迷宮からテセウスが脱出する手助けをするクレタ王の娘だが、この絵のアリアドネーはシュルレアリスムの娘という別名で呼びたい。キリコはシュルレアリスムの先駆者と見なされている。この絵によって、シュルレアリスム美術は高らかな産声をあげたのだ。
ハンス・ベルメールの病的な女性像。
《疲れたので、ここで中断します。印象的な作品だらけだったので、それらに触れ終えるには時間がかかるでしょう。気が向けばNo.2を書きます。刺激を受けて、拙作『不思議な接着剤』を進めたくなりました。》
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