スロヴァキア放送交響楽団。そしてイスラエル・フィルハーモニー管弦楽団について少しだけ(これについては改めて)。
深夜ぽっかり目を覚まして、これを書いている(現在4時過ぎ)。
昨日、スロヴァキア放送交響楽団を聴きに行ったときはなんといっても、前日に聴いたイスラエル・フィルハーモニー管弦楽団の完璧でありながら自然で優しい、至福の響きがまだ余韻として残っていた。
メータ指揮イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団の古いプログラムを探し出してみると、前回わたしが聴いたのは1991年12月5日福岡サンパレス・ホールだったことがわかった。わたしはそのとき、33歳だったはずだ。
そのときからほぼ20年、本物のヴァイオリンの音とはあの彼らが奏でる音のことだと思い続けてきた。再聴した今もその確信にゆらぎはないどころか、一段と確信は深まった。
すばらしいのは勿論ヴァイオリンだけではない。『田園』を奏でる管楽器の音が鳥の囀りにしか聴こえなかった……そんな響きなのだ。また打楽器の美しさ。
初めて聴いた娘は「あんなに綺麗なヴァイオリンの音は初めて聴いたよ。澄んだ水みたいな音だった。一人一人のクオリティーがおそろしく高いね」と繰り返した。
パンフレットには「イスラエル・フィルは結成当時以来の伝統である、優秀なユダヤ系音楽家の奏でる響きで、いまやウィーン・フィルやベルリン・フィルの弦楽セレクションの響きをしのぐ、“世界一の弦”と称せられるほど、艶やかで独特の濃密な色彩感をそなえている」と書かれているが、わたしは下手なオーケストラを聴いたあとでウィーン・フィルを聴き直すことがよくある。彼らの響きは一流で、狂いや乱れがなく、完璧だからだ。
しかし如何に完璧であろうと、無機的なウィーン・フィルやベルリン・フィルの響きに感動したことは一度もない。なまを聴けば違うのだろうか。
乳とはちみつの流れる小川のような響きだと今回わたしは思ったイスラエル・フィルを聴いたあとだった不運に加え、2005年にはプラハ国立歌劇場の格調高いオペラ『アイーダ』に惚れ惚れした記憶もあったのだ。
チェコスロバキア共和国は、1993年にチェコ共和国とスロヴァキア共和国に分離した。いうまでもなく、プラハ国立歌劇場はチェコを代表する歌劇団だ。
プログラムによると、スロヴァキア放送交響楽団は「放送を通じて広く国民に音楽を楽しんでもらうことを目的として」1929年に誕生した。1949年にコンサート専門のオーケストラ、スロヴァキア・フィルハーモニー管弦楽団が誕生して、そちらに一部の楽員を持っていかれたり、常任指揮者に関しても紆余曲折あったようだ。
つまり金返せとはいわないまでも、スロヴァキア放送交響楽団の演奏は、わたしはつまらなかった(それでもなおN響よりはましだった。N響はあんなんでいいのか?)。
のそっと響いてきてぼやーと煙る管楽器の音。テキトーに叩いているとしか思えない打楽器。トライアングルの響きがあんなに脳天気に聴こえた珍妙な『新世界』をわたしは生涯決して忘れないだろう。
ヴァイオリンは聴かせどころは一生懸命練習していると見え、熱の入ったよい演奏だった。しかし、興味を惹かれない部分もむらなく練習に励んで貰いたいものだ。
そんな練習光景すら、演奏から透けて見えてくるありさまではあった。娘はしきりに「若いメンバーが多いみたいだから……」といってなぜかフォローしていた。
イスラエル・フィルには1人として必要でない弾き手は存在しないと感じさせる意識と技術の高さがあり、また彼らが演奏すると、作曲家は楽譜に1個たりとも無駄におたまじょくしを置いたりはしていないと思わされるが、スロヴァキア放送交響楽団で聴いていると、1人2人メンバーがいなかったり増えたりしたってどうってことはないんじゃないかと想えてくるし、おたまじょくしもテキトーに置かれたりしたのかしらんと感じられてくるのだった……ナンタルチア!
イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団とロシア・ナショナル管弦楽団は、どちらをとればよいかわからないくらいわたしの好きなオーケストラだ。
イスラエル・フィルの手にかかると、元々好きなベートーヴェン『田園』ばかりか、乙女の生贄の儀式なんぞを描いた調子っぱずれ(?)のストラヴィンスキー『春の祭典』までもが、最後まで聴かされてしまう。すごい迫力だった。それでいて、もの優しい響きだった。彼らの演奏はなぜあんなに優しいのだろう。
ところで、わたしが現在執筆している児童文学作品『不思議な接着剤』のヒロインはマグダラのマリアだ。正確にいえば、『マリアによる福音書』をシンボライズした女性だ。
インド人指揮者ズービン・メータに率いられたイスラエル・フィルの完璧でありながら自然で豊かな演奏は、作品を進める上での励ましにも、参考にもなるものだった。行けてよかった。作品は時間がかかっても完成させたい。
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