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2010年5月 1日 (土)

シネマ『パリ・オペラ座のすべて』を観て~芸術に関する国家的制度の違いに目から鱗

『パリ・オペラ座のすべて』
監督:フレデリック・ワイズマン
出演:パリ・オペラ座エトワール他ダンサーたち、ブリジット・ルフェーブル、パリ・オペラ座職員
2009年/フランス・アメリカ/160分/翻訳:古田由紀子/配給:ショウゲート

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 最終日だったためもあってか、いつもは少ない館内が最前列を除いて、ほぼ埋まっていた。中年女性が大半だった。

 事前にネット閲覧した『パリ・オペラ座のすべて』のレビューでは眠くなるとの感想が多かったが、娘も途中、上半身が大きく右に傾いでいた。

 元々、モダン・バレエというものがぴんと来ない、と娘。わたしも、『パリ・オペラ座のすべて』というドキュメンタリーに断片的に挿入されていたパリ・オペラ座の演目の中では、クラシック・バレエの演目のほうが優雅さという点で、好みに合う。

 ナレーションが一切ないので、わかりにくかった。

 あれは何というモダン・バレエの演目だったのか――薄い黒衣を纏った狂乱の女が、男の子と女の子にバケツの赤い液体を両手でなすりつけて、血で染まったようになった子供たちは空のバケツをそれぞれ頭から被せられて横たわるという怖い場面があった。

 子殺しの場面なのだろうが、表現が直接的すぎてわたしはしらけ、掃除が――まさか赤い液体はペンキではないだろうが――大変だろうな、とか余計なことばかりに気が散った。

 パリ・オペラ座の舞台裏は、想像以上に地味で淡々としていた。

 建物は相当に古い。衣装作りの工房は狭くて、昔ながらの手作業といった感じだ。被り物が沢山あって、『くるみ割り人形』に使われるのだろう、リアルなネズミの頭部が作られていた。

 メイク、ライト、掃除の作業員に至るまで、カメラが向けられる。食堂も狭い。バイキング形式にトレーが並べられ、ほしいものをいって、とって貰う。クスクスが人気だった。屋上で養蜂が行われていたのは、あれは何だろう? 時折映し出されるパリの景観。生々しい、ちょっと窶れた中年女性のように見えるパリ。

 芸術監督ブリジットはそんなパリが乗り移ったかのような風貌の考え深そうな、かつ、さっぱりとした印象の中年女性で、熟練したものを感じさせ、さすがに意識が高そうだった。

 頻繁に行われているらしいスタッフのミーティングで彼女は、古典的な演目も大事にしていきたいというようなことを主張し、バレエ学校としての意義を説いていた。初めて大役に抜擢された若い女性に「人生って素敵ね」という。

 稽古場も古い。ダンサーたちは、無表情で黙々と練習に励んでいた。

 女性ダンサーは西洋人の特徴ということもあるのか、ほとんどが相当な錨型。彼女たちは男性かと思うくらいに骨張っていて筋肉質で、二の腕も脹ら脛も筋肉隆々。浮き出た骨と盛り上がった筋肉のため、たおやかな人体というよりは、昔理科室で見た人体を構造面からデフォルメした模型のようにすら見える。彼女たちはノーメイクに見えた。

 それが舞台に上がると、くっきりとしたメイクに劇的な表情、衣装とライトの効果、しなやかな身のこなし、流れるような動き……目が覚めるような女性美の表現者となる。

 ダンサーの定年は42歳、年金受給は40歳からだそうだ。団員たちとのミーティングで、経営責任者のように見える男性が、改正になった特別年金受給制度について説明し、またダンサーの引退後の地位について労働省と交渉中だといっていた。

 パリ・オペラ座は、ルイ14世が創り上げた世界最古のバレエ団だという。フランスという国家がパリ・オペラ座の運営には関与しているようだ。

 ダンサーは、修道女の我慢強さとボクサーの強靱さを兼ね備えなくてはならないそうだ。

 華やかな芸術の舞台裏というものは、総じて地味で淡々としたものなのだなあ……と改めて考えさせられたのは新鮮だった。ただ、映画の作りまでもが地味で淡々としすぎていた嫌いもあった。

ネット検索・閲覧したところでは、パリ・オペラ座の154名の選ばれたダンサーとそれを支える1500人のスタッフは国家公務員なんだそうだ。パリ・オペラ座の舞台裏がどこかしら旧ソ連を連想させたのも、地味だったのも、その割には安定感が感じられたのも、そうした制度と無関係ではないだろう。
 これは改めて、フランスの芸術と国家の関係について調べてみる必要がありそうだ。民間の恣意的な展開にしては、フランスの芸術の純度の高さとその維持が不思議で、ずっと何となく疑問に思っていたのだ。とんまなことにようやく、その秘密の一端に触れえたわけか!

 ネット検索で、こんな記事が出てきた。

 以下は、2007年10月30日 11:13 発信地:パリ/フランス――AFPBB News――より。

10月30日 AFP】年金改革に対するストライキを続行中のパリ国立劇場オペラ座(Opera National de Paris)で、29日に新たに2つの舞台がキャンセルされた。26日以降ストライキのため上演中止となった舞台は、これで計6回となった。

 ストライキは31日まで続く可能性もあるとみられ、これ以上ストライキが続く場合、その損失は220万ユーロ(約3億6400万円)にのぼる恐れもある。

 29日にキャンセルされたのは、旧オペラ座のガルニエ宮(Palais Garnier)で行われる予定だった振付師Briton Wayne McGregorによるバレエ公演「Genus」と、Angelin Preljocajによる「Medea's Dream」、さらにバスティーユ劇場(Opera Bastille)で行われる予定だったオペラ公演の「トスカ(Tosca)」。28日のMcGregorによる「Genus」のワールドプレミアのみは予定通り開催された。

 ストライキの原因となっているのは、ニコラ・サルコジ(Nicolas Sarkozy)大統領が提唱している公務員の年金優遇の廃止だ。

 パリ国立オペラの1680人の常勤職員に適用されている年金制度は、ルイ14世が1698年に同オペラの前身であるRoyal Academy of Musicのために設けたフランスでも最も古い年金制度のひとつ。これによれば、154人のダンサーは、10年間の納入期間を満たせば、最も若くて40歳で引退でき、長くても42歳までには引退しなければならない。合唱団の102人には、50歳の定年が設定されている。

 この年金制度は、オペラの仕事に携わる人たちの体力的な負担を考慮して設置されたものだが、同時にアーティストたちの回転率を高めていた。

 現在、この年金制度の加入者からの納入金が不足していることから、これを補うため国家が毎年1000万ユーロ(約16億5000万円)を支出している。

 また、フランスの特別年金制度により不足する資金を国が補填する金額は、年間50億ユーロ(約8300億円)にのぼるという。

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