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2010年8月 4日 (水)

呼吸器クリニックで頂いたもの(病気の変遷の記録)

 閉院した呼吸器クリニックからいただいた、ここ1年分のカルテと肺機能検査報告書の写し。

 それは封筒に入っていた。きちんと封がされ、印も捺されていたが、めったに見る機会がないので(わたしが申し出なければ、わたしのもとにはないものでもあった)、そろそろと封を剥がしかけたら、剥がれた。

 カルテを見ると、受診時のまだお元気だった先生のことが思い出され、涙が出て来た。病名も何もわからないだけに、まるで先生が神隠しにでも遭われたような、信じられない思いがする。

 奥様や循環器クリニックの先生の口ぶりから、再起不能という感じが伝わって来たのだけれど。一体先生のお体に何が起きたのだろう、と繰り返し考えてしまう。

 肺機能検査のほうは、見てもさっぱりわからなかった。グラフもアルファベットも数字も、何を意味するのか、ちんぷんかんぷん。

 「評価・判定」のところには「末梢気道障害・有り」とあった。これが3枚。いずれも同じ判定。

 カルテの欄外に診断名と診断の下った日付が記されている。

 それによると、
2004/12/20 気管支喘息
2007/1/16 不眠症
2009/7/23 便秘症
2009/7/23 じんま疹
2009/7/23 アレルギー性鼻炎
2010/4/26 接触皮膚炎

 アレルギー検査報告書も入っていた(アレルギー度はほぼ零)。

 2005年1月20日付の福岡県の某市立病院から呼吸器クリニックの先生に宛てた診療情報提供書も入っていた。

 もう忘れていたが、わたしはこの街に引っ越してからしばらくして呼吸器クリニックを受診したあと、それまでのかかりつけだった市立病院に戻って、呼吸器クリニックと循環器クリニックに宛てた紹介状を新たに書いて貰ったようだ。

 1989年に近医(社会保険病院のことだ)で本態性頻脈にテノーミンが投与されていたことや、市立病院には1994年11月11日、背部圧迫感のために受診したことが書かれている。

 そのとき脈拍数120、腹部エコーで慢性膵炎が疑われてフォイパン投与開始。テノーミンは気分不良あり、インデラル投与開始。その後脈拍数は80前後に落ち着いた。経過中、フォイパン中止(フォイパンを中止したのは、この最後に市立病院でわたしの主治医だった何人目かの医師だった)。インデラルは一度セロケンに変更されたが、気分不良あり、インデラルに戻された。……といった経過が書かれている。

 また呼吸器クリニックの先生から市立病院の先生に、インデラルをヘルベッサーに変更するよう指示があったようだ。インデラルは喘息を誘発する懸念があるからだろう。

 それについて、市立病院の先生は、指示に従ったという応答と一緒に疑問を返している。「以前カルシウム拮抗剤で気分不良を起こした事があるとのことで、続行かどうかは不明です」

 結局、ヘルベッサーでは頻脈が抑えられなかった。インデラルが喘息や冠攣縮性狭心症を誘発したとしても、脈拍数を安定させてくれるので、わたしにはなくてはならない薬なのだ。

 でも、同じタイプの薬と説明を受けて飲んだテノーミンは、わたしには合わなかった。血圧が安定せず、フラフラして下痢ばかりしていた(で、ひどく痩せていた)。

 今はインデラルとヘルベッサーのどちらも飲み、それでは足りずにアイトロールとシグマートも飲んでいる。頓服のニトロペンも使っている。

 わたしは几帳面な呼吸器クリニックの先生と看護師さんに感謝しつつ、写しを封筒に戻した。この写しは、今後喘息も診ていただくことになった循環器クリニックの先生にお渡ししなくてはならない。

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