Notes:不思議な接着剤 #62 『黄金伝説』から推理するマグダラのマリアの二つの運命 /ヨセフスの描くモーセ
#62
2010/9/4(Sat) 『黄金伝説』から推理するマグダラのマリアの二つの運命 /ヨセフスの描くモーセ
一昨日は、これまでの部分の手直し[1]と、子供たちが鍾乳洞へ入る部分のラフ・スケッチ[2]。
また、『黄金伝説』から推理できるマグダラのマリアの二つの運命、そしてモーセについて気になることがあり(特にフロイトのモーセ、エジプト人説)、調べ始めた。
田辺保先生の『フランスにやって来たキリストの弟子たち』(教文館、2002年)から、以下に抜粋。
レンヌ=ル=シャトーをめぐる伝説では、この村は、マグダラのマリアがフランスに上陸後、移り住んだところとされています。実は、マグダラは、イエスの妻であって、二人の間には少なくともひとり以上の子どもがあったとされていわれます。南フランスのユダヤ人共同体にまぎれこんでマリアは子どもを育て上げ、その子孫が五世紀には、北方から進出してきたフランク族の王族のある者と結ばれて、メロヴィング朝(フランス最初の王朝)を創始したのだそうです。
この伝説と、ヤコブス・デ・ウォラギネ『平凡社ライブラリー 578 黄金伝説2』(前田敬作・山口裕訳、平凡社、2006年)におけるマグダラのマリアと領主夫妻の間に起きる長々とした1件を重ね合わせてみると、以下の二つのストーリーが考えられる。
- イエスの死後、ちりぢりになった弟子たちのうち、マグダラのマリア派ともいうべき一行は、何らかの陰謀により舵のない船に乗せられた。その件に、ペテロが関係している可能性あり。マリアはイエスの息子である男児を連れ、身重だった。船は嵐に遭う。マリアは航海中に出産する。母子共に死亡か? マリアの遺体は一旦岩の島に安置されたあと、サント=ボームの洞窟へ移された。遺された男児はマルセイユの領主夫妻に引きとられた。
- マリアは、イエスの2人の子供たち――男の子と赤ん坊――を連れていた。マリアたち一行はマルセイユに漂着する。領主夫人が出産中に死亡した。胎児と共に。マリアは領主夫人の代わりとなって、その地に溶け込み、子供たちを育て上げた。
整合性があるのは1だ。2だと、マリアのサント=ボームの洞窟における30年間もの隠遁の説明がつかない。マリアがイエスから受け継いだ高度な教え(カバラの起源となったエッセネ派の教え)は、マリアに同行したイエスの弟子たちが広めたと考えればよい。それが中世に表面に出てきてカタリ派といわれた。これはあくまで仮説、というより単なる想像の段階だが。
一昨日、図書館から再々度借りてきたフラウィウス・ヨセフス『ユダヤ古代誌 1』(秦剛平、ちくま学芸文庫)をざっと復習した。
モーセが描かれているからだが、旧約聖書とはムードが違う。ヨセフスは、聖書外の資料を含む豊富な資料のみならず想像力をも駆使して、膨大な歴史的断片を自在に編集しているのだ。
訳者によると、「当時のユダヤ人たちは『聖書』を決して固定化された堅苦しい文章とは見なしていなかったこと、モーセ五書(創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記)は別にして、彼らは聖書の物語を自由に読み、さまざまな仕方で解釈したり、想像力を駆使して細部を埋めたりしてそれを再話したこと、そしてその論より証拠がヨセフス」だという。
その後も、このような風通しのよさがあったからこそ、異端とされる『マリアによる福音書』のような沢山のグノーシス文書も生まれたというわけだ。アレクサンドリア学派のことを考えてみても、学問が盛んであれば、様々な説が生まれるのは当然だろう。
ヨセフスは、モーセの若い頃のあやまち(エジプト人がユダヤ人を苦役させ、打っているのを見た若きモーセは、エジプト人を打ち殺して砂に隠した)を書いていない。金の子牛の話も出していない。
ヨセフスの資料の取捨選択には、当時の異教徒たちのモーセ像が、ユダヤ人たちの「聖なる文書」にもとづかない間接的な歪曲されたものであったため、そうした事情が考慮されてのことらしい。
3歳のモーセがどんなに美しかったか、また魅力的だったかについて、ヨセフスは見てきたように描いている。
旧約聖書で読むモーセには興味がわかなかったが(遠い時代、遠い国の荒々しい爺さんという印象)、ヨセフスの描くモーセは生き生きとしていて、峻厳美に満ちている。
モーセが指揮して造営された幕屋の意味ある造形と壮麗さ! 旧約聖書における単調な材料の羅列からは見えてこないものが見えてくる。
最初の曙光が差し込むように東に向けて立てられた幕屋の聖所内は、宇宙の姿を模してあるそうだ。
聖所全体は聖なる場所と呼ばれ、四本の柱の奥の祭司が入場できない場所は至聖所と呼ばれた。そこに吊された垂れ幕こそはこの上なく美しいもので、地上に咲き誇るあらゆる種類の花で覆われ、また、装飾に役立てば、生き物の形以外のいっさいの意匠が織り込まれていた。
