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2010年9月10日 (金)

山岸凉子『テレプシコーラ』最終回の感想

 以下、ネタバレを含みます。 

 テレプシコーラ第2部が、第30回で最終回を迎えた。

 母親がバレエ教室を主宰する家庭に育った六花は、幼い頃から姉の千花と一緒にバレエの練習に励んできた。

 第1部は、自身のコンプレックスと姉の死という二つの人生の山を乗り越えた六花が、コリオグラファー(振付家)に対する適性を自覚したところで終わっていた。第2部は、高校1年――16歳――になった六花がローザンヌ国際バレエコンクールに参加し、風邪のために途中棄権を余儀なくされたにも拘らず、振付奨励賞を受賞、六花にその賞を出したN氏のHバレエ学校へ入学しようとするところで終わった。

 第1部が六花のコリオグラファーへの予感を描いた激動編だったとすれば、第2部はコリオグラファーへの門出を描いた飛翔編だったとでもいおうか……。

 『アラベスク』連載時にロマン主義的だった若き山岸凉子は、年月を経て開始された『テレプシコーラ』連載時には実証主義的となっていて、第1部には時事問題がふんだんに盛られていた。

 その一つが児童ポルノの問題で、須藤空美はその問題と絡んで出てきた少女だった。第2部に登場したローラ・チャンは、中国系アメリカ人ということになっているが、第1部で一家蒸発して姿をくらました空美を連想させる点が多々あった。

 第2部の主役ははたして風邪だろうか――と思えたほど、ローザンヌ国際バレエコンクールへ日本から向かった一行のうち、行動を共にする3人は、茜、六花、管野先生の順に風邪に見舞われた。

 しかし、それが第1部のような悲劇に重なることはなく、ストーリーはさして緩急をつけないまま、もたもたと進行し、そのもたつき加減がどこかユーモラスですらあった。

 結局、第2部では舞台がローザンヌ国際バレエコンクールに限定され、六花のコリオグラファーへの道筋をつけることにのみ目的が絞られていたかのようにして終わった。

 緊張感に満ち、危険を孕んで、読者に息つく間も与えなかった第1部から、第2部へと移行したとたんに、風向きが変わったといいたくなるくらいにムードが一変していたのだ。

 第1部で張られていた様々な伏線は放置され、ローラが須藤空美だったのかどうかさえ、杳として知れないままだった。

 ローラはゴールドメダルを獲得し、パリ・オペラ座バレエ学校への入学を選択する。彼女は将来、振付家となった六花とコンビを組んで活躍するバレリーナとなるだろうことが充分予想されはするのだが、空美か否かという真相は藪の中だ。

 第1部で前面に出て死闘を繰り広げた、強烈な個性と競争力を秘めた登場人物たちは第2部では背景へと退けられ、ユニークでどこかおっとりとした3人――六花、管野先生、茜――にスポットライトが当てられていた。してみると、彼女たちこそが「春の海ひねもすのたりのたりかな」ともいうべきムードを招いていたのだろう。

 なるほど、そのムードはローラの過去を暴き立てることとは相容れない。

 一読直後は、もし『テレプシコーラ』が第2部で完結を見たのだとすれば、竜頭蛇尾の感は否めないと思ったのだが、いくらか時間が経ってみると、第2部のよさが感じられてきた。

 弱肉強食ともいえるような冷厳な世界から、ケ・セラ・セラとでもいいたげな世界へ連れ出されて、この世というものの裏表を見せられたかのようだ。不思議な味わいの第2部だった。

 そして、第2部は、まぎれもなく第1部が産み落とした子供と読める。

 第1部では、ともすれば、自殺した姉の千花と一緒に宿命の渦へと呑み込まれそうだった六花は、試練のなかで力をつけ、自分の人生を支配できるまでに成長していたのだ。他者の思惑の錯綜する混沌とした世界は、六花の柔軟な意識がおいらかに包み込む世界へと変容していたわけなのだった。

 『アラベスク』第1部・第2部、『テレプシコーラ』第1部・第2へと続いてきた山岸凉子のバレエ漫画は、各部それぞれが趣の異なる花を咲かせて見事だったと思う。

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» 山岸凉子 『舞姫 テレプシコーラ』第2部5巻 [身近な一歩が社会を変える♪]
不覚でした。 全国のバレエファンを魅了し、手塚治虫文化賞まで受賞した傑作『テレプシコーラ』の完結巻が発売されていることを、発売日から2ヵ月経つまで気づかなかったとは! 慌てて買った完結巻。出遅れたけど、すんごく楽しめました。 ◎第1部のあらすじ(全10巻) バレエ教室に通う六花(ゆき)ちゃんは、踊り手としてのテクニックは今ひとつだけど、コリオグラファー(振付師)としての才能の片鱗を見せている。(本当はもっといろいろ事件があるんですが、未読の方のため割愛。) ... [続きを読む]

受信: 2011年2月26日 (土) 01:19

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