燭台について。
燭台は、蕾、百合、ざくろ、ともしび皿等、台座から上端にかけて70の部分からつくられていた。それは燭台が太陽と惑星の活動領域の数を構成するようにつくられていたからである。燭台の支柱には等間隔の7本の枝に、惑星の数を想起させる七つの燭がついており、燭台が斜めにおかれていたので、七つの燭は南東を向いていた。
さらに。
またモーセがテーブルに12個のパンを置いたのは、1年が12か月に分かれていることを示すためである。また、彼が燭台を70の部分と七つの燭でつくりあげたのは、惑星の10度の領域と七つの惑星の軌道から暗示されたことを示している。
そして4色の糸で織られたものは、自然界の4元素がどのようなものであるかを示す。すなわち、亜麻布の色は大地を――亜麻は大地に自生する――、紫は海を――海は魚の潜血に染まる――、青は大気を、深紅は火を表わしている。
この辺りの描写からはエジプト様式が薫るような気がする[3]。秘教の存在を感じさせるものであり、どう考えてもこれはまぎれもないカバラの序曲ではないか。
神の箱についての描写には息を呑む……。勿論、中に入っているのは最高のお宝、神ご自身の手になる十戒の言葉が五つずつ刻みつけられた2枚の石版だ。
そしてクライマックス。神が客人として幕屋に滞在されたのだ。神の顕現は雲で表現されている。
すなわち神は彼らのもとへ来て聖所に客人として招待されたが、そのときの神の臨在の模様は次のようなものであった。空が晴れているのに幕屋の聖所だけが闇になり、やがて一団の雲がそれを覆った。だがその雲は、冬の嵐に見られるような濃くて深いものでも、見透せるような薄いものでもなかった。しかし、そこから滴る繊美な露のしずくこそ、神の臨在を願い神の存在を信ずる人びとには、明らかな一つの証しであった。
それにしてもこの神迎えの形式は、神道の儀式――大嘗祭――を連想させられる[4]。
ヨセフスのものは、創世記からして旧約とは違う。彼は随所に「モーセの語るところによれば」「モーセは語りはじめる」「モーセはさらにこう語っている」という語り手が誰であるかに注意を向けさせる言葉を挿入するのだ。旧約だけを読むと、それはまるで天から降ってきたといわんばかりの威圧感、古めかしさなのだが。
エバについて、以下のようなことは聖書には書かれていない。
ヘブル語で女は「エッサ」と呼ばれる。そして、この最初の女は、「すべての生き物の母」を意味するエバという名が与えられた。
ヨセフスがイエスと同時代の人であることを考えれば、彼の執筆姿勢はあまりにも現代的に思えるが、訳者解説によると、登場人物にスピーチさせて「そのときその場の雰囲気をリアルな仕方で盛り上げる手法は、ヘレニズム・ローマ時代の歴史記述がトゥキューディデースから継承したもの」だそうだ。
ところで、ヨセフスが浄・不浄の規定に言及した理由について、訳者解説に「当時の世界の人びとが、モーセとその同胞は、エジプト人であったとか、しかも彼らはエジプトの地でレプラに罹り、そのためエジプトを追われたのだと信じていたからである」とあり、ここはフロイトのモーセはエジプト人であったという主張との関連から、ちょっと考えさせられた。
うーん。『不思議な接着剤』を進める一方で、モーセの謎に迫り、古代エジプトの歴史を垣間見なくてはならなくなった。『ゾロアスター教』もまだ完読できていない。
ヨセフスの『ユダヤ古代誌』は購入することにした。あまりにたびたび図書館から借りるのも悪いので。
全巻となると、文庫版といっても少々値が張るが、『ユダヤ古代誌』はヨーロッパのキリスト教徒や知識人たちに聖書の次によく読まれ、「小聖書」「書き改められた聖書」と評されるほどの本らしいので、持っておいても損はないだろう。
・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆
[1]ボンドが登録商標であることを知ったので、作中のボンドを接着剤に改めた。アルケミーボンド株式会社というメーカー名については、これで問題ないと思う。
[2]白ネコの再出現地点で迷う。白ネコは過去と現在、そしておそらくは未来をも行き来する存在で、子供たちのガイド役となる役割を果たす。電器店の倉庫内で、ちらりと姿を見せ(暗闇で目が光る。子供たちにはネコを探し出せない。「ネコだ。目が光っている。動いた。あっちだ。いない。いつ、入りこんだのだろう?」)、その後鍾乳洞内で道案内をするかのようにまたネコが姿を見せる。
[3]H・P・ブラヴァツキーは『神智学の鍵』(神智学教会ニッポン・ロッジ、昭和62年初版 - 平成7年改版)用語解説で、「エジプト人とカルデア人は最古の占星術の信奉者に数えられる」という。カルデア≒バビロニア。
[4]吉野裕子『天皇の祭り』(講談社学術文庫、2000年)
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